「グリーン・ナイト」

一条真也です。
26日、東京から北九州に戻りました。
25日、社外監査役を務めている互助会保証株式会社の監査役会と取締役会に出席した後、日比谷で打ち合わせしました。その後、この日から公開された映画「グリーン・ナイト」をTOHOシネマズシャンテで観ました。ホラーをはじめ世界的にヒット映画を連発しているA24が初めて手がけたダーク・ファンタジー映画です。幻想的な映像が魅力的で、わたしはかなり楽しめました。


ヤフー映画の「解説」には、「『指輪物語』などのJ・R・R・トールキンが現代英語に翻訳した、14世紀の叙事詩『サー・ガウェインと緑の騎士』の原典を実写化したファンタジー。不気味な騎士と遭遇したアーサー王のおいが、それを機にさまざまな試練にさらされていく。監督を務めるのは『永遠に続く嵐の年』などのデヴィッド・ロウリー。『どん底作家の人生に幸あれ!』などのデヴ・パテル、『アースクエイク バード』などのアリシア・ヴィキャンデルのほか、ジョエル・エドガートン、サリタ・チョウドリー、ショーン・ハリスらが出演する」とあります。

 

ヤフー映画の「あらすじ」は、「アーサー王のおいであるものの騎士になれず、人々に誇る英雄譚を持てずにいるサー・ガウェイン(デヴ・パテル)。クリスマスに円卓の騎士が集う王の宴が開かれる中、全身を草木に包んだような異様な姿の騎士が現れ、ガウェインに首切りゲームを持ち掛ける。ゲームに挑んだガウェインによって異様な騎士は首を切り落とされるが、騎士は切り落とされた自らの首を拾って『1年後にわたしを捜し出し、ひざまずいて、わたしからの一撃を受けるのだ』と言い姿を消す。その約束を果たそうと、ガウェインは騎士を捜す旅に出る」です。


この映画の原作というか原典は、『サー・ガウェインと緑の騎士』です。イングランドで書かれた作者名不詳の物語で、韻文です。1300年代後半、イングランド北西部、現在のマンチェスター周辺で書かれたとされています。作者は名前が明らかでないため、この作品の名を取って「ガウェイン詩人」、あるいはもう1つの代表作である『パール』の名を取って「パール詩人」などと呼ばれています。同時代のイングランド詩人であるジェフリー・チョーサーは、宮廷に出仕していたこともあってその名を現代まで残しています。しかし、「ガウェイン詩人」は中世の没個性傾向、つまり神の前では人間はみな平等であるため、その名を公に轟かせることを慎むといった当時の風潮の影響を受けてか、本名が未だ明らかになっていません。


写本が唯一の原典として伝わっていますが、どこをどう探しても作者の名前が見つからないのです。その原典をJ・R・R・トールキンが現代英語に翻訳し、ブログ「ミッドサマー」などのA24が映画化したダークファンタジーが「グリーン・ナイト」なのです。なお、トールキンは、『サー・ガウェインと緑の騎士』について、「中世を理解するための最適な窓」と表現しています。「グリーン・ナイト」の主人公がアーサー王の甥ということで、有名な『アーサー王と円卓の騎士』で知られるキャラクターたちも続々と登場します。アーサー王はもちろん、円卓の騎士たちにも武勇伝という物語がありますが、アーサー王の甥にはそれがありません。「グリーン・ナイト」は、それを探求しに彼が冒険に出かける物語です。


伝説の中では、アーサー王ランスロット卿をはじめとする勇敢で高潔な騎士たちが、貴婦人や乙女を守って大冒険を繰り広げます。馬上試合や華麗な恋愛が花開く中、魔法使いや予言者が闊歩し、邪悪な怪物や恐ろしい蛮族が攻め寄せます。魔法、妖精、聖杯、エクスカリバーなど、後世で「ファンタジー」と呼ばれる文学的要素のほとんどが、アーサー王伝説の中に含まれていると言われます。なにしろ、『指輪物語ロード・オブ・ザ・リング)』も『スター・ウォーズ』も『ドラクエ』も『ファイナル・ファンタジー』も、そのすべてがアーサー王伝説の亜流といって良いほど、強い影響を受けているのです。


