「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」

一条真也です。東京に来ています。
19日の午後は互助会保証株式会社の監査役監査および監査役会に参加。夕方からは出版関係の打ち合わせをした後、この日から公開されたアメリカ映画「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」をTOHOシネマズ日比谷で観ました。今年観た100本目の映画です。ずっと楽しみにしていた作品で、とても面白かったです。ちょっとグラマーなスカーレット・ヨハンソンがベリー・キュートでした!


ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「人類初の月面着陸に成功した、アポロ11号の舞台裏を描くドラマ。アポロ計画を何としても成功させたい政府に雇われたPR担当者とNASAの発射責任者が、ある極秘任務をめぐって対立する。監督を手掛けるのは『フリー・ガイ』などに携わってきたグレッグ・バーランティ。『ブラック・ウィドウ』などのスカーレット・ヨハンソン、『ローガン・ラッキー』などのチャニング・テイタム、『チャンピオンズ』などのウディ・ハレルソンらがキャストに名を連ねる」

 

ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「人類初の月面着陸に挑むアポロ計画が始動して8年が経過した、1969年のアメリカ。ソ連との宇宙開発競争で後れを取る中、ニクソン大統領に仕える政府関係者のモー(ウディ・ハレルソン)を通して、PRマーケティングのプロであるケリー(スカーレット・ヨハンソン)がNASAに雇われる。手段を選ばないケリーのPR作戦が、NASAの発射責任者のコール(チャニング・テイタム)の反発を押し切りつつ成功を収める中、彼女はモーからあるミッションを指示される」

 

ブログ「ムーンウォッチ」で紹介したオメガのスピードマスター・ムーンウォッチを着けて鑑賞しました。映画の中でもムーンウォッチが何度も登場しました。スカーレット・ヨハンソン演じるケリーが、オメガをはじめとするスポンサー企業を集めたという設定になっていますが、実際はどうだったのでしょうか? わたしは月面着陸を意識して作られたスピードマスター・ムーンウォッチの性能が優れていたからだと思っているのですが・・・・・・。いずれにせよ、NASAに雇われたPRマーケティングのプロであるケリーは、わき目も振らずに「アポロ計画」のイメージ戦略に奮闘し、アポロ11号の宇宙飛行士たちを「ビートルズ以上に有名にする!」と意気込みます。

 

そんなケリーと敵対するNASAの発射責任者コール役に扮すのは、チャニング・テイタムです。ブログ「ザ・ロストシティ」で紹介した2022年の痛快娯楽巨編に主演していましたね。彼が演じるアポロ11号の発射責任者コールは、過去の重大な事故に悩まされていました。それは、1967年、アポロ1号の予行演習中に宇宙飛行士3名の命を奪った火災です。3名は与圧宇宙服を着て、プラグ切り離しテストのために指令船内にいました。そして、2度目のチェックリスト確認中に出火。船内は純酸素で満たされていたため炎は大きくなり、気圧の上昇によりカプセルの壁が破壊されました。煙が地上作業員たちに押し寄せ、破片で怪我をした人もいました。26秒の間、恐怖に包まれた地上チームには中からの叫び声が聞こえ、そしてカメラの画面は火柱でいっぱいになったそうです。


NASAの主任歴史学者であるブライアン・オドムは、「アポロ1号、あの日の火災、そして火災の余波で、NASAは立ち止まっていました。私たちは何をしているのか、無理をしすぎているのではないか、スケジュールは進んでいるのか。宇宙船を設計するという難題に応えるために、品質管理の一部はある種、遅れをとっていました」と、この事故によってアポロ計画は頓挫の危機を迎えたと指摘。また、「今日を振り返る際、アポロ1号の火災は大切なリマインダーです。悲劇の教訓を失ってはなりません。だからこそ、NASAはこれらすべてのミッションの追悼日に祈りを捧げます。悲劇から学び、心に留めておくためです」とも語っています。悲劇が決して忘れてはならない教訓となり、亡き飛行士たちへの思いがその後のNASAを奮い立たせました。アポロ11号の有人ミッションへの成功は、大いなるグリーフケアの物語でもありました。


それにしても、アポロ11号の月面着陸は人類史上の偉業でした。1969年7月16日、アメリカの宇宙船アポロ11号がフロリダ州ケネディ宇宙センターから打ち上げられました。そして、20日に月面着陸を果たしたのです。それは人類が初めて月に降り立ち、月の石を地球に持ち帰ることに成功した歴史に残る大プロジェクトの始まりでした。宇宙船に乗り込んだのは、ニール・アームストロング船長と、月着陸船の操縦士バズ・オルドリン、司令船操縦士のマイケル・コリンズの3人です。アームストロング船長は後に、「人類で初めて月面に降り立った人物」として歴史に名前を刻みます。アポロ11号が月面に着陸したのは、わたしが6歳のときでした。まだ幼かったわたしですが、なんとなく大変な出来事が起こったのだということは理解できました。それ以来、わたしの人生において月は大きな存在となりました。


