開会式は中止すべき!

一条真也です。
この文章を書き始めたのは、7月23日の午前5時です。いろんな考えが頭をよぎり、一睡もできません。23日の0時ちょうどにアップしたブログ「東京五輪よ!」では、「何事も陽にとらえる」というわが信条に基づいて、この日に開会式を行う東京五輪が無事に終了することを願いましたが、その後、強い不安感がわたしを襲ってきました。

f:id:shins2m:20210723101424j:plainヤフーニュースより

東京オリンピックパラリンピック組織委員会は22日、23日の五輪開会式を予定通り実施するとの声明を発表しました。この日、開閉会式の制作・演出チームで「ショーディレクター」として統括役を務めていた小林賢太郎氏が過去にホロコーストユダヤ人大量虐殺)を題材にしたコントを発表していたことが分かり、批判の広がりを受けて解任を発表。橋本聖子会長が式典の内容を見直しする考えを示していましたが、組織委員会は「本日、小林賢太郎氏を解任したことを踏まえ、改めて開会式の演出内容を精査しましたが、演出内容は様々な分野のクリエーターが検討を重ねて制作したものであり、小林氏が具体的に一人で演出を手掛けている個別の部分は無かったことを確認しました。開会式については、予定通り実施する方向で現在準備を進めています」とのコメントを発表しただけでした。

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しかし、「スポーツ報知」配信の「組織委理事約20人 開会式の中止か簡素化を要望していた・・・武藤事務総長に記者会見で説明要望も開かれず」という記事によれば、組織委員会の理事約20人が、23日に行われる東京五輪開会式の中止か、簡素化への変更を同組織委・武藤敏郎事務総長に申し入れていたそうです。同理事らは21日に五輪・パラリンピックの開閉会式の楽曲を担当する小山田圭吾氏のいじめ問題について、22日には開閉会式の制作・演出チームで「ショーディレクター」として統括役を務めていた小林賢太郎氏のホロコーストを揶揄する発言について、臨時にオンラインでの会議を行いました。ある理事は「2つとも大問題。急きょ、会議を行うことになった。小林氏は開会式の演出全体の調整役と聞いている。それだけに、これまで通りの演出で開会式を行えば、世界中に小林氏の発言を認めたと取られてしまう」と危機感をあらわにしました。

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そのため、小林氏が演出に一切関わってない開会式にするためには、中止にするか、各国・地域の選手の入場行進、聖火点火、開会宣言のシンプルなものにするしかないと会議に出席した理事全員が同意したとか。開会式の式典の変更については、国際オリンピック委員会(IOC)総会での承認が必要だという規約を理解した上で「時間が大幅に短くなるかもしれない。特に高額な放映権料を払っている米NBCからはクレームがあるかもしれないが、今回の問題の重要さを考えたら変更もやむなしの理解されるのではないか」と別の理事は話したそうです。

f:id:shins2m:20210723101512j:plain「スポーツ報知」より 

 

小林氏の解任問題について、多くの人がコメントを出しています。脳科学者の茂木健一郎氏は22日に自身のツイッターを更新し、英文と日本文で「コメディを文脈から切り離してこのように取り上げることに私は断固反対。小林賢太郎さんがどのようなクリエイターか、わかっているはず。著しくフェアでない。小林賢太郎さんのことは、絶対におかしい。ごく短時間の言葉尻をとらえて、小林さんのクリエイティヴの全体を(敢えて)見ようとしないひとたち、オリンピックに反対する立場から、それを炎上、拡大しようとするひとたちに対して、私は抗議します。小林さんのお仕事を全体として見るべき」と綴りました。

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また、22日に放送されたTBS系「ひるおび!」では、「公表された小林氏の謝罪文について、コメンテーターで出演した八代英輝弁護士が「私は小林さんの謝罪文は小山田(圭吾)さんの言い訳がましい謝罪文より、ずっと本人の気持ちが伝わってくる」とし、「もし、今回の事実がそうであるとしたら、多様性や価値観を共有する祭典の開会式や閉会式に関わる人選に、ふさわしいものではないというのは当然だとは思いますけど、小林さんが考えられていること、今、思われていることはよく伝わって来たなと思います」と語りました。

f:id:shins2m:20210723101546j:plain「スポーツ報知」より

 

