全互連懇親会in湯田温泉

一条真也です。
12日、ブログ「全互連移動理事会in山口」で紹介した業界の会議は2時間にわたって活発な意見が飛び交い、大いに盛り上がりました。終了後は湯田温泉ユウベルホテル松政の宿泊部屋に移動し、温泉に入りました。


風呂上りは浴衣に着替えて・・・


懇親会に参加しました

風呂上りには浴衣に着替えました。綺麗なモスグリーン色の浴衣です。わたしは、グリーンの不織布マスクを持参していたモスグリーンの小倉織のマスクに替えました。マスクと浴衣がお揃いのようにマッチして、いい感じです。そのまま懇親会の会場に向かいました。懇親会は19時から開催されました。コロナ騒動以来、初めての懇親会です。


乾杯の音頭を取りました


熱心に聴く人びと

懇親会では、全互連の杉山会長の挨拶、担当ブロックである西日本ブロックの荒木ブロック長の挨拶に続いて、前会長であるわたしが乾杯の音頭を取りました。全互連の前会長の仕事の1つに懇親会での乾杯の発声があるのですが、この4年間はコロナ禍でほとんど役目が果たせませんでした。本当に、久しぶりの乾杯の発声です。わたしは、まず、「わたしは5月生まれなので、色はグリーンが好きです。妻の名前も緑です(笑)。グリーンの浴衣によく合っているこのマスクは、小倉織です。小倉織は徳川家康も愛したことで知られる伝統工芸です。小倉藩徳川幕府に忠誠を尽くしてきましたが、それを滅ぼしたのが長州藩でした。彼らは関門海峡を越えて襲ってきたのです」と言うと、また会場が笑いに包まれました。

カンパーイ!

 

わたしは、「まあ、因縁はいろいろありますが(笑)、こうやって全国から仲間が集まって嬉しいです。コロナ禍の間、結婚式はなくなり、葬儀も参列者が激減して、みなさん不安を抱かれたことと思います。しかし、冠婚葬祭という儀式を行うことは人間の本能であり、わたしたちの業界は不滅の産業です。さらに、コロナ後の社会は互助社会であり、全互連は互助会の保守本流です。みんなで力を合わせて、冠婚葬祭の花をもう一度大きく咲かせましょう!」と大きな声で言ってから乾杯しました。


美しい前菜でした


最後の焼きおにぎりが絶品でした!

 

本当に久しぶりの宴会といった感じでしたが、湯田温泉ユウベルホテル松政の料理は素晴らしかったです。前菜も綺麗でしたし、最後の蛤と筍の焼きおにぎりも絶品でした。わたしたちは、料理に舌鼓を打ち、お酒を飲みながら、業界の今後の方向性、互助会の在り方などについて熱い議論を交わしました。


二次会で「娘よ」を歌いました♪

 

懇親会の後、なんと、二次会も開かれました。同ホテルのカラオケラウンジが会場です。ハイボールで乾杯するとカラオケ大会が始まり、わたしは「まつり」を歌ってほしいというリクエストを多数受けました。しかし、今日は思うところあって、芦屋雁之助の「娘よ」を情感たっぷりに歌い上げました♪ しかし、ギャラリーの反応が今一つでした。じつは、6月5日の長女の結婚披露宴でサプライズで歌おうかと思っていたのですが、止めることにしました。


「まつり」は山下・全互協会長が歌いました♪



十八番の「まつり」を、この日、わたしは歌いませんでした。その代わりに、全互協の山下会長がこの歌を歌ってくれました♪ 突然のことで驚きましたが、山下会長の「まつり」は味があって非常に良かったです。最後は、新道前々会長による万歳三唱で仲締めとなりました。仲間たちと大いに語らい、有意義かつ楽しい夜になりました。明日は、金沢に移動します。明後日は、 大額紫雲閣の竣工式に参加します。「天下布礼」に休みなし!


全互連バンザーイ!

