「三体」 

一条真也です。
etflixドラマ「三体」全8話を観ました。劉慈欣(リー・ツーシン)による原作小説の評判は以前から知っており、日本語訳の単行本も発売直後に購入していました。でも、その分厚さに怖気づいたのと、なかなか読む時間が取れなかったため、未読でした。それで「先にドラマを観よう!」と思った次第であります。いやあ、ぶっ飛びました。ムチャクチャ面白かったです!


etflixドラマ「三体」は、ヒューゴー賞を受賞した中国のSF作家、劉慈欣の世界的ベストセラー小説『三体』三部作を原作に、HBOの大ヒットドラマ「ゲーム・オブ・スローンズ」のデヴィッド・ベニオフ、D・B・ワイスと「トゥルーブラッド」などのアレクサンダー・ウーが共同クリエイター、製作総指揮、脚本を手がけた超大作SFドラマです。SFには目がなくて、SF映画の大作は必ず観てきたわたしですが、このドラマは大傑作です!

 

デイリー・シネマには、こう書かれています。
「中国本国では全30話のドラマ『三体』が製作され、2023年1月に配信プラットフォーム『テンセントビデオ』で配信された。本作はそれに続く2作目の実写化作品だ。Netflix版は、主な舞台を中国からロンドン(&オックスフォード)に、一人の科学者をオックスフォード大学出身の5人の科学者の仲間たち “オックスフォード・ファイブ”に置き換えるなど大胆な脚色がなされている。ドラマ『三体』はNetflixにて2024年3月21日より配信を開始。瞬く間にNetflixの週間ランキングの英語テレビ部門で1位となるなど、世界中で大きな反響を呼んでいる」

 

 

原作小説のアマゾン「内容紹介」には、「物理学者の父を文化大革命で惨殺され、人類に絶望した中国人エリート科学者・葉文潔(イエ・ウェンジエ)。失意の日々を過ごす彼女は、ある日、巨大パラボラアンテナを備える謎めいた軍事基地にスカウトされる。そこでは、人類の運命を左右するかもしれないプロジェクトが、極秘裏に進行していた。数十年後。ナノテク素材の研究者・汪森(ワン・ミャオ)は、ある会議に招集され、世界的な科学者が次々に自殺している事実を告げられる。その陰に見え隠れする学術団体“科学フロンティア”への潜入を引き受けた彼を、科学的にありえない怪現象“ゴースト・カウントダウン”が襲う。そして汪森が入り込む、3つの太陽を持つ異星を舞台にしたVRゲーム『三体』の驚くべき真実とは?」と書かれています。本書に始まる“三体”三部作は、世界で3000万部以上の売上を記録しました。翻訳書として、またアジア圏の作品として初のヒューゴー賞長篇部門に輝いた、現代中国最大のヒット作です。アメリカのオバマ元大統領やFacebookの創設者マーク・ザッカーバーグも愛読していたそうで、とにかくスケールの巨大な物語です。


この世界的ベストセラーの著者である劉慈欣は1968年、山西省陽泉生まれ。発電所でエンジニアとして働くかたわら、SF短篇を執筆。『三体』が、2006年から中国のSF雑誌《科幻世界》に連載され、2008年に単行本として刊行されると、人気が爆発。中国全土のみならず世界的にも評価され、2015年、翻訳書として、またアジア人作家として初めてSF最大の賞であるヒューゴー賞を受賞。今もっとも注目すべき作家の1人です。わたしは、ジュール・ヴェルヌからH・G・ウェルズヒューゴー・ガーンズバックアイザック・アシモフアーサー・C・クラークに連なるSF作家という存在を「人類における想像力のチャンピオン」だと思っていますが、劉慈欣はまさに現役の世界チャンピオンと言えるでしょう。