日米両政府は、米国が主導する有人月探査「アルテミス計画」で、日本人宇宙飛行士2人を月面着陸させることで合意する方針を固めました。日本人の月面着陸は初めてで、実現時期は2028年以降が想定されています。そんな折、1969年のアポロ11号の偉業が改めて思い出されますね。YouTubeで「アポロ11号」「月面着陸」などと検索してみると、「アポロは本当に月に行ったのか?」「人類は本当は月に行っていない!」といったトンデモ動画がたくさんアップされています。月の石をはじめとする数々の証拠から、アポロ11号が月面着陸したのは紛れもない事実です。当時のアポロ計画には約40万人もの人々が関わっており、彼ら全員を情報隠蔽の共犯にすることは不可能です。それにしても、映画「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」での月面着陸のフェイク画像を作成する作戦を「アルテミス計画」と呼ぶことには驚きました。シャレがきついですが、何か意図があるのでしょうか?


月面着陸陰謀論は、1976年にビル・ケイシングが出版した『We Never Went to the Moon: America‘s Thirty Billion Dollar Swindle』という本がきっかけで知られることになりました。その後勢いを増して拡散し、陰謀論の中でもメジャーな話になっています。火星ミッションを偽装するというNASAの架空の陰謀に焦点を当てた映画カプリコン・1」(1977年)は、陰謀論者たちから高い支持を得ました。初の有人火星探査船カプリコン1号に打ち上げ直前トラブルが発生、3人の飛行士は国家的プロジェクトを失敗に終らせないため、無人のまま打ち上げられたロケットをよそに地上のスタジオで宇宙飛行の芝居を打つ事ことになります。NASAが仕組んだ巨大な陰謀談を、SF映画といったジャンルを超越して極上のエンターテインメントに仕上げた名作です。


また、1989年にはSFオカルト・ホラー映画「ダーク・サイド・オブ・ザ・ムーン」が公開されました。2022年、核武装衛星の修理を任務とする宇宙船スペースコア1号は、月の裏側で原因不明の機能障害を起こし、漂流してしまいます。そこで目撃したのは、なんと30年前の1992年に行方不明となったスペースシャトルでした。中には死後まもなくの乗組員がおり、腹部には正三角形の穴が空いていた。そして何かが宇宙船に侵入してくる・・・・・・。バミューダ三角地帯ネタを、「エイリアン」調に味付けした作品です。“何者か”が誰に乗り移ったかが判らないところが見どころです。「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」のグレッグ・バーランティ監督は、「カプリコン1」と「ダーク・サイド・オブ・ザ・ムーン」に多大な影響を受けたことは間違いないでしょう。そして、もう1本重要な作品があります。アポロ11号着陸映像は捏造で、スタンリー・キューブリック監督が製作したらしいという都市伝説の裏側を描いたコメディ映画が「ムーン・ウォーカーズ」(2015年)です。



「ムーン・ウォーカーズ」は、「スウィンギング・ロンドン」と呼ばれた60年代の若者カルチャー全盛のロンドンを舞台に、借金まみれのダメ男(ルパート・グリント)とタッグを組んで世紀の捏造計画に挑むCIA諜報員(ロン・パールマン)のドタバタ模様を描きます。CM界で活躍するアントワーヌ・バルドー=ジャケがメガホンを取りました。1969年、なかなか月面着陸を成功出来ないNASAを見かねた米政府は、キューブリック監督に月面着陸映像の捏造を依頼するため、CIA諜報員・キッドマンをロンドンに送り込みます。しかし、ベトナム戦争帰りで映画に詳しくないキッドマンは、偶然キューブリックのエージェントオフィスにいた借金まみれのダメ男・ジョニーに莫大な制作費をだまし取られます。ロンドンのギャングやヒッピー、そしてCIAまでもが入り乱れる中、2人は計画の成功を企むのでした。

 

映画「ムーン・ウォーカーズ」では、密命を帯びた諜報員キッドマンハリウッドの大物プロデューサーに扮して60年代のイギリスに降り立ちます。ちょうどキューブリック「2001年宇宙の旅」(1968年)が公開されており、これを観たCIAの高官が「内容は意味不明だが、この映像は見事だ」と高く評価し、キューブリックに白羽の矢が立ったのでした。これはいわゆる冷戦期における保険のようなものでした。万が一にもアポロ11号が月面着陸に失敗した場合に備えて、あらかじめ彼に差し替え映像を捏造してもらおうというわけです。しかも「プロジェクトに関わった者は全て抹殺せよ!」とのお達し付きでした。「カプリコン・1」をコメディ化したような設定ですが、同作のメガホンを取ったピーター・ハイアムズ監督は1984年に「2001年宇宙の旅」の続編映画「2010」の監督に抜擢されています。いくらでも深読みできるシュールな展開ですね。事実は小説より奇なり!



