四楽

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一条真也です。
わたしは、これまで多くの言葉を世に送り出してきました。この際もう一度おさらいして、その意味を定義したいと思います。今回は、「四楽」という言葉を取り上げることにします。

 

ブッダのことば: スッタニパータ (岩波文庫)
 

 

仏教では、生まれること、老いること、病むこと、そして死ぬこと、すなわち「生老病死」を「四苦」とみなしています。もともと人生を苦とみなすことはインド思想一般に通じることで、すでに『ウパニシャッド』のなかにもあります。しかし、これを強く推し進めたのはゴータマ・シッダールタ、すなわちブッダでした。ブッダは一切の既成の立場、あるいは形而上的独断を捨て、ありのままの対象そのものに目を向け、現実世界の実際の姿を解明することから出発しました。それを「如実知見」といいますが、そうして直面したものが、人生の苦ということだったのです。

 

 

出家した後も、人間の苦労について考え続けたブッダは、ついには「修行僧たちよ。苦悩についての聖なる真理というのは次の通りである。すなわち、誕生は苦悩であり、老は苦悩であり、病は苦悩であり、死は苦悩である」と宣言しました。これが「四苦」です。現在においては、誕生を苦悩と考える人はあまりいないでしょう。それで「生」をはずすとしても、まだ「老」「病」「死」の三つの苦悩が残ります。いくらブッダの悟りを単なる知識として知ったからといって、老病死の苦しみが消えるわけではありません。

 

 

ここで、思いきって発想の転換をしてみましょう!
いっそのこと、苦を楽に書き換えて、「四苦」を「四楽」に転換してしまってはどうでしょうか。はじめから苦だと考えるから苦なので、楽だと思いこんでしまえば、老病死のイメージはまったく変わってしまいます。実際、ブッダが苦悩ととらえた誕生にしても、「四苦」から卒業していったようなものではありませんか。老病死のポジティブ・シフトの具体的方法について、わたしは『ハートビジネス宣言』(東急エージェンシー)、『老福論』(成甲書房)に詳しく書きました。

 

ハートフル・ソサエティ

ハートフル・ソサエティ

 

 

 さらに、わたしは『ハートフル・ソサエティ』(三五館)、そして『心ゆたかな社会』(現代書林)に「生老病死のポジティブ・シフト」という一章を設けて、自説を展開しました。老楽、病楽、死楽というコンセプトを得たとき、わたしたちは人間の一生が光り輝く幸福な時間であることに気づきます。

 

心ゆたかな社会 「ハートフル・ソサエティ」とは何か
 

 

2020年9月28日 一条真也

死を乗り越える法然の言葉

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栄あるものも久しからず、
いのちあるものも
また愁いあり。(法然

 

一条真也です。
言葉は、人生をも変えうる力を持っています。
今回の名言は、法然(1133~1212年)の言葉です。平安時代末期から鎌倉時代初期の日本の僧です。比叡山天台宗の教学を学び、専ら阿弥陀仏の誓いを信じ「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えれば、死後は極楽へ往生できると説きました。浄土宗の開祖です。

 

選択本願念仏集 法然の教え (角川ソフィア文庫)

選択本願念仏集 法然の教え (角川ソフィア文庫)

  • 発売日: 2007/05/25
  • メディア: 文庫
 

 

死を迎えたとき、人はなかなかその現実を受け入れられないものです。死への恐怖を拭い去ってくれることが宗教の大きな役割ではないでしょうか。法然が生きた時代は、末法思想の中にありました。末法思想とは、釈迦が説いた正しい教えが世で行われ修行して悟る人がいる時代(=正法)が過ぎると、次に教えが行われても外見だけが修行者に似るだけで悟る人がいない時代(=像法)が来て、その次には人も世も最悪となり正法がまったく行われない時代(=末法)が来る、とする歴史観のことです。

 

 

そうした末法の世に生まれた人にとって、他の宗教が説いた聖道門の修行は堪え難く、浄土門に帰し、念仏行を専らにしてゆくことでしか救われる道は望めない――としたのが法然であり、浄土宗です。念仏を唱えることで死の恐怖から逃れられるとした法然の教えは、当時の人たちを救った行為だったと思います。なお、この言葉は『死を乗り越える名言ガイド』(現代書林)に掲載されています。

 

死を乗り越える名言ガイド 言葉は人生を変えうる力をもっている

死を乗り越える名言ガイド 言葉は人生を変えうる力をもっている

  • 作者:一条 真也
  • 発売日: 2020/05/26
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

2020年9月28日 一条真也拝   

「ミッドナイトスワン」

一条真也です。
死者・行方不明者63人に上った御嶽山の噴火災害から、27日で6年目となりました。心より犠牲者の方々の御冥福をお祈りいたします。また、5人の行方不明者の方々が1日も早く見つかることを願っています。この日、日本映画「ミッドナイトスワン」を観ました。ネットで高評価の作品ですが、実際に素晴らしかったです。感動しましたし、泣きました。何よりも草彅剛の超弩級の演技に圧倒されました。



ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「『神と人との間』などの内田英治が企画、監督、脚本、原作を手掛けたヒューマンドラマ。養育費を当てにして育児放棄された少女を預かるトランスジェンダーの主人公が、次第に彼女と心を通わせていく。『台風家族』などの草なぎ剛、『ジャンクション29』などの田中俊介、『太陽の坐る場所』などの水川あさみのほか、服部樹咲、佐藤江梨子、平山祐介、根岸季衣田口トモロヲ真飛聖らが出演する」

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ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「新宿のニューハーフショークラブのステージに立っては金を稼ぐトランスジェンダーの凪沙(草なぎ剛)は、養育費を当て込んで育児放棄された少女・一果を預かる。セクシャルマイノリティーとして生きてきた凪沙は、社会の片隅に追いやられる毎日を送ってきた一果と接するうちに、今まで抱いたことのない感情が生まれていることに気付く」



この映画には、LGBTQやネグレクト(育児放棄)など、さまざまなテーマが盛り込まれていますが、共通しているのは登場人物たちの「生きづらさ」です。まず、LGBTQですが、少し前まで「LGBT」と呼ばれていた言葉にいつの間にかQがついて「LGBTQ」になりました。朝日新聞掲載「キーワード」によると、「レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー(生まれた性と異なる性で生きる人)、クエスチョニング(性自認性的指向を定めない人)の頭文字をとっている。Qは性的少数者の総称を表す『クィア』という意味でも使われている」そうです。この映画では、トランスジェンダーの凪沙を演じた草彅剛が鬼気迫る演技を見せてくれました。



