リメンバー・フェス

 

一条真也です。
わたしは、多くの言葉を世に送り出してきました。
今回は「リメンバー・フェス」という言葉を提案したいと思います。意味は、ずばり「お盆」です。8月は、日本全体が亡くなった人々を思い出す「死者を想う月」。6日の「広島原爆の日」、9日の「長崎原爆の日」、12日の御巣鷹山の「日航機墜落事故の日」、そして15日の「終戦の日」、3日置きに日本人にとって忘れてはならない日が訪れます。そして、それはまさに日本人にとって最も大規模な先祖供養の季節である「お盆」の時期と重なります。

供養には意味がある』(産経新聞出版

 

拙著『供養には意味がある』(産経新聞出版)にも書きましたが、「盆と正月」という言葉が今でも残っているくらい、「お盆」は過去の日本人にとって楽しい季節の1つでした。1年に1度だけ、亡くなった先祖たちの霊が子孫の家に戻ると考えたからです。日本人は古来、先祖の霊に守られて初めて幸福な生活を送ることができると考えていました。その先祖に対する感謝の気持ちを供養という形で表したものが「お盆」なのです。

産経新聞」2023年8月8日朝刊より

 

1年に1度帰ってくる先祖を迎えるために迎え火を焚き、各家庭の仏壇でおもてなしをしてから、送り火によってあの世に帰っていただくという風習は、現在でも盛んです。同じことは春秋の彼岸についても言えますが、この場合、先祖の霊が戻ってくるというよりも、先祖の霊が眠っていると信じられている墓地に出かけて行き、供花・供物・読経・焼香などによって供養します。それでは、なぜこのような形で先祖を供養するのかというと、もともと2つの相反する感情からはじまったと思われます。1つは死者の霊魂に対する畏怖の念であり、もう1つは死者に対する追慕の情。やがて2つの感情が1つにまとまっていきます。

唯葬論』(サンガ文庫)

 

拙著『唯葬論』(三五館、サンガ文庫)に詳しく書きましたが、死者の霊魂は死後一定の期間を経過すると、この世におけるケガレが浄化され、「カミ」や「ホトケ」となって子孫を守ってくれる祖霊という存在になります。かくて日本人の歴史の中で、神道の「先祖祭り」は仏教の「お盆」へと継承されました。そこで、生きている自分たちを守ってくれる先祖を供養することは、感謝や報恩の表現と理解されてくるわけです。

決定版 年中行事入門』(PHP研究所)

 

ところで、わが社サンレー冠婚葬祭互助会ですが、毎年、お盆の時期には盛大に「お盆フェア」などを開催して、故人を供養することの大切さを訴えています。しかしながら、小さなお葬式、家族葬直葬、0葬といったように葬儀や供養に重きを置かず、ひたすら薄葬化の流れが加速している日本にあって、お盆という年中行事が今後もずっと続いていくかどうかは不安を感じることもあります。特に、Z世代をはじめとした若い人たちは、お盆をどのように理解しているかもわかりません。『決定版 年中行事入門』(PHP研究所)にも書いたように、お盆をはじめとした年中行事は日本人の「こころの備忘録」であり、そこにはきわめて大切な意味があります。

 サンレーシネコン用パンフレット

 

そんな折、ブログ「互助会シネマパンフレット大好評!」で紹介したように、わが社は冠婚葬祭互助会のパンフレットをシネコンに設置していますが、大変好評です。表紙である外側右ページには、ディズニー=ピクサー風のイラストが描かれ、「喜びにも哀しみにも寄り添う、人生の伴走者でありたい。Sun  Ray  Aid  Society サンレー互助会」のタイトルが書かれています。このパンフレットを見た出版プロデューサーの内海準二さんは、「デザイン力、ありますね。まさにファンタジー。祭りをフェスというように、お盆も何かアップデートしてください」とのメッセージをLINEに送ってきてくれました。

シネコンに並んだ2種類のペーパー

 

内海さんのメッセージを見て、ひらめいたことがありました。ブログ「ディズニー&サンレー」で紹介したように、ある日のシネコンには、わが社の互助会パンフレットの隣に似たようなデザインのチラシが置かれていました。見ると、なんとディズニーのチラシではないですか! 「ディズニー100 フィルム・フェスティバル」のタイトルで8本の名作アニメの名シーンが描かれ、「100年分の夢と魔法を――映画館の大スクリーンで。」と書かれています。子どもの頃から愛してやまなかったディズニーのチラシとサンレーのパンフレットが並んでいるなんて夢のようでした。あるいは、魔法をかけられたようでした。そのとき、わたしの頭の中で「そうだ、お盆を『リメンバー・フェス』と呼ぼう!」という考えがひらめいたのでした。


