「山逢いのホテルで」

一条真也です。
16日、東京から北陸新幹線で金沢に移動します。昨15日の夕方、ブログ「不思議の国のシドニ」で紹介した映画を観終わった後、次の打ち合わせまで時間があったので、スイス・フランス・ベルギー映画「山逢いのホテルで」を続けてシネスイッチ銀座で観ました。1人の女性の人生の悲哀を描いた、なかなか味わいのある作品でした。

 

ヤフーの「解説」には、「山や湖畔に囲まれたスイスの町を舞台に、アバンチュールを楽しむシングルマザーの恋を描いたラブストーリー。障害のある息子を育てながら、週に一度ホテルでその場限りの恋愛を楽しむ主人公が、一人の男性と恋に落ちる。主人公を演じるのは『ランジェ公爵夫人』『バルバラ ~セーヌの黒いバラ~』などのジャンヌ・バリバール。監督を本作が長編監督デビュー作となるマキシム・ラッパズが担当する」と書かれています。

 

ヤフーの「あらすじ」は、「スイスのアルプスを望む田舎町。クローディーヌ(ジャンヌ・バリバール)は仕立ての仕事をしながら、障害のある息子を一人で育てていた。彼女は毎週火曜日にリゾートホテルで1人客の男性とその場限りの一夜を過ごすことを楽しみにしていた。もう真剣に恋をすることはないだろうと思っていたクローディーヌだったが、ある男性に心を奪われる」となっています。

 

「山逢いのホテルで」は、第76回カンヌ国際映画祭ACID部門のオープニングを飾った、フランスの名優ジャンヌ・バリバールの主演作です。スイスの壮大な山々と湖畔に囲まれた、世界最大級のグランド・ディクサンス・ダムの麓に実在するホテルを舞台に、息子への献身的な愛と現実逃避の夢の間で揺れる女性を描く大人のラブストーリーですが、各国の映画祭で高い評価を得ました。現在56歳のバリバールは全裸で熱演しています。それが「本当に56歳?」と思うほど綺麗な体なのです。実年齢を知らずに映画を観たわたしは、彼女は40代だと思っていました。

 

この映画では、クローディーヌと息子のバティストが憧れる存在としてイギリスのダイアナ元妃が登場します。クローディーヌがホテルに向かうときに纏う真っ白なワンピースもダイアナ元妃を彷彿とさせるという意見もあります。バリバールは、「ダイアナ元妃を別にしても、あのクローディーヌの姿は、白いドレスを着たお姫様というアンデルセンの白雪姫のような女性の元型を表しているのではないのかなと思います。もちろん、ダイアナに自由のない犠牲者のようなイメージはありますが、同時にとても豪奢な生活を送っていた人でもあるので、クローディーヌという市井の女性と比べるのは少し難しいですが、ひょっとするとバティストにとってはダイアナ元妃に母親のイメージを重ねていたかもしれないし、遠く離れて暮らす父親のイメージもあったのかもしれませんね」と語ります。バリバールの発言には知性がありますね。ちなみに、ダイアナ元妃といえば、 ブログ「スペンサー ダイアナの決意」で紹介した2021年の映画を思い出しました。あの映画では、ダイアナもクローディーヌと同様に性的欲求不満を抱えた女性として描かれていました。

 

「山逢いのホテルで」の中でバリバール演じるクローディーヌが情事を楽しむ相手も、50代以上の男性ばかりです。映画では中高年同士のベッドシーンが延々と流れるのですが、その点はブログ「ブラックバード、ブラックベリー、私は私。」で紹介した前日に観たジョージア・スイス合作映画と同じでした。同作の主人公は、ジョージアの小さな村に暮らす48歳の女性エテロ(エカ・チャヴレイシュヴィリ)。彼女は、日用品店を営みながら一人で暮らしていますが、ふとしたことから人生で初めて男性と体を重ねます。48歳で処女を喪失したエテロのベッドシーンも延々と続きます。両作品とも役者は丸出し(下品な表現ですみません)で、当然ボカシが入っています。両作品とも第76回カンヌ映画祭で上映されたわけですが、現在のカンヌでは中高年のセックスが流行しているのでしょうか? まるで弘兼憲史『黄昏流星群』みたいですね!

 

「山逢いのホテルで」のラストシーンはさまざまな解釈ができるのですが、クローディーヌがこれから進む道について、バリバールは「完全な孤独な道でしょうか。かといって、孤独は悲しいものではなく、内なる孤独を受け入れることが大切だというのは、精神分析的な意味合いからラカンが言っています。子供と一緒にいると、世話をしなければならないので、本来あるはずの孤独は隠れますよね。母親は、子供の存在によって孤独感を感じることから守られていたのかもしれないですが、それは幻想でしかない。人間というのは、やはり深いところで孤独を抱えていると思います。男であるとか、女であるとか、成熟しているとか、ティーンエイジャーであるとか関係なく、もっと深い人間の存在について、この作品は深掘りしているのではないでしょうか。普遍的な人間そのものを描いている作品と言えると思います」とインタビューで答えています。彼女の発言にいきなり「ラカン」の名が登場して驚きました。バリバールという女優はかなりのインテリなのですね!


この日の「シネスイッチ銀座」の入口で

 

そして、この日、忘れ得ぬ出来事がありました。久々に訪れたシネスイッチ銀座に17日から公開される日本映画君の忘れ方のポスターがたくさん飾られており、「不思議の国のシドニ」の上映前に「君の忘れ方」の予告編が流れたことです。予告編の冒頭にはフューネラルディレクター役の小生の姿が映り、最後には原案者として小生の名前もスクリーンに映っていました。「君の忘れ方」の原案書である愛する人を亡くした人へ (現代書林・PHP文庫)を書いたのは2007年で、今から18年前ですが、当時は「グリーフケア」という言葉を知る人はほとんどいませんでした。それが今では時代のキーワードとなり、映画化までされて日本で最も中心地にある映画館で上映されるまでになったのです。わたしは、しみじみと感動しました。日本にグリーフケアが芽生えたとされる阪神淡路大震災の発生から30年目となる2025年1月17日、「君の忘れ方」がいよいよ全国公開されます!

愛する人を亡くした人へ』 (PHP文庫)

 

2025年1月16日  一条真也