一条真也です。
たった一字に深い意味を秘めている文字は、世界でも漢字だけです。そこには、人のこころを豊かにする言霊が宿っています。その意味を知れば、さらに、こころは豊かになるでしょう。今回の「こころの一字」は、「愛」です。

 

 

「愛」は、人間が生きる上で根本的なテーマです。トルストイは「愛の反対は、憎しみではなく、無関心である」と言い、S・モームは「愛の悲劇は、死でも別離でもなく、無関心である」と語りました。そして、シスター・マザー・テレサは「この世のなかで一番大きな苦しみは、一人ぼっちで、誰からも必要とせず、愛されていない人々の苦しみです」と現代の病巣を鋭く突きました。

 

 

愛はマネジメントにおいても重要なテーマです。経営者たるもの、いやしくもマネジメントの道を志すならば、自社の社員に無私の愛を注ぐことは当然です。その場合には、心理学者フロムが「愛の要素」と呼んだ配慮、責任、尊厳、知を与えることが必要でしょう。彼らのみならず取引先、お客様、その他の周囲の人々にも愛を与えることができたとき、それは単なる愛情を超えて「善」となります。

 

 

そして大切なことは、それらすべての人々からも逆に愛されなければならないということです。PHP研究所の元社長の江口克彦氏は、結局私たちは「心からにじみ出るもの」で勝負しなければならないといいます。やがて心の発露が、振る舞いや身なりだけでは誤魔化せない、その人の印象となる。そして確実に、人間はその心の発露を読み取っていく。だから極端に言えば、振る舞い、身なり、言葉がどうであろうと、心が和やか、穏やかで明るければ、多くの人を惹きつけ、多くの人から愛されるのです。

 

 

そして、その心の発露のなかで特に重要なものが「愛嬌」です。もともと愛嬌とは、愛敬相という仏教用語に由来していて、和やかで優しいブッダのような顔で人々を惹きつける相ということだそうです。そう考えてみると、愛嬌は女性に限らず男性にとっても、いや人間にとって実に大切な特性なのですね。

 

 

愛嬌を「可愛気」と言い換えてもよいでしょう。文芸評論家の谷沢永一は著書『人間通』において、「女の色白は七難かくすと言うが、人間の欠点が覆い隠されて世の人から好意を得ることができる性格の急所は可愛気である」と断言しています。「あいつには至らないところが多いけれど、なにしろ可愛気があるから大目に見てやれよ」と寛大に許される場合がほとんです。才能も智恵も努力も業績も身持ちも忠誠も、すべてを引っくるめたところで、ただ可愛気があるというだけの者にはかないません。

 

 

谷沢氏は、「人は実績に基づいてではなく性格によって評価される。女が男を選ぶときの呼吸にどこか似ているのかもしれない」と述べています。至言ですね。なお、「愛」については、『龍馬とカエサル』(三五館)に詳しく書きました。

 

2022年1月9日 一条真也