『死ぬまでにやっておきたい50のこと』

一条真也です。
81冊目の「一条真也による一条本」紹介は、『死ぬまでにやっておきたい50のこと』(イースト・プレス)です。「人生の後半を後悔しないライフプランのつくり方」というサブタイトルがついています。本書は、2017年1月27日の刊行です。

死ぬまでにやっておきたい50のこと

 

本書の帯には「新しい『終活』と『葬送』の形を提案してきた著者が発見した、『満足のいく人生』を全うするためのヒント」と書かれています。また、私淑する渡部昇一先生が「死への恐怖から解放される最善の法は、『生』を知り、幸福な晩年をイメージすること。一条さんの『死生観』は『教養』そのものだ」という推薦文をお寄せ下さいました。渡部先生には深く感謝しております。


渡部昇一先生の推薦文が記された本書の帯

 

アマゾンの「内容紹介」には、こう書かれています。
「自分の葬儀を具体的にイメージすることは、残りの人生を幸せに生きていくうえで絶大な効果を発揮します。友人や知人が弔辞を読む場面を想像する。そして、その弔辞の内容を具体的に想像してみる。そこには、あなたがどのように世のため、人のために生きてきたかが克明に述べられているはずです。自分の葬儀の場面というのは「このような人生を歩みたい」というイメージを凝縮して視覚化したものなのです。(本文より)」


本書の帯の裏

 

本書の「目次」は以下のようになっています。
はじめに 「これからの人生を悔いなく生き切るヒント」  
プロローグ  実りある人生をつくる
     「ライフサイクル」の考え方 

●人生の後半を豊かにする「三つの原則」
●「自分の葬儀」をイメージして生きる
●なぜ、日本では「若さ」が重視されるのか
●「老い」が尊重された江戸時代
●「青春」は若者だけのものではない
●老年期を前向きにとらえる
 「ライフサイクル」という考え方
●『論語』に学ぶ古代中国のライフサイクル
●老年期とは「実りの秋」である
ヒンドゥー教に学ぶ「林住期」「遊行期」の考え方

第1章  ライフサイクルづくりに必要な6のこと
01 「第二のライフプラン」を考える
02 何かを犠牲にしてでも好きなことをやり続ける
03 「人生の50のリスト」をつくる
04 人生に「締め切り」を設定する
05 「いつ死んでもいい」という覚悟を持つ
06 残りの人生を「日単位」で考える  

第2章  教養として身につけておきたい16のこと 
07 年齢を意識せず新しい趣味をつくる
08 成功した同級生をライバルと考える
09 学校に再入学する
10 「書斎」を持つ
11 過去に読んだ名著を読み返す
12 「こころの世界遺産」といえる本を読破する
13 地理や歴史を学んでから旅行する
14 観劇や展覧会ではガイドを聞く
15 テレビドラマを人生に重ね合わせて観る
16 目的意識を持って写真を撮る
17 「はひふへほの法則」を実践する
18 価値観の合う仲間に出会う
19 趣味は人を楽しませるためにやる
20 自分は「高齢者のなかでは若手」と考える
21 自分だけの「新しい哲学」を持つ
22 年齢差を障害と考えない  

第3章  最期まで楽しむためにやっておきたい11のこと 
23 ロマンを感じる場所に行く
24 自然の絶景に触れて「自分の小ささ」を知る
25 スポーツ観戦で「強い人間」の迫力に触れる
26 新しい飲食店を開拓する
27 「安倍総理が食べたカツカレー」を食べる
28 洋服は「量より質」で選ぶ
29 何歳になっても恋をし続ける
30 「もういいか」をやめる
31 「恥ずかしい」とは考えない
32 モノに執着しない
33 好きなことを成功するまでやり続ける 

第4章  世の中のためにやっておきたい10のこと 
34 「死に際」にお金を惜しまない
35 「お遍路さん」で日本の心に触れる
36 お墓参りをして「支えられていること」に感謝する
37 先に亡くなった大切な人に手紙を書く
38 個人的成功より社会的貢献をアピールする
39 「伊勢神宮」の荘厳さに触れる
40 「ありがとう」を口ぐせにする
41 お世話になった人に会いに行く
42 子や孫と料理をつくる
43 欧米の大富豪にならって「寄付」をする  

第5章  清々しい最期を迎えるために
    やっておきたい7のこと 

44 自分の葬儀に誰が来ているかを想像する
45 家族に迷惑をかける
46 年を取ることは「神に近づくこと」と考える
47 「長寿祝い」を盛大に行う
48 生前に自分の葬儀の計画を立てる
49 「自然葬」を選択肢に入れる
50 死とは「宇宙に還ること」と考える  
付録「一条真也が死ぬまでにやりたい50のこと   
おわりに
「死ぬまでに『夢をかなえる』ことの本当の意味」



本書では、死ぬまでにやっておきたいことを50個考えることを提案します。死の直前、人は必ず「なぜ、あれをやっておかなかったのか」と後悔します。 さまざまな方々の葬儀のお世話をさせていただくたびに耳にする故人や遺族の後悔の念・・・。そのエピソードを共有していけば、すべての人々の人生が、いまよりもっと充実したものになるのではないかと考えました。


講演で死生観の重要性を訴えました

 

わたしが経営する冠婚葬祭会社は、これまで多くの方々の葬儀のお世話をさせていただいてきました。そして、わたしは「終活」や死生観に関する本を何十冊も執筆してきました。いろいろな方の最期に立ち会い、「生」と「死」に関する古今東西の文献をひもとき、書きとめてきた経験を踏まえ、後悔のない人生を生き、そして「最期の瞬間を清々しく迎えるための50のヒント」をご紹介したいと考え、本書を上梓することにしました。あなたが老後を豊かにするために、やっておきたいことは何ですか?


夢だった映画出演は実現しました

 

わたしの場合、たしかにいろいろやっておきたいことはあります。50では足りないかもしれません。でも、それらはあくまでも「わたし個人がやりたいこと」でしかありません。たとえば、わたしは映画や格闘技が大好きなので、やりたいことには、それらに関するものが多いわけです。でも、そんな、ごく私的な希望を挙げたとしても、果たしてどれだけの共感を得られるか・・・・・・。読者のみなさんも、わたし同様に具体的なテーマをそれぞれにお持ちのことだと思います。わたしは本書では、具体的なことより考え方を語りました。しかし、抽象論に陥るのも避けたいので、できるだけ実例を交えながら語りました。


カツカレーを食べる安倍元首相

 

本書の27番目には、「『安倍総理が食べたカツカレー』を食べる」です。ブログ「安倍首相のカツカレー」で紹介したように、今月8日に亡くなられた安倍元首相の食事といえば、カツカレーが有名でした。2012年9月26日、東京・ホテルニューオータニで行われた安倍晋三自民党総裁選決起集において総裁選に「勝つ」ための験担ぎの食事としてカツカレーを食したのです。3500円のカツカレーでしたが、それをMBSテレビ情報番組「ちちんぷいぷい」が取り上げたために、ネットユーザーの間で注目を集めました。

安倍元首相のカツカレーを食べる

 

その数日後のある日、ニューオータニで打ち合わせがあったわたしはホテル内のレストラン「SATUKI」に入って、安倍首相のカツカレーを注文しました。わたしは、大きな声で「安倍首相が食べたことで有名になった、あのカツカレーをお願いします!」と言いました。注文を受けた男性は動じずに「あのカレーは宴会場で出されたものですが、それと同じものをお持ちいたします」と言いました。当時は、「安倍首相のカツカレーを」という注文が相次いだようですね。


すきやばし次郎本店」で食事する日米両首脳

 

あのブログ記事は2014年4月23日に書かれたものですが、その冒頭には「昨夜、銀座の寿司店すきやばし次郎本店』に安倍晋三首相がオバマ大統領を招待し、至高の寿司に舌鼓を打ったことが各メディアで報道されていますね。『すきやばし次郎本店』は、『ミシュランガイド』(東京版など)において、7年連続三つ星評価を受けた名店です。店主の小野二郎氏(88)は『三つ星の寿司職人』として外国人観光客にも知られています。小野二郎氏はドキュメンタリー映画二郎は鮨の夢を見る』にも出演しています。この映画は世界30カ国以上で公開され、各国から絶賛されました。特にヒットしたのがアメリカで、またたく間に全米で口コミによって評価を広げ、最終的には全米興行収入250万ドル超というドキュメンタリー映画としては異例の大ヒットとなりました。おそらくは、オバマ大統領も二郎氏のことを知っていたのではないでしょうか。オバマ大統領は寿司好きだそうで、店内ではカウンターで安倍首相と肩を並べて寿司をつまんだそうです。食事終了後、大統領は『おいしい寿司だった』と感想を述べたとか」と書かれています。

すきやばし次郎本店」の前で、小野二郎氏と

 

ブログ「『すきやばし次郎』で鮨を食らう」で紹介したように、昨日2022年7月27日の夕方、わたしは「 すきやばし次郎本店」を訪れ、ついに至高の寿司を心ゆくまで味わいました。96歳になられる店主の小野二郎氏が自ら握って下さり、最後は店の前で記念撮影にも応じて下さいました。「すきやばし次郎本店で寿司を食らう」ことは、わたしの死ぬまでにしたい50のことには入っていませんでしたが、じつは密かな願いでした。近々、あといくつかの願いも叶うような予感がしています。人生、頑張っていれば、たまにはご褒美もあるものですね!



2022年7月28日 一条真也

「すきやばし次郎」で鮨を食らう 

一条真也です。東京に来ています。
27日は午前中から、全互協の正副会長会議および理事会、互助会政治連盟の理事会、冠婚葬祭文化振興財団の理事会に参加しました。その後、17時半から、日本を代表する料理店を訪れました。ミシュラン3つ星を獲得したことで有名な鮨の「すきやばし次郎本店」です。


すきやばし次郎本店」の外観


すきやばし次郎本店」の前で

 

すきやばし次郎本店」は、銀座の数寄屋橋の塚本素山ビル地下に店舗を構えています。客席は10席ほどしかなく、トイレは他店と共同です。クレジットカードは2013年にダイナースカードが使えるようになるまで使用不可でした。ミシュラン史上最高齢の三ツ星シェフである小野二郎氏は、夜のみ握っています。ただし、予約を取れても、必ずしも、二郎氏が握ってくれるとは限りません。長男さんの握りになる可能性も高いです。


小野二郎氏と

すきやばし次郎本店」は、1994年にヘラルド・トリビューン・インターナショナル誌で世界のレストラン第6位に選出。2005年に厚生労働省現代の名工として表彰されました。表彰事由は江戸時代以来のにぎり鮨の伝統を踏まえながら、常に新しい工夫を怠らず、江戸前の握り鮨の型と魂を継承していることでした。2007年に日本で初めて出版されたミシュランガイド東京で3つ星を獲得し、以後2019年版まで毎年3つ星を獲得し続けていましたが、2020年版より「一般客の予約ができなくなったこと」を理由に掲載されなくなりました。


