グリーフをエンタメに変える映画の馬鹿力

一条真也です。
雨のゴールデンウィ―クですが、ブログ「ゴジラ×コング 新たなる帝国」で紹介したモンスター・ヴァース最新作の怪獣映画が大きな話題になっていますね。全世界(公開された63の国と地域)の公開初週末3日間の累計興収でも第1位を記録するなど、ブログ「ゴジラvsコング」で紹介した前作の全世界累計興行収入4億7011万ドルを大きく上回る大ヒットとなっています。



ブログ「ゴジラ-1.0」で紹介した山崎貴監督の作品は先のアカデミー賞で視覚効果賞を受賞しましたが、戦争の影をモチーフにしていました。同作とは違って、「ゴジラ×コング 新たなる帝国」は「一線を越える。常識が変わる。」のキャッチコピー通り、徹底的にエンターテインメントに振り切っていました。怪獣大好きオヤジのわたしも、小学生の頃に夢中になった「東宝チャンピオンまつり」のゴジラ映画を思い出してしまう怪獣バトルが満載の「ゴジラ×コング 新たなる帝国」には狂喜しました。「そうそう、こういうのでいいんだよ! 俺は、こういうのが観たかったんだ!」と心の底から思いましたね。



ゴジラー1.0」は、実写版第30作品目となるゴジラ映画です。太平洋戦争で焦土と化した日本で、人々が懸命に生きていこうとする中、突然現れた謎の巨大怪獣が復興途中の街を容赦なく破壊していきます。「敗戦の悲嘆」と「怪獣の恐怖」が見事にマッチングした大傑作です。現在、全国の多くのシネコンでは「ゴジラー1.0」と「ゴジラ×コング 新たなる帝国」が併映されています。チケットカウンターで「ゴジラ1枚!」と言うと、「どちらのゴジラですか?」と言われます。前代未聞の事態ですが、悪役のゴジラと善玉のゴジラが同時に鑑賞できるのは凄い!



ゴジラ-1.0」や「ゴジラ×コング 新たなる帝国」は、ゴジラ生誕70周年の記念作品です。1954年に公開された1作目のゴジラは、当時、ビキニ環礁の核実験が社会問題となっていた中、水爆実験により深海で生き延びていた古代生物が放射能エネルギーを全身に充満させた巨大怪獣が日本に来襲するという物語でした。すなわち、明確な反核映画だったのです。「ゴジラ」で中では銀座や日比谷を蹂躙したゴジラが皇居の前まで来ると回れ右をするシーンがあります。ゴジラとは太平洋戦争で亡くなった日本兵たちの霊魂(英霊)の集合体という見方もできます。



一方、コング映画の第1作といえば、キング・コング(1933年)です。絶海の孤島と大都会ニューヨークを舞台に巨大な怪獣キング・コングをめぐる騒動を描き、特撮映画の原点となった古典的名作。映画監督デナムは無名の新人女優アンを新作の主演に抜擢し、撮影クルーを連れて南海の孤島へやって来ます。そこには、島民たちから神と崇められる巨大な怪獣コングがいました。島民たちはコングへの生贄にするためにアンを連れ去り、デナムたちは島の奥へと救出に向かうのでした。ウィリス・オブライエンによるストップモーション・アニメーションは世界中の注目を集め、レイ・ハリーハウゼン円谷英二といった名クリエイターに多大な影響を及ぼしました。



キング・コング」の第1作は、映画レビュー・サイトの「Rotten  Tomatoes」から「史上最高のホラー映画」に選ばれています。映画史上に燦然と輝く名作なのですが、その一方で、コングは明らかに「黒人奴隷」のメタファーであり、それを「黒人」から「怪物」に置き換えて作られた映画であると言われていました。まず、コングが棲息するスカルアイランドの現地民がいかにも「未開の」「土人」という描き方をされています。また、コングが白人たちによって狩り出され、鎖で縛られて白人の文明の地に連れて行かれ、コミュニケーションが取れないまま、抵抗した挙げ句に殺害されるという不条理な物語は、黒人奴隷の姿そのものだと言えるでしょう。



