「ニューヨーク・オールド・アパートメント」

一条真也です。
東京に来ています。17日の夜、新宿シネマカリテでスイス映画「ニューヨーク・オールド・アパートメント」のレイトショーを観ました。想像していた内容よりも深刻な物語で、暗い気分にはなりましたが、見応えがありました。


映画ナタリーの「解説」には、「短編映画『ボン・ボヤージュ』で注目された新鋭マーク・ウィルキンス監督の長編デビュー作。オランダのベストセラー作家、アーノン・グランバーグの小説を基に、安定した生活を夢見てNYで暮らす不法移民の母と息子たちが、過酷な環境下で生きる意味を見いだしていく。出演はマガリ・ソリエル、アドリアーノ・デュラン、マルチェロ・デュランら」とあります。

 

映画ナタリーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「デュラン一家は、安定した生活を夢見てNYで不法移民として暮らしていた。ラファエラはウェイトレスとして働きながら息子たちを女手ひとつで育て、息子たちも、配達員として生活を支えていた。ある日、男性の口車に乗ったラファエラは飲食店を開くのだが・・・・・・」


不法移民の兄弟は、ペルーのオーディションで選ばれた双子のアドリアーノ・デュランとマルチェロ・デュランが演じました。彼らは兄弟にしては背格好が同じなので不思議に思っていたら、双子だったのですね。それにしては顔があまり似ていないので二卵性でしょうか。弟の方はロン毛で、ちょっとキムタクの若い頃に似ています。本作で映画デビューを果たした2人ですが、ロックバンド「LOS MORDOS」でも活躍しているそうです。いつも一緒の彼らですが、デートや初体験まで一緒というのは、引いてしまいますね。彼らが出会う謎めいた美女クリスティンは、タラ・サラーが魅力的に演じました。


2人の息子の母親であるラファエラは、女手ひとつでウェィトレスとして一家を支えて大変だなと思っていましたが、やはり世の中そう甘くはありませんでした。彼女は言い寄ってくる男たちをパトロンにすべく、自宅(ニューヨーク・オールド・アパートメント)に連れ込んで彼らと寝ていたのです。その自宅には息子たちもいるわけですが、彼らは母親の情事のときは息を潜めて存在そののものを消します。「ぼくたちは透明人間だ」というセリフがありますが、彼らを透明人間にしたのは、街からの疎外だけではなく、ラファエラの生きるための営みという悲しい理由があったのです。しかし、恋愛作家と称する白人男性からの耳触りのいい話に誘われ、ブリトーの店を開業したラファエラには厳しい現実が待っていました。


 

この映画には、ニューヨークを舞台に、“大都会の弱者”である貧しい移民家族へのコンパッションが溢れています。マーク・ウィルキンス監督は短編「ボン・ボヤージュ」が世界各国で42の賞を受賞し、第89回アカデミー短編映画賞ノミネートを果たした新鋭で、本作で長編デビューを果たしました。ユダヤ人移民の家族で育ち、母がアウシュビッツ強制収容所の生存者だった、オランダ人のベストセラー作家アーノン・グランバーグの小説「De heilige Antonio」をもとに、アメリカが抱える移民問題を背景にした、親子の絆の物語をリアルに描きました。アメリカンドリームを夢見る母と、年頃のピュアな息子たち。日陰で生きる“何者でもなかった”彼らが恋をして、大切な何かに気付き、初めて“自分”として生きる意味を見出していきます。


大都会で必死に生きる母ラファエラは、第82回アカデミー外国語映画賞にノミネートされた「悲しみのミルク」などで知られる国際派女優マガリ・ソリエルが演じました。この映画のポスターでは、ニューヨークで、肩身の狭い思いを抱え生きる兄弟が、神秘的な魅力を放つ女性と出会い、日々の苦悩を忘れて楽しいひとときを過ごすシーンを活写しています。「ぼくらは懸命に恋をした――“透明人間”だったこの街で」というキャッチコピーが、恋をして初めて生きる意味を見出す、希望の物語を予感させます。



クリスティンには悲しい秘密がありましたが、彼女の持っている陰が移民の兄弟の心をとらえたことは想像に難くありません。きっと、「ぼくらが彼女を守ってあげなければ」と思ったのでしょう。わたしはニューヨークが好きなので、「ニューヨーク」と題名に入っている映画はなるべく観ることにしているのですが、本作はけっしてニューヨークの魅力を描いた作品ではありません。「大都会ニューヨークで生きるのは甘くない」という厳しい現実を示した辛口のヒューマンドラマでした。わたしは、BOØWYの「 NO.NEW YORK」の歌詞を連想しました。「SHE HAS BEAUTIFUL FACE」というフレーズはまさにクリスティンのためにあると思いました。


2024年1月18日  一条真也