トランスジェンダーの人は昔は「おかま」と呼ばれました。日本全国の夜の街には「おかまバー」がありました。小倉には、元祖おかまバーの「ストーク」という有名な店があり、わたしも何度か行ったことがあります。わたしがまだ20代の頃でしょうか、小倉の堺町公園の隣にある丸源ビル(小倉が発祥!)の入口で、女装した「おかま」とおぼしき人がサラリーマン風の男性に向かって激怒し、「きさん(小倉弁で貴様のこと)、おかまと思ってナメよったら承知せんぞ!」と凄んでいる場面を目撃したことがあります。「おかまって怖いな」と思ったものですが、常に差別されていた彼らは底知れぬ悲しみを抱えていたのでしょう。この映画でも、凪沙に向かって「化け物!」といった心ない言葉が投げつけられていました。



トランスジェンダーの主人公が登場する映画といえば、「彼らが本気で編むときは、」(2018年)も話題になりました。「かもめ食堂「めがね」などの荻上直子監督が手掛けたオリジナル脚本の人間ドラマです。母親に育児放棄された少女がおじとその恋人に出会い、共同生活をするさまを描きます。女性として人生を歩もうとするトランスジェンダーの主人公リンコを、草彅のジャニーズ事務所の後輩になる生田斗真が演じました。生田も草彅ももともと華奢な体つきもあって、女性になった姿にまったく違和感はなく、なんともいえない美しさを漂わせていました。アイドル出身の男性俳優が続けてトランスジェンダーの人物を演じたことに、時代の変化を感じてしまいます。


それから、ネグレクトです。「ミッドナイトスワン」の冒頭では、水商売勤めの母親(水川あさみ)が仕事の帰りにベロベロに酔っぱらって中学生の娘に暴行するシーンがあり、胸糞が悪くなりました。帰宅するなりソファに倒れ込んだ母の近くで、娘の一果はスナック菓子を食べます。このシーンを観て、ブログ「MOTHER マザー」で紹介した映画で、やはり母親からネグレクトされていた幼い息子が1人でスナック菓子を食べるシーンを連想しました。どちらの映画も、母親は男にだらしなく自堕落な生活を送るシングルマザーでした。彼女たちも、きっと「生きづらさ」を感じながら生きていたのでしょう。


トランスジェンダーの女性とネグレクトされた少女、この社会の片隅でひっそりと生きる2人が出会ったとき、バレエ「白鳥の湖」が描くような美しくも悲しい物語が生まれました。オープニングからラストまで素晴らしい映画だっと言いたいところですが、ネグレクトの母親が再登場してから2人の物語に突如亀裂が入り、そこからは不要なシーンが多かったように思います。特に、ネタバレにならないように注意深く書くと、タイで性転換手術を受けてから廃人のようになった凪沙に一果が再会するシーンは「ここまで悲惨にしなくてもいいのに」と思いました。2人で海に行き、一果が海の中に入っていくシーンも「?」でしたし、このあたりは説明不足が目立ちましたね。そして一果が海に入るシーンがラストならまだしも、その後にいきなりニューヨークが舞台となるラストシーンはまったく蛇足であると感じました。

 

この映画に登場する社会の片隅で生きる人々は、凪沙と一果だけではありません。舞台となっている新宿のゲイバーで働く人々も同じです。ゲイバーだけでなく、キャバクラもホストクラブも性風俗店で働くひとたちもみんな同じだと思います。この映画が撮影された後、新型コロナウイルスの流行という想定外の出来事によって、新宿の夜の街は壊滅的な打撃を受けました。わたしは新宿の夜の街にはまったく縁がありませんが、少しは馴染みの店もある銀座や赤坂や小倉の鍛冶町や金沢の片町などの接待を伴う飲食店で働く人たちの顔が浮かんできました。ずっと飲みに出ていませんが、「みんな元気かな?」「生きづらさを感じていないかな?」と思うと、なんだか泣けてきました。



それにしても、草彅剛の演技力は凄いです。正直、彼を見直しました。こんな気持ちはブログ「凪待ち」で紹介した映画を観たときに香取慎吾を見直して以来です。「凪待ち」は「凶悪」「彼女がその名を知らない鳥たち」などの白石和彌監督がメガホンを取ったヒューマンドラマです。パートナーの女性の故郷で再出発を図ろうとする主人公を香取慎吾が演じるのですが、そのパートナーの女性が何者かに殺害され、彼は加害者として疑われます。もともとギャンブル中毒で素行の良くなかったことが禍となったのですが、香取慎吾はそんな危うい男を見事に演じました。言うまでもなく、草彅剛と香取慎吾は元「SMAP」で、現在は「新しい地図」の仲間ですが。それにしても、2人とも凄い役者になったものです。



元「SMAP」で「新しい地図」のメンバーは、もう1人います。そう、稲垣吾郎です。11月20日、彼の主演作である「ばるぼら」の公開が11月20日に控えています。これは、手塚治虫の名作を息子である手塚眞が監督した話題作です。禁断の愛とミステリー、芸術とエロス、スキャンダル、オカルティズムなど、様々なタブーに挑戦した問題作です。その独特な世界観から「ばるぼら」は「映画化不可能」と言われたそうですが、とうとう手塚治虫生誕90周年を記念し初映像化されます。これは、ぜひ観なければ! それにしても、「新しい地図」の3人がそれぞれ映画で新境地を開いているのは嬉しい限りです。SMAPに対するわたしの想いは当ブログでもさんざん書いてきましたが、5人が再結集する日を信じています。



さて、女優の竹内結子さんが自死されたニュースには驚きました。まだ40歳で、今年1月に第二子を出産されたばかりというのに、残念でなりません。報道によれば自死とのことですが、コロナ禍と関係があったのでしょうか。いま、わたしの周囲には「コロナうつ」の兆候を感じる方が何人かいます。じつは、竹内さんと草彅剛は「僕と妻の1778の物語」(2011年)でW主演しています。ブログ『妻に捧げた1778話』で紹介した本を映画化したもので、SF作家である眉村卓と大腸がんで死去した妻・悦子の間にあった夫婦愛の実話を元にした作品です。