デイリー・シネマの「あらすじ」冒頭は、「物理学者の父を文化大革命紅衛兵によって殺害され、自身も反体制派のレッテルを貼られ過酷な労役に従事させられていた元エリート宇宙物理学者・葉文潔(イエ・ウェンジエ)は、絶望の日々を送っていた。ところが、或る日突然、彼女は巨大パラボラアンテナを備えた謎めいた軍事基地に連れて行かれ、そこで働くよう命じられる。そこでは地球外生命体との交信という驚くべきプロジェクトが秘密裏で進行していた。物語の舞台は現代のイギリスに飛ぶ。ウエンジェは今ではロンドンに居を移し、ベテラン物理学者として皆の尊敬を集めていた。しかし、ある日、娘のベラ・イェが自殺してしまう。ベラは物理学研究所でパルティス加速器研究に従事する優秀な科学者だった。実は科学者の死は彼女だけでなく、奇妙にもここ最近、何十件も立て続けに起こっている出来事だった。なぜかくも優秀な科学者の自殺が続くのか、英国の戦略情報局に勤務する捜査官クラレンス・“ダ”・シーがその死の真相に迫るべく奔走していた」となっています。


ベラが亡くなったことで、オックスフォード大学で彼女に学んだ元同級生である5人 の“オックスフォード・ファイブ”が集まります。彼らはそれぞれの道を歩みながら、学生時代と変わらぬ厚い友情で結ばれていました。原作小説では5人はすべて中国人であり、名前の読みにくさもあって多くの日本人読者は苦戦しましたが、今回のドラマではイギリスが舞台となって、5人の人種もすべて異なるようにアレンジされ、格段にわかりやすくなりました。彼らのうち、オギー・サラザールエイザ・ゴンザレス)はナノテクノロジーの権威で起業家、ジン・チェン(ジェス・ホン)は天才的な理論物理学者で知られ、ウィル・ダウニング(アレックス・シャープ)は誠実な物理教師、ソール・デュランド(ジョバン・アデボ)は物理学研究所で助手を務めています。そしてジャック・ルーニー(ジョン・ブラッドリー)は物理学の学位を活かした開発を基に、お菓子会社を経営し、巨額の富を築いていました。


©Netflix

 

同級生のうち、ウィルはジンを密かに愛していましたが、ジンには軍人の恋人がいました。ここが後に物語の重要なポイントになります。他の主要登場人物では、世界最高峰の諜報作戦を率いるカリスマ的なリーダーであるトマス・ウェイドをリーアム・カニンガムが、型破りな手法で捜査に取り組む諜報捜査官の大史(ダーシー)をベネディクト・ウォンが演じています。また、天才物理学の才能に恵まれるも、文化大革命ですべてを失い、孤独にさいなまれる葉文潔の若い頃をジーン・ツェン、老いた姿をロザリンド・チャオが演じています。宇宙人を迎え入れることに人生を捧げ、その目的のためには手段をも厭わない女性タチアナを演じるのはマーロ・ケリー。VRゲームの中に存在するアバターであるソフォンを演じるのはシー・シムーカです。このVRゲームですが、葉文潔の娘で5人の恩師でもあったベラが死ぬ前に夢中になっていたものでした。


ゲームを借りて帰ったジンがそのVRヘッドセットをかぶると、彼女はゲームとは思えない質感のヴァーチャル世界の一員となっていました。そして生身の人間のような人物が現れ、その人物はベラを救世主と呼んだのです。VRヘッドセットは今の文明では成し遂げられないような高度な技術の代物でした。次にジャックがジンからVRヘッドセットを借りてかぶると、ヴァーチャル世界に剣を持った女が現れ、「招待していない」と言って彼の首を切りつけました。この女こそ、ソフォンでした。本当に首を切られた感触があって、ジャックは悲鳴をあげるが、やがて、彼の自宅にもVRヘッドセットが届く。厳重に戸締りをして、何台もの監視カメラがあるにもかかわらず、それは彼の部屋の中に置かれていました。