2014年4月、アメリカ合衆国バラク・オバマ大統領(当時)訪日の際、安倍晋三首相(当時)がすきやばし次郎オバマ大統領と会食を行いました。通常は閉店している20時00分以降の開始のため、会食が実現。同年、秋の叙勲で黄綬褒章を受章。じつは、凶弾に倒れられ、「紫雲」の文字が入った戒名を得られた故安倍元首相を追悼する意味もあって、どうしても「すきやばし次郎本店」を訪れたくなったのです。


小野二郎氏は1925年10月27日生まれの96歳です。静岡県天竜市(現・浜松市天竜区)生まれ。7歳で地元静岡県の料理店に奉公へ。その後東京で修業。1951年に鮨職人となる。1965年に独立して、銀座の現在地にすきやばし次郎を開店。70歳で心筋梗塞を患って以降、禁煙しているとか。手の保護のため、外出時は必ず手袋をはめているそうです。2018年1月、二郎氏は同学年のポール・ボキューズの逝去によって単独で世界最高年長の3つ星料理人になり、大きな話題となりました。2019年3月「ミシュラン三ツ星レストランの最高齢料理長(Oldest head chef of a three Michelin star restaurant)」(93歳128日)としてギネス世界記録に認定されました。 同月、「第1回 Men's Beautyアワード/Beautyライフスタイル部門」を受賞しています。

 

すきやばし次郎本店」の公式HPには、「すしは、世界に類を見ないほど極めてシンプルに構成された料理です。 だからこそ、ごまかしが効かず、本物の技のみが光るのです。 そして本物の技にだけ、職人の心が宿る・・・河岸で仕入れた四季折々の旬の物を、すきやばし次郎でご堪能ください」と書かれています。予約でのみ来店可能で、メニューはおまかせの握り寿司のみです。鮨店としては珍しく、つけ台に「本日のおまかせ」という紙のメニューが置かれています(英語併記)。そこには「握られて出来て食いつく鮨の飯(江戸川柳)」と書かれていました。

「本日のおまかせ」

「本日のおまかせ」のメニュー

 

また、「本日のおまかせ」を開くと、この日のメニューが記載されていました。すなわち、かれい、すみいか、しまあじ、ちゅうとろ、おおとろ、こはだ、あわび、あじ、あかがい、あかみ、とりがい、くるまえび、かつお、はまぐり、あじす、うに、ほたて、いくら、あなご、たまごの合計20貫。さすがは至高の鮨でした。ただ、「すきやばし次郎本店」のメニューはこの「本日のおまかせ」のみですが、けっこう大食漢のわたしでも20貫を約30分で食べるとお腹いっぱいになりました。これは、ご婦人やご老人にはちょっと量が多すぎるのではないかと思ってしました。特に、こはだ、あわび、あかがい、あじす、うに、あなごが絶品でした。逆に、たまごなどは甘すぎるようにも感じました。全体的にシャリは柔らかかったです。アルコールはビールのみ。わたしたちはビールの小瓶を1人1本づつ注文しましたが、他のお客さんはお茶だけでした。


小野二郎氏と

 

ブログ「究極の寿司を食べました!」で紹介した小倉の「天寿司 京町店」も名店ですが、やはり日本一の鮨屋と呼ばれているだけのことはあります。本当は、「天寿司 京町店」のブログのように鮨の一点一点を写真で紹介したかったのですが、「すきやばし次郎本店」は店内撮影が一切禁止ですので不可能でした。ちなみに、予約の際には客側が以下の厳しいルールを了承することが必要です

予約についての案内が凄すぎる!

 

これほど厳しいルールを承認しても、「すきやばし次郎本店」の予約はなかなか取れません。わたしも知人を介して数年前から依頼していましたが、無理でした。今回は、コロナ禍ということもありますが、「すきやばし次郎本店」のお隣にある鰻の「五代目 野田岩 銀座」で食事して店を出た際に、小野二郎氏にバッタリ遭遇。そのまま話しかけたら、「すきやばし次郎」の予約係の若い人を紹介されて、来店可能な日をいくつか挙げて、7月27日の17時半を2人ぶん予約することができたのです。はい。


二郎さん、いつまでもお元気で!

 

この日のお客さんは、わたしを含めて全部で6名でしたが、全員が男同士の2人組でした。他の2組は友人同士というよりも仕事仲間、同志といった印象でした。やはり、この店は接待とか同伴とかデートは似合いません。ちなみに、わたしも初老の出版関係者を誘って行きました。その方はオバマ元米国大統領と身長も体重もまったく同じという奇特な方で、わたしの同志です。もちろん男性です。(笑)わたしは生前の安倍元首相に似ていると言われた時期がありましたので、この日は「安倍晋三バラク・オバマINすきやばし次郎」がフェイクながらに再現されたように思えました。最後は、二郎氏とお店の前で記念撮影しました。二郎さん、至高の鮨、美味しかったです。どうか、いつまでもお元気で御活躍下さい! なお、鮨の写真が紹介できないので、代わりに、お隣にある「五代目 野田岩 銀座」の鰻の写真を以下に紹介いたします!


お隣は、鰻の名店「五代目 野田岩 銀座


野田岩うな重(大)

野田岩うな重を食す

このビルの地下にあります!

 

すきやばし次郎本店」も、「五代目 野田岩 銀座」も、ともに数寄屋橋交差点近くの「塚本素山ビルディング」の地下1階にあります。このように日本を代表する料理店で匠の品を味わうのも、わが社の松柏園ホテルの参考にしたいと思っているからです。わたしが言うのも何ですが、松柏園の料理には絶対の自信を持っています。どうぞ、食通の方は小倉の松柏園にお越し下さい!

 

2022年7月27日 一条真也

儀式なくして人生なし

 

一条真也です。
わたしはこれまで多くの言葉を世に送り出してきました。この際もう一度おさらいして、その意味を定義したいと思います。今回は、「儀式なくして人生なし」という言葉を取り上げることにします。



2011年3月11日に発生した東日本大震災は未曽有の大災害であり、「無縁社会」および「葬式は、要らない」といった風潮を変えました。大津波の発生後、しばらく遺体は発見されず、多くの行方不明者がいました。火葬場も壊れて通常の葬儀をあげることができず、現地では土葬が行われました。海の近くにあった墓も津波の濁流に流されました。

 

 

拙著『のこされた  あなたへ』(佼成出版社)にも書きましたが、葬儀ができない、遺体がない、墓がない、遺品がない、そして、気持ちのやり場がない・・・・・・まさに「ない、ない」尽くしの状況は、災害のダメージがいかに甚大であり、かろうじて助かった被災者の方々の心にも大きなダメージが残されたことを示していました。現地では毎日、「人間の尊厳」が問われました。亡くなられた犠牲者の尊厳と、生き残った被災者の尊厳がともに問われ続けたのです。あのとき、葬儀という営みが「人間の尊厳」に直結していることを再認識しました。まさに、大地震は「無縁社会」を崩壊させ、大津波は「葬式は、要らない」という妄言を流し去ったのです。

 

 

2016年、わたしは『儀式論』(弘文堂)を上梓しました。合計600ページで函入りの大著です。結婚式にしろ、葬儀にしろ、儀式の意味というものが軽くなっていく現代日本において、かなりの悲壮感をもって書きました。儀式は、地域や民族や国家や宗教を超えて、あらゆる人類が、あらゆる時代において行ってきた文化です。しかし、いま、日本では冠婚葬祭を中心に儀式が軽んじられています。そして、日本という国がドロドロに溶けだしている感があります。

 

 

四書五経の『大学』には八条目という思想があります。
「格物 致知 誠意 正心 修身 斉家 治国 平天下」ですが、自己を修めて人として自立した者同士が結婚し、子供を授かり家庭を築きます。国が治まり世界が平和になるかどうかは、「人生を修める」という姿勢にかかっているのです。

 

 

かつての日本は、孔子の説いた「礼」を重んじる国でした。しかし、いまの日本人は「礼」を忘れつつあるばかりか、人間の尊厳や栄辱の何たるかも忘れているように思えてなりません。それは、戦後の日本人が「修業」「修養」「修身」「修学」という言葉で象徴される「修める」という覚悟を忘れてしまったからではないでしょうか。自由気ままに結婚し、子育てもいい加減にやり過ごした挙句、「価値観」の相違を理由に離婚してしまう。そんな日本人が増えているように思えてなりません。

 

 

日本人は、結婚式も挙げなくなっています。「みんなのウェディング」の「ナシ婚」に関する調査2015(有効回答数316)によれば、14年の婚姻件数64万9千組に対し、結婚式件数35万組というデータから、入籍者のおよそ半数が結婚式をしていないことを予想しています。これは、冠婚葬祭に代表される儀式の意味を子どもに教えることが出来なかった結果でしょう。「この親」にして「この子」ありとでも言えばいいでしょうか。「荒れる成人式」が社会問題となって久しいです。毎年のように検挙される「若者ならぬ馬鹿者」が後を絶ちません。成人式で「あれこれやらかす輩」が登場するのは90年代半ば以降、いまの40歳以降の世代です。

 

永遠葬

永遠葬

Amazon

 

結婚式も挙げず、常軌を逸した成人たちを持つ親たちを最後に待っているのは何か。それは、「直葬」という名の遺体焼却です。いまや、葬儀さえもがインターネットで手軽に依頼できるという時代となりました。家族以外の参列を拒否する「家族葬」という葬儀形態がかなり普及しています。この状況から、日本人のモラル・バリアは既に葬儀にはなくなりつつあることは言を待ちません。家族葬であっても宗教者が不在の無宗教が増加しています。また、通夜も告別式も行わずに火葬場に直行する「直葬」も都市部を中心に広がっています。さらには、遺骨を火葬場に捨ててくる「0葬」といったものまで登場しました。しかしながら、「直葬」や「0葬」がいかに危険な思想を孕んでいるかを知らなければなりません。葬儀を行わずに遺体を焼却するという行為は最も「人間尊重」に反します。

 

 

とはいえ、日本人の儀式軽視は加速する一方です。「儀式ほど大切なものはない」と確信しているわたしですが、あえて儀式必要論という立場ではなく、「儀式など本当はなくてもいいのではないか」という疑問を抱きながら、儀式について考えようと思い、その立場で『儀式論』を書き進めました。その結果、やはり、わたしは儀式の重要性を改めて思い知ったのです。わたしは、人間は神話と儀式を必要としていると考えます。社会と人生が合理性のみになったら、人間の心は悲鳴を上げてしまうでしょう。結婚式も葬儀も、人類の普遍的文化です。多くの人間が経験する結婚という慶事には結婚式、すべての人間に訪れる死亡という弔事には葬儀という儀式によって、喜怒哀楽の感情を周囲の人々と分かち合います。このような習慣は、人種・民族・宗教を超えて、太古から現在に至るまで行われているのです。すごいことですね。

 

 

社会学者エミール・デュルケムは、ブログ『宗教生活の原初形態』で紹介した本の中で「さまざまな時限を区分して、初めて時間なるものを考察してみることができる」と述べています。これにならい、「儀式を行うことによって、人間は初めて人生を認識できる」と言えないでしょうか。儀式とは世界における時間の初期設定であり、時間を区切ることです。それは時間を肯定することであり、ひいては人生を肯定することなのです。さまざまな儀式がなければ、人間は時間も人生も認識することはできません。まさに、「儀式なくして人生なし」です。儀式とは人類の行為の中で最古のものであり、哲学者ウィトゲンシュタインは「人間は儀式的動物である」との言葉を残しています。わたしは、儀式を行うことは人類の本能ではないかと考えます。本能であるならば、人類は未来永劫にわたって結婚式や葬儀を行うことでしょう。


ポロシャツの背には英文とQRコードが・・・

 

ブログ「50周年記念旅行祝賀会 in 台湾」で紹介した行事では、わたしはブログ「『天下布礼日記』BLOGシャツ完成!」で紹介したオリジナル・ポロシャツを着て、北島三郎の「まつり」を歌いました。このポロシャツの背面には「NO CEREMONY NO LIFE」と英文でプリントされています。もちろん、「儀式なくして人生なし」という意味であります。


NO CEREMONY NO LIFE!