 

東京都内の劇場で行われた上映会には美智子上皇后(当時は皇后)が来場され、草彅の隣席でご高覧されました。上映の前後、上皇后は草彅と懇談され、締めくくりには握手を交わされました。草彅は皇后から演技などを称賛されたといいます。なお、鑑賞の際には周囲の座席に一般の客もいて、皇后が公開された映画をこのような形で鑑賞するのは異例なことでした。2009年に草彅はある不祥事で逮捕されているのですが、それからわずか2年で皇后と臨席し懇談できたというのは、もちろん作品の素晴らしさもあったでしょうが、それ以上に当時の草彅が所属していたジャニーズ事務所の政治力を感じてしまいますね。


「僕と妻の1778の物語」は、草彅剛と竹内さんにとって「黄泉がえり」(2003年)以来8年ぶりの共演作でした。切ないジェントルゴースト・ストーリーの名作で、わたしも大好きな映画です。「黄泉がえり」の翌年の2004年、竹内さんは「天国の本屋~恋火」「いま、会いに行きます」という2本の映画に主演しますが、いずれも名作でした。特に、「いま、会いに行きます」は竹内さんの代表作となりました。



それにしても、「黄泉がえり」「天国の本屋~恋火」「いま、会いに行きます」、そして「僕と妻の1778の物語」では、すべて竹内さんは亡くなる役、あるいは死者の役を演じていましたね。竹内さんの映画としての遺作はブログ「コンフィデンスマンJP  プリンセス編」で紹介した映画での女詐欺師のスタア役でしたが、この映画は7月18日に自死した三浦春馬の遺作でもありました。彼は天才恋愛詐欺師のジェシーを演じていました。ネットでは、「三浦春馬に続いて竹内結子も自殺か・・・映画『コンフィデンスマンJP』呪われてる? 長澤まさみが心配だ」といった投稿が相次いでいます。

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心より御冥福をお祈りいたします

 

誤解を招くことを承知で言いますが、わたしは竹内さんに「ミッドナイトスワン」を観てほしかったです。彼女がどんな問題を抱えていたか、どれほど生きづらさを覚えていたのかはわかりません。でも、そんな人こそ観るべき映画が「ミッドナイトスワン」だと思うのです。なぜなら、この映画は、生きづらい人々が必死に生きる物語だからです。ちなみに、この映画にはある登場人物が自死するシーンが出てきます。人生の酸いも甘いも噛み分けたわたしなら、「それぐらいのことで死ななくても」と思う動機なのですが、その人物なりの思いや悩みや絶望はあったのでしょう。しかし、その場所が他人の結婚披露宴だったというのは不愉快でした。人の門出を汚したのでは、覚悟の自死も単なるエゴイズムによる行為となってしまいます。


ここで古い話を出して申し訳ないのですが、草彅剛は2009年4月23日の深夜に東京都港区の公園で泥酔し、全裸で騒いだことにより、公然わいせつ容疑で現行犯逮捕されました。翌日に釈放されて謝罪会見を開きましたが、本人は当時の記憶が全くないと回答。十分反省した事により、翌5月1日には起訴猶予となりました。きっと彼も「生きづらさ」を感じながら生きていたのでしょう。その後のSMAPの解散劇や木村拓哉、中井正居との別れにも心を痛めたことでしょう。彼らのことを「裏切り者」だと恨んだかもしれません。それでも、彼は今日まで生き抜き、観る者に勇気を与えるこの映画に主演しました。

 

映画の中で、薬で体をボロボロにした凪沙が「なぜ私が?」「なぜ私だけが?」と言いながら泣き叫ぶシーンを見て、思わず貰い泣きした人はわたしを含めて多いはずです。なぜなら、この世のほとんどの人は「なぜ私が?」「なぜ私だけが?」という思いを抱えながら生きているからです。いま、生きづらさを感じているすべての人に「ミッドナイトスワン」を観ていただきたいと思います。最後に、故竹内結子さんの御冥福を心よりお祈りいたします。合掌。

 

2020年9月27日 一条真也

Yahoo!ニュースに登場しました

一条真也です。
お彼岸も終わりましたが、みなさんはお墓参りはされましたか? 26日の午前中、ブログ『頭がいい人の読書術』で紹介した本の著者であるコラムニストの尾藤克之さんからLINEがありました。それは、Yahoo!ニュースに「『一流』と言われる人の共通点、それは『先祖』を大切にすること!」という尾藤さんの記事が掲載されたという案内でしたが、同記事は拙著『なぜ、一流の人はご先祖さまを大切にするのか?』(すばる舎)の内容を紹介するものでした。

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 Yahoo!ニュースより

 

記事の冒頭で、尾藤さんは「世の中で『一流』と言われる人には共通点があります。成功している企業経営者には、会社の中に神社や仏壇をつくり、社員にもそれをしっかりおまつりするよう指導している人が少なくありません。私生活でも、毎日きちんと仏壇に線香やお水を上げ、仏壇はなくても自分なりのやり方で先人への感謝を表現したりしている人が多くいます。日本人全体のご先祖さまという意味で、さまざまな先人への感謝の儀式にも一流の人は敬意を払っているのです」と書きだしています。

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尾藤さんは、「今回は、ベストセラー作家・ 一条真也さんに『一流の人』に関する話を伺います。現在、株式会社サンレー代表取締役社長、全国冠婚葬祭互助会連盟前会長、九州国際大学客員教授、の要職にあります。2012年、第2回『孔子文化賞』を稲盛財団稲盛和夫理事長と同時受賞。近著に『なぜ、一流の人はご先祖さまを大切にするのか?』(すばる舎)があります」と書き、続けて、「伝統を受け継ぎ、革新に挑戦する人」として、「ご先祖さまを敬えば、どんな力が自分に与えられるのでしょうか」と問い、わたしの 「『一流』ということと『ご先祖さまを大切にする』ということに、果たしてどんな関係があるのでしょうか。キーワードは『伝統』です。あるいは連綿と続く『歴史』を現代に生かすこと、と言っていいかもしれません」という言葉を紹介します。

