「キングダム 運命の炎」

一条真也です。
30日の日曜日、福岡県には「危険な暑さ」の警報が出ていました。大雨警報というのは珍しくありませんが、猛暑警報とは! 「外出をお控え下さい」とのことでしたが、わたしはシネプレックス小倉に行って、日本映画「キングダム 運命の炎」を観ました。ブログ「キングダム」ブログ「キングダム2 遥かなる大地へ」で紹介した作品の続編です。前作同様に日本映画界を代表する俳優陣が総出演した豪華なエンターテインメント大作でした。

 

 

ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
原泰久のコミックを山崎賢人吉沢亮などの出演で実写映画化したシリーズの第3弾で、『馬陽の戦い』のエピソードなどを描いた歴史アクション。春秋戦国時代の中国で、将に昇格した信と秦の国王・エイ政らが、趙の大軍勢の侵攻に対して決死の戦いを繰り広げる。共演は橋本環奈や清野菜名玉木宏佐藤浩市大沢たかおなど。監督を前2作に引き続き佐藤信介が務める」

 

ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「七大国が群雄割拠する春秋戦国時代。戦争で身寄りをなくした信(山崎賢人)は100人を率いる将に昇格し、秦の若き国王・エイ政(吉沢亮)のもとで『天下の大将軍』を目指していた。ある日、北方の隣国・趙の大軍が秦に侵攻してくる。秦は馬陽の地で、戦場へ舞い戻ってきた王騎(大沢たかお)を総大将に趙を迎え撃つ」

 

 

『キングダム』は、原泰久による日本の漫画です。「週刊ヤングジャンプ」(集英社)にて2006年9号より連載中。第17回手塚治虫文化賞マンガ大賞受賞作品。2022年6月時点で累計発行部数は9000万部を突破。2020年12月に発売された60巻をもってシリーズ初の初版100万部を達成というから、すごいですね!

 

2018年4月の第50巻達成を記念して『キングダム』の実写映画「キングダム」の製作が発表され、2019年4月に劇場公開されました。紀元前245年、中華西方の国・秦。戦災で親を失くした少年・信(山崎賢人)と漂(吉沢亮)は、大将軍になる夢を抱きながら剣術の特訓に明け暮れていました。やがて漂は王宮へと召し上げられますが、王の弟・成キョウ(本郷奏多)が仕掛けたクーデターによる戦いで致命傷を負います。息を引き取る寸前の漂から渡された地図を頼りにある小屋へと向かった信は、そこで王座を追われた漂と瓜二つの王・エイ政(吉沢亮)と対面。漂が彼の身代わりとなって殺されたのを知った信は、その後エイ政と共に王座を奪還するために戦うことになるのでした。


映画第2弾の「キングダム2 遥かなる大地へ」では、「蛇甘(だかん)平原の戦い」のエピソードが描かれます。監督は前作と同じく佐藤信介が務めました。春秋戦国時代の中国で、秦の玉座をめぐる争いから半年後、大将軍を目指す信が初陣に挑み、羌カイらと共に隣国・魏との壮絶な戦いを繰り広げます。隣国の魏が秦に侵攻を開始しますが、秦軍に歩兵として加わった信は、子供のような姿の羌瘣(きょうかい)らと共に伍(5人組)を組むことになります。決戦の地・蛇甘平原に到達した信たちでしたが、戦況は絶望的な惨状でした。第2弾は、なんといっても、羌瘣(きょうかい)を演じた清野菜名の熱演が光りました。


今回の「キングダム 運命の炎」では、紫夏(しか)を演じた杏の存在感が輝いていました。紫夏は趙国の闇商人です。元々は戦争孤児でしたが、餓死寸前のところを行商人の紫啓(しけい)に拾われ育てられました。彼女は家督を継いでからは稼ぎを倍にするなど、優れた商才を発揮。そんな彼女が、秦国までエイ政を送り届けるというミッションを引き受けます。趙軍の追手が迫り、絶体絶命というタイミングで秦軍の迎えがやって来ます。エイ政と紫夏に救いの手が近づくなか、彼らを逃がすまいと趙軍は躍起になります。身を挺して政を守る紫夏。その身体を矢が、槍が貫きます。やっと秦軍との合流に成功しますが、紫夏の負った傷は深く徐々に息が弱まっていきます。そんな紫夏はエイ政に「あなたほどつらい経験をして王になる者はいません。だから、きっと、あなたは誰よりも偉大な王になれます」と言葉を残し、息を引き取るのでした。


