一条真也です。
たった一字に深い意味を秘めている文字は、世界でも漢字だけです。そこには、人のこころを豊かにする言霊が宿っています。その意味を知れば、さらに、こころは豊かになるでしょう。今回の「こころの一字」は、「義」です。

 

論語 (岩波文庫)

論語 (岩波文庫)

 

 

現在、わたしは、義によって東京五輪の開催中止を訴えています。「義」とは、正義のことです。『論語』の「為政」篇には、「義を見てせざるは勇なきなり」という言葉が出てきます。ここで、孔子は「勇」を「正義を実行すること」の意味で使っています。2008年6月、東京で「秋葉原事件」が発生し、7人が死亡、10人が重軽傷を負いました。多くの人々が事件発生時に被害者の救助に協力し、警視庁は72人に感謝状を贈ったといいます。救護中に容疑者に刺されて負傷した3人には、警視総監から感謝状が贈られた。わたしは、感謝状を贈られた方々を心から尊敬し、同じ日本人として誇りに思います。中には、被害者の救護中に刺されたため命を落とした方もいました。痛ましい限りですが、この方々は本当の意味で「勇気」のあった人々ででした。

 

論語に学ぶ PHP文庫

論語に学ぶ PHP文庫

 

 

仁と義を結んで「仁義」といいます。「われらいかに為すべきか」という規範や規則が「義」です。これに対して欲望を満足させるのを「利」といいます。したがって、仁は必ず義と結びます。安岡によれば、儒教は思想の道であるとともに、仁義の教えです。この仁義と対立するのが功利であり、これは利益のことを指します。そこで儒教では、功利をいかに仁義に従わせるかということになります。仁義に背いて功利に走ると、必ず失敗や災いがあります。歴史というものは人間の大切な根本原理・原則を実証するものとして大きな意義があると、儒教では考えるのです。

 

論語と算盤 (角川ソフィア文庫)

論語と算盤 (角川ソフィア文庫)

  • 作者:渋沢 栄一
  • 発売日: 2008/10/24
  • メディア: 文庫
 

 

儒教にはまた、「利は義の和」であり、「義は利の本」であるという牢固たる信念・見識があります。いかにすることが義かということを積んでいって、はじめて本当の利を得るということです。そして「利に放って行へば怨多し」とされます。利を主たる目的として行動すれば必ず矛盾衝突が起こるというのです。 「日本資本主義の父」として知られる渋沢栄一の思想は、「論語と算盤」という一言に集約されます。それは「道徳と経済の合一」であり、「義と利の両全」です。結局、めざすところは「人間尊重」そのものであり、人間のための経済、人間のための社会を求め続けた人生でした。



特筆すべきは、渋沢栄一があれほど多くの会社を興しながらが、けっして財閥を作ろうとしなかったことです。後に三菱財閥を作った岩崎弥太郎から手を組みたいと申し入れがありましたが、渋沢はこれを厳に断っています。利益は独占すべきではなく、広く世に分配すべきだと考えたからです。渋沢は「利の元は義」と唱え、自分の仕事に対する社会的責任を感じ、社会的必要性を信じることができれば、あとはどうやってその仕事を効率的にやるかを考え、利益を出せばよいと訴えました。

 

指導者の条件

指導者の条件

 

 

「経営の神様」と呼ばれた松下幸之助は「大義」というものを重んじ、「指導者はまず大義名分を明らかにしなくてはならない」としました。彼は著書『指導者の条件』において、近江の小谷城主・浅井長政の例をあげています。浅井長政織田信長の妹婿で、大いにその信頼を得ていました。しかし、信長が浅井家と旧交のある越前の朝倉氏を攻めたとき、突如兵を起こしてその背後をつこうとしたのです。そのため窮地に陥った信長は、木下藤吉郎の決死の働きなどにより辛くも京都へ戻りました。

 

浅井家には、「信長との姻戚関係は別としても、彼は常に朝廷をいただき、天下万民のためという大義名分を唱えて戦っています。それに対して、ご当家のしようとしているのは、いわば小義の戦いです。もし朝倉家との旧交を捨てるに忍びないならば、むしろ朝倉家を説いてともどもに信長の公道に従うべきではないでしょうか」と諫める重臣もいましたが、長政はそれを聞き入れませんでした。そして最後まで信長に敵対し、最後は滅亡してしまったのです。 



浅井長政は、優秀な武将であり、終始堂々と戦って立派な最期を遂げたといいます。しかし、結局は周囲の諸国から孤立し、滅亡を招きました。その大きな原因とは、家臣が指摘したように、十分な大義名分というものを持たなかったからでしょう。一方の信長は早くから、乱れた天下を統一し、朝廷を奉じて、万民を安心させることをめざしました。かつ、それを唱えていました。そうした大義名分が、戦国の世に疲れた人々の共感を呼び、家臣たちもそこに使命感を感じ、働き甲斐を持って全力を尽くしたのです。  


信長に限らず、また日本のみならず、古来より名将といわれる人物は、合戦では必ず大義名分を明らかにしました。「この戦いは決して私的な欲望のためにやるのではない。世のため人のため、大きな目的のためにやるのだ」ということを明確に示し、人々の支持を求め、部下を励ましました。何よりも、この大義というものが大事なのです。『指導者の条件』において、松下幸之助は「いかに大軍を擁しても、正義なき戦いは人々の支持を得られず、長きにわたる成果は得られないからであろう」と書いています。  



そして松下幸之助は、これは決して戦の場合だけではないと述べています。大義名分というといささか古めかしいけれども、事業の経営にしても、政治における諸政策にしても、何をめざし、何のためにやるということを自らはっきり持って、それを人々に明らかにしていかなくてはならない。それがリーダーとしての大切な務めだというのです。   

孟子 全訳注 (講談社学術文庫)

孟子 全訳注 (講談社学術文庫)

  • 発売日: 2019/03/29
  • メディア: Kindle
 

 

わたしは、冠婚葬祭互助会の社長を務めています。会員様に結婚式や葬儀を安価にあげていただくために、毎月いくらかの会費をいただいており、当然、会員を募集する営業部隊もあります。わたしが常に営業スタッフに言っていることは、この仕事は商売というより人助けであるということ。特に、葬儀においてそれが言えます。「礼」という人の道を重んじた儒教孔子によって始まりましたが、孔子の死後、約100年後に孟子が出現し、何よりも「親の葬礼」を人の道の第一に位置づけました。

 

葬式は必要! (双葉新書)

葬式は必要! (双葉新書)

  • 作者:一条 真也
  • 発売日: 2010/04/20
  • メディア: 新書
 

 

人生で最も大切なことは、親のお葬式をきちんとあげることなのです。逆に言えば、親のお葬式をあげられなければ、人の道から外れてしまうのです。人の道から外れるほど悲惨なこと、気の毒なことはありません。世の人々が人の道から外れることを防ぎ、堂々と人の道を歩んでいただくお手伝いをすることほど、義のある行為はないと心の底から思っています。互助会の募集をすること、また解約希望者を説得して思いとどまっていただくこと、これはそのまま人助けにつながります。わたしは、当社の活動には大義があると信じています。最後に、ドラッカーが力説した「真摯さ」とは明らかに「正義」に直結していると思います。なお、「義」については、『孔子とドラッカー 新装版』(三五館)に詳しく書きました。

 

 

2021年5月25日 一条真也