 

2022年7月27日 一条真也

死を乗り越える宮沢賢治の言葉

 

わたしくしという現象は
仮定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です。
宮沢賢治

 

一条真也です。
言葉は、人生をも変えうる力を持っています。
今回の名言は、詩人、童話作家として知られる宮沢賢治(1896年~1933年)の言葉です。賢治は、岩手県の花巻出身。盛岡高等農林学校卒。代表作『銀河鉄道の夜』は英訳、仏訳もされています。他にも『注文の多い料理店』『風の又三郎』など多数。

 

 

わたしは、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』が大好きです。宮沢賢治とは、文学者というよりも異界を見ることのできた幻視者だったのではないでしょうか。彼の作品の多くは、科学的だともいわれます。ここで取り上げた言葉も、じつに宮澤賢治らしい表現です。文学者は自分を何かにたとえることがあります。雨だったり、風だったり、海にたとえる人もいます。



冒頭の言葉は賢治が生前に出版した唯一の詩集である『春と修羅』の「序」に出て来る有名なくだりです。全文は以下のようになります。

わたくしといふ現象は
仮定された有機交流電燈の
ひとつの青い証明です
(あらゆる透明な幽霊の複合体)
風景やみんなといっしょに
せはしくせはしく明滅しながら
いかにもたしかにともりつづける
因果交流電燈の 
ひとつの青い証明です 
(ひかりはたもち その電燈は失はれ)

 

 

これらの謎に満ちた言葉は、あまりにも難解だとされてきました。わたしは、『涙は世界で一番小さな海』(三五館)でその謎に挑戦しました。たとえば、賢治が霊能力者であったことを頭に置いて読むならば、目から鱗が落ちるかのように、その意味が立ち上がってきます。神秘学の世界では、人間とは複合体です。すなわち、肉体とエーテル体とアストラル体と自我とから成り立っている存在が人間なのです。このことは、ルドルフ・シュタイナーが講演の度に毎回繰り返していい続けたことでもありました。それほど人間にとって重要な事実であり、神秘学の基本中の基本だからです。つまり、人間とはまさに透明な幽霊の複合体なのです!



そして自我とは、「幽霊の複合体」でありながらも、統一原理として厳然と灯る主体に他なりません。賢治は、このことを自分の体験によって実感していたのです。ちなみに、複合体の一つである「アストラル体」とは「幽体」とも呼ばれます。臨死体験などでの「幽体離脱」を「アストラル・トリップ」ともいいます。そして、どうやら賢治は人生のさまざまな場面でアストラル・トリップを繰り返していたようです。それにしても、「青い照明」とは、なんと美しい言葉でしょう。彼の才能を垣間見る一言です。そして死生観も伝わってきます。



賢治は、仏教、特に法華経に傾倒。信仰と農民生活に根ざした創作を行っていたといえます。父が「何か言っておくことはないか」と尋ねると、賢治は「国訳の妙法蓮華経を一千部つくってください」「私の一生の仕事はこのお経をあなたの御手許に届け、そしてあなたが仏さまの心に触れてあなたが一番よい正しい道に入られますようにということを書いておいてください」と語ったといいます。


生前に出版された彼の著書は二冊。童話集『注文の多い料理店』と詩集『春と修羅』だけでした。あまりに短いその生涯は、一瞬輝く青い光だった気がします。なお、この宮沢賢治の言葉は『死を乗り越える名言ガイド』(現代書林)に掲載されています。

 

 

2022年7月27日 一条真也

松柏園TV放映中に東京へ!

一条真也です。
26日の朝、わたしは北九州空港に向かいました。そこから、スターフライヤー80便に乗って東京に出張です。東京は新型コロナウイルスの感染者が急増し、ついに3万人超えも果たしました。完全に「第7波」に入っています。その上、連日の猛暑で、熱中症患者も急増しているとか。

北九州空港の前で

北九州空港のようす(乗降客2000万人達成!)

いつも見送り、ありがとう💛

それでは、行ってきます💛

 

今回の東京行きは、前会長を務める全国冠婚葬祭互助会連盟(全互連)の理事会、副会長を務める一般社団法人 全日本冠婚葬祭互助協会(全互協)の正副会長会議、理事会、副会長を務める全日本冠婚葬祭互助会政治連盟の役員会、副理事長を務める一般財団法人 冠婚葬祭文化振興財団の理事会、さらには社外監査役を務める互助会保証株式会社監査役会および取締役会に参加するためです。その他にも、出版社との打ち合わせなどもありますが、今回の最大の楽しみは、普段は絶対に予約できない飲食店の名店が奇跡的に予約できたことです。日本を代表する料理店で匠の品を味わって、わが社の松柏園ホテルの参考にしたいと思っています。

TNC「ももち浜ストア」より

TNC「ももち浜ストア」より

TNC「ももち浜ストア」より

TNC「ももち浜ストア」より

TNC「ももち浜ストア」より


TNC「ももち浜ストア」より

TNC「ももち浜ストア」より

TNC「ももち浜ストア」より

TNC「ももち浜ストア」より

TNC「ももち浜ストア」より

松柏園といえば、ランチ&アフタヌーンティーがTNCの「ももち浜ストア」という番組から取材を受け、今日26日の10時15分から生中継されました。あいにく、わたしは東京出張なのでテレビを観れませんが、録画を依頼しました。トロピカル★マンゴー・アフタヌーンティーフェアで紹介したように、松柏園ホテル のリゾートレストラン「ザ・テラス」において7月15日より8月31日まで「トロピカル★マンゴー・アフタヌーンティーフェア」が開催中ですが、大好評で予約が殺到しています。みなさんも、ぜひお越し下さい。ただし、完全予約制です!

スタ―フライヤー80便の機内で

 

ブログ「第7波の東京へ!」で紹介した7月20日の東京出張は10時15分発のJAL374便でしたが、この日は10時発のスターフライヤー80便に搭乗。乗客率は5割から6割ぐらいといった感じでしょうか。この日のわたしは、スーツ&ポケットチーフ&不織布マスクをロイヤルブルーでコーディネート。クールビズなのでネクタイはしていません。ブログ「マスクを楽しむ!」のように、わたしは多彩な色のマスクを着用しますが、常に「悪目立ちしない」ことを意識します。飛行機に乗るときは、必ず不織布マスクを着用します。

機内では読書しました

 

機内では、いつものようにコーヒーを飲みながら読書をしました。この日は、三崎律日著『奇書の世界史2』(KADOKAWA)を読みました。ブログ『奇書の世界史』で紹介したベストセラーの続編です。前作を超える、驚きの奇書とその歴史を紹介しています。『ノストラダムスの大予言』『シオン賢者の議定書』『疫神の詫び証文』『産褥熱の病理』『Liber  Primus』『盂蘭盆経』『農業生物学』『動物の解放』といった、時代の「むかし」と「いま」で評価が反転した奇妙な書物が続々と登場します。むかしは「名著」とされたのに現代の視点で読むとトンデモナイ書物だったり、むかしは「悪書」「フィクション」だったのに現代の視点で読むと大変な名著という本が紹介されていて、興味は尽きません。著者は1990年、千葉県生まれ。会社員として働きながら歴史や古典の解説を中心に、ニコニコ動画、YouTubeで動画投稿を行っています。代表作「世界の奇書をゆっくり解説」のシリーズ累計再生回数は600万回を超え、人気コンテンツとして多くのファンを持っているそうです。


東京の上空は雷が・・・


羽田空港に到着!


羽田空港にて


いつものラーメン店に入りました

 

11時35分に羽田空港に到着予定でしたが、東京の上空が雷とのことで上空で待機し、11時50分に到着しました。気温は26度でしたが、雨なので蒸し暑いです。わたしは、いつものラーメン店に入り、昼食に「ほぐし味噌ラーメン」を注文しました。わたしは九州の豚骨ラーメンよりも味噌ラーメンの方が好きなのです。食後は、赤坂見附の定宿でチェックインしてから亀戸の結婚式場「アンフェリシオン」に向かい、全互連の理事会に参加します。

ほぐし味噌ラーメンを食べました

さあ、行動開始です!

 

2022年7月26日 一条真也

『陰謀論はどこまで真実か』

増補版 陰謀論はどこまで真実か

 

一条真也です。
『増補版 陰謀論はどこまで真実か』ASIOS著(文芸社)を読みました。著者のASIOSとは、2007年に日本で設立された超常現象などを懐疑的に調査していく団体で、名称は「Association for Skeptical Investigation of Supernatural」(超常現象の懐疑的調査のための会)の略です。海外の団体とも交流を持ち、英語圏への情報発信も行うそうです。メンバーは超常現象の話題が好きで、事実や真相に強い興味があり、手間をかけた懐疑的な調査を行える少数の人材によって構成されているそうです。ASIOSの本には、ブログ『UFO事件クロニクル』ブログ『UMA事件クロニクル』ブログ『超能力事件クロニクル』で紹介した本などがあります。


本書の帯

 

本書のカバー表紙の下部には、「Qアノン・Jアノン・米国大統領不正選挙説など22の陰謀論をファクトチェック!」「明治天皇すり替え説・田中上奏文日航機撃墜説・9・11自作自演説・地球温暖化否定説・3・11人工地震説・ダイアナ妃謀殺説などが『どこまで本当か』を調査し、考察する」と書かれています。


本書の帯の裏

 

カバー裏表紙には「CONSPIRACY THEORIES」「集団ストーカー・ケムトレイル・朝鮮風水破壊説・ブラジル勝ち組・M資金ロッキード事件謀略説・「アポロが持ち帰った月の石は地球の石」・月面にエイリアン居住説・ロズウェル事件とエリア51・ノーベル賞人種差別説・ホロコースト捏造説・フリーメイソンイルミナティユダヤによる世界支配説などを検証!」と書かれています。なお、 本書は、2011年に文芸社から発刊された『検証 陰謀論はどこまで真実か』をリニューアルしたものです。

 

本書の「目次」は、以下の構成になっています。
まえがき――増補版の発刊によせて(本城達也
第1章 Qアノンとアメリカ大統領選挙をめぐる陰謀論
第2章 私たちの生活に関わる陰謀論
第3章 日本史の中で語られた陰謀論
第4章 アポロとUFOをめぐる陰謀論
第5章 世界史の中で語られた陰謀論


