「レジェンド&バタフライ」

一条真也です。
28日、前日27日に公開した日本映画「レジェンド&バタフライ」をシネプレックス小倉で観ました。東映70周年記念作品として総製作費20億円を投じて製作された話題作です。木村拓哉が信長を演じたということで時代劇超大作とばかり思っていましたが、意外にも合戦シーンはほとんどなく、なんと、ラブロマンスの傑作でした!


ヤフー映画の「解説」には、
「『HERO』シリーズなどの木村拓哉が戦国・安土桃山時代の武将・織田信長を、『奥様は、取り扱い注意』シリーズなどの綾瀬はるか正室濃姫を演じる時代劇。大うつけと呼ばれた若き日の信長が、尾張国と敵対する美濃国濃姫と政略結婚をし、やがて天下統一を目指す。監督を『るろうに剣心』シリーズなどの大友啓史、脚本を『コンフィデンスマンJP』シリーズなどの古沢良太が担当する」と書かれています。

 

ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
尾張国織田信長木村拓哉)は大うつけと呼ばれるほどの変わり者だった。敵対する隣国・美濃国斎藤道三の娘・濃姫綾瀬はるか)と政略結婚という形で出会った信長は、彼女と激しくぶつかるが、今川義元との戦で一緒に戦術を練ったことから二人は固い絆で結ばれるようになる。そこから二人は、天下統一に向かって歩みだす」


日本映画といえば時代劇。時代劇といえば東映。その東映の70周年記念作品だけあって、「レジェンド&バタフライ」は素晴らしいエンターテインメント超大作でした。「武士の一分」(2006年)やブログ「無限の住人」で紹介した2017年の日本映画などの主演作品から、キムタクの殺陣の素晴らしさはよく知っていましたが、本作でも刀さばきが絶品でした。彼は、1998年にドラマ「織田信長 天下を取ったバカ」で信長に扮しています。じつに25年ぶりに信長を演じたわけですが、50歳にして10代を演じるのも凄いこと。そして、それは誰も見たことのない新しい信長でした。血の匂いが漂ってくるような後半に比べて、前半はけっこうユーモラスな場面も多いです。ギャグを飛ばしたり馬鹿笑いする場面に、ところどころキムタク感が出ていて、ちょっとホッコリします。


濃姫役の綾瀬はるかも素晴らしい演技でした。彼女は、ブログ「今夜、ロマンス劇場で」で紹介した2018年の映画で「お転婆姫と三獣士」という戦前の日本映画に登場するお姫様を演じましたが、姫がよく似合う女優さんですね。キムタクの50歳とまではいきませんが、彼女も37歳で10代の濃姫を演じたのですから大したものです。信長との初夜のロマンの欠片もない格闘シーンや、京都での乱闘のアクションシーンも見事でした。その後の信長との血まみれのキスシーンも感動的でしたね。そのキスシーンを絶賛したのが、濃姫の乳母・各務野を演じた中谷美紀でした。彼女をスクリーンで拝むのは、ブログ「総理の夫」で紹介した映画以来です。中谷美紀は現在47歳だそうですが、本当に美しい人ですね。表情も佇まいも気品があって、すっかり見とれてしまいました。


「レジェンド&バタフライ」には織田信長の生涯がダイジェスト風に描かれていますが、特に元亀2年(1571年)9月の比叡山焼き討ちのシーンがリアルでした。なぜ、信長は比叡山を焼き討ちにしたのか。延暦寺の僧侶らはまったく宗教者としての責を果たしておらず、放蕩三昧だったからだとされています。延暦寺の僧侶らが荒れ果てた生活を送っていたことは、『多聞院日記』にも延暦寺の僧侶が修学を怠っていた状況が記されています。その上で、信長に敵対する朝倉氏、浅井氏に与同したとされています。こうした僧侶らの不行儀と信長に敵対したことが、比叡山焼き討ちの原因だったと考えられます。しかし、焼き討ちによる死者の数は、フロイスの書簡には約1500人、『信長公記』には数千人、『言継卿記』には3000~4000人と書かれています。相当な数の人間が亡くなっており、その中には僧侶だけでなく、女子供もいました。これは非道の極みです。いくら魔王を自認する信長でも、やり過ぎであったと言えるでしょう。


わたしは、「比叡山焼き討ち」という因果が「本能寺の変」という応報を招いたように思えてなりません。天正10年(1582年)6月2日、日本の歴史上屈指の大事件が発生しました。明智光秀が13000人もの大軍を率いて、京都・本能寺に宿泊中の織田信長を急襲。信長は寝込みを襲われ、包囲されたのを悟ると、寺に火を放ち自害して果てたのです。信長の嫡男で織田家当主の信忠は、宿泊していた妙覚寺から二条御新造に移って抗戦しましたが、まもなく火を放って自刃。信長と信忠を失った織田政権は瓦解しますが、光秀も6月13日の山崎の戦い羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)に敗れて命を落としました。これが秀吉が台頭して豊臣政権を構築する契機となって戦国乱世は終焉に向かうのです。光秀が謀反を起こした理由については、定説が存在せず、多種多様な説があります。


