動機善なりや私心なかりしか(稲盛和夫)

f:id:shins2m:20200226112342j:plain

 

一条真也です。
言葉は、人生をも変えうる力を持っています。
今回の名言は、現代日本を代表する経営者である稲盛和夫氏の言葉です。ブログ「敬天愛人(西郷隆盛)」で紹介した言葉を稲盛氏も座右の銘とされています。故郷の鹿児島が生んだ偉人である西郷隆盛を心から尊敬しておられるのです。稲盛氏は京セラ、KDDI、そしてJALと、これまで多くの企業の経営に携わってきました。そして驚くべきことに、それらのすべてにおいて成功を収めてきました。その際、つねに心の中で「動機善なりや私心なかりしか」と自問し続けられてきたそうです。

 

生き方

生き方

  • 作者:稲盛和夫
  • 発売日: 2004/07/22
  • メディア: 単行本

 

ピーター・ドラッカーは、21世紀の社会は知識集約型社会であり、そこでは知識産業が主役になると主張しています。知識集約型社会において、企業が「売れるもの」は、知識ワーカーとしての社員に体現された組織の知識や能力、製品やサービスに埋め込まれた知識、顧客の問題を解決するための体系的知識だとされています。顧客は、提供された知識とサービスの価値に対して評価し、支払うことになるのです。一方、企業が質の高い知を創造するのは、事業を高い次元から眺めること、「知」の本質を問うこと、つまり哲学が求められます。それは「志の高さ」にもつながるもので、当然トップの課題でもあります。マーケットはそこまで見て企業を評価するようになると言われています。ビジョンやミッションはもちろん、フィロソフィーまで求められるのが今後の企業像なのです。

 

 

ブログ『稲盛和夫の哲学』で紹介した本の中で、稲盛氏は日本人にいま求められていることは、「人間は何のために生きるのか」という、最も根本的な問いに真正面から向かい合い、哲学を確立することだと述べています。政治にしても、経営にしても、倫理や道徳を含めた首尾一貫した思想、哲学が必要であることは言うまでもありません。しかし、政治家にしても経営者にしても、その大半は哲学を持っていません。そのような現状で、「動機善なりや、私心なかりしか」と唱え続ける稲盛氏こそは、経営における倫理・道徳というものを本気で考え、かつ実行している稀有な経営者であると言えるでしょう。

 

「人間は価値ある存在なのか」
「この世に生を受け、生きていく意味とはどこにあるのか」
そのように「人間」というものに対して核心をつくような問いを受けたとき、稲盛氏はいつも次のように答えるそうです。
「地球上・・・・・・いや全宇宙に存在するものすべてが、存在する必要性があって存在している。どんな微小なものであっても、不必要なものはない。人間はもちろんのこと、森羅万象、あらゆるものに存在する理由がある。たとえ道端に生えている雑草一本にしても、あるいは転がっている石ころ一つにしても、そこに存在する必然性があったから存在している。どんなに小さな存在であっても、その存在がなかりせば、この地球や宇宙も成り立たない。存在ということ自体に、そのくらい大きな意味がある」

 

宇宙のなかで「存在する」ということは、あるものが自立的に存在するのではなく、すべてが相対的な関係のなかで存在するということになります。この考え方をさらに進めていけば、他が存在しているから自分が存在するし、自分が存在するから他が存在するという、相対的なつながりにおいて存在というものが成り立っている、ということができるでしょう。釈迦ことゴータマ・ブッダはこれを「縁があって存在する」というふうに表現しましたが、つまるところ哲学的思考とは、宇宙のなかにおける人間の位置や、自然の秩序や人生の意味などについて深く考えをめぐらせることだと言えます。



稲盛氏は、2010年2月にJALの会長に就任以来、そのスピード再生に伝家の宝刀である「アメーバ経営」を導入されました。その結果、JALは見事な復活を遂げ、再上場を果たしました。インサイダー取引だとか何だとか揚げ足を取るよりも、「動機善なりや私心なかりしか」という稲盛氏のフィロソフィーが、JAL社員の「こころ」に届いた結果であるといます。ブログ『沈まぬ太陽』に書いたように、労働運動に明け暮れたJALの社員たちも、自分たちの会社を何としても生き返らせたいと真剣に考えたのでしょう。稲盛氏はあくまで「火中の栗」を拾ったであり、「濡れ手に粟」で金儲けをしたわけではありません。「会社は社会のもの」であり、「人が主役」と喝破したのはドラッカーです。会社とは経営者のものでも組合のものでもなく、社会のものなのです。


そして会社とは、人間を幸せにするために存在しているのです。会長就任時に「なぜ、日航会長を引き受けたのか」というマスコミの質問に対して、「日航の社員を幸せにしたいからです」と即答した稲盛氏の堂々とした姿には感動しました。わたしも、昨年3月に高齢者介護事業に進出したときに「動機善なりや私心なかりしか」を自問しました。最後に、稲盛和夫氏ほどの哲人経営者と「孔子文化賞」を同時受賞させていただいたことは、わたしの生涯忘れぬ思い出となりました。その驚きと感激は今も忘れていません。なお、今回の稲盛氏のエピソードは『ハートフル・ソサエティ』(三五館)にも登場します。

 

 

2020年3月25日 一条真也