キューブリックが月面着陸の捏造映像を作成したというのはまったくのデマですが、なぜ、こんな都市伝説が生まれたのか? それはひとえに彼の「2001年宇宙の旅」がSF映画史に燦然と輝く大傑作であり、そこに描かれた宇宙の映像がリアルであり、かつアポロ11号の月面着陸の前年にあたる1968年の公開だったからでしょう。キューブリックが月面着陸の捏造に関わっているという都市伝説は今でも多くの人間が信じていますが、キューブリックの娘であるヴィヴィアン・キューブリックは完全に否定しています。彼女によると、今でも多くの人が「キューブリック監督が月面着陸の捏造映像を作ったのではないか」と聞いてくるといいます。捏造映像を作っていないという明確な証拠を出すことは難しいため、今後も捏造映像説を信じる人は消えないでしょう。映画「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」の中で、なかなか言うことを聞かないゲイの映画監督に振り回されるケリーが「キューブリックに頼めば良かった!」というシーンがありますが、これは明らかに陰謀論者たちへの皮肉ですね。



「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」といえば、有名な楽曲が思い浮かんできます。アメリカの作曲家バート・ハワードによる1954年の名曲「Fly Me to the Moon」です。「私を月に連れて行って」という意味で、「私の月へ連れてって 星々に囲まれ歌ってみたい・・・言いかえれば手を握って 言いかえればキスして欲しい♪」といった内容の歌詞です。ジャズ風にアレンジされることが多いですが、オリジナルはポップスとして歌われていました。元のタイトルは『In Other Words(言い換えれば・・・)』でしたが、現在のタイトルに変えられました。1962年にジョー・ハーネルが4拍子のボサノバ風にアレンジ。更にその後フランク・シナトラがカバーして大ヒットを記録しました。

 

フランク・シナトラがこの曲をカバーした1960年代、アメリカ合衆国アポロ計画の真っ只中でした。「月に連れて行ってもらえる」のは「非常に近くまで迫っている、近未来の出来事」だったのです。そのため「Fly Me to the Moon」は一種の時代のテーマソングのように扱われ、これが大ヒットにつながったようです。シナトラ・バージョンの録音テープは、アポロ10号・11号にも積み込まれ、人類が月に持ち込んだ最初の曲になりました。このシナトラ・バージョンは2000年のSF映画スペース カウボーイで、トミー・リー・ジョーンズ演じる宇宙飛行士が身を挺してミッションをクリアした後、予定外の月にまで到達してしまうラストシーンにおいても使用されています。


さらに、「Fly Me to the Moon」はブログ「新世紀エヴァンゲリオン」で紹介したテレビ東京系列で放送されたSFアニメの大傑作のエンディングでも使用されました。通常、エンディングは同一シーズンで同じ曲が流れますが、「新世紀エヴァンゲリオン」では、ほぼ毎回違うバージョンの「Fly Me to the Moon」が用いられました。このアニメは、東京大学名誉教授の島薗進先生、京都大学名誉教授の鎌田東二先生のわが国における宗教学のツートップが共に愛してやまない作品です。予算の関係からか静止画面が多く、クオリティが高い作品とはけっして言えません。しかし、それでもこの作品は奇妙な魅力に溢れています。全部で18体にわたる使徒にはユダヤ・キリスト・イスラムの三大「一神教」に関連する名前が冠され、作品世界そのものには「カバラ」や「グノーシス」といった神秘主義思想の香りが強く漂います。

 

「Fly Me to the Moon」は非常に多くの歌手がカバーしています。ポーシャ・ネルソン、ジョニー・マティスフェリシア・サンダーズ、ペギー・リー、ヘレン・メリルどが歌っています。日本でも、わたしが生まれた1963年に森山加代子が「月へ帰ろう」(「一人で泣かせて」のB面)のタイトルで、中尾ミエが「月夜にボサノバ」(「テル・ヒム」のB面)のタイトルで、それぞれ日本語詞でカバーしています。ブログ「中尾ミエさんにお会いしました!」で紹介した中尾ミエさんはちょうど今日、わが社の「サンクスフェスタ」というイベントで小倉に来られていますが、中尾さんが「Fly Me to the Moon」をカバーしていたとは驚きました!

 

さらには、1970~80年代、「TBS名作ドラマシリーズ」のオープニング及びエンディングテーマで、ウェス・モンゴメリーによるアレンジバージョンが使用されました。いずれの歌唱も素晴らしいですが、わたしが一番好きなのはドリス・デイが歌ったバージョンです。たしか、わたせせいぞうのオールカラー・ショートコミックで紹介されていて、初めてこの曲自体の存在を知りました。YouTubeでもドリズ・デイの動画が公開されていますが、彼女はなんだか映画「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」のスカーレット・ヨハンソンに似ている気がします。いずれにせよ、最高にロマンティックな歌ですね!


2024年7月20日 一条真也