星の王子さまミュージアムの閉園

一条真也です。
スマホを触っていたら、「『箱根 星の王子さまミュージアム」閉園へ、悲しみの声広がる コロナ禍の来園者減少や老朽化が理由』」というネット記事を発見しました。驚きました。素晴らしい施設でしたので、残念です。


ヤフーニュースより

 

TBSグロウディア(東京都港区)は10月28日、「箱根 星の王子さまミュージアム」を2023年3月31日をもって閉園すると発表しました。コロナ禍による来園者の減少や建物の老朽化が理由だとか。これを受けてSNSでは、「箱根に行くと必ず立ち寄っていた」「寂しすぎる」など、悲しみの声が広がりました。同園は、『星の王子さま』の作者サン=テグジュペリの生誕100年を記念して、1999年6月29日に開園。作品の世界観を楽しめる展示や、作者が生まれた1900年のフランスを再現した街並みが人気を集めました。


星の王子さまミュージアム」の入口で

 

わたしは2008年9月に、星の王子さまミュージアムを訪れました。『星の王子さま』が大の愛読書であるわたしは、もう狂喜乱舞して、園内を回ったことを記憶しています。ヤフーニュースのコメント欄には、淑徳大学経営学部観光経営学科学部長・教授の千葉千恵子氏が「星の王子さまミュージアムが開園した1999年は、日本における「博物館建設ブーム」のさなか。まさに成長期で、日本で初めて全国5000館を突破した年です。バブル期の建設計画で誕生したものが多く、贅沢なつくりのミュージアムも続々、登場しました」と書いています。

星の王子さまミュージアム」にて

 

また、千葉氏は「海外旅行も旺盛な時代でしたから目が肥えた日本人にも受け入れられるよう、展示物などにも工夫がなされました。その後、成長は鈍化し、2008年をさかいにピークアウトしました」と述べます。まさにピークアウトのその年に、わたしは同園を初めて訪れたわけです。近年、博物館は財政逼迫の様相を呈しており、そこをコロナ禍が襲いました。事業収入が落ち込み、赤字経営になるなど存続が難しい施設も多いです。千葉氏は、「特に私設の場合、老朽化した施設を建て直すとなれば費用対効果を考慮し、やむなく閉園・閉館=勇気ある撤退を選択するに至るのも当然な話といえましょう」と述べます。

 

 

博物館ブームの終わりとコロナ禍によってミュージアムが閉園することは残念ですが、仕方ないかもしれません。しかし、原作の魅力自体がパワーダウンしているという気になる指摘もありました。同じヤフーニュースのコメント欄で、fasさんという方が『星の王子様』について、「ひところはだれでも聞いたことくらいある名作でしたが、いまの大学生くらいの年齢だともうみんなほとんど知りませんね。読んでみたという子も、なにが面白いのかわからない、という子が多い。『よっぱらい』や『銀行家』のように、エピソード自体というよりそれが示唆している寓話的・象徴的な意味が面白い作品なのですが、どうもその『なにかを喩えている』という発想が理解できない、ということのようです」と述べているのです。驚きました。


朝日新聞」2016年12月21日朝刊

 

わたしは、『星の王子さま』は世代を超えた素晴らしい名作であると思っています。「朝日新聞」に連載していた「こころの世界遺産」最終回で同書を取り上げました。わたしは、かつて『世界をつくった八大聖人〜人類の教師たちのメッセージ』(PHP新書)という本を書きました。同書で、わたしは、ブッダ孔子老子ソクラテスモーセ、イエスムハンマド聖徳太子といった偉大な聖人たちを「人類の教師たち」と名づけました。彼らの生涯や教えを紹介するとともに、8人の共通思想のようなものを示しました。その最大のものは「水を大切にすること」、次が「思いやりを大切にすること」です。「思いやり」というのは、他者に心をかけること、つまり、キリスト教の「隣人愛」であり、仏教の「慈悲」であり、儒教の「仁」です。今なら「コンパッション」という一語に集約されます。そして、「花には水を、妻には愛を」というコピーが昔ありましたが、水と愛の本質は同じだと述べたのです。

世界をつくった八大聖人』(PHP新書)

 

そんな本を書き上げた後、ふと、サン=テグジュペリの『星の王子さま』が読みたくなりました。じつに30年ぶりに読み返したのですが、大変驚きました。なぜなら、「水は、心にもいいのかもしれないね」という王子さまの言葉が、いきなり目に飛び込んだからです。この本は、8人の人類の教師たちの教えを凝縮したような、ものすごい本でした。『聖書』や『資本論』に次いで人類に広く読まれている大ベストセラーでもあります。全体に流れるメインテーマは「本当に大切なものは目には見えない」です。わたしは、いま、これをホスピタリティ・サービス業に携わる者の心得として、いつも、冠婚葬祭業を営むわが社の社員に話しています。自分たちの仕事が、「思いやり」「感謝」「感動」「癒し」といった目に見えない大切なものをお客様にお届けする最高に素敵な仕事なのだと心から思っているからです。

涙は世界で一番小さな海』(三五館)

 

星の王子さまミュージアムを訪れた翌年の2009年、わたしは『涙は世界で一番小さな海』(三五館)という本を上梓しました。「『幸福』と『死』を考える、大人の童話の読み方」というサブタイトルがついています。カバー表紙には坂田季代子氏による幻想的なイラストが使われ、帯には「『人魚姫』『マッチ売りの少女』『青い鳥』『銀河鉄道の夜』『星の王子さま』・・・5つの物語は、実は1つにつながっていた!」「画期的なファンタジー論」と書かれています。わたしは、アンデルセンメーテルリンク宮沢賢治サン=テグジュペリが童話の世界の「四大聖人」であると訴えました。彼らの作品には、非常に普遍性の高いメッセージがあふれていると考えています。いわば、「人類の普遍思想」のようなものが彼らのファンタジー作品には流れているように思うのです。



戦争や環境破壊といった難問を解決するヒントさえ、彼らの作品には隠されています。とくに、アンデルセンの『人魚姫』『マッチ売りの少女』、メーテルリンクの『青い鳥』、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』、サン=テグジュペリの『星の王子さま』の4作品は、そのヒントをふんだんにもっており、さらには深い人生の真理さえ秘めています。中でもハートフル・ファンタジーのアンカー的存在である『星の王子さま』は永遠の名作です。ミュージアムが閉演しても、この名作だけは日本の子どもたちに読まれ続けてほしいと心から願います。



2022年10月28日 一条真也