 

2022年5月13日 一条真也

全互連移動理事会in山口

一条真也です。
12日の小倉は、朝からしとしと雨でした。わたしは久々の出張ということで、JR小倉駅から新幹線のぞみ32号に乗ってJR新山口駅に向かいました。全国冠婚葬祭互助会連盟(全互連)の移動理事会に参加するためです。今日は、五月に合わせたグリーンのコーディネートです。


JR小倉駅の前で


のぞみ32号の車中で


少しだけ読書しました

 

小倉駅から新山口駅までは18分ですが、いつものクセで車内では読書をしました。『ウルトラマンの伝言』倉山満著(PHP新書)という本です。明日13日からいよいよ映画「シン・ウルトラマン」が公開されるので、鑑賞前にウルトラマン関連の知識について復習しておこうと思ったのです。日本は、巨大な力に苦しめられ続けてきた。闇に怯え、打ちひしがれ、夢や希望を無くしている時代だからこそ、民族の神話が必要なのではないか。気鋭の皇室史学者である著者は、ウルトラマンを日本人の「神話」と見なし、大切なものを「自らの手で守り抜くとは、どういう意味か」「力を得るには、何をしなければならないか」を問います。非常に興味深い内容なのですが、なにぶん18分しか時間がないため、あまり読めませんでした。


JR新山口駅に到着しました


駅前には種田山頭火銅像が・・・


湯田温泉までは送迎バスで移動

 

JR新山口駅に着くと、駅前に種田山頭火銅像を発見しました。日本の自由律俳句の俳人で、山口県佐波郡の生まれ。各地を放浪しながら1万2000余りの句を詠んだ人ですね。わたしは銅像を見ると、一緒に写真を撮らなければ落ち着きません。新山口駅からは送迎バスで、全互連の移動理事会が行われる湯田温泉に向かいました。


湯田温泉ユウベルホテル松政


歓迎の看板がありました


素敵な客室に入りました


部屋に温泉もあります!

ここにある「湯田温泉ユウベルホテル松政」で、移動理事会が開催されます。ホテルに到着すると、すぐチェックインすることができました。わたしの部屋は8階でしたが、広くて快適な客室です。部屋には温泉も付いているので、新型コロナウイルスの感染を心配しなくて済みます。来月5日に長女の結婚式を控えているわたしは、万が一のことを用心して、部屋風呂に入りたいと思います。


客室からの眺め


ノスタルジックな湯田温泉の景観

 

わたしは、全互連の前会長です。
移動理事会というのはわたしの会長時代に始めました。ブロックの垣根にとらわれず、また東京にとらわれず、全国各地の仲間のもとでフランクに会議を行うニュー・スタイルです。全互連は、冠婚葬祭互助会の保守本流です。冠婚葬祭互助会とは、その名通りに「相互扶助」をコンセプトとした会員制組織です。終戦直後の1948年に、西村熊彦という方の手によって、日本最初の互助会である「横須賀冠婚葬祭互助会」が横須賀市で生まれました。そして、横須賀から名古屋へ、さらには静岡へと、全国に広まっていきました。いわゆる「平安閣グループ」と言われている互助会集団が全互連です。


移動理事会の会場


前会長として挨拶しました

 

会議は16時にスタートし、わたしは前会長として挨拶をしました。わたしは、まず、「移動理事会は、わたしの会長時代に始まりました。今回、久々に移動理事会を開催できて、大変嬉しく思います」と言いました。それから「今日、小倉駅から新幹線に乗ったら18分で新山口駅に着きました。こんなに近い山口ですが、じつはあまり来たことがありません。この湯田温泉には維新百年公園というのがありますが、山口すなわち長州藩明治維新を起こしました。そのとき、高杉晋作軍が関門海峡を越えて九州を襲来し、小倉城が燃えてしまうなど、小倉は壊滅的な被害を受けました。それ以来、山口は怖い所、山口の人は怖い人だと思っていたのです。まあ冗談ですが、北海道から沖縄まで、さまざまな土地で互助会事業を営んでいる全互連は本当に素晴らしいと思います。これからも、ぜひ一致団結して、頑張りましょう!」と述べました。


コーヒーとケーキが出されました


理事会終了後、温泉に入りました

その後、コーヒーとケーキが提供されました。隣に座っていた杉山会長が「もうすぐ夕食なのになあ・・・」とつぶやきましたが、しっかりケーキを平らげていました。(笑)わたしは甘いものは苦手ですが、杉山会長につられて食べてしまいました。ブルーベリーのケーキで美味しかったです。移動理事会は2時間にわたって活発な意見が飛び交い、大いに盛り上がりました。その後は宿泊部屋に移動、温泉に入りました。

 

2022年5月12日 一条真也

上島竜兵さん、安らかに!

