グリーフケア鼎談

一条真也です。
17日、ブログ「グリーフケアの時代に」で紹介したドキュメンタリー映画の上映&舞台挨拶が小倉昭和館で行われます。おかげさまで、チケットは完売いたしました。

セレモニー公式サイトより

 

このイベントに先立って、ブログ「音無美紀子さんと鼎談しました」で紹介したトークイベントの内容がネットで公開されました。東京は六本木にあるザ・リッツカールトン東京行われた季刊誌「BLOOM」での鼎談です。お相手は、「グリーフケアの時代に」のナレーターである女優の音無美紀子さん、同映画のゼネラル・プロデューサーであるセレモニーの志賀司社長です。

セレモニー公式サイトより

 

SPECIAL TALK

文化庁支援 ドキュメンタリー映画
グリーフケアの時代に』特別鼎談
 佐久間庸和×音無美紀子×志賀司

 

グリーフケアとは
「グリーフ」とは、深い悲しみ、悲嘆、苦悩を示す言葉。
そして、「グリーフケア」とは、さまざまな喪失と決別を経験した人が、失った(ひと・もの・こと)を丁寧に思い起こし、感謝し、別れを十分に嘆き、大切に憶えつづける心の準備をするために、ケアをする者が心を向け、寄り添い、ありのままを受け入れて、その人たちが自立し、成長し、希望を持つことができるように寄り添いサポートする取り組みです。

 

――まずは、この映画にどのように携わられたかというのを伺ってもよろしいでしょうか。
音無 私はナレーションを担当させていただきました。皆さんの生の声をリアルに撮影されているので、そこに嘘のないようにナレーションをするというのは、大役だなと思いました。
佐久間 うちの会社が2010年からグリーフケアや遺族の会などをやっていまして、大学などでもその関係で教えてきたことなどもあって、一部出演させていただいております。
志賀 グリーフケアドキュメンタリー映画を作るという話がプロデューサーの益田さんからありまして。当社の場合は互助会なんですが、互助会全体としてグリーフケアを推進していくということをやっている最中でしたので、これはちょうどいいタイミングだと思い、全面的に協力させていただきました。
――音無さんはなぜナレーションとして出演を決められたのでしょうか?
音無 実は私もグリーフケアが必要かなと思うような時期があって。39歳の時に乳がんになったのですが、手術後にうつ病が発症して、そこから立ち直るのが本当に大変でした。精心的な辛さっていうのは、何が原因で自分の頭がどうなっちゃたのか分からない。脳が働かないから心が動かない。病院に行っても先生が私の心を取り出して治療してくれるわけじゃないし、そんな一番辛い時期があったんです。なので、すごく共感できる部分があるかと思ってお引き受けしました。実際、共感する部分がすごく多かったです。
――佐久間社長はなぜ出演を決められたのでしょうか?
佐久間 2007年に私は『愛する人を亡くした人へ』というグリーフケアの本を書いたんです。この本を原案として映画を作りたいというお話を志賀社長のほうからいただいて。これは別の作品として今動いているんですが、その関係もあって少しでもグリーフケアという考えや方法を広く発信したいという気持ちで出演を決めました。
――実際にグリーフケアがどういうものなのかご存じない方もまだいらっしゃると思うので、具体的に教えていただけますか?
佐久間 基本的な考えとしては大切な人を失った方に寄り添っていくということです。ただ、死別の悲嘆だけでなく、さまざまな喪失の形があります。たとえば、身体的な喪失、手足を失ったり、乳がんのような病気によって体の一部を失ったりすることもあります。また、配偶者を失ったり離婚したりすること、恋人と別れたり失恋したりすること、ペットを失ったり、環境を失ったりすることもあります。さらには離婚や退職など役割の喪失もあります。そして、他人からの誹謗中傷や名誉の失墜、性加害など、自尊心を傷つけられることもあります。これらの喪失を含めて、グリーフケアはその人の悲嘆に寄り添い、心が壊れないように支えることを目指しています。
――グリーフケアという言葉もここ数年で広まってきたようなイメージがありますが、何かきっかけはあったのでしょうか?
佐久間 2000年代に入って福知山線脱線事故があり、一気にグリーフケアが広まっていったと言われています。2011年の東日本大震災なども大きな出来事ではありますが、いろいろな社会背景もあります。超高齢社会が進んでいること、地域社会が弱体化したことと、宗教がどんどん弱体化していること、お葬式が家族葬直葬などに形骸化し死生観が空洞化しているなど、いろんなことがあってグリーフケアの必要性が拡がっているのかと思います。