本能寺の変で、明智光秀は主君・織田信長を討ちました。しかしその証である信長の首を手に入れることはできず、これが原因で細川藤孝などが味方しなかったともいわれいます。信長の首が見つからなかったことから、本能寺の変の後も信長は生存し続けたという伝説も生まれました。「レジェンド&バタフライ」では、炎上する本能寺を脱出した信長が濃姫のもとに帰り、二人で船に乗って南蛮へ行くというシーンが描かれます。しかし、それは死にゆく信長が見た一瞬の夢でした。信長と濃姫が南蛮船に乗ったシーンはとてもロマンティックで、明らかに映画史に残る恋愛映画の名作「タイタニック」を彷彿とさせました。「タイタニック」は、日本歴代洋画興収NO.1&アカデミー賞歴代最多受賞、全世界が恋に落ち、 陶酔した不朽の超大作です。この冬のバレンタインに、ジェームズ・キャメロン監督の手によって美しく一新された3D映像で、期間限定で再び映画館の大スクリーンに甦ります!

 

正直言って、わたしは織田信長という武将があまり好きではありません。父の織田信秀が亡くなったとき、その葬儀で19歳だった信長が抹香を遺灰に投げつけたことは有名ですが、わたしは葬儀の場で非礼を働く人間を絶対に認めません。この蛮行に意味を与えたり、「常識にとらわれない革命児」などと持ち上げる連中も単なる馬鹿だと思っています。また、信長が掲げた「天下布武」という考えが好きではありません。武力によって天下を統一するということですが、その覇権の原理は「天正」という年号に示されています。「天正」の出典は「清静なるは天下の正と為る」(清らかにして静かなる者が天下の長となる)という『老子』の言葉です。覇権への正当性は徳を失った足利将軍に代わり、天意により天下の為政者となることにあるというのです。これは中国における「放伐革命」(徳を失った君主を討伐して放逐すること)で、信長の印章に用いた「天下布武」(武力による天下統一)に示されています。


「レジェンド&バタフライ」で信長を演じた木村拓哉は、インタビューで「濃姫と出会ったことによって、天下布武という彼の中にはなかった引き出しを授けられた。彼女に出会っていなかったら、自国を守るだけで幸せな人生だったんじゃないかな。そんな風に思います」と語っています。その意味では、濃姫は戦の女神だったのかもしれません。しかし、わたしは「天下布武」という言葉が嫌いです。ブログ「『天下布武』と『天下布礼』」にも書いたように、わが座右の銘は「天下布武」ではなく、「天下布礼」です。もともと、サンレーの創業時に佐久間進会長が掲げていたスローガンです。

天下布武」と「天下布礼

 

2008年、わたしが上海において再び社員の前で「天下布礼」を打ち出しました。言うまでもなく、中国は孔子の国です。2500年前に孔子が説いた「礼」の精神こそ、「人間尊重」そのものだと思います。上海での創立記念式典で、わたしは多くの社員の前で「天下布礼」の旗を掲げたのです。わたしたちは「礼」という「人間尊重」思想で世の中を良くしたいのです。映画「レジェンド&バタフライ」には、天下布武の日々に疲れた信長が病身の濃姫に優しく接するシーンがあります。わたしは、これを見て「コンペティションからコンパッションへ」と思いました。信長が、天下統一の国盗りの「競い合い」よりも身近な愛する人に優しくする「思いやり」の大切さに気づいたように思えてなりませんでした。そう、信長は魔王などではなく、愛を求める1人の人間だったのです!


では、「天下布礼」を掲げるわが社の経営はこのままでいいかというと、わたしはそうは思っていません。というのも、わが社は女性の活用が遅れていると思っているのです。近年、出産・育児休暇の取得率向上や生理休暇の導入、フェムテックへの注力など、女性の社会進出の重要性を伝えるニュースを日常的に見るようになりました。国際社会の中で、日本の女性の社会進出は遅れています。「レジェンド&バタフライ」で描かれている濃姫は、戦に出陣する信長に「わらわも連れて行け」と言うほど、男勝りの女性でした。「男に生まれていたら、ものすごい武将になっただろう」と思わせるものがありましたが、妊娠・出産がうまくいかず、心に闇を抱えてしまいます。21世紀になって20年以上も過ぎた現代社会は、女性であることがハンディである社会であってはなりません。わが社は今後、女性管理職や女性役員を続々と誕生させたいです。

 

2023年1月29日 一条真也

「イニシェリン島の精霊」

一条真也です。
27日、第95回アカデミー賞に作品賞をはじめ8部門9ノミネートされた映画「イニシェリン島の精霊」が公開されました。わたしは、公開初日にシネプレックス小倉で鑑賞しました。なんとも不可解な内容で、一種のサイコホラー映画のようにも思えましたが、おそらくはアイルランド内戦の不条理を個人に置き換えた暗喩なのでしょう。結論から言うと、見応えのあるヒューマンドラマでしたね。


ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「『スリー・ビルボード』などのマーティン・マクドナー監督によるドラマ。島民全員が顔見知りであるアイルランドの孤島を舞台に、親友同士の男たちの間で起こる絶縁騒動を描く。キャストにはマクドナー監督作『ヒットマンズ・レクイエム』でも組んだコリン・ファレルブレンダン・グリーソン、『スリー・ビルボード』などのケリー・コンドン、『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』などのバリー・コーガンらが集結。ベネチア国際映画祭コンペティション部門で最優秀男優賞と最優秀脚本賞を獲得した」