一条真也です。
お笑いタレントでダチョウ倶楽部のメンバーの上島竜兵さんが亡くなったニュースには驚きました。61歳だったそうですが、ブログ「渡辺裕之さん、安らかに!」で紹介したように66歳で亡くなった俳優の渡辺裕之さんと同じく自ら命を絶たれたようです。


ヤフーニュースより

 

警視庁によれば、11日午前0時頃、上島さんの家族から119番通報がありました。上島さんは東京・中野区の自宅マンションから病院に搬送されましたが、午前1時前、死亡が確認されたそうです。所属事務所は取材に対し、「今は呆然としています」「現在事務所として発表できるのは、亡くなったということだけです」とコメントしています。上島さんは芸能界でも非常に人望があり、自身を中心とする「竜兵会」という集まりもありました。今や人気芸人の有吉弘行、土田裕之、劇団ひとり・・・・・・ダチョウ倶楽部も所属する「太田プロダクション」の後輩メンバーからなる会でした。


ヤフーニュースより

 

10人から15人の芸人がメンバーだったそうですが、毎回のように呼ばれていたのが有吉さんでした。当時の有吉さんは「猿岩石」で大ブレイクを果たすも、解散後は何をやってもうまくいかずに腐っていた時期でした。数千万円あった貯金を使い果たし、それでも元猿岩石のプライドが邪魔してバイトもできずに悶々とし、一時期は「死んだほうが楽かな」と思ったこともあったそうですが、上島さんはそんな彼を無理にでも大勢が集まる場に呼び寄せ、地獄から引っ張り上げたといいます。


ヤフーニュースより

 

その有吉さんは「涙をこぼすのは上島さんの葬式だけ」と語っていたそうですが、2014年7月21日に投稿したツイートには、「上島さんは『俺の葬式の時には、俺の顔に熱湯をブッかけてくれよ!』と言う・・・中々ハードな注文だ。かける方の世間体もあるし・・・でも、まあ世話になったし、やってみるか・・・(もちろん上島さんは存命中です・・・)」と綴っています。上島さんと有吉さんの絆がよくわかるエピソードですね。


ヤフーニュースより

 

上島さんは、新型コロナウイルス感染による肺炎で亡くなった故志村けんさんと親しかったことで知られます。2002年から「志村けんのバカ殿様」(フジテレビ系)の正式レギュラーの他、2006年から志村さんが主催し主演を務めた舞台演劇「志村魂」の一員として、全公演に出演。志村さんとはプライベートでも親交が深かった上島さんですが、志村さん死去後、多くを語りませんでした。しかし、有吉さんが「志村さんが亡くなってもう1年半になりますけども、志村さん寂しくて“竜ちゃん寂しいよ”って天国で呼んでるんじゃないですか?」と冗談を言うと、上島さんは苦笑しながら、「俺は尊敬してるけど、ヤダよ!もし死んだとしても、そういうので死にたくない。呼ばれて死にたくないね」と語っていたばかりでした。

ヤフーニュースより

 

それにしても、渡辺裕之さんといい、上島竜兵さんといい、好感度の高い芸能人が次々に自死するのは何故なのか。渡辺の死因には、「老年性うつ」が大きく影響しているのではないかと週刊誌各誌が報じています。仕事は順調、おしどり夫婦で有名だった渡辺さんでしたが、2017年頃にレギュラーの仕事がなくなり、単発に内容が変化。日々トレーニングをしていても、筋肉や関節の痛みなど体の衰えを感じるようになったといいます。最近の撮影現場では、いつも完璧な渡辺さんが台本を全然覚えていない、突然怒鳴る、財布を取られたと騒ぐなど、数々の異変が見られたともいいます。



