「理想郷」 

一条真也です。
18日、ユナイテッドシネマ中間でスペイン・フランス合作映画「理想郷」を観ました。田舎に移住した夫婦が閉鎖的な村で住民との対立を激化させていく姿を描く心理スリラーです。スペインで実際に起きた事件を基にしていますが、鑑賞中は終始ストレスを感じました。特に、主人公の愛犬がひどい馬鹿犬だったことがイライラしましたね。


ヤフーの「解説」には、「スペインで実際に起きた事件を基にした心理スリラー。同国ガリシア地方の山あいの村を舞台に、田舎暮らしに憧れて移住してきたフランス人夫婦と、村人たちとの対立を描く。監督・脚本は『おもかげ』などのロドリゴ・ソロゴイェン。移住者夫婦を『悪なき殺人』などのドゥニ・メノーシェと、『私は確信する』などのマリナ・フォイスが演じるほか、ルイス・サエラ、ディエゴ・アニード、マリー・コロンらが出演する。第35回東京国際映画祭で最高賞にあたる東京グランプリ/東京都知事賞など3部門を獲得」とあります。

 

ヤフーの「あらすじ」は、「フランス人夫婦のアントワーヌ(ドゥニ・メノーシェ)とオルガ(マリナ・フォイス)はスローライフに憧れ、スペインの山岳地帯ガリシア地方の小さな村に移住する。しかし村人たちは慢性的な貧困問題を抱え、穏やかとは言い難い生活を送っていた。隣人の兄弟は新参者である夫妻を敵視するばかりか、二人の菜園に嫌がらせまでし始める。そんな中、村に利益をもたらす風力発電のプロジェクトを巡って村人と夫妻の意見が衝突し、双方の対立は激化する」です。


主人公夫婦の夫を中心に描く第1部と、妻を中心にした第2部の2部構成で描かれていますが、これは良かったと思います。第1部の冒頭に、ガリシア州の野生の馬に刻印を施す慣わしのシーンが登場します。屈強な男たちが荒馬を力で捻じ伏せるのですが、このシーンが後から重要な意味を持ってきます。ただ、最後はもっとカタルシスが欲しかったですね。日本映画にも、田舎に移住した都会人が恐怖の体験をする作品は多く存在しますが、たいていはホラー映画です。秘境の村や島に伝わる秘祭とか怪しい儀式、旧家の呪いをテーマにしたような作品が多いですね。


ただ、日本映画の中にも秘祭や儀式や呪いとは関係なく、閉鎖的な地方そのものの恐怖を描いた作品もあります。ブログ「ヴィレッジ」で紹介した今年4月公開の映画がそうです。ある集落を舞台に環境問題や限界集落、若者の貧困、格差といった社会の闇を描いたサスペンスです。美しい自然と神秘的な薪能が魅力的な村を舞台に、ゴミ処理施設で働く青年の人生が、幼なじみが東京から戻ったことをきっかけに変化していく物語で、主人公の青年を横浜流星が演じています。この「ヴィレッジ」はゴミ処理施設、「理想郷」は風力発電所が重要な役割を果たすところが似ていると思いました。


「理想郷」は、わらの犬(1971年)を彷彿とさせるという見方もあるようです。確かに、人間の心の闇に眠る暴力を描いた心理サスペンスという点で共通しています。サム・ペキンパー監督の「わらの犬」の主人公は、イギリスの片田舎に越して来た学者夫婦です。暴力を否定する夫(ダスティン・ホフマン)は周囲の仕打ちにもひたすら耐え続けますが、ある夜、かくまった精神薄弱者に牙をむく村人相手に遂にその怒りを爆発させます。1970年代には、被害者が加害者に対して過激な暴力で復讐する映画が多数製作されました。映画評論家のローレンス・シャファーはその状況を「わらの犬症候群」と呼びました。


フランスからスペインに移住した「理想郷」の夫婦は、ガリシアの村の住人たちをすべて敵に回しているというわけではなくて、隣家に住む52歳のシャン(ルイス・サエラ)とその弟で45歳のロレンソ(ディエゴ・アニード)の2人に悩まされます。シャンは、ちっぽけな田舎のコミュニティを支配し逆らう者を捻じ伏せる傲慢な男。ロレンソは他人の神経を逆撫でする嫌味な男です。彼らは73歳の母親と暮らしていますが、伴侶もなく、失うものが何もない野蛮で無教養な兄弟です。彼らの嫌がらせや犯罪行為はエスカレートする一方ですが、警察も「ご近所トラブルは避けなさい」と言うばかり。たまりかねたアントワーヌはビデオカメラで脅迫の証拠を残そうとするのでした。

リゾートの思想から隣人の時代

 

わたしは、この映画を観るのをずっと楽しみにしていました。その最大の理由は「理想郷」というタイトルです。20代の頃のわたしは、リゾート・プランナーとして「理想土」づくりを目指していました。映画「理想郷」の主人公アントワーヌも、ガルシアの村を「理想の土地」と心に決め、古民家の再生によってそこをリゾート化するというプランを描いていました。しかし、それは最悪の隣人からの執拗にして理不尽な仕打ちによって無残にも破壊されてしまいます。そこには、ウェルビーイングの欠片もありませんでした。理想土づくりに情熱を燃やした後、わたしの関心は「隣人祭り」の開催などに移りました。「いつか・どこか」に幸福を求めるのではなく、「いま・ここ」に幸福を見つけることこそ大切であり、それがウェルビーイングに通じると思ったからです。家族もそうですが、隣人との良好な関係こそが持続的幸福には不可欠です。そして、そこには隣人との間のコンパッションが欠かせません。映画「理想郷」を観て、そんなことを考えました。

ウェルビーイング?コンパッション!

 

2023年11月19日  一条真也