渋澤健氏にお会いしました

一条真也です。
23日、佐賀に出張しました。
冠婚葬祭互助会のメモリードさんが経営するガーデンテラス佐賀ホテル&マリトピアで全互協九州ブロック研修会が開催されるのですが、講師である渋澤健氏と控室で面談しました。非常にフレンドリーな方で、わたしは3日前に発売されたばかりの最新刊『論語と冠婚葬祭』(現代書林)をお渡ししたところ、とても喜んで下さいました。


渋澤健氏と


控室で『論語と算盤』にサインしていただく


ありがとうございます!


とても嬉しいです!


お互いの本を持って

 

渋澤健氏は1961年生まれ、「日本の資本主義の父」といわれる渋沢栄一の玄孫。コモンズ投信株式会社取締役会長。JPモルガン、ゴールドマン・サックスなど米系投資銀行でマーケット業務に携わり、1996年に米大手ヘッジファンドに入社、97年から東京駐在員事務所の代表を務めています。2001年に独立し、シブサワ・アンド・カンパニー株式会社を創業。07年、コモンズ株式会社を創業(08年にコモンズ投信株式会社に社名変更し、会長に就任)。経済同友会幹事。著書に、ブログ『渋沢栄一 100の訓言』で紹介した本など多数。


渋澤健氏の講演会のようす

心して拝聴しました

 

渋澤健氏の講演は14時からの開始でした。演題は「渋沢栄一の『論語と算盤』で未来を拓く~持続可能な社会と企業経営」でした。まさに、わたしが一番聴きたい話です。渋沢栄一が生きたのは、日本の社会が近代化に向けて大きく舵を切った変化の時代でした。当事者が好もうが好むまいが、変化は否応なく訪れるものです。そして、社会が変化する時代に、人々がかならずぶつかるのが、「本当に大事なものは何か?」という問いです。変化のなかで渋沢栄一が目指していたのは、国民が豊かに、機会平等な社会で暮らせることでした。また、当時の日本社会には、西洋に追いついたことで、おごりのようなものがあったと思われます。それを一度リセットし、なぜ自分たちが発展できたのかを見直し、原点回帰しなければ、子どもたちに豊かさをバトンタッチできないかもしれない、そういう危機感も渋沢栄一にはありました。これは、現代の日本にもいえることです。



長年デフレデフレといわれながらも、日本人はかなりいい生活ができています。経済的にも、社会的にも、自然的にも豊かです。ただ、そこで思考停止してしまえば、その豊かさはいずれ失われます。そのことを目に見える形で示したのが、コロナ禍でした。自分や家族が大切なのはもちろんですが、家にこもっているだけでは社会が止まって大変なことになる。それを肌で感じた数カ月だったと思います。同時に、自分や家族を大切に思うからこそ、社会にも豊かさを還元しなければならない、ということも感じたのではないでしょうか。



渋澤健氏によれば、一人ひとりの行動、思いというものはけっして無力ではありません。ベクトルを合わせられれば、大きな時代変革を起こすことができるのです。今は、そんな時代の節目を迎えているのではないかと思っています。渋沢栄一が行ってきたことは、今の時代が必要としているものごとに見事にシンクロしています。だから『論語と算盤』は読み継がれ、今また、大きくクローズアップされることになったのです。時代が『論語と算盤』を呼び起こしたともいえます。


想いは受け継がれていく・・・・・・

 

渋澤健氏は渋沢栄一翁の玄孫(直系五代目)にあたりますが、じつは渋澤家が『論語と算盤』を代々受け継いできたというわけではないそうです。健氏自身、大学までアメリカにいたこともあり、40歳くらいまでは渋沢栄一といえば昔の人というイメージだったとか。しかし、実際に『論語と算盤』を読み始めてみると、今のことにあてはめて解釈すれば使えると気づいたのです。そこからブログなどで言葉を紹介しはじめ、現在は定期的に勉強会を開いておられます。渋澤健さん、本日は素晴らしい講演をありがとうございました。多くの学びを得ることができました。今後とも、どうぞ、よろしくお願い申し上げます!


渋澤健氏のサイン


論語と算盤』と『論語と冠婚葬祭

 

2022年5月23日 一条真也

小倉から佐賀へ!

一条真也です。
23日、佐賀に出張しました。
全互協九州ブロック研修会に参加するためです。


JR小倉駅の前で


昼食は、ごぼ天肉うどん!


いただきます!


JR小倉駅のホームで


新幹線のぞみ7号で博多へ!

まずは、研修会に同行するサンレーの山下取締役と一緒にJR小倉駅へ向かいました。小倉駅では昼食を食べました。今日は、ごぼ天肉うどんを食べましたが、美味しかったです。食後はホームに移動して、そこから新幹線のぞみ7号で博多へ。


JR博多駅のホームで


博多駅でホームを移動


特急みどり11号の車内で


車内では読書しました


赤の傍線をたくさん引きました

 

JR博多駅に着くと、ホームを移動。特急みどり11号で佐賀まで行きました。車内では、あまり時間がありませんでしたが、アイスコーヒーを飲みながら読書をしました。本日の講師である渋澤健氏の監修書『超約版 論語と算盤』(ウェッジ)です。澁澤氏のご先祖様である渋沢栄一翁の原作です。ブログ『論語と算盤』でも紹介したように、わたしはこの名著をもう何度も読み返していますが、5代目子孫による現代語抄訳はコンパクトで、非常に読みやすかったです。まさに100年受け継がれてきた元祖SDGsの理念であり、コロナ後を拓く利益と公益の調和が説かれていると感じました。


みどり11号の車内で澁沢健氏にお会いしました!

 

すると、その後、信じられないことが! 
みどり11号の同じ車両に、読んでいた本の監修者である澁沢健氏がおられたのです。気づいたのは降車した直後ですが、本当に驚きました。まさに、縁は異なもの、味なものです。JR佐賀駅には13時16分に到着し、冠婚葬祭互助会のメモリードさんが経営するガーデンテラス佐賀ホテル&マリトピアに向かいました。ここで全互協九州ブロック研修会が開催されます。心から尊敬する渋沢栄一翁のご子孫の講演、とても楽しみです!

 

2022年5月23日 一条真也

『永遠葬』

一条真也です。
75冊目の「一条真也による一条本」紹介は、『永遠葬――想いは続く』(現代書林)です。宗教学者である島田裕巳氏の著書『0葬――あっさり死ぬ』(集英社文芸単行本)に対する反論の書であり、終戦70年記念の本です。2015年7月22日の刊行でした。


永遠葬――想いは続く』(現代書林)


本書には、「想いは続く」というサブタイトルがつけられています。帯には、著者近影とともに「人は『永遠』に弔われる存在です。あなたは儀式で守られています。」というキャッチコピーに続いて、「葬儀やめますか、そして人類やめますか? 時代に合わせた葬儀をみんなで考える時がきました。わたしはそれを総称して『永遠葬』として提案します。」と書かれています。


永遠葬』の帯


2010年、わたしは島田氏の『葬式は、要らない』(幻冬舎新書)というベストセラーに対し、『葬式は必要!』(双葉新書)を書きました。5年後、再び島田氏の著書『0葬』に対抗して本書『永遠葬』を執筆したわけです。 


あれから5年が経ちました・・・・・


意図的なカウンターブックであることを強調するため、判型・ページ数・定価など、『0葬』とまったく同じで、装丁も意識して作られています。 これは版元のアイデアですが、ここまで徹底しているのは見たことがありません。
2冊を並べると、映画化もされた某ベストセラー小説のタイトルが浮かび上がってきます。もちろん偶然ですが。


2冊を並べてみると・・・・・・


なお、本書では『葬式は、要らない』や『0葬』に対する批判を展開していますが、それらの本の著者である島田裕巳氏その人には何の恨みもありません。それどころか、わたしは島田氏を才能豊かな文筆家としてリスペクトしています。島田氏とわたしの間には、さまざまな交流もあります。そのあたりも本書に書きました。

 

本書の目次構成は以下のようになっています。
はじめに「葬儀は人を永遠の存在にする」
プロローグ 東日本大震災の教訓
第1章   『葬式は、要らない』から『0葬』へ
第2章   もう一度、葬儀について考えよう
第3章   日本はいつから変わったのか
第4章   日本仏教の大切な役割
第5章   「永遠」というキーワード
第6章   大いなる「永遠葬」の世界
第7章   冠婚葬祭互助会の新たなる役割
エピローグ 「終活」から「修活」へ
おわりに「戦後七〇年を迎えて」 


葬儀は何のために行うのか――その明確な答えを書いたつもりです。「家族の絆」がクローズアップされる一方で、「老い」や「死」がなぜ軽んじられるのか。「終活」という問題が大きなテーマになる中で、葬儀の重要性、必要性を語りました。葬儀という「儀式」の必要性を説き、さらに変わりつつある死の迎え方の現実を豊富なデータや実例で紹介しながら、葬儀の実践方法をも紹介します。いわば、『葬式は必要!』のアップデート版です。

 

 

島田氏の提唱する「0葬」とは何か。通夜も告別式も行わずに遺体を火葬場に直行させて焼却する「直葬」をさらに進めた形で、遺体を完全に焼いた後、遺灰を持ち帰らずに捨ててくるのが「0葬」です。わたしは、葬儀という営みは人類にとって必要なものであると信じています。故人の魂を送ることはもちろんですが、葬儀は残された人々の魂にも生きるエネルギーを与えてくれます。もし葬儀が行われなければ、愛する家族の死によって遺族の心には大きな穴が開き、おそらくは自殺の連鎖が起きるでしょう。葬儀という営みをやめれば、人が人でなくなります。儀式という「かたち」は人間の「こころ」を守り、人類の滅亡を防ぐ知恵なのです。


