東出昌大という俳優

一条真也です。
いま、俳優の東出昌大が注目されています。数日前にテレビ番組で彼の特集が流れていたのを見かけたばかりでしたが、今日は、ネットで「もう、後悔しても仕方ないから――ギャラ交渉も自分で、東出昌大35歳の今 #ニュースその後」という記事を見つけました。


ヤフーニュースより

 

Yahoo!ニュース オリジナル 特集」編集部の山野井春絵氏は、「俳優・東出昌大(35)は現在、山あいで狩猟をしながらの半自給自足生活をしている。スキャンダルから離婚、バッシングの嵐を経験し、東京には居場所を失った。あれから3年、山の暮らしに確かな安らぎを見いだしている。『もう“幸せ”なんて言ってはいけないんじゃないか・・・・・・と思ったこともあります。でももう、ネガティブな言葉は吐きたくない。いま僕は、幸せです』。山は、東出をどう変えたのか。なぜ、自分をさらけ出すのか。そもそも東出昌大とは、どんな人間か。本格的な積雪シーズンが到来する前に、山のすみかを訪ねた」と書かれています。「いま僕は、幸せです」とは、なかなか言える言葉ではありません。人間的な深みを感じます。

 

わたしは、もともと俳優としての彼を高く評価していました。ブログ「一条賞(日本映画篇)発表!」で紹介したように、2023年の日本映画の私的ベストテンの5位にブログ「とべない風船」で紹介した彼の主演映画を選びました。また、この映画を「グリーフケア映画賞」、東出昌大を「最優秀主演男優賞」に選びました。同作のメガホンを取った宮川博至監督からは「とても嬉しいです。東出君にも伝えます!」とのメールを頂戴しました。「とべない風船」は、瀬戸内海のある島を舞台に、妻子を亡くした漁師の男性と島を訪れた女性の触れ合いを描く物語です。東出昌大は数年前の豪雨災害で妻と息子を亡くした無口な漁師を演じていましたが、本当に素晴らしい演技でした。


「とべない風船」は、西日本豪雨愛する人を亡くした人を描いたグリーフ映画です。東日本大震災阪神・淡路大震災を描いた映画は多いですが、豪雨災害を描いた映画というのは珍しい気がします。少なくとも、わたしは初めて観ました。自然の猛威によって尊い人命が奪われる悲劇は、地震も豪雨も変わりません。このたびの能登半島地震も決して風化させてはなりません。豪雨災害で最愛の妻と子を亡くした憲二を東出昌大は見事に演じていました。途中、死んだはずの妻と子が「ただいま!」と帰宅するシーンがあります。妻が「遅くなってごめん! 心配かけたね」と言い終わらないうちに憲二は幼い息子を抱きしめ、「心配したんだぞ!」と号泣します。でも、それは夢でした。夢から覚めて、冷酷な現実に直面した憲二は現実の世界でも号泣します。それはあまりにも哀しすぎる場面であり、わたしも貰い泣きしました。

 

それにしても「とべない風船」での東出昌大の悲しみの演技は圧巻でした。「浜遊び」として、若者たちが浜辺でバーベキューや花火をするシーンがあります。憲二も参加していましたが、突然の雨が降ってきて、みんなズブ濡れになります。そのとき、雨に濡れた花火が暴発して大きな音を出すのですが、それを聴いた憲二は錯乱します。妻と子が亡くなった豪雨による土砂崩れの瞬間がフラッシュバックしたのです。トラウマという言葉では表せないほどの大きな心の傷を負った憲二が取り乱す様子もじつにリアルで圧倒されました。東出昌大という俳優は本当に凄いです。なかなか、悲嘆の淵にある人間の心理をここまで表現できるものではありません。わたしは、ブログに「間違いなく、彼は日本映画界に必要な人材です。不倫騒動でバッシングされましたが、妻と離婚した彼も不倫相手の女優も十分に禊を済ませました。もう、このへんで世間も彼を赦すべきだと思います」と書きました。


「とべない風船」の公開記念舞台挨拶でで撮影当時の心境を振り返った東出昌大は「キツいものを描くときこそ、『覚悟を持ってやりました』って胸を張って言える気持ちを持ってカメラ前に立ち続けなければいけない」と語りました。取材会では、「例えば僕も父を亡くしたとき、愛猫を亡くしたときは時間が薬だった。でも、役者って自分の実人生のことが、役を考えるきっかけ、引き出しになるのかもしれないけど、実人生は完結してない。進行形なので、この役で東出の人生が救われる、転機になるということはない」とも語りました。彼は2020年1月に不倫が報じられ、同8月に離婚。妻子を失うという境遇は、「とべない風船」の主人公・憲二と重なる部分もあります。それゆえに、迫真の演技が生まれたのかもしれませんね。


