「ドラマティック古事記」

一条真也です。
3月14日のホワイトデーは、博多でミュージカルを観ました。
キャナルシティ劇場で上演されたSuper神話Musical「ドラマティック古事記〜神々の愛の物語」です。非常に見応えのある舞台でした。



ドラマティック古事記〜神々の愛の物語」は、昨年11月に宮崎で初演されて話題となり、今回は福岡で初上演されました。【原案】市川森一、【神話絵画】MARCESTEL SQUARCIAFCHI(マークエステル スキャルシャフィキ)【脚本】市川愉実子【芸術監督・演出・振付】西島数博
舞踏、音楽、映像、衣裳、歌、和太鼓、語りによる市川本古事記の神話絵巻。巨大なスクリーンで映し出されるマークエステル氏の絵画「日本神話」とトップアーティスト達が贈る、スーパー神話ミュージカルです。



【出演】は、以下のようなキャストとなっています。
第一部「この世のはじまり、そして、男と女のはじまり」では、イザナキ(西島数博)、イザナミ(浅野瑞穂)、ヨモツカミ(青蓮)。
第二部「天岩戸をひらこう!」では、アマテラス(舘形比呂一)、タケハヤスサノオ(河野鉄平)、タジカラオ(橋本直樹)。
また、時を司る神/和太鼓を佐藤健作)、語り部を柴田美保子が担当。


キャナルシティ劇場の入口にて



公式HPの「DRAMATIC古事記とは〜市川森一氏 企画書より」では、『古事記』についてのさまざまな情報が記されていますが、まずは「『日本国』はいつ誕生したのか?」として、以下のように書かれています。
「大唐の女帝・則天武后に、初めて『日本』という国号を認めさせたのは、大宝二年(702年)の遣唐使使節団でした。それまで『倭人』と蔑まれてきた極東の島国の民族が、初めて『国家』を樹立したことを世界に宣言したのです。『旧唐書』に曰く、『倭国自らその名の雅ならざるを悪(にく)み、あらためて日本と為す』というわけです。少録して随行していた万葉歌人山上憶良は、その時の高揚感を帰国の船中で、こう歌い上げました。


いざ子ども 早く日本へ 
   大伴の御津の浜松 待ち恋ひぬらむ(山上憶良


『とうとう俺たちの国を創ったぞ!日本という国だぞ!』と小躍りする憶良の姿が目に浮かぶようです。私たちの日本国は、いつとも知れず漠然とできあがったわけではありません。古代の先人たちが、確固たる意思をもって、壮大なヴィジョンを描き、幾万人の夢見る力を結集して創出した、誇り高い、巨大な夢の結晶、それが日本国だったのです」


ドラマティック古事記〜神々の愛の物語」の公演パンフレット



続いて、「『日本国』はいつ誕生したのか?」として書かれています。
「『倭』から『日本国』へ。この建国作業は、二つのプロジェクトで推進されました。民族を一つのまとまった共同体として「国家」たらしめるに不可欠の条件。その一つは、『律令』。即ち、律(法)と令(税)の制定です。これは名高い『大宝律令』によって確立されました。そしていま一つ『国家』になくてはならないものが、その国の履歴書ともいうべき、国土と民族の生い立ちを記した歴史書、『国史』でした。すべての人々が共有できる国史があってこそ、人々は、そのアイディンティ(国史)のもとで、一つの国の国民としての自意識をもち得るのです。『貧困で滅んだ国はない。しかし、文化を失った国は滅亡する』という教訓どおり、一国のかたちを形成する上で、民族が共有する固有の『文化』はなくてはならないものでした。国力とは、その国が内包するソフトパワー(文化力)によって計られるものです。『国史』こそが、その国の文化力の原点でもあったのです。そうした意志のもと、和銅四年(711年)の秋、遷都間もない平城京において、時の女帝元明天皇国史の選録を命じるのです。勅命を受けたのは太安万侶(おおのやすまろ)。安万侶は、語り部稗田阿礼(ひえだのあれい)とその一族である俳優人(わざおぎびと)の一団を平城宮の東院玉殿に招集して、各地に伝承される民話や旧辞(ふるきことば)の編纂にとりかかりました。こうして誕生したのが『古事記(ふることふみ)』です」


「神々の系譜」(公演パンフレットより)



さらに、「『日本国』はいつ誕生したのか?」として書かれています。
「『古事記』は、日本誕生の神話から出発し、国造りの理想を追い求めます。自分たちはいかなる民族なのか? 大王(天皇)の原点はどこにあるのか? 自分たちはどこから来て、どこへ行こうとしているのか? 『古事記』が求めたものは、そうした民族の原点さがしでした。あれから千三百年の時を経て、私たち日本人はどんな理想の国を形成してきたでしょうか。私たちは、いまも日本人であることに誇りをもっているでしょうか。いまも祖国を愛しているでしょうか。国家の軌道に過ちはなかったでしょうか。これから「日本」はどこへ行こうとしているのでしょうか。これらの問いの答えを求めて、私たちはいま一度、いにしえの国造りの情熱に燃えた万葉人たちにならって、『古事記』の旅に出てみたいのです」