渡辺さんと上島さんの共通点は、ともに60代だったことです。会社員でも定年を迎え、人生の岐路に立つとともに、身心の衰えを感じる年代です。ブログ「59回目の誕生日」に書いたように、わたしは59歳になりました。来年はついに60歳になります。「俺ももう60代か・・・」と複雑な気分にもなりますが、まだまだ使命も志も果たしていないので元気をなくしている暇はありません。それに、60歳になれば「還暦祝い」が待っています。「渡辺さんや上島さんはきちんと還暦を祝われたのかな?」と思っていたら、有吉さんから上島さんから祝われている動画を発見しました。上島さんはすごく幸せそうで、その動画を観ながら悲しくなりました。



きっと、渡辺さんも愛する家族から還暦を祝われたのだと思います。しかし、世の中には「年寄り臭くなるから、還暦祝いなんかしなくていいよ」と還暦祝いを拒絶する人も多いといいます。たしかに昔と違って、現代の60歳はそれほど老人ではありません。だからといって、還暦祝いをはじめとした長寿祝いを行わないのは危険なことであると思います。というのも、長寿祝いなどの儀式には不安な「こころ」を安定させる「かたち」だからです。誰でも年齢を重ねて嬉しい人はいません。体も衰えるし、死期も近づくわけですから不安になるのが当然です。でも、家族や仲間たちが長寿を祝うことによって、その不安を安心に変えるのが「祝い」というもののパワーです。わたし自身は、来年、買い置きしている赤のレザーのジャケットでも羽織って、盛大に還暦祝いをしたいと思っています。最後に、リアクション芸の第一人者として伝統芸能の域にまで極めた「竜兵ちゃん」こと上島竜兵さんの御冥福を心よりお祈りいたします。合掌。


2022年5月12日 一条真也

冠婚責任者会議

一条真也です。
11日の11時から、松柏園ホテルバンケットザ・ジュエル・ボックス」で冠婚責任者会議を行いました。いつもは同じ会場に全国の責任者たちが所狭しと一同に会するのですが、新型コロナウイルスの感染防止に最大限に配慮し、福岡県以外の冠婚責任者たちはオンラインで参加。


会場に入るとサプライズが・・・・・・


誕生日を祝う花束をいただきました!


川俣副支配人と


「おめでとう!」と拍手の嵐!

 

わたしが会場に入ると、最初にサプライズがありました。そこにいた参加者全員で「お誕生日おめでとうございます!」と声を合わせて祝ってくれたのです。しかも、松柏園ホテルの川俣副支配人が素敵な花束を渡してくれました。さすがは祝うことのプロ集団です。このサプライズに、わたしは感激しました。川俣副支配人といえば、わが社のウェディングプランナーを代表的存在で、ブログ「ウェディング・ハイ」で紹介した映画に登場する篠原涼子演じるプランナーみたいな頼りになる姐さんです。


最初は、もちろん一同礼!


今日はグリーンのマスクで

 

松柏園のエバーグリーンを意識したコーディネートのわたしは、まず、「コロナ時代も3年目を迎えますが、結婚式の方はずいぶん増えてきたように思います。結婚して家族を作ることは人類が持続していくために最も重要なことであり、最大のSDGsであると言えます」と言いました。それから6月5日に長女も結婚式を迎えることに触れ、改めて「結婚とは何か」「結婚式はなぜ行うか」について考えていると告白しました。


「結婚とは何か」を問いました


マスクを外しました

まず、結婚とは何でしょうか。哲学者の内田樹氏は、 ブログ『困難な結婚』で紹介した本で「結婚しておいてよかったとしみじみ思うのは『病めるとき』と『貧しきとき』です。結婚というのは、そういう人生の危機を生き延びるための安全保障なんです。結婚は『病気ベース・貧乏ベース』で考えるものです」と述べていますこれを読んで、わたしは、基本的に内田氏の発言に賛同しつつも、夫婦の本質である「安全保障」を別の四文字熟語で置き換えたいと思いました。それは「相互扶助」です。二文字に縮めれば、「互助」となります。そう、互助会の「互助」です。そういうふうに考えれば、「夫婦は世界で一番小さな互助会」であるということに気づきます。

夫婦は世界で一番小さな互助会

 

