限りなく透明に近いアジア

一条真也です。
日本人にとって大きなグリーフ・デーである3月11日、第96回アカデミー賞授賞式が、アメリカ・ロサンゼルスで開催されました。ブログ「今年のアカデミー賞に思う」には大量のアクセスが寄せられています。


その後、映画仲間からLINEが届きました。そこには、今回のアカデミー賞授賞式での情報が示されていました。複数の受賞者の振る舞いが人種差別的だと批判を浴びて、炎上しているというのです。問題になっているのは助演男優賞を受賞したロバート・ダウニー・ジュニアと主演女優賞を受賞したエマ・ストーンです。いずれも前年受賞者のアジア系俳優からオスカー像を受け取る際に、視線を合わせることもなく他の白人俳優らとだけ喜びを分かち合う姿が「人種差別」だとしてSNS上で批判を呼んでいます。


ロバート・ダウニー・ジュニアの受賞シーン

 

アカデミー賞では、今年の受賞者を前年の受賞者が発表し、オスカー像を手渡すことが慣例となっています。ロバート・ダウニー・ジュニアはオッペンハイマーへの出演で助演男優賞を受賞しましたが、ブログ「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」で同賞を前年に受賞したキー・ホイ・クァンに目を合わせることもせず像を片手で受け取っただけで、壇上の他の俳優らとだけ握手や抱擁を交わしました。キー・ホイ・クァンの呆然とした表情が印象的でした。



エマ・ストーンの受賞シーン

 

また、エマ・ストーンにいたっては、同じく「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」で前年に同賞を受賞したミシェル・ヨーが像を手渡すはずが、友人のジェニファー・ローレンスが像を奪い取り、エマ・ストーンに渡すという信じられない光景が展開されました。欧米では黒人に対する人種差別は暴力や暴言などで可視化され、それゆえ差別行為として認知されていますが、アジア系に対する差別は、今回のようにそもそもその場に存在しないかのように扱われることが多いとされます。そのため、差別を行った者が後になって「気づかなかった」「そんなつもりはなかった」と言い逃れできることも問題に輪をかけているといいます。


今回、キー・ホイ・クァンミシェル・ヨーといったアジア人は、まるで透明人間にように無視されました。彼らは透明化されたのです。しかし、わたしは最も透明化されたのは日本人であると思います。なぜなら、多くの日本の民間人を大量虐殺した原爆の開発物語である映画「オッペンハイマー」が製作されたばかりか、アカデミー賞で作品賞・監督賞を含む7冠に輝いたからです。そこには、原爆によって殺戮された人々への哀悼の念や、戦後も原爆症で苦しんだ人々への謝罪の念も微塵もありません。日本人は、完全に透明化されてしまったのです。ハリウッドが謳っている「ポリコレ」や「多様性」がいかにインチキなものであるかが明らかになりましたね。


今回のアカデミー賞では、ブログ「君たちはどう生きるか」で紹介した宮崎駿監督のアニメ映画が長編アニメ映画賞に輝いた他、ブログ「ゴジラ-1.0」で紹介した山崎貴監督のSF怪獣映画が視覚効果賞を受賞しました。「ゴジラ-1.0」は、ゴジラ生誕70周年となる2024年に先駆けて製作された、実写版第30作品目となるゴジラ映画です。1954年に公開された1作目のゴジラは、当時、ビキニ環礁の核実験が社会問題となっていた中、水爆実験により深海で生き延びていた古代生物が放射能エネルギーを全身に充満させた巨大怪獣が日本に来襲するという物語でした。すなわち、明確な反核映画だったのです。


ゴジラ-1.0」が「オッペンハイマー」とあわせて注目されていることについて山崎監督は、「作っている時はまったくそういったことは意図されていなかったと思いますが、出来上がった時に世の中が非常に緊張状態になっていたというのは、運命的なものを感じます。『ゴジラ』は、戦争の象徴、核兵器の象徴であるゴジラをなんとか鎮めようとする話ですが、鎮めるという感覚を世界が欲しているのではないか。それがゴジラのヒットの一部につながっているんじゃないかと思います」と見解を述べました。さらに、「『オッペンハイマー』に対するアンサーの映画は、個人的な思いとしてはいつか、日本人として作らなくてはいけないんじゃないかな、と思っています」と秘めていた思いを明かしていました。わたしは、他のノミネート作品に比べて製作費が破格に少なかった「ゴジラ-1.0」が受賞したのは、同じ第96回アカデミー賞において「オッペンハイマー」旋風を吹かせることに対する免罪符ではないかと思えてなりません。

 

 

結局のところ、ハリウッドが日本や韓国や中国の映画人をリスペクトしているというのは虚構のように思えます。図らずも、今回のアカデミー賞授賞式でハリウッドの本音、アメリカの真実が露呈しました。村上龍氏が芥川賞を受賞した小説のタイトルは限りなく透明に近いブルーですが、今回のアカデミー賞授賞式を見て、わたしは「限りなく透明に近いアジア」という言葉が脳裏に浮かびました。トランプ大統領復帰を不安視する声もありますが、笑止千万ですね。アメリカは、もともとがこんな国なのです。だって、世界史上において核兵器を使われた国は日本だけですが、使用した国はアメリカだけなのですから。

 

2024年3月12日  一条真也