「ハンターキラー 潜航せよ」

一条真也です。
連日、ハードスケジュールが続いています。
天下布礼に休みなし!」ということで頑張っていますが、心が疲れたとき、わたしは無性に映画が観たくなります。ということで久々にシネプレックス小倉に行って、映画「ハンターキラー 潜航せよ」を観ました。「ワイルド・スピード」の製作陣が放つ、潜水艦アクションの傑作でした。

 

ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「ジョージ・ウォーレス、ドン・キースの小説を原作にしたアクション。消息を絶ったアメリカ海軍原子力潜水艦の捜索に向かった潜水艦の運命を描く。監督は『裏切りの獣たち』などのドノヴァン・マーシュ。キャストには、『エンド・オブ・キングダム』などのジェラルド・バトラー、『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』などのゲイリー・オールドマンらがそろう」

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ヤフー映画の「あらすじ」は以下のように書かれています。
「ジョー・グラス(ジェラルド・バトラー)が艦長を務めるアメリカ海軍の攻撃型原子力潜水艦ハンターキラーに、ロシア近海で行方不明になった同海軍原潜の捜索命令が下る。やがてハンターキラーは、沈没したロシア海軍の原潜を発見し、生存していた艦長を捕虜として拘束する。さらに、ロシアで極秘偵察任務にあたるネイビーシールズが、世界の命運を左右する巨大な陰謀をつかむ。それを受けてハンターキラーは、敵だらけのロシア海域に潜航する」

 

わたしはあまり観たことがないのですが、「潜水艦モノ」というアクション映画のジャンルがあるそうです。1980年代~90年代に大ヒットを飾ってきたとか。潜水艦とは、深海の逃げ場のない密室です。その中で、乗員たちはソナー音を頼りに己の耳と経験値だけで見えない敵と戦うわけですが、そこには極限の緊張感が漂います。また、彼らは不屈の闘志で、あらゆる危機的状況に立ち向かっていきます。そんな濃密な人間ドラマが人気を呼びましたが、21世紀になると、このジャンルは途絶えてしまいました。理由は、最新鋭の潜水艦テクノロジーに映像技術が追い付かなかったからです。それが2019年、元潜水艦艦長による原作と米国防総省×米海軍全面協力により、ついに超弩級の潜水艦アクション大作が復活しました。


潜水艦とは何か。Wikipedia「潜水艦」の「概要」には、「戦艦、空母、巡洋艦駆逐艦などの水上艦と潜水艦とを分ける最大の違いは、潜水艦が水中を航行できることである。特に第二次世界大戦以降の潜水艦は水中航行を主な目的としている」として、以下のように書かれています。
「レーダーの電波や可視光線がほとんど届かず、唯一捜索手段として有効な音さえも水の状況で伝播状況が複雑に変化する水面下で『深く静かに潜航』した潜水艦を探知・撃沈することは最新鋭の探知装置と対潜兵器を備えた現代の対潜部隊にとっても容易なことではない。潜水艦は自らの存在を気づかれることなく、敵哨戒網を突破して敵艦艇や輸送船を沈め、機雷を敷設し、そのほか特殊部隊の潜入支援や情報収集任務などに運用することができる。潜水艦のなかには巡航ミサイルによる対地攻撃、さらには核弾頭を搭載した弾道ミサイルの運用が可能なものも存在する。また、敵の潜水艦を攻撃したり、水上艦を敵の潜水艦から護衛することもある」

 

また、Wikipedia「潜水艦」の「概要」には、以下のようにも書かれています。
「そして水面下の『どこか』に魚雷、あるいはミサイルを持った潜水艦がいるという事実(「はったり」のこともあるが、それは潜水艦を探知するか、潜水艦から攻撃を受けない限りわからない)は敵に対して心理的圧力をかけ、結果として抑止にもつながるのである。その意味で潜水艦の持つ最大の武器は隠密性にある。潜水艦がたびたび『究極のステルス兵器』(Ultimate stealth weapon)と呼ばれ、潜水艦部隊が『沈黙の軍隊(あるいは不言実行の軍隊)』(Silent Service)と称されるゆえんである。
潜水艦は隠れることで真価を発揮するため浮上しないことが望ましいが、海中から航空機を攻撃することは難しく、攻撃すれば存在を知らせることになるため対空装備を有しないのが基本である。このため対潜哨戒機には一方的に捜索・攻撃されることになる」

 

わたしは子どもの頃、アメリカのSFドラマである「原潜シービュー号 海底大作戦」が大好きでした。また、東宝の特撮映画である「海底軍艦」も好きでした。SFといえば、“SFの父”と呼ばれたジュール・ヴェルヌの『海底2万マイル』のノーチラス号は最も有名な潜水艦です。SF作品に登場するロマンティックな潜水艦とは違って、「ハンターキラー 潜航せよ」に登場する潜水艦アーカンソーは最新鋭の軍事兵器です。海中でアメリカとロシアの潜水艦が激しく交戦するようすは迫力満点で、わたしがこれまで体験したことがないようなスリルを味わいました。

 

ワイルド・スピード」シリーズ製作陣により、潜水艦×特殊部隊ネイビーシールズのダイナミックな共闘も見ごたえがありました。ネイビーシールズといえば、アメリカ海軍特殊戦コマンドの管轄部隊で、「世界最強」とも言われています。「ハンターキラー 潜航せよ」を観て、わたしはネイビーシールズが大活躍するブログ「キャプテン・フィリップス」で紹介した映画を思い出しました。実際に2009年に起きたソマリア海域人質事件をテーマにした緊迫感あふれるドラマです。

 

2009年4月。アメリカのコンテナ船マースク・アラバマ号は、援助物資5000トン以上の食糧を積んでケニアに向かうべくインド洋を航行していました。リチャード・フィリップス船長と20人の乗組員にとっていつもと変わらない旅でした。しかし、ソマリア沖に入った時、事態は思わぬ方向へ暗転します。アラバマ号が海賊に襲われ、占拠されてしまったのですね。フィリップス船長は乗組員を救う為、身代わりとなり、海賊の人質になるという勇気ある決断をする。ソマリア海賊たちとの命がけの息詰まる駆け引きが続く中、アメリカも国家の威信を賭けた闘いに直面します。そして、海軍特殊部隊ネイビー・シールズが出動するのでした。

 

この「キャプテン・フィリップス」を観る前は、「アポロ13」や「キャスト・アウェイ」といったトム・ハンクスが出演した名作と似た内容をイメージしていました。つまり、極限状態に置かれた人間の知恵を描いた感動の物語です。でも、「キャプテン・フィリップス」は同じくトム・ハンクス主演の戦争映画「プライベート・ライアン」によく似ており、それほど感動はできませんでした。また、実際のフィリップス船長が英雄だとも思えませんでした。
真の海の英雄とは、大日本帝国軍人で、最後は海軍大尉であった第六潜水艇の佐久間勉艇長のような人物ではないかと思います。1910年4月15日、第六潜水艇山口県新湊沖で半潜航訓練中沈没して佐久間以下14名の乗組員全員が殉職した。同年4月17日に第六潜水艇が引き揚げられ、艇内から佐久間の遺書が発見されたのです。

 

その遺書の内容は同年4月20日に発表されるや大きな反響を呼び、同日中に殉職した乗組員14名全員の海軍公葬が海軍基地で執り行われた。殉職した乗組員は、ほぼ全員が自身の持ち場を離れず死亡しており、持ち場以外にいた乗組員も潜水艇の修繕に全力を尽くしていました。佐久間自身は、艇内にガスが充満して死期が迫る中、明治天皇に対して潜水艇の喪失と部下の死を謝罪し、続いてこの事故が潜水艇発展の妨げにならないことを願い、事故原因の分析を記した後、遺書を残したのです。
わたしの本名も佐久間というのですが、わたしは佐久間艇長を心から尊敬しており、素晴らしいリーダーであったと思っています。「ハンターキラー 潜航せよ」も「リーダーとは何か」を問う映画でした。大統領のリーダーシップ、艦長のリーダーシップ・・・・・・いずれも、極限状況の中でのリーダーシップが描かれました。

龍馬とカエサル』(三五館)

 

理想のリーダー像について、わたしは『龍馬とカエサル』(三五館)で詳しく書きました。リーダーたる者、場合によっては、独断で異常な決断をもしなければなりません。それがリーダー自身の運命だけではなく部下の人生も決定し、かつまた歴史をも変えるということもあるのです。かのユリウス・カエサルルビコン川を渡るあの時のあの決断、ローマ人たちは彼がそこを越えてきたら反乱軍とみなすという脅しをかけ、よもやその境を越えまいと思っていたところへ、シーザーはわずかの手勢を率いて川を渡り、奇襲をかけました。これによってカエサルの政権が誕生し、かつまた部下たちも繁栄したのです。