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Yahoo!ニュースより 

 

尾藤さんは、さらに『なぜ、一流の人はご先祖さまを大切にするのか?』の内容をピックアップしていきます。たとえば、「一流の人が直筆の礼状を書く理由」として、「一条さんは、礼儀作法は単なる作法ではなく『礼』の気持ちの表現だと言います。それを表すにあたり、心からの感謝を込めて手書きの礼状を書くようにしているそうです」などと紹介しています。いわゆる書評ではなく、書籍のなかで著者が言いたいことをピックアップしてルポ形式で、尾藤さんは「ブックルポ」と命名されています。

f:id:shins2m:20200926161238j:plain Yahoo!ニュースより

 

最後に、尾藤さんは「私たちは『一流』の人に関心を抱きます。形はどうであれ、一流と言われる人は引きつける何かを持っています。そして、私たち自身も少なからず、自らが一流になることを夢見ているはずです。世間には、一流と呼ばれる人を分析した書籍、あるいは一流になるためのハウツー本があふれていますが、その条件に統一性は見られません。一条さんは一流の条件を『先祖』、あるいは『先祖を大切にすること』に求めています。日本人なら誰もが感じている、または忘れているだけの当然のことを説いているのかもしれません。先祖への気持ちを新たにし、手を合わせてみませんか。そこには、人として成長するためのヒントが隠されているはずです」と書かれています。この記事、Yahoo!ニュース以外にも、10以上のサイトに掲載されているそうです。すごい! 
尾藤さん、わたしのメッセージを多くの方々に広めて下さって、本当にありがとうございました!

 

なぜ、一流の人はご先祖さまを大切にするのか?

なぜ、一流の人はご先祖さまを大切にするのか?

  • 作者:一条 真也
  • 発売日: 2017/09/22
  • メディア: 単行本
 

 

2020年9月27日 一条真也

ゆくはし三礼庵竣工式

一条真也です。
26日は父である佐久間進の85回目の誕生日です。いくつになっても親が元気でいてくれるというのは心強いもの。その良き日の11時から「ゆくはし三礼庵」の竣工清祓御祭が行われました。場所は、福岡県行橋市大字下津熊1103番地2です。地元で愛されてきた結婚式場「エルフィン」を改装した施設です。

f:id:shins2m:20200920150026j:plain完成した「ゆくはし三礼庵」の外観

f:id:shins2m:20200926103648j:plainゆくはし三礼庵」の前で

現地に向かう途中、コラムニストの尾藤克之さんからLINEがあり、Yahoo!ニュースに「『一流』と言われる人の共通点、それは『先祖』を大切にすること!」という記事が掲載されたとの案内がありました。拙著『なぜ、一流の人はご先祖さまを大切にするのか?』(すばる舎)を紹介した内容ですが、Yahoo!ニュース以外にも、10以上のサイトに掲載されたとか。尾藤さん、ありがとうございます!

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西原支配人と

f:id:shins2m:20200926104211j:plain結婚式場を改装した施設です

 

三礼庵は、紫雲閣とは別ブランドの施設です。「三礼」とは「慎みの心」「敬いの心」「思いやりの心」という小笠原流礼法における3つの「礼」を意味しています。サンレーグループとしては、福岡県内で45番目、全国で87番目(いずれも完成分)のセレモニー関連施設となります。しかしながら、従来の「葬儀だけを行う」セレモニーホールではなく、「葬儀も行う」コミュニティホールです。

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ロビーには胡蝶蘭が・・・・・・

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控室のようす

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キッチンもあります!

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休憩室も完備!

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バスルームのようす

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リゾートホテル風の廊下

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月あかりをイメージさせる照明

最初の三礼庵である「くさみ三礼庵」は民家を改装しているので、「コミュニティハウス」と呼ぶべきでしょうか。普段は茶道教室や華道教室などを開き、葬儀のときにはスタッフが着物姿で抹茶をたて、生け花を飾ります。「三礼庵」は、これまでにない新業態なのです。ロビーにはたくさんのお祝いの胡蝶蘭が飾られていました。本当に、ありがたいことです。

f:id:shins2m:20200926110248j:plain本日の神饌

f:id:shins2m:20200926105410j:plain本日の式次第

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さあ、儀式の場へ!

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一同礼!

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竣工式のようす

f:id:shins2m:20200926111147j:plain竣工式のようす

f:id:shins2m:20200926111358j:plain竣工式のようす

f:id:shins2m:20200926112759j:plain清祓之儀のようす

 

神事の進行は、サンレー総務部の國行部長が担当。神事は地元を代表する神社である「正八幡宮」の廣瀬正和宮司にお願いしました。 開式の後、修祓之儀、降神之儀、献饌、祝詞奏上、清祓之儀を行いました。

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玉串奉奠する佐久間会長 

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わたしも玉串奉奠しました

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柏手を打ちました

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玉中常務に合わせて、サンレー勢が柏手を打つ


それから、玉串奉奠です。
最初に、株式会社サンレー佐久間進会長、続いて社長のわたしが玉串を奉奠しました。それから、玉中常務が玉串を奉奠し、社員一同がに二礼に拍手一礼を行いました。その後、撤饌、昇神之儀、そして閉式と、滞りなく竣工清祓神事を終えました。

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マスク姿で主催者挨拶をしました

それから、主催者挨拶です。わたしは戦国武将風のマスクをつけたまま次のように挨拶しました。このように立派な施設をオープンすることができ、本当に嬉しく思います。これで、会員様に満足のゆくサービスを提供することができます。ぜひ、新施設で最高の心のサービスを提供させていただき、この地の方々が心ゆたかな人生を送り、人生を卒業されるお手伝いをさせていただきたいと願っています。

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マスクを外して挨拶しました

 

また、わたしはマスクを外して、以下のような話をしました。最近、「葬祭業はエッセンシャル・ワークですね」とよく言われます。エッセンシャル・ワークとは医療・介護・電力・ガス・水道・食料などの日常生活に不可欠な仕事です。そして、葬儀もエッセンシャル・ワークです。葬儀にはさまざまな役割があり、霊魂への対応、悲嘆への対応といった精神的要素も強いですが、まずは何よりも遺体への対応という役割があります。遺体が放置されたままだと、社会が崩壊します。それは、これまでのパンデミックでも証明されてきたことでした。何が何でも葬儀に関わる仕事は続けなければならないのです。

f:id:shins2m:20200926114542j:plainコミュティホールの時代を! 

