「極限境界線」

一条真也です。
東京に来ています。13日、各種の出版打ち合わせを行いました。その後、宝塚劇場下のTOHOシネマズ日比谷で韓国映画「極限境界線 救出までの18日間」を鑑賞しました。ネットで高評価の作品でしたが、非常に面白かったです。宗教や人間の本質について考えさせる内容でした。


ヤフーの「解説」には、「2007年にアフガニスタンで起きた、武装組織タリバンによる韓国人23人の拉致事件を題材に描くサスペンス。エリート外交官と現地工作員が協力し、人質救出作戦に挑む。メガホンを取るのは『リトル・フォレスト 春夏秋冬』などのイム・スルレ。『人質 韓国トップスター誘拐事件』などのファン・ジョンミンのほか、『コンフィデンシャル:国際共助捜査』などのヒョンビン、カン・ギヨンらが出演している」とあります。

 

ヤフーの「あらすじ」は、「アフガニスタンの砂漠で、武装組織タリバンが23人の韓国人を拉致する事件が起こる。彼らは韓国軍の同国からの撤退と、収容中のタリバン戦闘員23人の釈放を要求。現地に派遣された外交官チョン・ジェホ(ファン・ジョンミン)は、アフガニスタン外務省に戦闘員の釈放を要請するも同省から拒否される。韓国国家情報院の工作員パク・デシク(ヒョンビン)とアフガニスタンフィクサーの交渉も決裂したため、チョンとパクは手を組み人質を救おうとする」です。


この映画、アクション映画ではありませんが、冒頭から最後までハラハラドキドキします。武装組織と人質解放に動く韓国の外交官との心理戦が息をつかせないほどの緊迫感を生んでいます。他にも卑劣な詐欺師なども登場して、ヒューマンドラマとしてまったく飽きさせませんでした。外交官チョン・ジェホを演じるファン・ジョンミンも、韓国国家情報院の工作員パク・デシクを演じるヒョンビンも良かったです。特に、ヒョンビンを見たのはブログ「愛の不時着」で紹介したNETFLIXの大ヒットドラマ以来でしたが、男らしいワイルドな役を見事に演じていました。

 

ヒョンビンが演じたパク・デシクは、〝一匹狼〟ゆえにファン・ジョンミン演じる交渉人と対立します。彼は、過去の事件で人質を殺害されたトラウマに苦しみながらも、人質救出のために奔走する複雑なキャラクターを熱演しました。 ヒョンビンは自身の役どころを「つらい過去とトラウマを抱えていて、今もそれらと闘っていて、誰よりも交渉作戦に力を入れている人物」と語ります。そして「荒々しい一面と、トラウマと闘う苦しみ、作戦への切迫した雰囲気などを踏まえ、デシクという人物を魅力的に表現したい」と並々ならぬ意欲で役作りに励んだといいます。


冒頭シーンで明らかになりますが、タリバンの人質になった23人は韓国のキリスト教会の熱心な信者で、彼らは短期宣教のためにアフガニスタンに入国したのでした。しかし、当時のアフガニスタンは、韓国の渡航禁止国でした。ルールを破ってまで密入国した人々の命を国家が救わなければならないのかという問題を含め、いろいろと考えさせられました。北朝鮮との軍事的緊張関係の中にある韓国政府だから、まだタフな交渉ができたと思いますが、これが平和ボケした日本ならどうか。おそらく弱腰の首相と外務大臣無為無策で人質全員が殺害されるかもしれません。

 

この映画を観ると、人質解放の交渉の難しさを嫌になるほど痛感します。どんな理屈を並べるよりも「実際に人質を救出してナンボ」というシビアな現実が描かれています。わたしは、1990年のイラククウェート侵攻に伴ってイラクの「人間の楯」となって人質になった日本人を解放させるために立ち上がったアントニオ猪木参議院議員を思い出しました。他の政治家や外務省の圧力の中、闘魂外交がスタートしました。人質解放を果たしたイラクからの帰国便には、政府から同乗不可の通達が出ましたが、そこで声を上げた人物たちがいました。人質である夫たちに一目会いたいと猪木に懇願し、イラクまでやって来た婦人会の面々です。彼女たちは「猪木さんを乗せないというのであれば、私たちも乗りません! 日本にも帰りません!」と訴えました。外務省からは掌を返したような猪木への丁重な同乗願いが出されたとか。スカッとする話ですね!