 

ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「本土が内戦に揺れる1923年、アイルランドの孤島・イニシェリン島。島民全員が知り合いである平和な島で、パードリック(コリン・ファレル)は長年の友人であるはずのコルム(ブレンダン・グリーソン)から突然絶縁されてしまう。理由も分からず動揺を隠せないパードリックは、妹のシボーンや隣人ドミニクの助けも借りて何とかしようとするも、コルムから『これ以上自分に関わると自分の指を切り落とす』と言い渡される。やがて島には、死を知らせると伝承される精霊が降り立つ」


原題は「banshees」で、アイルランドの民話に登場する「泣き叫ぶ姿をした妖精」を意味するそうです。冒頭から、仲の良い友人からいきなり絶交を言い渡された主人公パードリック(コリン・ファレル)は大いに困惑し、やがてグリーフを抱きます。わたしは、ブログ『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』で紹介した村上春樹氏の小説を思い出しました。この小説の書き出しは「大学二年生の七月から、翌年の一月にかけて、多崎つくるはほとんど死ぬことだけを考えて生きていた」です。第1行目から「死ぬ」という単語が登場するのです。そして、この物語は最後まで「死」の気配が強く漂っているのでした。なぜ、多崎つくるが「死ぬ」ことだけを考えるようになったのか。それは、彼がこの上なく大切にしていた親友たちから絶交されたからです。それも、彼自身には絶交される理由がまったく思い浮かばないという不条理な経験をしたからです。その結果、彼は大きな喪失体験をするのでした。この喪失感を抱いた多崎つくるの姿が、「イニシェリン島の精霊」のパードリックのそれに重なりました。


コルムがパードリックとの関係を絶った理由は、パードリックの話があまりにも退屈だからという驚くべきものでした。バイオリンを演奏するコルムは、残り少ない人生をつまらないお喋りに費やすことに不安を感じ、作曲することに時間を割いて、歴史に名を残したいと思うようになったのです。だからといって、何の落ち度もない友人を一歩的に遠ざけるのは不自然であり、不条理です。不条理といえば、イニシェリン島の島民たちは昼間からパブに集い、ビールやウイスキーや、ときにはシェリーを飲みます。いいご身分というか、「彼らは一体何をして生計を立てているのか」と考えると、パードリックは細々と酪農もどきをしていますが、とても生活できるレベルではありません。ふと気づけば、酒場の主人・警察官・神父・ゴシップ好きの食料品店の女主人以外は、全員が職業不明です。職業不明の連中が、毎日、昼間からパブで飲んだくれている・・・・・・ここで、ようやく、この物語が現実離れした寓話であると悟るのでした。

龍馬とカエサル』(三五館)

 

コルムの行動は常識外れですが、残り少ない人生をつまらないお喋りに費やすことに不安を感じるというのは理解できないことはありません。2時間以上も馬の糞の話をするパードリックが退屈な人間であることに間違いはないでしょう。一方、パードリックの妹のシボーンは読書好きで、教養の豊かな女性です。拙著『龍馬とカエサル』(三五館)にも書きましたが、教養は人間的魅力ともなります。ユリウス・カエサル古代ローマの借金王でしたが、原因の1つは、自身の書籍代だったといいます。当時の知識人ナンバーワンはキケロと衆目一致していましたが、その彼もカエサルの読書量には一目置きました。当時の書物は、高価なパピルス紙に筆写した巻物です。当然ながら高価であり、それを経済力のない若い頃から大量に手に入れたため、借金の額も大きくなっていったのです。カエサルは貪欲に知識を求めたのであり、当然、豊かな教養を身につけていたに違いありません。「人類史上最もモテた男」の1人と言われる彼の魅力の一端に、その教養があったのです。パードリックも妹のように、読書する習慣があれば、退屈な男にはならなかったことでしょう。


コルムの一連の不条理行動でホラー映画の雰囲気さえ醸し出している「イニシェリン島の精霊」ですが、「この不気味さは、何かの映画に似ているな」と思って、よく考えてみたら、ブログ「LAMB ラム」で紹介したA24製作のホラー映画に似ていることに気づきました。「LAMB ラム」は、アイスランドの山間で羊飼いをしている夫婦の物語です。ある日、出産した羊から羊ではない何かが生まれ、二人はその存在を“アダ”と名付けて育てることにします。子供を亡くしていた二人にとって、アダとの生活はこの上ない幸せに満ちていたが、やがて夫婦は破滅への道をたどることになるのでした。「LAMB ラム」も、「イニシェリン島の精霊」も、ともに聖書的メタファーに満ちていますが、アイスランドアイルランドの自然をこの上なく美しく描いている点も共通しています。そして、登場する動物たちが無邪気なようでありながら不気味な点も共通しています。特に、ロバのジェニーはパードリックにとって特別な存在であったように思えてなりません。告解を受けた時の神父の男色を疑う言葉や、息子にいたずらを繰り返す警察官の所業からも、ただならぬ性的なサインを感じてしまいます。というわけで、「イニシェリン島の精霊」は、とにかく不気味であり、想像の余地が豊富な、まったく退屈しない映画でありました。

