「ザ・ホワイトタイガー」

一条真也です。
「母の日」に映画「ザ・ホワイトタイガー」をネットフリックスで鑑賞しました。第93回アカデミー賞で脚色賞にノミネートされた作品です。映画評論家の中で最も信頼している町山智宏氏が「予測不能の映画」と絶賛していたので、早速観ましたが、正直そこまで「凄い」とは思いませんでしたが、インド社会の諸問題が浮き彫りになっており、そこは興味深かったです。


ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「[Netflix作品]イギリスで最も栄誉ある文学賞ブッカー賞を受賞したアラヴィンド・アディガのベストセラー小説を映画化。インドの貧困層出身の青年が、裕福な一家の使用人として働く中で理不尽な現実に直面する。野心家の主人公をアダーシュ・ゴーラヴが演じ、『ストゥリー 女に呪われた町』などのラージクマール・ラーオ、『バルフィ! 人生に唄えば』などのプリヤンカー・チョープラらが共演。『ドリーム ホーム 99%を操る男たち』などのラミン・バーラニがメガホンを取った」

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ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「インドの貧しい村出身の青年バルラム・ハルワイ(アダーシュ・ゴーラヴ)は、裕福な一家の運転手となる。生まれた身分から使用人になるしかない彼は、抜け目なく立ち回り主人からの信頼を得ていくが、ある出来事をきっかけに、雇い主一家が自分をわなにはめ犠牲にしようとしていることに気付く。野心的なバルラムは不公平で腐敗した社会に服従するのではなく、自ら運命を切り開くべく立ち上がる」


4月26日に発表のあった第93回アカデミー賞2021では、韓国人俳優を使ってハリウッドで製作されたブログ「ミナリ」で紹介した映画が助演女優賞を獲得しました。町山智宏氏は、映画レビュー動画「たまむすび」で、「今回のアカデミー賞でも、韓国、中国、フィリピンの映画人たちが脚光を浴びましたが、その中にインド映画も入っていました。脚色賞にノミネートされた『ザ・ホワイトタイガー』です。あまり話題になりませんでしたが、これが予測不能の凄い映画なんです」と絶賛。監督のラミン・バーラニイラン系の人ですし、マイノリティの視線を重視する町山氏の目には傑作に映ったようです。

 

グローバリズム出づる処の殺人者より

グローバリズム出づる処の殺人者より

 

 

「ザ・ホワイトタイガー」は基本的にサスペンス映画なので、ストーリーを詳しく紹介するとネタバレになる危険がありますが、ネットフリックスの紹介文には「この貧困から何としてでも抜け出したい。そんな野心を胸に裕福な一家の運転手となった男は、持ち前のずる賢さで成功を目指すが・・・。ベストセラー小説の映画化」とあります。原作は、2008年に刊行された“THE WHITE TIGER”Aravind Adiga(アラヴィンド  アディガ)ですが、邦訳は『グローバリズム出づる処の殺人者より』のタイトルで文藝春秋から刊行されています。アマゾンには、「究極の格差社会インドから中国首相に送られる殺人の告白。グローバリズムの闇を切り裂き、人間の欲望と悲しみを暴く挑発的文学」と書かれています。


アマゾンの内容紹介には、「グローバリズム出づる処、インド、バンガロール。ひとりの起業家が、書を民主主義が没する処の天子温家宝に致す。『拝啓中国首相殿、あなたに真の起業家精神を教えましょう。主人を殺して成功した、このわたしの物語を』IT産業の中心地から送った中国首相への手紙は殺人の告白であった―。ブッカー賞受賞作」とあります。このように、この物語は殺人の告白なのですが、サスペンスフルなストリーを追っていくうちに、アメリカの作家パトリシア・ハイスミスの『太陽がいっぱい』を連想しました。1960年にルネ・クレマン監督によって映画化され、主役のリプリーアラン・ドロンが演じました。このときのドロンは美しかったです。1999年にも「リプリー」のタイトルで映画化され、監督はアンソニー・ミンゲラ、主演はマット・デイモンでした。


太陽がいっぱい」を連想するといえば、映画通の方なら「ああ、そういう話ね」と想像がつくと思いますが、「ザ・ホワイトタイガー」は貧富の差を残酷なまでに描き出しています。主人公バルラムは石炭事業で成功した裕福な一家の召使になりますが、インドの格差社会たるや「太陽がいっぱい」の舞台になったアメリカ社会の比ではありません。格差の激しいインドで貧しい若者が金持ちになる物語といえば、多くの人は第81回アカデミー賞で作品賞を含む8部門を受賞した2008年のイギリス映画「スラムドッグ$ミリオネア」を連想するでしょう。テレビ番組「クイズ$ミリオネア」に出演し、賞金を獲得したジャマール(デヴ・パテル)は、インドのスラム街で育った少年が正解を知るはずがないと不正を疑われ逮捕されます。警察の尋問によって、「ジャマールになぜこれほどの知識があり、この番組に出演するに至ったのか」が明らかになっていきます。非常に面白く、夢中になって観ました。


「ザ・ホワイトタイガー」の冒頭、中国の首相にメール文を書く主人公バルラムは、「わたしは豊かではありますが、クイズ番組で稼いだわけではありません」と書いており、大ヒットした「スラムドッグ$ミリオネア」を意識した形になっています。インドの格差社会が世界でも最悪なのは、背景にカースト制度があるからです。バラモン教によってつくられ、ヒンズー教に受け継がれた身分制度です。大きくは、バラモン(司祭階級)、クシャトリア(王侯・武士階級)、バイシャ(庶民階級)、シュードラ(隷属民)の4つに分けられます。しかし、シュードラの下には、カーストにも組み込まれないアウトカースト(不可触民)が存在します。カースト制度はさらに数百の身分、職業などに分けられています。現在は憲法で禁じられていますが、その風習は根強く残っています。

図解でわかる!ブッダの考え方』(中経の文庫)

 

そのカースト制度を廃止しようとした人こそ、仏教の開祖であるゴータマ・ブッダです。わたしは、2016年2月に生まれて初めてインドに行きましたが、そのとき、聖なるガンジス川をはじめ、サルナート、ブッダガヤ、ラージギルなどの仏教聖地を回りました。言うまでもなく、世界宗教である仏教の布教ルートを追いながら、偉大なるブッダの教えを振り返りました。その一方で、毎日膨大な数の物乞いの人々と接し、まざまざと思い知ったことがあります。それはブッダがあれほど絶滅させようとしたカースト制度が今も根強く残っていることでした。ブッダはこのカースト制度に反対して、あらゆるものの「平等」をめざし、仏教を開いたのです。しかし、残念ながらブッダの志は現在も果たされていません。