わたしは、決してわが社や業界のために本書を書いたのではありません。わたしは、「会社は社会のもの」と考えています。社会に要らない会社や業界など消えてもいいと思っています。でも、葬式は社会にとって必要なものです。日本人の「こころ」に必要なものです。日本人が本気で「葬式は、要らない」と考えはじめたら、日本は世界の笑いものになります。いや、それどころか、人類社会からドロップアウトしてしまう危険性があります。そんな事態は絶対に避けなければなりません。ですから、わはしは悲壮感をもって『葬式は、要らない』に対抗して『葬式は必要!』を書き、今また『0葬』に対抗して『永遠葬』を書きました。


葬儀によって、有限の存在である“人”は、無限の存在である“仏”となり、永遠の命を得ます。これが「成仏」です。葬儀とは、じつは「死」のセレモニーではなく、「不死」のセレモニーなのです。そう、人は永遠に生きるために葬儀を行うのです。「永遠」こそが葬儀の最大のコンセプトであり、わたしはそれを「0葬」に対抗する意味で「永遠葬」と名づけたのです。本書で、わたしは葬儀の本質と重要性を述べるとともに、通夜も告別式もせずに火葬場に直行するという「直葬」あるいは遺骨を火葬場に置いてくる「0葬」を批判しました。 これらの超「薄葬」が、いかに危険な思想を孕んでいるかを声を大にして訴えました。葬儀を行わずに遺体を焼却するという行為は、ナチスオウム真理教イスラム国の巨大な闇に通じています。



本書を上梓した2015年は、終戦70年の大きな節目の年でした。日本人だけでじつに310万人もの方々が亡くなられた、あの悪夢のような戦争が終わって70年目の節目だったのです。わたしは、この年こそは、日本人が「死者を忘れてはいけない」「死者を軽んじてはいけない」ということを思い知る年であると強く思いました。そして、この時こそ、「血縁」や「地縁」の重要性を訴え、有縁社会を再生する必要がある。わたしは、そのように痛感していたのです。



そして、わたしたちは、どうすれば現代日本の「葬儀」をもっと良くできるかを考え、そのアップデートの方法について議論することが大切ではないでしょうか。本書で、わたしが現在取り組んでいる葬イノベーション――四大「永遠葬」を紹介します。日本人の他界観を大きく分類すると、「山」「海」「月」「星」となりますが、それぞれが対応したスタイルで、「樹木葬」「海洋葬」「月面葬」「天空葬」となります。この四大「永遠葬」は、個性豊かな旅立ちを求める「団塊の世代」の方々にも大いに気に入ってもらえるのではないかと思います。

島田裕巳の『経堂日記』」より

 

永遠葬』の出版には、各方面から大きな反響があり、ブログ『0葬』で紹介した本を書かれた文筆家の島田裕巳氏のブログ「島田裕巳の『経堂日記』」でも取り上げられました。「7月24日(金)鶴見俊輔さんの訃報と『永遠葬』の本」という記事に「一条真也氏から、『0葬』へのアンサーブックだという『永遠葬』の本が届く。SJSに行く電車のなかで大半読んでしまったが、私の本に対する批判というより、同じ方向性を目指しているように思えた。なにしろ、彼の言う永遠葬は、樹木葬、海洋葬、月面葬、天空葬だったりするわけで、私の監修した『自然葬のススメ』と変わらない」と書かれています。この島田氏のブログのことは、大手冠婚葬祭互助会のアークベルの北村芳明社長から教えていただきました。北村社長は「海や山への散骨と火葬場に遺灰を捨てるのとでは全然違うよね!」と言われていましたが、それにしても北村社長が島田氏のブログをチェックしたことにビックリです(笑)。


青木新門氏の「新門日記」より

 

ブログ『納棺夫日記』ブログ『それからの納棺夫日記』で紹介した本を書かれた作家の青木新門氏のブログ「新門日記」の7月30日の記事には、こう書かれています。
一条真也氏(=佐久間庸和 (株)サンレー代表・全国冠婚葬祭互助会連盟会長)から8月4日発売の新著『永遠葬』が送られてきた。内容は島田裕巳氏の『葬式は、要らない』や近著『0葬』を批判した『葬式は要る』という立場で、なぜ要るのかということを多くの事例や理由をあげて書かれた本である。島田氏が個の命にとらわれているのに対して、一条氏は永遠を見据えているのがいい。氏は京都大学こころの未来研究センターの研究員でもある。私も島田祐巳氏が『葬式は、要らない』を出した時、当時本願寺の教学研究所の所長をしておられた浅井成海師と対談形式で『葬式は要る』と題して出版する計画があった。ところが企画したPHP出版と打ち合わせていたら浅井氏が末期癌で急逝され、出版の話はたち切れとなってしまった。あの時島田氏の本を読んで感じたことは、NHKのクローズアップ現代のように、葬式や宗教を社会現象学的に取り上げているだけだと思った。事物の現象の本質が全くわかっていない人だと思った。現象の本質がわかっていないということは、死の本質がわかっていないということであり、宗教の本質がわかっていないということでもある。後から島田氏はマックスウェーバーの流れをくむ橋爪大三郎氏の弟子だと知って、なるほどと思ったものだった。こういう現象の上辺をなでたようなものを書いて時流に乗るのがうまい学者の本はよく売れるが、酒鬼薔薇聖斗の近著『絶歌』が売れるのと同じような市場経済優先の社会現象のように私には映るのだった。しかしそのことが多くの人を惑わす結果になるから困るのである」


新文化」2015年8月13日号

 

出版業界のオピニオン・ペーパーである「新文化」の最新号(8月13日号)にブログ『永遠葬』で紹介した拙著が紹介されました。記事は「現代書林 『0葬』へのアンサー本」「ほぼ同一体裁で刊行」という見出しで、以下のように書かれています。
「葬式の在り方について書かれた、ほぼ同じ体裁の2冊。だが、その出版元は異なる2社である。7月下旬、著述家・一条真也氏の『永遠葬 想いは続く』(現代書林)が発売された。これは、昨年1月に集英社から刊行された宗教学者島田裕巳氏の『0葬 あっさり死ぬ』のいわば『アンチテーゼ本』。『葬式は誰のために、何のために行うのか』をテーマに相反する主張を繰り広げている2冊だが、『永遠葬』は意図的に『0葬』の四六判の判型からページ数の208頁、定価1200円、装丁デザインまで同じようなものにしている。実は、以前にも一条氏は、島田氏の『葬式は、要らない』が発売された後、『葬式は必要!』を上梓している。今回の『0葬』について一条氏は、その考え方に共感する部分はありつつも、「(島田氏は)どうしてここまで人間の人生に価値を置かないのか」と『永遠葬』で記している。だが、両者は真っ向から対立しているわけではない。お互いに親交もあり、一条氏が『永遠葬』を献本すると、島田氏は自身のブログで「私の本に対する批判というより、同じ方向性を目指しているように思えた。彼の言う永遠葬は、(中略)私の監修した『自然葬のススメ』と変わらない」と共通項を認めている。一条氏も『もとより島田氏個人には恨みはありません。ですから、殺伐としたアンチ本ではなく、「遊び心」のあるアンサーブックを目指したのです』と語る。そして改めて『葬儀によって、有限の存在である「人」は、無限の存在である「仏」となり、永遠の命を得ます。これが「成仏」です。葬儀とは、じつは「死」のセレモニーではなく、「不死」のセレモニー』と主張する。現代書林の坂本桂一社長は『一条氏から同じようなものにしたいと提案があった。(2点が)議論のきっかけになり、お互いに売れたらいい』と話している」


北日本新聞」2015年9月7日朝刊

 

また、「北日本新聞」には、わたしのインタビュー記事が掲載されました。「葬儀めぐり2冊が論争」の大見出し、「装丁も類似 在り方問う」の見出しです。8月27日に東京で取材を受けたものです。「時代のエッジ」という早川さや香さんの記事で、「本のへ理屈ですが」というシリーズものです。基本的には『永遠葬』(現代書林)についてのインタビューですが、その内容および『0葬』へのカウンターブックを出した経緯などについて質問されました。早川さんは、ブログ「新文化に『永遠葬』の記事が紹介されました」の内容を読まれたそうで、非常に興味を抱かれたそうです。記事には、こう書かれています。
「葬儀の在り方について問う、ある本とそのアンチ本が注目されている。タイトルの書体、帯のデザインもそっくりで、ここまで体裁をそろえた出版バトル(?)は珍しい。『0葬(ゼロそう)』(集英社)の著書は宗教学者島田裕巳氏。少子高齢化・都市化時代に伴う簡素化せざるを得ない葬儀の在り方を考察し、火葬場で遺体を完焼して「遺骨を持ち帰らない」無葬儀を提案した。これに反対し、著述家の一条真也氏が、供養の普遍性を説く『永遠葬』(現代書林)を今夏出版。よい議論のきっかけのためデザインを似せたいと、自ら版元に提案した。以前にも一条氏は島田氏の『葬式は、要らない』の出版後に、『葬式は必要!』を上梓し、今回は2回戦目といえる。だが、一条氏が献本した『永遠葬』の感想を島田氏に聞くと、『対立というよりは、自然葬のすすめなど、同じ方向に進んでいるよう」と肯定的。一条氏も「島田さん個人には恨みなどなく、学者として尊敬し、著書を贈り合うなど交流もある。遊び心でこのような体裁にしました』と語る」

 

