「はれのひ」が奪ったもの

一条真也です。
昨夜、宮崎から小倉に戻りました。
小倉では雪が降っています。とても寒いですが、わたしは心は怒りの炎で燃え上がっています。ブログ「はれのひ事件に思う」で紹介した振り袖販売・レンタル会社の「はれのひ」に対する怒りです。成人式当日、早朝の4時に「もぬけの殻」となった店を訪れ、極寒の中で絶望した新成人や親御さんの心中を思うと、あまりにも気の毒で、涙が出てきます。


1月10日付の朝刊各紙



一生に一度しかない成人式を台無しにした罪はあまりにも重いです。成人式の当日、晴れ着を着れなかった方だけでなく、預けていた大切な着物も持ち逃げされてしまった方も多いそうです。そして、なんとフリマアプリ「メルカリ」で振り袖などを大量出品するユーザーが確認され、大騒ぎになりました。新成人が預けていた着物を同社の関係者が出品している可能性も指摘されましたが、メルカリは1月10日、「出品アカウントが『はれのひ』の関係者ではないかという憶測がされているが、現時点でそのような事実は確認されていない」とコメントしています。


はれのひ」は横須賀店・福岡天神店・八王子店・つくば店の4店を展開していましたが、昨年から取引債務や従業員給与の支払い遅延が発生していたそうです。篠埼洋一郎社長と年明けから連絡がつかない状態になり、多くの地域で成人式が行われた8日は福岡天神店を除く3店が突然の休業。9日には残る福岡天神店も閉鎖し、事実上事業を停止しました。東京商工リサーチによると、負債総額は約6億1000万円。篠崎社長は連絡がつかず行方不明の夜逃げ状態です。



日本中の人々が、「はれのひ」、そして逃亡した篠崎社長に対して怒り狂っています。しかし、その怒りがどこからくるものなのか、みなさん怒っているのは確かなのだけども、胸の中のモヤモヤをうまく言葉にできていないようにも思います。ちょうど今、『「言葉にできる」は武器になる』梅田悟司著(日本経済新聞出版社)という本を読んでいるので、わたしも自分の心の中の想いを言語化してみたいと思います。ポイントは、今回のきわめて悪質な事件で、「はれのひ」は何をしたのかということです。わたしは、「はれのひ」は晴れ着だけでなく、いろいろな大切なものを奪ったと考えています。では、何を奪ったのか。思いつくままに書きだしてみましょう。


「言葉にできる」は武器になる。

「言葉にできる」は武器になる。

●礼=人間尊重の精神
まず、「はれのひ」は、新成人たちの「礼」の精神を踏みにじりました。「礼」とは「人間尊重」ということです。成人式における「礼」とは、無事に成人となった自分を尊重し、育ててくれた親を尊重することです。また、新成人を祝ってあげようという親御さんや親族などの「礼」の精神も踏みにじりました。人間にとって最も大切なものを損なった罪は大きいです。

●社会人としての信用
新成人たちは、大人になる日に大人から裏切られてしまいました。社会は「信用」から成り立っているわけですが、それが根幹から崩されてしまいました。社会人として辛いスタートを切ったわけですが、ぜひ、これを学びとして、他人を裏切らない大人になっていただきたいです。

●日本文化への関心
成人式で着物を着るとは、日本文化に触れることです。「ニッポン人には和が似合う」とは、わたしの口癖ですが、新成人として晴れ着を着ることで、和装に興味を持つ女性は多いです、ひいては、それが日本文化全般への関心につながり、日本人としてのアイデンティティや誇りを持つことにも通じていきます。「はれのひ」はその機会を奪いました。

●女性美へのめざめ
成人式で生まれて初めて振り袖を着ると、多くの女性は感動します。そして、「ああ、わたしは女性なのだ」「わたしは大人の女性になったのだ」と改めて実感することでしょう。それは女性美へのめざめであり、新成人は可愛い10代の「女子」から美しい20代の「女性」へと育っていきます。「はれのひ」はその機会を奪いました。