 

続けて、わたしは以下のように話しました。葬儀が必要不可欠のエッセンシャル・ワークなら、わが紫雲閣は不滅です。先日の台風10号では、100人以上の避難者の方々を受け入れました。「魂を送る場所」であった紫雲閣が「命を守る場所」となったことは画期的であり、「セレモニーホール」が「コミュニティホール」へと進化しました。冠婚葬祭業は、単なるサービス業ではありません。それは社会を安定させ、人類を存続させる重要な文化装置なのです。

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最後に道歌を披露しました


それから、行橋という地名を「ゆくはし」と平仮名にすると、優しい印象になると述べました。自然と「ゆくひと」という言葉を連想します。「ゆくひと」とは、この人生を卒業されていく故人にほかなりません。この「ゆくはし三礼庵」で、「慎みの心」「敬いの心」「思いやりの心」という3つの「礼」の心をもって故人をお送りするお手伝いをさせていただきたいです」と述べ、以下の道歌を披露いたしました。

 

 ゆくひとを三つの礼で送りたる

  心ゆたかな ゆくはしの庵

 

f:id:shins2m:20200926114833j:plain西原支配人の決意表明を受けました

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記念の集合写真を撮影しました

 

その後、西原支配人より、この地の方々の人生の卒業式を心をこめてお世話させていただき、コミュニティホールとしても地域に愛される会館をめざしますという力強い決意を受け取りました。決意表明の後は、参加者全員で集合写真を撮影しました。

f:id:shins2m:20200926115934j:plain直会のようす

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挨拶する佐久間会長

f:id:shins2m:20200926120344j:plain八幡宮の廣瀬宮司の祝辞を拝聴

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神酒拝戴しました

 

その後、直会に移りました。ソーシャルディスタンスに配慮し、アクリル板も用意したウィズ・コロナの直会です。冒頭、この日久々に竣工式に顔を見せた佐久間会長が挨拶し、「このあたりは古墳が非常に多く、古代から栄えた土地です。この素晴らしい土地に素晴らしい施設をオープンすることができ、喜ばしく、ありがたいことです」と述べました。それから、正八幡宮の廣瀬宮司の丁重な祝辞を拝聴してから、神酒拝戴をしました。

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サプライズで会長の誕生日祝いを!

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みんなで誕生日を祝いました

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直会のようす

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美味しいお弁当でした

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最後は「末広がりの五本締め」で!

その後、サプライズで佐久間会長の誕生日が祝われました。本当は直会の終わりに行うはずだったのですが、進行の手違いで早いサプライズになってしまいました。花束とケーキを持った女性社員が現れ、会長に渡しました。参加者全員で「ハッピー・バースデー」を歌った後、会長がケーキのローソクを吹き消しました。会長は嬉しそうというより困惑した様子でした。タイミングを間違えたのが返す返すも残念です。それから、松柏園ホテル特製のお弁当をいただき、最後は玉中常務によるサンレー・オリジナルの「末広がりの五本締め」で直会はお開きとなりました。

f:id:shins2m:20200926090255j:plain朝日・毎日・読売・西日本新聞9月26日朝刊

 

なお、本日の「西日本」「毎日」「朝日」「読売」新聞の朝刊にオープン広告が掲載されました。サンレーグループのイメージキャラクターを務める前川清さんの笑顔が素晴らしいです。開業は9月27日(日)、オープニング見学会は令和2年10月9日(金)~11日(日)・21日(水)~22日(木)の10時~17時に行われますが、3密を避けるために予約制で執り行います。どうか、「ゆくはし三礼庵」が多くの方々から愛される施設となりますように・・・。 

f:id:shins2m:20200926152433j:plain心ゆたかな社会』(現代書林)

 

今回は、拙著『心ゆたかな社会』(現代書林)のプレゼント告知も行いました。100冊目の「一条本」となる同書は、「新型コロナが終息した社会は、人と人が温もりを感じる世界。アフターコロナ、ポストコロナを見据えた提言の書。ホスピタリティ、マインドフルネス、セレモニー、グリーフケア・・・次なる社会のキーワードは、すべて『心ゆたかな社会』へとつながっている」というメッセージの希望の書です。抽選で30名様に進呈します。ハガキでご応募下さい!

 

<応募方法>
郵便ハガキに郵便番号・住所・氏名・電話番号・書籍名をご記入の上、下記宛へお送り下さい。当選者の発表は商品の発送をもって代えさせていただきます。
〒802-0022
北九州市小倉北区上富野3-2-8
サンレー「話題の本」進呈NP係
2020年10月7日(水)消印有効

 

2020年9月26日 一条真也

長崎の合同葬

一条真也です。
25日の朝、長崎駅のすぐ近くにあるホテルの客室で目が覚めました。「長崎は今日も雨だった」と言いたいところですが、長崎は今日は晴れでした。陽射しが眩しいのでサングラスをかけたら、黒マスクとあいまって異様な雰囲気になってしまいました。

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長崎は今日は晴れだった

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JR長崎駅前のようす

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日差しが眩しかったです

この日、わたしは、冠婚葬祭互助会業界の先輩の合同葬に参列しました。享年74歳でご逝去された(株)長崎新生活センターの岩本省三会長の合同葬です。わたしは、サングラスを外し、マスクも黒から白に変えました。合同葬の会場は、長崎市茂里町にある同社の斎場「法倫会館」でした。コロナ禍にもかかわらず、全国から300人以上の方々が参集しました。中には黒マスクの人も何人かいましたね。

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会場の法倫会館にて

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メモリアル・コーナー

わたしは現在、一般社団法人 全日本冠婚葬祭互助協会(全互協)の副会長の任にありますが、今年6月末までは九州ブロック長を兼ねていました。7月1日には弟の佐久間康弘とブロック長を交代しましたが、わたしがブロック時代に九州ブロックの理事として支えていただいたのが岩本会長だったのです。