かつて、インドにおいて仏教はヒンドゥー教に弾圧されました。それは、仏教がカースト制度に反対していたからです。事実、仏教がインドから追い出された後、一時的にかなりアバウトになっていたカースト制度は再び厳密になったという歴史があります。では、ヒンドゥー教というのは人間を差別する悪い宗教かというと、一概にそうもいえません。ヒンドゥー教は、日本の神道にも通じる、民衆の生活に密着した多神教です。ちなみに、「ザ・ホワイトタイガー」の冒頭には、中国の首相へのメールで、インドの宗教は主にイスラム教、キリスト教ヒンドゥー教であり、それぞれ1人、3人、3600万人の神様がいて、インド人は「どの神様にしよう」と選んでいるなどと説明されています。また、ヒンドゥー教を信仰する金持ち一家の運転手がムスリムイスラム教徒)であることを偽っていたことがバレてクビになるシーンも出てきます。 

f:id:shins2m:20210509170249j:plainカースト制度の残るインドで最大の平等を知る」より 

 

日経電子版のライフコラム「一条真也の人生の修め方」に書いた「カースト制度の残るインドで最大の平等を知る」でも紹介していますが、インドに到着して3日目の早朝、わたしは「ベナレス」とも呼ばれるバラナシを視察しました。ヒンドゥー教の一大聖地です。まず、ガンジス川で小舟に乗りました。夜明け前で暗かったものの、次第に薄暗かった空が赤く染まっていく美しい光景が見られました。早朝からヒンドゥー教徒たちが沐浴をしている光景も見られました。ガンジス川で沐浴すると全ての罪が洗い流されると言われているのです。

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早朝のガンジス河にて

 

しばらくすると、舟から火葬場の火が見えたので、わたしは思わず合掌しました。バラナシの別名は「大いなる火葬場」ですが、国際的に有名なマニカルニカー・ガートという大規模な火葬場があります。そこは、24時間火葬の煙が途絶えることがありません。そこに運ばれてきた死者は、まずはガンジス川の水に浸されます。それから、火葬の薪の上に乗せられて、喪主が火を付けます。

f:id:shins2m:20160215095212j:plainバラナシでの火葬のようす

 

荼毘に付された後の遺骨は火葬場の仕事をするカーストの人々によって聖なるガンジスに流されます。ただし、子どもと出家遊行者は荼毘に付されません。彼らは、石の重しをつけられて川底に沈められます。その理由は、子どもはまだ十分に人生を経験していないからで、出家遊行者はすでに人生を超越しているからだそうです。インドでは、最下層のアウトカーストが火葬に携わるとされています。

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火葬場から見たSUNRAY 

 

火葬場からガンジス川に昇った朝日がよく見えました。その荘厳な光景を眺めながら、わたしは「ああ太陽の光は平等だ!」と思いました。太陽の光はすべての者を等しく照らします。そして、わたしは「死は最大の平等である」という言葉を口にしました。これはわが持論であり、わが社のスローガンでもあります。箴言(しんげん)家のラ・ロシュフーコーは「太陽と死は直視することができない」と言いましたが、太陽と死には「不可視性」という共通点があります。わたしは、それに加えて「平等性」という共通点があると思っています。

 

深い河 (講談社文庫)

深い河 (講談社文庫)

 

 

考えてみれば、「死」ほど平等なものはありません。「生」は平等ではありません。生まれつき健康な人、ハンディキャップを持つ人、裕福な人、貧しい人……「生」は差別に満ち満ちています。しかし、王様でも富豪でも庶民でもホームレスでも、「死」だけは平等に訪れるのです。遠藤周作の名作『深い河』の舞台にもなったマニカルニカー・ガートで働く人々はアウトカーストだそうですが、わたしには人間の魂を彼岸に送る最高の聖職者に見えました。太陽と死だけは、すべての人に対して平等なのです。

f:id:shins2m:20210508233055j:plainバルラムの父親の葬列 

 

「ザ・ホワイトタイガー」では、結核を病んだバルラムの父親が死亡するシーンがあります。政治家が選挙の公約を破ったために村に病院が作られず、バルラム少年は瀕死の父親を抱えて隣村の病院まで行きますが、そこにも医者はおらず、父親は治療も受けられずに亡くなるのでした。わたしは、この悲惨なシーンを見て、インドの現状を考えました。現在、インドでは新たな感染者が40万人を超え、死者も連日3000人以上と伝えられています。「死は最大の平等である」という信条は変わりませんが、治療を受けられる人と受けられない人がいるというのは不平等です。映画では、バルナムの父親が火葬されるシーンも出てきます。死に方が不平等ならば、せめて葬儀だけは平等に行われなければならないと強く思います。

f:id:shins2m:20210508233155j:plain火葬される バルラムの父親

 

しかし、新型コロナウイルスの感染拡大による医療崩壊は、インドだけが問題ではありません。米山隆一新潟県知事が9日、ツイッターに新規投稿しました。米山氏は、人口100万人あたりの死者数についての報道を引用し、「インドよりも大阪の方が人口比での死亡率は高く完全な医療崩壊となっているとの事です。事ここに至るまで対策が遅れまくった維新・吉村知事の責任は小さくありません」と訴えています。いま、大阪はインドよりも悲惨な状況にあるのです。まったく、とんでもないことです!