次に、結婚式はなぜ行うか。それは、ずばり、離婚を防いで、夫婦という「世界で一番小さな互助会」を解散させないためです。 ブログ『結魂論』で紹介した拙著で詳しく述べましたが、日本の結婚式には離婚をしにくくさせるノウハウが無数にありました。仲人や主賓の存在、結納という儀式、文金高島田の重さや痛さ、大人数の前でのお披露目。どれも面倒でストレスのかかることばかりです。もうこんな大変なことは二度とやりたくない、それが安易な離婚の抑止力になっていたのです。昨今は(といってもコロナ以前)カジュアルな合コンの延長のような感覚で結婚パーティーを開いてしまうから、簡単に離婚してしまうのではないかとさえ思っています。


論語と冠婚葬祭』を紹介

 

わが社の冠婚部門が、これまで目指してきたのは、離婚発生率の低い結婚式場の運営です。結婚式場はいわば「夫婦工房」ですから、その作品である夫婦が離婚するということは、不良品や粗悪品を製造していることにほかなりません。離婚しない夫婦を作ることは最もお客様の利益、幸福につながるのです。 そして、離婚しない夫婦を作るためには、やはり儀式が大切です。お客様に儀式の大切さをしっかりとお伝えしなければなりません。ブログ『論語と冠婚葬祭』で紹介した、わが国における儒教研究の第一人者である大阪大学名誉教授の加地伸行先生とわたしの対談本がついに刊行されます。同書では、加地先生と「礼」について大いに語り合わせていただきました。

冠婚責任者会議のようす


熱心に聴く人びと

 

加地先生との対談では、ブログ『礼記』で紹介した、『論語』と並んで儒教の最重要聖典とされている書物の話題になりました。『礼記』の「昏義篇」には、「婚礼は敬しく慎んで重々しくまちがいなく進められていってそして夫婦が相親しむのである。それは婚礼がすべての礼の根本になる要素を持っているからである。そしてまたこのようにていねいに行なうことによって、男女が互にけじめを守って接するべきものであること、またこれが夫婦の間の義をたてることになることを教えている」(下見隆雄訳)と書かれています。これは非常に重要な記述です。


礼記』における婚礼について


熱心に聴く人びと

 

続けて、『礼記』には、そもそも男女の間にけじめがあってこそ夫婦の正しい結びつきは生じ、「夫婦の義があってはじめて父子の間にも肉親の愛がめばえるのであり、父子が正しい愛で結ばれていればこそ君臣の関係もこの感情をおし及ぼして正しく成りたつのである。こういうわけで、婚礼こそはすべての礼の本になるものといえるわけである。礼というものは冠礼から始まり、婚礼を本として、喪祭を重んじてその終りを慎むのである。朝聘の礼を尊んで君臣の義を正しく保ち、射郷の礼をほどよく行なうことによって人々の気持をとけあわせなごませるのである。こういうわけで、婚礼こそはすべての礼の最も重要なる根本と云えるわけである」と述べられています。

礼の最も重要なる根本とは?

 

わたしは、これを読んで不思議に思いました。というのも、一般に、儒教では「葬礼」を重視することが知られています。しかしながら、『礼記』では「葬礼」ではなく「婚礼」が礼の最も重要なる根本であると述べています。これは、一体どういうことかと不思議に思ったのです。この問題について、わたしは以下のように考えました。葬儀を行なうためには家族の存在が必要です。葬儀の当事者は死んでいるわけですから、自分では葬儀を行なうことはできません。その家族をつくるためには夫婦が子どもを授からなければならず、そのためにはまず結婚しなければならないわけです。

日本人の本質は家族主義!
 

「卵が先か鶏が先か」ではありませんが、家族を形成するにはまず結婚しなければ始まりません。礼の精神は天地に基づき、具体的な制度としての礼は男女の婚礼から出発する。このような世界観、宇宙観が古代中国には存在したのです。そして、その家族主義は中国・朝鮮・日本といった東アジア全体に拡がっていきました。欧米の影響でいくら個人主義が叫ばれようとも、東アジアの人々の基本は家族主義なのです。そして、冠婚葬祭という文化を支えているものこそ家族主義です。考えてみれば、結婚式や葬儀といった冠婚葬祭を行わなければ家族や親族といった「一族」が一同に会しません。そうなれば、ただでさえ進んでいる個人主義がさらに加速し、血縁というものは完全に崩壊するでしょう。


葬儀を行うためには、まずは結婚すること!


最後は、もちろん一同礼!