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メモリアル・コーナー

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メモリアル・コーナーにて

岩本会長に初めてお会いしたのは、ブログ「長崎の夜」で紹介した2014年10月23日でした。ラックの社長だった故柴山文夫氏がベルコの齋藤斎社長が全互協の会長になられたのを九州メンバーでお祝いしようと企画し、坂本龍馬ゆかりの史跡料亭「花月」で祝宴を開いたのです。この日は、わたしの隣に齋藤社長が座られていたので、二人で思い出話をしました。

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合同葬式場のようす

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とても豪華な祭壇でした

f:id:shins2m:20200925131149j:plainたくさんの供花が

花月での宴は柴山社長の乾杯の発声でスタートしました。勝海舟の書が掲げられた趣のある部屋で、長崎名物の卓袱(しっぽく)料理を戴きました。ついでにわたしの全国冠婚葬祭互助会連盟(全互連)会長就任まで祝っていただき感激しましたが、その席で初めて公私ともに「花月」を支えておられた岩本会長にお会いしたのです。

f:id:shins2m:20200925133909j:plain祭壇には自社の施設の数々が・・・・・・

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ソーシャルディスタンスに配慮して・・・・・・

f:id:shins2m:20200925163803j:plain全互協・山下会長の挨拶

f:id:shins2m:20200925155148j:plain心を込めて焼香しました

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最後は「思い出のムービー」を上映

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思い出のムービー

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素晴らしい合同葬でした

その後、柴山社長が全互協の理事を勇退されるとき、代わりに理事になられたのが岩本会長でした。お二人は本当に親しくされていて、業界のパーティーなどでも語り合うお二人の姿を何度も見ました。今ごろ、あちらの世界で再会されて、一杯やっているのではないでしょうか。わたし自身は岩本会長とは短いお付き合いでしたが、威風堂々とした九州男児で、維新の志士のような雰囲気がありました。ここ最近、業界の大先輩の葬儀やお別れ会に参列することが多いですが、先人たちの遺志を受け継いで、この国の儀式文化をしっかりと守っていきたいと思いました。故岩本省三様の御冥福を心よりお祈りいたします。合掌。

 

2020年9月25日 一条真也

 

『変質する世界』

変質する世界 ウィズコロナの経済と社会 (PHP新書)

 

一条真也です。長崎に来ています。
東京都の新型コロナウイルスの23日の新規感染者は59名で少し安心したのですが、24日は195名でした。なかなか、コロナはしぶといですね!
『変質する世界』Voice編集部編(PHP新書)を読みました。「ウィズコロナの経済と社会」というサブタイトルがついています。15人の論客による論考集ですが、カバー表紙には「『これから』を本気で考える」と書かれています。

 

カバー前そでには、以下の内容紹介があります。
「コロナショックにより、経済や国際関係、人々の価値観はどのように変質したのか。『シン・ニホン』などの著者である安宅和人氏は、これからのマクロなトレンドを示すキーワードとして『開疎化』を挙げ、解剖学者の養老孟司氏は『ウイルスの心配より、健康で長生きしてもやることがないことのほうが問題』と述べる。経済学者のダロン・アセモグル氏はアメリカで最大の被害が出たことから、かの国の歪みについて解説し、SF小説『三体』の著者である劉慈欣氏は中国人の国民感情を語る。各界の第一人者がウィズコロナの世界を読み解く、傑出した論考15編」

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本書のカバー裏表紙の下部

本書の「目次」は、以下の構成になっています。
「はじめに」
第一部 日本と世界の叡智への問い
アジャイルな仕組みが国を救う――安宅和人
野放図な資本主義への警告だ――長谷川眞理子
日本はすでに「絶滅」状態――養老孟司
コロナと大震災の二重苦に備えよ
         ――デービッド・アトキンソン

コロナ時代の米中対決――エドワード・ルトワック
アメリカの歪みが露呈した――ダロン・アセモグル
人類の団結はSFだけの世界?――劉 慈欣
第二部 ウィズコロナを読み解く
コロナ後の世界を創る意志――御立尚資
政治経済の「免疫力」を備えよ――細谷雄一
コロナ後のグローバル化を見据えよ――戸堂康之
自由と幸福の相克を乗り越えられるか――大屋雄裕
「自粛の氾濫」は社会に何を残すか――苅谷剛彦
日中韓の差を生む「歴史の刻印」――岡本隆司
経済活動は「1/100作戦」で守れる――宮沢孝幸
私たちは「人間らしさ」を問われている――瀬名秀明

 

「はじめに」では、月刊『Voice』編集長の水島隆介氏が、「中国・武漢に端を発する新型コロナウイルスが世界を覆い尽くし、いまなお混乱を招いているからだ。未知の感染症が、世の中の仕組みから空気までをまさしく一変させた。当初は新型コロナに対していかに対処すべきか、治療薬やワクチンはいつ開発されるかなどの議論が盛んであった。しかし私たちは、もはやこの感染症を少なくとも短期間では克服することが難しいことを知っている。すなわち、『アフターコロナ』ではなく『ウィズコロナ』、ないしは『新常態(ニューノーマル)』とも呼ばれる時代を生きる覚悟、そして意志が求められている」として、「私たちはどう生きるのか。なにを守り、なにを変えていくのか。どんな国や社会をめざしていくのか。そう真摯に問い続けてこそ、はじめて危機を糧にできるはずだ。各界を代表する識者の賛助のもとに編まれた本書が、その一助となることを願ってやまない」と述べます。

 

 

第一部「日本と世界の叡智への問い」の「アジャイルな仕組みが国を救う」では、慶應義塾大学環境情報学部教授でヤフー株式会社CSOでもある安宅和人氏が、「『withコロナ』は当面続く」として、「新型コロナを終息させるための方法は、大きく2つ。1つは、ウイルスを制圧できる治療薬を開発すること。もう1つは、自然感染かワクチンによって抗体保持者を増やして集団免疫を確立することです。ところが現実問題として、いずれも容易ではない」と述べます。



カタストロフィック(破滅的)なストーリーとして「フリーフォール(free fall:自由落下)」を起こす、すなわち自然感染に委ねて集団免疫を形成する考え方もありますが、もし実行に移せば、その過程で人口の0.5~1%が死に至ると推定されます。日本でいえば100万人規模の命を犠牲にするわけで、大戦争クラスの死者数です。成熟した民主主義国家として採ることができない施策であることは明白です。そこで各国は治療薬とワクチンの開発を進めつつ、感染防止と経済活動の再開をいかに両立させるか、バランスを見極めながらコロナ対策を行なっているわけです。