「まえがき――増補版の発刊によせて」では、ASIOS代表の本城達也氏が「ここでいう『陰謀論』とは、『ある出来事や事件に対し、常識や通説とは大きく異なる陰謀があったとする主張』です。『陰謀』には『ひそかな悪だくみ』といった意味がありますから、もっと簡単に別の言い方をすれば、『あの事件や出来事の裏では、常識では考えられないひそかな悪だくみが行われていた』というものです」と述べています。近年、陰謀論が盛んになっています。なぜ、こうした変化が起きたのでしょうか? 本城氏によれば、考えられる要素は主に2つあるそうです。


1つは、2016年のアメリカ大統領選挙で、積極的に陰謀論を利用するドナルド・トランプが当選したことです。アメリカ大統領は絶大な発信力と影響力を持ちますから、当時の現役大統領としてトランプが発信する陰謀論の情報は、注目を集めないわけがないというのです。もう1つは、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の利用者が増えたことです。ドナルド・トランプ前大統領が情報発信の手段の1つとして、SNSのツイッターをよく利用していたことは知られています。そうしたSNSを利用する人が、この10年ほどで増えているのです。

 

本書のスタイルは、最初に個別の陰謀論が紹介され、続いて「陰謀論」で詳しい内容を紹介し、さらには「真相」が語られるというものです。第1章「Qアノンとアメリカ大統領選挙をめぐる陰謀論」の冒頭に置かれた「Qアノン信奉者は、トランプとともにアメリカ再生のために戦っている(Qアノン陰謀論)では、「陰謀論」として、文学修士でAISOS運営委員のナカイサヤカ氏が「2017年、何でもありの4chan(フォーチャン)というアングラの電子掲示板で、『Q』というアカウントが、アメリカ政府の内部情報だと称する書き込みを始めた。軍関係の高官だと自称する『Q』が書く情報は、断片的な予言のような謎めいたものだった。だが、掲示板ユーザーの努力で解読が試みられると、だんだんとアメリカ政府の内部で大変な事態が起こっていることが明らかになってきた。掲示板ユーザーによる『解読』によると、民主党議員たちは実は小児性愛者で、日々子供たちに性的虐待を加えるという享楽にふけっている。虐待する相手の子供たちは人身売買組織から買っている」と書いています。


こうした「Q」が発信する情報を信じて活動する人々は、「Qアノン」信奉者と呼ばれています。「アノン」は匿名を意味する英語の「アノニマス」(anonymous)に由来するとして、ナカイ氏は「彼らが唯一の希望をつないだ存在がドナルド・トランプだ。長年民主党にやりたい放題やられてしまっている共和党大物議員たちと違って、トランプなら真実を暴き出してくれるだろう。『Q』が知らせようとしているのは、ドナルド・トランプがまもなくストーム(大変革)を起こし、すべてが変わるということだ」と述べます。


Qアノン陰謀論の「真相」の「『Q』の登場とQアノンの誕生」では、陰謀論の骨子に、「アメリカ政府を裏から操り、悪魔を崇拝する秘密結社ディープステート」という悪役が加えられたことが指摘されます。そして、悪役に対峙するヒーローには、「政治のしがらみとは無縁の庶民派大統領ドナルド・トランプ」が「神に選ばれた人」(ザ・チョーズン・ワン)として置かれ、そのトランプが「民主党議員たちの悪逆非道な行いを白日の下にさらし、アメリカに大変革(ストーム)をもたらす」という物語が付け足されたことを指摘し、ナカイ氏は「こうして誕生したのがQアノンである」と述べています。


また、「アメリカの分断の象徴となったエスタブリッシュメント」では、植民地時代のアメリカが本国イギリスの植民地政策に反抗して独立戦争を起こしたのは、植民地にやってきた財産も教育もあるイギリス人の子孫たちだったとして、ナカヤ氏は「さらにその子孫たちが東部に都市を作って、世界で初めて王様のいない共和国の舵を取る『アメリカのエスタブリッシュメント』となる。WASP(白人でアングロサクソンプロテスタント)という呼び名も、同じような人々を違うカテゴリーで呼んだものである。一方で、同じヨーロッパ出身でも、身一つでアメリカにやってきた人たちがいた。ピルグリム・ファーザーズたちと同じように信仰の自由を求めるプロテスタント信者たちである。彼らはヨーロッパの祖国では得られなかった夢を実現しようとして移住してきた人々で、新天地で生きていこうとして、自作農として農園を開いたり、鉱山を探したり、小さな事業を始めたりした」と述べます。


小児性愛者への敵意と『子供を救え』というキャッチフレーズ」では、陰謀論では、魔女や悪魔崇拝者は善良なキリスト教徒に対する不道徳の象徴として定番の存在であるとしながらも、著者は「だが、かつては不道徳の極みであり、悪魔と契約した人でなしの所業とされてきた離婚や未婚者の出産、同性愛や同性婚までがアメリカで認められるようになると、そうした行為をする人々が普通に社会的地位を獲得するようになる。それどころか、信仰の自由の名の下で、魔女の宗教ウィッカや悪魔教まで信者を集めているのが現代アメリカである。悪魔崇拝や魔女だけではもう敵としてのインパクトが弱い。そのような風潮にあって、道徳的な価値観が違う人でも一致して糾弾するのが、子供を傷つける行為だ。Qアノンが敵と見なす人々が小児性愛者という想定になっているのはこのためだろう。アメリカで子供を傷つけた人々への反感や反発は日本の比ではない。2003年に子供に性的虐待を行った罪で服役中だったカトリックの神父が刑務所内で殺された」と述べます。


このような背景がある中で、Qアノン信奉者は仲間を増やすためにSNSで拡散されやすい「子供を救え」(セーブ・ザ・チルドレン)というキャッチフレーズを考え出しました。このフレーズに興味をひかれ、クリックすると、そこには子供たちが酷い拷問を受けているという、おぞましい話が書かれています。ちなみに、「子供の血を使った悪魔の儀式が行われている」といった話は、12世紀から存在していたことがわかっています。それが「ブラッド・リベル」(血の中傷)といわれるもので、昔はユダヤ人たちがキリスト教徒の子供の血を使って悪魔の儀式をしているとされていました。ナカイ氏は、「これは、やがて20世紀になると、ナチスによってユダヤ人の迫害に利用され、ホロコーストにもつながっていく」と述べています。



「共通の敵を持つことで結びつく、コミュニティ型の陰謀論」では、Qアノン陰謀論にはSNSの仕組みも一役買っていると指摘し、ナカイ氏は「SNSで連絡し合っている仲間が陰謀論系の情報をシェアし始めると、『エコーチェンバー』(仲間内で同じような情報だけが繰り返し交換される状態)ができやすく、別の角度からの意見が届きにくくなる。また、仲間に勧められて、動画サイトでQアノンを解説している動画を見ると、次々と『お勧めの動画』として同じような動画が再生され続ける。気がつけば頭の中はQアノン情報で一杯になっているわけだ」と述べます。


イギリスのケント大学心理学教授カレン・ダグラスは、人々がそのように怯えてしまう内容の陰謀論に惹かれる理由は3つあると述べました。以下の通りです。
(1)人々は自分にとって理不尽で重大な出来事が起こったときに、自分が納得できる理由を求める心理が働く。
(2)さらに真実を知る自分は優位な立場にいると感じることで、重大な事件で感じた無力感から抜け出せる。
(3)次に、仲間に支持されていたいという心理が働いて、陰謀論に惹かれる。


つまり大事故が立て続けに起こってたくさんの人が死ぬのも、世界各地でずっと悲惨な内戦が続いているのも、「秘密結社による世界人口半減計画」が実行されているからだとなれば、原因があって起こってるのだと安心できるわけです。それに、そのような信じがたいことが実際にあると知っている自分は優位に立てると感じることもできます。さらに、同じことを知っている仲間を得られればもっと安心するといいます。ナカイ氏は、「このように陰謀論を信じる人は、理不尽で不安を煽るようなことばかり考えては怯えているように見えるかもしれないが、上記のように考えれば安心できるのが、陰謀論の魅力だというのだ」と説明します。


Qアノン内部には様々な矛盾した物語も共存しているため、ジャーナリストたちはQアノンを、様々な物語を中に入れる「大きな陰謀論のテント」と呼ぶようになっていると指摘し、ナカイ氏は「Qアノン信奉者たちが共有しているのは、彼らが敵と考えるディープステートの手先となっているエスタブリッシュメントへの怒りと、自分たちは正義を実行して国や家族を守らなくてはならないという自負であると言ってよい。Qアノン信奉者たちは共通の敵を持つことで、ゆるく結びつき、共存する。教祖的な存在を持たない彼らにとって大事なのは、自分の信じる筋書きに対して仲間同士の支持を得ることなのだ。Qアノンはいわば、コミュニティ型の陰謀論とも言える集団なのだろう」と述べます。


「そして議会議事堂乱入事件へ」では、陰謀論の世界にはまり込んでしまうことを、『不思議の国のアリス』に登場するアリスが白ウサギを追って落ち込んで不思議の国に行くことになるウサギの穴に例えて、『ウサギ穴に落ちる』というと紹介し、ナカイ氏は「穴の先には幻の陰謀論の世界があって、そこでさまよい始めると出口は見えず、脱出は難しいわけだ。Qアノン信奉者は自分で自分好みの幻想を作り出し、幻想の世界にはまってしまう。現実と切り離されて、適切な判断ができなくなってしまう状況をうまく表した例えと言える」と述べています。


そして、「反ワクチン運動との合体に警戒を」では、今最も警戒されるのは新型コロナウイルス流行でやや劣勢となっている反ワクチン活動家たちと合体することだろうとして、ナカイ氏は「反ワクチン運動は、もともとワクチンの副作用とされる薬害被害の補償を政府に求め、危険な副作用があるものを拒否する権利を認めてほしいという主張をしていた。だが、安全で効果が高いワクチンが普及して運動の存在価値が薄れるにつれ、だんだんと科学や医療を否定することが目的になってきている」と述べるのでした。


「Qアノンは日本人にも大事な真実を伝えている(Jアノン陰謀論)」の「陰謀論」では、「Qアノンの影響を受けた日本への陰謀論者『Jアノン』」として、アメリカには悪魔を崇拝する小児性愛者たちの秘密結社が存在し、それがディープステート(影の政府)として政府を支配しているという陰謀論の具体的内容を紹介します。カルト宗教研究家で「やや日刊カルト新聞」主宰者の藤倉善郎氏は、「リベラル的な政府高官や米民主党の政治家、ハリウッドスターたちはこの結社に属しており、こうした影の勢力と闘っているのがトランプ大統領(当時)なのだという」と述べています。


悪魔崇拝小児性愛といった類の主張は前面に出てはきませんでしたが、アメリカを牛耳るディープステートは中国共産党と結託しており、バイデンもその一味だという説を紹介し、藤井氏は「それらと闘うトランプは神に選ばれた大統領であり、中国共産党の脅威を退けるためにはトランプが再選されるべきだ。そんな主張を掲げるデモや街宣が日本全国(主に東京都内)で2020年11月から翌年1月までの間に少なくとも十数回も展開された。Qアノンの影響を受けた日本の陰謀論者『Jアノン』たちである」と述べます。


