「正欲」 

一条真也です。
10日の夜、この日から公開された日本映画「正欲」を観ました。大変な衝撃を受けました。その理由は、もうネタバレ覚悟で書きますが、故ジャニー喜多川の性加害と正面から向き合った内容だったからです。しかも、主演が元ジャニーズの稲垣吾郎だったからです。もともと、ジャニーズ問題を取り上げたわけではなく、偶然このようなタイミングで公開されたのでしょうが、すごい巡り合わせです!

 

ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「『桐島、部活やめるってよ』の原作などで知られる朝井リョウ柴田錬三郎賞受賞作を映画化。息子が不登校になった検察官、ある秘密を抱えた販売員、心を閉ざして生活する大学生など、一見無関係な人々の人生が、ある事件をきっかけに交差し始める。『あゝ、荒野』シリーズなどの岸善幸が監督、同じく港岳彦が脚本を担当。『窓辺にて』などの稲垣吾郎、『くちびるに歌を』などの新垣結衣、『ビリーバーズ』などの磯村勇斗、『軍艦少年』などの佐藤寛太らが出演する」

 

ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
不登校になった息子が世間から隔絶されることを心配する検察官・寺井啓喜(稲垣吾郎)。ある秘密を抱え、世間との関わりを断つように生きる販売員・桐生夏月(新垣結衣)。彼女の中学時代の同級生で、夏月の誰にも言えない秘密を共有している佐々木佳道(磯村勇斗)。容姿に恵まれ華やかな大学生活を送っているように見えながら、他人との交流を避ける諸橋大也(佐藤寛太)。彼と同じ大学に通い、学園祭実行委員を務める神戸八重子(東野絢香)。一見何の接点もないように見えるそれぞれの人生が、ある事件をきっかけに重なり始める」

 

 

原作である朝井リョウ『正欲』新潮文庫)は、アマゾンで「第19回 本屋大賞ノミネート!」「第34回柴田錬三郎賞受賞作」として、「あってはならない感情なんて、この世にない。それはつまり、いてはいけない人間なんて、この世にいないということだ。息子が不登校になった検事・啓喜。初めての恋に気づいた女子大生・八重子。ひとつの秘密を抱える契約社員・夏月。ある人物の事故死をきっかけに、それぞれの人生が重なり合う。しかしその繋がりは、"多様性を尊重する時代"にとって、ひどく不都合なものだった――。『自分が想像できる"多様性"だけ礼賛して、秩序整えた気になって、そりゃ気持ちいいよな』これは共感を呼ぶ傑作か? 目を背けたくなる問題作か? 作家生活10周年記念作品・黒版。あなたの想像力の外側を行く、気迫の書下ろし長篇」と紹介されます。

 

なぜ、わたしは、この映画を観ようと思ったのか?
それは、ブログ「ばるぼら」ブログ「窓辺にて」で紹介した映画と同じく稲垣吾郎が主演と知ったからです。わたしは、稲垣吾郎・草彅剛・香取慎吾の「新しい地図」の3人を名優チームとして高く評価しているのです。しかし、「正欲」の稲垣演じる検察官は自分の常識では測定不能の犯罪者に向き合うのですが、その1人の性癖というのが、10歳ぐらいの男児を性的な対象にすることでした。ホテルで男児を買春するシーンもあり、図らずも小児性愛者の性欲を正面から扱っているのです。そして、それを取り調べする検察官を演じるのが稲垣吾郎だと知って驚きました。わたしは、スクリーンを見つめながら、「おいおい、これはシャレにならんぞ!」と思いましたね。あと、1人の男児を買春しても重罪になるのに、「ジャニー喜多川の罪はどれだけだよ?!」とも思いました。


予告編でも流れていますが、稲垣演じる寺井検察官が「社会のバグは本当にいるの。悪魔みたいな奴がいるんだよ!」と妻に強く訴えるシーンがあります。その社会のバグって、ジャニー喜多川そのものではありませんか! 思い起こせば、“公開処刑”と呼ばれたSMAPの謝罪会見や不条理な解散劇、退所後の「新しい地図」への圧力など、稲垣はさまざまな苦労をしてきたと思います。しかし、図らずも、この映画はジャニーズ事務所に対する痛烈なリベンジになったのではないでしょうか。あと、寺井検察官は社会の常識にとらわれ、正論しか言わず、“普通ではない”マイノリティへの理解に欠ける冷酷非情な人間のように描かれていますが、彼は良き夫であり、良き父だと思いました。逆に、不登校の息子を過保護にするだけの妻は、夫が疲れて帰宅しても夕食にレトルトのカレーしか出しません。そのくせ、いつもヒステリックに夫を罵る妻の方に問題がありますね。観ていて、腹が立ちました。

