一条真也です。
たった一字に深い意味を秘めている文字は、世界でも漢字だけです。そこには、人のこころを豊かにする言霊が宿っています。その意味を知れば、さらに、こころは豊かになるでしょう。今回の「こころの一字」は、「素」です。
東洋の思想や学問や修行における根本要素の１つに「素」というものがあります。孔孟でも老荘でも、これを取り入れた仏教でも共通のことです。素を守る、素を養う、素行する、素心を貴ぶなどと言います。その素というものは今も元素・要素などに使用され、もと（元）とか、しろ（白）の意に用いられています。『論語』に「絵の事は素を後にす」とありますが、絵を描きあげるのに白粉で仕上げすることを号にしたのが「素行」や「後素」です。
素行は大石内蔵助の師である山鹿素行で知られ、後素も大塩兵八郎の号として連想されます。安岡正篤によれば、結局、人間の美というものは、その人間の素つまり生地にあります。性質から言えば素地・素質にあり、これを磨き出すことが一番であるといいます。絵画は、いろんな色彩の絵具を使いますが、最後はやはり素、いかに生地を出すかということに苦心します。そのために白を使うのです。
人間も同じことで、色々なものをつけ加えるのではなく、その人間の素質を生き生きと出すようにするのが重要です。と言っても、持って生まれたものをそのまま醜くむき出しにするのではありません。美しく映えるように磨き出すのです。学問も教養も、修養も信仰も、すべて持って生まれた素質を磨き出すのでなければ本物ではありません。またそれでなければ作り物になって、活きてきません。
「経営の神様」と呼ばれたパナソニック創業者の松下幸之助は、生涯「素直な心になりましょう。素直な心はあなたを強く正しく聡明にいたします」というメッセージを「ＰＨＰ」誌において発し続けました。素直といっても、それは一般によく使われているような、おとなしく従順という意味ではありません。
松下幸之助が言う素直な心とは、私心なく曇りのない心というか、１つのことにとらわれずに、物事をあるがままに見ようとする心です。お互いが素直な心になれば、していいこと、してならないことの区別も明らかとなります。また正邪の判別も誤ることなく、何をすべきかも自ずからわかってくるというように、あらゆる物事に関して適時適切な判断のもとに力強い歩みができるようになってくるというのです。
すなわち、本当の素直な心とは自然の理法に従うこと、この宇宙万物一切のものを貫いている理法に、とらわれず従いつつ、こだわらずに考え、かたよらずに行動するということなのです。「素直な心」「誠実」そして「熱意」の３つは成功へのトライアングルであるというのです。なお、「素」については、『龍馬とカエサル』（三五館）に詳しく書きました。
２０２３年７月２９日 一条真也拝
