一条真也です。
ヤフーニュースで「『パパ、ママ、会いに来たよ』AIで死者を“復活” 中国で新ビジネスが論争に『冒とく』か『心の救済』か」という記事を発見。「TBS NEWS DIG」が配信した記事ですが、グリーフケアに関係している内容であることは明らかなので、興味深く読みました。
ヤフーニュースより
記事は、世界では今、インプットされたデータから文章や画像などを自動で作り出す「生成AI」の技術が急速に進化していることを紹介されています。こうした中、中国では「生成AI」を使って亡くなった人を「復活」させるビジネスが登場し、論争を呼んでいるといいます。張沢偉さん(33)は去年、生成AIで死者を復活させるビジネスを始め、これまでにおよそ1000人の「死者を復活」させてきました。始めたきっかけは、友達から「お父さんを復活させてほしい」と依頼されたことでした。張さんは、「(AIで『復活』した父を見た)友達はとても感情的になり、涙を流しました。自分たちのやっていることは、人助けになるとわかったんです」と語っています。
一方で、2020年に事故で亡くなったアメリカのプロバスケットボールのコービー・ブライアント選手が、なぜか流ちょうな中国語で「中国のファンのみなさん、こんにちは。コービー・ブライアントです」と語るシーンも紹介されています。このように、亡くなった有名人を生成AIで勝手に復活させてしまうケースも相次ぎ、「死者への冒とく」「肖像権の侵害」といった批判があがっているといいます。張さんは、悪用されないよう本人や家族の同意をとっているとした上で、生成AIの可能性について、「私は今、人々を救っていると感じます。人々に精神的な安らぎをもたらしているのです。私の夢は、普通の人がデジタルの力で『永遠に死なない』ことを実現することです」と述べます。最後に、記事には「急速に進むAI技術がもたらすのは心の救済か、それとも死者への冒とくか。重い問いを投げかけています」と書かれていました。
死んだ娘とVRで再会した母親
わたしは、ブログ「VRとグリーフケア」で紹介した、「ニューズウィーク日本版」ウエブ編集部の「死んだ娘とVRで再会した母親が賛否呼んだ理由」という記事を思い出しました。VR(バーチャルリアリティー)では、ヘッドセットとゴーグルをつけ、誰でも簡単に仮想現実の世界へ入って行けます。映画配給コーディネーターのウォリックあずみ氏が書いた同記事では、「VRで3年前に亡くなった娘と『再会』」として、2月6日に韓国で放送された「MBCスペシャル特集―VRヒューマンドキュメンタリー"あなたに会えた"」という番組を紹介しています。放送終了後から大きな反響を呼び、SNSや動画サイトでもすぐにアップロードされ拡散された番組です。
内容は、3年前に血球貪食性リンパ組織球症(HLH)を発症し、2016年に7歳で亡くなってしまったカン・ナヨンちゃんとその家族、主に母親との再会の話です。記事には、「ナヨンちゃんは発症後、ただの風邪だと思い病院を受診したところ、難病が発覚し入院。その後たった1カ月で帰らぬ人となってしまった。家族は3年以上たった今でもナヨンちゃんの事を思い続け悲しみに暮れている。そんな家族を少しでも救えるのではないかと、MBC放送局はVR業界韓国内最大手である『VINEスタジオ』社と手を組み、ナヨンちゃんと母親を仮想現実の中で再会させる計画を開始した」と書かれています。
その制作方法ですが、記事には、「VR画像の中にそっくりのナヨンちゃんを再現させる作業は、家族が生前に撮影した写真や動画から、ジェスチャー/声/喋り方を分析することから始まったという。そして、不足部分は同じ年ごろのモデルに動いてもらい、160個のカメラで360度撮影できるモーションキャプチャー技術を用いたという。さらに、声の部分はセリフをしゃべらせるために、ディープラーニングと呼ばれるAI技術を駆使している。生前の1分余りの声データに5人の同年代の子どもの声をそれぞれ800文章ずつ録音して、それをAIでナヨンちゃんの声に再構築するのである。気になる製作費だが、番組制作費1億ウォン(920万円)だったと公表されており、そのほとんどがナヨンちゃんのCG制作に使われた費用だという」と書かれています。
CGで蘇ったナヨンちゃん
さらに記事には、「10分程度のVRの内容は、ナヨンちゃんが林の中に登場し、母親と再会し、その後誕生日を祝う。ケーキの横にはナヨンちゃんが好きだった『꿀떡クルトッ』と呼ばれる韓国のお餅も並んでいる。これは、制作過程のインタビューで事前に父親からナヨンちゃんの好物をリサーチし反映させたのだという。その後、母親へ手紙を読んで、ベッドに横たわる。『もう悲しまないで、思いつめないで。ただ、愛してね』と告げて眠りにつくナヨンちゃん。多少、アニメっぽさはあるにしても、顔や声はVR体験をした家族には十分な再会となった」と書かれています。その動画をわたしも観ましたが、泣けて仕方なかったです。亡くなったわが子に会いたいという想いが痛いほど伝わってきました。わたしの2人の娘はともに元気ですが、彼女たちがじつは幼い頃に死んでいて、VRで再会したシチュエーションを想像すると、もうボロボロ涙が出てきました。子を持つ親なら誰でも感動する映像です。
再会後さらに心を痛めないか?