イザナキとイザナミが主役の第一部(公演パンフレットより)



公式HPの「DRAMATIC古事記とは〜市川森一氏 企画書より」には続いて「日本人のルーツを探る壮大な旅、悠久の彼方へ!」として、以下のように書かれています。
「これまでにも、『古事記』に登場する英雄たちは、スサノオノミコトオオクニヌシノミコト、ヤマトタケルノミコトなど、さまざまに劇化されてきました。しかし、『古事記』の全体宇宙と、『古事記』が創られた時代背景を網羅したスケールでの演劇は、未だに存在していません。また、それらが描き出されなければ、『古事記』の本当の魅力は堪能できないのです。太古の神話と平城京律令体制が対決する、時空を超えて繰り広げられる人間ドラマ。
古事記』が語る伝承は、勅命であるにも関わらず、決して王権を賛美し、王権の歴史を正当化するという目的で編まれてはいません。むしろ、王権から阻害されたり、逆らったりして非業の最期を遂げた神々や英雄たちへの哀悼の意がこめられています。そこが、「日本書紀」との決定的な分岐点になるところであり、単なる史書というだけでなく、文学書としても高く評価されている所以でもあります。かと言って、『古事記』は敗者の書でもありません。『古事記』の神々や英雄たちは、どんなに虐げられても、殺されても、必ず、何度となく甦ってきます。『古事記』は、日本のすべての祭事の根本がそうであるように、死と再生を謳い上げるドラマなのです。現在世界の若者に圧倒的に支持されて、日本の新しい文化の一つといわれているジャパニメーションは、正に『古事記』から受け継がれたファンタジーの世界観なのではないでしょうか。日本人が世界に誇れる『日本神話』の復興を原動力に、日本中に元気を取りもどさせる演劇文化をめざします。『古事記』は死と再生のドラマ。輪廻転生と甦りが主題の歴史ロマン大作です」


アマテラスとスサノオが主役の第二部(公演パンフレットより)



この舞台を観て、わたしは「ミュージカルというよりもバレエだな」と思いました。それくらい、出演者のダンスは見事でした。
しかし、声を発するのが語り部を柴田美保子だけで、基本的に出演者が無言なのは違和感を覚えました。最後は、スサノオを演じた河野鉄平などは素晴らしい美声を披露してくれましたので、もっと出演者に普通にセリフを言わせたり、歌わせたりしたほうが良いと思いました。あと、アマテラスとスサノオの衣装が絢爛豪華で目を奪われました。着物というのは広げて柄を見せる芸術作品なのだなと痛感しました。


マークエステル氏の神話画



それにしても、それにしても、マークエステル氏の神話画は素晴らしかったです。舞台の背景として使われていましたが、まさに神話の世界が再現されていました。「古事記」の舞台化といえば、ブログ「古事記〜天と地といのちの架け橋〜」で紹介した東京ノーヴィレパートリーシアターによる演劇が思い浮かびますが、同劇団の「古事記〜天と地といのちの架け橋〜」が“闇”によって神話世界を表現したとしたら、この「ドラマティック古事記」は神話画といい衣装といい、“色”で表現しています。
また、「ドラマティック古事記」がバレエだとしたら、「古事記〜天と地といのちの架け橋〜」は能でした。どりらかというと、わたしはバレエよりも能のほうがしっくりきましたが、「古事記」を舞台にするといっても、いろいろな手法があるものです。


著書にサインをするマークエステル氏



それから、東京ノーヴィレパートリーシアターの芸術監督のアニシモフ氏はロシア人であり、マークエステル氏はフランス人です。このように海外のアーティストが「古事記」を高く評価し、舞台化することには日本人として嬉しく思います。よく「古事記」と「ギリシャ神話」が似ているなどと言われますが、人類の集合的無意識を反映した神話というものには普遍性があるのでしょう。佐藤優氏は日本人のことを「宗教共同体」ではなく「神話共同体」であると述べていますが、『古事記』という神話をDNAの中に消化しているわたしにとって、「ドラマティック古事記」の舞台を観て、心が安らぎました。


決定版 おもてなし入門

決定版 おもてなし入門

  • 作者:一条 真也
  • 発売日: 2015/01/31
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

最後に、2020年の東京オリンピックに向けて、ぜひ世界中の人々に「古事記」を知ってほしいものです。東京オリンピックのキーワードは「おもてなし」ですが、拙著『決定版 おもてなし入門』(実業之日本社)にも書いたように、「おもてなし」の源流とは神々にお供え物をする神饌にあります。ある意味で、「古事記」の舞台化とは、八百万の神々に対する最高の「おもてなし」ではないでしょうか。




*よろしければ、本名ブログ「佐久間庸和の天下布礼日記」もどうぞ。



2015年3月15日 一条真也