孤独死直葬、そして0葬などが話題になる現代日本において、「葬儀を行うためには、まずは結婚する」という認識が広まることを願ってやみません。そして、それは日本人の生存戦略にほかならないのです。そして、結婚は最高の平和です。最後に、わたしは「ロシアがウクライナに侵攻し、中国が台湾を狙い、世界大戦の危機が囁かれている今こそ、一組でも多くの夫婦が誕生するお手伝いをし、『最高の平和』を実現しようではありませんか!」と述べて、社長訓示を終えました。訓示後は、みんなでお弁当をいただきました。14時からは、全互協の儀式継創委員会にオンライン参加します。


いただきます!


みんなで、お弁当を食べました

2022年5月11日 一条真也

59回目の誕生日

一条真也です。
5月10日になりました。わたしの59回目の誕生日が来ました。一昨年は日本全国が緊急事態宣言の最中で、昨年も福岡県が緊急事態宣言を発出する2日前でしたので、自宅で静かに過ごしました。今年も特に予定はなく、自宅で家族と過ごす予定です。59歳になったわたしは12日から山口に、13日から金沢に出張します。

59回目の誕生日を迎えました

 

書斎にかけてある「庸軒ごよみ2022」の今月の道歌は、「世の中に意味なき仕事はびこれど 求めらるるは心の仕事」です。「意味なき仕事」とはブルシット・ジョブのことです。反対に、わたしの本業である冠婚葬祭業は最も世の中に必要なハートフル・エッセンシャルワークであると信じています。冠婚葬祭が必要であることの理論武装を図るべく、日本における儒教研究の第一人者である加地伸行先生のお力を借りた対談本『論語と冠婚葬祭』(現代書林)がいよいよ今月20日に発売されます。

f:id:shins2m:20210508161738j:plain煉獄杏寿郎も今日が誕生日!

 

それにしても、59歳です。59歳といえば、モンテーニュスタンダール、ハイネ、クラーク・ゲーブル孫文司馬遷徳富蘆花田山花袋菊池寛山本五十六澁澤龍彦といった人々が亡くなった年齢です。「河合吉成、王貞治、ノッポさん、桑原武夫、一条真也(5・10生)の名言から考える『志』」というネット記事によれば、世界の王貞治氏をはじめ、多くの有名人がわたしと同じ5月10日生まれだそうです。それから、なんと、「鬼滅の刃」の炎柱である煉獄杏寿郎の誕生日というではありませんか! この驚愕の事実は、秘書の織田さんが昨年教えてくれました。さらに驚愕の事実は、来年のこの日で、わたしは「還暦」を迎えるということです。他人事のようで、まったく実感がありません。

煉獄サンと同じ誕生日だったとは!

 

コロナ禍のせいで、わたしのように、仲間たちから誕生日を祝ってもらえなかった人も多いでしょう。誕生日を祝うとは、「あなたがこの世に生まれたことは正しいですよ」と、その人の存在を全面的に肯定すること。人間関係を良くするうえで、これほど大切なことはありません。わたしは、ハートフル・ソサエティとは、「おめでとう」と「ありがとう」が行き交う社会であると考えています。ですから、「誕生日おめでとうございます」と言われたら、素直に「ありがとうございます」と答えたいです。

誕生日プレゼントの松柏園カレー&ビーフシチュー

 

「人間尊重」をミッションとするわが社では、毎月の社内報に全社員の誕生日情報を掲載(年齢は秘密)し、「おめでとう」の声をかけ合うように呼びかけています。誕生日当日には、社員のみなさんにバースデーカードを添えて、ささやかなプレゼントをお渡しします。今年のプレゼントは、 松柏園ホテルの特製ビーフカレー&特製ビーフシチューのセットです。花より団子で、これは嬉しい!!

f:id:shins2m:20210508113855j:plain59回目の『論語』の通読も行いました

 

前夜、59回目の『論語』の通読も無事に終えることができました。わたしは、『論語』とは船のような存在であると思っています。人生の荒波を超えて無事に航海していける船だと思うのです。孔子が説いた「志学」や「而立」や「不惑」や「知命」や「耳順」や「従心」といったものは、人生の港ではないでしょうか。『論語』という船に乗れば、安全に次の港に辿りつけるような気がしてなりません。「知命」港を出てから早、9年。1年後には60歳の「耳順」港を目指します。