また「多い共通項」の小見出しで、こう書かれています。
「確かに2冊の内容は、制度疲労を起こしている仏式葬儀への疑問、地域社会の希薄化・多様化に応じた葬儀のイノベーションの提案など、共通項も多い。しかし、葬儀を『行わない』『ゼロ』にするという極論は認めがたいと一条氏は強調。『葬儀はただのカタチではない。ご遺族たちは、死者を送るという“物語”があってこそ心が救われる。そして故人にとって葬儀は最大の自己表現であり、魂の尊重です。人間は、葬儀を行うからこそ人間。葬儀によって無限の存在である“仏”となり、永遠の命を得ると私は信じています。時代に即した散骨スタイルや、島田さんの『葬送の自由をすすめる会』には大いに賛成ですが、そういう運動に取り組まれる時点で無葬儀がよいと思っていないのでは』個人的な経験で言うと、0葬どころか、自然葬にもなじめない。私は10年前にある雑誌で、型破りな葬儀社社長が主人公の漫画原作賞を受賞させていただいたことがある。実在のさまざまな事例をヒントにした。ウエブ上で見積もり料金の細部を公開し、業界のグレーを破った葬儀社。たばこをこよなく愛した故人のため『マイルドヘブン』というたばこパッケージふうの墓を建てたご遺族・・・。葬儀のあり方を問い直し、自然葬という言葉が広がり始めた2000年代だった」

 

さらに「骨に対する信仰」として、こう書かれています。
「しかしその後、自分の義父が亡くなり、かねてから故人が望んだ樹木葬を目にしたときは、かなり動揺した。地面にうがった穴に直接じょうごで遺灰を流し入れる光景は受け入れがたく・・・。『骨に対する信仰が強いからですよ。そこに魂が宿るわけではないし、太古から人々が行ってきたように骨を自然に還さないことこそ“不自然葬”では?ご遺体をきちんと処理し、ご冥福は他で祈る。現代人は、ハカや死者との同居という重荷を下ろし「あっさり死ぬ」でもいいのではないでしょうか』と島田氏。事実、『人が一人死ねば(葬儀・墓の新規建立ふくめ)500万円かかる』と統計のある東京では、葬儀の4分の1近くが火葬のみ行う『直葬』となった。だがこうした島田氏の主張は首都圏の事情であり、真宗王国と呼ばれるわが富山県の多くの方は賛同しかねるだろう。永遠の『生』を得るために、仏式葬儀だけでなく樹木葬、海洋葬、天空(ロケット)葬に取り組む一条氏の進取性にも戸惑うかもしれない。『今度2人で対談し本にまとめたい』と一条氏は言う。島田氏にその旨を伝えると『拒む理由はないです』と快諾。意見は違えど議論は自由。どう生き死ぬかも自由。2冊のバトルは、出版業界の中だけでなく、今の私たちの生き方に直接問いかけてくる。(スタジオポケット代表、富山市出身、東京)」

葬式に迷う日本人』(三五館)

 

北日本新聞」の記事の中に触れられている島田氏との対談本は、2016年10月に上梓した『葬式に迷う日本人』(三五館)で実現しました。同書には、「最期の儀式を考えるヒント」というサブタイトルがつけられ、現代日本における「葬」のすべてが書かれています。帯には「要る? 要らない?」「最初で最後の直接対決!」「論争から見えてきた新しい葬儀のカタチとは?」というキャッチコピーが踊っています。また両者の写真が使われ、島田氏は「不要論者 宗教学者」、わたしは「絶対必要論者 冠婚葬祭業大手社長」というレッテルが貼られています。葬儀やお墓について考えている方、冠婚葬祭業界および仏教界の方々は必読の書だと言えるでしょう。わたしたちが共著を出した事実には驚かれた方も多かったようです。たしかに「葬儀」に対する考え方は違いますが、いがみ合う必要などまったくありません。意見の違う相手を人間として尊重した上で、どうすれば現代の日本における「葬儀」をもっと良くできるかを考え、そのアップデートの方法について議論することが大切ではないでしょうか?

永遠葬

永遠葬

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2022年5月23日 一条真也

『死ぬときは苦しくない』

死ぬときは苦しくない (こころライブラリー)

 

一条真也です。
『死ぬときは苦しくない』永井友二郎著(講談社)を紹介します。2006年7月に初版刊行された本で、第二次世界大戦における西太平洋トラック島での平安丸被弾による臨死体験で「死ぬときは苦しくない」と確信した著者の死生観が綴られています。著者は、1918年生まれ。1941年に千葉医科大学卒業後、1942年海軍軍医中尉として太平洋戦争に出征、九十九死に一生を得て生還。戦後、成田赤十字病院内科医長を経て、1957年永井医院を開業。医者中心ではなく、患者中心の医療を目指す。1963年に「実地医家のための会」、1978年に「日本プライマリ・ケア学会」を設立。1988年、日本医師会最高優功賞受賞。2017年5月8日没。享年98歳。

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本書の帯

 

本書の帯には「最後に、どうしても伝えたいことがある。」と大書され、「あるがままに受け入れれば、『死』は怖くない。ミッドウェー、キスカ、トラック島で死線をくぐった元海軍軍医、88歳の現役医師が贈るやすらぎの死生観――」「私は医師として六十年以上病人をみてきたほか、太平洋戦争で海軍軍医として多くの死に立ち合ったので、死にかかわった数は医師のなかでも、もっとも多い一人だと考えている。、あたさらに、戦中、私自身が負傷・失神するという臨死体験も経験した。それで、これらのこの体験にもとづき、人間の最後がどんな状況であるか、そしていままで誰もがおそれていた臨死の苦しみ、これがないことについて本書でゆっくり述べてみたい。――『はじめに』より」と書かれています。

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本書の帯の裏

 

本書の「目次」は、以下の構成になっています。
「はじめに」
第一部 死ぬときは苦しくない
第二部    人間の死について
              ――私の出会った死
第三部 死をめぐる日本の文化
「おわりに」
〈参考文献〉



「はじめに」で、人間は多く、死ぬときは苦しいにちがいないと思い、最後のときを恐れているとして、著者は「病人の最期の様子を見れば、これは無理のないことであるが、はたしてほんとうにそうだろうか。呼吸や心臓が停止するとき、はたして痛いとか、苦しいという感覚、そして意識がまだあるのだろうか。人間の感覚や意識が心停止のぎりぎりまであるのなら、痛み、苦しみを感じるだろう。しかし最期のとき、この人間の感覚と意識とがすでになくなっていた場合には、心停止、呼吸停止のときには痛みも苦しみる、なにも感じないはずである。このことは、死を恐れるわれわれにとって、大変大事な、そして重要なことである」と述べています。



第一部「死ぬときは苦しくない」の「『あるがまま』に生きる」では、著者が太平洋戦争中、ミッドウェー海戦を皮切りに、ガダルカナル島の攻防戦、キスカ島撤収作戦、マキン・タラワ島玉砕戦、トラック島大空襲と2年余りにわたり修羅場を歩いてきたことが語られます。軍艦が被弾したことが3度、沈没して泳いだことが2度、一度は著者自身が被弾、負傷、失神しました。また潜水艦ではアメリカの駆逐艦に7時間も爆雷攻撃を受けました。著者は「生きていたことが不思議である」と述べます。また、「あるがままが自分にとって一番よいことであり、これを有り難く受け入れる」という心構えは、著者の体験では、戦争の修羅場でも、平和な時代の苦しいときでも、いずれでも心に安らぎを与える力があったといいます。

 

 

「『死ぬときは苦しくない』に対する反響」では、京都の小児科医で、『わたしは赤ちゃん』などの著作も多かった松田道雄氏が岩波書店から『安楽に死にたい』という本を出版した平成9年、著者は「実地医家のための会」で「死の準備」という講演をしたので、その別刷りを松田氏に送ったエピソードが書かれています。著者はこの講演で、松田氏の『安楽に死にたい』の中の「人間は自分の自由と尊厳のなかでの死は許されていい。そして医師は終末期には治療しないだけでなく、高齢者の意志にしたがって、楽に死ねるようたすけるところまですすむべきだ」というくだりを紹介しました。

 

著者もかねて、できるだけ自宅で、自然のなりゆきにまかせた最期を遂げたいと考え、死ぬときについては、著者自身の臨死体験から、死ぬときはすでに意識がないので苦しくないと考えていることを述べたそうです。またさらに、著者の尊敬する先輩医師の言葉である「私は死ぬとき、食べないことにきめた。水も飲まなければ2、3週間で周囲に迷惑をかけず、楽に終われるでしょう」という考え方に共感することもつけくわえたといいます。

 

著者は、岩波の「図書」1996年5月号に松田氏が書いた「お医者はわかってくれない」の中の「自ら死ぬことを日本の医者がみとめないのは、西欧の医学を移入するとき、それに付随しているユダヤキリスト教的倫理をも丸のみにしてしまったからである。西欧の医学の育った国ぐにでは、自ら死ぬことは、神への冒瀆であり、王への反逆であった。・・・・・・自ら死を選ぶことは、日本では倫理的選択のひとつであった。・・・・・・武士は責任を明らかにするために腹を切った。主君の愚行を諫めて腹を切った。町人でも、添いとげられない恋人たちは心中をした。心中は悪ではなかった。近松門左衛門は悲しくはあるが、美しいものとしてドラマにした。明治以前に西洋医学を学んだ日本人の医者は日本のモラルを失わなかった。たとえば杉田玄白がそうだ。彼は高齢の苦痛からのがれるために高齢者が死をえらぶのを是とした」という文章を紹介しています。

 