「リメンバー・フェス」は、ブログ「リメンバー・ミー」で紹介したディズニー&ピクサーの2017年のアニメ映画からインスパイアされたネーミングです。「リメンバー・ミー」は第90回アカデミー賞において、「長編アニメーション賞」と「主題歌賞」の2冠に輝きました。過去の出来事が原因で、家族ともども音楽を禁止されている少年ミゲル。ある日、先祖が家族に会いにくるという「死者の日」に開催される音楽コンテストに出ることを決めます。伝説的ミュージシャンの霊廟に飾られたギターを手にして出場しますが、それを弾いた瞬間にミゲルは死者の国に迷い込んでしまいます。カラフルな「死者の国」も魅力的でしたし、「死」や「死後」というテーマを極上のエンターテインメントに仕上げた大傑作です。

ご先祖さまとのつきあい方』(双葉新書

 

リメンバー・ミー」を観れば、死者を忘れないということが大切であると痛感します。わたしたちは死者とともに生きているのであり、死者を忘れて生者の幸福など絶対にありえません。最も身近な死者とは、多くの人にとっては先祖でしょう。先祖をいつも意識して暮らすということが必要です。拙著『ご先祖さまとのつきあい方』(双葉新書)にも書きましたが、わたしたちは、先祖、そして子孫という連続性の中で生きている存在です。遠い過去の先祖、遠い未来の子孫、その大きな河の流れの「あいだ」に漂うもの、それが現在のわたしたちにほかなりません。


さて、お盆といえば、「盆踊り」の存在を忘れることはできません。日本の夏の風物詩ですが、もともとはお盆の行事の1つとして、ご先祖さまをお迎えするためにはじまったものです。今ではご先祖さまを意識できる格好の行事となっています。昔は、旧暦の7月15日に初盆の供養を目的に、地域によっては催されていきました。盆踊りというものは、生者が踊っている中で、目には見えないけれども死者も一緒に踊っているという考え方もあるようです。


照明のない昔は、盆踊りはいつも満月の夜に開かれたといいます。太鼓と「口説き」と呼ばれる唄に合わせて踊るもので、やぐらを中央に据えて、その周りをみんなが踊ります。地域によっては、初盆の家を回って踊るところもありました。太鼓とは死者を楽しませるものでした。わたしの出身地である北九州市小倉では祇園太鼓が夏祭りとして有名ですが、もともと先祖の霊をもてなすためのものです。


さらに、夏の風物詩といえば、大人気なのが花火大会です。そのいわれをご存知でしょうか? たとえば隅田川の花火大会。じつは死者の慰霊と悪霊退散を祈ったものでした。時の将軍吉宗は、1733年、隅田川の水神祭りを催し、そのとき大花火を披露したのだとか。当時、江戸ではコレラが流行、しかも異常気象で全国的に飢饉もあり、多数の死者も出たからです。花火は、死者の御霊を慰めるという意味があったのです。 ゆえに、花火大会は、先祖の供養という意味もあり、お盆の時期に行われるわけです。大輪の花火を見ながら、先祖を懐かしみ、あの世での幸せを祈る。日本人の先祖を愛しむ心は、こんなところにも表れています。つまり、太鼓も花火も死者のためのエンターテインメントだったわけです。


愛する人を亡くした人へ』(現代書林)

 

9月からクラインクインする映画「君の忘れ方」の原案である拙著『愛する人を亡くした人へ』(現代書林)で紹介しましたが、アフリカのある部族では、死者を二通りに分ける風習があるそうです。人が死んでも、生前について知る人が生きているうちは、死んだことにはなりません。生き残った者が心の中に呼び起こすことができるからです。しかし、記憶する人が死に絶えてしまったとき、死者は本当の死者になってしまうというのです。誰からも忘れ去られたとき、死者はもう一度死ぬのです。映画「リメンバー・ミー」の中でも、同じメッセージが訴えらえました。死者の国では死んでもその人のことを忘れない限り、その人は死者の国で生き続けられますが、誰からも忘れられてしまって繋がりを失ってしまうと、その人は本当の意味で存在することができなくなってしまうというのです。


リメンバー・ミー」のポスター

 

わたしたちは、死者を忘れてはなりません。それは死者へのコンパッションのためだけではなく、わたしたち生者のウェルビーイングのためでもあります。映画「リメンバー・ミー」から発想された「リメンバー・フェス」は、なつかしい亡き家族と再会できる祝祭ですが、都会に住んでいる人が故郷に帰省して亡き祖父母や両親と会い、久しぶりに実家の家族と語り合う祝祭でもあります。そう、それは、あの世とこの世の誰もが参加できる祭りなのです。日本には「お盆」、海外には「死者の日」など先祖や亡き人を想い、供養する習慣がありますが、国や人種や宗教や老若男女といった何にもとらわれない共通の言葉として、わたしは「リメンバー・フェス」という言葉を提案します。将来、ニュースなどで「今日は世界共通のリメンバー・フェスの日です」などと言われる日を夢見ています。

 

2023年8月14日  一条真也