ベラとジャックは共にVRヘッドセットをかぶり、2人1組でヴァーチャル世界に入り込むことになり、やがて彼女たちにさらなるステップの「招待状」が届くのでした。ジャックはこのVRゲームを「5世代先のマシンだ」と言います。そこには完全なる仮想現実が生まれるわけですが、ジンが最初にプレイしたときは古代中国の世界で、周の文公、殷の紂王などが登場しました。ジャックのときは16世紀初頭のイングランドが舞台で、トマス・モアが登場しました。ジンとジャックは、一緒に魔女裁判が盛んな中世ヨーロッパやチンギスハンの時代のモンゴルにも行きました。いずれの世界でも同じ少女が登場し、ゲームオーヴァーになるたびに彼女は死んでしまいます。このゲームの1つの目的は、彼女の命を救うことでした。そして、もう1つの目的は「三体問題」を解き明かすことだったのです。


原作小説およびドラマのタイトルにもなっている「三体」とは、古典力学における「三体問題」に由来します。互いに重力相互作用する三質点系の運動がどのようなものかを問う問題のことです。天体力学では万有引力により相互作用する天体の運行をモデル化した問題として、18世紀中頃から活発に研究されてきました。運動の軌道を与える一般解が求積法では求めることができない問題として知られます。2つの質点が互いにニュートン重力を及ぼし合って運動するとき、その軌道は楕円、放物線、双曲線のいずれかになることが知られています(ケプラーの法則)。三体問題はこの系にさらに1つの質点が加わった場合の進化を求めるもので、太陽-地球-月系や、太陽-木星土星系など、天体力学のさまざまな局面で必要となるため古くから調べられてきたのです。


etflix版ドラマ「三体」では、優秀な宇宙物理学者である若き日のイエ・ウェンジエが、父親と同様に反体制派のレッテルを貼られ過酷な労働キャンプに送られます。ある日突然、彼女は巨大なパラポラアンテナがそびえた研究所に移動させられます。そこでは地球外生命体との交信を目的とした極秘プロジェクトが行われていました。そこで彼女は太陽に向けて信号を送るというアイデアを思いつき、密かにそれを実行します。このあたりの描写は、ロバート・ゼメキス監督のSF映画「コンタクト」(1997年)を連想しました。有名な天文学者カール・セーガンによるSF小説の映画化作品です。地球外生命体との交信するSETIプロジェクト、人類と宗教、科学、政治、地球外生命、などをテーマとした名作です。


映画「コンタクト」では、SETIプロジェクトの研究者エリナー・アロウェイ(ジョディ・フォスター)がアレシボ天文台で探査と研究をしていました。しかし、先の見えないプロジェクトに対し懐疑的な天文学の権威ドラムリントム・スケリット)によって、エリナーのチームは研究費とアレシボの利用権を打ち切られ、研究は中断を余儀なくさせられてしまいます。彼女は独自の資金源を求め各企業を渡り歩き、ついにS・R・ハデン(ジョン・ハート)という富豪スポンサーを得ることに成功。こうしてニューメキシコの超大型干渉電波望遠鏡群を独自の資金で渡りをつけ探査を再開したある日、彼女は遂にヴェガから断続的に発信し続けられる有意な電波信号を受信。そこに政府が介入してきます。探査は進みますが、次第にエリナーの思惑とは関係ない方向へと事態が進行していくのでした。


「三体」では、イエ・ウェンジエによって太陽に向けて送信された禁断の信号の返信が数年後に届きます。そこから、人類と三体との交信が開始されます。一部の人類は三体を「我が主(マイ・ロード)」と呼びますが、わたしは、アーサー・C・クラークの名作幼年期の終わりに登場する異星人が「オーバー・ロード」と呼ばれたことを連想しました。同作は、宇宙の大きな秩序のために百数十年間にわたって「飼育」される人類の姿と、変貌する地球の風景を、哲学的思索をまじえて描いた作品です。「人類の進化」というテーマ、「宇宙人による人類の飼育」というアイデアなどは、この作品において総括されたというのが定説ですね。アメリカで1952年に刊行された後、クラークの代表作としてのみならず、SF史上の傑作として国際的に広く愛読されてきたロングセラーです。2013年、Syfyによるミニシリーズドラマとしての制作が発表され、2015年に3夜連続で放送されました。