第二部「人間の死について」の「人間の死」では、著者は「人間の死はひとりひとりの人間にとって、もっとも大きな問題であり、厳粛なことがらである。人類の歴史と文化は、この人間の死によって深められ、育てられてきた。そしてだれもが、死を恐れ、また悲しんできた。死ほど人間的なことがらはないといってもいい」と書いています。また、残された時間の少なくなった人間の特殊な心情を「末期の目」と呼び、「人間はこのとき、すべての欲望からはなれ、親しかった人たちにはもちろん、まったく見ず知らずの人にさえ、心をよせ、手をにぎり、話しかけたくなり、別れを惜しみたくなる、そういう純粋な心の状態である。人間愛といってもいい。人間最後の別れのときは、医師も、看護師も、家族たちも、最期をみとるすべての人々はこの『末期の目』の心を大事にしてほしいと思う」と述べます。

 

 

「死への畏れ――堀秀彦氏」では、元東洋大学学長の堀秀彦氏が著書『死への彷徨』(人間と歴史社)で、思想家として、死の問題に取り組む最初に孔子の「死んだ人間をもはや一切のいのちのなくなった一塊の物質と考えることも、又反対に死んだ人間を生きている如く考えるのもいけない」という考え方を紹介したことに言及します。これに対して、堀氏は「孔子が生と死との境界、区切りについてにわかに断定しなかったことに、孔子の驚くべき正直さ、率直さが示されている、また、孔子は生死の区別を概念的に決定することを好まなかった」と記しています。そして孔子の「いまだ生をしらず、いずくんぞ死をしらむ」という言葉は、孔子の生と死に対する無知の告白であり、この考え方は生存そのものについての敬虔、謙遜、真摯の徳を生む力があるだろう、と、孔子の倫理性に注目している。さらに、「孔子は一貫してこの世の生を重視する、孔子のなかにはいかなる死の哲学もない、水を飲み、肘を枕としながら、道に従い、清廉に生きる、生への執着は強い」と述べています。

 

「おわりに」では、著者が先の太平洋戦争で「人間は死ぬとき、意識がすでになくなっているので苦しくない」という医学的事柄と、「どんなことがおころうとも、あるがままでよい」という死生観を心にすえるようになったことを述べ、「『死ぬときは苦しくないこと』については、本書で詳述したごとく、戦後、私が病人の最期をみとるたび、確認してきた。それでこのことは是非多くの方々に知っていただきたいと思う。戦死した仲間たちの願いでもある。一方、私は戦争中の死の恐怖から、『どのようなことがおころうとも、あるがままが一番よい』という諦観、死生観をもつに至った。そして戦後、私はその根源をたどり、わが国古来の死をめぐる数々の遺訓をしらべ、そこに多くの共通するものを見出した」と述べるのでした。



本書の著者である永井友二郎氏は2017年5月8日、自宅で家族が看守るなか永眠されました。うっ血性心不全、98歳でした。4月20日に介護ベッドが自宅に搬入されたわずか2週間後の旅立ちでした。亡くなる前日まで食事は完食したといいます。利尿剤などの心不全治療は拒否する一方、在宅酸素は喜んで受けたようです。延命治療は拒否し緩和ケアの恩恵には与りながらの大往生であったようです。「死ぬときは苦しくない」という持論を大切にしながら、生涯現役の医師として人生を全うされた著者の生き様は、多くの医師にとって大きな励みとなりました。また、本書を読んだ多くの読者は死の不安から解放されたことでしょう。著者の御冥福を心よりお祈りいたします。

 

 

2022年5月22日 一条真也

利他・互助・人間尊重

一条真也です。
昨日、108冊目の「一条本」となる『論語と冠婚葬祭』(現代書林)がついに発売されました。わが国における儒教研究の第一人者である大阪大学名誉教授の加地伸行先生との対談本で、「天下布礼」の書であります。

論語と冠婚葬祭』(現代書林)

 

おかげさまで『論語と冠婚葬祭』は好評のようで、アマゾン・レビューも続々と寄せられています。同書では「礼」について追及しましたが、「礼」とは何よりもわが社のミッションである「人間尊重」だと思います。「人間尊重」は、 ブログ「座右の銘は『人間尊重』」でも紹介したように、かの出光佐三翁の哲学を象徴する言葉でもあります。サンレーの創業者である佐久間進会長が若い頃、地元・北九州からスタートして大実業家となった佐三翁を深く尊敬しており、その思想の清華である「人間尊重」を自らが創業した会社の経営理念としました。以後、サンレーグループのミッションとなっています。



「人間尊重」ということを考える上で、非常に感動的な動画にネット上で出合いました。「極貧少女とラーメンおやじ」というアニメ動画です。貧しくて、いつもお腹を空かせている小学校1年生の少女がラーメン店主からラーメンを食べさせてもらうという話です。「お返しができないから、食べられない」と固辞する少女に、店主は「それなら、おじさんに漢字を教えておくれ。ラーメン1杯ごとに漢字を1つ教えてほしい」と言います。見返りを求めないだけでなく、相手に心理的負担を与えない店主の心に感動します。この少女が成長して、今度は困窮状態にあった店主を助けるのですが、わたしは涙が止まりませんでした。店主のように「人を助けられる人」、少女のように「受けた恩を返せる人」、「人のために」という利他の心を持った人間になりたいものです!

西日本新聞」2021年12月8日朝刊

 

ブログ「晴れの日は晴れ着で」で紹介したように、わが社は児童養護施設のお子さんたちに七五三や成人式の衣装を無償でレンタルさせていただいています。「万物に光を降り注ぐ太陽のように、すべての人に儀式を提供したい」というわが社の志によるものです。ブログ「体も心もぽかぽかに」で紹介したように、次なる志の「かたち」は「子ども食堂」でした。さまざまな事情で、満足な食事が取れないお子さんたちにお腹いっぱい美味しいものを食べていただきたいと考えてきました。昨年ついに、「日王の湯」で子ども食堂が実現し、現在も定期開催しています。「極貧少女とラーメンおやじ」の動画を観て、わたしは「子ども食堂をもっと増やしたい!」と強く思いました。


論語と冠婚葬祭』をわが社の主な社員にプレゼントしたのですが、その中でサンレー北陸MSセンターの中山雅智所長が、「わたくしの偏った感性で恐縮ですが、本を読みながら日本人っていいな。人間っていいなと思ったら、幼少期にテレビで見ていた、『まんが日本昔ばなし』のエンディング曲『にんげんっていいな』を思い出しました。その歌詞の中には、『ほかほかごはん』『ポチャポチャおふろ』とあり、サンレーズ・アンビション・プロジェクトを垣間見ることができました」との感想をLINEで送ってくれました。そう、「日王の湯」では、子ども食堂だけでなく、子ども温泉も開催しているのです。これは、全国でも珍しい試みだそうです。

サンレーズ・アンビション・プロジェクト(SAP)

 

中山所長のいう「サンレーズ・アンビション・プロジェクト」とは、「人間尊重」としての礼の精神を世に広める「天下布礼」の実践です。具体的には、冠婚葬祭衣装の無償レンタル、天然温泉の無料体験&子ども食堂の開設などの一連の社会貢献活動のことですが、これは、SDGsにも通じています。SDGsは環境問題だけではありません。人権問題・貧困問題・児童虐待・・・・・・すべての問題は根が繋がっています。そういう考え方に立つのがSDGsであるわけです。その意味で入浴ができなかったり、満足な食事ができないようなお子さんに対して、見て見ぬふりはできません。義を見てせざるは勇なきなり!

アンビショナリー・カンパニー』(現代書林)

 

「極貧少女とラーメンおやじ」のエピソードは「利他」の精神に溢れていますが、じつは「利他」とは「互助」という言葉に通じます。日本には「情けはひとのためならず」という言葉がありますが、他人を助けることのできる人は他人から助けられることのできる人なのです。この動画をいろんな人にLINEで紹介したのですが、サンレー北九州本部の営業推進部の小谷研一部長は「家族以外でも強い絆で結ばれることの素晴らしさを改めて感じました。互助会の普及が利他の精神の普及であると信じ業務に邁進致します」とのコメントを寄せてくれました。拙著『アンビショナリー・カンパニー』(現代書林)にも書きましたが、わたしは、この極貧少女のような境遇の子どもがいなくなり、平等な社会になることを強く願います。戦争をするだけが人類の歴史ではあまりにも悲し過ぎます。

人間尊重の「かたち」』(PHP研究所)

 

佐久間進会長は、著書『人間尊重の「かたち」』(PHP研究所)において、「人間尊重とは、人と人とがお互いに仲良くし、力を合わせることです。互いに助け譲り合う『互譲互助』『和』の精神は、神道の根幹を成すものであり、自然と人間の調和こそが日本人の精神形成の基になっています。今、日本では『無縁社会』などという言葉が取り沙汰されるほど人間関係の希薄さが進行し、日本は、日本人はダメになってしまうのではないかと危惧していました。ところが、2011(平成23)年に発生した東日本大震災で、日本は素晴らしい国民性を持っていることが再確認できました。あれだけの震災を受け、自分自身がこの先どうなるか分からない、死ぬかもしれない中で、暴動や略奪が起こらず、お互いが助け合い・支え合い・励まし合って生きようとする見事な姿勢。あれだけ追い詰められて先が見通せない時に秩序を守り、礼儀正しく、一杯の炊き出しごはんをいただくにもきちんと整列して何時間でも待っている姿。これには世界の人たちが日本人は大したものだと驚嘆し、称賛してくれました。他国ではあり得ない姿だったようです」と述べています。


天道館で話す佐久間会長

 

また、佐久間会長は「私ども冠婚葬祭互助会が掲げてきた、『互助社会をつくろう!』『共生社会をつくろう!』『支え合う社会をつくろう!』という最終目的は、まさに日本人が持っている一番の特徴を表しているのではないでしょうか。わが社はそれを長年にわたって言い続けてきました。東日本大震災後、『絆』という言葉がクローズアップされています。絆とはまさに人と人の結びつきです。かつて絆を大切にしてきた日本人の心が覚醒し、お互いに助け合うこと、支え合うことが再認識され、われわれ冠婚葬祭互助会に対する評価も必ず上がってくると思います。そして『支え合う』ということを大きな柱に据えたいと思います。『助け合い』から『支え合い』へ。冠婚葬祭を通して、もう一度人と人との絆を結び直せないかと思っています。本格的にわれわれの目指す仕事がいよいよできるのではないかと、楽しみに感じているところです」とも述べています。わが社は、これからも、サンレーズ・アンビション・プロジェクトを推進いたします!


