VRとグリーフケア

一条真也です。
東洋経済ONLINEで見つけた「ニューズウィーク日本版」ウエブ編集部の「死んだ娘とVRで再会した母親が賛否呼んだ理由」という記事には非常に考えさせられました。

f:id:shins2m:20200302140753j:plain死んだ娘とVRで再会した母親 

 

VR(バーチャルリアリティー)では、ヘッドセットとゴーグルをつけ、誰でも簡単に仮想現実の世界へ入って行けます。いまやテクノロジーの驚異的な発達で、その技術はエンターテインメントにとどまらず、さまざまな場面で活かされています。ついには人々の心のケアでも利用されています。映画配給コーディネーターのウォリックあずみ氏が書いた同記事では、「VRで3年前に亡くなった娘と『再会』」として、2月6日に韓国で放送された「MBCスペシャル特集―VRヒューマンドキュメンタリー"あなたに会えた"」という番組を紹介しています。放送終了後から大きな反響を呼び、SNSや動画サイトでもすぐにアップロードされ拡散された番組です。

 

内容は、3年前に血球貪食性リンパ組織球症(HLH)を発症し、2016年に7歳で亡くなってしまったカン・ナヨンちゃんとその家族、主に母親との再会の話です。記事には、「ナヨンちゃんは発症後、ただの風邪だと思い病院を受診したところ、難病が発覚し入院。その後たった1カ月で帰らぬ人となってしまった。家族は3年以上たった今でもナヨンちゃんの事を思い続け悲しみに暮れている。そんな家族を少しでも救えるのではないかと、MBC放送局はVR業界韓国内最大手である『VINEスタジオ』社と手を組み、ナヨンちゃんと母親を仮想現実の中で再会させる計画を開始した」と書かれています。

 

その制作方法ですが、記事には、「VR画像の中にそっくりのナヨンちゃんを再現させる作業は、家族が生前に撮影した写真や動画から、ジェスチャー/声/喋り方を分析することから始まったという。そして、不足部分は同じ年ごろのモデルに動いてもらい、160個のカメラで360度撮影できるモーションキャプチャー技術を用いたという。さらに、声の部分はセリフをしゃべらせるために、ディープラーニングと呼ばれるAI技術を駆使している。生前の1分余りの声データに5人の同年代の子どもの声をそれぞれ800文章ずつ録音して、それをAIでナヨンちゃんの声に再構築するのである。気になる製作費だが、番組制作費1億ウォン(920万円)だったと公表されており、そのほとんどがナヨンちゃんのCG制作に使われた費用だという」と書かれています。

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CGで蘇ったナヨンちゃん

 

さらに記事には、「10分程度のVRの内容は、ナヨンちゃんが林の中に登場し、母親と再会し、その後誕生日を祝う。ケーキの横にはナヨンちゃんが好きだった『꿀떡クルトッ』と呼ばれる韓国のお餅も並んでいる。これは、制作過程のインタビューで事前に父親からナヨンちゃんの好物をリサーチし反映させたのだという。その後、母親へ手紙を読んで、ベッドに横たわる。『もう悲しまないで、思いつめないで。ただ、愛してね』と告げて眠りにつくナヨンちゃん。多少、アニメっぽさはあるにしても、顔や声はVR体験をした家族には十分な再会となった」と書かれています。
その動画をわたしも観ましたが、もう泣けて仕方がありませんでした。亡くなったわが子に会いたいという想いが痛いほど伝わってきました。わたしの2人の娘はともに元気ですが、彼女たちがじつは幼い頃に死んでいて、VRで再会したシチュエーションを想像すると、もうボロボロ涙が出てきました。子を持つ親なら誰でも感動する映像でした。

f:id:shins2m:20200303103604j:plain再会後さらに心を痛めないか?

 

しかしながら、放送後の反響は賛否両論だったようですね。ウォリックあずみ氏は「愛する者を失くした心の治癒になるかもしれないが、その傷が深かった分、しっかりした考えを持っていない場合、どこかのSF映画のように仮想現実の世界にのめり込んでしまう危険性もありえる。企画が公になるにつれて、予告編を見た視聴者からは感動を期待する一方、『再会後さらに心を痛めるのではないか』と母親を心配する声も上がった」と書いています。放送終了後には、多くの賞賛と共に、一部反対意見も上がったそうです。その多くが、「VRの技術は素晴らしいが、それを幼い娘を失くした家族を通してTV放送するのはいかがなものか」と疑問視する声でした。さらに、「母親の今後の心のケアは万全の体制を取っているのか」などと指摘する書き込みも見られたとか。