Jアノン陰謀論の「真相」の「路上の主力は2つの宗教勢力」では、Jアノンには多くの団体が入り乱れていてわかりにくいのですが、大まかに2系統に分けることができるといいます。1つは、サンクチュアリ協会系。サンクチュアリ協会とは、霊感商法や正体を隠していの偽装勧誘が問題視されている統一教会(現・世界平和統一家庭連合)の分派で、「7男派」とも呼ばれます。2012年に死去した統一教会の教祖・文鮮明の7男・亨進氏を直接の指導者として設立された教団です。亨進氏は2021年1月6日の連邦議事堂襲撃事件の日にも、連邦議会を取り囲むトランプ支持者たちの抗議活動に参加しているそうです。そして、もう1つの宗教勢力は、大川隆法氏が主宰する「幸福の科学」を中心とする幸福の科学系です。



サンクチュアリ協会が統一教会から離脱するより前の2010年、幸福の科学大川隆法氏は、当時存命中だった統一教会教祖・文鮮明の守護霊を呼び出したと称してその言葉を記録し、書籍『宗教決断の時代 目からウロコの宗教選び(1)』として出版しました。藤井氏は、「文鮮明を地獄に住む蜘蛛であるかのように扱う等の内容を含んでいたことから、統一教会幸福の科学に対して2度にわたって抗議文を送り、謝罪と訂正を要求。幸福の科学はこれを拒否し、2014年にも大川隆法氏が別の著書『忍耐の法』で、文鮮明イエス・キリストについて『偽物である』としているかのように述べたとして、統一教会は3度も幸福の科学に抗議書を送りつけた。ここでも幸福の科学は謝罪と訂正を拒否している」と述べます。


「2020年アメリカ大統領選挙民主党側が大規模な不正を行った」の「真相」では、米国現代史研究家の奥菜秀次氏が「なぜ2020年になったら突然空前レベルの選挙不正システム構築が可能になったのか。全米で数千人いる選挙管理人(公務員でもある)の目を盗んで、バイデン派はどうやって不正準備を行ったのか。トランプ派が言う不正が事実なら、とんでもない規模の準備が必要だが、なぜ事前に陰謀の計画が漏れなかったのか」」という疑問について、「郵便局員から選挙管理人までというと、全米各州に渡っており、地域的に東西南北に散らばっている。職種も統括も管理も異なる数多くの組織の上から下まで、バイデン派の息がかかるようにしないと、隠蔽もうまくいかない。そんな陰謀は現実的に不可能だ」と述べています。


第2章「私たちの生活に関わる陰謀論」では、世に流通しているさまざまな陰謀論が取り上げられていますが、「東日本大震災は『人工地震』によって起こされた!?」の「陰謀論」では、「日本攻撃のための人工地震津波実験が行われていた」として、「例えば、日本では、昭和初期から人工地震が何度も起こされており、その様子が新聞記事でも報じられていた。また、人工地震を起こすことが可能な、いわゆる『地震兵器』も、1976年にはその使用を禁止する条約が国連総会で採択されている。日本も1982年にこの条約に加入しており、外務省のウェブサイトでは条約文を確認できる」と述べています。


さらに2005年にはアメリカ軍から機密文書が公開され、第二次世界大戦中の1944年に、アメリカ軍とニュージーランド軍が共同で行っていた人工地震津波実験が明らかになったといいます。これは「プロジェクト・シール」と呼ばれるもので、当時、アメリカの敵国であった日本を攻撃するため、密かに行われていた実験であると指摘し、奥菜氏は「同プロジェクトの文書によれば、爆弾を爆発させることで、地震と30メートル超の大津波を発生させることに成功。爆弾は海底プレートから8キロ以内に仕掛ければ、1年以内に狙った場所で地震津波を起こせるという。日本人は知らなかったが、昔から日本は人工地震や人工津波の標的にされていたのだ」と述べます。


「私たちは『思考盗聴テクノロジー』を使った『集団ストーカー』に狙われている」の「陰謀論」では、「集団ストーカーの犯人は宗教団体や警察か」として、エレクトロニック・ハラスメントとかマイクロウェーブ・ハラスメントと呼ばれるものがあることを紹介し、SF作家の山本弘氏が「ある集団が最新の『思考盗聴テクノロジー』を用いて、特定の市民を攻撃し、苦しめているというものだ。彼らは被害者の心の中を遠隔から読み取る一方で、下品な内容や中傷するような内容の声を、被害者の頭の中に『放送』する。『殺す』『死ね』などと脅迫してくることもある。また、被害者の肉体を操って、痛み、かゆみ、めまい、心臓の動悸、下腹部への異常な感触を起こしたりもする。こうした集団は、いわゆる『集団ストーカー』と同一視されることが多い」と述べています。


「真相」の「『思考盗聴』の訴えは1930年代から存在していた」では、何者かに心を読まれているとか、電波が聞こえるという訴えは、近年になって生まれたものではなく、1930年代からすでに存在していたのだ。CIAもまだない時代であると指摘し、山本氏は「ラジオのなかった時代には、頭に響く声は神や悪霊のものと解釈されただろう。牧師のジョージ・トロスは、1714年に出版された自伝の中で、自分が20代から無数の幻影や声につきまとわれてきたことを語っている」と述べるのでした。


第3章「『M資金』はGHQが接取した財産などをもとに運用されている秘密資金」の「陰謀論」では、「日銀のダイヤ34万カラット以上が消えた!」として、その行方に関連して1960年代からある噂がささやかれており、それが「M資金」と呼ばれる闇の超巨大融資システムであると紹介されます。歴史研究家の原田実氏は、「M資金の『M』はGHQの経済科学局長として資産を管理していたウィリアム・マーカット少将の頭文字をとったものとする説が有力だが、アメリカの隠し資産として『メリケン・ファンド』の隠語で呼ばれたからという説などもある」と述べています。また、「西ドイツのマルク債や米ドルも利用された」として、「ウィリアム・マーカット少将は旧日本軍が隠匿していた資産の一部(もしくは大部分)をストックした。そして財閥解体で宙に浮いた資本やアメリカ政府の反共産主義諜報活動予算からの出資などと併せ、日本の戦後復興(ひいては日本の共産圏入り阻止)のための秘密予算を組んだ」と書かれています。


ロッキード事件アメリカが仕組んだ田中角栄つぶしの謀略だった」の「真相」では、原田氏が「ロッキード事件発覚当時のマスコミはほぼ一致して、田中角栄は金権の権化たる巨悪、検察はその巨悪と戦う正義というわかりやすい図式で事件を報じた。庶民は検察およびその図式を作ったマスコミを支持し、巨悪の逮捕に溜飲を下げたわけである。その先例が以後の政治・経済犯罪疑惑においてもマスコミ報道の定番を形成し、今にいたっているというわけだ。その説に基づくなら、検察による冤罪を生みかねないスタンドプレーのきっかけを作ったという意味で、ロッキード事件をめぐる『陰謀』は今もなお悪弊を残し続けているということになる」と述べています。


また、「通常の外交手順だけで米国の主張が通る」では、日本は安全保障だけでなく食料・エネルギーなど国民生活の根幹までアメリカと、アメリカを中心とする「国際社会』に依存していることが指摘されます。さらにいえば日本は戦後いきなりアメリカ頼みになったわけではなく、近代化以降、ほぼ一貫してアメリカとの交易は日本経済の基幹となっていたとして、原田氏は「1941年から1945年にかけて、アメリカと交戦状態だった時期の日本が、民需・軍需ともあっさり物資欠乏に陥ってしまった原因は輸入・輸出ともアメリカに依存する貿易構造にあったのである」と述べています。


もちろん、田中角栄を含む歴代の総理大臣は、その力関係の中でできるかぎり日本側の要望を通すために努力してきました。しかし、日本がアメリカに頭を押さえられているという事実は覆しようがないとして、原田氏は「その閉塞感ゆえに、日本国民の間には、日本史の中に、アメリカと果敢に戦った英雄を見出そうとする心理が生じやすいのかもしれない。山本五十六しかり、戦艦大和しかり・・・・・・。田中角栄は、かつて日本で最も人気があった政治家の1人であり、失脚後にアメリカとの関係で叩かれた人物でもあった。だからこそ、彼は陰謀の犠牲者と噂されることで、一部の日本国民の胸中においてアメリカと戦った英雄の列に加えられたのかもしれない」と述べるのでした。



第4章「アポロとUFOをめぐる陰謀論」の「アメリカ政府は『月面に異星人が住んでいる』という事実を隠蔽している」の「真相」では、「大気の状況や光学的現象で、奇妙な地形に見えただけ」として、AIOS創設会員で超常現象情報研究センター主任研究員の羽仁礼氏が「月面にある、建造物にも見えるような物体の目撃報告は、グルイテュイゼン男爵の発見をはじめとして無数にある。しかし、地上からの望遠鏡を用いた観測については、望遠鏡の精度が低かったため画像がぼやけた、あるいは大気の状況やレンズの反射などによって生じた光学的現象により、普通の地形が奇妙なものに見えたのだとも考えられる。さらに、観測者の先入観によって、自然の地形を人工物として認識することもある」と述べています。



第5章「世界史の中で語られた陰謀論」の「ナチスによるガス室でのユダヤ人虐殺はなかった(ホロコースト否定論)」の「真相」では、「群の到着時に遺体は残っていなかった」として、奥菜秀次氏が「〈ガス殺〉遺体の解剖・検死云々だが、ガス室稼働中にソ連軍が到着し施設を占領したなら解剖や検死もできたかもしれない。だが、運営役の親衛隊がソ連軍の侵攻を察知して証拠隠滅を図り、ガス室の稼働を停止し破壊した。つまり、軍が到着した時点で〈ガス殺〉遺体は焼却され残っていないため、検死も解剖も不可能だったのだ。ただし、〈ガス殺〉された女性囚人の毛髪が生地作成用に残されており、そこから青酸が検出されていて〈ガス殺〉の証拠となっている」と述べます。


また、「命令書が存在しない例は多い」として、アドルフ・ヒトラーによる〈ガス殺〉命令書が存在しないのは事実だが、ソ連スターリン首相やカンボジアポル・ポト首相、中国の毛沢東主席ら、数百万人の自国民の大量虐殺や処刑、大量殺人につながった武装闘争等を行った国のトップの命令書や指示書が存在しない例は珍しくはないとして、奥菜氏は「また、強制収容所の運営は、ガス室ができる前にヒトラーの元警護隊で私兵でもある親衛隊が統括運営することになったため、命令系統が軍とは異なる。親衛隊はヒトラーの指示書がなくとも命令で動けたため、『指示書がない行動をしたら違反』という概念は元からないのだ」と述べています。