天道館の竣工式で佐久間会長と

 

2022年5月21日 一条真也

『死を見つめ、生をひらく』

死を見つめ、生をひらく (NHK出版新書)

 

一条真也です。
『死を見つめ、生をひらく』片山恭一著(NHK出版新書)を読みました。わたしは、「死」についての本はかなり多く読んできたつもりですが、この本を読んだときは唸りました。著者は1959年、愛媛県生まれ。作家。九州大学農学部卒業。同大学院博士課程中退。86年「気配」で文學界新人賞受賞。2001年『世界の中心で、愛をさけぶ』が300万部を超える大ベストセラーとなりました。小説に『愛について、なお語るべきこと』など多数。評論に『どこへ向かって死ぬか――森有正と生きまどう私たち』など。本書は2013年7月に刊行されていますが、ものすごい名著でした。あの『セカチュー』の作家がこんな凄い思想書を書いていたとは!

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本書の帯

 

本書の帯には「死は、生への終着ではない、生への『出発』である。」と大書され、「大ベストセラー『世界の中心で、愛をさけぶ』刊行から12年、私たちの死生観の180度転回を求める“逆転の思考”を提示する」と書かれています。また、帯の裏には「いま、私たちは――本質においてではなく、可能性において、人間を問わねばならない」と書かれています。

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本書の帯の裏

 

アマゾンの「出版社からのコメント」には、以下のように本書の内容がまとめられています。
「なぜ、生きまどう人が増えているのか? その根源的な原因は『死の忘却にある』と著者はいいます。『死とは何か→虚無(終着)である』の“定説”が、未来への展望なしに私たちを『現在』に縛りつけ、それが寄る辺ない精神状態を生み出しているというのです。では、どうすればよいのか? 著者はある“逆転の思考”を提言します。『そもそも〈死とは何か〉という問い自体が間違っている。そこからは〈死=虚無〉以外の答えは出ない。正しい問い方は〈死とは何でありうるか〉だ。死を本質ではなく可能性において問うことで、一人一人が自らの責任で死と向き合える。それがひいては個々の生き方を定義づける。ベクトルが逆なのだ。死は生の終着ではなく、生への出発なのである』。そこで著者は、この“逆説”を証明するために歴史をたどり、作家ならではの筋道を立てて論を展開していきます。たとえば、前近代の日本では、先祖信仰という形で先祖(死者)が生者の生き方の指針となっていた。過去の死者を絶えず意識することで現在の『生』は充実し、それがいずれは訪れる未来の『死』を責任をもって受容することにつながった。そこに近代合理主義が到来し、生者が死者を排除(死を忘却)していったことでこの関係は逆転し、折からの資本主義の隆盛とともに卑近な『現在』への執着が生じた。しかし、いま資本主義が行き詰まっている。たとえ人の寿命が延びたとしても、やがては訪れる『死=虚無』の克服にはいたらない。だから、死から生への新たなる逆転、すなわち生への出発がはかられなければならない――と。文壇デビュー以来、一貫して『死』にこだわり続けてきた著者が到達した境地は、“逆転の思考”で現代文明に対峙することを説く、人間の新しい生き方を提示するものです」

 

本書の「目次」は、以下の構成になっています。
「はじめに」
第一章 医学は死を背負いきれない
第二章 イエとムラが支えた死生観
第三章 合理主義がニヒリズムを生んだ
第四章 人間を動物化させる資本主義
第五章 「延命」の果てにある「虚無」
第六章 死は「出発」である
「参考文献」

 

「はじめに」で、「死は虚無であり、それ自体は無意味である」と1つの社会全体がみなしているとすれば、非常に特異なことだと言えるとして、著者は「そんなふうに死を位置づけた社会は、過去にも現在にも、ほとんどないはずです。なぜなら死を虚無と考えることに、人間は耐えられないからです。だから死者は埋葬されたのです。様々な葬制が考え出されてきたのです。人間の歴史は死者たちとともにありました。死者や死後を考えるのが人間であると言っていいくらいです。この社会が死を虚無とみなすなら、それ以外の答えを死にたいしてもちえないなら、ぼくたちは人間以外のものになりつつあると考えるべきでしょう。人間の生は個体のものであるとともに、個体を超えたものでもあります。現在とともに、歴史や伝統のなかにある。そのようにして人は生き、死に赴いてきました」と述べています。冒頭から、拙著『唯葬論――なぜ人間は死者を想うのか』(三五館、サンガ文庫)のメッセージとまったく同じであり、わたしは大いに共感をおぼえました。

 

 

第一章「医学は死を背負いきれない」の「死を『諒解』できない社会」では、医学的に、あるいは生物学的に説明される死というものは、国や地域を超えて理解可能なものであると指摘し、著者は「その意味では、1つのクローバル・スタンダードと言えるでしょう。医学や生物学が扱うのは生命現象です。したがって死は生命活動の停止であり、生命システムの破壊として定義される。これが理解できる死です。その先には何もない。要するに、終焉ということになります。あらゆる関係の断絶であり、完全なる虚無である。いくら考えても、それ以外のものは出てこない」と述べています。

 

こうした死に対して、わたしたちは恐ろしいとか、悲しいとか、寂しいといった感情を抱くのだと思うとして、著者は「それは当然のことです。理解できる死だけで済まそうとすると、死は恐ろしく、悲しく、寂しいものでしかない。だから死のことは忘れて、当分は自分に起こらないこととして生きる。せいぜい元気なうちに楽しんでおく。そのくらいしか手立てがないわけです。これはあまり健全な生き方ではないような気がします。刹那的な生き方といいますか、一種のニヒリズムではないでしょうか。まさに夢も希望もないわけで、こんな死を目指して、人は生きることはできないと思うのです」と述べます。

 

「心のよりどころを失った日本」では、キリスト教文化圏の人々はダブル・スタンダードでやっていると言えるかもしれないとして、著者は「生きているあいだのことは、経済のことにしても自然科学やテクノロジーのことにしても、とにかく最先端のところでやっていく。一方で、死んだあとのことは神様におまかせする。そういう使い分けをしながら、うまくやっているようにも見えます。アメリカなどでは戦場で死んだ兵士の遺体が帰ってくると、『神のもとに召された』なんてことを平気で言うわけです。大統領とか国防長官とか、そういう偉い人たちが。日本ではちょっと考えられません。日本の首相が同じことを言えば、『あいつ、おかしいんじゃないか』ということになる。つまり人の死にかんして、アメリカやヨーロッパは、神にゆだねるという態度をごく自然にとれる社会なのだと思います。そのあたりはなお、伝統的なキリスト教の文化によって支えられている面が大きい気がします」と述べています。

 

欧米諸国と同じように資本主義が発達した日本ですが、彼らに比べると、日本人には何もないと言っていいのではないかとして、著者は「たとえば肉親の不慮の死に遭遇するといった場面で、遺された家族を支えてくれるもの、心のよりどころとなるものが見当たらない。結局、損害賠償や補償の問題にしかならないわけです。しかし死は何ものによっても贖いようのないものです。お金をやると言われたところで、なんの慰めにもならない。本来、宗教は死の問題を解決するために生まれてきたはずです。その宗教が、日本ではほとんど機能していない。死にたいして無力といいますか、死の問題も死後の問題も等閑視して、『葬式仏教』と揶揄されるようなものになっている」と述べます。

 

「倫理は『個人』に託された」では、死の問題に関しては、誰もが自分だけで対処しなければならなくなっているとして、著者は「死の意味は個人が見つけなければならないものになっている。その点では、どのような死であれ、すべて孤独死であると言っていいと思います。たとえ家族に見守られながら亡くなっても、孤独な個人の死であることには変わりない。そもそも葬式をどうするかとか、死んだあとはこうしてくれとか、一昔前までは個人が考えることではなかったのです。考える必要も余地もなかった。いまは葬式にしても遺骨の処理にしても、生前にアレンジする人が多くなってきています。そのくらい死も死後も、一人一人の恣意にゆだねられるものになっている。つまり社会的に共有される文脈の上にはないのです」と述べています。

 

第二章「イエとムラが支えた死生観」の「問題は『死後』にある」では、人間だけが垂直の視線をもち、垂直の視線を意識することができると指摘し、著者は「これは人間が『時間』を思考しうる動物であることを意味していると思います。つまり時間を時間として思考することができる。それにたいして動物たちは、空間だけを生きていると言えるかもしれません。彼らにとっての時間とは、たとえばA地点からB地点への移動に要する物理的時間の長さです。運動や移動の距離であり、本質的には空間なのだと思います」と述べています。

 

現代の宇宙物理学によると、何気なく夜空を見上げることで、じつは数百万年前を振り返っていることになるということを紹介し、著者は「高性能の電波望遠鏡を使えば、宇宙の起源や時間の起源を目撃することもできる。もちろん昔の人間には、そういった知識はなかったでしょうが、おそらく同じような気分で星空を見上げていたのではないかと思います。自分が存在しなかった過去や、自分が存在しない未来、あるいは『永遠』や『無限』について思いをめぐらせてきたのではないでしょうか」と述べます。この言葉は、『永遠葬〜想いは続く』(現代書林)という著書のあるわたしにとって、非常に説得力がありました。

