「ありがとう」を伝えたい人

一条真也です。
深夜の執筆中にパソコンに向かっていたら、キリン午後の紅茶「私がありがとうを伝えたい人」篇という動画が目に飛び込んできました。日常の中の "ささやかな感謝"を描いたWebムービーですが、かなり泣けました。


キリンビバレッジによれば、「小学生の頃、学校に向かう私にちいさな元気をくれていた、あの思い出。それから月日が経ち、地元を離れることになった女の子が『ありがとう』を伝えたかった相手とは・・・。『#午後ティーありがとうボトル』をとおして生まれる、日常の何気ない幸せとやさしさを描きました」とのこと。海辺の街の子どもの登下校の交通指導員井上肇が演じ、この街の高校を卒業して、もうすぐ東京の大学へ進学する女の子を吉田美月喜が演じています。90秒の短いムービーですが、とても心が温まりました。甘い飲料は苦手なわたしですが、午後ティー「ありがとうボトル」を飲みたくなりました。

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ムービーには交通指導員が登場します

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「ありがとう」を伝える

 

このムービーを観て、わたしはブログ『ブルシット・ジョブ』で紹介したアメリカの文化人類学者デヴィッド・グレーバーの著書の内容を思い出しました。その本の中に、さまざまな職業に従事する人々に「あなたの仕事は世の中に意味のある影響を与えていますか」という質問をしたことが書かれていました。その中で、「いいえ」にチェックする者がおよそゼロだった仕事がいくつかありました。その仕事とは、看護師、バス運転手、歯科医、道路清掃員、農家、音楽教師、修理工、庭師、消防士、舞台美術、配管工、ジャーナリスト、保安検査員、ミュージシャン、仕立屋、そして、子どもの登下校の交通指導員でした。

 

 

「ブルシット・ジョブ(BSJ)」という言葉は、「クソどうでもいい仕事」という意味です。BSJは、当人もそう感じているぐらい、まったく意味がなく、有害ですらある仕事です。しかし、そうでないふりをすることが必要で、しかもそれが雇用継続の条件なのです。グレーバーは、「なぜ、やりがいを感じずに働くひとが多いのか。なぜ、ムダで無意味な仕事が増えているのか。なぜ、社会のためになる職業ほど給与が低いのか」と読者に問いかけ、「労働とは『生産』というより『ケア』だ。そして『経済』とは私たちが互いにケアし、生存を支えあうための方法だ。グレーバーが遺した願いを胸に、仕事で傷つき傷つけることのない経済につくり直そう」と訴えます。


グレーバーは、「わたしたちの社会では、はっきりと他者に寄与する仕事であればあるほど、対価はより少なくなるという原則が存在するようである」と述べます。さらには、読者に「ある職種の人間すべてがすっかり消えてしまったらいったいどうなるだろうか、と問うてみること」を薦めています。もし仮に看護師やゴミ収集人、あるいは整備工の方々が消えてしまったら社会は壊滅的になりますし、教師や港湾労働者の方々のいない世の中はただちにトラブルだらけになるでしょう。一方、企業の株の売り買いで収益を得るCEOやロビイスト、広報調査員、保険数理士、テレマーケター、裁判所の廷吏、リーガル・コンサルタントが消えた場合はどうなるか? グレーバーによれば、人々は何ら困らないといいます。


哲学者アリストテレスは、「人間は社会的動物である」と述べました。人間は元来、共感する存在であり、他者とコミュニケーションし合うものです。それゆえに、わたしたちは、たえず互いの立場を想像して、他者が何を考え、何を感じているか、理解しようと努めなければなりません。トイレの清掃を例に挙げると、トイレというものは清掃を必要としています。だとすれば、その仕事にあたる人は、その仕事が他者に利する行為だと自覚することによってもたらされる自尊心をもっています。他方で、他人から尊敬と敬意の払われる仕事をする人たちがいます。その仕事に就いた人間は、高い収入を得て、大きな利益を受け取っています。しかし内心では、みずからの職業や仕事がまったく無益なものだと自覚しながら労働しているのかもしれません。まことに悲しいことです。

f:id:shins2m:20211107032745j:plainアンビショナリー・カンパニー』(現代書林)

 

「ブルシット・ジョブ」の反対に「エッセンシャルワーク」という言葉があります。医療・介護などをはじめ、社会に必要な仕事のことですが、トイレの清掃も含まれます。わたしは冠婚葬祭業も含まれると考えています。しかも、冠婚葬祭業は他者に与える精神的満足も、自らが得る精神的満足も大きいものであり、いわば「心のエッセンシャルワーク」「ハートフル・エッセンシャルワーク」とでも呼ぶべきでしょう。11月26日に発売される『アンビショナリー・カンパニー』(現代書林)は本名の佐久間庸和として書いた本ですが、そこでは「サービス業からケア業へ」と時代は大きく動いていることを指摘し、「他者の幸せを願うアンビション(大志)を持とう」と訴えました。最後に、キリン午後の紅茶の新作Webムービーのテーマは「ありがとう」でしたが、今月18日に創立55周年を迎えるわが社のCMのテーマも「ありがとう」です!



2021年11月8日 一条真也