さらに、「焼却炉におかしなところはなかった」として、「陰謀論」の「大量殺害に続く大量火葬をするには火葬炉が少なすぎる。連続火葬に必要な燃料もない」に言及する奥菜氏は、「通常の火葬場では一度に1人焼却する。だが、それは慣習に基づく使用法である。ガス室近くの火葬場では複数遺体を一度に焼却するので、『火葬炉が少なすぎる』ことも『必要な燃料がない』こともないのだ。また、通常の火葬場で焼かれる遺体は脂肪分の少ない老人や病死者が大半だが、アウシュヴィッツでは〈ガス殺〉直後の脂肪分の多い遺体が大半だった。それで、燃えやすく、燃料は少なくて済んだのだ。過剰な肥満体が多いアメリカで、遺体焼却時に大量の脂肪が燃焼し、火葬炉が過熱状態となって炉から火が噴き出したことがあった。だが、アウシュヴィッツでは焼却炉から流れ出た脂肪を燃料に使用するケースもあった。ナチス側の焼却炉設計時の機能算定書類では、実際の稼働推定より多い焼却可能数が出ていた。つまり、ナチスの焼却炉にはおかしなところは何もなかったのだ」と述べるのでした。


「米国同時多発テロは自作自演によって引き起こされた(9・11テロ陰謀論)」の「真相」では、「爆弾炸裂なら、数万人が証言するはず」として、奥菜氏が「世界貿易センタービル付近で本当に爆弾が炸裂したなら、『爆弾炸裂音を聞いた』という証言がマンハッタン島全土の住民の数万人から出てくることは間違いない。しかし証言は消防士やレポーター、地下にいたウィリアム・ロドリゲスも含め、ビルの近くにいた人たちからしか出ていない。しかもわずか100人足らずだ。そのことこそ、爆弾炸裂がなかった証拠だと言っていいだろう。要は、爆破解体時の爆音を聞き慣れた人でないと、轟音が爆弾炸裂かどうか判別するのは無理なのだ。さらに言うと、爆弾炸裂時には閃光が発生し空気振動も起きるが、世界貿易センタービル崩壊時にはそれもなかった」と述べています。


また、「『ペンタゴンの壁の穴』は最初にぶつかった部分の大きさ」として、「ボーイングが突入したというが、ペンタゴンの壁に開いた穴が小さすぎる」という、理解しやすい話は9・11陰謀論を蔓延させたことを紹介しつつも、奥菜氏は「だが、航空機の機体は飛行のため空気抵抗を減じる必要があり、水平尾翼は(垂直尾翼も)機首に近い方が短く(低く)デザインされている。そのため、ぶつかる相手が機体より柔らかくない限り、最初に短い(低い)部分がぶつかり、壁が機体より硬く尾翼では壁を砕けないため、穴は機体の左右の大きさにはならないのである。事実、目撃者によれば航空機は尾翼が折りたたまれる形で建物内に突入していったという」と述べます。


最後に、「ダイアナ妃はイギリス王室に謀殺された」の「真相」では、「有名人が死ぬと陰謀を信じる人が増える」として、ナカイサヤカ氏が「ダイアナ妃殺害陰謀説は、愛するダイアナを突然失った人々が味わった大きな喪失感を背景にして、生まれてきたことがわかってきた。人は喪失による衝撃には、まず否認することで対処しようとする。夭折した有名人が実は生きているという伝説は、大概この否認によって生まれる。『こんなに重要な人がただの事故や、そのような犯罪で死ぬはずがない』と思う人は、陰謀を疑う」と述べるのでした。世に陰謀論を真に受けて信じる頭の悪い人は多いですが、そういった困った人たちを論破のに本書は最適のテキストだと言えます。

 

 

2022年7月26日 一条真也

『プーチンと習近平 独裁者のサイバー戦争』

プーチンと習近平 独裁者のサイバー戦争 (文春新書)

 

一条真也です。
プーチン習近平 独裁者のサイバー戦争』山田敏弘著(文春新書)を読みました。著者は1974年生まれ。米ネヴァダ大学ジャーナリズム学部卒業。講談社、英ロイター通信社、『ニューズウィーク』などの記者を経て、米マサチューセッツ工科大学で国際情報とサイバーセキュリティの研究・取材活動にあたりました。帰国後はフリーの国際ジャーナリスト、コメンテーター、ノンフィクション作家、翻訳家、コラムニストとして活躍。


本書の帯

 

本書の帯には、ロシアのプーチン大統領と中国の習近平国家主席の顔写真が使われ、プーチンの顔の下には「ウクライナ侵攻 米ロ水面下のスパイ戦」、習近平の顔の下には「AIと人海戦術 『14億総スパイ化』計画」と書かれています。


本書の帯の裏

 

帯の裏には、「ハッキング、フェイクニュースビッグデータ、デジタル人民元・・・・・・」として、「●側近も元スパイばかり、プーチン政権のアキレス腱●プーチンを追い詰めた、西側諸国の『情報同盟』●サイバー大国ロシアはなぜウクライナで失敗したのか●習近平が中国を14億総スパイ国家に変えた●原子力技術からジュース缶の塗装技術まで、何でも盗む中国●海底ケーブルから情報を抜き取る米中●トランプ大統領を誕生させたロシア発のフェイクニュース●日本にいま必要な本格的『サイバー軍』ほか」と書かれています。

 

カバー前そでには、以下の内容紹介があります。
「ロシアによるウクライナ侵攻と共に注目が集まったサイバー世界の戦争。そしてにわかに高まる台湾海峡の危機、ロシアと中国というスパイ大国が、アメリカや日本など西側諸国に仕掛けた情報戦争の内幕をスパイ取材の第一人者が解き明かす」

 

アマゾンの「内容紹介」には、「第三次世界大戦はすでに始まっている」として、「アメリカの覇権をくつがえそうとするロシアと中国。サイバー技術とスパイを使った二大陣営の戦いは私たちに何をもたらすのか。ロシアによるウクライナ侵攻とともに注目が集まったサイバー世界の戦争。そしてにわかに高まる台湾海峡の危機。ロシアと中国というスパイ大国が、アメリカや日本など西側諸国に仕掛けた情報戦争の内幕をスパイ取材の第一人者が解き明かす」と書かれています。

 

本書の「目次」は、以下の構成になっています。
「はじめに」
第一章 プーチンの戦争とサイバー戦
第二章 中国は技術を盗んで
    大国になった

第三章 デジタル・シルクロード
    米中デジタル覇権

第四章 中国に騙されたトランプ
第五章 アメリカファーストから
    「同盟強化」へ

第六章 日本はサイバー軍を作れ
「おわりに」


「はじめに」の冒頭には、2022年2月24日、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領によるテレビ演説で、彼が「特別な軍事作戦を実施することにした。ウクライナ政府によって8年前、虐げられてきた人々を保護するためだ」と語った後、ロシア軍がウクライナ領内に侵攻したことが紹介されます。19万ともいわれるロシア軍によってウクライナを早々に屈服させるとみられていましたが、想像を超えるウクライナの徹底抗戦により、プーチンのもくろみは崩れ去りました。著者は「これは形を変えた第三次世界大戦の号砲ではないか」と感じていたそうです。


第一章「プーチンの戦争とサイバー戦」の「ロシアの情報を『フェイクニュース』にする」では、開戦直前の2月15日と23日に行われたサイバー攻撃は、ロシア軍によるものだと説明。実際の武力行使の前に敵国の情報系統を攻撃するのは、現代ロシア軍の得意とする戦術であり、この戦争でもウクライナ全土にわたって集中的に行われていたことがわかるとして、著者は「具体的には、DDoS(データを大量に送り付けサーバーをダウンさせる)型と呼ばれる攻撃方法が多く用いられる。ウクライナでも、このサイバー攻撃国防省などのHPが閲覧できないようになった。また、ロシア軍によってGPSのジャミング(電波による妨害)も行われた形跡がある」と述べています。


KGBスパイとしてのプーチン」では、ロシアをこのようなサイバー攻撃大国に育てたのは、スパイ出身の大統領、ウラジーミル・プーチンその人であるとして、著者は「ウラジーミル・ウラジーミロヴィチ・プーチンは、1952年にサンクトペテルブルクに生まれた。父はソ連海軍に徴兵され内務人民委員部(NKVD)という秘密警察に所属していたことがある。プーチンは地元のサンクトペテルブルク大学では法律を学び、大学卒業後は、同級生のセルゲイ・イワノフ(のちにプーチン政権で国防相となる)と共にKGBに入った。KGBでは、養成機関「レッド・バナー・インスティチュート(現SVRアカデミー)」でスパイのイロハを叩き込まれた。まず配属されたのは、政府に批判的な政治家や活動家らを監視するKGB第5局だった」と説明します。


プーチンの『精神分析』」では、かつて、プーチンは、多い時には1日30人以上の人と会議を行っていたと言われたことを紹介します。しかし、新型コロナの感染拡大以降は、ごく限られた側近たちのみと会うようになったとして、著者は「その結果、判断力が鈍ったのかもしれないが、それを『病気』とまで言ってしまうのには躊躇を覚える。しかし、欧米メディアからは、次々と『プーチンパーキンソン病の可能性がある』『がんで闘病している』などといった真偽不明の記事が流された。国家の要人の健康状態は最高機密情報であり、真実はうかがい知るすべもないにもかかわらずだ。筆者は、欧米が流す一連のプーチンの『精神分析』には、ある種のストーリーを作る意図があるように思える。それは、『プーチンとその側近が、この異常な戦争を起こしたのであって、ロシア国民は悪くない』というものだ」と述べます。


「強化されていたウクライナ軍」では、著者は「ロシアは一国で、西側の情報機関、メディアのすべてを相手に戦っていることになる。このような、世界的な団結が起こるとは、プーチン大統領は予想できなかったに違いない。最後に現在のウクライナ軍が、2014年のクリミア半島併合当時とは全く違う軍隊になっていたことにも触れておこう。クリミア半島併合の後、ウクライナは欧米から膨大な軍事支援を得てきた。特にアメリカは、紆余曲折あるにせよオバマ、トランプ、バイデンと歴代政権が軍事援助を続けてきた。トランプ政権は2019年に2億5000万ドル(約280億円)、バイデン政権では、戦争がはじまってからの金額を含めて、12億ドルのウクライナへの安全保障支援を行っている(「日経新聞」3月14日付)。支援は武器だけではない。軍事顧問団を派遣して兵士たちの訓練まで行っていたのだ」と述べるのでした。


第二章「中国は技術を盗んで大国になった」の「半導体の奪い合い」では、中国が「世界の工場」となり世界第2位の経済大国となったと自体は世界の経済にとって、何ら問題はないだろうとしながらも、著者は「しかし、問題は中国が経済成長、産業技術部門での発展を、外交、安全保障での他国への優位、強圧的な支配的ポジションの確立と、明確に結び付けようとしていることだ」と述べています。習近平国家主席は、2021年5月の談話で「もし科学とテクノロジーが確立できれば、国家が確立できる。そして、科学とテクノロジーが強ければ、国家は強くなるだろう」と述べています。


その「テクノロジー」には、AIや5Gなどに加えて、2021年から世界的な供給不足が大きな問題となっている「半導体」も含まれていると指摘し、著者は「あらゆる物事をデジタル化しようとするDX(デジタル・トランスフォーメーション)の世界では、半導体がいかに重要なものかは、誰の目にも明らかだ。そのため、現在は世界各国による半導体の奪い合いとなっている。半導体の確保が国力に直結する時代になっているのだ」と述べます。