映画「キング・コング」の中に、見世物にされたコングを見物にきた白人が 「ゴリラなら街中にもいる」と言うシーンがあるのですが、これはまさに黒人のことを言っています。現在では信じられないような差別発言ですが、当時の白人の大部分の感覚だったのでしょう。未開の土地から文明都市に連れてこられるコングの悲劇は、黒人の歴史と被ります。また、1902年にマウンテンゴリラが初めて発見されたことがこの映画のベースになっています。それまで伝説の動物とされてきたマウンテンゴリラが、ドイツ人フォン・ベリンゲによってコンゴで発見され、世界中を騒然とさせました。現在の感覚で言えば、ネッシーが捕獲されたぐらいの衝撃的ニュースでした。ちなみに、ネッシーという怪獣が目撃されたのは1933年。「キング・コング」の公開年であり、同作に登場した恐竜型の怪獣のイメージがネス湖のモンスター誕生の一因となったようです。

 

キング・コング」を監督したメリアン・C・クーパーが映画業界に入ったとき、「The  Four  Feathers」という映画の撮影の際にヒヒの家族と遭遇しました。この出会いは、クーパーに霊長類を登場させた映画の構想を練るきっかけを与えたのです。「近代文明に敵対する巨大な半人型ゴリラ」の構想を固めたクーパーは、ゴリラを「悪夢の怪物」として創造することを望みました。「キング・コング」撮影用の彼のメモには「ゴリラの手足は蒸気ショベルのように固く、その周囲は蒸気ボイラーのようです。これは百人力の怪物ですが、もっと恐ろしいのは顔です。血みどろの目、ギザギザの歯が厚い毛の下に隠された半人半獣の頭部」と記されています。



アメリカでは、昔から「黒人」は「猿」や「ゴリラ」などと差別的に表現されてきた歴史がありました。2008年、イー・モバイルは猿が登場する同社のテレビCMで、大統領選挙の演説シーンのようなバージョンの放映を中止しました。イー・モバイルによれば、同年6月26日、日本在住の米国人より、同社のテレビCMが人種差別ととられる可能性があると指摘を受けたそうです。同日社内で検討し、放送の中止を決定。翌27日より該当のCMは別のバージョンに差し替えられました。今回放送取りやめとなったバージョンは、大統領選挙の演説を連想させるシーンで、壇上に立つ猿がイー・モバイルへの「CHANGE」を呼びかけるというものでした。

 

同年6月初旬まで行われていた米民主党の大統領予備選挙では、アフリカ系アメリカ人バラック・オバマ氏が「CHANGE」をキーワードに予備選を戦い、候補者指名を確定させていました。すなわち、「オバマを人種を揶揄する/人種差別する宣伝」だとアメリカ側が感じ、抗議が寄せられたのです。 日本人からすると「お猿さん」は、別に「黒人を差別するためのキャラ」などではなく、日頃から親近感のある動物であり、単純に「人間っぽくて可愛い動物」を「当時話題だった大統領選」のシーンで使っただけなのでしょうが、「日本はとんでもない人種差別の国だ!」と怒り狂ったアメリカ人が存在したようです。

 

というわけで、ゴジラは「英霊」のメタファーであり、コングは「黒人」のメタファーなのです。それぞれにゴジラは「敗戦」「被爆」、コングは「奴隷」「差別」といったグリーフの化身でありました。1954年の「ゴジラ」第1作も、1933年の「キング・コング」第1作も悲嘆と恐怖に溢れた暗い物語でした。しかし、ゴジラが誕生して70年目、「ゴジラ×コング 新たなる帝国」という超弩級のエンタメ映画が誕生したわけです。これには、時代の流れを感じてしまいます。英霊と黒人奴隷にとってアメリカの白人は共通の敵ですが、そのアメリカ白人こそが彼らのグリーフをエンタメに変化(昇華?)させたことを考えると、複雑な思いもします。まあ、グリーフをエンタメに変えてしまう映画の馬鹿力には驚きます。



まあ、初代キング・コングに差別感情が反映されているとしても、最新作ではコングをヒーローとして描いているところにアメリカ社会の意識変化も見られると言えるでしょう。この映画のレビューの中に「怪獣といっても類人猿で人的な情緒のあるコングと、何を考えてるかわからないゴジラ三船敏郎仲代達矢みたいでいいコンビでしたw」といったものがありましたが、これには爆笑しつつ大いに納得しました。ちなみに、三船敏郎仲代達矢が共演した「用心棒」(1961年)や椿三十郎(1962年)はともに黒澤明監督の作品で、「ゴジラ」と同じ東宝映画であります。わたしは個人的に、この2作は日本映画史上最高のエンタメ作品であると思っています。

 

2024年4月29日  一条真也