愛する人を亡くした人へ』(現代書林)

 

――死生観の空洞化について何か実感としてありますか?
志賀 あります。若い頃に一緒に遊んでいた友人がいるんですが、彼はしばらくフランスでカメラマンやっていて疎遠になっていたんです。ある時、そんな彼がたまたま六本木にいて、僕が「日本に帰って来てるの?」と聞いたら、彼は「また電話するよ」って言ったんです。その後電話は全くなくて、1年ぐらい経った時に、彼が亡くなったことを別の友達からの連絡で知ったんです。その連絡のおかげでお葬式に行けたらからよかったですけど、行けなかったらずっと悩んでいたと思います。やっぱりそこで区切りをつけられるかつけられないかというのはすごく大きいので、お葬式に行けて本当によかったなと思いました。
佐久間 「家族葬」って言いますが、故人は家族の所有物ではないんです。その人が今まで生きてきて、いろんな友人がいたり、職場関係の人がいたりするのに、縁を全部切ってしまって、家族で簡単に済ませるって絶対におかしいと思います。
――お葬式などの儀礼がケアになっている?
佐久間 そう。コロナ禍でお葬式に行けない時期が3年ぐらい続きましたけど、友人や知人に出した年賀状の返信が「その人はお亡くなりになっています」って。あれはショックでした。
――皆さんは実際にケアを受けた経験だったりとか、ご友人の体験を耳にしたことってありますか?
音無 震災の時に、被災地に行ってお話を聞いてあげるっていう活動をしている方がいました。聞いてあげるというか「何でも話してください」って。話しながら涙を流すことで気持ちが浄化されるってことがあると。私も実際にすごくつらかった時に、子供たちがそばに来てなついてくれて、少しずつ元気をもらっていったんです。そばでその温もりを伝えてくれるだけで、心が癒されていくっていうこともあるんだなと思います。
志賀 今は「おひとりさま」とか言われる方がたくさんいらっしゃって、そういう人たちっていうのは悩みを抱えたままどうしようもない。だけど実際にグリーフケアの機会があれば悩みを解消できるかもしれない。
佐久間 お一人の方々にうちの会社に集まっていただいて、お互いに語り合う会をつくっているんです。やはり語ることと人に話しを聞いてもらうっていうのが一番重要なことだと思います。
――忘れるんじゃなくて出していく。
佐久間 はい。グリーフケアっていうのは悲しみをなくすことだと思っている人がいるかもしれませんが、悲しみって絶対に消えないんです。だから悲しみとか悲嘆とうまく付き合っていかなきゃいけないわけです。それを今いろんな人に話して、軽くしていくってイメージですね。失くそうとすると、アルコールに走るとかおかしなことになってしまうんで、なくそうとしない方がいいんです。
――一緒に生きていくという考え方ですね。
志賀 悲しみを失くすんじゃなくて、心の中の「過去の箱」に入れられるかどうか。 悲しみをを過去のボックスに入れられれば、気持ちが楽になります。例えば、大切な人が亡くなったことを受け入れられないから苦しいのであって、受け入れて過去の箱に入れることができれば気持ちが楽になる。ただ、一人でいると悲しみを箱に入れることができない人もいますので、そこを助けてあげたいと思います。

グリーフケアの時代』(弘文堂)

 

