一条真也です。
たった一字に深い意味を秘めている文字は、世界でも漢字だけです。そこには、人のこころを豊かにする言霊が宿っています。その意味を知れば、さらに、こころは豊かになるでしょう。今回の「こころの一字」は、「実」です。

永遠の知的生活』(実業之日本社

 

何よりも人間に関わるマネジメントにおいては、「生きがい」というものが重要な問題となります。わたしが『永遠の知的生活』(実業之日本社)で対談させていただいた故渡部昇一先生は、「現代の賢者」と呼ばれた方です。渡部先生は、名著『「人間らしさ」の構造』講談社学術文庫)で、人間の生きがいについて、1つのたとえをあげています。ここに1個のどんぐりがあるとします。そのどんぐりにとっての生きがい、つまり本望は何でしょうか。それはコロコロと転がって池に落ち、そこでドジョウに見守られながら腐ってしまうことではないでしょう。

 

 

また石の上に落ちて乾上がってしまうことでも、鳥か何かに食べられてしまうことでもないでしょう。どんぐりの生きがいは、しかるべく豊穣な地面に落ちて、亭亭たる樫の木になることでしょう。どんぐりを割って、いくら顕微鏡で調べてみても、その中に樫の木の原型は見えません。しかし、しかるべき条件に置かれれば、やがて芽が出て、何十年後には大きな樫の木になるのです。つまり、どんぐりの中には樫の木になる性質が潜在していると言えます。



同じことは人間についても言えます。人間の女性の子宮の中で、卵が受精すれば受精卵となります。この受精卵を取り出して百万倍の電子顕微鏡で見ても、そこに人間は見えません。しかしこの受精卵は、しかるべき条件に置かれるならば、やがて小さな赤ん坊になります。したがって受精卵という微細な蛋白質の粒の中には、将来、1・5メートル以上の人間になる可能性が潜在していることになります。受精卵にとっての生きがいは、堕胎されたり、流産になったりして、下水に流されて、汚水処理場で他の汚物と一緒に処理されてしまうことではなく、ちゃんとした人間になることでしょう。

 

 

ここまでは、どんぐりも人間も同じことです。ところが人間には、生物的存在としての肉体の他に、自意識とか、心とか、精神と呼ばれるものがあります。受精卵の生物的生きがいは人間に成長することでよいでしょうが、この心のほうの生きがいはどうなるのでしょうか。アブラハム・マスローなどの心理学者は、「自己実現」という言葉を唱えました。どんぐりが樫の木になるのも自己実現ですし、受精卵が人間になるのも自己実現です。


ハートフル・カンパニー』(三五館)

 

どんぐりも可能性のかたまりですし、受精卵も可能性のかたまりです。わたしたち人間も、自分の可能性を展開しているときに生きがいを感じますし、自己実現は生きがいそのものと言ってよいでしょう。そして、会社や仕事を自己実現の場とすること、そこに生きがいを感じさせること、それこそがハートフル・マネジメントの核心です。そして、そこからハートフル・カンパニーが生まれ、ハートフル・ソサエティの実現につながっていくのではないでしょうか。そう、「心ゆたかな社会」は「心ゆたかな会社」からなのです! なお、「実」については、『龍馬とカエサル』(三五館)に詳しく書きました。

 

 

2023年8月10日  一条真也