「『開疎化』のトレンドを押さえよ」として、安宅氏は「人類はこれまで、進んで3密の空間をつくり上げてきました。その象徴が都市化であり、人が便利で豊かに生きるために都会の文明を構築してきたわけです。ところが今回のコロナ危機によって『密閉・密接(closed/contact)×密(dense)』から『開放(open)×疎(sparse)』な価値観へと向かう強いベクトルが働き始めている。私はこのことを『開疎化』と呼んでいます」と述べています。

 

モノ申す人類学

モノ申す人類学

 

 

「野放図な資本主義への警告だ」では、総合研究大学院大学学長で人類学者の長谷川眞理子氏が、「ウイルスが変異した可能性」として、「注意が必要なのは、公表されている感染者数は、調査して判明した「最低値」であることです。潜在的な感染者数はもっと多いでしょう。私は当初から、感染者数よりも死者数に着目していました。人口当たりの死者数で見ると、日本はかなり少ないといえます。これには3つの可能性があると思います。1つ目は医療体制が充実していること。2つ目は医療現場の練度が高いこと。そして3つ目は推測にすぎませんが、日本人が新型コロナウイルスに対する何かしらの耐性をもっているかもしれないことです。ある病気に罹患して治癒した人が、別のウイルスに対する抵抗性を遺伝的に獲得している場合があり、それによって免疫力が上がるのです」と述べています。

 

 

「コロナ禍を機に、あらゆる側面で人類が挑戦を受け、転換期を迎えているのかもしれません」というインタビュアーの発言に対して、長谷川氏は「人類はこれまでも、疫病によって文明の転換を迫られてきました。アステカ文明のように、体制そのものが崩壊してしまったこともあります。今回のコロナ危機は、移動のタガを外し、地球温暖化対策を後回しにして経済成長とグローバル化を推進してきた、先進国を中心とする野放図な資本主義への警告なのかもしれません」と述べるのでした。

 

半分生きて、半分死んでいる (PHP新書)

半分生きて、半分死んでいる (PHP新書)

 

 

「日本はすでに『絶滅』状態」では、解剖学者の養老孟司氏が、「物事には表と裏がある」として、「物事には何でも表と裏がある。われわれの周囲を取り巻く酸素さえ、大量に摂取すれば猛毒です。救急患者に酸素マスクを当てているのを見ると『弱った身体にあんなに酸素を吸わせて大丈夫か』とひやひやします。薬だってそう。あまりにも効く薬には往々にして副作用があって、僕は薬を飲んで効き目がないと、かえって『ああ、よかった』と安心する(笑)。ウイルスは害で無菌状態がよい、とする考え方自体、都市での生活に毒されています。今回の騒ぎには、物事を利便や『役に立つか、立たないか』で考えることのおかしさが表れているのではないか。たとえば虫垂なんて一見、何の役にも立たないうえ、ときどき炎症を起こす。『なぜあんな器官が必要なのか』と長年、いわれていました」と述べています。

 

死を受け入れること ー生と死をめぐる対話ー (単行本)

死を受け入れること ー生と死をめぐる対話ー (単行本)

 

 

「若者がマスクをせず外出して高齢者の命を危険に晒している、ともいわれますが」というインタビュアーの発言に対しては、養老氏は「僕ら老人が病気に罹らなければ、何で死ぬというのか。それより『長生きしてもやることがない』ということのほうが問題でしょう。社会が健康長寿を求めるとき、置き去りにされるのは『何をして生きるか』『何のために生きるのか』という問いです。好きなことがない人生は生きていてもつまらないし、人間いつ死ぬかわからない。わかっていたらわざわざ生きる意味がない。僕が虫獲りに出掛けるのは、獲れる虫が何か前もってわからないからですよ。多くの人は自分の人生がコントロールできると思っています。旅へ出ても日程どおりに観光地を回り、安全に帰れてよかった、といって喜んでいる」と述べます。

 

遺言。(新潮新書)

遺言。(新潮新書)


さらに養老氏は、「核家族すら崩壊」として、「いま横浜市はすでに単身世帯が4割を超えています。東京はなおさらでしょう。日本の核家族化を心配しているうちはまだよかったけれども、いまは核家族すら崩壊している。つまり社会の崩壊です。2019年に発表された日本の出生数(2018年、厚生労働省の人口動態統計より)は過去最少の約92万人で、合計特殊出生率は1.42。再生産ができなくなった動物は、生物学的に見て絶滅危惧どころではありません。すでに『絶滅』一直線の状態。コロナウイルスよりも、少子化による絶滅を心配したほうがよいと思う」と述べるのでした。

三体

三体

  • 作者:劉 慈欣
  • 発売日: 2019/07/04
  • メディア: ハードカバー
 

 

「人類の団結はSFだけの世界?」では、中国を代表するSF作家である劉慈欣(リウ・ツーシン)が、「もし『未知のウイルス』をテーマに小説を書くとしたらどんな結末にしますか」というインタビュアーの質問に対して、「歴史上、いかなるウイルスも人類を滅ぼすことはできませんでした。ウイルスは本来、人を殺すことを目的にはしていません。人類との共存を望んでいるはずです。宿主が死んでしまったら、自らも生きてはいけないからです。別の星が衝突したり、宇宙人が侵略に来たりしたら、我々は自らの能力では対応できません。しかし、ウイルスはそもそも我々の体内にあるもので、人類の技術力、対応力で克服できる可能性があります。小説を書くなら、最終的に人類が疫病に打ち勝ち、生き抜いていく楽観的なストーリーにしたいですね」と述べています。これには、『心ゆたかな社会』(現代書林)で「『パンデミック宣言』は『宇宙人の襲来』と同じかもしれません。新型コロナウイルスも、地球侵略を企むエイリアンも、ともに人類を『ワンチーム』にする存在なのです」と書いたわたしは嬉しかったですね。

 

心ゆたかな社会 「ハートフル・ソサエティ」とは何か
 

 