 

2023年1月28日 一条真也

「エンドロールのつづき」

一条真也です。
26日の夜、博多のKBCシネマでインド映画「エンドロールのつづき」を観ました。ブログ「ニューシネマ・パラダイス」で紹介したイタリア映画のインド版とされ、ブログ「RRR」で紹介した超大作を押さえてアカデミー賞のインド代表にもなりましたが、惜しくもノミネートには入りませんでした。予想していた内容とは大きく異なりましたが、映画の本質を浮き彫りにする佳作でした。


ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「映画と出会ったある少年が、映画監督を目指すヒューマンドラマ。映画館でスクリーンにくぎ付けになった少年が、やがて映画を作りたいと思うようになる。監督などを手掛けるのはパン・ナリン。オーディションで選ばれたバヴィン・ラバリが主人公の少年を演じている。ナリン監督自身の実話を基にした本作は、第66回バリャドリード国際映画祭でゴールデンスパイク賞を受賞した」

 

ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「インドの小さな町に住む9歳のサマイ(バヴィン・ラバリ)は、学業のかたわら父親のチャイ店を手伝っていた。ある日、家族と映画館を初めて訪れた彼は、すっかり映画に魅了される。ある日、映画館に忍び込んだのがバレて放り出されるサマイを見た映写技師のファザルが、サマイの母親の手作り弁当と引き換えに、映写室から映画を観ることを彼に提案する」


9 歳のサマイはインドの田舎町で、学校に通いながら父のチャイ店を手伝っています。厳格な父は映画を低劣なものだと思っていますが、信仰するカーリー女神の映画は特別と、家族で街に映画を観に行くことに。人で溢れ返った映画館、席に着くと、目に飛び込んだのは後方からスクリーンへと伸びる一筋の光であり、そこにはサマイが初めて見る世界が広がっていたのです。映画にすっかり魅了されたサマイは、再び映画館に忍び込むが、チケット代が払えずつまみ出されてしまう。それを見た映写技師のファザルがサマイに救いの手を差し伸べます。料理上手なサマイの母が作る弁当と引換えに、映写室から映画をみせてくれるというのです。サマイは映写窓から観る色とりどりの映画の数々に圧倒され、いつしか「映画を作りたい」という夢を抱きはじめるのでした。


サマイとファザルの心の交流は、誰が見ても「ニューシネマ・パラダイス」の主人公トト少年と映写技師アルフレードとの交流を連想してしまいます。一般的には名作とされている「ニューシネマ・パラダイス」という映画を、わたしはまったく認めていません。アルフレードが映写技師という仕事に誇りを抱いていないからです。彼は小学校も卒業しておらず、自分に学がないことに強いコンプレックスを持っていました。映写技師の職に就いたのはなりゆきで、「他にやろうとする人間がいなかったからだ」と語っています。それでも、少年トトには映写技師の仕事が魅力的に見えます。「ぼくは映写技師になりたい」というトトに向かって、アルフレードは「やめたほうがいい。こんな孤独な仕事はない。たった一人ぼっちで一日を過ごす。同じ映画を100回も観る。仕方ないから、ついついグレタ・ガルボタイロン・パワーに話しかけてしまう。夏は焼けるように暑いし、冬は凍えるほど寒い。こんな仕事に就くものじゃない」と言うのです。



では、「エンドロールのつづき」の映写技師であるファザルは、自身の仕事に誇を持っているかというと、残念ながらそうではないのです。英語も数字もわからないファザルは、他に就く仕事がなくて仕方なく映写技師を務めているのでした。もっと若ければトルコで神秘主義者と一緒に暮らしたかったというファザルは、サマイに「映画なんて、人をだますイカサマさ」などと言い放つのでした。わたしは、このような自らの仕事を卑下する人間が大嫌いです。反社会的な行為でない限りは、どんな仕事にも存在意義があり、働く人にはミッションがあるはずです。わたしは、アルフレードやファザルの姿から、ブログ『星の王子さま』で紹介した愛読書の内容を思い出しました。『星の王子さま』には、夜と昼のめまぐるしい交代に合わせて休みなく街頭の灯を点けたり消したりする点灯夫が登場しますが、彼について「点灯夫が街灯に灯をともすとき、それはまるで彼が新しい星や一輪の花を誕生させたかのようです。彼が街灯の灯を消すときに、その花も星も眠ります。これはとても素敵な仕事です。素敵だから本当に役に立つのです」と書かれています。


わたしが好きな映写技師は、ブログ「ワン・セカンド 永遠の24フレーム」で紹介した中国映画に登場する映写技師です。この映画は、「活きる」などのチャン・イーモウ監督が、文化大革命時代の中国を舞台に撮り上げた人間ドラマです。同監督作「妻への家路」などのヅォウ・ジンジーが共同で脚本を務め、ニュースフィルムに1秒だけ映った娘の姿を追い求めて強制労働所から脱走した男と、幼い弟と暮らす身寄りのない少女の交流を描きます。わたしは非常に感動し、ブログ「一条賞(映画篇)発表!」で紹介したように、この映画を昨年のベスト4位に選びました。この映画に登場する映写技師は、日本のお笑い芸人のTKO・木下に似たような風貌なのですが、人々の崇拝と称賛を一身に集めています。この映画において映写技師は上映会で、照明から音響まですべてをコントロールする神のような存在として描かれています。