 

永遠葬

永遠葬

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時間を思考する能力が、人間に「死」の観念をもたらしたと言えるいう著者は「逆に、死の観念が時間をもたらした、と言っても同じです。人間にとって死とは時間である。時間とは、すなわち『死ななければならない』ということであり、死を自覚した人間の存在様態が『時間』と言ってもいいでしょう。人間は死を認識する動物だと言われますが、それは人間が時間を思考する動物であるということと同じです。ですから人間にとって、問題は死そのものではなくて、『死後』なのです。死んだあとのことが気になってしょうがない。これは人間が時間の観念をもっているからです。遠い未来のことや、遠い過去のことを思考しうるという能力が関与しているわけです」と述べます。

 

そこから埋葬ということもはじまったと考えられるとして、著者は「人間の大きな特徴の一つは、死者を放置しないということです。個体の生物学的な死を放置しない。それは人間が死後の観念をもっていることと裏腹の関係にあります。人間にとって、生物学的な死といえども時間の連続性の上で起こってくる。時間の断絶として立ち現われる死を解決しようとしたときに、葬礼のようなものが考え出されたのでしょう。また死後のあり方といいますか、死者の行方とか、他界観のようなものが思考の対象となってきたのだと思います」と述べます。

 

続いて、著者は「死後にしても他界にしても、体験によっては語りえないものです。どうしても想像力が介在してくる。死は人間の想像力の源泉であるとも言えます。死というものを意識したとき、人間の想像力は駆動しはじめた。人間の前に想像力の領域が立ち上がってきた。神話や宗教は、そうやって生まれてきたものでしょう。人間の思考には、どうしても自然科学的な認識だけでは片付かない部分があります。否応なしに想像力の領域にまたがってしまう。つまり存在しないものを思考する、ということが不可避なのです。だから『意味』が付きまとってくる。存在しないものを、『意味』によって補おうとするわけです」と述べるのでした。

 

先祖の話

 

「『家』単位の先祖信仰」では、先祖信仰について言及しています。名著『先祖の話』で、柳田國男は「霊融合の思想」というふうにとらえていますが、人は亡くなってある年限を過ぎると、「ご先祖さま」や「みたまさま」と呼ばれる1つの尊い霊体に融け込んでしまいます。それは多くの先祖たちが一体となった神であり、この先祖神が子孫後裔を守護してくれる、というのが柳田によって示された大まかな見取り図です。現在でも人が亡くなると、一周忌とか、三回忌とか、七回忌とか、いわゆる年忌供養を行います。そして三十三年忌くらいで弔い上げとなります。

 

これについて、著者は「宗派や地域によって異なるため、一概には言えませんが、長いところでも50年くらいだと思います。それ以上になると、亡くなった人のことをおぼえている者もいなくなる、という事情もあったでしょう。長い年月にわたり、年忌ごとの法要を受け、また盆や彼岸の行事で子や孫たちの供養を受けることによって、死者の霊魂は清められていき、生前の個別性を失いながら、最終的に先祖の霊(祖霊)のようなところへ集約されていく。なかなか合理的な説明です。誰もがいずれは『ご先祖さま』や『みたまさま』になるわけですから、死後はひとまず安心です」と述べています。

 

もともと死者の霊の往還という考え方は、日本にかぎらず、東アジアにおいては古くから見られたもののようであるとして、著者は「たとえば『鳥形霊』と呼ばれる信仰があります。白川静が中国の古代文字研究のなかで述べていることですが、中国には古くから、人の霊魂は鳥によってもたらされ、また鳥になって去るという考え方があったそうです。水辺に飛来する渡り鳥は、遠く霊界へ去った死者たちの魂が、時期を定めて帰ってくるものと考えられていました。だから鳥たちの飛来する沼沢のほとりは、しばしば神霊を祀る聖所とされました。おそらく四季がはっきりしていて、規則正しくめぐってくるという自然の条件が関与しているのでしょう。死者の霊が周期的に、『あの世』と『この世』のあいだを往還するという考え方は、東アジア一帯の他界観として、かなり古いものと考えていいかもしれません。

 

日本の仏教思想のなかには、「永遠」や「無限」といった観念がほとんど見られません。中国式の仏教なども、無限というよりは「段階」という考え方を好んだようだと紹介し、著者は「永遠や無限というのは、どちらかというとインド的な観念と言えるのかもしれません。『ゼロ』を発見したのもインド人だと言われています。現在では普通に使われている『永眠』という言葉などは、本来の日本人の感性からすると、死者にたいしては使いにくかったかもしれません」と述べています。

 

「『家』『村』に還れないぼくたち」では、先祖信仰を支えていたものは伝統的な「家」であり、自然崇拝を支えていたものは農村などの村落共同体であったと指摘して、著者は「もはや日本の社会にはないものばかりです。核家族化とか都市化とか市場経済の浸透とか、様々な原因が考えられます。いずれにしても、現在の日本の社会が、死を諒解するための環境や道具立てを失ってしまっていることは確かです。その結果、自分の死も他者の死も、うまく受け入れることができなくなっている。戦後の民主化の流れのなかで、伝統的な『家』と村落共同体は、天皇ファシズムの温床として常に批判に曝されてきました。すなわち『家』は家父長的な天皇制を支えるイエとして、村落共同体は封建的なムラとして、批判的に論じられることが多かった」と述べています。

 

一方で、前近代的とされた「家」や村落共同体が、日本人の死生観や他界観を支えてきたことも事実であるとして、著者は「先祖信仰にしても自然崇拝にしても、知識や情報として持ち運ぶことはできません。つまり教育は不可能です。学校などで教えるというわけにはいかない。かつて子どもたちは共同体のしきたりや祭祀を通して、いつのまにか自然を崇め、敬い、畏れる気持ちを身につけていったことでしょう。山に入れば、いたるところに石仏が祀られ、聖なる樹や岩がある。そうした場所とのかかわりを通して、自然というものの存在を感じ、言葉としてうまく表出できないような感受性を培っていったのだと思います」と述べます。わたしも同じ意見です。

 

 

『先祖の話』を書いた柳田國男によると、亡くなった人の霊が登っていく山にしても、どこでもいいわけではなくて、この村はこの山というような管轄があったことを紹介し、著者は「だからこそ『ふるさと』が重要だったのでしょう。盆と正月に帰省するのは、たんなる休暇や骨休めといった意味だけではなかったはずです。自分がどこからやって来て、どこへ還っていくのかといったことを確認する、大切な儀式でもあったのだと思います」と述べます。また、『想像の共同体』を書いたベネディクト・アンダーソンの言葉を借りて、こうしたモナド的に切り離されてしまった人々の中に「つながり」を回復するものが国民国家だったと述べています。

 

なぜ人は偶然に死ぬのか。偶然でしかありえない死が、誰にとっても不可避であり必然であることを、どのように考え、いかに受け入れればいいのかと問う著者は、「ヨーロッパにおいてはキリスト教が、神への信仰を前提に死の偶然性と必然性を説明し、不死性と永遠性の暗示のもとに意味化してきました。では信仰の外にある者はどうなるのか。たとえばサルトルボーヴォワールなどは、死は虚無であると言い切っています。無神論唯物論の立場からすれば、当然そうなるわけです。しかし一般の人たちが、そこまで潔く割り切って考えられるかどうかは疑問です。そこでキリスト教が力を失った近代以降、宗教にかわってあらわれてきたものが、ナショナリズムとともに形作られる「国民国家」であった、とアンダーソンは言うのです」と述べます。

 

また、著者は「ぼくたちの精神世界は、個人のものであるとともに、個人を超えたものでもあります。現在とともに、歴史や伝統のなかにある。そうした歴史や伝統を支えてきたものが、姿を消してしまったということだと思います。とくに都市で核家族というユニットを営んでいると、死者を弔う儀式や習俗は簡略化され、形骸化しがちです。習い覚えたことを形式的にやっていても、由来やもとの意味はわからなくなっている。こうして死というものにかんして、伝統的な感情の受け渡しが困難になっていく、あるいは不可能になっていきます」とも述べています。

 

第三章「合理主義がニヒリズムを生んだ」では、近代以降、人間は死者と自然を排除することによって自分たちの世界を作ってきたと指摘し、著者は「生きている者が、死者や自然をコントロールできるようになった時代、人間が死者と自然から自由になった時代。それが『近代』であると言っていいかもしれません。いまやぼくたちは、真の意味で、ヒューマニズム(人間中心主義)を終わらせなければならない段階にいます。死者の眼差しで生者を見ることや、自然の眼差しで人間を見ることが必要です。それは経済的価値を超える新しい「価値」と出会うことを意味しています。ぼくたちがめざすべきは、そうした新しい価値の創出ではないでしょうか」と述べるのでした。

 

第四章「人間を動物化させる資本主義」の「資本主義には他者への回路がない」では、「死が虚無でしかありえなくなった世界で、倫理を問えるか」ということがドストエフスキーをとらえた最大の問題であったと紹介し、著者は「死が虚無であるなら、なぜ生きているあいだに、正しいことや善いことをしなければならないのか。生の意味が、限られた時間を使い果たすというだけなら、そのあいだに何をしても、最後は虚無の冷たい焔のなかに投じられて終わることになる。生の根本的な性格がそのようなるのであるなら、たとえば誰かのものを盗んだり奪ったりして、他人の労力と生命によって生きていくことさえも是とされるのではないか。然り。ぼくたちは、まさにそのようにして生きています。資本主義とは結局のところ、自分の手を汚さずに、誰かのものを盗んだり奪ったりして、他人の労力と生命によって生きていくことを是とするシステムではないでしょうか。その象徴がグローバル・スタンダードと呼ばれる、アメリカ型の金融経済だと思います。所得や富の格差が拡大していくことは、先進工業国や脱工業国において共通して見られる傾向です」と述べています。