 最後の「新型コロナウイルスが人類に与えた最大の教訓とは?」という質問に対しては、劉慈欣は「私はよく宇宙人をテーマに小説を書きます。我々が直面する最も不確実な要素の1つだからです。1万年たっても現れないかも知れないし、明日出現するかも知れない。でも、いったん出現したら、人類の運命はどうなるか予測がつきません。私がいま唯一予測できることは、『未来は予測できない』ということだけです。我々はこれほどまで不確実な世界に住んでいるのだと、全人類が心の準備をしなければならない。これが新型コロナが我々に与えた最大の啓示だと思います」と述べるのでした。



第二部「ウィズコロナを読み解く」の「コロナ後の世界を創る意志」では、ボストンコンサルタンティンググループ(BCG)のシニア・アドバイザーの御立尚資氏は、混迷の時代のリーダー像として、日本の後藤新平の名前を挙げます。「後藤新平というリーダー」として、「1894年に始まった日清戦争が終わりに近づくと、日本へ帰還する軍人のための検疫が問題となった。失敗すれば伝染病が日本に広がる恐れがあるなか、検疫事業を指揮した後藤は瀬戸内海の島を切り開き、帰国船のすべてを寄せて検疫をさせた。ドイツのヴィルヘルム2世が『この方面では世界一と自信をもっていたが似島の検疫所には負けた』と感嘆するほどの大事業であったが、当初は反対の声も上がった。しかし医師でもあった後藤はさまざまなステークホルダーを見事に説得して、日本を感染症から救ったのだ」と述べています。



また、御立氏は「後藤はのちに台湾統治で重要な役割を果たし、南満州鉄道総裁や東京市長として辣腕を振るうが、描くグランドデザインのあまりのスケールの大きさから『大風呂敷』と揶揄されることもあった。それでも彼は大きいプロジェクトを前に、必ず論理とデータ、そして感情と想像力を武器に果断に挑んだ。だからこそ周囲を巻き込めたのであり、その姿から学ぶべき点は多い」とも述べています。


「経済活動は『1/100作戦』で守れる」では、京都大学ウイルス・再生医科学研究所准教授の宮沢孝幸氏が、「新型コロナウイルスはどれほどの脅威なのか」として、「私たち人類は、これまでにウイルスのみならず、細菌、真菌、原虫、寄生虫などに痛めつけられてきた。たとえば、ペスト(細菌の一種であるペスト菌感染症)は世界的に大流行し、14世紀には、当時の世界人口(4億5000万人)の22%にあたる1億人が死亡したともされる。19世紀末に原因菌が突き止められ、流行は治まったものの、ペストは現在も一部の地域で流行している。結核は『結核菌』の感染によるものであり、紀元前から存在していた。明治時代末までは、日本においても結核はおそろしい病であり、いまの人口に換算すると毎年24万人もの人が亡くなっている」と述べています。



「1/100作戦による感染予防」として、宮沢氏は「この国難を回避するためにも、私は国民の多くが、正しいウイルスの知識を身につけ、ウイルス感染回避策を実施することを心から願っている。何も難しいことはない。飛沫感染・空気感染予防においては、マスクをして、部屋の換気に留意する。接触感染予防においては、手を顔につけない、手洗いをこまめにする。手洗いも100%のウイルス除去ではなく、ウイルス量を1/100に減らすことを考える」と述べます。



そして、宮沢氏は「1/100を目指すなら手洗いも毎回、石鹸や洗剤を使用して念入りに洗わなくても、水洗いで十分である。水洗いが難しい外出先においては、濡れたハンドタオルやウエットティッシュで強く拭き取ることでも感染防御効果は大いに期待できる。ウイルス感染の原理原則さえ理解して、適切な行動をとれば、多大な経済的損失をもたらす接触機会削減政策をとらずとも、感染の拡大を阻止することも可能なのである。敵は存続をかけて飛び回ってはいるが、人類の知識を前にすれば、極めてか弱い存在である。この戦いにもし人類が負けるとしたら、それは、あまりに愚かである」と述べるのでした。これは、誰にでも実行できる、きわめて現実的かつ有効なアドバイスでであると思いました。

 

パンデミックとたたかう (岩波新書)
 

 

「私たちは『人間らしさ』を問われている」では、作家の瀬名秀明氏が、「インフォデミックの時代」として、「新型コロナウイルスと11年前の新型インフルエンザによるパンデミックを比較したとき、もっとも大きな違いは、多くの識者が指摘するようにグローバル化でしょう。いまや半日あれば、たとえば中国でコウモリに接触した人が日本に来て買い物や食事をすることが可能です。一方、情報共有がグローバル化により急速に進んだ側面もあります。これには功罪両面あり、情報が早く伝達されるのはメリットですが、毎日のように刻々と状況が変わるいま、ワイドショーで専門家と称する人びとの解説が日によって異なり、かえって国民に混乱を招いてしまう。インフォデミック(インフォメーション+パンデミック)という言葉も用いられていますが、情報の氾濫も含めてパンデミックを捉える必要があります」と述べています。

 

インフルエンザ21世紀 (文春新書)

インフルエンザ21世紀 (文春新書)

 

 

瀬名氏は、「不安に駆られてお上を非難するだけでいいのか」として、光明を見出すとすれば、世の中が一部「戦争モデル」を採るなかでも、本当の戦時下とは異なり精神的自由は担保されていることを指摘し、「『夜の街に出歩くな』といわれたときに、公衆衛生の観点から行動は制限されますが『そうか、そこまでいわれなきゃいけないのか』と感じる心の動きは保証されている。先の大戦ではそうした精神性や思想までもが統制されていましたから、その点では『人間らしさ』が完全に失われているわけではない。私たちはその事実に自信をもつべきです。非常事態下で身体の制限はされていても、心を上手に働かせることでバランスをとることこそが、まさに『人間だからこそ』できる危難の乗り越え方ではないでしょうか」と述べるのですが、これはまったくその通りでだと思います。

 

いくらコロナ禍が大変だと騒いでも、戦争に比べれば絶対にマシです。また、ブログ『コロナ後の世界を生きる』で紹介した岩波新書ブログ『コロナ後の世界を語る』で紹介した朝日新書は、やたらと安倍政権批判が目立ち、中にはテーマから逸脱したような発言もりましたが、PHP新書である本書はニュートラルな立場でバランスが取れていたと思います。

 

 

2020年9月25日 一条真也