チャン・イーモウ監督の言葉を借りると、映写技師としての彼は「無冠の王」だそうです。映写技師は映画の知識が豊富で、フィルムを自分の子供のように丁寧に扱い、映画への愛に溢れています。フィルムが傷んだ時は、心から悲しみます。ある意味で、若き日々のチャン・イーモウアバターともいうべき人物なのです。 チャン監督は「映写技師の行動を通して、観客は、思い通りにいかず、苦労の多い人生において、光と影によるフィルムの世界が大きな満足感をもたらすことを描き、上映作業の最中、彼の心が喜びに満ちあふれていることを描いた。これこそが人間であり、我々と映画の関係なのだ」と語っています。映写技師の姿を通じて人と映画の関係が、人間の成長と発展の潜在的な原動力になる可能性があるということを伝えたかったのだとも力説しています。さらに、日本の観客に向けたメッセージ動画では、チャン監督は「映画には40~50年前の私の青春時代の記憶が描かれています。あの過酷な時代の中で、映画を観ることは正月のような一大イベントでした。物語は、あの時代を生きた人々の映画への強烈な渇望、映画がもたらした、人々の夢や未来への希望を表現しています。私自身が感じている映画への追憶や想い、そして情熱を表現した作品でもあります」と身振り手振りを加えながら力強く語りました。


本作「エンドロールのつづき」のパン・ナリン監督も、オンラインで日本の観客とトークショーを行い、映画への熱い想いを語りました。本作の試写会はロサンゼルスで行われたそうですが、ハリウッドで活躍する名だたる撮影監督が試写に来てくれたそうです。パン監督は、「みなさん心から感動してくれて、自分の涙を指で拭って私に触れたんです。この映画をみて、撮影監督に感動してもらえたというのは、とてもエモーショナルな体験でした」と感激の体験を明かしました。映画の着想について話題が及ぶと、2011年に監督の故郷、インドのグジャラートに行った際に友人に会ったことがきっかけだったと述べました。「友人はデジタル化の波で35ミリフィルムが無くなって失職しました。他にもたくさんの映写技師が職を失ったんです。その友人とフィルムに対する愛について語りました」と言います。また、「当時自分は学校に持っていくお弁当を彼に持っていくことで(交換条件として)映画を見せてもらっていた。生涯の友です。そんなところから本作の着想が始まりました」というと、森さんは「映画そのままですね!」と驚きのコメントを残しています。


「エンドロールのつづき」で、子役バビン・ラバリが主人公の少年サマイを見事に演じましたが、あの姿はパン・ナリン監督の少年時代そのままだったわけです。パン・ナリン少年はカースト最上位のバラモンでありながら、生活に苦労を強いられていたというところ、映画を見せてもらえなかったところも実話と明かし、「子供のエピソードはそのままです!」と映画で描かれた幼少時代そのままの生活を送っていたと監督は語っています。また、「ガラスや捨てられたミシン、扇風機などを集めて自分なりの映写機を作りました。それは子供だったので特別なことではないんです。子供は人にどう見られるかということを恐れない。やりたいことをやるというところがクリエーションの源です。それは大人になると失われてしまいます」と語り、インド公開時のキャッチコピー「何もないからこそ、なんでもできる」という言葉を紹介しました。そして、原題「Last Film Show」から日本のタイトルが「エンドロールのつづき」となったことについては、すぐさま「日本のタイトルは大好きです!原題の『Last Film Show』より気に入っています。原題は何かが終わってしまうというふうに感じますが、日本の題名には未来が感じられますね」と述べました。


映画「エンドロールのつづき」は、パン・ナリン監督が敬愛するリュミエール兄弟チャップリンエイゼンシュタインヒッチコックエドワード・マイブリッジ、スタンリー・キューブリックフランシス・コッポラスピルバーグタランティーノなど、映画史を彩る数々の巨匠監督たちの名前が登場し、彼らへのオマージュ作品となっています。この映画は、世界で一番の映画ファンだと語る監督が、世界中の映画ファンへ贈る映画へのラブレターなのです。それはまた、「映画作家への大きな大きなラブレター」でもありますが、勅使河原宏小津安二郎黒澤明といった日本映画の監督の名前も出てきます。そんな巨匠たちの作品を配給した松竹で本作も配給されることについて聞くと、「オーマイガー!本当に心から光栄に思い、ワクワクしています。松竹のロゴが出てくるとこれからすごいものが見られるんだ!とワクワクした学生時代を思い出しました」と語り、「涙が出るくらい嬉しいです。歴史が古く映画が始まった頃からあった松竹さんに公開してもらってとても幸せです」と感激しているといいます。最後に「この作品はスターがいる作品ではありません。心で作った作品です!」と述べるのでした。