映画ビジネスに携わるウォリックあずみ氏は、「昨今ハリウッドで浮上している問題と同様に、亡くなった人の著作権も問題視される。AIを駆使し亡くなった人をスクリーンに出演されることは倫理上どうなのか、今後悪用される心配はないのか。これからさらに論議されていくことだろう」と書いています。昨年のNHK紅白歌合戦で登場した“AI美空ひばり”を連想してしまいます。最後に、ウォリックあずみ氏は「VRはあくまでも“仮想”現実である。気軽に、より精巧になっていくVR技術にのめり込み仮想世界に行ったきりで戻れなくならないように、今後はVRによる心のケアも重要視されるだろう」と述べるのでした。



VRといえば、ブログ「レディ・プレイヤー1」で紹介した映画が思い起こされます。スティーヴン・スピルバーグアーネスト・クラインの小説を映画化した、仮想ネットワークシステムの謎を探る高校生の活躍を描くSFアドベンチャーです。2045年を舞台に、仮想ネットワークシステム『オアシス』開発者の遺産争奪戦を描きます。わたしは3Dで鑑賞したのですが、冒頭からヴァン・ヘイレンの「JUMP」が鳴り響き、ドラッグレースには「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のデロリアンや「AKIRA」の金田バイクが疾走し、ティラノサウルスキングコングが大暴れします。いきなり、ぶっ飛びました。

 

「レディ・プレイヤー1」は、バーチャル・リアリティ(VR)の快楽と危険性を描いたSF大作です。VRは、コンピュータによって作り出された世界である人工環境・サイバースペースを現実として知覚させる技術です。時空を超える環境技術であり、人類の認知を拡張します。VRをテーマにした映画といえば、やはり「マトリックス」(1999年)がすぐ思い浮かびますね。ストーリーの各所にメタファーや暗示を置き、哲学や信仰というテーマも表現したSF映画の名作です。従来のCGにはなかった、ワイヤーアクションやバレットタイムなどのVFXを融合した斬新な映像表現は「映像革命」として大きな話題になりました。


ハートビジネス宣言』(東急エージェンシー

 

VRについては、わたしはかなり昔から興味を持ち、自分なりに調べていました。今から28年も前の1992年に上梓した拙著『ハートビジネス宣言』(東急エージェンシー)において、わたしは「バーチャル・リアリティの役割」という文章を発表しています。そこで、わたしはメディアの歴史およびVRの歴史を振り返りながら、VRにはエンターテインメントを超えた大きな役割があるのではないかと述べ、寝たきり老人や病人のための「仮想体験システム」が大日本印刷インテルジャパンが共同開発したことを取り上げました。両社は「動物園に行こう」というタイトルで、東京都多摩動物園で録画した約30分の散歩風景のVR映像を作成したのです。この事実に感動したわたしは、「足が不自由な人や寝たきりの人が夢の中で、行きたいところへ思い切り走ってゆく。こういう夢をかなえることこそ、VRの最大の役割の1つではないだろうか。VRが人間のための癒しのテクノロジーになる可能性は大いにあるのだ」と書きました。その思いは30年近く経過した今でも変わりません。



くだんの記事には、「自閉症の不安を緩和することにも成功」として、「先日、画期的な実験が報道され話題となった。イギリス・ニューカッスル大学の専門家チームとThird Eye Neuro Tech社とが共同で開発したVR『Blue Room』は、自閉症の人が現実世界で感じる不安を改善させることに成功した。VRの中でさまざまなことを事前に体験することによって、こだわりが強く少しでも予想していないことに恐怖心を持ちやすい自閉症の人の不安を解消することに役立つのだという」と書かれています。これを読んで、わたしは「動物園に行こう」の時代から四半世紀を経てテクノロジーはここまで進化したのかと感無量でした。VRがエンターテインメントの世界から「心のケア」の世界にまで進出してきたわけですが、死んだわが子とVRで再会するというのは「グリーフケア」の新たな次元とも言えます。

愛する人を亡くした人へ』(現代書林)

 

拙著『愛する人を亡くした人へ』(現代書林)にも書きましたが、わたしは、人間にとっての最大の苦悩は、愛する人を亡くすことだと思っています。老病死の苦悩は、結局は自分自身の問題でしょう。しかし、愛する者を失うことはそれらに勝る大きな苦しみではないでしょうか。配偶者を亡くした人は、立ち直るのに3年はかかるといわれています。幼い子どもを亡くした人は10年かかるとされています。この世にこんな苦しみが、他にあるでしょうか。あまりの苦しみの大きさ、悲しみの深さから自ら命を絶とうする人も多いです。