ハートフル・ソサエティ』(三五館)

 

「ハンターキラー 潜航せよ」には、2人の潜水艦艦長が登場します。アメリカのグラス艦長とロシアのアンドロポフ艦長です。この2人は「水の中で生きてきた」という共通点もあってか、敵味方を超えた信頼感を抱き合い、強い絆で結ばれます。そのとき、潜水艦アーカンソーは一種の心の共同体と化していました。拙著『ハートフル・ソサエティ』(三五館)で描いたような平和で平等な共同体です。それには、舞台が潜水艦内部という「深海」であったことも大きく影響していると思いました。

 

 

わたしはつねづね、交通網と情報網が高度に発達した現代において、人類のとって真の秘境とは3つだけであると考えています。宇宙と深海と霊界です。そして、その3つの秘境では、人類にとっての普遍的な意識が目覚めるように思えます。宇宙空間で宇宙飛行士たちが国家や民族を超えた「人類愛」のようなものを抱いたと同じく、深海でも同じ現象が起きたのではないでしょうか。

涙は世界で一番小さな海』(三五館)

 

拙著『涙は世界で一番小さな海』(三五館)で詳しく書きましたが、人類の歴史は四大文明からはじまりました。すなわち、メソポタミア文明エジプト文明インダス文明黄河文明です。この四つの巨大文明は、いずれも大河から生まれました。大事なことは、河というものは必ず海に流れ込むということです。さらに大事なことは、地球上の海は最終的にすべてつながっているということです。チグリス・ユーフラテス河も、ナイル河も、インダス河も、黄河も、いずれは大海に流れ出ます。

 

人類も、宗教や民族や国家によって、その心を分断されていても、いつかは河の流れとなって大海で合流するのではないでしょうか。人類には、心の大西洋や、心の太平洋があるのではないでしょうか。そして、その大西洋や太平洋の水も究極はつながっているように、人類の心もその奥底でつながっているのではないでしょうか。それがユングのいう「集合的無意識」の本質ではないかと、わたしは考えます。
その意味で、深海でアメリカとロシアが協力し合う物語の「ハンターキラー 潜航せよ」は「究極の平和映画」であると言えますが、これから迎える「令和」が平和な時代であることを願ってやみません。

 

しかし、平和というのは「戦争のない平和が続きますように・・・」と祈っているだけでは得られるものではありません。「ハンターキラー 潜航せよ」を観た同じ映画館で「空母いぶき」の予告編が流れていました。
20XX年、12月23日未明。未曾有の事態が日本を襲います。沖ノ鳥島の西方450キロ、波留間群島初島に国籍不明の武装集団が上陸、わが国の領土が占領されたのです。海上自衛隊は直ちに小笠原諸島沖で訓練航海中の第56護衛隊群に出動を命じましたが、た。その旗艦こそ、自衛隊初の航空機搭載型護衛艦《いぶき》でした。
日本が平和であり続けるためには、日本にもアメリカのような自助努力が求められる・・・・・・「空母いぶき」の予告編を観ながら、わたしはそのように考えました。
「令和」への改元まで、あと10日です。

 

2019年4月21日 一条真也

『よくわかる伝説の「聖地・幻想世界」事典』 

一条真也です。
30冊目となる「一条真也による一条本」をお届けします。『よくわかる伝説の「聖地・幻想世界」事典』(廣済堂文庫)です。サブタイトルは「アトランティス、ラピュータから、桃源郷ナルニア国まで」です。2009年2月28日に刊行された監修書で、造事務所の編著です。


よくわかる伝説の「聖地・幻想世界」事典
(2009年2月28日刊行)

 

カバーには城に向けて剣を突きだす騎士の姿が描かれ、帯には「シリーズ累計50万部突破!」「『ハリー・ポッター』『ナルニア国物語』『ゲド戦記』『ロード・オブ・ザ・リング』などにも登場した68の理想郷や異界の全貌が明らかに!!」「すべての場所を荘厳なイラストで再現」と書かれています。


本書の帯

 

また、カバー裏には以下の内容紹介があります。
「聖地――そこには、人びとを魅了するロマンがある。幻想世界――そこには、ファンタジックな景観が広がる。われわれが住む現実社会と一線を画す、魔訶不思議な異界にあこがれる人は多いはずだ。なぜなら、それらはすべて人間の心が生みだした世界だから。そう、人間の究極の“理想郷”は、あなたの心のなかにあるのだ。本書は、神話・伝説・おとぎ話の舞台から、実在する宗教遺跡まで、68の理想郷を紹介。伝説の『聖地』と『幻想世界』の旅を存分に楽しんでほしい」

 

本書の「目次」は、以下のようになっています。
〈はじめに〉 伝説の「聖地・幻想世界」にようこそ!
あなたを異界へといざなう 8大「聖地」「幻想世界」
【LEGEND1】西洋に伝わる聖地・幻想世界
すべての人のあこがれを駆りたてるヨーロッパの「空想名所」伝説
●一昼夜で海中に消えた幻の大陸 アトランティス
ギリシャの神々の住処 オリュンポス山
●9つの世界を貫く宇宙樹 ユグドラシル
アーサー王の眠る“この世のかなたの地” アヴァロン島
●日本にも伝わる謎の大地 ムー大陸
●最初の人間が暮らしていたパラダイス エデンの園
アンデス奥地の黄金都市 エル・ドラド
ユダヤ教における死後の世界 シェオール
●天から降る硫黄の火で滅んだ都市 ソドムとゴモラ
●実在する吸血鬼の本拠地 ドラキュラ城
[column]地球の形、大論争!
●猛々しい女戦士の国 アマゾニア
アーサー王と円卓の騎士たちの拠点 キャメロット
●船乗りたちがおそれた怪物岩 スキュラの岩
イスラム教の“男の楽園” ジャンナ
●根元人種の住んでいた大地 レムリア
ミノタウロスを封印する迷路 ラビュリントス
●精霊が住む西の楽園 ヘスペリスの園
●自然豊かな理想郷 アルカディア
ゾロアスター教の天国 ガロー・デマーン
●まだ見ぬ東方のキリスト教国家 プレスター・ジョンの国
[column]ゼウスと帝釈天、最強の聖地の主はどっちだ!?
【LEGEND2】東洋に伝わる聖地・幻想世界
山海のかなたに思いをはせたアジアの「聖なる場所」の物語
●世界の中心にそびえる立方体 須弥山
●神々が労働する!?天上の集落 高天原
●地下に広がる死者の世界 黄泉の国
●雪山に囲まれた仏教王国 シャンバラ
●灼熱の責めを受ける地下世界 八大地獄
仏教徒があこがれる究極の楽園 西方浄土
[column]伊勢神宮出雲大社の謎
●六文で渡れる冥界への入口 三途の川
●太陽神が閉じこもった洞窟 天岩戸
●真っ赤に燃えさかる山脈 火焔山
●海のかなたにある神の国 ニライカナイ
●桃林の奥にたたずむ静かな村 桃源郷
●東の海に浮かぶ幻の島 蓬莱
●仙人だけが登れる霊峰 崑崙山
竜神が住まう海底の宮殿 竜宮
●神が地上に降りるときにかかる虹 天浮橋
[column]報われない冥界の王、ボヤキ座談会
【LEGEND3】ファンタジーの聖地・幻想世界
豊かな創造力によって生みだされたファンタジー小説の舞台
トールキンが創造した古来の地球 中つ国
●美しい海に囲まれた多島世界 アースシー
●ヨーロッパ社会が夢みた理想郷 ユートピア
●邪神と結託した恐怖の町 インスマス
●永遠の子どもの世界 ネヴァーランド
宮沢賢治が夢みた理想郷 イーハトーヴ
●空中の科学都市と荒れはてた属国 ラピュータとバルニバービ
●だれもが主人公になれる世界 ファンタージエン
[column]ファンタジーを継承する舞台
●文明から切り離された魔法王国 オズの国
●“永劫の罰の地”への入口 地獄門
●ライオンがつくった魔法の国 ナルニア
●常識や理性の通用しない世界 ワンダーランド
●陽光を覆う巨鳥がすむ無人島 ロック鳥の島
●魔法使いの卵が集う名門校 ホグワーツ
●知恵ある馬と愚かな人間の地 フウイヌム国
●地下30キロの海域 リンデンブロック海
クトゥルフ神話への玄関口 アーカム
大自然が生んだ漆黒の地下道 アラビア海底トンネル
[column]聖地を考えた人のホンネ座談会
【LEGEND4】実在する伝説の聖地
訪れる人を荘厳な思いに誘ういまも実在する名所の秘話
●東の海のはてにある黄金の国 ジパング
イエス・キリストが処刑された地 ゴルゴタの丘
●幻の古代日本王国 邪馬台国
モーセが神の言葉を聞いた聖地 シナイ山
●世界三大一神教に共通する聖地 エルサレム
[column]超巨大大陸・パンゲア
ノアの方舟がたどり着いた場所 アララト山
●乳と蜜が流れる約束の地 カナン
空海が開いた真言宗総本山 高野山
シヴァ神の住まう氷の霊峰 カイラス
チベット仏教の本拠地 ラサ
イスラム教最大の聖地 メッカ
●黄金に彩られた寺院都市 アムリトサル
朝鮮民族発祥の地 白頭山
●謎めいた巨大環状列石 ストーンヘンジ
●大地に描かれた巨大な絵画 ナスカの地上絵
「聖地・幻想世界【索引】」
「参考文献」