わたしは、「エンドロールのつづき」を観ながら、ブログ「映縁」に書いた内容を思い出しました。村上春樹氏は「映画鑑賞は祝祭的儀式である」との発言を残されています。退屈な日常を生きる大衆にとって、映画を観ることはまさに祝祭であると言えるでしょう。絵画やクラッシック音楽や古典演劇などは鑑賞者を選びますが映画は誰でも楽しむことのできる大衆の娯楽であり、「夢のかたち」です。それは、イタリア人も中国人もインド人も同じこと。日本人だって、スクリーンの中の三船敏郎高倉健石原裕次郎加山雄三や、岸惠子若尾文子岩下志麻吉永小百合に自身の夢を投影し、日常生活のさまざまなストレスやグリーフを忘れてきたのです。「エンドロールのつづき」には、ショッキングな場面も登場します。映画のデジタル化で映写機やフィルムが不要になるシーンです。再利用されて、映写機は金属製のスプーンに、フィルムは色とりどりの腕輪に姿を変えていきます。でも、フィルムはセルロースという単なる物質ではありません。その中には物語が入っており、夢も希望も喜びも悲しみも入っています。手塚治虫は『フィルムは生きている』という漫画を描き、手塚治虫のフィルモグラフィのタイトルも同名ですが、まさに映画のフィルムは生きているのです!

死を乗り越える映画ガイド』(現代書林)

 

ところで、「映画鑑賞は祝祭的儀式である」という村上春樹氏の言葉は、わたしを驚かせました。なぜなら、わたしも映画鑑賞とは儀式そのものであると思ってきたからです。ただし、映画館で鑑賞した場合に限ります。「エンドロールのつづき」には、森の中に設えた簡易映画館が登場し、そこで上映されるフィルムには音声がありません。それで、子どもたちが楽器を鳴らし、歌をうたい、高らかにセリフを唱えます。それは、まさに宗教儀式そのもので、映画館は神殿そのものでしたし、フィルムは聖典や経典でした。拙著『死を乗り越える映画ガイド』(現代書林)に詳しく書きましたが、儀式というものは古代の洞窟で誕生したと言われています。ネアンデルタール人の埋葬も洞窟の中でした。そして、映画館とは人工洞窟であるというのが、わたしの考えです。その人工洞窟の内部において、わたしたちは臨死体験をするように思います。なぜなら、映画館の中で闇を見るのではなく、わたしたち自身が闇の中からスクリーンに映し出される光を見るからです。闇とは「死」の世界であり、光とは「生」の世界です。つまり、闇から光を見るというのは、死者が生者の世界を覗き見るという行為なのです。つまり、映画館に入るたびに、観客は死の世界に足を踏み入れ、臨死体験するわけです。

心ゆたかな映画』(現代書林)

 

わたし自身、映画館で映画を観るたびに、死ぬのが怖くなくなる感覚を得るのですが、それもそのはず。わたしは、映画館を訪れるたびに死者となっているのでした。さらに、映画を含む動画撮影技術が生まれた根源には人間が「死」を乗り越えたいという願いが込められていると思えます。「死」のセレモニーといえば葬儀ですが、葬儀も映画も、人の心にコンパッションを生み出し、グリーフケアの機能を果たす総合芸術です。そして、映画による縁としての「映縁」は永遠の心の結びつきです。初対面の人でも映画好きと聞いて映画の話に花が咲き仲良くなったり、友人や家族と観に行って死生観を共有したり、何十年も前に観た映画のたった一言のセリフが今でも心に刻まれていたり、それがまた人と繋がるきっかけになったり・・・・・・拙著『心ゆたかな映画』(現代書林)にも書いたように、同じ映画を観て感動することは最高の人間関係だと言えるでしょう。映縁は永遠なり!


ヤフーニュースより

 

最後に、「エンドロールのつづき」は映画館の物語でもありますが、わが心の映画館といえば、ブログ「さよなら、小倉昭和館」で紹介したように昨年8月10日夜に発生した旦過市場の火事で焼失した老舗映画館・小倉昭和館です。その小倉昭和館が、なんと、焼失前と同じ場所で再建されることになりました。昭和館の樋口智巳館主が記者会見で明らかにしました。今年4月に着工し、同12月の開業を目指すそうです。小倉昭和館のエンドロールにも、つづきがあったのです。本当に良かった!

 

2023年1月27日 一条真也

皇産霊神社の「どんど焼き」がTVで紹介!

一条真也です。
26日の夕方から放送された日本テレビ系FBS福岡放送「めんたいワイド」でサンレーグループの総守護神を祭る神社である 「皇産霊神社」が大きく取り上げられました。

FBS「めんたいワイド」より

FBS「めんたいワイド」より

ブログ「コンパッション報道」でも紹介したように、最近のサンレーグループはマスコミに取り上げられることが多いですが、本日は日本テレビ系FBS(福岡放送)の人気番組「めんたいワイド」にグループの神社である 皇産霊神社が取り上げられ、瀬津隆彦神職がインタビューに答えました。ブログ「皇産霊神社がTVで紹介!」で紹介した2021年12月22日のフジテレビ系TNC(テレビ西日本)の人気番組「ももち浜ストア」に続いて、同神社が大きく紹介されました。ありがたいことです!