しかしながら、放送後の反響は賛否両論だったようですね。ウォリックあずみ氏は「愛する者を失くした心の治癒になるかもしれないが、その傷が深かった分、しっかりした考えを持っていない場合、どこかのSF映画のように仮想現実の世界にのめり込んでしまう危険性もありえる。企画が公になるにつれて、予告編を見た視聴者からは感動を期待する一方、『再会後さらに心を痛めるのではないか』と母親を心配する声も上がった」と書いています。放送終了後には、多くの賞賛と共に、一部反対意見も上がったそうです。その多くが、「VRの技術は素晴らしいが、それを幼い娘を失くした家族を通してTV放送するのはいかがなものか」と疑問視する声でした。さらに、「母親の今後の心のケアは万全の体制を取っているのか」などと指摘する書き込みも見られたとか。
映画ビジネスに携わるウォリックあずみ氏は、「昨今ハリウッドで浮上している問題と同様に、亡くなった人の著作権も問題視される。AIを駆使し亡くなった人をスクリーンに出演されることは倫理上どうなのか、今後悪用される心配はないのか。これからさらに論議されていくことだろう」と書いています。2019年のNHK紅白歌合戦で登場した“AI美空ひばり”を連想してしまいます。最後に、ウォリックあずみ氏は「VRはあくまでも“仮想”現実である。気軽に、より精巧になっていくVR技術にのめり込み仮想世界に行ったきりで戻れなくならないように、今後はVRによる心のケアも重要視されるだろう」と述べます。
VRといえば、ブログ「三体」で紹介したNetflixドラマに登場する究極のVRゲームを連想してしまいました。登場人物がVRヘッドセットをかぶると、ゲームとは思えない質感のヴァーチャル世界の一員となります。そして生身の人間のような人物が現れます。VRヘッドセットは今の文明では成し遂げられないような高度な技術の代物でした。登場人物の1人であるジャックはこのVRゲームを「5世代先のマシンだ」と言います。そこには完全なる仮想現実が生まれるわけですが、古代中国、16世紀初頭のイングランド、魔女裁判が盛んな中世ヨーロッパ、チンギスハンの時代のモンゴルなどの世界が出現しますが、いずれの世界でも同じ少女が登場し、ゲームオーヴァーになるたびに彼女は死んでしまいます。このVRゲームの1つの目的は、彼女の命を救うことでした。
「AI菜奈ちゃん」と会話する 翔太
VRまで行かなくても、AIによる死者の復活ということでは、ブログ「あなたの番です」で紹介した2019年の日本テレビ系「日曜ドラマ」で放送されたドラマを思い出しました。主人公の手塚翔太(田中圭)は、愛妻の菜奈(原田知世)を何者かに殺されました。翔太はその犯人を捜すべく復讐鬼と化します。しかし、菜奈を亡くした翔太の喪失の悲嘆は大きく、それを見かねた横浜流星演じる二階堂忍が翔太のために「AI菜奈ちゃん」というアプリを製作します。これこそ、故人と会話できるというグリーフケア・アプリなのでした。翔太が「AI菜奈ちゃん」と会話するシーンは、韓国人女性がVRで3年前に亡くなった娘のナヨンちゃんと再会したエピソードを連想しました。そして、AIを駆使したグリーフケアの可能性は否定はしないまでも、やはり強い違和感を抱いたことも事実。グリーフケアにおいては「忘れる力」も大切だと思いました。
グリーフケアといえば、このドラマの主題歌は「会いたいよ」というグリーフケア・ソングになっています。田中圭が手塚翔太の役名で歌っているのですが、これが沢田知可子の「会いたい」と平井堅の「瞳を閉じて」を足して2で割ったような歌で、正直言って白けました。「会いたい」と「瞳を閉じて」は感動の名曲ですが、「会いたいよ」にはまったく感動できませんでした。作詞は秋元康です。「あなたの番です」というドラマ自体の企画・原案も秋元康となっています。わたしは彼の仕事にはいつも「あざとさ」を感じてしまうのですが、今回も同じです。いかにも「グリーフケア・ソング」といった感じの歌が「こんなもんだろう」とパパッと作られた印象で、複雑な気分になりました。「AI菜奈ちゃん」をLINEで展開したことなども含めて、「グリーフケアをなめるなよ!」と言いたくなりましたが、「まあ、秋元康のような稀代のトレンド仕掛人がグリーフケアに注目したということは興味深いな」と、当時は思ったものです。
『愛する人を亡くした人へ』(現代書林)