アメリカのスパイ組織」では、世界最大かつ最強のスパイ大国であるアメリカには18の情報機関があるとして、著者は「そのうち国外に出て人を使った諜報活動を行うのはCIAで、国内で入国してくる外国のスパイなどを逮捕権を持って取り締まるのはFBIだ。また軍や国務省の組織なども含まれており、そうした組織が政府と、国民の生命と財産を守るために命懸けで諜報活動を行なっている。その中でサイバー戦に特化し、もっとも機密性が高く凄腕と言われるのがNSAである。もともとNSAは、第二次世界大戦中に盗聴などを行ってきたスパイ組織で、技術の発展に合わせインターネットを駆使したスパイ活動を行うようになった。ハッキングや盗聴などで世界を監視し、さらにはハッキングツールなどを独自に開発して米情報機関のサイバー攻撃を技術的に支えてもいる」と述べます。


現在、世界人口78億人のうち、インターネットにアクセスしている人は49億人ほどだそうです。北米や西ヨーロッパなどの先進国では利用者の数は人口の90%を超えます。インターネットを使っている人たちの92%(約45億人)がスマホなどモバイル端末経由でインターネットを利用しています。つまりネット利用者の多くは、電子メールやメッセージアプリを使いながら、位置情報を通信会社に提供していることになります。そうして集まったデータはさらなるスパイ活動に生かされてきたとして、著者は「さらに、NSAは米軍のなかにあるサイバー軍とも密接な関係がある。NSAの長官とサイバー軍の司令官は同じ人物が兼務することになっており、両組織はメリーランド州のフォート・ミード基地に本部が置かれている。アメリカのサイバー攻撃は、この両組織が共同で行っていると考えればわかりやすいだろう」と述べます。


世界で多くの人がインターネットやメッセージアプリなどを使えば使うほど、政府や情報機関は人々の行動を把握しやすくなります。著者は、「皮肉なことだが、つまりは、便利さの見返りに個人情報をスパイに手渡しているということなのだ。そもそもインターネットというシステム自体が、アメリカ軍から生まれたものだし、当然、インフラや関連産業のトップはアメリカ企業ばかりだ。ロシアや中国によるなりふり構わないサイバー攻撃にもかかわらず、このサイバー分野でのアメリカの優位は依然、保たれているといえるだろう。ロシアがウクライナ侵攻で情報拡散が劣った理由の1つには、この事実があった」と述べます。


アメリカのハッカー対策」では、アメリカが機動的になったのは、中国のサイバー攻撃の変化が原因の1つではないかと推測し、著者は「中国のハッカーが『盗み』以外にも手を広げてきたのだ。2020年7月、FBIはMSSの広東省安全局に協力する中国人ハッカー2人を指名手配した。公開されたその手配書には容疑としてこう書かれている。『不正アクセス』『コンピューター権限へのアクセスおよび損壊』『企業秘密の不正取得』『有線通信不正行為』『悪質な個人情報詐取」』。これだけ読むといつもの『盗み』のようにも読めるが、このケースは単なる情報の詐取というレベルを超えていた。ここで手配された2人は、中国の国外で香港の民主化運動に関わっている活動家たちなど、中国の反体制派や数百の関連組織の情報をターゲットにしていたのだ。中国政府に敵対的な人たちを監視するための情報を不正に取得していたいわばサイバー攻撃と人権侵害をセットで行っていたのだ」と述べます。


「インターネット世界のルールづくり」では、中国は、それぞれの国家が独自に自国内のインターネット上の情報やアクセス権などのルールを決め、統制すべきだとすることが紹介されます。つまり国際的な取り決めでインターネットの国内運用に口を出されるのは、主権侵害であるという姿勢なのだとして、著者は「中国政府がインターネットでの監視や検閲を正当化し、自国民がインターネットを使って何ができるのか、どんな情報を見ていいのかを管理するのは当然の権利であるというのである。さらに驚くべきことに、現行の国際法や人権法とは異なる独自の決まりを作るべきだと提案する。ことは単にネット上のルールではなく、もっと根本的な国家観、自由への考え方の対立なのだ」と述べています。


「中国のスパイの実態」では、中国のスパイの3分の1が中国の民間人である点に注目すべきであるといいます。つまり、専門的な訓練を受けた中国の人間だけが、アメリカ国内で暗躍して情報を盗んでいるわけではないのです。その一般人をスカウトしスパイに仕立てあげているのがMSSであるとして、著者は「近年では、UFWD(中国共産党中央統一戦線工作部)の活動も盛んだ。この組織は、中国共産党の政策に賛同する国外の中国人を増やすことや、その人物を使って外国の世論を『親中』にするための工作を行っている。旧ソ連の対外工作を参考に作られたとされる組織だが、長年活用されてこなかった」と述べます。


同組織に目をつけたのが習近平です。
2017年の党大会で同組織を「共産党の目標の達成を確かなものにするために重要」と位置付けていたのです。国家主席の肝入りということもあり、いまではすべての在外公館に職員を派遣していることを紹介し、著者は「留学生や海外の研究機関に所属している研究者たちの動向を、中国学生学者連合会を通じて監視している。主なチェック対象は、台湾問題、チベット問題、新疆ウイグル自治区の問題などで中国の政策に反対する言論活動をしていないか、という点だ」と述べています。


また、「中国語や中国文化を学ぶという名目で、日本やアメリカなど各国の大学に作られている『孔子学院』などの組織とも密接な協力関係があるとされている」と説明しています。「孔子学院」に関しては、習近平の野望のために孔子という聖人の名が利用されていることに大きな怒りをおぼえます。MSSやUFWDという情報機関に属している職員たちは、スカウトした一般人を工作員へと仕立て上げて盗みを行わせるそうです。「国民全員をスパイにする法律」では、中国のスパイの人数は、どこの情報機関も全体像を把握できないほど多いとして、著者は「それは、国民全体がスパイ活動に容赦なく動員されているからだ。驚くべきことに習近平体制では、民間企業や個人もMSSなど情報関連機関による協力要請や情報提供要請に応じる義務を負うことが、法律で明確に規定されるようになった」と説明しています。


第三章「デジタル・シルクロードと米中デジタル覇権」の「デジタル・シルクロードの意味」では、中国が2049年までに世界の覇権を握るために、特に重視している産業がハイテク分野であるとして、著者は「それは単なる産業政策に留まらず、外交、安全保障とも深く結びついている。それを端的に示しているのが、2015年に中国政府が発表した『デジタル・シルクロード』構想だ。この構想は、『一帯一路』計画の一部で、中国国内だけでなく、ユーラシア、アフリカ大陸などにまたがる巨大な中華デジタル圏を作ろうとするものだ」と述べています。


デジタル・シルクロード構想の具体的内容ですが、中国政府が外交を通じ、「一帯一路」域内の各国に働きかけ、デジタルインフラの整備の許可を取ります。そして、中国の標準規格を導入させ、通信機器をファーウェイなどの、中国製のみで固めるよう促していきます。中国製品は、利益度外視で国の補助金を得て作られているので、格安で導入することが可能だとして、著者は「当然ながら欧米のメーカーは排除される。そこに、中国のEコマース(EC、ネット通信販売)業者や金融機関が進出してビジネスを拡大する。インフラ設備、端末機器、決済システムを中国が握ることで、金や情報が一気に中国に流れ込む仕組みを作るというわけだ。このデジタル・シルクロードが完成したら、各国のシステムが中国本国から常に監視されるばかりか、遠隔アクセスされるようになってしまうのではないか、という重大な懸念が持たれている」と述べます。

 

「顔認証の罠」では、AIを「賢く」するには深層学習(ディープラーニング)が重要な要素となっているとして、著者は「そのためには、できる限り多くのデータを読み込んで学習させる必要がある。人権への配慮を必要とせず大量のデータを集めるのに中国ほど適した環境はない、という皮肉な事態を生んでいるのだ。プライバシーや人権を無視しながらどんどん情報を収集して、AIの精度を高めている中国に対し、欧米諸国はまったく逆の方向に進んでいるのが現状だ。欧米などの自由主義国家では、民間企業が同様の措置を取ろうとすれば、ユーザーの反発を招くし、政府がそれをしようものなら反対運動が起きかねない。GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック〔現・メタ〕、アマゾン)として知られる米大手IT企業も、個人データの扱いについて、世界中の規制当局から厳しい眼差しで見られている」と述べています。

 

「中国市場の巨人・アリババ」では、デジタル・シルクロードが目指しているのは、ユーラシア大陸に中国主導の電子市場を確立させることだと指摘し、著者は「その先には、デジタル人民元による世界通貨の支配という目標がある。その“先兵”が、アリババグループであり、傘下にある金融関連会社アントグループ(螞蟻集団)だ。そしてその“主力兵器”は、アント・グループが運営するアプリ決済サービス『支付宝(アリペイ)』だ」と述べます。アリババとはどのような企業なのかというと、1964年生まれの英語講師ジャック・マー(馬雲)が、アメリカの影響を受けて情報発信サイトをつくったのは1995年のこと。その後、中国の政府機関でインターネット事業に携わり、1999年にアリババを設立しました。


アリババの規模の大きさは、日本で暮らす我々の想像を絶します。2018年には、中国のモバイル決済の総額は、約4709兆円にものぼっており、2013年からの5年間でその規模は約27倍に拡大しているといいます。その中でも、アリペイのスマホ決済額での中国国内シェアは54%に達し、中国の消費者に最も使われいるサービスとして君臨しています(中国大手調査会社iResearchによる)。また、著者は「中国でビジネスを行うときには、この国が、経営者に瑕疵があると決めつけられると企業が国有化されたり、財産が没収されたりするなど、自由主義世界とはかけ離れたルールで動くことを忘れてはならない」と述べます。


「デジタル人民元」では、情報インフラ、ECと並び、中国政府が力を注いでいるのがデジタル人民元です。そこには単に人民元を電子通貨にするだけに留まらない、中国の壮大な野望が見えてくるとして、著者は「これは監視社会を強化したい中国当局にとって実に都合のいいシステムだ。これまで中国で問題になってきた偽札への対策だけでなく、何よりも脱税やマネーロンダリング、テロリストへの資金提供など、従来の人民元では阻止しきれなかった犯罪行為を取り締まることができるようになる。さらに国民の監視という意味でも効果は絶大だ。デジタルで紐づけられた様々な取引情報などを吸い上げることができるので、人々のカネの流れから日々の活動まで徹底管理できるようにもなる」と述べています。


アメリカの金融支配をくつがえす」では、このデジタル人民元にこそ中国による壮大な野望があると著者は見ていと述べ、「それは、世界におけるドル覇権を終わらせ、人民元基軸通貨化するというものだ。基軸通貨とは、世界で中心的・支配的な役割を果たす通貨のことで、国際金融取引などで基準として採用されているものを指す。現在は米ドルやユーロがその役割を担っている。米ドルは米政府が動かしているから、国際通貨の動きはアメリカが握っているといえる。アメリカの経済政策が世界経済に大きな影響を与えている理由はそこにある」といいます。


現在、世界各国の外貨準備高を単純に比較すると、中国元はたったの2.66%にすぎません。一方でライバルの米ドルは、世界全体の60%を占めています。中国の行う貿易ですら、90%以上がドル建てで行われているという現実もあります。中国政府はデジタル人民元によって、そこに楔を打ち込む可能性を見出そうとしているのです。さらに「ファーウェィの海底ケーブル」では、著者は「5G、監視カメラ、AI、デジタル決済システム、そして海底ケーブルなどの通信インフラ。デジタル覇権は、米中サイバー経済戦争の最前線といえる」と述べるのでした。


