靖国参拝

一条真也です。
東京に来ています。69回目の「終戦の日」となる15日、わたしは靖国神社を参拝しました。赤坂見附のホテルからタクシーで向かいましたが、靖国に近づくにつれ、ものすごい数の右翼の街宣車が道路脇にズラリと並んでいました。ある意味で壮観です。警官もたくさんいました。


靖国神社前のようす

右翼の街宣車が多かったです

入口付近のようす

大村益次郎像の前で



ブログ「靖国神社」に書いた昨年4月25日以来の参拝です。わたしは、もう数え切れないぐらい靖国を参拝していますが、「終戦記念日」の当日に参拝するのは久々です。「朝日新聞」が一連の従軍慰安婦報道に関する誤りを認め、ロシアが突如として北方領土で軍事演習した直後に参拝することに大きな意味を感じています。わたしは、柏手を打って大鳥居をくぐると、まず大村益次郎銅像を見上げました。そして、「大村さん、また来ましたよ」と銅像に向かってつぶやきました。


靖国神社の境内で

境内に大きなテントが・・・・・・

テントに近づいていきました

「第二十八回 戦没者追悼中央国民集会」でした



わたしは、手水場で手を清めてから拝殿の方向に向かいました。いつもと違って境内には大きな白いテントが張られています。近づいてみると、「第二十八回 戦没者追悼中央国民集会」と書かれていました。
わたしは、テントの脇を通り抜けて、さらに拝殿の方へ進みました。
途中、「憲法改正」のための署名活動をしているグループがいくつかあり、多くの参拝者たちが署名していました。


拝殿へ向かいました

ものすごい数の人です!



すると、ものすごい数の参拝者が整然と列を作って並んでいました。これは、なかなか参拝できそうにありません。昨日は雨でしたが、今日の東京は快晴で、かなりの猛暑です。わたしは、すぐに汗ビッショリになりました。
わたしのすぐ横に、2人の男性が並んでいて、1人は老人、1人は20代前半ぐらいの若者でした。会話の内容から祖父と孫の関係のようです。ド派手なサングラスをかけたお孫さんは、DJーOZUMAみたいなファンキーな装いでしたが、おじいさんと一緒に靖国参拝するとは偉いですね。その彼が「中国や韓国が本当にうるせーよな」と言うと、おじいさんは「あいつらが騒げば騒ぐほど、日本人はここに集まるんじゃ」と言われていました。
汗まみれのわたしも会話に加わりたいところでしたが、「変な人」と思われてもいけないので、今日のところは遠慮しておきました。


まったく前に進めません!



見ると、周囲には喪服のような黒いスーツに黒ネクタイの男性たちもたくさん並んでいました。一瞬、「葬儀社の関係者かな?」などと思いましたが、おそらく彼らは愛国主義者、いわゆる右翼の人たちでしょう。一般に、「右翼は怖い」などと思われていますが、英霊に対して礼装で臨む態度は立派です。わたしも礼服とまではいきませんが、黒のサマージャケットは羽織ってきました。もっとも、ジャケットの下は黒のポロシャツでしたが・・・・・・。


拝殿の上に飛行物体が・・・・・・

自衛隊のヘリコプターでした



それにしても暑い! 汗がポタポタしたたり落ちます。神社の関係者が何度も「熱中症にご注意下さい! 気分が悪くなられた方がいたら、看護師が待機しています!」と叫んでいました。ふと拝殿の頭上に飛行物体が見えました。「もしや、ゼロ戦?」と思った人も多いのではないかと想像されますが、その正体は自衛隊のヘリコプターでした。機体に日の丸が描かれています。ヘリの自衛隊員も、英霊に鎮魂の祈りを捧げているのでしょうか。


猛暑の中を並ぶ人々に一陣の涼風が!