「ザ・ホワイトタイガー」の冒頭で、バルナムが中国の首相に対して、「アメリカは昨日の国。中国とインドは明日の国。世界の未来は、黄色い人間と茶色い人間が握っています」とメールする場面があります。ならば、中国と同じ黄色い人間である日本人の未来はどうなのでしょうか? 新型コロナウイルスのワクチン接種が一向に進まず、世界の先進国どころか後進国であることが判明した日本ですが、3度目の緊急事態宣言の中で東京五輪を強行開催しようとしている現状には絶望的な気分になります。



ところで、映画のタイトルにあるホワイトタイガーですが、ベンガルトラ、シベリアトラ、および2つの間の人工雑種の白血球色素沈着変異体であり、インドのマディヤプラデーシュ州、アッサム、西ベンガル州で時々野生で報告されています。大昔の氷河期時代、地球が白く染まっている中で身を隠しやすいのは白い体でした。その環境を生き抜いた動物たちの子孫は、現代にも体を白くする遺伝子を受け継いでいます。

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ホワイトタイガーを見るバルナム 

 

体を白くする遺伝子を受け継いだ存在を「白変種」といいますが、氷河期が終わると白い体は逆に目立ってしまいます。その中でホワイトタイガーは少しずつ淘汰され、現代では稀に誕生するだけになりました。これが稀にホワイトタイガーが生まれる理由です。太古の情報が表出した姿だと考えると神秘的ですね。めったに生まれない珍しい種であることから、貧しい家に生まれたのに頭脳明晰なバルデムをホワイトタイガーに例えているわけです。

 

パイの物語

パイの物語

 

 

インドにおいてトラはなじみのある動物ですが、トラが出てくる物語といえば、ブログ「ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日」で紹介した2012年のアメリカ映画が思い出されます。「ザ・ホワイトタイガー」の原作と同じくブッカー賞を受賞したヤン・マーテルの2001年の小説『パイの物語』を原作とした3D冒険映画ですが、アン・リーが監督し、デヴィッド・マギーが脚本を執筆し、スラージ・シャルマが主人公のパイを演じました。


第85回アカデミー賞で11部門ノミネートし、監督賞、作曲賞、撮影賞、視覚効果賞の最多4部門を受賞しました。動物園を経営する家族と航行中に嵐に遭い、どう猛なトラと一緒に救命ボートで大海原を漂流することになった16歳の少年パイのサバイバルを描いています。インド人であるパイは、ヒンドゥー教キリスト教イスラム教とを同時に信奉しています。彼の母はカースト上の身分が低い夫(パイの父)と結婚して勘当された設定でした。やはり、インド人にとっては宗教とカーストが不可欠の問題のようですね。最後に、どうかこれ以上、インドの変異株が日本国内で広まりませんように・・・・・・。

 

2021年5月9日 一条真也拝 

母の日  

一条真也です。
今年は9日ですが、5月の第2日曜日は「母の日」です。5月は、わたしにとって特別な月です。5日の「子どもの日」、10日の自分の「誕生日」、そして「母の日」があるからです。幼いときから、いつもこの3つの「日」は3点セットでした。最近は、この3つの本質は同じだと気づきました。それは、自分を産んでくれた母親に感謝する日だということです。

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ヒトの赤ちゃんというのは自然界で最も弱い存在です。すべてを母親がケアしてあげなければ死んでしまう。2年間もの世話を必要とするほどの生命力の弱い生き物は他に見当たりません。わたしは、ずっと不思議に思っていました。「なぜ、こんな弱い生命種が滅亡せずに、残ってきたのだろうか?」と。あるとき、その謎が解けました。それは、ヒトの母親が子どもを死なせないように必死になって育ててきたからです。出産のとき、ほとんどの母親は「自分の命と引きかえにしてでも、この子を無事に産んでやりたい」と思うもの。実際、母親の命と引きかえに多くの新しい命が生まれました。また、産後の肥立ちが悪くて命を落とした母親も数えきれません。まさに、母親とは命がけで自分を産み、無条件の愛で育ててくれた人です。

f:id:shins2m:20200510123140j:plain「母の日」のフラワー・アレンジメント 

 

今日は、「母の日」のプレゼントとフラワー・アレンジメントを実家に持っていく予定です。母は喜んでくれるでしょう。わたしには2人の娘もいます。わたしの妻は、2人の娘の母親でもあるのです。今年も、東京にいる長女と次女から妻へ「母の日」のフラワー・アレンジメントと花束が届くはずでしたが、今年は妻がちょうど東京に行っているので、3人で「母の日」を祝っていることでしょう。

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井筒屋の「母の日」コーナー

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「母の日」の詰め合わせセットを買いました

 

また、母は甘いもの、特に和菓子が好きなので、地元の百貨店である井筒屋に買いに行きました。地価の食品売り場には、和菓子の「母の日」コーナーがあったので、その中で一番人気があるという詰め合わせセットを求めました。これもきっと、母は喜んで、目を細くしながら食べてくれると思います。

 

決定版 年中行事入門

決定版 年中行事入門

  • 作者:一条 真也
  • 発売日: 2018/06/20
  • メディア: 新書
 

 

拙著『決定版 年中行事入門』(PHP研究所)および『人生の四季を愛でる』(毎日新聞出版)でも、わたしは「母の日」を取り上げました。もともと「母の日」とは、1905年の5月9日に亡くなったアメリカの社会運動家アン・ジャービスの功績をたたえたものです。アンは、南北戦争のときにあらゆる人々に愛情をささげた女性です。アンの娘、アンナが母の追悼式に白いカーネーションを参加者に配ったことが母の日の始まりといわれています。

 

 

日本で母の日が普及したのは、キリスト教系の学校・青山学院の働きかけがきっかけでした。「母の日」の導入当初は、当時の香淳皇后の誕生月の3月に催されていましたが、昭和10年頃から5月に行われるようになりました。
昭和10年といえば、わたしの父が生まれた年ですね。
「父の日」は6月の第3日曜日で、今年は20日です。

 

2021年5月9日 一条真也

東京五輪中止Tシャツ

一条真也です。
「ヤフーニュース」で東スポ配信の「【東京五輪】世相を反映? 〝五輪中止〟Tシャツが再びバカ売れ状態!」という記事を見て、そのTシャツが欲しくなりました。

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「ヤフーニュース」より 

 

記事には、「やはり世の流れは『中止』なのか。新型コロナウイルス感染拡大で東京五輪開催に逆風が吹き荒れる中、あのパロディーTシャツが飛ぶように売れている。ちょうど1年前に本紙が報じた〝五輪中止Tシャツ〟だ。同商品は1980年代の人気漫画『AKIRA』の中で東京五輪開催に反対する若者が壁に「中止だ、中止」と落書きしたシーンがモチーフ。商標に厳しい大会組織委員会に配慮し、五輪マークの一部と『TOKYO』の『T』を削除してギリギリのラインで勝負した人気商品だ」

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もう、中止だ中止!(本気)

 

また、記事には「コロナ前から販売されていたが、五輪の中止・延期がささやかれ始めた昨年3月に人気が爆発。それ以降はピタッと売れ行きが止まったが、コロナが再び深刻になった今年2月に100枚を超え、4月は約120枚、前年比1・5倍となっている」とあります。早速、〝五輪中止〟Tシャツ注文したところ、8日の午後に届きました。着てみると、いい感じです。わたしは、これを着て、IOCのバッハ会長の来日反対デモに参加する予定でしたが(ウソです!)、「ぼったくり男爵」ことバッハ会長は日本に来なくなりました。残念です!