「三体」では、異星人の代表を「我が主」と呼ぶ人々が交信を続けます。「主」はさまざまな質問をして人類の生態や精神について探ろうとしますが、あるとき、回答者である億万長者の石油王マイク・エヴァンズがグリム童話の「赤ずきん」に登場する赤ずきん・おばあさん・狼を使って例え話をします。しかし、その話を「主」はまともに受け取るのでした。慌てたエヴァンズは、「いや、それは単なる比喩ですよ。本当の話ではありません」と言います。「主」から「本当の話ではないのか?」と問われたエヴァンズは「ええ、本当じゃないですよ」と言いました。すると「主」は、「本当ではないというのはウソなのか。人間はウソをつくのか。恐ろしいことだ。信用できない」と言って交信を絶ちます。ブログ『ホモ・デウス』で紹介した2017年の本で、著者のユヴァル・ノア・ハラリが述べたように、「虚構の物語」を作ることこそ人間の最大の能力なのですが、「主」はそれを嫌ったわけです。この場面は異様な緊張感に溢れていました。

 

 

『ホモ・デウス』上巻の第2部「ホモ・サピエンスが世界に意味を与えてくる」の第4章「物語の語り手」は特に興味深く読みました。著者のハラリは「21世紀の新しいテクノロジーは、神や国家や企業といった虚構をなおさら強力なものにしそうなので、未来を理解するためにはイエス・キリストフランス共和国やアップル社についての物語がどうやってこれほどの力を獲得したかを理解する必要がある。人間は自分たちが歴史を作ると考えるが、じつは歴史はこうした虚構の物語のウェブを中心にして展開していく。個々の人間の基本的な能力は、石器時代からほとんど変わっていない。それどころか、もし少しでも変わったとすれば、おそらく衰えたのだろう。だが、物語のウェブはますます協力になり、それによって歴史を石器時代からシリコン時代へと推し進めてきた」と述べます。


人類の前に出現した「天の巨眼」

 

全8話の中でもエピソード5「審判の日」は見所が満載でした。三体は地球上の全てを監視し、見せたいものを見せ、ありとあらゆるものを操作する事が可能となりました。アバターであるソフォンを使った侵略が始まり、信号は止まり全てのコンピューターは制御不能になります。スマホ、街中の電光掲示板、テレビなどに「お前らは虫けらだ」と書かれていました。そして、上空を異様な影が多い、目のようなものが現れ人類を見下ろします。警察の手から逃れていたタチアナは、それを恍惚とした表情で見上げました。『ホモ・デウス』でハラリが指摘した「虚構の物語」を創るという人類の能力の最大の発露が宗教、特にユダヤ教キリスト教イスラム教などの一神教であると言えます。しかし、天空にこんな巨大な眼が登場したら、そんな一神教の物語ごと吹っ飛ぶか、もしくはその巨眼を「神」そのものだと考えるのではないでしょうか。


アルフォンス・ミュシャ「主の祈り」

 

この「天の巨眼」のシーンを見て、わたしは、ブログ「主の祈り」で紹介した、わたし自身が所有しているアルフォンス・ミュシャの絵を連想しました。それは、地上でうごめく多くの人間たちが夜空の月を仰いでいる絵です。しかも、その月は巨大な天上の眼でもあります。「主の祈り」は、1899年に描かれたこの絵はミュシャが最も描きたかった作品であり、それ以前の膨大なアールヌーヴォー作品の版権をすべて放棄してまで、この絵の制作に取り掛かった作品です。多忙な彼が下絵を何十枚も描いており、最初は空に浮かぶ巨大な顔(ブッダの顔のようにも見える)だったのが、次第に1つ目になり、それが三日月になっていったそうです。その絵につけられた解説文には、「月は主の眼であり、その下に、あらゆる人間は1つになるのであろう」といった内容が記されていました。つまり、ユダヤ教徒キリスト教徒もイスラム教徒も、月の下に1つになるというのです。わたしは本当に仰天し、かつ、非常に感激しました。そして日本には1枚だけしかなく、19世紀象徴主義を代表するというその絵を、それこそ「神の思し召し」と思って即座に購入したのです。