――一般的には悲しみは忘れようとする傾向があると思いますが、悲しみを忘れずに人生に織り込んでいくのは難しい印象があります。実際に、どのようなケア方法がありますか?
佐久間 一人で悲しみを乗り越えるのは困難で、いろんな弊害が生じます。だから人の支えが必要です。家族や友人など、支えを持つことが重要です。現在、私たちはグリーフケア士という資格を育成していますが、一方的に上から目線で「あなたの悲しみはこうですよ。放っておけばだんだん軽くなる」といったアプローチは絶対に避けるべきです。一番効果的なのは同じ経験をした人々との対話です。たとえば、小さな子供を亡くした母親どうしの集まりを作り、みんなで思い出を話し合い、写真を見せ合うなどします。将来の夢を語っても良いでしょう。被災者や犯罪被害者、戦争体験者など、同じような境遇の人々が集まり、お互いに語り合うことが一番良い方法だと思います。
志賀 アメリカでは葬儀社が家族を失った方々を集めて話をする場を設けていました。
佐久間 また、映画を観ることもグリーフケアとなります。映画はストーリーや音楽、ナレーションなどが組み合わさった総合芸術で、心に響きやすく、ケアにも役立つと思います。「スーパーマン」などのヒーロー映画でも、愛する人との別離が描かれています。すべての映画はグリーフケア映画だと気づきました。音無さんのように女優として活躍されている方々もグリーフケアに関わっているということですね。
志賀 そうですね。すごい社会貢献です。
音無 私はピンクリボンの運動などにも参加してますが、私の体験を話すと、聞いてる方たちに実感として受け取っていただけます。「私はこうだったのよ」「こんなだったけど、でも今はこうして生きていられるのよ」っていうのを見せてあげるっていうのは、グリーフケアの大きな要素になるかなって思います。
佐久間 小さなお子さんを失って、本当に悲嘆の淵にある人は後を追おうとするんです。それをどうやって周りの家族が押しとどめることができるかが重要です。お葬式が終わっても、法事や法要、四十九日がある。「法要をしっかりしてあげないとあの子は無事に天国に行けないよ、お母さんがしっかりないと」と伝えるのです。そうすると、歯を食いしばって四十九日を迎えます。すると少し心が軽くなっている。さらに今度は一周忌があるので、そこから一年頑張る。そうすると「あの子の分まで生きて、あの子のことをずっと覚えていよう」と考えが向かうわけです。本当にお葬式や法事・法要の力っていうのは大きいなといつも思います。


セレモニー公式サイトより

 

――グリーフケアを儀式を通してというお話でしたが、志賀社長、いかがでしょう?
志賀 弊社の葬儀スタッフにもグリーフケアに関する知識を持った上でお客様と接するようにと、力を入れている最中です。お葬式が終わっても全て終わりではないと。この映画をきっかけに多くの人にグリーフケアを知っていただいて、弊社でもお役に立てることがあればと思います。
――やはり葬儀の果たす役割は大きいですか?
佐久間 大きいです。私は上智大学グリーフケア客員教授を務めてきたのですが、一般の葬儀の現場で働いている方たちにもグリーフケアの資格を取得していただこうと思いました。葬儀の現場で悲嘆に寄り添うということを肌で分かっているので、そこに専門知識が入ると無敵のグリーフケア士が生まれるのです。
――これからグリーフケアはどのように必要とされていくでしょうか。
佐久間 互助会でグリーフケア士を揃えることが私の夢です。互助会は本当に必要なものだと思うんですけど、社会のいろいろな制約で互助会の本義っていうのが失われつつあるように思います。そこでグリーフケア士が互助会のシンボルになるのではと。お葬式の後に話をするだけがグリーフケア士ではありません。大きな自然災害があったら、グリーフケア士を互助会から派遣する。グリーフケア士は災害の現場に行っても力を発揮することができるはずです。各種のハラスメント等の被害者にも寄り添うことも可能で、あらゆることに対応することができます。あらゆる心の問題に対応していけるグリーフケア士を互助会が抱えているっていうことは大きな財産になるのでは?
――音無さん、これからもグリーフケアが大事なものだという感覚は?
音無 ますます必要じゃないでしょうか。私は東日本大震災の後、何かできることはないかと「音無美妃子の歌声喫茶」というのをやっているんです。被災地に何回も行って皆さんと一緒に歌を歌うっていうことをやってきたんですけど、それもグリーフケアだなって思いました。被災地には想像を絶するほどのつらさを乗り越えていらっしゃる方がいっぱいいるんです。仮設住宅の話なんですけど、「最初は壁が薄くて嫌だったけど、隣の人たちがにぎやかにしていると生きているっていう喜びを分かち合えて良かった。マンション造ってもらったけど、一週間誰とも会えず、寂しさがどんどん増してる。仮設住宅のほうが元気になれた」というお年寄りたちがいっぱいいるんです。あなたたちのことを覚えていますよっていうことをもっと発信していかなきゃいけないと思いました。でもコロナ禍で私たちの活動も制限され、オンラインで歌声喫茶やっていたんだけど、お年寄りはオンラインの使い方が分からないんです。だから早く、今秋ぐらいにはみんなで行こうとは言っているんです。
佐久間 素晴らしいご活動ですね!
音無 震災後ずっと3年間苦しんでいたっていう方の話で、ある日、夢枕に息子さんが立って「母さん、いつまで泣いているんだ。僕たちは生きたかったのに生きられなかったんだよ。生きているのなら、死にたいって言うな」と言われたそうです。その方は「だから私、やっと立ち上がろうと思います」って。それを聞いた時、生きるっていうことが供養になるんだなって思いました。これからはこういうお話しができる場が必要と思います。
志賀 全体的な話をすると、宗教観も必要かと。昔はお寺とか神社がある程度地域をまとめていましたが、だんだん宗教が薄れて、隣に住んでいる人がどんな人かも分からなくなって縁も薄れている。さらに、高齢化社会になって「おひとりさま」が増え、若い独身の方が増えている。少し話がそれますが、今は仏壇のない家が多いんです。仏壇屋さんから、お父さんの家庭内での力が弱くなったっていう話を聞きました。昔は子供が悪いことをすると仏壇の前に連れて行ってご先祖様に対して申し訳ないと、ご先祖様を味方につけてお父さんが子供を叱るということが多かった。でも今は仏壇はなく、ご先祖様を味方にできないお父さんの力は弱くなっていると。「仏壇=家族+先祖」っていう図式がなくなっている。仏壇のようなもの、宗教観といったものは失くしてはいけないのではと感じました。