西方浄土

 

本書は夢のトラベルガイドです。旅とは、日常暮らしている土地を離れ、異なる土地におもむき、非日常の世界を味わうもの。ならば、本書は最強のトラベルガイドであるはずです。なにしろ、本書が紹介している土地は、「伝説の聖地」、そして「幻想世界」。これ以上に非日常の世界はありません。


エデンの園

 

人類は、これまで多くの土地を夢想し、あこがれ、求めてきました。いわゆる「理想郷」です。たとえば、西方浄土エデンの園桃源郷アトランティスユートピア、ネヴァーランドなどなど。しかし、よく見ると、これらの理想郷は必ずしも同じジャンルの中にはありません。極楽とも呼ばれる西方浄土は死後の理想世界ですし、エデンの園桃源郷は地上の楽園であり、アトランティスは伝説の大陸、ユートピアは理想都市、そしてネヴァーランドはおとぎの国です。


アトランティス

 

これらバラエティに富んだ世界の相関関係について、わたしは次のように考えます。まず、天国や極楽といった天上界から三次元世界に生まれてきた人間が、以前の至福の生活を潜在的に記憶していて、楽園というものを地上に想定する。そして、楽園にまつわる神話から転じて、アトランティスという伝説の大陸、ユートピアという理想都市のアイデアなどが現れたのではないでしょうか。


ナルニア

 

ユートピアはトマス・モアの小説に由来しますが、同じように文学的イマジネーションからは多くのファンタジー作品が誕生し、ネヴァーランドや中つ国、ナルニア国、アースシー、ファンタージェンといった魅惑的な舞台が創造されました。それらの理想郷は、いずれも人間たちが「かく在りたい」と願った夢の世界にほかなりません。


ストーンヘンジ

 

そして、本書には実在する聖地も登場します。わたしは本書が刊行される少し前にストーンヘンジを初めて訪れたのですが、そこで非常に強いパワーを感じました。それは、かつて伊勢神宮出雲大社で感じたものと似ていました。思うに、「空間」とはデカルトがいうような延長的で均質なものではありません。世界各地には、さまざまな異界に通じている場所、すなわちパワースポットとしての「聖地」が存在するに違いありません。


ラサ


おそらく地球とは、聖地というブラックホールあるいはホワイトホールによって、たくさんの穴を開けられた多孔体なのでしょう。ストーンヘンジも伊勢も出雲も高野山も、シナイ山エルサレム、メッカ、エルサレムカイラス山、ラサ、アムリトサルも、すべては異界に通じる孔にすぎないのです。聖地で感じるパワーとは、異界から吹く風なのだと思えてなりません。本書は異界に通じる扉のカタログでもあるのです。


ホグワーツ

 

「伝説の聖地」には、人々を魅了するロマンがあります。「幻想世界」には、ファンタジックな景観が広がります。いずれにせよ、わたしたちが住む現実世界と一線を画す、摩訶不思議な異世界にあこがれる人は多いはず。なぜなら、それらはすべて人間の心が生み出した世界だからです。そう、究極の聖地、最高の幻想世界は、あなた自身の心の中にあるのです。


シャンバラ

 

さらに、本書は極上のテーマパークでもあります。ロック鳥の島やアラビア海低トンネルでハラハラし、エル・ドラドジパングでの宝探しに興じ、シャンバラや竜宮で癒される。おまけに、八大地獄やドラキュラ城といった、とびきり怖いホラー・アトラクションまである・・・・・・。
まさに至れり尽くせりの紙上テーマパークです。さあ、本書を読んで、「伝説の聖地」と「幻想世界」で、思う存分に心を遊ばせていただきたい。ひととき、この退屈な現実世界など忘れてしまおうではありませんか!


リゾートの博物誌』(日本コンサルタントグループ)

 

なお、本書はブログ『リゾートの博物誌』で紹介した拙著を一般向けに親しみやすい内容とした形になっています。本書をケルト文学をはじめ幻想文学研究の第一人者である井村君江先生にお送りさせていただいたところ、井村先生から「とても興味深い御本ですね。本当は、こういうものを自分の弟子に作ってほしかったのですけれど・・・」と直筆で書かれたお手紙を頂戴しました。とても良い思い出となりました。
「令和」への改元まで、あと11日です。


2019年4月20日 一条真也

敬天愛人(西郷隆盛) 

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一条真也です。
言葉には、人生を変える力があります。
今回の名言は、幕末の英雄・西郷隆盛の言葉です。
彼は、幕末を代表する儒者である佐藤一斎の影響を受けていました。ブログ「毀誉褒貶は人生の雲霧なり(佐藤一斎)」で紹介したように、一斎はつねに「天」を意識していました。その思想は西郷隆盛に受け継がれ、西郷は「敬天愛人」を座右の銘としました。さらに、その思想は鹿児島出身の名経営者である稲盛和夫氏に受け継がれました。


鹿児島市内にある西郷隆盛

 

ある日、陸軍大将であった西郷が、坂道で苦しむ車夫の荷車の後ろから押してやったところ、これを見た若い士官が西郷に「陸軍大将ともあろう方が、車の後押しなどなさるものではありません。人に見られたらどうされます」と言いました。すると、西郷は、憤然として次のように言い放ったといいます。「馬鹿者、何を言うか。俺はいつも人を相手にして仕事をしているのではない。天を相手に仕事をしているのだ。人が見ていようが、笑おうが、俺の知ったことではない。天に対して恥じるところがなければ、それでよい」

 

西郷南洲遺訓―附・手抄言志録及遺文 (岩波文庫)

西郷南洲遺訓―附・手抄言志録及遺文 (岩波文庫)

 

他人の目を気にして生きる人生とは、相手が主役で自分は脇役です。正々堂々の人生とは、真理と一体になって生きる作為のない生き方です。天とともに歩む人生であれば、誰に見られようとも、恥をかくことはありません。  
東洋思想を象徴する言葉に「天人合一」があります。
天、つまり宇宙と人生とは別のものではなく一貫しているという意味です。宇宙には「道」という根本的な法則性があって、宇宙の一員である人間も、そこを外れては正しい人生も幸せな人生も歩むことができません。


西郷の座右の銘であった「敬天愛人

 

それに対して、西洋では「天」つまり自然と人間とを対立するものととらえてきました。人間は自然の一部というより、自然は人間が征服すべきものという考え方です。その成れの果てが、地球の環境破壊ではないでしょうか。


天を相手に正々堂々と生きたい!

 

西郷隆盛は明治以後の日本人で最も人徳、人望のあった人物と言われています。わたしも天を相手に正々堂々と仕事し、生きたいものだと願っています。なお、今回の西郷隆盛の名言は、『孔子とドラッカー新装版』(三五館)にも登場します。
「令和」への改元まで、あと12日です。

 

 

 2019年4月19日 一条真也

「令和」の時代に礼の輪を!

一条真也です。「天下布礼」に休みなし!
全互連の理事会に出席するため16日に東京に飛び、17日に全互協の正副会長会議および委員長会議を終えてから北九州に戻りました。18日は、早朝から松柏園ホテルの神殿で月次祭が行われました。

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拝礼する佐久間会長

f:id:shins2m:20190418081608j:plainわたしも拝礼しました

f:id:shins2m:20190418082042j:plain神事の最後は一同礼!