すると、熱中症になりそうな猛暑の中、突如として涼しい一陣の風が吹いて来ました。それは、とても爽やかな風でした。並んでいる多くの人々も一様に「ああ、風だ!」と喜んでいました。この日、境内には大型送風機のようなものが何台か設置されていたので、その機械から送られてきた風かと思いましたが、違いました。それは明らかに自然の風だったのです。わたしは、「この風は、きっと暑い中を並んでいる参拝者たちへのお礼として英霊たちが吹かせてくれた風かもしれない」と思い、以下の歌を詠みました。



暑き日に列に並びて参拝す
      英霊からの一陣の風(庸軒)


待つこと30分弱、ようやく、わたしが参拝する順番が回ってきました。
拝殿には「さしのぼる 朝日の光 へだてなく 世を照らさむぞわがねがひなる」という昭和天皇御製が掲げられていました。69年前、昭和天皇の苦悩はいかばかりだったでしょうか。ブログ「靖国で考えたこと」にも書きましたが、わたしは、安倍首相の公式参拝はもちろん、本来は天皇陛下がご親拝をされるべきだと思っています。


拝殿に近づきました

昭和天皇御製」が見えました

拝殿の前で汗まみれになる

多くの取材陣が集まっていました



二礼二拍手一礼で参拝すると、とても心が澄んだ感じがしました。
わたしは「靖国は、日本が日本であるためのカギ」という渡部昇一先生の言葉を思い出しました。ブログ「渡部昇一先生と対談しました」に書いたように、昨日は尊敬する渡部先生と靖国神社についても大いに意見交換させていただきました。靖国問題について渡部先生と語り合うなんて、日銀総裁と金融政策について語り合うに等しい暴挙ですが、わたしはあくまでも「鎮魂」と「慰霊」の専門家としてお話しさせていただきました。


渡部昇一、?国を語る

渡部昇一、?国を語る

渡部先生からは、多くのことを教えていただきました。
最近、渡部先生の新刊『渡部昇一靖国を語る』(PHP研究所)を読ませていただきましたが、「後に続くものを信ず」と言い残して、それぞれの国難に遭って命を投げ出してくれた父祖たちを決して忘れてはならないというメッセージが貫かれています。それとともに、この本には目から鱗が落ちるというか、今まで知らなかったことがたくさん書かれていました。
鎮霊社」というものの存在もその1つです。


鎮霊社



鎮霊社」とは何か。靖国神社には現在、約250万柱の英霊が祀られていますが、明治維新以来の日本人兵士全員が祀られているわけではありません。そこに祀られているのは官軍の兵士のみです。靖国神社の前身である東京招魂社は、1896年6月の第一回合祀で幕末以来の内戦の「官軍」つまり新政府軍の戦死者3855人を祀って以来、靖国神社となってからも今日まで、内戦の死者としては官軍の戦死者のみを祀り、「賊軍」つまり旧幕府軍および反政府軍の死者は祀っていません。



しかし、靖国神社の参道を真っ直ぐに進み本殿前の拝殿の手前で左に曲がると木々の中に10平方メートル程度の小さな祠があります。その祠の名前は「鎮霊社」。屋根は本殿と同じ薄緑色ですが赤錆による腐食も本殿と違い目立ちます。1965年(昭和40年)7月に建立され、例祭は毎年7月13日です。ここには、拝殿に祀られていない死者たちが祀られています。「国を護る基礎を創る為に国に殉じた者を祀るのが靖国神社の基本。 決して靖国神社は遺族だけの為に存在しているモノでは無い」「日清・日露・大東亜戦争などで日本と交戦した国々の兵士も彼らは自国の為に殉じ散華したのであり靖国神社に祀られる英霊と立場は同じ」という立場から、ペリー来航(1853年)以来の、本殿に祀られていない日本人戦没者(民間人や、戊辰戦争旧幕府軍西南戦争西郷隆盛戦没者などの「朝敵」)と世界中の戦没者が祀られているのです。



このように鎮霊社とは、国籍や人種を超えた戦争犠牲者の霊を祀る祠なのです。しかしながら、2006年までは高さ約3メートルの鉄柵で囲われ、一般参拝することは不可能でした。
そもそも靖国神社は、国のために尊い命を投げ出した者に敬意を表す場所です。つまり、決して追悼施設ではありません。これは、アメリカの国立アーリントン墓地も同じです。一方、国立千鳥が淵戦没者墓苑や、この「鎮霊社」は、亡くなられた方の霊を慰めるための追悼施設ということになります。また国際慣例として諸外国の首脳は戦士の墓苑には儀礼上は参拝する義務がありますが、単なる追悼施設には参拝義務が生じません。