PHP文庫化が決定した拙著『愛する人を亡くした人へ』(現代書林)にも書きましたが、わたしは、人間にとっての最大の苦悩は、愛する人を亡くすことだと思っています。老病死の苦悩は、結局は自分自身の問題でしょう。しかし、愛する者を失うことはそれらに勝る大きな苦しみではないでしょうか。配偶者を亡くした人は、立ち直るのに3年はかかるといわれています。幼い子どもを亡くした人は10年かかるとされています。この世にこんな苦しみが、他にあるでしょうか。あまりの苦しみの大きさ、悲しみの深さから自ら命を絶とうする人も多いです。
東日本大震災後には多くの幽霊現象が報告されましたが、あれも「どうしても故人に再会したい」という遺族の脳内VRという側面があったと思います。死者と再会するというのはオカルトの世界であり、スティーヴン・キング原作のホラー小説を映画化した「ペット・セメタリー」が描いた恐怖に通じるという見方もあるかもしれません。死者を復活させる森の存在を知った夫婦が、亡くなった幼い娘を蘇らせるのですが、悲惨な結果となる話です。グリーフケアの物語が一気にホラーに転化する最適の例だと言えますが、結局は「人智を超えた神の領域」を侵してはならないということでしょう。テクノロジー全体の問題ですが。
わたしは、生成AIさらにはVRは、今後のグリーフケアにとって大きな力になるような気がします。もちろん、韓国の人々が危惧したように「再会後さらに心を痛めるのではないか」という問題もあります。しかし、その点に注意しながら、グリーフケアにおけるVRの可能性は探るべきでしょう。仮想現実の中で今は亡き愛する人に会う。それはもちろん現実ではありませんが、悲しみの淵にある心を慰めることはできるはずです。何よりも、自死の危険を回避するだけでもグリーフケアにおけるVRの活用は検討すべきではないかと思います。
『グリーフケアの時代』(弘文堂)
緊急処置としてのVRで急場を切り抜けて、その後にカウンセリングなどによって「愛する人を亡くした」現実の人生を生きる道を歩み出すことができればいいのではないでしょうか。くれぐれも、「たらいの水と一緒に赤子を流す」という愚を犯してはなりません。わたしが上智大学グリーフケア研究所の客員教授として書いた共著者『グリーフケアの時代』(弘文堂)においては「映画とグリーフケア」について考察しましたが、今後は「AIとグリーフケア」についても考えていきたいと思います。
グリーフケアは無(亡)くしてしまったもの忘れることでなく、その瞬間からの人生をその悲しみと共に生きていくための手助けです。手助けであるがゆえに悲嘆の対象者(クライアント)がどのように悲しみと寄り添って生きていくかは、クライアントの心のうちのこととなり、これはどのようにと強制できるものではありません。冒頭のAIで死者が復活する記事を読んで、わたしは劇薬のようなイメージを抱きました。SF作家のフレデリック・ポールの『ゲイトウェイ』をはじめとするヒーチー年代記と言われる一連のシリーズに「デッドメン」という、死んだらその頭脳を機械に組み込んで生き続けるエピソードがあります。もちろん現在の技術では不可能なことであり、今の段階では強すぎる劇薬だと言えるでしょう。
ホログラフィーで故人の姿が浮かび上がる!
死者と再会するテクノロジーということでは、わたしは、ホログラフィーに大きな期待を抱いています。ブログ「武田七郎氏お別れの会」、ブログ「神田成二氏お別れの会」で紹介した、冠婚葬祭互助会の大手であるアルファクラブ武蔵野さんが開かれた「お別れの会」では、ホログラフィーによって等身大の故人の生前の姿が立体で映し出されたではありませんか! これはパーソナルなVRなどと違って、参加者全員が目にすることができるオープンな「幽霊づくり」です。これを見たときは非常に感動しました。
『ロマンティック・デス』(国書刊行会)
1991年に上梓した拙著『ロマンティック・デス〜月と死のセレモニー』(国書刊行会)で、わたしは21世紀の葬儀は故人の生前の面影をホログラフィーで再生すべきと提唱しましたが、完全に実現されていました。そして、このたび、同書が『ロマンティック・デス~死をおそれない』(オリーブの木)として3回目の復活を遂げました。同時刊行の『リメンバー・フェス~死者を忘れない』(オリーブの木)とともに「R&R」本として死生観のアップデートを目指します。新時代の葬儀や供養について書いていますので、ぜひ、ご一読下さい!
『ロマンティック・デス』と『リメンバー・フェス』
2024年4月18日 一条真也拝