 

皇産霊神社の瀬津神職が神事を執り行って下さり、祭主であるサンレーグループ佐久間進会長に続いて、わたしが社長として玉串奉奠を行いました。わたしは、社業の発展と社員のみなさんの健康を祈願しました。

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冒頭に話す佐久間会長

 

神事の後は、恒例の「天道塾」を開催しました。
まずは佐久間会長が登壇し、最初に福岡県知事選挙の結果と今後の街づくりについて話しました。それから、最近の話題の人物として、大相撲新大関貴景勝、引退を発表したプロ野球イチロー選手、柔道家山下泰裕氏などについて話しました。

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訓話を行う佐久間会長

 

それから佐久間会長は「令和」という新元号を取り上げ、「和」という字から聖徳太子の「和をもって貴しとなす」を思い浮かべるとして、十七条憲法を参考にした天道思想「良心の掟」なるものを17個披露しました。内容は、「正直であれ」「人を傷つけるな」「弱者をいじめるな」「人に優しくあれ(思いやりをもて)」「自分に厳しくあれ」「約束は守る」「卑怯な行いをするな」「前向きに生きよ」「他人に迷惑をかけない」「他人と仲良くせよ」「感謝の心を忘れない」「素直な気持ちを保て」「謙虚さを忘れない(謙のみ福を受く)」「明るくあれ(陽気にふるまう)」「努力を怠るな」「慎み深く驕るなかれ」「勤勉を旨とせよ」です。かつて佐久間会長は「国に憲法、人に礼法」との名言を吐きましたが、「良心の掟」はまさに十七条礼法であると思いました。

f:id:shins2m:20190418090819j:plainわたしが登壇しました

 

それから、社長のわたしが登壇して講話をしました。
冒頭、ブログ「『桜を見る会』に参加しました」で紹介した行事について報告しました。それから、「新元号は『令和』に決まりました」と述べ、以下のような話をしました。
官房長官が最初「レイワ」と口にしたとき、「ヘイワ」と聞こえて「平和」が新元号かと一瞬思いました。また、「令和」の「令」が「礼」だったら最高なのにとも思いました。しかしながら、新元号は「令和」です。
「令」の字といえば、じつは「天下布礼」とパソコンやスマホに打ち込んだとき、いつも最初は「天下布令」と出てきます。わたしは「令」の字を「礼」に変換するという作業を繰り返しています。新元号発表後に記者会見を開いた安倍首相によれば、『万葉集』三十二首序文の「初春の令月にして、気淑く風和ぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫す」が出典です。

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「令和」について話しました

 

安倍首相は、「令和は、人々が美しく心を寄せ合う中で、文化が生まれ育つという意味です。典拠となった『万葉集』は幅広い階層の歌がおさめられた日本の豊かな国柄をあらわす歌集であり、こうした日本が誇る悠久の歴史と香り高い文化、四季折々の自然の美しさという伝統を後世へ繫いでいく。また、厳しい冬の後に花開かせる梅の花のように、国民ひとりひとりがそれぞれの花を大きく開かせることが出来る時代になってほしい。その想いこめるにふさわしい元号として閣議で決定いたしました」と述べました。

f:id:shins2m:20190418091755j:plain「和」の出典は『論語

論語 (岩波文庫 青202-1)

論語 (岩波文庫 青202-1)

 

 

また、「令和」を考案したと有力視されている国文学者の中西進氏は、「読売新聞」のインタビューに応じ、「元号の根幹にあるのは文化目標」とした上で、令和の「和」について「『和をもって貴しとせよ』を思い浮かべる」と述べ、十七条憲法の精神が流れているとの考えを語りました。聖徳太子の「和をもって貴しとせよ」のルーツは『論語』で、「有子が日わく、礼の用は和を貴しと為す。先王の道も斯れを美と為す。小大これに由るも行なわれざる所あり。和を知りて和すれども、礼を以ってこれを節せざれば、亦た行なわれず。」〈学而篇〉という言葉があります。「みんなが調和しているのが、いちばん良いことだ。過去の偉い王様も、それを心がけて国を治めていた。しかし、ただ仲が良いだけでは、うまくいくとはかぎらない。ときには、たがいの関係にきちんとけじめをつける必要もある。そのうえでの調和だ」という意味ですね。

f:id:shins2m:20190418092047j:plain「令和」の出典は『万葉集

原文 万葉集(上) (岩波文庫)

原文 万葉集(上) (岩波文庫)

 

 

この「令和」という新元号ですが、史上初の日本古典に基づいた元号と言う意味で、大変画期的かと思います。国際社会の中で「日本らしさ」が求められる昨今、その原点とも言える『万葉集』から引かれたことは、大きな意味と節目になるかと思います。また、引用元の「令月」は何を行うのにも良い月、もしくは2月の異称とのことですが、元号とその由来に「月」と当社が目指す「和」がこめられていることは、わがサンレーにとっても大変意義深い元号なのではないでしょうか。

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梅の花は東アジアの平和のシンボル

 

それから、「令和」が梅の花を詠んだ和歌に由来することに感銘を受けました。現在の日本は桜の開花で賑わっていますが、この時期に梅の花に由来する元号が発表されたことは興味深いです。梅の花を見ると、わたしはいつも『論語』を連想します。わたしは、日本・中国・韓国をはじめとした東アジア諸国の人々の心には孔子の「礼」の精神が流れていると信じています。ところが、いま、日中韓の国際関係は良くないです。というか、最悪です。三国の国民は究極の平和思想としての「礼」を思い起こす必要があります。それには、お互いの違いだけでなく、共通点にも注目する必要があります。そこで重要な役割を果たすのが梅の花です。日中韓の人々はいずれも梅の花を愛します。日本では桜、韓国ではむくげ、中国では牡丹が国花または最も人気のある花ですが、日中韓で共通して尊ばれる花こそ梅なのです。

f:id:shins2m:20190418092431j:plain梅は気高い人間の象徴


この意味は大きいと思います。それぞれの国花というナンバー1に注目するだけでなく、梅というナンバー2に着目してみてはどうでしょうか。そこから東アジアの平和の糸口が見えないものかと思います。梅は寒い冬の日にいち早く香りの高い清楚な花を咲かせます。哲学者の梅原猛氏によれば、梅とは、まさに気高い人間の象徴であるといいます。日本人も中国人も韓国人も、いたずらにいがみ合わず、偏見を持たず、梅のように気高い人間を目指すべきではないでしょうか。各地の梅の名所は、海外からの観光客の姿が目立ちます。わたしは、戦争根絶のためには、ヒューマニズムに訴えるだけでなく、人類社会に「戦争をすれば損をする」というシステムを浸透させるべきであると考えます。梅原氏は今年の1月に逝去されましたが、「令和」という元号そのものが梅原氏の遺言のような気がしてなりません。

f:id:shins2m:20190418091115j:plain守っていかなければならないものとは

 

大きく社会の様子が変化している現在だからこそ守っていかなければならないものがあります。それこそ、元号に代表される古代からの伝統であり、わが社が業とする儀式なのです。今回の改元が行われる曲折の中で、情報システム上の問題から、企業の元号離れが進んだといわれています。国際化などが進展する現代において、基準となる西暦以外の紀年法は必要ないのではないかという意見も聞こえました。

f:id:shins2m:20190418092732j:plain元号は日本固有の文化である

 

もちろん、元号不要論の中には、単に西暦と併記することが億劫だからという理由もあるのでしょうが、果たしてそんな理由でこれまでの伝統をなくしてしまって良いのでしょうか? わたしの答えは「否」です。元号であれば、「大化」以降約1400年あまりにわたって受け継がれてきた伝統であり、今回の「令和」に至るまで、平成を含めて約250を経ています。これはルーツとなった中国においても既に喪われてしまったもので、現在は日本固有の文化だということができるでしょう。


和を求めて』(三五館)

 

ここに見える希少性は、無論、今後も元号を続けるべき理由のひとつですが、それ以上に、元号にはこれまで日本が歩んできた道のりや、その時代を生きた人々の想いが凝縮されたものであることが何よりも大切なのです。今回の「令和」であれば、「昭和」に続いて「和」の一字が入ったことが大きいです。拙著『和を求めて』(三五館)でも述べたように、「和」は「大和」の和であり、「平和」の和です。日本の「和」の思想こそが世界を救うのではないかと思います。

儀式論』(弘文堂)

 

それは儀式においても同様です。拙著『儀式論』(弘文堂)、『決定版 冠婚葬祭入門』『決定版 年中行事入門』(ともにPHP研究所)にも書きましたが、冠婚葬祭・年中行事に代表される儀式は、これまで日本人が培ってきた文化の淵源すなわち「文化の核」であり、元号と同じく、携わる人間が想いをこめて紡ぎ上げてきた、かけがえのない存在です。そのように重要な存在を、効率化や文明化の美名を被った「面倒くさい」という意識のもとになくしてしまうことは、決して許されるものではありません。

f:id:shins2m:20190418124647p:plain決定版 冠婚葬祭入門』と『決定版 年中行事入門』 

 

そもそも、現代のわたしたちが「改元」や「儀式」を体験できることは、過去のご先祖様たちがわたしたちへ、この文化を繫いできてくれたからです。それを中継地点に過ぎないわたしたちが勝手に途切れさせてしまうことは「おこがましい」としか表現のしようがありません。世の中には本当に意味のない、ムダな作法「虚礼」が存在することも事実です。このようなものは淘汰されてしかるべきですが、不易と流行の間にある線引きをどこに置くかについて、新時代を迎える今、わたしたちは慎重の上にも慎重に考えを巡らせなければなりません。

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儀式の時代が花開く!