第四章「中国に騙されたトランプ」の「ドナルド・トランプの登場」では、トランプ大統領の4年間で、国内外で引き起こした混乱のマイナスは小さいものではないだろうとしながらも、著者は「しかし、対中政策に限って言えば、中国への対応に出遅れたアメリカが、起死回生の挽回をするには、トランプのような存在が必要だったと筆者は考えている。敢えて言うならば、トランプの反中政策は『正しかった』のだ。ここまで見てきたように、中国はすでに世界第2位の経済大国となっているにもかかわらず、サイバー攻撃やスパイ行為をやめようとしない。中国は、もはやアメリカの『ビジネスパートナー』や『よき競争相手』といえないのではないか? そのようなことをアメリカの中枢が考え始めた時期に、トランプは対中政策の大転換を行ったのだ」と述べています。


「ロシア・ゲート」では、1980年代から90年代に不動産で財を成したトランプは、1991年にソ連が崩壊し新生ロシアが誕生するとロシアビジネスにのめり込んでいったことが紹介され、著者は「モスクワに『トランプ・タワー』の建設計画を発表するなど、資本主義化したロシアは、トランプの『ディール』の格好の舞台となったのだ。2008年夏ごろ、トランプは経営の失敗で資金がショートし、所有している不動産の売却先を探していたが、アメリカでは買い手がつかなかった。ところが、ロシアのオリガルヒ(新興財閥)が、トランプの購入価格の2倍で買い取ることになる。同年秋には、リーマン・ショックが起きたため、トランプは窮地に追い込まれるが、そこでも、ロシアからの金が流れ込んだとされる」と述べます。


2016年のアメリカ大統領選挙では、泡沫候補と思われた共和党のトランプと、民主党ヒラリー・クリントンの戦いとなりました。プーチンにとって、オバマ政権の国務長官で自身を「ヒトラー」呼ばわりし敵視するヒラリーよりも、「プーチンは、ロシアを再構築している」「NATOが攻撃されたら、否でも応でも助ける必要があるのか?」などと発言するトランプのほうが、好ましい大統領になることは明らかだったとして、著者は「ロシアはトランプを大統領にするため2つの攻撃を行った。まずは、サイバー攻撃による『盗み』である。もう1つは、『世論工作』だ」と述べています。

 

アメリカの情報機関が摑んだコロナ起源」では、「新型コロナについて中国政府の見解では、2019年12月に初めて感染が確認されたということになっている。武漢にある華南海鮮市場で、動物から人へ感染が起き、感染の拡大が発生したと主張し、当初はこれが「常識」となっていた。だがそれ以前に中国国内で、異変は起こっていた。その実態を告発していた医師たちに対して、中国政府が容赦の無い口封じをしていたことが判明している。現在では、武漢市の海鮮市場は、クラスターの発生場所の1つだっただけ、という意見も多い」と書かれています。


トランプは2020年1月末から、新型コロナの発生源について徹底調査を行うよう情報機関に命じていたとして、著者は以下のように述べています。
「その報告がトランプの中国に対する考え方を変える理由の1つとなった。それは、どのような内容だったのか。筆者がCIAの元幹部2人に取材をしたところ、アメリカの諜報関係者らの意見は2つのポイントに絞ることができた。1つは、新型コロナウイルスは、中国の武漢にある武漢ウイルス研究所にあるBSL4(バイオセーフティレベル4)の研究施設から漏れた可能性が高いこと。そしてもう1つは、この研究所では、中国の人民解放軍との共同プロジェクトがいくつも進められていたことだ」


「米国による24のうそ」では、コロナ起源問題でも情報戦は展開されたことが指摘されます。著者は、「中国は、都合の悪い事実から人々の目を逸らすために、新型コロナの発生源について、在外中国大使館のSNSアカウントなどを駆使して、情報工作を試みたのである。中国外務省の趙立堅報道官は2020年3月12日、ツイッターで『この感染症は、アメリカ軍が武漢に持ち込んだものかもしれない。アメリカは透明性をもって、データを公開する必要がある』などと主張した。民間人が陰謀論を作り出したのではなく、中国政府や情報機関が意図的に流したフェイク情報だった」と述べています。


「議会襲撃事件」では、2020年の米国大統領選挙について、著者は「最大の攪乱者はロシアではなくトランプ大統領だったといえるのかもしれない。選挙後、トランプはどうあがいても勝てないことを前提に行動をはじめた。フィルターやファクトチェックを回避しながら有権者に直接メッセージを伝えることができる、お気に入りの『拡声器』、ツイッターを駆使し、支持者たちを煽り続けたのだ。トランプによる発信を真に受けた支持者たちは、ついに米連邦議会を襲撃するにまで至った。民主主義を世界に広めてきたアメリカ政治の象徴的な建物に、暴徒が雪崩れ込んだ衝撃的な映像が全世界に配信された」と述べます。


さらに議会に突入する計画自体について、トランプ支持者たちがオンライン上で情報交換を行っていたことが分かっていることを紹介し、著者は「この議事堂襲撃には、元軍人や地方の元政治家、過激思想のネオナチや陰謀論を支持するQアノンなどの活動家らも関与していた。Qアノンとは、近年アメリカで勢力を広げている陰謀論をもとに、トランプを『正義の戦いを指導する人物』としてあがめている人々を指す。彼らは銃器や結束バンドを準備するなど、かなり周到に襲撃事件を計画していた」と述べます。


「トランプは復活するのか」では、米政治の象徴である連邦議会を襲撃するという事件は、トランプの正当性を完全に貶め、存在感を一気に消し去るのに一役買ったと言えるとして、著者は「議会の襲撃事件を事実上『煽動』したトランプは結果『声』を失った。有権者に直接語りかけるツールとして利用していたSNSのツイッターフェイスブックのアカウントを凍結されたのだ。影響はそれだけではない。トランプ支持者の多くが同様にアカウントが凍結されたために、彼らの中の保守派たちが集まった新しいSNS『パーラー』が始動した。ところが、そのSNSがサーバーを使用していた米アマゾンは、同SNSは暴力を扇動するプラットフォームであり、規約違反であるとして利用禁止にした」と述べるのでした。

 

第五章「アメリカファーストから『同盟強化』へ」の「日本が発案した『クアッド』」では、バイデン政権は中国に対峙するために、アジアに軸足を置く政策を推し進めており、中でも重要な動きは、「クアッド(QUAD、日米豪印戦略対話)」であるとして、著者は「政権発足後の2021年3月にも、早速ビデオ会議で『クアッド』の国々の首脳と会談を行っている。この戦略対話の枠組みは、日本ではあまり知られていないが、2007年8月に安倍晋三首相(第一次政権)が、インドを訪問して連邦議会で演説した際に、多角的な協力関係の構築を呼びかけたことに端を発している。安倍首相の呼びかけにインドが応じ、さらに2カ国が加わったことで、対中包囲網の中核を構築した。日本がアジア太平洋地域の外交新秩序の発端を作ったことは、もっと評価されてもいい」と述べています。



「世界はネットで分断される」では、追い詰められたロシアが、中国になびいていくことは、想像に難くありませんが、中国としても「西側同盟」を完全に敵に回すことは国益に反するとして、著者は「近年、緊張を高めている台湾問題ともつながっていくだろう。しかし、いま中国が進めているデジタル・ジルクロードやデジタル人民元が、『西側諸国』の考える秩序と最終的に対決することは避け難く見える。インターネットなどのネットワーク網が、国家運営に重要で不可欠なインフラとなった今、そのセキュリティは国の統制・支配そのものであり、安全性を維持しようと躍起になるのは当然である」と述べるのでした。


第六章「日本版サイバー軍を作れ」の「日本版NSA」では、日本でも、世界に広がる中国のサイバースパイ工作への対応や、実動的なサイバー組織が必要となってくることは間違いないが、今からCIAのような対外諜報機関を作るのは容易ではないとして、著者は「まずヒューミント(人による諜報活動)ができる人材を集めたり、訓練するのに莫大な時間と予算が必要になる。また外務省や警察庁防衛省、さらに法務省の外局である公安調査庁などが長く縄張り争いをしており、諜報専門の独立した組織を作るのは現実的ではないだろう。そこで参考になるのは、本家アメリカのNSAだ」と述べています。


いまや個人が使うスマホやアプリなどはNSAなどの手にかかれば、すべて覗かれてしまうと考えていいという著者は、「世界がますますネットワーク化され、デジタル化が進み、IoTなどで電子機器が全てつながる世界になるなか、NSAの能力の重要度は増している」と述べ、さらには「インテリジェンスにおいても、軍事においても、サイバー空間が発展する中で求められるのは、NSAのような組織なのだ。そんな組織が、省庁の垣根を越えて実動できるようになれば、日本の防衛を根底から支えてくれることになる。そのとき、憲法9条の改正議論も新しい視点が必要になってくるだろう」と述べるのでした。



「おわりに」では、CIAのウィリアム・バーンズ長官がこれまでも指摘していましたが、中国とロシアの関係はここ最近、急速に緊密になっていたと指摘し、著者は「習近平プーチンは、2022年の北京冬季五輪の開会当日に北京の釣魚台国賓館で会談し、英語版で5300語を超える長文のコミュニケ(共同声明)を発表した。そこでは、「利害を共有する両国の協力関係に制限はない」と宣言している。当然、アメリカとその同盟国に向けたメッセージである」と述べています。



中露が手を組み欧米の民主主義陣営に対抗するような大きな勢力となることが、改めて示されたわけですが、著者は「天然ガスなどのエネルギー資源を持つロシアと巨大な市場であり最先端技術を安価で提供する中国のタッグは、西側世界にくさびを打ち込む力を持っている。ところがロシアのウクライナ侵攻によって西側世界は『反ロシア』一色になり、中国も『ロシアの同盟国』として扱われるようになってしまった。その意味で、ウクライナ侵攻は、アメリカにとって好都合だったはずだ。中国がこれまでのようにロシアと近い関係性を有効にアピールできなくなったからだ。『両国の協力関係』も非常に限定的なものになりつつある」と述べます。


習近平はバイデンとの会談で、「2段階でロシアに対応すべきだ」「まずは停戦を決め、その上での人道支援である」と述べましたが、なんら具体的ではなく何も言っていないに等しいとして、著者は「それほどに習近平は追い込まれているのだろう。ロシアのウクライナ侵攻によって覇権を狙う中国の行動にブレーキがかかったのだ。その一方で中国は、アメリカを中心とした『西側同盟』に追い詰められていくロシアの姿を、固唾を飲んで見ていたことだろう。そして、本書で見てきたような、『通信』『金融』などの分野で自分たちが取り組んできた覇権国家を狙うための『準備』が決して間違っていなかったと再確認したはずだ」と述べるのでした。本書を読んで、ロシアと中国のみならず、アメリカや日本のサイバー戦略の行方もよくわかり、非常に勉強になりました。

 

 

2022年7月25日 一条真也