5月20日発売の『論語と冠婚葬祭

 

作家活動の方ですが、『論語と冠婚葬祭』(現代書林)が今月20日に発売されます。続編として、「バク転神道ソングライター」こと宗教哲学者の鎌田東二先生との対談本『古事記と歌と祭り』(仮題、現代書林)も今年中に上梓したいですね。それから、『心ゆたかな読書』の姉妹本である『心ゆたかな映画』(現代書林)を夏頃に、『子どもの倫理』(仮題、弘文堂)を秋頃に刊行する予定です。


シン・ウルトラマンになりたい!(笑)

 

日本初のグリーフケア映画「愛する人へ」(仮題)の原案である『愛する人を亡くした人へ』の文庫化、ブログ『即効!ビジネス成功法則』ブログ『即効!ビジネス心理法則』で紹介した2冊も三笠書房の「知的いきかた文庫」入りすることが決まっています。現在執筆中の『サービスからケアへ』(仮題)も某出版社で刊行する計画が進行中です。さらには、オリーブの木という新しい出版社から「一条真也ライブラリー」として、過去の著書を新装版で続々と刊行するプランもあります。かつて、「バク転神道ソングライター」こと宗教哲学者の鎌田東二先生と交換している「シンとトニーのムーンサルトレター」で、鎌田先生から「社長業だけでなく、作家業や他にもいろいろと活躍するシンさんは、スーパーマンを超えたウルトラマンのような存在ですね!」との過分なお言葉を頂戴したことがあります。ということで、わたしは、シン・ウルトラマンなのです。(笑)13日に空想特撮映画「シン・ウルトラマン」が公開されますが、出張先の金沢のシネコンで観る予定です。還暦を迎える日まで突っ走ります!

今後とも、よろしくお願いいたします!

 

2022年5月10日 一条真也

創業守礼

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一条真也です。
わたしはこれまで多くの言葉を世に送り出してきましたが、サンレーもこれまで多くの言葉を世に送り出してきました。この際もう一度おさらいして、その意味を定義したいと思います。今回は、「創業守礼」という言葉を取り上げることにします。

 

「創業守礼」とは、サンレーの創業時に佐久間進会長が掲げていたスローガンです。サンレーの創立記念式典において、正面の壇上には大きな懸垂幕が掲げられますが、そこには墨痕鮮やかに「創業守礼」と「天下布礼」という文字が大書されています。

サンレー創立55周年記念式典」より

 

佐久間会長の母校・國學院大學での恩師である樋口清之先生から「冠婚葬祭とは礼そのものだよ」とのアドバイスをいただき、発案した言葉が「創業守礼」であり、「天下布礼」だったのです。この2つの言葉は、わが社の原点であり未来です。

 

56年前、佐久間会長は万人に太陽の光のように等しく冠婚葬祭のサービスを提供したいと願って、北九州市冠婚葬祭互助会(現サンレー)を創業しました。そして、その根底には「礼」すなわち「人間尊重」の精神がありました。この創業時に掲げた「人間尊重」の精神を忘れないことが「創業守礼」であり、「人間尊重」の精神をあらゆる場所で、あらゆる人々に伝えることが「天下布礼」です。「人間尊重」は、わが社の大ミッション。それは佐久間会長からわたしへと受け継がれ、全社員で共有しています。

 

最近、わたしは「創業守礼」とは、わが社にとっての初期設定ではないかと思うようになりました。初期設定とは、ソフトウェアやハードウェアを利用するために最初に行う必要のある設定作業のことです。PCをはじめとする情報機器には「初期設定」というものがあります。誤作動して、うまく機能しなくなったら、初期設定に戻すことが必要です。これは情報機器のみならず、企業においても通用することだと思います。



会社がおかしくなったら、創業時の理念を思い起こす必要があります。国家においても同様で、哲学者の内田樹氏によれば、アメリカ人の国民性格はその建国のときに「初期設定」されているそうです。2009年1月20日、バラク・オバマはワシントンで歴史に残る感動的な就任演説をしましたが、あれはアメリカ国民にアメリカという国の初期設定を思い出させるものでした。正念場を迎えたとき、「自分たちはそもそも何のためにこの国を作ったのか」という起源の問いに立ち戻ればいいわけです。