エイ政は紫夏のおかげで、失った五感や人を信じる気持ちを取り戻し、さらに命も救われました。紫夏は命を落としましたが、平和な世のために中華統一を目指すエイ政の志を、紫夏への想いが支えているのでした。また、紫夏は、趙国に幽閉同然のエイ政が夜に月を見上げているとき、「月がお嫌いですか?」と話しかけます。苦しみのどん底で月を見上げてきた紫夏自身、月の美しさは自分を嘲り笑っているようで「ふざけんな」という感情を抱いていました。しかし、紫夏の養父は「月がいつも以上に輝いているのは、くじけぬように励ましているのだ」と教えてくれるのでした。この言葉を紫夏から伝えられたエイ政の獣のような眼は、このとき正気に戻るような人間らしさを見せます。そして、この言葉は紫夏を救い、その後はエイ政をも救っていくのでした。

 

「キングダム 運命の炎」には、さまざまなキャラが登場しますが、彼らを演じるキャスト陣も豪華です。橋本環奈の使い方なんか「ほんと、もったいないなあ!」と思ってしまいます。数多くのキャストの中で、わたしは王騎将軍を演じる大沢たかおが好きです。ウェィトを大増量したマッチョな王騎がニヤリと笑ったり、「わらべ~し~ん(童信)」と変なイントネーションで信に呼びかけるシーンはたまりません。今回は、趙軍の将軍を演じた山本耕史片岡愛之助山田裕貴の3人も良かったですが、最後に登場した「武神」こと龐煖(ほうけん)を演じたのが意外な人物だったので驚きました。わたしの好きな大物俳優ですが、彼のこれからの活躍が楽しみです!


じつは、この「キングダム 運命の炎」を鑑賞することは少し躊躇しました。というのも、わたしはタイトルに2とか3とか数字が入っている作品、すなわち続編映画が嫌いなのです。「キングダム」の場合は1と2も観ているので問題ないように思えますが、基本的に映画は一話完結のものを好みます。というのも、前作を観ていても記憶力が悪いので、それまでのストーリーを忘れてしまうのです。ブログ「マトリックス レザレクションズ」で紹介した映画がいい例で、同作を観るのをかなり楽しみにしていたものの見事に爆睡してしまいました。


しかし最近は、ブログ「スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム」ブログ「トップガン マーヴェリック」ブログ「ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE」で紹介した映画のようにシリーズ最新作が初見でも観客に感動を与えているという現象が起こっています。その理由は、最新作の中で過去のストーリーをうまく説明しているからだと思います。たとえば、登場人物が「あらすじ」をセリフとして語るとか。そして、それはストーリーがわからなくなって観客が混乱した「スターウォーズ」シリーズの失敗の反省からではないでしょうか? ちなみに、「キングダム」は日本映画界の「スターウォーズ」を目指しているそうですが、シリーズ2作目となる「キングダム2 遥かなる大地へ」の冒頭のストーリー説明はなかなか上手でした。


さて、前作の「キングダム」「キングダム2 遥かなる大地へ」も戦闘シーンは迫力満点でしたが、第3弾である「キングダム 運命の炎」の戦闘シーンはまあまあの迫力でした。わたしはあまり戦争映画というのは好んで観ないのですが、エンターテインメント超大作で話題になったものはなるべく観ることにしています。ただ、現在は世界で実際に戦争が行われている最中であり、大量の兵士が殺されていくシーンの連続を目にするのは複雑な心境になりました。そして野暮な話かもしれませんが、「戦争を娯楽として楽しむのって、どうなの?」と思ってしまう自分がいました。中国統一を目指す秦の野望が、現在の中国の国家主席である習近平や、ウクライナに侵攻したロシアのプーチン大統領覇権主義とどうしても重なって思えるのです。それに、「なんで古代中国の武将を日本人が演じるの?」という素朴な疑問も湧いてきてしまいますね。