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煉獄サンも反対!(冗談)

 

「AKIRA」の「中止だ、中止」のエピソードは、わたしも ブログ「もう、中止だ中止!」で紹介した2020年2月28日の記事に書きました。「AKIRA」といえば日本が世界に誇る漫画ですが、現在は「鬼滅の刃」がその役割を担っています。「鬼滅の刃」といえば、炎柱の煉獄杏寿郎の誕生日がわたしと同じ5月10日ということを先程知ったばかりで、動揺しているところです。日本人の幸せを願う煉獄サンなら、きっと東京五輪の中止を訴えたはずだと思うのは、わたしだけではありますまい。

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猪突猛進の伊之助も反対!(冗談)

 

2021年5月8日 一条真也拝 

ぼったくり男爵

一条真也です。
新型コロナウイルスの感染拡大が止まりません。8日の東京の新規感染者数は1121人、大阪は1021人でした。昨日、「短期集中」から一転して東京や大阪の緊急事態宣言は延長され、わが福岡県への発令も決定しました。


会見した菅義偉首相は、2カ月半後に迫った東京五輪パラリンピックを予定通り開催する方針は崩しませんでしたが、首相が掲げる「安全・安心の大会」は揺らいでいます。開催が感染を広げる恐れに加え、ただでさえ遅れるワクチン接種の妨げになるとの指摘もあり、延期や中止を求める声が一段と高まっています。

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「ヤフーニュース」より

 

本日の「プレジデント・オンライン」が配信した「『日本はIOCにハッキリ言うべき』米メディアで増える‟五輪中止”の大合唱」で、ジャーナリストのシェリーめぐみ氏は、「アップルがiPhoneに搭載しているニュースアプリは、テレビや新聞をチェックしない若者も日常的に見ている。3日付のオーディオニュースのトップは、[オリンピックは今年行われるのか?]という見出しで伝えた。ワシントンポスト紙の記事を引用した内容は、開催まで3カ月を切った日本の医療は逼迫し、オリンピックが本当にできるのかという疑問が高まっている。各地で病院ベッドが不足する中、医療関係者は多数のアスリートや関係者が来日することに懸念をあらわにしている。菅義偉首相は『遂行するかどうかの決定権はIOCにある』と、自ら距離を置いているように見える。アメリカ人がこれを聞く限り、リーダーが責任を回避しているように受け止められても仕方ないと感じられる言い方だ」と述べています。


そのIOCのバッハ会長を米国を代表する新聞である「ワシントンポスト」が「ぼったくり男爵」と呼んだのは、まことに痛快でしたね。同紙は5日に「東京は損切りし、IOCに他で略奪するよう告げるべき」という五輪中止と開催地変更を勧めるコラムを掲載。コラムの原文では〝Baron Von Ripper―off〟との記述がありました。Baronが男爵で、Vonは貴族に使われるドイツ語です。バッハ会長がドイツ出身だからだと思われますが、Rip offは「だまし取る」とか「ぼったくる」という意味です。


「ぼったくり男爵」は直訳なわけですが、「よくぞ、ワシントンポスト言ってくれた!」と拍手したい気分です。それに比べて、日本の新聞はどこも東京五輪中止提言に及び腰で情けないかぎり。それにしても、「ぼったくり男爵」とは秀逸なネーミングです。18世紀のプロイセン貴族ミュンヒハウゼン男爵カール・フリードリヒ・ヒエロニュムスが自らのことを「ほら男爵」と称して以来のナイスなネーミングだと言えるでしょう。『ほら男爵の冒険』はわたしの子ども時代の愛読書でしたが、何度も映画化されています。1988年には、名匠テリー・ギリアム監督による映画「バロン ほらふき男爵の冒険」が公開されました。ぜひ、バッハ会長を主人公にした「バッハ ぼったくり男爵の悪だくみ」も観てみたい!(笑)


テレビプロデューサーのデーブ・スペクター氏は6日、ツイッターで「バッハ会長来日の際は、新宿のぼったくりバーに連れて行き、1兆7000億円を請求しましょう。これで中止しても元が取れるね」とつぶやきました。この「ぼったくり男爵」はトレンドワードにもなっており、日本人のハートにヒットしたようです。ツイッターには、「今年の流行語大賞に輝くかも」「授賞式にはバッハさん呼ばないと」「あまりにも直球すぎるパワーワードインパクトすごすぎ」などと年末の新語・流行語大賞へのノミネートを求める声が上がっているそうです。

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「gooニュース」より

 

その渦中の人であるバッハ会長は、17日に広島市で行われる聖火リレーの式典に出席し、翌18日には、都内で菅首相らと会談する方向で調整が進んでいました。しかし、関係者によると、緊急事態宣言の延長が決定したことや、世論をふまえて今回の来日は見送る方向だそうです。大会組織委員会橋本聖子会長は7日の会見で、「バッハ会長に大変大きな負担になる」として、来日することは非常に難しいとの考えを示しました。コロナ禍で、バッハ会長来日反対のデモなどは行われません。それどころか、多くの日本国民から「ようこそ、ぼったくり男爵!」として熱烈歓迎を受けた(笑)はずなのに、本当に残念ですね。

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こんなTシャツを買いました! 

 

2021年5月8日 一条真也拝 

心のサポーター

一条真也です。
厚生労働省が、今年度から「心のサポーター(ここサポ)」の養成を開始します。これは、うつ病などの精神疾患や心の不調に悩む人を支える存在で、精神疾患への偏見や差別を解消し、地域で安心して暮らせる社会の実現につなげる狙いです。いよいよ、心のケアの時代が来ました!