2021年、東出昌大が関東近郊の山間部にある山小屋で狩猟生活を送っていると一部で報じられました。彼は、「狩猟は5年前からやってて、田舎にも通ってました。今は田舎に住んでるけど、一軒一軒の家の距離は遠くても、すごい人が訪ねてきて、人の距離は東京よりも近い。あったかさのある日々は楽しいです」と語っています。映画では、近隣住民で野菜や魚を差し入れする場面もありますが、「山でもめちゃくちゃあるし、僕もお裾分け文化はしてます。重いものを運んだりとか、30代の若い奴が来たって喜んでくださいます。東京の家賃だけで1カ月暮らせます。スマホ(の電波は)あやしいけど」と言います。狩猟生活との二刀流で役者としての再生を図る東出ですが、狩猟によって「いのち」と向き合うことは役者としての深みをもたらしているように思えます。


2023年の日本映画の私的ベストテンの8位は、ブログ「福田村事件」で紹介した森達也監督の映画でした。この作品でも、東出昌大は重要な役を演じました。1923年春、澤田智一(井浦新)は妻の静子(田中麗奈)と共に、日本統治下の朝鮮・京城から千葉県福田村に帰郷します。彼は日本軍が同地で犯した蛮行を目撃していましたが、静子にはそのことを話さずにいました。そのころ、ある行商団一行15人が香川から関東を目指して出発していました。行商団が利根川の渡し場に向かっていた9月6日、地元の人とのささいな口論が、その5日前に発生した関東大震災で大混乱に陥っていた村民たちを刺激し、さまざまなデマが飛び交う中で悲劇へと発展していきます。この映画で、東出昌大利根川渡し船の船頭を演じているのですが、川の上を漂うという存在そのものがマージナルであり、悲劇の発端となるキーマンでした。


「福田村事件」の初日舞台挨拶で、田中麗奈は「福田村事件を多くの日本人はしりません。どうして、こんな大事件が100年間も知られてこなかったのか」と発言しました。東出昌大は、「ハリウッドだったら、3・4回は映画化されたような事件です。日本でこういう映画が作られなかったのは配給会社の問題もあるが、差別や国家についての問題をメディアが直視しないことも大きな原因だと思う」と言っていました。大賛成です。もともと、「朝鮮人が日本人に復讐する」とか「朝鮮人が井戸に毒を入れる」などの流言飛語をそのまま報道した当時のマスコミの罪はあまりにも重いです。わたしは、現在世間を騒がせているジャニーズ事務所の創業者・ジャニー喜多川の性加害問題を連想しました。この問題は、60年も前から疑惑が指摘されており、2度にわたって裁判でも取り上げられてきました。それなのに、被害は止められませんでした。



ジャニーズ報道と入れ替わるように、昨年末から、吉本興業所属の「ダウンタウン」の松本人志の性加害問題が大きな話題となりました。吉本芸人をはじめとする松本人志の後輩芸人たちが、松本へのセックス上納システムというべき強制性接待を何度も行っていたことも報道されました。結果、松本人志は芸能活動を休止しました。わたしは思うのですが、ジャニー喜多川とか松本人志に比べれば、東出昌大の不倫スキャンダルなんて、本当に些細な問題です。そもそもジャニーは嫌がる未成年の少年相手に、松本は嫌がる成人女性を相手に性加害を行ったわけです。東出の不倫なんて、共演女優と相思相愛になった結果ですから、当時の杏夫人が怒るのは仕方ありませんが、わたしを含む部外者にとってはどうでもいではありませんか! 現在、東出は3人の後輩女優と山で共同生活しているそうですが、法的にも倫理的にも何の問題もありません。



「まるで、ハーレムではないか!」などと突っ込みを入れる者もいるようですが、大人が納得の上でやっているのですから、いいではないですか! そんなことにイチャモンをつける人は単に彼が羨ましくてジェラシーを抱いているだけでしょう。そんなことで、東出昌大のような希代の名優の活躍の場を奪うようなことがあってはなりません。「福田村事件」の森監督、共演の水道橋博士、そして映画評論家の町山智浩氏は、いずれも「東出昌大の役者としてのオーラが凄かった!」と感想を語っています。黒澤明監督の七人の侍で主人公・菊千代を演じた三船敏郎のような圧倒的な存在感を放っていたそうです。今年は、ぜひ宮川監督に彼を紹介していただいて、じっくり語り合ってみたいと思います。そして、いつか、西日本豪雨を題材とした「とべない風船」のように能登半島地震を題材としたグリーフケア映画を宮川博至監督、東出昌大主演で製作していただきたいと願っています。もちろん、その夢の実現のために、わたしも全力でサポートするつもりです。


2024年1月13日  一条真也