「キングダム 運命の炎」について、ネットでは「尻切れトンボ」だとか「微妙な感じ」といった低評価も散見できますが、わたしは、なかなか面白かったと思います。何よりも俳優陣の豪華さには目を見張ります。さすがは、東宝が総力を挙げて作るだけのことはありますね。吉沢亮が演じたエイ政は、中華の唯一の王、つまり後の始皇帝です。「キングダム」そのものが始皇帝外伝のような物語なのですが、わたしは始皇帝という人物に多大な関心を抱いており、著書でも言及してきました。


ハートフル・カンパニー』(三五館)

 

拙著『ハートフル・カンパニー』(三五館)所収の「始皇帝の夢、アレクサンダーの志 東西二大英雄の心を読む」でも、始皇帝について詳しく書いています。わたしは、2005年と2017年の2回にわたって兵馬俑を訪れました。兵馬俑とは、言わずと知れた秦の始皇帝の死後を守る地下宮殿です。二重の城壁を備えた始皇帝の巨大陵墓の下には、土で作られた兵士や馬の人形が立ち並んでいます。実に8000体におよぶ平均180センチの兵士像が整然と立ち並ぶさまはまさに圧巻で、「世界第八の不思議」などと呼ばれていることも納得できます。この兵馬俑を眺めながら、わたしはさまざまなことを考えました。

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兵馬俑

 

「キングダム」にも登場する春秋・戦国の舞台は、それが当時の全世界でした。秦、楚、燕、斉、趙、魏、韓、すなわち「戦国の七雄」がそのまま続いていれば、その世界は七つほどの国に分かれ、ヨーロッパのような形で現在に至ったことでしょう。当然ながらそれぞれの国で言葉も違ったはずです。そうならなかったのは、秦の始皇帝が天下を統一したからでした。その意味で、始皇帝は中国そのものの生みの親と言えます。中国を知ろうと思えば、それを生んだ秦の始皇帝を知らなければなりません。彼は前人未到の大事業を成し遂げましたが、その死後、彼の大帝国は脆くも崩壊してしまいました。とはいえ、統一の経験は、中国の人々の胸に強く、そして長く残りました。

f:id:shins2m:20170422170145j:plain始皇帝像とともに

 

三国時代南北朝、宋金対峙など、中国はその後しばしば分裂しましたが、そのときでも、誰もがこれは常態ではないと思っていたのです。中国が一つであることこそ、本来の自然な姿であると思っていたのです。これは、イギリス、フランス、イタリア、ドイツ、スペインなどの国々に分かれ、20世紀の終わりになってやっとEUという緩やかな共同体が誕生したヨーロッパの歴史を考えると、本当にものすごいことです。よほど強烈なエネルギーがなければ、中国統一のような偉業を達成することはできませんし、1人の人間が発したそのエネルギーの量たるや、わたしのような凡人には想像もつきません。

 

中国すなわち当時の世界そのものを統一するとは、どういうことか。他の国々をすべて武力で打ち破ったことは言うまでもありませんが、それだけでは天下統一はできません。始皇帝は度量衡を統一し、「同文」で文字を統一し、「同軌」で戦車の車輪の幅を統一し、郡県制を採用しました。そのうちのどれ1つをとっても、世界史に残る難事業です。始皇帝は、これらの巨大プロジェクトをすべて、しかもきわめて短い期間に1人で成し遂げたわけです。また、始皇帝は2つの水利工事や阿房宮という未完の宮殿を造ろうとしたことでも知られていますが、何と言っても有名なのが、かの万里の長城です。いま残っているのは明時代のもので、始皇帝の時代はもう少し原始的なものだったそうですが、それにしても国境線をすべて城壁にするというのは、実に雄大な英雄ならではの発想です。

 

かくして、広大な中国は統一され、彼はそのシンボルとして「皇帝」という言葉を初めて使いました。以後、王朝や支配民族は変われど、中国の最高権力者たちは20世紀の共産主義革命が起こるまで、ずっと皇帝を名乗り続けました。すなわち、秦の始皇帝がファーストエンペラーであり、清の宣統帝溥儀がラストエンペラーでした。この二人の皇帝の間には2000年を超える時間が流れています。「キングダム」シリーズの続編では、エイ政が始皇帝となって中華を統一するスケールの大きな物語が展開していくことでしょう。個人的には「キングダム 運命の炎」の最後に登場した龐煖(ほうけん)と最後の最後に妖艶な姿で再登場した長澤まさみ演じる楊端和の活躍に期待したい!

 

2023年7月31日  一条真也