 

 

さて、ドラマ「三体」には重要な役割を果たす1冊の本が登場します。アメリカの生物学者であるレイチェル・カーソン沈黙の春(1962年)です。原題を「サイレント・スプリング」という同書は、農薬が環境に及ぼす有害な影響を説明し、環境運動の開始を支援したと広く信じられています。カーソンはDDTについて懸念を提起した最初または唯一の人物ではありませんが、彼女の「科学的知識と詩的文章」の組み合わせは幅広い聴衆に届き、DDTの使用への反対を一般に普及させることに貢献しました。1994年、アル・ゴア副大統領によって書かれた序文付きの版が出版。2012年、『沈黙の春』は、現代の環境運動の発展におけるその役割のために、アメリカ化学会によって国立歴史的化学ランドマークに指定されました。自然保護と化学物質公害追及の先駆的な本ですが、この中に登場する「自然界はすべてが繋がっている」という言葉は「三体」のウェンジエに多大な影響を与えました。


虚構の物語を創るという人間の能力が理解できず、「ウソは許せない」と人間を敵視する三体は、世界中のあらゆる液晶画面を使って「YOU ARE BUGS(お前たちは虫けらだ)」というメッセージを送ります。虫けらは駆除すべしということなのでしょうが、じつは、虫がいなくなれば、世界は動きを止めます。『沈黙の春』にインスパイアされて書かれた『サイレント・アース』という本があります。著者はイギリスの生物学者ディブ・グールソンですが、「昆虫たちの羽音が聞こえない沈黙の春」への警告として同書を書いています。カーソンの時代の農薬よりはるかに毒性の強い農薬によって、最初に犠牲となるのは小さな無脊椎動物である昆虫です。グールソンは、「昆虫は地球上で知られている種の大部分を占めるから、昆虫の多くを失えば、地球全体の生物多様性は当然ながら大幅に乏しくなる。さらに、その多様性と膨大な個体数を考えると、昆虫が陸上と淡水環境のあらゆる食物連鎖と食物網に密接にかかわっているのは明らかだ」と訴えます。


「主」が率いる「三体」たちは地球に宣戦布告し、進行を開始します。彼らが到着するのは400年後だといいます。400年後といえば何世代も後ですから、自分は関係ないと考える者もいるでしょう。また、子孫のために「何ができるのか」を真剣に考える者もいるでしょう。これは地球温暖化の問題をはじめ、さまざまな難題への対処としての「SDGs」に通じる問題です。400年後の異星人の来訪を控えて、地球では2人の天才科学者が活躍します。2人とも女性であり、しかも同級生です。1人は、ジェス・ホンが演じる天才理論物理学者のジン・チェンです。彼女は、三体の宇宙艦隊に向かって時速10790000キロメートル、すなわち、光速の1%で飛ぶロケットを開発しました。現代の技術ではもちろん不可能な技術ですが、彼女の「なんとか、子孫を守りたい。人類滅亡を防ぎたい」という強い想いがそれを可能にしたのでした。


ジンは、核兵器の爆発するパワーを利用して、帆に巨大な推進力を与えるというアイデアを思いつきました。その帆は、髪の毛より細いのに恐ろしく強力なナノファイバーによって出来ており、その開発者はジノの親友のオギー・サラザールエイザ・ゴンザレス)でした。彼女は、ナノテクノロジーの権威だったのです。しかし、パナマ運河で実行されたある作戦にナノファイバーが使用され、1000人もの死者が出たことにオギーは強い罪悪感を抱きます。さらに彼女は、ナノファイバーが「戦争」に使われることに強い拒否感を見せます。「広島」という言葉を使って徹底的に拒否するオギーの姿からは、ブログ「オッペンハイマー」で紹介した原爆開発者の伝記映画への問題提起が感じられました。ナノファイバーの完成が近づくと、オギーの目の前に謎のカウントダウンタイマーが現れ、彼女は恐怖に囚われます。「オッペンハイマーの眼前にもこのカウントダウンタイマーが出現すれば良かったのに」と思ったのは、わたしだけではありますまい。