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「ヤフーニュース」より 

 

5月7日配信の「読売新聞オンライン」には、「心のサポーターのなり手には、心の不調を抱える人の家族や友人、同僚らのほか、地域の民生委員や企業の労務管理者などを想定している。研修で精神疾患に関する基本的な知識や対応の仕方を学び、心の不調に悩む人の話し相手になったり、専門機関への相談を勧めたりする。今年度は全国の自治体8か所前後で試験的に研修を実施する。精神疾患に詳しい専門家らが「心のサポーター指導者」となり、研修を担う。研修内容などを精査した上で、24年度から全国で本格的な養成を始める計画だ」と書かれています。

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「読売新聞オンライン」より 

 

また、記事には、以下のようにも書かれています。
精神疾患になると、かつては病院などで生活することも多かった。現在はできるだけ自宅などで過ごす取り組みが進められているものの、差別や偏見は根強い。厚労省はサポーターの養成を通じて、正しい知識を普及させ、地域で安心して暮らせる環境を整備したい考えだ。厚労省によると、精神疾患の患者数は約419万人(17年)。近年は業務上のストレスなどで、うつ病と診断される人も増えている。新型コロナウイルスの感染拡大に伴う生活苦や孤独などから、心の不調に陥る人が増える懸念も出ている」



さらに、記事には「同様の取り組みでは、自殺の兆候を見つけて話を聞き、専門機関につなぐ『ゲートキーパー』や、認知症の人とその家族を支える『認知症サポーター』がある。05年から養成が始まった認知症サポーターは約1300万人(3月末時点)いる。自治体の住民向け講座を通じて養成し、2033年度末までに100万人の確保を目指す」とありますが、わが社にも認知症サポーターの資格を持った社員がいます。この「心のサポーター」も積極的に取得していきたいと思います。地域社会における心のケアを目指すということなら、人と人とをつなぐ互助会との相性も良いように思います。



長引くコロナ禍でさらに人間関係が希薄になり、孤独感も広がっています。ソーシャルディスタンスで、身体だけでなく心も引き離されているコロナ社会で、心のケアは最優先課題だと思います。そして、特に重要となるのが「グリーフケア」です。現代社会においては、心の問題が大きなものであると多くの人々が認めています。死別という人生最大の喪失を抱えたご遺族へのグリーフケアを行うことは現代社会を健全に保つために不可欠なものです。またグリーフを抱えたご遺族だけでなく、ケアする側のケアも大切であるとされています。心の問題はすべての人に関わる問題であることを忘れてはなりません。

f:id:shins2m:20210508123750j:plain「ふくおか経済」2020年12月号

 

 わたしが座長を務める全互協のグリーフケア・プロジェクトチームでは、いよいよ来月から「グリーフケア資格認定制度」を開始する予定ですが、全国の冠婚葬祭互助会の社員を中心に「グリーフケア士」の養成を目指します。これは、死別をはじめとしたさまざまな悲嘆に寄り添い、うつ病や心の不調を予防するプロフェッショナルであり、同じく今年度から始動する「心のサポーター」との関係性は高いと思います。全国で100万人も養成するなら、各地の互助会との連動も視野に入れるべきでしょう。わたしとしては、「グリーフケア士」が、プロの「ここサポ」と位置付けられるようになればと願っています。それにしても、いよいよ心のケアの時代が到来したと実感します。

 

 

2021年5月8日 一条真也

『お探し物は図書室まで』

お探し物は図書室まで

 

一条真也です。
ゴールデンウィークに『お探し物は図書室まで』青山美智子著(ポプラ社)を読みました。ブログ『52ヘルツのクジラたち』ブログ『自転しながら公転する』で紹介した小説と同じく、2021年本屋大賞のノミネート作品です(惜しくも、受賞は逃しましたが)。いわゆる図書館ものですが、仕事や人生に行き詰まった人々が、司書の紹介する思わぬ本で活路を見出すところが興味深かったですね。著者は1970年生まれ、愛知県出身。大学卒業後、シドニーの日系新聞社で記者として勤務。2年間のオーストラリア生活ののち帰国、上京。出版社で雑誌編集者を経て執筆活動に入る。第28回パレットノベル大賞佳作受賞。デビュー作『木曜日にはココアを』が第1回宮崎本大賞を受賞。同作と2作目『猫のお告げは樹の下で』が未来屋小説大賞に入賞しています。

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本書の帯

 

本書のカバー表紙には、数冊の重ねられた本と、(物語にも登場する)横たわって眠るキジトラ猫、飛行機、カニ、地球などの羊毛フェルトの写真が使われています。帯には、「お探し物は、本ですか?仕事ですか?人生ですか?」「全国書店員が選んだいちばん!売りたい本」「2021年本屋大賞ノミネート」「ブクログ 月間ランキング(本部門 月間登録数2020年11月)第1位」「読書メーター 読みたい本ランキング(単行本部門月間:集計期間2020年10/11~11/12)第1位」と書かれています。帯の裏には、全国の書店員さんたちの推薦の言葉が書かれています。

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本書の帯の裏

 

アマゾンの「内容紹介」には、こう書かれています。
「お探し物は、本ですか? 仕事ですか? 人生ですか? 人生に悩む人々が、ふとしたきっかけで訪れた小さな図書室。彼らの背中を、不愛想だけど聞き上手な司書さんが、思いもよらない本のセレクトと可愛い付録で、後押しします。仕事や人生に行き詰まりを感じている5人が訪れた、町の小さな図書室。『本を探している』と申し出ると『レファレンスは司書さんにどうぞ』と案内してくれます。狭いレファレンスカウンターの中に体を埋めこみ、ちまちまと毛糸に針を刺して何かを作っている司書さん。本の相談をすると司書さんはレファレンスを始めます。不愛想なのにどうしてだか聞き上手で、相談者は誰にも言えなかった本音や願望を司書さんに話してしまいます。話を聞いた司書さんは、一風変わった選書をしてくれます。図鑑、絵本、詩集・・・・・・。そして選書が終わると、カウンターの下にたくさんある引き出しの中から、小さな毛糸玉のようなものをひとつだけ取り出します。本のリストを印刷した紙と一緒に渡されたのは、羊毛フェルト。『これはなんですか』と相談者が訊ねると、司書さんはぶっきらぼうに答えます。『本の付録』と――。自分が本当に『探している物』に気がつき、明日への活力が満ちていくハートウォーミング小説」

 

 本書の「目次」は、以下の通りです。
一章 朋香 二十一歳 婦人服販売員
二章 諒  三十五歳 家具メーカー経理
三章 夏美 四十歳 元雑誌編集者
四章 浩弥 三十歳 ニート
五章 正雄 六十五歳 定年退職

 

各章はそれぞれ短編小説となっていますが、それぞれの悩める登場人物たちに、小学校に隣接したコミュニティハウスの図書室の司書が選んだ書籍が紹介されます。司書については、一章に以下の描写があります。

 

