一条真也です。
たった一字に深い意味を秘めている文字は、世界でも漢字だけです。そこには、人のこころを豊かにする言霊が宿っています。その意味を知れば、さらに、こころは豊かになるでしょう。今回の「こころの一字」は、「」です。



わたしは2001年に社長に就任しましたが、そのころ、アカデミー作品賞に輝いたビューティフル・マインドという映画を観ました。ノーベル賞を受賞した天才数学者ジョン・ナッシュの生涯を描いた作品ですが、これを観てから数学の魔力にとりつかれ、多くの数学書を読破した経験があります。



数学と聞いただけで嫌な顔をする人もいますが、数学ほど面白いものはありません。関ケ原の合戦の翌年に生まれたフェルマーの最終定理が証明されたのは約360年後の1995年。有史以来で最高の数学者と評されるガウスが天才ぶりを発揮していたのは、江戸時代の謎の浮世絵師・写楽と同時期ですし、ピタゴラスユークリッドは紀元前の人物です。受験勉強とは無縁の世界で遊んでみると、数学は俄然面白くなります。

 

万物は数である」とはピタゴラスの言葉ですが、考えてみれば、あらゆるものは数字に置き換えられます。1人の人間は年齢、身長、体重、血圧、体脂肪、血糖値などで、国家だって人口、GDP、失業率などで表わされます。そしてもちろん企業も売上、原価、利益、株価といった諸々の数値がついてまわります。

 

 

企業における数値は会計という部門に集約されますが、「会計がわからなければ真の経営者になれない」と喝破したのは、故  稲盛和夫氏でした。氏は著書稲盛和夫実学で会計の重要性を力説しました。わたしたちを取り巻く世界は一見複雑に見えますが、本来は原理原則にもとづいたシンプルなものが投影されて複雑に映し出されているものでしかありません。これは企業経営でも同じです。会計の分野では、複雑そうに見える会社経営の実態を数字によってきわめて単純に表現することによって、その本当の姿を映し出そうとしているのです。



経営を飛行機の操縦に例えるならば、会計データは経営のコックピットにある計器盤に表示される数字に相当します。計器は経営者たる機長に、刻々と変わる機体の高度、速度、姿勢、方向を正確かつ即時に示すことができなくてはなりません。そのような計器盤がなければ、今どこを飛んでいるかわからないわけですから、まともな操縦などできるはずがありません。



会計というものは、経営の結果を後から追いかけるだけのものであってはならないと稲盛氏は言いました。いかに正確な決算処理がなされたとしても、遅すぎては何の手も打てなくなります。会計データは現在の経営状態をシンプルにまたリアルタイムで伝えるものでなければ、経営者にとって何の意味もないのです。なお、「数」については、『龍馬とカエサル』(三五館)に詳しく書きました。

 

 

2023年7月29日  一条真也