 

ともあれ、ついに新たな元号「令和」が決定しました。これから今上陛下の御譲位また皇太子殿下の新天皇への御即位にあたり、日本文化の核ともいえる践祚と即位に関する儀式群が幕を開けます。儀式に携わる者として、いま、この時に立ち会えた幸運に感謝し、その推移を見守らせていただくとともに、これから迎える新たな御代が誰にとっても平穏で、そして儀式の華ひらく時代となることを心より願う次第です。

f:id:shins2m:20190419084525j:plain礼を求めて』(三五館)

 

拙著『礼を求めて』(三五館)にも書きましたが、儀式は「礼」を形にしたものです。「礼」をハードに表現したものがセレモニーであり、ソフトに表現したものがホスピタリティではないかと思います。そして、「礼」は究極の平和思想です。先程述べた日中韓の三国には孔子の説いた「礼」の思想が生きているはずですので、ぜひ三国間で友好関係を築いてゆきたいものです。また、日本人の間においても「礼」を大切にするべきです。至るところで冠婚葬祭が大切にされ、「おめでとう」と「ありがとう」の声が行き交うハートフル・ソサエティを実現したいものです。「令和」の出典である『万葉集』に収められている和歌で最も多いのは相聞歌と挽歌、つまり恋愛と鎮魂がテーマです。まさに冠婚葬祭そのものではありませんか!

f:id:shins2m:20190418093450j:plain「令和」とは「礼輪」である!

 

最後に「令和の時代に、礼の輪を!」と訴えてから、わたしは降壇しました。すると佐久間会長が登壇して、わたしの「礼輪」にインスピレーションを得たのか、今年の見事な初日の出に言及し、「まんまるく まんまるまるく まんまるく まんまるまるい 令和の日の出」という歌を即興で詠みました。うーん、これぞ老人力ですね。お見事!
「令和」への改元まで、あと13日です。

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改元まで、あと13日!

 

2019年4月18日 一条真也

あらゆる音は「阿」からはじまる   

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すべての教えのもとになっているのが、「阿」という文字だ。誰しも、最初に口を開いたときに発せられる音は、「阿」だ。「阿」の音を離れては、どんな言葉も成立しない。それゆえ「阿」こそが、あらゆる音の母といえる。(『梵字悉曇義』)

 

一条真也です。
空海は、日本宗教史上最大の超天才です。
「お大師さま」あるいは「お大師さん」として親しまれ、多くの人々の信仰の対象ともなっています。「日本のレオナルド・ダ・ヴィンチ」の異名が示すように、空海は宗教家や能書家にとどまらず、教育・医学・薬学・鉱業・土木・建築・天文学・地質学の知識から書や詩などの文芸に至るまで、実に多才な人物でした。このことも、数多くの伝説を残した一因でしょう。

 

 

超訳空海の言葉

超訳空海の言葉

 

 

「一言で言いえないくらい非常に豊かな才能を持っており、才能の現れ方が非常に多面的。10人分の一生をまとめて生きた人のような天才である」
これは、ノーベル物理学賞を日本人として初めて受賞した湯川秀樹博士の言葉ですが、空海のマルチ人間ぶりを実に見事に表現しています。
わたしは『超訳 空海の言葉』(KKベストセラーズ)を監訳しました。現代人の心にも響く珠玉の言葉を超訳で紹介しています。「令和」への改元まで、あと14日です。

 

2019年4月17日 一条真也

『最強レスラー数珠つなぎ』  

最強レスラー数珠つなぎ

 

 

一条真也です。
『最強レスラー数珠つなぎ』尾崎ムギ子著(イースト・プレス)を読みました。当ブログの読者のみなさんはご存知のように、わたしはプロレスを愛する者です。ブログでも、これまで数多くのプロレスに関する本を紹介してきました。「もう、プロレス本はいいわ」と思うのですが、その一方で、ときどき無性にプロレス本が読みたくなります。そんな時に、アマゾンで本書を知って購入しました。
著者は1982年4月11日、東京都生まれ。上智大学国語学部卒業後、リクルートに入社。求人広告制作に携わり、2008年にフリーライターとなる。「日刊SPA!」、「ダ・ヴィンチ」などでプロレスの記事を中心に執筆。プロレス本の編集・構成も手がけ、本書がデビュー作となります。

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本書の帯

 

 本書の帯には、「あなたが最強だと思うプロレスラーを指名してください」「プロレスとは? 強さとは? 生きるとは?」「強い者には常識を打ち壊す力がある! ムギ子さんにもその資質を感じます」(佐山サトル)「強さとは何か? 世の男共の永遠のテーマ。ちょっと変なムギ子さんでなければ書けない本だ」(藤原喜明)と書かれています。

f:id:shins2m:20190325154348j:plain本書の帯の裏

 

帯の裏には、「総勢19名、団体の垣根を越え、奇跡のバトンがつながれた――。プロレスラーが『自分より強いと思うレスラー』を指名する――『日刊SPA!』連載時から物議をかもした問題作がついに単行本化!!」「[特別対談]『強さを求めて』佐藤光留×尾崎ムギ子」と書かれています。
さらにカバー前そでには、「『私にはもうプロレスしかない・・・・・!』 廃業寸前のライターを救ってくれたのはプロレスだった!」と書かれています。

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本書のカバー裏表紙

 

本書に登場するレスラーは、宮原健斗ジェイク・リー中嶋勝彦鷹木信悟岡林裕二関本大介佐藤光留崔領二鈴木秀樹、若鷹ジェット信介、石川修司田中将斗、垣原賢人、鈴木みのる小橋建太、髙山善廣、前田日明佐山サトル藤原喜明藤原敏男の19名ですが、わたしの知らない若いプロレスラーもたくさんいました。

 

「はじめに」で、新宿歌舞伎町のバーで著者がノンフィクション作家の柳澤健氏に出会います。柳澤氏といえば
ブログ『完本 1976年のアントニオ猪木』ブログ『1964年のジャイアント馬場』、そしてブログ『1984年のUWF』で紹介した本の著者ですが、プロレスに興味を持ったという著者に対して、柳澤氏は次のように語ったのでした。
「女子がプロレスに魅了されるのは当然です。戦後、アメリカのプロレスは、専業主婦が支えていたんですよ。男たちが戦争に行っている間は外に出て仕事をしていた女性たちは、テレビでガタイのいい男たちの闘いを観て欲求不満を解消していたんです。テレビだけでは満足できない女性はプロレス会場に足を運び、プロレスラーが泊まるホテルに押しかけて関係を持つ女性まで現れた。アメリカに限った話ではありません。江戸時代には、お金持ちのおばさんが歌舞伎役者を買う“役者買い”が普通にあった。『いい男に抱かれたい』という女性の秘めた欲望が、プロレスを観て全開になってもおかしくはない。行動に移すかどうかはともかくとして」

 

廃業寸前のライターだった著者は、プロレスのプの字も知らない状態でプロレスの記事を書きました。「プロレスはショー」、「最強より最高」と。この記事がTwitterで大炎上しました。騒動の発端は、佐藤光留というレスラーのツイートで、彼は「書いた人間を絶対に許さない」と怒っていました。著者はこう書いています。
「ひとり目のレスラーは、わたし自身が指名することにした。パンクラスMISSION著者が所属・佐藤光留。件の記事に噛みついてきた人だ。連載タイトルに“最強”という言葉を使うことにしたのは、『最強より最高』というフレーズに佐藤が怒りを露わにした。そのことが、わたしのなかでずっと引っ掛かっているからだ。強さとはいったいなんなのか。この連載を通して探っていきたい」

 

佐藤と発対面した著者は、「その節は気分を害してしまい、大変申し訳ありませんでした。改めて、なぜ佐藤選手があの記事に憤りを感じたのか、教えていただけますでしょうか」と問います。それに対して、佐藤はこのように答えました。
「女性がビジュアルから入ったり、『試合が面白いければどっちが強いかなんて関係ない』っていう見方をしてプロレスに携わってくるのは、全然かまやしないんですよ。ただ、メディアが紹介するときに、『いまは強さなんてそんなに関係ないんだよ』みたいなことを言われると、やっているほうからしては、その生き死にで生活しているんだっていう話です。僕は保育園の卒園文集に『プロレスラーになる』と書いたので。それ以外の人生を送ってきていないですから。物書きのかたの場合だと、『誤字脱字を見つけるのがブームなんだよ』と言われるのと一緒です。いや、そこじゃねえじゃん、っていう」
これは、うまいことを言うなと感心しました。確かにそうです。

 

