互助会加入の義務化を!

一条真也です。
GWが明けた7日の朝、ネットで「身寄りなき老後、国が支援制度を検討 生前から死後まで伴走めざす」という記事を見つけました。出典は、朝日新聞デジタルです。

ヤフーニュースより

 

記事には、「頼れる身寄りのいない高齢者が直面する課題を解決しようと、政府が新制度の検討を始めた。今年度、行政手続きの代行など生前のことから、葬儀や納骨といった死後の対応まで、継続的に支援する取り組みを一部の市町村で試行。経費や課題を検証し、全国的な制度化をめざす」と書かれています。高齢化や単身化などを背景に、病院や施設に入る際の保証人や手続き、葬儀や遺品整理など、家族や親族が担ってきた役割を果たす人がいない高齢者が増え、誰が担うかが課題になっている。多くは公的支援でカバーされておらず、提供する民間事業者は増えているが、契約に100万円単位の預かり金が必要なことも多く、消費者トラブルも増えている。本人の死後、契約通りにサービスが提供されたかを誰かが確認する仕組みもないそうです。これは深刻な問題ですね。

ヤフーニュースより

 

わたしは、この記事を読んで、ブログ「葬祭扶助から互助会へ」で紹介した昨年9月6日のネット記事を思い出しました。記事には、「生活困窮者が亡くなった際の火葬代などとして支給される葬祭扶助費の総額が2021年度、全国で約104億円にのぼったことがわかった。厚生労働省によると、100億円を超えたのは、統計の残る1957年度以降初めて。生活に困窮する独居高齢者や故人の引き取りを拒否する親族の増加が背景にある。多死社会における公的支援のあり方が問われている」と書かれています。葬祭扶助というのは、生活保護法に基づく制度で、生活扶助、医療扶助などと並ぶ8つの扶助のうちの1つです。遺体の運搬や火葬などの費用が支給されます。支給額には基準があり、都市部の場合、21万2000円以内です。


「読売新聞オンライン」より

 

「読売新聞オンライン」より

 

葬祭扶助は、遺族が困窮していたり、身寄りのない故人がお金を残していなかったりした場合、遺族のほか、親族、家主や民生委員ら葬儀を行う第三者自治体に申請すると支給されます。厚労省によると、2021年度は過去最多の4万8789件の申請があり、計103億9867万円が支給されました。政令指定都市中核市とそれらを除く都道府県別では、東京都の申請が最も多く8205件。以下、大阪市(4940件)、横浜市(2404件)、名古屋市(1556件)、埼玉県(1523件)などと続きました。葬祭扶助費が約104億円とは、わたしも初めて知りました。驚くべき金額です。日本にこんな時代が訪れるとは、想定できませんでした。

 

 

多くの著書において一貫してわたしが訴えてきたように、葬儀は人類の存在基盤です。古今東西、人が亡くなって葬儀をあげなくてもいいと考えた民族も宗教も国家も存在しません。もし、日本に「葬式は、要らない」とか「葬式消滅」とかの考えが存在するのなら、それは人類史から見て現在の日本人が異常なのです。ブログ「親の葬儀は人の道」でも紹介したように、孔子が開いた儒教では、親の葬儀をあげることを「人の道」と位置づけました。孔子の最大の後継者というべき孟子は、人生の最重要事と位置づけています。儒教における「孝」とは、何よりも親の葬儀をきちんとあげることなのです。

 

 

韓国では「孝の啓蒙を支援する法律」が制定されているそうですが、ぜひ、これは日本でも見習うべきだと思います。日本には親の葬儀を確実にあげることができる冠婚葬祭互助会というシステムがあるわけですから、いっそのこと、すべての国民に互助会への入会を義務づけてもいいように思います。いわゆる「互助会加入義務化」ですが、義務教育や自賠責保険のようなものですね。誤解してほしくないのは、必ずしもサンレーに入会する必要はないということです。どこの互助会でもいいのです。各自が入りたい互助会に入ることで、とりあえず「わたしは親の葬儀を必ず行います」という証明になるのではないでしょうか。

 

 

何よりも消費者の立場が優先されるこの時代、「互助会の加入義務化」など「なんと、ナンセンスな!」と思われるかもしれませんが、儒教という東アジア共通の思想から見れば、きわめて自然な発想であると確信します。なぜならば、わたしは現代日本における儒者であると、自分では思っていますので・・・・・・。また、互助会への義務加入び伴う会費は個人の負担でなく、公的サービスとして税金から支給されるべきであるとも考えています。わたしは、これからもこの構想について考察を続け、発言していきたいと思います。これから葬儀がどんなスタイルに変わろうとも、葬儀は人類の存在基盤であり、葬式は不滅です。ぜひ、日本国民の互助会加入の義務化を希望いたします。

 

 

ブログ「ハートフル・ソサエティとウェルビーイングと互助会」で紹介したように、一般社団法人  全日本冠婚葬祭互助協会(全互協)が創立50周年にあたって発表した互助会業界将来ビジョンの結論は、「即ち、『将来に向けて業界が目指すべき姿』は『生まれてから亡くなるまでの一人ひとりの暮らしがよりウェルビーイングなものになるように『健康』『交流』『助け合い』を軸として、個々の会員としての関係を深め、会員同士のつながりを広げることで『心ゆたかな社会=ハートフル・ソサエティ』を実現していくことにある』といえる」でした。これは、わたしの考えそのものであります。

 

 

わたしには『ハートフル・ソサエティ』『心ゆたかな社会』『ウェルビーイング?』というタイトルの著書もあります。この記事を読んで、わたしは葬祭扶助の約104億円という金額の大きさが、家族が少なく、地域社会が崩壊し、葬送儀礼が形骸化していく現況と比例していると思いました。死生観の空洞化した中で生きている現代の日本を象徴しています。孤独や孤立、うつや自死が増加していく予感のする恐ろしい数字です。「互助会の出番だ!」と強く思いました。そして、それを支える思想については拙著『コンパッション!』(オリーブの木)に詳しく書きました。ぜひ、ご一読下さい!

 

 

2024年5月7日  一条真也