 ものすごく・・・・・・ものすごく、大きな女の人だった。太っているというより、大きいのだ。顎と首の境がなく色白で、ベージュのエプロンの上にオフホワイトのざっくりしたカーディガンを着ている。その姿は穴で冬ごもりしている白熊を思わせた。ひっつめられた髪の頭の上には、ちょこんと小さなおだんご。そこにはかんざしが一本挿してあり、先には上品な花飾りの房が三本垂れていた。うつむいてなにか作業をしているようだけど、ここからだとよく見えない
 首からかけてあるネームホルダーには、「小町さゆり」とある。なんて可愛い名前。
(『お探し物は図書室まで』P.22)



小町さゆりさんは、本をテーマとした小説としては空前のベストセラーになったブログ『ビブリア古書店の事件手帖』で紹介した三上延氏の人気シリーズに登場するヒロイン・篠川栞子にも負けない本好きです。他のページには、「ゴーストバスターズ」のマシュマロマンに似ているとか、ディズニーアニメの「ベイマックス」に似ているなどとも書かれており、とにかくキャラが立っています。

 

ぐりとぐらの1ねんかん (ぐりとぐらの絵本)

ぐりとぐらの1ねんかん (ぐりとぐらの絵本)

 

 

英国王立園芸協会とたのしむ 植物のふしぎ

英国王立園芸協会とたのしむ 植物のふしぎ

 

 

月のとびら

月のとびら

 

 

 

げんげと蛙 (ジュニア・ポエム双書 20)

げんげと蛙 (ジュニア・ポエム双書 20)

  • 作者:草野心平
  • 発売日: 2015/07/06
  • メディア: 単行本
 

 

そんな小町さんが紹介する本は、『ぐりとぐら』『英国王立園芸協会とたのしむ 植物のふしぎ』『月のとびら』『ビジュアル 進化の記録 ダーウィンたちの見た世界』『げんげと蛙』など、きわめてユニークな、それでいて読む者の人生に大きな影響を与える本ばかりでした。わたしは、『英国王立園芸協会とたのしむ 植物のふしぎ』『月のとびら』『ビジュアル 進化の記録 ダーウィンたちの見た世界』の2冊がどうしても読みたくなり、早速アマゾンで注文しました。それらの本が、登場人物たちの心にいかに影響を与え、いかに人生を好転させていくかについては、本書をお読み下さい。

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「 一条真也の読書館」TOPページ 

 

それにしても、「本ほど、すごいものはない」ということを再確認しました。自分でも本を書くたびに思い知るのは、本というメディアが人間の「こころ」に与える影響の大きさです。わたしは、本を読むという行為そのものが豊かな知識にのみならず、思慮深さ、常識、人間関係を良くする知恵、ひいてはそれらの総体としての教養を身につけて「上品」な人間をつくるためのものだと確信しています。読書とは、何よりも読む者の精神を豊かにする「こころの王国」への入り口です。そういう思いから、日々、わたしは当ブログに読書レビューの記事をUPし、さらには「 一条真也の読書館」を運営しているのです。

 

本書に出てくる5つの短編小説には、いずれも本とともにお菓子が登場します。「ハニードーム」というお菓子です。洋菓子メーカー呉宮堂のロングセラーで、ドーム型のソフトクッキーだとか。「そんなに高級品じゃないけれどコンビニでひょいと買えるものでもなく、ほんのちょっとの贅沢という感じがまたいい」と書かれています。ハニードームは濃いオレンジ色の小箱に入っています。六角形の飾り枠と白い花が描かれたパッケージですが、その小箱を小町さんは羊毛フェルト製作のための裁縫箱として使っているのでした。このハニードーム、架空のお菓子で現実には存在しません。でも、物語の良いアクセントになっています。「お菓子は幸せな気分にしてくれる」という小町さんの発言もあることから、本とお菓子は幸せへの入口なのだということがわかります。

 

5つの物語の中では、三章「夏美 四十歳 元雑誌編集者」が最も印象に残りました。バリバリのキャリアウーマンで、やり手の編集者だった崎谷夏美は出産を機に会社の資料部に移され、孤独と焦りを感じます。以前のように第一線で活躍したいのだけど、娘はまだ幼く、彼女が熱を出せばどんなに大切な仕事の予定があっても保育園に迎えに行かなければなりません。子どものいない同僚がうらやましくて仕方ない彼女は、かつて担当した大御所作家である彼方みづえから「ああ、崎谷さんもメリーゴーランドに乗ってるとこか」と言われます。「メリーゴーランド?」と問い返す夏美に、みづえ先生はこう言います。

 

 「よくあることよ。独身の人が結婚してる人をいいなあって思って、結婚してる人が子どものいる人をいいなあって思って。そして子どものいる人が、独身の人をいいなあって思うの。ぐるぐる回るメリーゴーランド。おもしろいわよね、それぞれ目の前にいる人のおしりだけ追いかけて、先頭もビリもないの。つまり、幸せに優劣も完成形もないってことよ」
(『お探し物は図書室まで』P.158~159)

 

 「人生なんて、いつも大狂いよ。どんな境遇にいたって、思い通りにはいかないわよ。でも逆に、思いつきもしない嬉しいサプライズが待っていたりもするでしょう。結果的に、希望通りじゃなくてよかった、セーフ! ってことなんかいっぱいあるんだから。計画や予定が狂うことを、不運とか失敗って思わなくていいの。そうやって変わっていくのよ、自分も、人生も」
(『お探し物は図書室まで』P.159)

ハートフルに遊ぶ』(東急エージェンシー

 

みづえ先生の発言に、わたしは膝を打ちました。まさに、その通りだと思ったからです。いわゆる「人間万事塞翁が馬」ということです。じつは、わたしは単位の取得を間違えて、大学を1年留年したことがあります。そのとき、同級生たちが就職して先に社会人になったのに、自分だけがあと1年も大学に通わなければいけない状況に落ち込みましたが、「それならば、この1年を人生で最も価値のある1年にしてやろう!」と考えました。そして、その1年間で、わたしは生涯の伴侶となる妻と出会い、かつ処女作『ハートフルに遊ぶ』を書き上げて、翌年入社したばかりの東急エージェンシーの出版事業部から刊行することができました。その後、妻とは30年以上も連れ添っており、著書も100冊以上書いたわけですから、まさに人生でも「最も価値ある1年」だったと思います。 

f:id:shins2m:20210123110646j:plain「鬼滅の刃」に学ぶ』(現代書林)

 