FBS「めんたいワイド」より

決定版 年中行事入門』(PHP研究所)

取材が行われたのは1月13日でした。この日は 皇産霊神社小正月の恒例行事である「どんど焼き」が執り行われていました。日本人には馴染みの深いどんど焼きは、拙著『決定版 年中行事入門』(PHP研究所)でも詳しく説明したとおり、小正月、すなわち1月14日の夜または1月15日の朝、長い竹を3~4本組んで立て、そこにその年にまつった門松やしめ飾り、書き初めで書いた物を持ち寄って焚き上げる行事です。日本を代表する儀式ですね。

どんど焼きのようす


大きな炎となりました

 

 皇産霊神社でのどんど焼きも、例年は15日に行なわれています。しかしながら、事情により今年のみ13日になったとのことです。この行事は地方色が非常に強く、各地で様々な名称や様態を見せています。全国的には左義長と呼ばれることも多く、とんど(歳徳)、とんど焼き、どんどん焼きどんと焼き、さいと焼きなどとも呼ばれます。私が住んでいる北部九州ではほうげんぎょう、ほっけんぎょう、ほんげんぎょうなどとも呼ばれ、1月6日の夜か7日朝に行うことも少なくありません。多くの特徴を持つこの行事を最大公約数的に言えば、正月飾りを各戸から一定の場所へ集めて積上げ、焼き上げる行事といえます。それによって門松や注連飾りへと招いた歳神を、元の場所へお戻りいただく意味があるとされています。

FBS「めんたいワイド」より

FBS「めんたいワイド」より

 

どんど焼きの炎は神を送るためのものですので、当然これは聖なるものと考えられてきました。そのため、その火で焼いた餅を食べたり、炎に近寄ったりすると無病息災で1年が過ごせると言われる地方もあります。また、しめ飾りなどの灰を持ち帰り自宅の周囲にまく とその年の病を除くと言われています。現在では、子どもの祭りとされることが多く、しめ飾りなどの回収や組み立てなどを子どもが行うところも多く見られます。サンレーグループでは、これからも「日本人のこころの備忘録」としての年中行事を大切にしていきたいと考えています。なお、 皇産霊神社は、巨大河童像や七福神像も鎮座する楽しい宗教テーマパークです。まだお越しになられていない方は、ぜひ一度、ご参拝下さい! きっと、ご利益があることでしょう!

FBS「めんたいワイド」より

FBS「めんたいワイド」より

 

2023年1月26日 一条真也

映縁

 

一条真也です。
無縁社会」などと呼ばれ、血縁と地縁の希薄化が目立つ昨今です。人間は1人では生きていけません。「無縁社会」を超えて「有縁社会」を再生させるためには、血縁や地縁以外のさまざまな縁を見つけ、育てていく必要があります。そこで注目されるのが趣味に基づく「好縁」というものです。そして、この中には、同じ映画を観る縁としての「映縁」があります。


死を乗り越える映画ガイド』(現代書林)

 

「縁は冠婚葬祭業のインフラである」というのはわたしの口癖ですが、じつは映画と冠婚葬祭には密接な関係があると考えています。村上春樹氏は「映画鑑賞は祝祭的儀式である」との発言をされていますが、わたしも映画鑑賞とは儀式そのものであると思います。ただし、映画館で鑑賞した場合に限ります。拙著『死を乗り越える映画ガイド』(現代書林)に詳しく書きましたが、儀式というものは古代の洞窟で誕生したと言われています。ネアンデルタール人の埋葬も洞窟の中でした。そして、映画館とは人工洞窟であるというのが、わたしの考えです。

その人工洞窟の内部において、わたしたちは臨死体験をするように思います。なぜなら、映画館の中で闇を見るのではなく、わたしたち自身が闇の中からスクリーンに映し出される光を見るからです。闇とは「死」の世界であり、光とは「生」の世界です。つまり、闇から光を見るというのは、死者が生者の世界を覗き見るという行為にほかならないのです。つまり、映画館に入るたびに、観客は死の世界に足を踏み入れ、臨死体験するわけです。

わたし自身、映画館で映画を観るたびに、死ぬのが怖くなくなる感覚を得るのですが、それもそのはず。わたしは、映画館を訪れるたびに死者となっているのでした。さらに、映画を含む動画撮影技術が生まれた根源には人間が「死」を乗り越えたいという願いが込められていると思えます。さらに、わたしは、すべての人間の文化の根底には「死者との交流」という目的があると考えています。そして、映画そのものが「死者との再会」という人類普遍の願いを実現するメディアでもあります。


小倉昭和館の樋口館長と

 

ブログ「活動写真のすすめ」で紹介したように、2022年11月27日、旦過市場の大火で消失した老舗映画館の「小倉昭和館」のイベントを訪れました。無声映画活弁士付きで上映するイベントでしたが、高齢者の方々で満員だったので驚きました。映画好きの高齢者は多いということを痛感しました。コロナ以前、わが社は互助会の会員様や高齢者の方向けに無料の映画上映会を行ってきました。紫雲閣の「セレモニーホールからコミュニティホールへ」の進化の一環ですが、非常に好評でした。


「友引映画館」での舞台挨拶

 

最初は2018年7月21日に小倉紫雲閣の大ホールで開催された「友引映画館」でした。この上映会は、葬儀や告別式の比較的少ない友引の日に、映画を通じて交流を深めていただこうという意味で「友引映画館」と名付けました。ステージには大スクリーンが掲げられ、通常の映画館と変わりない迫力で映画が楽しめます。2019年には友引映画館で「1939年映画祭」を開催しました。1939年は映画史における奇跡の年で、西部劇の最高傑作「駅馬車」、ラブロマンスの最高傑作「風と共に去りぬ」、ミュージカルおよびファンタジー映画の最高傑作「オズの魔法使」の3本が誕生しました。


「映縁」は永遠です!