1984年のUWF

1984年のUWF

 

 

パンクラス鈴木みのるの弟子だった佐藤光留にはじまって、さまざまな若手レスラーを渡り歩いた後、著者は初代タイガーマスク佐山サトルに会います。これは著者にとって至福の出来事でした。なぜなら、著者は「佐山女子会」を結成したからです。著者は「きっかけは、『1984年のUWF』(柳澤健著/文藝春秋)。プロレスに憧れ、失望し、それでも新格闘技という道を切り拓こうとする佐山青年は、儚さを帯びたヒーローそのものだった。ああ、佐山さんのすべてが好きだ! 闘いも、見た目も、思想も、歌が上手なところもすべて!」と述べています。

 

続けて、著者は以下のように書いています。
「当時の私は、どん底だった。仕事がない。貯金は底をついた。このままでは飢え死にしてしまう・・・・・・。佐山さんだけが、心の支えだった。頑張って生きていこう。生きていれば、いつか佐山さんに会えるかもしれない。それだけを夢見ていた。夢は突然、叶うことになった。この連載でノアの中嶋勝彦選手が、“最強レスラー”として佐山サトルの名前を挙げたのだ。『へえ、佐山さんですか。意外ですね』と平静を装いながら、私の体は小刻みに震えていた。オフィスを後にした瞬間、涙が頬を伝った。こうして私は、憧れの佐山さん、否、『佐山先生』(プロレス界ではそう呼ぶ)に会いに行くことになった」

 

佐山に会った著者は、佐山女子会の会長であることを告げ、「わたしは会長として、佐山先生の歴史や思想を発信していきたいと考えているんです」と言います。それに対して、佐山は次のように述べました。
「30年前、修斗を作りましたけども、天覧試合をやりたいとか、相撲のようなものを作りたいとか、精神的なものと共にあるものを作りたかったんですね。それでタイガーマスクを辞めて格闘技の世界に入ったわけですが、若気の至りって言うんですかね。哲学も科学もなにも知らなかったものですから、実現できなかったんです。でも、いまならできるんですよ。そういうことばっかりが、僕の本心なんです。科学的なものとか、本当の強さとはなにか、とかね。いま、その最終段階にいるわけです」

 

 

「新たなる格闘技を作ろうとしているのでしょうか?」と問う著者に対して、佐山はこう語ります。
「格闘技ではないですね。格闘技の精神的なものですね。仏教であったり、儒教であったり、儒教の中にある朱子学であったり、陽明学であったり。グローバル主義の中に流れているものも取り入れなくてはならないし、神道的な普遍的無意識もそうですよね。歴史も大切ですし、精神学も大切ですし、それらを全部まとめなきゃいけないわけです。なにがしたいかと言うと、祠(ほこら)とか、洞穴に籠もりたいんですよ。集中したいんですね。いまやっていることはすべて人に任せて、核心の部分を求めたいんです」
うーん、なんだか、わたしと話が合いそうですね!

 

憧れの人へのインタビューを終えた後、著者はこう述べます。
佐山サトルは天才だ。ゆえに、だれからも理解されない。人は、人から理解されないと、どんな気持ちがするのだろう。悲しいのだろうか。誇らしいのだろうか。孤独なのだろうか。佐山サトルはずっと、孤独の中に生きているのだろうか。かつて初代タイガーマスクとして一世を風靡した青年は、60歳を目前にして『洞穴に籠もりたい』と話す。
佐山女子会は、永遠に続けよう――。穏やかな笑顔の中に見え隠れする、“佐山さん”の寂しげな瞳を見つめながら、私はただ、そう心に決めた」

 

 

佐山サトルが「自分以外で最強だと思う男」として紹介したのはプロレスラーではなく、元キックボクサーの藤原敏男でした。著者は述べます。

「『機動隊が50人、襲いかかってきたらしいです。それをすべてかわしたら、今度は柔道の猛者たちがやってきた。捕まった藤原先生の身元引受人になったのが、黒崎先生だったとか』
藤原敏男の強さを教えてほしいと言うと、弟子の小林聡はそう言って笑った。本人は『若いときは喧嘩もした』と控えめに言うが、おそらく相当、やんちゃをしたのだろう。武勇伝は数知れない。
伝説のキックボクサー。外国人で初めてムエタイの頂点・ラジャダムナン王者になった。タイに行くといまでもレッドカーペットが敷かれ、藤原を見つけるとヒクソン・グレイシーが走ってくるという。ヨーロッパのキックボクシングの拠点になったオランダ目白ジムには、道場の壁一面に藤原の写真が飾られている」

 

キック界のレジェンドに、著者は「藤原先生にとって強さとはなんですか?」と質問します。それに対して、藤原敏男はこう答えます。
「俺は強さに憧れた。でも強さを覚えていくにつれて、乱暴さが消えていく。そして愛に変わってくる。だから、男の強さとは、愛である。これが70歳になって、格闘技人生を生きてきた男の最後の言葉。昔は佐山先生と一緒に暴れもしたけど、暴言、暴力は絶対にダメ。自分の気持ちを愛で包んで、優しい言葉で相手に伝えていかないと。みんなね、自分一人で強くなって生きてるわけじゃないから」

 

そして、藤原敏男は「自分以外で最強の男」として、プロレスラーの藤原喜明の名を挙げます。「格闘技で一番強いのは、プロレスラーなんじゃないかと思うよ」と言う藤原敏男は、「なぜですか?」という著者の質問にこう答えます。
「レスラーは肉体を痛めつけるじゃないですか。そういった意味で、打たれ強いというのかな。デカいし、パワーもあるし。とてつもない技を使うしね。跳んだり跳ねたり、空中殺法なんて立ち技の我々には到底できない。さらに、お客さんを楽しませるでしょ? ありとあらゆる面で、レスラーが一番強いと思う。藤原組長と飲んでて首をグッと絞められたことがあるけど、太刀打ちできなかった。敵わないなと思ったよ」

 

その藤原喜明は、師である「プロレスの神様」ことカール・ゴッチの思い出を楽しそうに語ります。「組長とゴッチさんの関係、本当に素敵だなと思います」と」と言う著者に対して、こう語るのでした。
「俺らって、裸と裸で一緒に汗かいたり、くっついたりしてるわけだよ。ある意味セックスしてるようなもんなんだよな。だから離れていても、普通の友だち以上に、昔の愛人だったような、夫婦だったような、繋がりが深いんだよね。長いトレーニングで一緒に苦しんだり、体と体がくっついたり、汗と汗でビショビショになりながらさ。プロレスラーってそういう関係なんだよ」

 

 

「組長が思う強さとはなんですか」という問いに対しては、藤原喜明は「ちょっと答えは違うかもしんないけど、ルールに基づいて、勝ったもんが強いんだ。だけど、努力ばっかりじゃ強くなれないからね。努力で村一番にはなれても、日本で一番とか、世界で一番にはなれない。DNAだよ。努力しましたって言ったって、努力できるDNAかもしれないし。だから強いからって、偉いとは限らないよ。年取ると、いろんなことが分かってくる。ガンをやってから、余計にな」と語ります。

 

また、「プロレスとは、プロレスラーとは、どういうものでしょうか」という問いに対しては、「プロレスラーは、強くて当たり前。プラスアルファだよ。いくら『俺は強いんだ』って言ったって、お客さんがつまんないなと思ったら、二度と来てくれないからね。でもね、本物はやっぱり綺麗なんだよ。藤原敏男さんのハイキックだって綺麗だしな。本物は美しい。美しいから、お客さんが来る」と答えるのでした。

 

 

藤原喜明が指名した「最強の男」は、前田日明でした。
前田に対して著者は「関節技は、前田さんにとってどのようなものですか」というガチンコの質問をしますが、前田はこのように語りました。
「猪木さんも山本(小鉄)さんも、若手の頃にアメリカ修行で行った場所はテネシー州なんですね。テネシー州っていうのは、太平洋戦争での戦死者が一番多い州なんです。だからプロレスでも、日本人がヒールで扱われたりとか、日本人をバカにするような取り決めだったんですね。正統派として出たとしても、相手のアメリカ人がショーとしてのプロレスをやってくれずに、ガチンコを挑んできたりとか。
あの2人は、“やられた喧嘩は買ってやり返す”っていう経験をいっぱいしている人たちなので、『外人にバカにされちゃいけないよ。向こうがルールを破ってきたら、ヤッていいんだよ』っていう教育だったんです。俺の場合、『ヤッていいんだよ』というところだけが大きくなりすぎましたけど(笑)」

 