父から「何事も陽にとらえる」という考え方を受け継いではいましたが、もともと、わたしは負けず嫌いなのだと思います。それで、「失意の年を未来への飛躍となる年に変えたい」と発想したのでしょう。この発想法は30年以上経った2020年にも発揮され、新型コロナウイルスであらゆる予定が台無しになった1年を意味のあるものにしたいと願い、年末も押し迫ってから『「鬼滅の刃」に学ぶ』(現代書林)を書き上げました。同書は、作家としてのわたしの新しい世界を拓いたようで、多くの新しい読者を得ることができたのでした。

 

本書『お探し物は図書室まで』に登場する夏美は、文芸書に強い大手出版社への転職を試みますが、上手く行きませんでした。しかし、それが幸いして素晴らしい人生の転機を迎えることができます。司書の小町さんも、「人間万事塞翁が馬」を実践した人でした。三章で明らかになるのですが、もともと図書館司書だった小町さんは、学校に入り直して養護教諭になり、その後また司書に戻ったのでした。それを知った夏美が「どうして転職に次ぐ転職を?」と訊ねると、小町さんはこう答えます。

 

「そのときに一番やりたいことを、流れに合わせて一番やれる形で考えていったら、そうなった。自分の意志とは別のところで、状況は刻々と移り行くからね。家族関係とか、健康状態とか、職場が倒産したり、いきなり恋に堕ちちゃったり」
「えっ、恋?」
 小町さんの口からそんな言葉が出てくることに驚いて、私は思わず訊き返す。小町さんはそっと頭の花かんざしに触れた。
「それが私の人生でもっとも予想外の出来事だったね。こんなのくれる人が現れるなんて、想像もしたことなかった」
 つまり、ご主人のことだろうか。そんな素敵すぎる話、ぜひとも聞いてみたかったけどそれはさすがに突っ込みづらい。
「転職して、よかったですか。変わることに不安はなかったですか」
「同じでいようとしたって変わるし、変わろうとしても同じままのこともあるよ」
(『お探し物は図書室まで』P.165~166)

 

自転しながら公転する

自転しながら公転する

 

 

その後の展開で判明するのですが、小町さんはご主人から婚約指輪の代わりに花かんざしをプレゼントされたのでした。本当に素敵なエピソードですが、この小町さんの発言を読んで、わたしは「まさに自転公転だな」と思いました。なんと、本書『お探し物は図書室まで』は、ともに2021年本屋大賞にノミネートされた山本文緒著『自転しながら公転する』のメッセージも内包していました。人に縁があるように、本にも縁があるのです!

 

お探し物は図書室まで

お探し物は図書室まで

 

 

2021年5月8日 一条真也

『自転しながら公転する』

自転しながら公転する

 

一条真也です。
7日から、福岡県にも緊急事態宣言が発出されます。
ゴールデンウィークに『自転しながら公転する』山本文緒著(新潮社)を読みました。ブログ『52ヘルツのクジラたち』で紹介した小説と同じく、2021年本屋大賞のノミネート作品(惜しくも、受賞は逃しましたが)ですね。恋愛・結婚・仕事・親子・高齢化社会問題など多くのテーマが込められた小説ですが、 エピローグには大きなサプライズが用意されていて驚きました。ものすごい筆力だと感心しました。著者は、1962年神奈川県生れ。OL生活を経て作家デビュー。99年『恋愛中毒』で吉川英治文学新人賞、2001年『プラナリア』で直木賞を受賞。著書に『あなたには帰る家がある』『眠れるラプンツェル』『絶対泣かない』『群青の夜の羽毛布』『落花流水』『そして私は一人になった』『ファースト・プライオリティー』『再婚生活』『アカペラ』『なぎさ』など。 

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本書の帯

 

本書のカバー表紙は、ビルの屋上らしき場所で天を仰いでいる女性の写真が使われ、帯には「結婚、仕事、親の介護、全部やらなきゃダメですか?」「NHK『あさイチ』で大反響! 共感度100%小説」「全国書店員が選んだいちばん!売りたい本」「2021年本屋大賞ノミネート!」と書かれています。

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本書の帯の裏

 

帯の裏には、「共感と絶賛の声続々!」として、新海誠山本文緒の小説は、人の心をのぞく窓だ。誰かの心の秘密も、自分の心の謎も、僕は山本文緒から多くを学んだ。」、窪美澄「悩んでもいい、立ち止まってもいい、回り道をしてもいい。 圧倒的包容力を持った傑作長編。」、 横澤夏子さん「すぐ周りの幸せを見てしまう私のような女性に読んで欲しい!」、南沢奈央「30歳になる今、読めて良かった。めまいがする程ぐるぐる思考を巡らせた先に、一筋の希望を見せてもらいました。」、浅野真澄「迷ったり、泣いたり、遠回りしながら、自分の気持ちに気づいていく。 主人公は私だ、と思った。」とのコメントが紹介されています。また、「東京で働いていた32歳の都は、親の看病のために実家に戻り、近所のモールで働き始めるが・・・・・・」「恋愛、家族の世話、そのうえ仕事もがんばるなんて、そんなの無理!」「誰もが心揺さぶられる、7年ぶりの傑作小説」と書かれています。


この小説は、結婚式の場面で始まり、結婚式の場面で終わります。ならばハッピーづくしの物語かというと、まったくそうではありません。主人公の都は、恋愛も仕事も親子関係もうまくいかずに悩んでばかりです。すべてが都が思っていた通りには進まず、途方に暮れるのです。ネットなどで本書のレビューを読んでみると、「こんなに共感した小説はない」とか「自分のための小説をついに見つけた」といった内容のものが多いですが、それはそうだと思います。なぜなら、わたしも含めて、誰の人生も「思ったようにうまくいかない」からです。すべての読者は、うまくいかない都に共感するのは当然だと言えます。


都の母親は、更年期障害に苦しみます。更年期障害といっても、うつ病パニック障害を併発する重い症状で、母親は自死さえ企てます。わたしは本書で更年期障害の実情を知り、これまでの甘い認識を改めました。東京で働いていた都は地元の茨城に戻って、母の看病をしながら、ショッピングモールのブティックで働きます。働くといってもフルタイムではなく、週に4日の勤務ですが。職場での人間関係も複雑で、さまざまなトラブルも発生し、都のストレスは増大する一方でした。

 