●ひらがな企業への信頼
はれのひ」は新興企業、ベンチャー企業です。そういう若い会社には、ひらがなの社名のところが多いです。ひらがなには柔らかいイメージがあるからでしょう。しかし、ひらがなをやたらと多用したがる編プロや編集者などにいつも感じることなのですが、そこには相手(読者=消費者=お客様)を幼稚な存在として見下す心情が隠されているのでは? 要するに、お客をバカにしているということです。そのが「相手は幼稚だから、騙せるだろう」と思うことにも通じるように『思えます。
昨年、格安の海外旅行業者である「てるみくらぶ」が負債151億円で破産し、旅行業ではリーマンショック後で最大の倒産劇となりました。そのうち約100億円が、一般旅行者約3万6000人のもので、 春休みの旅行シーズンに現地でホテルがキャンセルとなったり、帰国できない可能性があり、日本中に大迷惑をかけました。今回の「はれのひ」事件で、ひらがな企業の信頼はさらに損なわれました。ちなみに、メルカリに振り袖などを出品したのは、「みままんさん」というアカウント名でした。

●冠婚葬祭業界の信頼
一生に一度の晴れの日を台無しにされた被害者の方々の無念と悔しさを思うと、言葉もありません。成人式に限らず、結婚式も葬儀も一生に一度のかけがえのない「セレモニー」であり、「メモリー」です。
最近、福岡県の葬儀保証組合が破産し、会員から「葬儀サービスが受けられない」と悲鳴が上がっていると、元旦のヤフー・ニュースのTOP記事で出ていました。冠婚にしろ、葬祭にしろ、一部の業者のために冠婚葬祭業界全体の信頼が損なわれるのは残念でなりません。冠婚葬祭業者は、「絶対に失敗は許されない」ことを肝に銘じなければなりません。

●家族の絆
拙著『儀式論』(弘文堂)の第13章「家族と儀式」にも書きましたが、冠婚葬祭とは、すべてのものに感謝する機会でもあります。七五三・成人式・長寿祝いなどの通過儀礼は、無事に生きられたことを神に感謝する儀式です。そのために、いずれも神社や神殿での神事すなわち儀式が欠かせないわけです。これまでの成長を見守ってくれた神仏・先祖・両親・そして地域の方々へ「ありがとうございます」という感謝を伝える場を持つことが、人生を豊かにします。成人式で晴れ着を着ることによって、新成人は家族への感謝の念を強めます。また、両親は美しく着飾ったわが娘の姿を見て、これまでの育児の日々をなつかしく思い出します。だいたい、娘を持つ親が、どれだけ成人式の晴れ着姿を楽しみしていると思っているのか!(怒) 
はれのひ」は、そのような家族の絆を奪いました。

●時間そして人生
今回の事件に関しての怒りのコメントで最もよく使われているのは「一生に一度しかない成人式」という言葉です。今回の事件の悪質さは、「時間の不可逆性」に大いに関係しています。デパートでの不祥事なら新しい商品をお客様にお渡しすればいいし、レストランでの不祥事なら次回の食事でサービスするという方法もあります。しかし、儀式産業に関しては、勝負は一回限り、次はありません。それは、儀式というものの本質に関わります。


儀式論』(弘文堂)



儀式論』の第8章「時間と儀式」でも紹介しましたが、社会学者エミール・デュルケムは「さまざまな時限を区分して、初めて時間なるものを考察してみることができる」と述べています。これにならい、「儀式を行うことによって、人間は初めて人生を認識できる」と言えないでしょうか。儀式とは世界における時間の初期設定であり、時間を区切ることです。それは時間を肯定することであり、ひいては人生を肯定することなのです。さまざまな儀式がなければ、人間は時間も人生も認識することはできません。まさに、「儀式なくして人生なし」です。「はれのひ」が奪ったもの、それは「もう二度と戻らない時間」であり、「かけがえのない人生」です。「そんなことすんなよ、返したれよ思い出」というツイートをした人がいましたが、同感です。


これだけ多くのものを奪った「はれのひ」の社長・篠崎洋一郎は稀代の大泥棒です。現在、上海に逃亡しているというフェイスブックからの情報もあります。詐欺での立件を視野に入れて警察が捜査を進めているそうですが、篠崎容疑者の写真あるいは人相書を全国の交番の前に貼り出し、中国の警察やインターポールにも配布して、国際手配してほしいものです。



今朝の新聞に、「オウム系団体 密接さに新証拠」として、オウムの後継主流派「アレフ」から分派した「ひかりの輪」について、公安調査庁が、両団体の密接な関係を示す「新証拠」を公安審査委員会に提出したという記事がありました。オウムは「地下鉄サリン事件」という日本犯罪史上最悪の事件を起こしましたが、今回の「はれのひ」事件はそれに匹敵するほどの凶悪犯罪ではないでしょうか。いわば、「こころの同時多発テロ」とでも呼ぶべきものでした。わたしは、そのように思います。



2018年1月11日 一条真也