 

この三大名作が製作80周年を迎えた2019年に、わが社が3作を同時上映するという世界初の映画祭を開催したのです。多くの高齢者の方々が楽しんで下さいました。わたしは、「同じ映画を観て心を通わせるというのは素晴らしい縁だ。映画の縁としての『映縁』だ!」と思いました。そして、映画も冠婚葬祭も、人の心にコンパッションを生み出す総合芸術です。多くの素晴らしい映画によって他人と心を通わせ、「縁」を結んでいただきたいですね。そう、映縁は永遠の心の結びつきです!

心ゆたかな映画』(現代書林)

 

初対面の人でも映画好きと聞いて映画の話に花が咲き仲良くなったり、友人や家族と観に行って死生観を共有したり。何十年も前に観た映画のたった一言のセリフが今でも心に刻まれていたり。それがまた人と繋がるきっかけになったり。何よりも、映画が昔も今も男女のデートの王道であることが「映縁」が存在することに最高の証明になるでしょう。拙著『心ゆたかな映画』(現代書林)にも書いたように、同じ映画を観て感動することは最高の人間関係だと言えるでしょう。映縁は永遠なり!

 

2022年1月26日 一条真也

死を乗り越える松下幸之助の言葉

 

私は死の直前まで、
運命に素直に従いたい。
松下幸之助

 

一条真也です。
言葉は、人生をも変えうる力を持っています。
今回の名言は、松下電器産業(現パナソニック)創業者である松下幸之助(1894年~1989年)の言葉です。彼は、和歌山県生まれ。一代で世界的な総合家電メーカーに育て上げ、「経営の神様」と言われました。『道をひらく』『人間を考える』など著書多数。94歳没。



「経営者」というジャンルの最大のスーパースターが松下幸之助です。「金ない、健康ない、学歴ない」の〝三ない〟人間であった彼の成功の軌跡は太閤秀吉と比べられますが、晩節を汚すところなく現在のパナソニックを育てあげ、日本の高度成長に尽力した功績は色あせることはありません。松下幸之助ほど言葉の力を知っていた経営者はいないでしょう。多くの著作を遺しました。わたしが本を書くようになったのも松下幸之助の影響が大きかったです。

 

 

さらに松下幸之助がすごいところは、出版社まで作ったことです。メディアを持ち、そこから後世に残る本(製品)を作りました。PHP研究所というその出版社は、絵本から文庫・新書に至るまで、総合出版社として日本の文化の一役を担っています。PHPとは、「Peace and Happiness through Prosperity」であり、ここには「平和」と「幸福」、そして「繁栄」が謳われています。



「平和」と「幸福」だけなら、どんな思想家でも宗教家でも訴えます。しかし、松下幸之助は物心両面の調和ある「繁栄」を投通して「平和」と「幸福」を実現しようと考えました。ここが思想家としての松下幸之助の独創性であったと指摘したのは、「知の巨人」と呼ばれた故渡部昇一先生でした。なぜPHP研究所を作ったのかと問えば、きっと松下幸之助は「それが運命だから」と言ったことでしょう。なお、この松下幸之助の言葉は『死を乗り越える名言ガイド』(現代書林)に掲載されています。

 

 

2023年1月26日 一条真也

「中外日報」の『葬式不滅』書評

一条真也です。
最強寒波の到来で北九州は雪が降っていますが、そんな中で、仏教系新聞の名門である「中外日報」に『葬式不滅』(オリーブの木)の書評記事が掲載されました。新聞の現物はまだ届いていませんが、ネットで知りました。

中外日報」WEBより

 

記事には、以下のように書かれています。
宗教学者島田裕巳氏が『葬式は、要らない』を出版して話題を呼んだのは2010年のこと。その後も『0葬』『葬式消滅』と相次ぎ葬式に否定的な見解を世に出した。本書は一連の葬式不要論に正面から反論するもので、これまでに『葬式は必要!』や『永遠葬』を書き、島田氏との対談本『葬式に迷う日本人』も出版した著者が、改めて『葬式は決して消滅しない』と筆を執った。著者は福岡県で冠婚葬祭会社を営む経営者でもある。だから葬式不要論に反論するのかというと、そうではない。『葬式が消滅にむかってきたのも、結局は葬式がもともとビジネスとしてはじまったからではないか。ビジネスとしての価値がなくなれば、それは自然とすたれていく』との島田氏の主張に対し『島田さんの論調はあまりにも一面的かつ唯物論的で、偏っている』とした上で『人類は埋葬という行為によって文化を生み出し、人間性を発見したのだ』と述べている。島田氏の葬式批判は、その社会的役割の変遷を背景に、寺院と葬祭業者の現実的な経済活動に向けられている。しかし、現状批判の先に人の死と死者を弔う心まで否定したら、本質的に重要な問題を見失うことになる。著者は葬儀の本義を掘り起こし、現状の問題点を革新していくべきことを訴えている」


中外日報」2023年1月20日号

 

2023年1月25日 一条真也