 

また、情報機器の世界では「アップデート」という言葉をよく使います。これは、ソフトウェアやWebサイトの情報を最新の状態に保つこと。スマホではOSやアプリのアップデートがありますね。アップデートによって新しい機能が追加されたり、不具合が解消されたりするわけですが、わたしが愛用しているiPhoneやiPadもアップデートを繰り返しています。でも、それがあまりにも多過ぎるので、「おい、おい、アップルさん、ちょっと落ち着きなさいよ」と言いたくなりますね。そして、企業にもアップデートが求められます。


わが社の初期設定を定めた佐久間会長

 

わが社の初期設定が「創業守礼」ならば、アップデートは「天下布礼」でしょう。さらに言えば、初期設定が皇産霊神社天道館ならば、アップデートは隣人館であり、「禮鐘の儀」であり、さらには「月への送魂」だと言えます。


「人間尊重」の精神は受け継がれる

 

初期設定とアップデートは、孔子ドラッカーの思想にもつながってきます。人間の幸福を追求した両者の思想はくっきりと一本の糸で結ばれています。陽明学者の安岡正篤も、このことに気づいていました。安岡はドラッカーの“The age of discontinuity”という書物が『断絶の時代』のタイトルで翻訳出版されたとき、「断絶」という訳語はおかしい、本当は「疎隔」と訳すべきであるけれども、強調すれば「断絶」と言っても仕方ないような現代であると述べています。そして安岡は、その疎隔・断絶とは正反対の連続・統一を表わす文字こそ「孝」であると明言しているのです。

「老」すなわち先輩・長者と、「子」すなわち後進の若い者とが断絶することなく、連続してひとつに結ぶ。そこから「孝」という字ができ上がったというのです。これは、企業繁栄のためには「継続」と「革新」の両方が必要であるといったドラッカーの考え方と完全に一致します。孔子が「老」としたものを、ドラッカーは「継続」と呼び、ITでは「初期設定」と呼び、わが社は「創業守礼」と呼びます。孔子が「子」としたものを、ドラッカーは「革新」と呼び、ITでは「アップデート」と呼び、わが社は「天下布礼」と呼びます。そして、その先には「老」と「子」が結ばれた「孝」が実現し、わが社にはさらなる発展が待っていることを信じています。

 

 

2022年5月9日 一条真也

死を乗り越える夏目漱石の言葉

 

噓でも冗談でもない。
死んだら皆に柩の前で
万歳を唱えてもらいたいと
本当に思っている。
夏目漱石

 

一条真也です。
言葉は、人生をも変えうる力を持っています。
今回の名言は、夏目漱石(1867年~1916年)の言葉です。彼は文豪というよりは国民的小説家であり、英文学者でした。現・東京都新宿区に生まれました。帝国大学(後の東京帝国大学)を卒業。代表作に『吾輩は猫である』『坊ちゃん』『虞美人草』『坑夫』『文鳥』『夢十夜』『三四郎』『こゝろ』『道草』『明暗』などがあります。『明暗』執筆途中に死去しました。



漱石のこの言葉は、どこまで本音なのか。漱石は『吾輩は猫である』でもわかるように、独特なユーモアをもっていましたが、これも彼なりの死に対するシニカルなユーモアなのでしょうか。わたしたちは子どもの頃から、夏目作品に接しているからかもしれませんが、夏目漱石というと文豪というか、高齢者のイメージ(お札にもなった肖像)があります。漱石は、49歳10カ月で亡くなりましたが、50歳にも達してなかった事実には驚くばかりですね。



もっと長生きし、晩年、あるいは老いという時間を、彼がどう描いたか。かなわぬこととは知りながら興味はつきません。彼の最期は長編小説『明暗』を執筆中だったといいます。最期の言葉は、寝間着の胸をはだけたままで、「ここに水をかけてくれ、死ぬと困るから」と叫んだといいます。日本を代表する文豪の最期としては似つかわしくない気もしますが、これもまた茶目っ気のある彼らしいものかもしれません。なお、この夏目漱石の言葉は『死を乗り越える名言ガイド』(現代書林)に掲載されています。

 

 

2022年5月9日 一条真也