「最近具合が良くなってきて、ママの方からフルタイムで仕事していいって言ってきて、やっと未来に光が見えた気がして嬉しかったのよ。でもさー、いざそうなってみると、私やっぱりママのこととか家のこととか、目を逸らしたくなっちゃったんだよね。なんで私がここまでやんなきゃならないのかとか、不平不満が爆発しそうでさー。家事をやりつつ、家族の体調も見つつ、仕事も全開で頑張るなんて、そんな器用なこと私にはできそうもない。でも世の中の、たとえば子供いる人なんかは、みんなそうしてるわけでしょ。ジャグリングっていうの、あのボウリングのピンみたいなの、四本も五本も一斉に回してるみたいな生活を毎日してるんでしょ。なのに私、これしきのことで、なんか頭がぐるぐるしちゃって」(『自転しながら公転する』P.74)


都には2歳年下の貫一という恋人がいます。『金色夜叉』の貫一・お宮につながることから、貫一は都のことを「おみや」と呼びます。都の愚痴を聞いた彼は、「そうか、自転しながら公転してるんだな」とつぶやき、二人の間で以下のような会話が展開されます。

 

「なあ、おみや」
 彼は顔を寄せて都に囁いた。
「地球はどのくらいの速さで、自転と公転してると思う?」
「そんなの知らないよ」
「地球は秒速465メートルで自転して、その勢いのまま秒速30キロで公転してる」            
 都がぽかんとする。
「地球はな、ものすごい勢いで回転しながら太陽のまわりをまわっているわけだけど、ただ円を描いて回ってるんじゃなくて、こうスパイラル状に宇宙を駆け抜けてるんだ」  
 貫一は炒め物の皿に残っていたうずら卵を楊枝で刺し、それを顔の前でぐるぐる回した。

「太陽だってじっとしているわけじゃなくて天の川銀河に所属する2千億個の恒星のひとつで、渦巻き状に回ってる。だからおれたちはぴったり同じ軌道には一瞬も戻れない」
「さっきから何言ってんの?」
「いや、面白いなって思って。おれたちはすごいスピードで回りながらどっか宇宙の果てに向かってるんだよ」
(『自転しなら公転する』P.75)

 

 貫一によれば、しかも地球の軸は少し傾いているといいます。できたばかりの地球の地軸はまっすぐでしたが、ある日、火星ぐらいの大きさの小惑星が地球に衝突し、その衝撃で23度傾きました。ジャイアンインパクトです。酒を飲んで酔っ払った貫一は、「その時の衝撃で宇宙に飛んだ破片が地球のまわりを回ってそのうち集まったのが月になった。そのジャイアンインパクトのおかげで傾いたから地球にはまんべんもなく寒暖が生まれて、生き物が発生した。傾きながら自転公転してるから季節があって、夏にはTシャツが売れて、冬にはコートが売れる。で、おみやの給料が支払われる」と語るのでした。


この貫一のウンチクは本書のタイトルにもなっているわけですが、とても面白いと思いました。『52ヘルツのクジラたち』では、普通のクジラと声の周波数が全く違うクジラがいて、52ヘルツというあまりに高音ゆえに他のクジラたちには聞こえないという事実というか、科学的知識が本のタイトルにもテーマにもなっていました。それとなったく同じことが、地球の自転公転に目をつけた本書にも言えるわけです。『52ヘルツのクジラたち』も、『自転しながら公転する』も、ともにインテリジェントでエレガントな小説なのです。この2冊が同時期に発表されて、同じ賞を競い合うなんて、なんと贅沢なことでしょうか!


さて、恋人の愚痴を聞きながら、こんな自然科学のウンチクをさらりと言える貫一は、いわゆる「教養」のある青年です。彼は読書が趣味で、いつも時間さえあれば本を読んでいます。でも、彼には学歴というものはありませんでした。寿司屋の息子として生まれた彼は中学時代に荒れていて、高校受験の直前に補導されてしまいます。そのため、中卒として生きているのでした。中卒であるがゆえに就職にも苦労し、都の父親からも結婚相手としては認められません。彼自身、中卒であることに強いコンプレックスを抱いています。


かつて、作家の林真理子氏が「男のコンプレックスの中でも、学歴と身長に関するものは厄介だ。太っているという劣等感なら、ダイエットして払拭すればいい。貧乏であるという劣等感なら、頑張ってお金を稼げばいい。でも、学歴と身長の劣等感だけは、努力では解決できず、心の根に張り付いてしまうのだ」といったような発言をされていました。しかし、身長はどうにもならないにしても、学歴はどうにかなると思います。何歳になっても高校は受験できますし、通信教育で高校卒業の資格を取得することだってできます。高校卒業の資格を得れば、今度は大学だって受けることができます。

 

 

拙著『孔子とドラッカー 新装版』(三五館)でも紹介しましたが、陽明学者の安岡正篤によれば、何でもないことのようで、実は自分を知り、自力を尽くすほど難しいことはありません。自分がどういう素質能力を天から与えられているか、それを称して「命」と呼びます。それを知るのが命を知る「知命」です。知ってそれを完全に発揮していく、すなわち自分を尽くすのが「立命」です。『論語』の最後には、命を知らねば君子でないと書いてありますが、これはいかにも厳しく正しい言葉です。

 

新装版 知命と立命 (安岡正篤人間学講話)

新装版 知命と立命 (安岡正篤人間学講話)

  • 作者:安岡正篤
  • 発売日: 2015/08/07
  • メディア: 単行本
 

 

孔子は、命を立て得ずとも、せめて命を知らなければ立派な人間ではないというのです。水から電気も出ます。土から織物も薬品も出ます。これは水や土の命を人間が知って、命を立てたものです。自然科学は、この点で大いなる苦心と努力を積んできましたが、命とはかくのごとく先天的に賦与されている性質能力なのです。いかようにも変化するもの、すなわち動きのとれないものではなく、動くものであるという意味において「運命」とも言います。

 

運命を拓く (講談社文庫)

運命を拓く (講談社文庫)

  • 作者:中村 天風
  • 発売日: 1998/06/12
  • メディア: 文庫
 

 

運は「めぐる」「うごく」という文字なのです。その運命には二種類あると喝破したのが、異色の哲学者である中村天風でした。天風いわく、運命には「天命」と「宿命」の二種類があり、天命は絶対で、宿命は相対的なものであるというのです。そう、「自転公転」の「自転」とは「宿命」であり、「公転」とは「天命」のことではないでしょうか。すべてを公転のせいにしてはなりません。自らを尽くす自転を忘れて人生は拓けないのです。そう、自転という努力を続けていれば、運命は公転ならぬ「好転」するのではないでしょうか。

 

自転しながら公転する

自転しながら公転する

 

 

2021年5月7日 一条真也