ブログ「安部首相の靖国参拝」にも書いたように、昨年12月26日午前、安倍晋三首相は靖国神社を参拝しました。参拝後に発表された首相談話の冒頭で「本日、靖国神社に参拝し、国のために戦い、尊い命を犠牲にされた御英霊に対して、哀悼の誠を捧げるとともに、尊崇の念を表し、御霊安らかなれとご冥福をお祈りしました。また、戦争で亡くなられ、靖国神社に合祀されない国内、及び諸外国の人々を慰霊する鎮霊社にも、参拝いたしました」と語っています。


なんと、鎮霊社が閉扉されていました!

こんな貼り紙がありました



わたしも今回、ぜひ鎮霊社を参拝したいと思いました。
それで、拝殿を参拝後、左に抜けて向かいましたが、なんと柵に遮られており、「警備の為現在閉扉しております この場にてご参拝下さい」との案内がありました。わたしは「せっかくの『終戦の日』に開扉しなくてどうするのか!」と思い、神社関係者に抗議しようかと思いましたが、ここで事を荒立てては良くないと思い直し、扉の外から参拝しました。「警備の為」といっても、今日は大量の警官が動員されているのに、いくらでも警備が可能なはずですが・・・・・・。「終戦の日」の今日、ぜひ鎮霊社を参拝したかったです。閉扉した本当の理由は知りませんが、中韓への配慮とか、政治的あるいは経済的理由からだとしたら納得がいきません。


閉じられた扉の間から見える鎮霊社



だいたい、わたしは「政治的」とか「経済的」とかいった言葉が大嫌いです。一方、好きな言葉は「倫理的」、平たく言えば「人の道」!
そもそも政治的理由や経済的理由などといった下らないものよりも「礼」すなわち「死者への追悼」のほうが優先するに決まっているではないですか!
わたしは商売人の端くれですが、常日頃から「経済など、どうでもいい。大事なのは礼である」と思っています。昨日そのことを渡部先生にお話ししたら、笑いながら「その心意気や良し」と言って下さいました。
わたしは、首相の靖国神社公式参拝を批判する視点と「葬式は、要らない」という視点は共通していると考えています。そこには、「死者の尊厳」を欠いた歪んだ唯物論を感じます。そのことも昨日の対談では大いに語りました。



しかしながら、安部首相が靖国神社のみならず、鎮霊社まで参拝されたことは高く評価すべきでしょう。さらに、安倍首相にはぜひ参拝していただきたい施設があります。北九州市門司にある日本唯一のミャンマー式寺院であり、戦没者施設である「世界平和パゴダ」です。
ブログ「安倍首相のミャンマー訪問に思う」に書いたように、わたしは、安倍首相こそは、本当の意味で先の不幸な戦争を総括できる政治家であると確信し、大いに期待しています。そのためには、靖国公式参拝だけでなく、さまざまな形で戦没者の慰霊や鎮魂の仕事をされるべきでしょう。そのためにも、一刻も早く世界平和パゴダを参拝していただきたいです。


世界平和パゴダでお待ちしております!



ある意味で、「すべての戦争犠牲者を祀る」という崇高な目的は、警備の都合ですぐ閉扉される鎮霊社よりも世界平和パゴダの方がよりふさわしいのではないでしょうか。現在の日本は隣国である中国や韓国と険悪な関係にありますが、ミャンマーとは良好な関係を築きつつあります。わたしは、ブッダの考え方に近い上座部仏教の国であるミャンマーこそは東アジアの平和、いや世界平和のカギを握っていると思っています。


慈を求めて

慈を求めて

なお、世界平和パゴダミャンマー仏教については、新刊『慈を求めて』(三五館)に詳しく書きました。御一読下されば幸いです。
来年の8月15日は終戦70周年記念です。ぜひ、世界平和パゴダで大規模な戦没者追悼平和式典を開催したいと考えています。



月光を浴びて輝く金色(こんじき)の
      パゴダに祈る世界の平和(庸軒)


世界平和パゴダもよろしく!



*よろしければ、本名ブログ「佐久間庸和の天下布礼日記」もどうぞ。



2014年8月15日 一条真也