また、「総合格闘技を創設したのは、佐山さんなのでしょうか? 前田さんなのでしょうか?」と、これまたガチの質問をする著者に対して、前田は優しく答えます。
「だれが創ったとかじゃなくて、そういうことを目指している時代だったんですよ。当時、盛んに言われていたのは、実践空手の影響で、なにが一番強いんだろうかということ。組めばいいのか、投げればいいのか、殴ればいいのか、蹴ればいいのか。みんなが、せーのでやったら、だれが一番強いのか。そうなると、ルールとして総合格闘技的になるしかなかったんです。
佐山さんはUWFにルールだとかいろいろ持ち込みましたけど、それはUWFという団体のためのアングルだったんですよ。簡単に言うと、言い訳のためにルールを作ったんです。『UWFって危険なんだよ、だからルールがいるんだよ』と。でも実際にやっているのはプロレスなんですよね」

 

さらには、「前田さんのプロレス観をぜひ教えてください」と言う著者に対して、前田はこう答えます。
「プロレスはね、究極のアスリートスタントマンがやるメロドラマですよ。真面目にやるとこれほどキツくて危ないスポーツはない。でも手を抜けば、これほど楽なスポーツはない。両極端なんです。だから面白いんですよね。こっちの極端とこっちの極端が試合することもありますしね。
いまプロレスは活気を呈しているように見えるんですけど、昔と比べるとまだ低調なんです。昔は人口10万人くらいのところでも、3000、4000人、普通に入りましたから。ちょっと不況を脱したから浮かれちゃってね、スタントマンを飛び越して、サーカスになってるんですよ。だから危険なんです。スタントマンは、危険なことを危険でないようにやる。サーカスは、危険なことを危険にやるんです」

 

そして、「強さとはなんだと思われますか」という質問に対しては、前田はこのように答えました。
「強さとは、しつこさです。しつこい人は諦めないでしょ。負けを認めないから、延々と努力するんですよね。しつこいフリをしている人は違いますよ。それはただのわがままです。本当にしつこい人間は、『ちくしょう。そうはいくかい。いまに見てろ』って、虎視眈々と機会を狙う。しつこくて、執念深い。それが強い人ですよ。プロレスに限らず」

 

前田日明インタビューからほどなくして自分の体の異変に気づいたという著者は、以下のように書いています。
「病院で検査を受けると、卵巣に腫瘍が見つかった。レントゲンを撮ると影があり、悪性の可能性が高いとのことだった。つまり、癌かもしれない。死ぬかもしれない。まだちゃんと生きてもいないのに。
死の恐怖に怯えながら、病室でUWFの試合映像を繰り返し見た。涙が止まらなかった。これが真剣勝負か否か、私にはどうでもよかった。前田日明は強い。佐山サトルも強い。プロレスラーは強い。プロレスはいつだって、私に力をくれる。それだけがリアルだった。祈るように、私はUWFの試合映像を繰り返し見た」

 

著者は「病気が悪性だった場合、闘病生活を送ることになる。良性だった場合・・・・・・。それでも私には、『強さとはなにか?』をこの先追求していく自信がもうなかった。世界が突然、色褪せてしまった。この連載を終えようと思った」という著者には、最後にどうしてもインタビューしたい人がいました。
その人物の名は、高山善廣。2017年5月4月日、DDT豊中大会にて頭部を強打し、大阪市内の病院に搬送されたプロレスラーです。検査の結果は、「頸髄損傷および変形性頚椎症」。その後の発表によると、呼吸もできない上に、心臓停止のトラブルも発生していました。医師の判断が「頸髄完全損傷」に変更され、現状では回復の見込みがないことが明らかにされました。

 

がんを乗り越えて復帰した経験を持つプロレスラー・小橋健太は、復帰時に高山善廣をタッグパートナーとしました。高山が頸髄完全損傷で回復の見込みがないと知ったとき、「言葉にできなかった」と小橋は言いました。激闘を繰り広げた思い出。タッグを組んだ思い出。いつでも熱く、優しかった高山の姿が、走馬燈のように浮かんできたのです。小橋は「意識があるのに動けない苦しさを思うと、胸が詰まります。けれど高山選手の熱い闘いは、僕の心の中にも、ファンのみんなの心の中にも残っている。高山選手が立ち上がることで、励まされる人がたくさんいるはず。見る人を元気にするのがプロレスラーです。ベッドの上にいても、プロレスラーであり続けてほしいと思います」と語りました。

 

高山とともにプロレス界を縦横無尽に暴れ回ったのが鈴木みのるでした。鈴木が自身のベストバウトの1つに挙げるのは、2015年7月19日、プロレスリング・ノア旗揚げ15周年記念大会です。高山は鈴木の持つGHCヘビー級王座に挑戦。鈴木はパイプ椅子で高山の頭部を殴り、高山は大流血。試合内容に納得しない観客から、リングにゴミが投げ入れられた。しかし鈴木はあの試合を振り返って、「なに1つ後悔はない」と話しました。そして、「もしもあの試合で受けたダメージが現在の彼の状況に繋がっていたとしても、後悔はないです。本人もないと思います。タッグを組んだら一緒に全力で闘って、笑い合って、敵になったら全力で殴り合える。そんな友達、なかなかいないですよ。友達だから全力で殴り合えた。手を抜いたら逆に怒られそうで」と語りました。

 

 

著者は、以下のように書いています。
「ノアと敵対した鈴木に対し、高山は『俺は三沢さんにお世話になったから、ノア側につく』と宣言。それから二人は会話をしなくなり、プライベートで会うこともなくなった」
そして2017年5月、高山の体は動かなくなりました。高山の治療費を集めるための「TAKAYAMANIA」設立記者会見で、鈴木は泣きました。泣きながら、高山への募金を呼びかけました。著者は「ヒールの中のヒール。通称、“世界一性格の悪い男”。その男は友達のために、日本中の前で泣いた」と書いています。

 

そして、著者は以下のように書いています。
「プロレスラーは皆、強さを求め、もがき、苦しみながら、リングの上に立っている。生きることは、ときに苦しい。現実から目を背けたくなることもある。しかしプロレスラーは、目の前の対戦相手から逃げない。真正面から相手の技を受け、やられてもやられても立ち上がる。そんな彼らの姿を見て、俺も、私も、立ち上がらなければいけないと思う。プロレスを見ること。それは、自分自身と向き合う作業だ。
3年半前、私はプロレスと出会った。最初はプロレスの記事を書くのが、楽しくてしかたがなかった。しかし続けるにつれ、書くことがつらくなっていった。『素人が分かったようなことを書きやがって』と、批判されることも少なくなかった。追いかければ追いかけるほど、プロレスは遠く離れていくように感じた。しかしいまは、それでもいいと思っている。プロレスはいつまでも遠く、私はいつまでも、その尊い幻を追いかけていきたい」

 

最後に「プロレスとはなにか? 強さとはなにか?」と自問する著者は、「それは、生きるということ。生きて、闘うということ。いつか命が絶えるとき、決して、後悔しないように」と答えるのでした。著者の卵巣にできた腫瘍は良性でした。
著者がこれからどのような恋愛をして、どのような結婚をして、どのような人生を歩むのかは知りません。でも、ひとつだけ分かることがあります。著者は、これからも多くの読者に生きる勇気を与えるような本を書き続けていくだろうということです。プロレスにおける強さを人生における強さにまで高めた一連のインタビューは素晴らしいと思いました。著者の次回作が楽しみです。「令和」への改元まで、あと15日です。

 

最強レスラー数珠つなぎ

最強レスラー数珠つなぎ

 

 

 2019年4月16日 一条真也

『『週プロ』黄金期 熱狂とその正体』

『週プロ』黄金期 熱狂とその正体 活字プロレスとは何だったのか?