アーサー王に仕える騎士たちは「円卓の騎士」と呼ばれます。円卓とは、文字通り、丸いテーブルのことです。アーサー王をはじめ、すべての騎士たちはキャメロット城内に設置された円卓にぐるっと座って会談をします。円卓の大きさは写本によって違っており、定員13名~150名まで、さまざまなヴァージョンがあります。円卓という丸いテーブルだと上下関係の序列がつきません。ですので、「騎士たちは、みんな平等」という理念が示され、まるで民主主義の源流を見るようです。映画「グリーン・ナイト」では、このキャメロット城内で円卓の騎士たちが集っている場に「緑の騎士」が出現するのですが、それは恐ろしいクリーチャーでした。物語が一気にダーク・ファンタジーに突入したことがわかりました。主人公が旅の途中で遭遇する「進撃の巨人」を彷彿とさせる巨人たちの行進も、まことに幻想的で良かったです。


「グリーン・ナイト」を監督したデヴィッド・ロウリーは、ブログ『見るレッスン 映画史特別講義』で紹介した本の著者である映画評論家の蓮實重彦氏(東京大学元総長)のお気に入りの映画人です。なぜ、お気に入りかというと、まずは、ロウリーのショットがことごとく決まっているからです。同書で蓮實氏は「フランシス・フォード・コッポラはともかく、スティーブン・スピルバーグも、マーティン・スコセッシも、『ショット』に対する自覚がやや希薄な人たちだと思います。これだと納得できるショットが彼らにあまりない。いろいろな場面が組み合わさると作品としてそれなりにまとまりますが、印象に残るショットが比較的少ない」と述べています。

 

 

それから、蓮實氏がロウリーを気に入っている第2の理由は、彼の作品はほぼ90分で作られているからです。同書で蓮實氏は「映画というものは、ほぼ90分で撮れるはずなのです。それを最も忠実に繰り返しているのがデヴィッド・ロウリーだと思います。今までの作品はほとんど90分です。もちろん、それにふさわしい上映時間というものがあらかじめ決まって存在するわけではありません。ところが90分ぐらい収まっている作品の中に優れたものが多い。これはなぜなのかというのを突き詰めなければなりません。現在では、どういうわけか2時間20分が平均になっています。そうすると、140分もの間、観客を惹きつけておくだけの価値が彼らの演出にあるかといえば、とてもそうは考えられない。デヴィッド・ロウリーの映画を見ていると、90分に収められるのはなぜかということが理解できるような気がします」と述べます。


さらにロウリー作品について、蓮實氏は「彼のこれまでの作品が2時間20分だったら退屈でしょう。題材としては2時間20分ぐらいになりそうなものですが、それを見事に90分で終えています」と述べていますが、じつは「グリーン・ナイト」の上映時間は2時間10分なのです。さて、蓮實氏の感想が気になりますね。ロウリーの作品といえば、ブログ「A  GHOST  STORY/ア・ゴースト・ストーリー」で紹介した映画があります。わたしも大好きな作品ですが、これは上映時間が92分です。主演はケイシー・アフレックルーニー・マーラ。不慮の死を遂げた男がシーツを被った幽霊となって、遺された妻や世の移り変わりを見守り続ける姿を描いています。不思議な味わいのファンタジーで、何度も観たい名作です。拙著『心ゆたかな映画』(現代書林)でも取り上げましたが、おかげさまで同書は大変好評で、素晴らしいレビューが多数寄せられています。わたしのおススメ映画を100本紹介していますので、まだ未読の方はぜひ御一読下さい!

心ゆたかな映画』(現代書林)

 

2022年11月26日 一条真也