 

桐生夏月を演じた新垣結衣の演技は素晴らしかったです。体当たりの演技というか、女優魂を感じました。なにしろ、彼女が自慰で果てたシーンの直後にタイトルインするのです。これまでの彼女の清純なイメージからは想像もつきませんが、いろんな意味で汚れ役を見事に演じていました。横浜で一緒に生活する夏月と佐々木佳道(磯村勇斗)は、中学時代の同級生でした。2人は大人になってから思わぬ形で再会し、やがて互いに“ある秘密”を抱えていることを共有する仲になります。佳道は、「これで擬態できないかな、世間並みに」と語りながら夏月に指輪を差し出し、「この世界で生きていくために、手を組みませんか?」と“提案”を持ちかけ、夏月も「いいね、それ」と笑顔で答えます。「夫婦とは何なのか?」「パートナーとは何なのか?」ということを考えさせられました。


ネタバレにならないように注意して書くと、この映画には水のイメージに溢れています。わたしは、ブログ「シェイプ・オブ・ウォーター」で紹介した鬼才ギレルモ・デル・トロ監督のファンタジー映画を連想しました。ベネチア国際映画祭の金獅子賞受賞作で、米ソ冷戦下のアメリカを舞台に、声を出せない女性が不思議な生き物と心を通わせる物語です。1962年、米ソ冷戦時代のアメリカで、政府の極秘研究所の清掃員として働く孤独なイライザ(サリー・ホーキンス)が主人公です。映画の冒頭、イライザは自室のバスルームの浴槽の中で自慰に耽るシーンがあります。彼女は湯を張ったバスタブの中で自慰をするのが習慣なのでした。後に“彼”がイライザの部屋にやってきて、二人はバスタブの中で結ばれるのですが、「正欲」の冒頭に登場する夏月の自慰シーンとイライザのそれがわたしの中で完全にシンクロしました。



水のイメージに満ちた「正欲」には、公園の水飲み場の水が噴出するシーンも登場します。それを見て、わたしは、ブログ「渇水」で紹介した日本映画を連想しました。日照りが続く、ある年の夏。岩切俊作(生田斗真)は、市の水道局員として水道料金を滞納する家庭を訪ね、水道を止めて回る業務に当たっていました。県内全域で給水制限が発令される中、岩切は訪問したある家で幼い姉妹(山崎七海、柚穂)と出会います。父親が蒸発し、母親(門脇麦)が家に帰らなくなり、2人きりで家に取り残された姉妹を前に水を止めていいのか葛藤する岩切は、悩みながらも規則に従って停水を執行するのでした。ラスト近くで、公園で水が噴出するシーンが展開されるのですが、それはまるで抑圧された本能の解放のようでした。主演の生田斗真ジャニーズ事務所所属でしたが、このたび退所することが発表されました。「渇水」には、「正欲」の磯村勇斗も主人公・岩切の相棒役で出演していましたね。


もう1本、「正欲」を観て連想した映画があります。ブログ「検察側の罪人」で紹介した2018年の日本映画です。東京地方検察庁刑事部に配属された検事の沖野啓一郎(二宮和也)は、有能で人望もある憧れのエリート検事・最上毅(木村拓哉)と同じ部署になり、懸命に仕事に取り組んでいました。あるとき、2人が担当することになった殺人事件の容疑者に、すでに時効が成立した事件の重要参考人・松倉重生(酒向芳)が浮上します。その被害者を知っていた最上は、松倉に法の裁きを受けさせるべく執拗に追及しますが、沖野は最上のやり方に疑問を抱き始めるのでした。「正欲」で稲垣吾郎が演じた検察官が思ったよりも迫力満点で怖いぐらいだったのですが、「検察側の罪人」で主演だった木村拓哉演じる検事を思い浮かべました。木村拓哉稲垣吾郎は元SMAPで、二宮和也は嵐ですが、3人あわせて検事になってジャニー喜多川のような最悪の性犯罪者を断罪していただきたい!



2023年11月11日 一条真也