さらに、22日に放送された日本テレビ系「情報ライブ ミヤネ屋」では、コメンテーターで出演した元大阪府知事で弁護士の橋下徹氏が「組織委員会も100%完璧に(人選を)チェックするっていうのは不可能ですよ。だから(問題が)発覚した時の対応が重要であって…」とまず話した上で、「僕は小山田(圭吾)さんに関しては、どう考えたって即時解任だと思っていたんですけど。絶対許されるような行為じゃないし、被害者への償いもないし。僕は小林さんに関してこそ、もっと、その後の活動とかを組織委が見てね、それでもダメだったら解任かも知れないけど、ワンクッション入れずにいきなり解任で…」と続けた上で「しかも言い訳がましく小林さんは『特定のパートでなく全体の調整だから』とか特定のパートじゃないから削除しなくてもいいみたいな言い訳の布石に使っているんじゃないのか?って。全体の調整なら削除しなければいけませんよね」と話しました。

f:id:shins2m:20210723102856j:plain「スポーツ報知」より
 

しかし、茂木氏・八代氏・橋下氏の意見がいかに国際社会の現実を見ない甘い考えかということが、22日に放送されたTBS系「ゴゴスマ~GOGO!Smile!」にコメンテーターで出演した元宮崎県知事でタレントの東国原英夫氏のコメントでわかります。東国原氏は、「結論から言うと、セレモニーの部分はカットして中止した方がいいと思いますね」と提案。小林氏が解任されたことについては「普通は辞任を勧めて辞任をさせるようにするのですが、とにかくスピード感を持って解任ですよね。(橋本聖子)会長もおっしゃっていたように、国際問題に発展する可能性がある。ユダヤ問題はあんまり甘く見ない方がいいですよ。ホロコーストに対する揶揄や言動は、国によっては厳罰に処される所もある」と問題があまりに重大だと訴えました。そしてセレモニーの中止を提案した理由を「国際問題としては障害者の方をいじめも大問題なのですが、それ以上に問題になるのがユダヤ人の問題。外交的に、問題の重要さ等々を判断されての解任だと思いますね。僕はこれをそのままセレモニーで流すのは、ちょっと危険じゃないかなと思っていますね」と説明しました。


ユダヤ教vsキリスト教vsイスラム教

 

わたしも、東国原氏の意見に賛成です。わたしは『ユダヤ教vsキリスト教vsイスラム教』(だいわ文庫)を書いたときにユダヤ問題について徹底的に調べましたが、この問題は絶対に甘く見ない方がいいです。ブログ『2016年の週刊文春』でも紹介したように、かつて「マルコポーロ事件」というものがありました。『週刊文春』から異動した花田編集長体制となった『マルコポーロ』1995年2月号(1月17日発売)に掲載された〈戦後世界史最大のタブー。ナチ「ガス室」はなかった。〉が、文藝春秋を揺るがす大問題へと発展しました。『2016年の週刊文春』の著者である柳澤健氏は、同書で「若手医師の西岡昌紀が独力で調べ上げて書いた記事の概略」として、「第二次世界大戦中にナチスドイツが採ったユダヤ人政策を弁護するつもりはまったくない。ドイツが罪のないユダヤ人を苦しめたことは明白な歴史的事実である」「しかし、ナチスユダヤ人を虐殺するためにガス室を作ったということには大きな疑問がある」と紹介しています。

 

また、柳澤氏は「ナチスユダヤ人を戦争中は労働力として使い、ドイツがソ連に勝利した暁には、ソ連領内に移住させるという計画を持っていた。強制収容所はそのために作られたものだ」「従って、右の計画と両立し得ない『ユダヤ人絶滅』をドイツ政府が計画、実行したことは一度もなかった」「ところがソ連戦線でドイツは敗退し、その結果、ユダヤ強制移住計画は頓挫してしまう」「戦争末期の混乱の中、収容所内の衛生状態が悪化して伝染病が蔓延し、多くのユダヤ人が死んだ」「戦後、収容所で病死したユダヤ人らの死体を撮影した連合軍は、病死者の死体を、ありもしないガス室の犠牲者であるかのように発表した――」と紹介しています。これに目をつけたのが、米国カリフォルニア州に本部を置くサイモン・ウィーゼンタール・センター(SWC)でした。ホロコーストユダヤ人大量虐殺)の記録保存や反ユダヤ主義の監視を行い、世界中のユダヤ人の人権を守ろうとする団体です。ちなみに、今回の小林賢太郎氏の「ユダヤ人大量虐殺ごっこ」発言に対して猛烈に抗議したのも同団体です。