 

etflix版ドラマ「三体」の冒頭は、中国の文化大革命のシーンでした。ジーン・ツェン演じる葉文潔(イェ・ウェンジェ)という若い女性が、中国の文化大革命の最中に大学教授の父親が紅衛兵から殴り殺されるのを目撃します。中国では、孔子以前から祖先崇拝の精神が強く伝えられ、その家族愛や信義などを孔子の言行録である『論語』にまとめられました。この精神は脈々と受け継がれ、中国大陸の十数回に及ぶ「易姓革命」や、封建的な伝統文化のすべてを悪と決め付けて破壊しようとした中国共産党の「文化大革命」という逆風のなかでも生き残ったのです。 その一方で、「仁・義・礼・智・信」といった道徳心や倫理観は、文化大革命の影響で、最終的には完全に失われてしまいました。中国で毛沢東が「文化大革命」を起こした1966年に、日本でわが社(サンレー)が誕生しました。「批林批孔」運動が盛んになって、孔子の思想は徹底的に弾圧されました。世界から「礼」の思想が消えようとしていたのです。まさにそのとき、日本の九州の地で「創業守礼」と「天下布礼」の旗を掲げるサンレーが誕生したわけです。この意味は大きいと思っています。


そして、「礼」とはもともと「葬礼」から生まれ、発展したとされています。「三体」の中で異星人のアバターであるソフォンが「人間は簡単に死ぬ」と言い放つシーンがありますが、わたしは「人間が死ぬのは当たり前だ」と思いました。オウム真理教の尊師であった「麻原彰晃」こと松本智津夫が説法において好んで繰り返した言葉は、「人は死ぬ、必ず死ぬ、絶対死ぬ、死は避けられない」という文句であったといいます。死の事実を露骨に突きつけることによってオウムは多くの信者を獲得しましたが、結局は「人の死をどのように弔うか」という宗教の核心を衝くことはできませんでした。繰り返しますが、人が死ぬのは当たり前の話です。「必ず死ぬ」とか「絶対死ぬ」とか「死は避けられない」など、ことさら言う必要などありません。最も重要なのは、人が死ぬことではなく、死者をどのように弔うかということ。そう、問われるべきは「死」ではなく、「葬」なのです。さらに、わたしは「葬」とは人類を存続させる究極のSDGsだと考えています。


それにしても、Netflix版ドラマ「三体」は面白かったです。日曜日に、全8話を一気観しました。このドラマに対する批評家の評価は、大絶賛から酷評まで千差万別だといいます。原作小説ファンの中には、大胆な脚色を批判する人もいれば、本作は最高傑作だという人も多いとか。配信後、Netflixのテレビ番組トップ10で初登場2位を獲得。一方で、シーズン1の結末は、ファンにとって続編への期待を高まらせるものでした。ドラマのショーランナーであるデヴィッド・ベニオフ、D・B・ワイス、アレクサンダー・ウーの3人は、シーズン2は「さらに良くなる」と示唆。ベニオフは以前、米『ハリウッド・リポーター』に対し「劉慈欣の原作は、2作目は1作目よりずっと良いし、3作目には心を完全に揺さぶられました。物語が進むにつれてどんどん野心的になり、2作目では大きな飛躍を遂げます。だから、シーズン2が叶えば素晴らしいですよね」と明かしています。「三体」のショーランナーたちは、本作を4シーズンにわたって描きたいと口を揃えて語っていますが、これは非常に嬉しいですね。まずは、シーズン2が楽しみです!

ハリウッド・リポーター・ジャパン」より

 

2024年4月17日 一条真也