 

資本主義について、著者はこうも述べています。
「住宅ローンを含めて、あらゆるものが証券化された上に、様々な評価の証券が組み合わされ、金融工学とやらを駆使した複雑怪奇な金融派生商品デリバティブ)が生み出される。それらを売ったり買ったりすることで、巨額の富を得たり、巨額の損失を出したりする。いったい、何をやっていることになるのか? 要するに、誰かのものを盗んだり盗まれたり、奪ったり奪われたりしているということではないでしょうか。金融経済のなかで大儲けすることは、他人の労力と生命によって大儲けするということではないでしょうか」

 

資本主義というシステムの下で、人間はますます動物化し、ますます深いニヒリズムを生きるようになる。そのことは避けがたいように思わるという著者は、「こうした兆候は、あらゆる場面にあらわれています。貨幣を介在させることによって、人と人の関係は匿名化し、非人間化します。たとえばコンビニやスーパーで買い物をするとき、生産者の顔はほとんど見えません。誰がどんな思いで、この野菜を育てたのかといったことを、ぼくたちは考えずに済みます。ただ値段や品質のことしか考えない。生産者にとっても、消費者の顔は見えない。お互いに匿名化しています。このように貨幣を媒介とした関係においては、他者のことは考えなくていいし、また考えようがない」とも述べるのでした。

 

第五章「『延命』の果てにある『虚無』」の「引き継いだ過去を未来へ引き渡す」では、倫理的な問いは未来からやって来るとして、著者は「未来の者たちにたいして責務を負っている、と考えるところから倫理は生まれる。現在からは、本来的な倫理や善は生まれません。現在という様態においては、相対的あるいは限定的な倫理や善を実現することしかできません。したがって未来のことが考えられなくなることは、本来的に倫理を問えなくなることを意味しています」と述べています。

 

なぜ人々は死者を弔い、祀ることに、大きな労力を割いてきたのか。それは過去の死者とつながることが唯一、未来の他者とつながる縁になると考えられていたからではないかと考える著者は、「過去の死者を大切に祀ることによって、あるかなきかの細い通路を伝って、辛うじて未来の他者に触れることができる。そのように先人たちは、深い知恵と慎ましさをもって考えてきたのではないでしょうか。未来というものは本来的に、こうしたかたちでしか構想されないものかもしれません」と述べています。ここでいう「過去の死者」とは先祖であり、「未来の死者」とは子孫のことにほかなりません。

 

日本において過去100年ほどのあいだに起こったことは、未来のことを考えようとして過去に背を向け、現在から過去を切断してしまう、という事態であったという著者は「それが進歩だと錯覚されてきた。しかし進歩と思われてきたものは、一過性の異常な狂騒でしかなかった。日本にかぎった話ではないけれど、なんと愚かしく、盲目的に過去を破壊してきたのかと思わずにはいられません。断ち切られた過去は、けっして戻ってこない。失われたものは取り戻すことができない。それが歴史であり、伝統だろうと思います」と述べます。まったく同感です。

 

死の諒解が成り立たなくなることは、自らの生を、先祖から子孫への連続した時間のなかに位置づけることができなくなることを意味するとして、著者は「死後の実感を喪失するということは、自分が死者となった未来を、現実のものとして実感できないということです。ぼくたちにとって、未来は自分の不在を前提とした未来に過ぎません。それは本来の意味での未来ではなく、あくまで現在のなかにある『未来』です。いくら未来のことを考えるといっても、ぼくたちは現在の自分という場所からしか、未来を考えることができなくなっているのではないでしょうか」と述べます。

 

死後の実感を喪失することは、死者となった自分と交流してくれる他者を失うということであると指摘し、著者は「死者とは、未来の他者です。両者は互換性をもたないけれど、等価であると言える。死者とのつながりが不通になることは、未来の他者とのつながりが不通になることを意味しています。すなわちぼくたちは、死者の場所から、未来の他者とともに、未来を考えることができない。未来の他者と、未来を共有することができない。だから「未来の他者のために」という言い方が、自己欺瞞や思考停止をともなった空手形のようなものにならざるをえないのだと思います」と述べます。

 

「『延命』が資本主義を駆動させる」では、現在は永遠に死を知ることがないとして、著者は「それは死が正しくとらえられていないということです。さらに言えば、死は現在という視野の外にある。死は体験できない、ゆえに恐れる必要はない。死は常に誰かの死であって自分の死ではない・・・・・・といった類の通俗性において、死後は文字通りの無性(Nichtigkeit)として虚無とみなされます。現在・過去・未来という連続した時間の流れが断ち切られ、現在が過去からも未来からも孤絶するほど、死は虚無の色を濃くしていく。生が現在という時間の様態の上だけで営まれるようになるほど、ぼくたちは不可避的に虚無としての死につかみ取られてしまう。過去からも未来からも断ち切られた現在にのみ着生する自己にとって、自らの唯一の基盤である現在が失われるという事態は、虚無として実体化されるしかないからです」と述べます。

 

「延命」とは、死後を虚無とみなすところから生まれてくる欲望であると主張する著者は、「死後に意味を見出す人たちにとっては、死は忌むべきものでないのみならず、ときには望まれるものですらありうる。だから自爆テロや抗議の焼身自殺へ赴く人が跡を絶たないのでしょう。一方、人を虚無にたどり着かせてしまう死は、当然否定されます。つまり死後が虚無とみなされるとき、生は自ずと死に抗して『延命』されるものになるのです。しかしいくら『延命』したところで、最終的にたどり着くのは虚無でしかありません。だとすれば、『延命』という生き方が、すでに濃い虚無に覆われていると言える。経済成長の饗宴が終わってみれば、あり余る科学技術(テクノロジー)とともに、『延命』という空虚のなかに取り残されていた。それが現在の、ぼくたちの生の実感を形作っているように思います」と述べるのでした。

 

 

「環境から『超越』する人間」では、ハイデガーの哲学に言及します。ハイデガーは「超越」という存在構造を、現存在としての人間に普遍的なものとみなしていますが、これを1つの思考様式にまで昇華させ、超自然的な原理において自然を見たり、考えたりすることをはじめたのは、「ヨーロッパ」という文化圏に限られたことであったと指摘し、著者は木田元の『ハイデガー』『わたしの哲学入門』などを参照しながら、「その起源は、プラトンイデア論にまで遡ることができます。さらにアリストテレスを経て、この特殊な思考様式は形而上学(哲学)として整備され、中世以降はキリスト教神学と結びついて発展していくことになります。そしてデカルトやカントによって近代化されたあと、ヘーゲルのもとで理論的に完成される。つまり形而上学(哲学)としては、それ以上展開しようのないものになります。ここにニーチェが反哲学(プラトニズムの転倒)を掲げて登場する必然性があるわけです。一方、哲学的思考は近代自然科学と結びつき、以後は技術として猛威を振るっていく、というのがハイデガーの描いたおおよその見取り図です」と整理しています。



「人間化する自然、動物化する人間」では、著者がハイデガーの言いたかったことを「人間が人間的であることは、とりもなおさず技術的であるということだ。そして技術的であればあるほど、人間は技術のなかで、その人間性を喪失していく」と要約します。同様のことを、マルクスは「疎外(Entfremdung)」という概念によって言おうとしています。人間が人間的に進歩していくほど、いわば人間的であることと人間性の乖離は大きくなっていく。歴史が進めば進むほど、人間の生き方から人間らしさが失われていくのです。著者は、「そのことを現在、ぼくたちは日々の暮しのなかで実感しています。だから人間らしい暮しを求めて、エコロジーのようなことを志す人が出てくるのでしょう。医療の面でも、薬剤や手術によって過剰に患者の身体へ介入する治療医学への反省から、人間に本来備わっている自然治癒力を見直そうという動きが出てきている。しかしマルクスの時代、彼が『疎外』と呼んだものは、現象としてそこまで広範には立ち現れていませんでした。せいぜい労働者の貧困化といった社会問題として、局所的に先鋭化している程度だった。ゆえに彼は疎外の問題を、まず労働という場面でとらえていくことになります」と述べています。



ここで、2013年に書かれた本書の中で、驚くべきことに著者はウイルスの脅威について次のように言及します。
「今日、なぜウイルスが脅威になっているのかを考えると、その原因はいずれも人為的なもの、人間的なものであることがわかります。たとえば品種改良や人工授精というかたちで、人間が動植物の性や生に介入しつづけることが、攻撃的な性格に変異したウイルスが出現するリスクを高めている。衛生的な生活環境のもとで病原体との接触が妨げられることが、人間の免疫的ポテンシャルを低下させている。薬剤の過剰な使用が、人類全体の生態系を混乱させている。グローバリゼーションの進展は未知のウイルスとの遭遇の機会を増やし、さらに高速化した交通網が、パンデミックの懸念される状況をつくり出している。これらが複合され、今日的な脅威や危機になっている。つまり脅威や危機の実態は、あまりに人間的であり、あまりに人間と同化しているために、二つのものを分離したり、切り離したりすることができないのです」

 