 

イラクでの人質解放が実現したのも、もとはといえば、猪木がイスラム世界の英雄であり、世界最高のスーパースターでもあったモハメド・アリと戦った男だったからです。また、猪木は人質解放のためにイスラム教を学んだそうです。徴兵拒否によってアリはチャンピオン・ベルトを剥奪され、リングから追放されたが、3年近いブランクを経て復活。自分の祖先が生まれたアフリカで、イスラム教徒として世界チャンピオンに返り咲きました。そんな波瀾の人生を送ったアリにとって心の支えとなったに違いないイスラム教に、猪木も興味を抱いていたといいます。イラクへ行く前から、人質解放のためには当然、イスラム教を深く学ばねばならないという覚悟があったそうです。

 

イラクにしろ、アフガニスタンにしろ、砂漠の国です。イスラム教は砂漠の宗教なのです。砂漠を舞台にした映画といえば、デヴィッド・リーン監督の不朽の名作「アラビアのロレンス」(1962年)があります。自伝を基に、アラブ民族を率いてトルコと死闘を繰り広げた英国将校T・E・ロレンスの苦悩と挫折を壮大なスケールで描いたオスカー作品賞受賞のスペクタクル歴史劇ですが、とにかく砂漠の存在感が圧倒的です。「アラビアのロレンス」は男しか登場しない映画とも言われていますが、「極限境界線 救出までの18日間」も男が中心のドラマです。韓国人の人質女性の中に女性がいるだけで、あとは全部男だらけ。やはり、砂漠の映画は男の映画でした!


23人の韓国人を拉致したのは、タリバンでした。タリバンは、イスラム教の神学校「マドラサ」で学んでいた学生が中心となって結成された組織です。マドラサで学ぶ学生はアラビア語で「タリブ」と呼ばれ、現地のパシュトゥー語の複数形が「タリバン」です。自ら名乗ったのではなく、勢力を拡大していくうちにメディアなどを通じて「タリバン」という呼び方が定着していきました。タリバンの結成当時の最大の目的は、内戦で混乱した国内の秩序や治安を回復し、安心して暮らせる社会をつくることでした。また、外国の勢力を排除することも大きな目標でした。タリバンは、イスラム教を軸とした「アフガニスタン・イスラム首長国」の建国を掲げています。

ユダヤ教vsキリスト教vsイスラム教

 

タリバンの人々が信じる神は「アッラー」です。一方、人質となった韓国キリスト教会の人々は「われらがエホバの神」と唱えていました。しかし、もともと、エホバもアッラーも同じ神のことです。拙著ユダヤ教vsキリスト教vsイスラム教(だいわ文庫)で詳しく説明したように、もともとユダヤ教キリスト教イスラム教(イスラーム)は同じ唯一絶対神を信仰する一神教として三姉妹のような存在です。三姉妹宗教はともに『旧約聖書』をカノン(聖典)としているからです。それなのに、お互いに憎しみ合い、殺し合うのは本当に悲しいことです。「エホバ」「ヤーヴェ」「ゴッド」、そして「アッラー」・・・彼らがさまざまな名で呼ぶ神は本当に人類という子どもたちの殺し合いを望んでいるのでしょうか?



イスラム組織ハマスが今年10月7日にイスラエルを奇襲攻撃し、イスラエル・ガザ戦争が繰り広げられています。こちらはユダヤ教イスラム教の姉妹戦争です。ハマスは13日、人質解放などで仲介しているカタールに対し、5日間の停戦と引き換えに、ガザで拘束している人質の中から最大70人の女性と子供を解放する用意があると伝えたと明らかにしました。まさに「極限境界線 救出までの18日間」のドラマがリアルに甦ってきます。イスラエル・ガザ戦争では、多くの人々が亡くなり、多くのグリーフが生まれ続けています。どうしても戦争を止められないのが人類の性であるならば、グリーフケアとはそんな人類が編み出した悲しきワザであり、ひいては人類が存続するための知恵なのかもしれません。

コンパッション!』(オリーブの木

 

本来、宗教というものは慈悲や仁や隣人愛といった「コンパッション」によって他者を思いやる文化のはず。そして、人類の普遍思想といえるコンパッションの精神が形になると「礼」や「ホスピタリティ」になります。「ホスピタリティ」はキリスト教における親切なもてなしですが、イスラム教では「ディヤーファ」といいます。「極限境界線 救出までの18日間」に登場した、あるアフガンの部族長が「われわれイスラームは親切なもてなしをする」と発言していましたが、あれは「ディヤーファ」のことです。願わくば、礼・ホスピタリティ・デイヤーファが世界中に満ち溢れ、戦争がなくなりますように・・・。

 

2023年11月14日  一条真也