 

一条真也です。
『『週プロ』黄金期 熱狂とその正体』『俺たちのプロレス』編集部著(双葉社)を読みました。「活字プロレスとは何だったのか?」というサブタイトルがついています。かつて、わたしも毎週夢中で読んでいた『週刊プロレス』の黄金期を振り返り、そのブームの意味と意義を考える本です。

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本書の帯 

 

カバー表紙には、1995年4月2月日、ベースボール・マガジン社主催のオールスター戦「夢の懸け橋」が行われた東京ドームのリング上で橋本真也と向かい合って立つターザン山本の写真が使われています。帯には「みんなで真剣に本気でプロレスに関わった。観た! 感じた! 語った! 狂喜乱舞した!」(第二代編集長 ターザン山本)と書かれています。

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本書の帯の裏 

 

帯の裏には、「眠らない編集部が発信し続け、『業界』を震撼させた“活字"の正体とは」「さまざまな形で『週プロ』に関わった21名の証言」「杉山頴男(初代編集長)/ターザン山本(第二代編集長)/濱部良典(第三代編集長)/市瀬英俊(元記者)/安西伸一(元記者)/小島和宏(元記者)/佐久間一彦(第七代編集長)×鈴木健.txt(元記者)/鶴田倉朗(元記者)/谷川貞治(元格闘技通信編集長・元K-1プロデューサー)/金沢克彦(元週刊ゴング編集長)/永島勝司(元日本プロレス取締役)/大仁田厚宮戸優光、他」と書かれています。

 

アマゾンの「内容紹介」は、以下の通りです。
「『週刊プロレス』、全盛期には公称40万部を誇る怪物雑誌として多大なる影響力を持っていた。スキャンダラスな誌面、取材拒否など事件の数々・・・・・・。今だからこそ語れる『週プロ』の真実を当時の記者たちはもちろん、プロレスラーや団体関係者、鎬を削っていたライバル誌の記者たちの証言をもとに、インターネットが発達した現在では二度とないであろう活字プロレスという“熱狂"を検証します」

 

本書の「目次」は、以下のようになっています。

『週プロ』とは狂気の沙汰だった(ターザン山本

第1章 『週プロ』誕生前夜

証言①杉山頴男(初代編集長)

  「業界誌からの脱却がプロレス・ジャーナリズムを変えた」

証言②井上譲二(元週刊ファイト編集長)

  ターザン山本の「裏面史」

第2章 第二代編集長 ターザン山本 

証言③安西伸一(元記者)

  青春の全てを捧げた『週プロ』劇場

証言④更級四郎(イラストレーター)

  週刊化の舞台裏と「オリガミ」での密談

証言⑤小佐野景浩(元週刊ゴング編集長)

  水と油だった『ゴング』と『週プロ』

第3章 公称40万部の怪物雑誌

証言⑥谷川貞治(元格闘技通信編集長)

  「編集芸人」ターザン山本

証言⑦小島和宏(元記者)

  「明日死んでもいいと思っていた」

証言⑧大仁田厚(プロレスラー)

  「ターザン山本は誌面で“プロレス”をしていたと思う」

証言⑨[特別鼎談]高崎計三(フリーらーたー・編集者)×藤本かずまさフリーライター)×井上崇宏(KAMINOGE編集長)

  斜めからのぞいたターザン山本と『週プロ』

第4章 狂いだした歯車

証言⑩宮戸優光(元プロレスラー)

  「共鳴したUインターと『週プロ』の感性」

証言⑪鶴田倉朗(元記者)

  「ターザン体制」に感じた違和感

証言⑫金沢克彦(元週刊ゴング編集長)

  なぜ『週プロ』が生き残って『ゴング』は滅びたのか

証言⑬永島勝司(元新日本プロレス取締役)

  新日本プロレス取材拒否の真実

証言⑭市瀬英俊(元記者)

  波瀾万丈の『週プロ』黄金期

 第5章 「黄金期」の終焉と「新体制」への移行

証言⑮濱部良典(第三代編集長)

  「専門誌としての基本線に戻すことが僕の役目だった」

証言⑯斎藤文彦(プロレス評論家)

  至近距離から見た『週プロ』興亡史

証言⑰鈴木健(元記者).txt×佐久間一彦(第七代編集長)

  『週刊プロレス』あの頃と今 

終章  兵どもが夢の跡

証言⑱ターザン山本(第二代編集長)

  狂喜乱舞した『熱狂の時代』

 

「『週プロ』とは狂気の沙汰だった」で、ターザン山本は以下のように述べています。
「プロレス雑誌というものは業界的な予定調和で作るか、あるいは読者、ファン、オーディエンス欲望、野望、夢、希望に添って作るか、このどちらかしかない。当然、刺激的なのは後者である。それを最初にやったのは『週刊ファイト』の井上義啓編集長だ。その意思を受け継ぎ、『週プロ』では予定調和を全てぶちこわした。
『週プロ』は週刊誌だから、締め切りがあって絶対に落とすことはできない。1週間ごとに起きた事件、試合をまとめて速攻で作らなければならない。当時はそんな状況下で、自分の考え、プロレス観、感性のクオリティをどうやって保つかだけを考えていた。影響を与えてやろうなどという考えは、一切ない。冷たすぎて凍傷になるほどの冷静さと、熱すぎて火傷するくらいの情熱。この2つの“狂気”で毎週『週プロ』に没頭していた」

 

また、ターザン山本は以下のようにも述べています。
「当時の『週プロ』とは何だったのかと問われれば、量が質を凌駕するほど膨大な『熱量』だったように思う。ファンがUWFに対して持っていたような狂信的な熱。『週刊プロレス』という組織・編集部隊の熱。そしてあの時代が持っていた熱。この3つが奇跡的に合致したことによって、おびただしい量の熱が生み出され、『週プロ』熱狂の時代につながったのではないか。熱というものは、膨張すればより過剰なエネルギーを求める。だからこそ、アクセルを踏み続けて暴走するしかなかった。そんな『週プロ』の過剰性に呼応するように、当時は時代も動いたように思う」

 

この本、21人が証言していると言っても、興味深いのはただ1人、ターザン山本のみです。終章「兵どもが夢の跡」の証言⑱ターザン山本(第二代編集長)による「狂喜乱舞した『熱狂の時代』」では、彼が『月刊プロレス』でアントニオ猪木村松友視の対談「テーブルマッチ」を担当するようになったという話題が出ます。「あの企画もプロレス誌では革命的でしたよね。猪木さんと、プロレス村の外の作家が対談連載するわけですから。あれはどうやって始まったんですか?」というインタビュアーの質問に対して、ターザンは次のように答えます。
「僕が入ったころ、情報センター出版局という出版社が、椎名誠とかクマさん(篠原勝之)とか、ああいう人たちの本を出して、新しいサブカルのムーヴメントを起こそうとしていたんですよ。その流れで、糸井重里さんにプロレスの原稿を書いてもらおうとしたら、『もっとプロレスが好きな人がいるから』と、『中央公論』編集部にいた村松友視さんを紹介したんですよ」

 

私、プロレスの味方です―金曜午後八時の論理 (1980年) (Century press)

私、プロレスの味方です―金曜午後八時の論理 (1980年) (Century press)

 

 

「そうやって出版されたのが、『私、プロレスの味方です』だったわけですか」と言うインタビュアーに対して、ターザンはこう語ります。
「タイトルが良かったこともあって、すごいブームになったんだよね。そうしたら情報センター出版局が朝日新聞に広告を出して、それを見た杉山さんが『天下の朝日新聞に、広告とはいえ“プロレス”という文字が出た』と、興奮して、『村松さんを取材してこい』と俺が命令を受けたんだよ。村松さんは、ああいう本を出したけど、業界は反発するだろうから、プロレス専門誌はどこも扱わないだろうと腹をくくっていたわけですよ。ところが、僕が来たんでびっくりしたんです」
『私、プロレスの味方です』は当初、業界では黙殺されていましたが、“業界外”の考えを持った『週刊プロレス』の初代編集長の杉山氏が村松氏が起こしたブームに相乗りして、猪木との「テーブルマッチ」が企画されたわけです。

 

そして、「黄金期の『週プロ』が終わった日」として、1995年4月2月日、『週刊プロレス』を発行するベースボール・マガジン社が東京ドームで開催したオールスター戦「夢の懸け橋」が言及されます。この大会には、メジャー・インディー・UWF系・女子プロレスから全13団体が参加。ただし「各団体の純潔メンバーでのカードを提供する」といったコンセプトのもと、各団体間の交流戦は一切行われませんでした。第13試合としてのメインイベントは、新日本プロレス橋本真也vs.蝶野正洋でした。全13団体の選手が一堂に会す豪華さと、当時他団体と交流を断っていた全日本プロレスが他団体と同じ興行に参加するといったプレミア性が重なって、会場には6万人の観衆が詰めかけ、大盛況となりました。試合の他には大木金太郎の引退セレモニーも行われました。

 

しかし、この日は『週プロ』黄金期の頂点でもあり、『週プロ』の「終わりの始まり」の日でもあったのです。ターザン山本は「『夢の懸け橋』でまず『終わった』と思い始めて、続く10・9東京ドームでUインターが新日本にやられて死に体になって、翌年の新日本からの取材拒否で完全に終わった。ワンツースリーで俺はやられたよな。だから雑誌にも人の一生と同じように、誕生から死までの過程があるっていうことだよ。それを見事にたどった」と語るのでした。
『週プロ』が黄金期を迎えていた頃、プロレス・ブームの絶頂期でもありました。あの頃、長州力佐山サトル前田日明高田延彦武藤敬司橋本真也も、みんな最高に輝いていました。今では、なつかしい思い出です。
「令和」への改元まで、あと16日です。

 

『週プロ』黄金期 熱狂とその正体 活字プロレスとは何だったのか?

『週プロ』黄金期 熱狂とその正体 活字プロレスとは何だったのか?

 

 

2019年4月15日 一条真也