五輪・パンデミック・葬儀

一条真也です。
安倍総理とIOCのバッハ会長が会談し、東京五輪の1年程度の開催延期が決定しました。そもそも、WHOが「パンデミック宣言」を行った年にオリンピックを開催するなど、最初から無理だったのです。決定が遅すぎました。

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新聞各紙の25日朝刊

 

延期も現実的には会場や選手選考などの難問が山積しています。そもそも1年後に完全に世界で感染拡大が終了しているかわからないわけですから、本当は中止にしたほうがいいと思います。東京五輪に関する陸上トップ選手4000人へのアンケートを行ったところ、「78%は中止を望んいる」という結果が出たそうです。

 

東京五輪の延期などよりも、世界各国での新型コロナウイルスの感染拡大のほうが心配です。本当は五輪会場を東京からロンドンに移す計画もあったようですが、ここ最近、英国の感染拡大がすさまじく進行しています。AFP=時事が配信した「英政府、3週間の外出禁止令 新型コロナ拡大防止へ」という記事によれば、23日、英国のボリス・ジョンソン首相は、新型コロナウイルスの拡大阻止に向け、国民の外出を3週間にわたり原則禁止する封鎖措置を命じたそうです。「必須ではない」店舗とサービスは閉鎖され、3人以上の集会は禁じられるとか。

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ヤフーニュースより 

 

記事には、「ジョンソン氏は国民向けのテレビ演説で、平時としては異例となる今回の措置を発表。国民は『自宅にとどまるように』と述べた。英国の新型コロナウイルスによる死者は335人に増加。英政権内では今回の発表に先立ち、社交活動を自粛すべきとした勧告が無視されていることに対する怒りの声が上がっていた。ジョンソン氏は『今夜(23日夜)から、私は英国民に対し非常にシンプルな指示を出す。国民は自宅にとどまらなければいけない』と表明。生活必需品の買い物や運動、医療関係の外出、通勤のための移動は今後も許可されるが、医療品や電子機器の販売店や図書館、遊び場、礼拝場は閉鎖されると説明した。結婚式や洗礼式も禁止されるが、葬式は許可される(【翻訳編集】AFPBB News)」と書かれています。

 

儀式論

儀式論

  • 作者:一条 真也
  • 発売日: 2016/11/08
  • メディア: 単行本
 

 

世界各地で外出制限から進行して外出禁止、さらには「集合罪」というべき集会禁止が発令されています。「人が集まる」ことが悪事になっているわけですが、このままでは人間の集団としての「社会」が「個」に分断され、活力を失うことが懸念されます。それにしても、結婚式や洗礼式などの儀式まで禁止されるとは由々しき問題です。かつて、わたしは『儀式論』(弘文堂)を書きましたが、そこでは「人間が人間であるために儀式はある!」として、結婚式、葬儀といった人生の二大儀礼から、成人式、入学式、卒業式、入社式といった通過儀礼、さらには神話や祭り、オリンピックの開閉会式から相撲まで、あらゆる儀式・儀礼についての文献を渉猟し、古今の名著を堪能しながら儀式の本質に迫ると同時に、現代日本を蔽う「儀式不要」の風潮が文化的危機であることを論証しました。その意味で、英国での結婚式禁止が日本に及ばないことを願うばかりです。

 

唯葬論 なぜ人間は死者を想うのか (サンガ文庫)

唯葬論 なぜ人間は死者を想うのか (サンガ文庫)

  • 作者:一条真也
  • 発売日: 2017/12/25
  • メディア: 文庫
 

 

さらに、「結婚式や洗礼式も禁止されるが、葬式は許可される」というのは重要なポイントです。『唯葬論』(サンガ文庫)では、葬儀を行うことは人間の本能ではないかと仮説を立てました。わたしは、葬儀とは人類の存在基盤であると思っています。約7万年前に死者を埋葬したとされるネアンデルタール人たちは「他界」の観念を知っていたとされます。世界各地の埋葬が行われた遺跡からは、さまざまな事実が明らかになっています。「人類の歴史は墓場から始まった」という言葉がありますが、たしかに埋葬という行為には人類の本質が隠されていると言えるでしょう。それは、古代のピラミッドや古墳を見てもよく理解できます。


わたしは人類の文明も文化も、その発展の根底には「死者への想い」があったと考えています。人類は死者への愛や恐れを表現し、死別の喪失感を埋めるべく、宗教を生み出し、芸術作品をつくり、科学を発展させ、さまざまな発明を行ってきました。つまり「葬」こそ、われわれの営為のおおもとなのです。考えてみれば、葬儀とは、人類にとっての最古にして現在進行形の営為です。最期のセレモニーである葬儀は、故人の魂を送ることはもちろんですが、残された人々の魂にもエネルギーを与えてくれます。



わたしは、よく「もし人類が葬儀を発明しなかったら、とうの昔に人類は滅亡していただろう」と口にします。葬儀を行われなければ、配偶者や子供など大切な家族の死によって遺族の心には大きな穴が開き、おそらくは自死の連鎖が起きたことでしょう。葬儀という営みをやめれば、人が人でなくなります。葬儀というカタチは人類の滅亡を防ぐ知恵なのです。新型コロナウイルスの感染拡大によって、図らずも葬儀が人間にとっての最重要事であることが証明された形となりました。東京五輪の開催延期などよりも、わたしにとってはずっと重大な問題であります。



さて、安倍総理とバッハ会長は延期される東京五輪について「新型コロナウイルスに人類が打ち勝った記念の祭典にしたい」との見方で一致したようです。これは、よろしいと思うのですが、単なる祝典ではなく、新型コロナウイルスで亡くなった人々の葬送儀礼として意味づけをしていただきたいと思います。古代ギリシャにおけるオリンピア祭の由来は諸説ありますが、そのうちの1つとして、トロイア戦争で死んだパトロクロスの死を悼むため、アキレウスが競技会を行ったというホメーロスによる説があります。これが事実ならば、古代オリンピックは葬送の祭りとして発生したということになります。



21世紀最初の開催となった2004年のオリンピックは、奇しくも五輪発祥の地アテネで開催されましたが、このことは人類にとって古代オリンピックとの悲しい符合を感じました。アテネオリンピックは、20世紀末に起こった9・11同時多発テロや、アフガニスタンイラクで亡くなった人々の霊をなぐさめる壮大な葬送儀礼と見ることもできたからです。ぜひ、世界における新型コロナウイルスの感染拡大の収束後に開催されるオリンピックは、犠牲者たちの葬送儀礼にすべきです。そうすれば、商業主義に染まり過ぎたオリンピックも少しは浄化されるのではないでしょうか。



最後に、本来なら4月中旬、副会長を務めている一般社団法人 全日本冠婚葬祭互助協会(全互協)の海外視察研修で、わたしはギリシャとイギリスを訪れるはずでした。新型コロナウイルスの感染拡大を受けて来年2月に延期になりましたが、果たしてこの騒動は今年中に収束するのでしょうか。互助会といえば、各社ともに結婚式の延期や中止が相次いでおり、混乱しています。葬儀のほうは小規模化しているにせよ、きちんと行われています。やはり、葬儀は不滅のセレモニーですね。

 

2020年3月24日 一条真也