セレモニー公式サイトより

 

――今作品、皆さんに見ていただくのが本当に楽しみですね。
音無 悲しみを抱えている方が見る映画というのは、見ることで気持ちを理解し合うことができるんですよね。もっと世の中が優しくなってほしいと思っています。今の世の中は自己中心的な傾向が強まっていますけど、やっぱりそうじゃなくて、職場でも学校でも弱い人たちと一緒に協力していきたいんです。『絆』という言葉を安っぽく使うのは嫌だけど、でもすごくそこが大事なんだと思います。それこそ元気な人にもこの映画を見てもらいたい。「元気じゃない人もこの世の中にはいるんだよ、乗り越えるって大変なんだよ、だから人を放っておかないで」っていう思いです。
佐久間 ロシアの大統領、中国とか北朝鮮の主席にも見ていただきたいですね。愛する人を亡くす悲嘆の大きさ、グリーフケアの大切さを知っていただきたい。グリーフケアが広まることは戦争のない平和な世界が来ることだと思っています。
――最後に何かお伝えしたいことがあればお願いします。
佐久間 私は、死は不幸な出来事ではないと思っているんです。死っていうのは万人に訪れるものであり、死が不幸であるなら私たちは必ず将来は不幸になってしまう。それはおかしな話なので、死生観を持つことが大切だと思います。グリーフケアには2つの目的があります。1つは死別の悲嘆を軽くするということ、もう1つは死の不安を越えるということです。この映画を見たらそのお役にも立つのかなと思います。
音無 以前に出演した芝居の中で、信長の「戦国時代に生き抜くことこそ誉れだ」という台詞があったんです。震災後のニュースで、被災地の学校の校長先生が卒業式で「君たち、よく頑張った。生き抜くことが誉れだよ」と仰ってたのを見たんです。とにかく精一杯生き抜くっていう、「生きる」というより「生き抜く」っていう言葉に感動しました。この映画で、悲嘆にくれていたお母さんが立ち直っていく過程を見た時、まさに生き抜くことこそ本当に誉れだっていうふうに思いました。
――グリーフケアを必要としている人にも、必要となるかもしれない人にも、ぜひこの映画を見ていただきたいですね。数々の素敵なお話、大変勉強になりました。ありがとうございました。

鼎談を終えて・・・



2024年2月17日 一条真也