柳澤氏は、「SWCには、抗議文だけで済ますつもりなど毛頭なかった。『マルコポーロ』に広告を載せている企業に対して、ホロコーストを否定する文藝春秋への広告掲載を中止することを強く要請してきたのである。雑誌は広告が入らなければ存続できない。問答無用の実力行使である。日本の雑誌社が外国の組織から抗議を受けるのは極めて稀なケースだ。文春社内では『もし、全世界のユダヤ人の団体が日本大使館に石を投げたら、俺たちはどうやって責任をとればいいんだ?』と真剣に議論されたという証言もある」と述べています。事態の収拾を図るべく、文藝春秋はSWCに「1、当該号の店頭からの回収」「2、花田紀凱編集長の解任」「3、『マルコポーロ』の廃刊」という3つの提案をして了承を得ました。この発表がなされたのは1995年1月30日のことでした。2月14日には、文藝春秋社の田中健五社長がJR東日本事件、マルコポーロ事件の責任を取る形で会長に退き、安藤満専務が新たに社長に就任しました。当時は世間を騒がす大きな筆禍事件で、わたしも関心を持った記憶があります。なにしろ創刊したばかりの雑誌がいきなり廃刊したのですから。


ユダヤ人はアメリカにも多く、彼らの意向はアメリカの政策そのものにも大きな影響力を与えます。米国のサキ大統領報道官は22日の記者会見で、東京五輪開会式の制作、演出を担当した小林賢太郎氏が過去にホロコーストユダヤ人大量虐殺)をコントの題材にしたとして解任されたことについて「決定を支持する。不快な発言には異議を唱える」と述べ、組織委員会の判断を支持しました。いくら高額な放映権料を払っているNBCが「放映時間が短くなる」などと不満を感じたとしても、開会式の演出中にユダヤ人差別発言を行ったディレクターの仕事が含まれていると知れば、事の重大さに納得する可能性は高いです。



そもそも、3兆円もの日本国民の税金を使う東京五輪に対して、IOCはもちろんですが、アメリカの一民間テレビ局に過ぎないNBCが多大な発言力を有しているということがおかしいのです。また、東京五輪の開会式だけに165億円もの費用をかけることがおかしいのです。いたずらに日本の大手広告代理店や米国のテレビ局を儲けさせるだけではないですか。この大混乱の中で、いま必要なのは「そもそも」を考える本質論であると思います。しかしながら、「そもそも」の本質論が必要ではあるものの、「いま、どうするか」を考える現実論も大切です。



わたしが最も心配するのは、開会式に臨席されて「開会宣言」を行われる天皇陛下のことです。組織委員会の某理事が語ったように「小林氏は開会式の演出全体の調整役と聞いている。それだけに、これまで通りの演出で開会式を行えば、世界中に小林氏の発言を認めたと取られてしまう」ならば、そんな演出の開会式に天皇陛下が臨席すれば、どうなるか。しかも、差別と不寛容に汚されきった暗黒祭典の開会宣言をすればどうなるか。どうか、今からでも開会式の中止、それがどうしても難しいならば、演出部門を一切省いて、各国・地域の選手の入場行進、聖火点火、開会宣言だけのシンプルなものにするしかありません。報道によれば、開会式には市川海老蔵が登場し、MISIAが「君が代」を歌うそうです。それも悪くない演出ではありますが、今回はシンプル・イズ・ベストだと思います。


儀式論』(弘文堂)

 

わたしは、58年生きてきましたが、セレモニーの中止を訴えるのは初めてです。わたしは『儀式論』(弘文堂)という本を書きました。「儀式とはなにか」を突き詰めた書であり、「人間が人間であるために儀式はある」との持論を展開しました。人類は生存し続けるために儀式を必要としたという仮説の下、儀式が人類存続のための文化装置であることを解明することに努め、儀式軽視の風潮に警鐘を鳴らしました。わたしは、儀式の意味と重要性を理解していると自負していますが、だからこそ東京五輪の開会式には強い危惧を抱くのです。それは、ひとえに我が国の儀式王である天皇陛下に災厄が及ばないためであり、ひいては日本国が国際社会から糾弾され、孤立しないためです。



最高位のスポンサー企業の社長も、経団連経済同友会日本商工会議所経済三団体のトップも、あろうことか東京五輪招致時の首相にして1年延期を決定した当事者である安倍晋三氏でさえ参加を見合わせるという開会式に、コロナ禍に苦しむ国民に心を寄せながら忸怩たる思いで臨席される天皇陛下の心中を拝察すると、わたしは深い悲しみと強い怒りを感じます。最後に、ここまでトラブルが続き、開会式の前日になって超弩級の大問題が発生した東京五輪のこれまでの流れを思い起こすにつれ、人智を超えた天や神や仏といったサムシング・グレートの存在を感じずにはいられません。このような呪われた五輪、誰も祝福しない祝祭を強行開催した人物、平和の祭典たる五輪を政争の具に使った者には必ずや天罰が下るでしょう。

 

2021年7月23日 一条真也