東日本大震災後には多くの幽霊現象が報告されましたが、あれも「どうしても故人に再会したい」という遺族の脳内VRという側面があったと思います。死者と再会するというのはオカルトの世界であり、スティーヴン・キング原作のホラー小説を映画化した「ペット・セメタリー」が描いた恐怖に通じるという見方もあるかもしれません。死者を復活させる森の存在を知った夫婦が、亡くなった幼い娘を蘇らせるのですが、悲惨な結果となる話です。グリーフケアの物語が一気にホラーに転化する最適の例だと言えますが、結局は「人智を超えた神の領域」を侵してはならないということでしょう。



わたしは、VRは、今後のグリーフケアにとって大きな力になるような気がします。もちろん、韓国の人々が危惧したように「再会後さらに心を痛めるのではないか」という問題もあります。しかし、その点に注意しながら、グリーフケアにおけるVRの可能性は探るべきでしょう。仮想現実の中で今は亡き愛する人に会う。それはもちろん現実ではありませんが、悲しみの淵にある心を慰めることはできるはずです。何よりも、自死の危険を回避するだけでもグリーフケアにおけるVRの活用は検討すべきではないかと思います。

f:id:shins2m:20190817095753j:plainグリーフケアの時代』(弘文堂)

 

緊急処置としてのVRで急場を切り抜けて、その後にカウンセリングなどによって「愛する人を亡くした」現実の人生を生きる道を歩み出すことができればいいのではないでしょうか。くれぐれも、「たらいの水と一緒に赤子を流す」という愚を犯してはなりません。わたしが上智大学グリーフケア研究所客員教授として共著者となった『グリーフケアの時代』において、わたしは「映画とグリーフケア」について考察しましたが、今後は「VRとグリーフケア」についても考えていきたいと思います。

 

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

 

 

なお、このブログ記事を読まれた『グリーフケアの時代』の共著者で、上智大学グリーフケア研究所の所長で宗教学者島薗進先生からメールが届きました。そこには「興味深いニュースをご紹介くださり、ありがとうございます。よくよく考えてみたい事柄です。クローン問題とも通じていますね。カズオ・イシグロの『わたしを離さないで』はテクノロジーの怖い面を描いていますが、これがどうなるのかはかんたんに判断できそうにありません」と書かれていました。

 

世阿弥 -身心変容技法の思想-

世阿弥 -身心変容技法の思想-

  • 作者:鎌田東二
  • 発売日: 2016/03/25
  • メディア: 単行本
 

 

同じく『グリーフケアの時代』の共著者で、上智大学グリーフケア研究所の特任教授で宗教哲学者の鎌田東二先生からもメールが届きました。そこには「大変興味深い事例です。青森県のイタコを通した死者との対話、『口寄せ』を想起しました。今、『観世』(檜書店)に連載する能についての連載の10回目を書いている最中ですが、能もまた幽霊との対話のVR演劇だと思います。そのような観点から見れば、天岩戸神話やさまざまな霊界訪問神話も人類史的VRワークということも可能です。次回のムーンサルトレターでそのことも取り上げたいですね」と書かれていました。

 

「イタコ」の誕生: マスメディアと宗教文化

「イタコ」の誕生: マスメディアと宗教文化

 

 

鎌田先生が書かれている恐山のイタコの「口寄せ」とは、死者との交信を媒介としたグリーフカウンセリングの一種です。ブログ『「イタコ」の誕生』で紹介した大道晴香氏によるすぐれた研究書があります。今後、VR技術の導入によってイタコの口寄せに近いものを実現できる可能性はあります。しかし、やはり、イタコの姿や声そのものが変化しないことで、あくまで「死者そのものは生前と同じ状態でその場にいない」ことが理解できるように、死者と生者という、分かちがたい境界を意識させるものが、遺族のためにも存在しなければならないでしょう。そうした倫理的な区分さえしっかりとしていれば、VR技術の進歩と連動して、これを適切な利用に導くグリーフケアの担い手となるでしょう。いずれにしても、現在はやはり技術的な側面からの議論が先行している印象がありますので、死者の「魂」という宗教的な視点からの議論も必要であると思います。

 

2020年3月2日 一条真也