第六章「死は『出発』である」の「果てなき自己同一性への投資」では、良くも悪くも、資本主義は差別のない世界をめざすとして、著者は「あらゆる差別は拡大を疎外する要因として排除される。結果的に、資本主義は平等な社会を作り出してしまう。その一方で、ぼくたちは個々の差異を消去された均質な人格へ還元されてしまいます。つまり誰もが交換可能な存在になるわけです。自己と他者は交換可能であり、ときに主体であったり対象であったりする。意味をもつのは『場所』であり、そうした『場所』に、ぼくたちは確率的に分布する。ホテルのボーイは、勤務時間が終われば高級レストランの客でありうる。一人一人の人格を決定するのは、どの場所にどのくらいの確率で分布しているか、ということだけです。そして多くの場合、分布の仕方を決定するのはお金ということになります。このことは、ぼくたちが人格として、相互に決定不可能な存在であることを意味しています。なぜなら、お金で購入できるのは、その『場所』を占める権利であり、そこに人格のようなものは反映されていないからです」と述べています。

 

資本主義が創り出した奇妙な「平等」の下で、目につくかぎり他者の他者性は排除され、消去されていきます。いまや他者の他者性は小さな差異、ソフトな差異のなかにしかないと主張する著者は、「したがって微小な差異にたいして、過剰な知識や情報を身につけることが、『他者』と付き合う際のマナーになります。ぼくたちが出会うのは、自分と似た他者です。ソーシャルメディアの発達が、そのことに拍車をかけています。他者とは自分から近似値計算された人やモノでしかない。今日、様々なソーシャルネットワーク上で起こっていることは、どこか近親相姦めいた様相を呈しているのではないでしょうか。それほどまでに、似たような性向をもつ者たち同士が結びついている。そこには誹謗や中傷はあっても、本来の他者はいない。無菌化されたコミュニケーションのなかで、ハードな他者はあらかじめ排除されている」と述べます。

 

「未来から現在を規定し、他者から自己を規定する」では、現世的な善きもの、たとえば空や海や森や自然や動物たちが、自分の死んだあとも残りつづけるなどと、希望的に考えることはできないとして、著者は「すべてはあなたの死とともに奪われてしまう。あなたの世界は、あなたとともに消え去る。個人が死ぬとき、世界も滅ぶ。子孫を残しても慰めにはならない。子や孫も、あなたの生とともに消えてしまうのだから。無神論的な人間ほど、『人類』ということを考えたがる。類としての永続性に救いを求めようとする。人類のなかに自分の存在を消し去り、そのなかで新たに誕生し、無限の存在になる、などと虫のいいことを考えたがる。しかし人類とて永遠の存在ではない。何十億年後か、地球は冷却した太陽に呑み込まれてしまう。それよりもはるか前に、人類の死はやって来るだろう。そのとき死者は完全に消滅してしまう。誰一人として彼の存在をおぼえていないだけではなく、かつて彼が存在したという手がかりは何もなくなってしまう。言葉の完全な意味で、これまでに死んだすべての死者たちは殺されるのだ」と述べています。

 

また、著者は「遠からず人間は終わるのではないかという予感を、すでにぼくたちは生きはじめています。物理的な消滅の可能性も含めて、人間は終焉しかけているのではないか。70億という人間の数だけを見ても、地球上で生息するには明らかに多過ぎる。そのうち巨大化した恐竜のように、自らの体重を支えきれずに滅びてしまうのではないか。さほど遠くない将来に、大きな破局が訪れるのではないかという予感を、多くの人たちが共有している。実際に何が起こるのかはわからない。生存競争めいた恒常的な戦争なのか、もっと別のカタストロフなのか。いずれにせよ終末的なヴィジョンが、漠然とではあれ確実に、ぼくたちの視野に入ってきている」とも述べています。



「真理と誤謬の連鎖の外へ」では、ヘーゲルの哲学に言及します。ヘーゲルにとって人間とは、死すべきものとしての時間であり、自己意識であり、精神であり、自由であり、労働であり、技術であり・・・・・・といった規定を限りなく連ねていくことのできる存在であるとして、著者は「いずれの規定も正しい。人間学的にも、形而上学的にも、存在論的にも、非の打ちどころがないまでに、ヘーゲルは正しい。この『正しさ』をこそ、ぼくたちは問題にしなければなりません。なぜなら正しく規定された人間のなかから、まさにアウシュヴィッツは生まれたと言えるからです」と述べています。



続けて、著者は「ヘーゲルが規定したような人間、もっとも人間的な自己を認識しえた人間、地球上に現れた人間のなかでも、完全に自らの動物性を否定し、唯一『歴史』をつくりえた真に弁証法的な人間こそが、アウシュヴィッツを生み出したと言えるのです。『今日でもなお、私はアウシュヴィッツは超越的観念論の文明によって犯されたのだと思っています』(『暴力と聖性』)というエマニュエル・レヴィナスの言葉は、こうした文脈から発せられたものだと思います」と述べます。



「死は本質的にわからない」では、死を虚無化とみなすことは、なんの保留もなしに、死を存在論の範疇に取り込むことを意味するとして、著者は「存在の否定が虚無であり、存在と虚無が等価になる地点が死であると、彼らは無造作に考えている。この独断と無作法をこそ、咎めなければなりません。たしかにヘーゲルハイデガーも、死についてこの上なく犀利に思考したかもしれない。しかし死にたいして、決定的にデリカシーを欠いている。このデリカシーの欠如が、おそらく彼らの思考を、自己への過剰な言及へと誘導していくことになったのです。死すべきものとして、自らが死すべきものであることを知っている存在者(現存在)として、人間とは時間であり、精神であり、概念であり、歴史であり、自由であり・・・・・・というふうに。これらを暴力に結びつけてみる必要があるとして、著者は「死を虚無化とみなすようなデリカシーの欠如が、あらゆる暴力を生み出すのではないか。なぜなら死を虚無化とみなすとき、自己のなかに『他なるもの』が介入する余地がなくなってしまうからです」と述べます。

 

ヘーゲル的な円環性の外へ出る必要があるという著者は、「そのために、ぼくたちは何よりもまず、死を『何か』であるかのごとく当て込んではなりません。言い換えれば、死を存在論の範疇で考えてはならない。死はたんに存在と虚無が等価になる地点を意味しているのではありません。それほど都合のいいものではないのです。近代主義的な軽率さでもって、死は虚無化であるなどと、軽々しく口にしないようにしたいものです。本気でそんなことを思っている者は一人もいないはずです。だから形骸化したとはいえ、ぼくたちの社会は葬制を欠くことができないのです」と述べます。

 

そして、著者は「もちろん生物学的な意味で、、死は虚無化には違いありませんが、それをはみ出すものであるし、それ以上のものでもあることは、誰もが体験的に知っていることです。死は虚無化であると言って済むなら、人間は生物学的な1つの種であって、人間ではないことになるでしょう。人間が社会的な動物であると言われるのは、死を虚無化とみなしえないからです。サルによって人間を定義できないのと同じように、生物学的な死によって人間的な死を定義できるわけがありません。しかしヘーゲルハイデガーがやっているのは、そういうことです。生物学的なことを哲学的にやっているだけで、本当の意味で人間学のレベルには達していません」と述べるのでした。

 

わたしが本書を読んだのは2021年のことで、2015年に『唯葬論』や『永遠葬』を書き上げた6年も後のことですが、両著作をはじめ、わたしの死生観と非常に近いことに親近感をおぼえました。2013年の時点で新型コロナウイルスによるパンデミックを予見していたことにも驚きましたが、何よりも日本人がこれほどの高いレベルの「死」の哲学書を書いていたという事実に深い感銘を受けました。本書に登場するプラトンヘーゲルハイデガーらはもちろん哲学の歴史に燦然と輝く大哲学者ですが、本書ほど日本人が「死」について深く考えるための最高の哲学書はないと思います。300万部を数えた大ベストセラーを書いた著書ですが、本書はまったくといって言いほど知られておらず、いわば「幻の名著」です。ぜひ、1人でも多くの日本人に読んでいただきたいと思います。

 

 

2022年5月21日 一条真也

33回目の結婚記念日

一条真也です。
5月20日は、わたしたち夫婦の33回目の結婚記念日です。わたしたちは、1989年5月20日に結婚しました。結婚式は小倉の「松柏園ホテル」で、披露宴は松柏園および八幡の「松柏園グランドホテル」(現在のサンレーグランドホール)で、昼夜2回行いました。わたしが26歳になったばかりで、妻は22歳のときでした。

f:id:shins2m:20130516215508j:plain33年前の思い出の写真

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3年前のロータリークラブの花見例会で

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結婚30周年の年に訪れた函館の八幡坂にて

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知人の金婚式で

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サンレー創立50周年記念祝賀会の後で

 

4年前、次女が慶應義塾大学に入学し、2人の娘たちは東京で一緒に暮らすことになりました。ここ3年のコロナ騒動では、わたしたちは東京にいる2人の娘を心配する毎日で、東京の感染者数の増減に一喜一憂していました。今年の4月1日に次女は就職して社会人となり、6月5日には長女が結婚して花嫁となります。子どもが巣立った後の夫婦は「仲が良くなるか」「仲が悪くなるか」のどちらかだそうです。天国か地獄かの究極の選択ならば、仲良くして天国を選ぶしかありませんね(苦笑)。
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志賀社長から届いたLINEの画像

 

ところで、昨年、埼玉県に本社を置く冠婚葬祭互助会の(株)セレモニーの志賀社長から面白い画像がLINEに届きました。「結婚前のアナタ(右から読んでね)」では、「幸せになりたいの。嫌よ、貴方と別々になんて・・・そんなの私じゃないから。一生私の愛する人は貴方だから、おねがい。」と読めます。一方、「あれから40年・・・(左から読んでね)」では、「だから、おねがい。私の愛する人は貴方じゃないから。一生なんて・・・そんなの私嫌よ、貴方と別々に幸せになりたいの。」と読めます。これを考えた人のセンスには脱帽ですね!
もちろん、わたしたちは右からです!(笑)


これからも、よろしくお願いします!

 

2022年5月20日 一条真也