『高学歴難民』

高学歴難民 (講談社現代新書)

 

一条真也です。
『高学歴難民』阿部恭子著(講談社現代新書)を読みました。著者は、NPO法人World Open Heart理事長。東北大学大学院法学研究科博士課程前期修了(法学修士)。2008年大学院在学中、日本で初めて犯罪加害者家族を対象とした支援組織を設立。全国の加害者家族からの相談に対応しながら講演や執筆活動を展開。今まで支援してきた加害者家族は2000件以上。著書に『息子が人を殺しました』『家族という呪い』『家族間殺人』(いずれも幻冬舎)、『加害者家族を支援する』(岩波書店)、『家族が誰かを殺しても』(イースト・プレス)など。


本書の帯

 

本書の帯には「学歴があれば『勝ち組』なのか?」「月10万円の困窮生活」「振り込め詐欺や万引きに手を染める」「博士課程中退で借金1000万円」「ロースクールを経て『ヒモ』に」「日本に馴染めない帰国子女」「教育費2000万円かけたのに無職」「こんなはずではなかった」「誰にも言えない悲惨な実態!」と書かれています。


本書の帯の裏

 

帯の裏には「日本社会をさまよう『新しい弱者』の正体!」と大書され、「本書のおもな内容」が以下のように書かれています。
●これ以上、家族に迷惑をかけられないと「振り込め詐欺」に加担
●悩みを共有できる人がおらず「万引き依存症」に
●家賃6万円のアパートをシェア、セックスワークで支えた難民生活
●ギャルから博士課程へ、月10万円生活の行方
●学歴至上主義家庭に生まれ、「無職・借金1000万円」の迷惑人生
●CAから検察官への華麗なる転身を夢見て
ニートからロースクール、そして「ヒモ」になるという生き方
●日本社会に馴染めない「帰国子女難民」の行方
●表向きは「社会貢献」月収10万円の漂流生活
●教育投資2000万円、それでも子どもはまだ無職
●教育虐待の末、難民化した息子の顛末
●「俺を見下してんのか?」就職失敗の苛立ちを妻にぶつける夫

 

本書の「目次」は、以下の構成になっています。
「はじめに」
 序章 犯罪者になった高学歴難民
第1章 博士課程難民
第2章 法曹難民
第3章 海外留学帰国難
第4章 難民生活を支える「家族の告白」
第5章 高学歴難民が孤立する構造
「おわりに――人を馬鹿にしてはいけない」

 

「はじめに」の冒頭を、著者は「学歴の賞味期限」として、「学歴はあるけれど、賞味期限が切れていて買い手がつかない? 一時はエリートと呼ばれ、順風満帆な人生を歩んでいたかと思えば、30歳を過ぎてもまだ無職・・・・・・。長年の努力は評価してもらえず、居場所を求めてさまようことになってしまった『高学歴難民』。法科大学院などの専門職大学院への進学や海外留学は、一見、カッコよく思われますが、むしろ就職の機会を逃し、高学歴難民を生み出してしまうこともあります」と書きだしています。



学歴社会は変化していても、学歴社会で育ってきた人々の中には、未だに根強い学歴信仰が残存していると指摘し、著者は「現在、日本で起こる殺人事件の約半数は、家族間で起きていますが、進路を巡る親子の対立から生じる事件が絶えない背景には、親の学歴偏重主義が隠れていることがあります」と述べるのでした。ギョッとする発言ですね。こんな事実、初めて知りました!



第2章「法曹難民」の「ニートロースクール、そして『ヒモ』になるという生き方――井上俊(20代)」では、中国地方の進学校から東京の有名私立大学に進学したものの、卒業後に趣味に明け暮れた結果、就職逃できずにニート生活していた男性が登場します。彼は、親に学費出してらって地元の国立大学のロースクールに入るのですが、そこで三振(3回不合格)してしまいます。大学院の友達からは、「お前の称号はMBAだな。M(みじめ)B(ぶざま)A(あわれ)」と馬鹿にされたそうです。彼は、「彼らにとってはふざけただけかもしれませんが、相当傷つきましたし、落ち込みました」と語っています。



第3章「海外留学帰国難民」の「日本社会に馴染めない『帰国子女難民』の行方――江崎奈央(50代)」では、米国での学生生活が面白くて博士課程へ進んだ女性が登場します。彼女は国際結婚をしますが、最初の夫は会社のお金を横領したとして逮捕されます。2度目に結婚した相手も未成年者への淫行で逮捕。なんと2回国際結婚して、相手が2人とも逮捕されるという事態に陥りました。その後、帰国して実家のある故郷に住み、50歳になってようやく人生の目標を見つけたそうです。現在、彼女は留学や海外の大学受験のコンサルタントや英語での論文指導などを行っているとか。彼女は、「かなり遠回りしたかもしれませんが、これまでの経験はすべて自分にとって必要なことだったと考えているし、いつか、困っている人、人生に迷っている人の役に立つ情報になればいいなと思っています。幸せは、誰かに与えられるものではなく、自分で探して摑み取るものだと実感しています。それだけは、真実だと思っています」と語っています。彼女の人生だけで小説が書けるような内容だと思いました。



第5章「高学歴難民が孤立する構造」の「突き付けられる自己責任」では、大学院入学の選択が難民化の分岐点になっていることを指摘し、著者は「進学理由は、『社会を変えたい』といった高い志からというより、『就活のタイミングを逃した』『就職試験に落ちた』といったモラトリアムとしての大学院生活が主たる目的だと語っている人は少なくありませんでした。そんな不純な動機だから難民化するのだと世間様からお叱りを受けそうですが、長期の大学院生活を経て研究職に就いている人の中にも『会社員になりたくなかった』『まだ働きたくなかった』など、社会に出る準備ができていないために大学に残ったという人もいます」と述べています。



「中年男性高学歴難民の前科者より厳しい就職事情」では、高学歴難民が社会的に孤立する要因として、連帯することの難しさがあることが指摘されます。とりわけ、男性難民は学歴のプライドに加え、男としてのプライドの高さが連帯を妨げ、孤立を招いているとして、著者は「プライドが高いというのは、裏を返せば自己肯定感が低いのです。現状を周囲に知られたくないゆえに、遠方にまで移住する人も少なくなかったのです。元々、集団生活に馴染まない人も多く、他のマイノリティのように、連帯を呼び掛けたり、高学歴難民としてアクションを起こしたりする人はなかなか出てこないのかもしれません」と述べます。



「高学歴コンプレックス」では、著者が学歴社会の日本に生まれ、高学歴の人々と仕事をする機会も多いことが明かされます。著者は、「決して学歴に価値を置かないわけではありませんが、学歴から推測できるのは、学力や専門性であり、人間性までは判断できません。学歴はなくとも事業に成功し、社会的な影響力を得ている人々もいます。作家や評論家として活躍している人々が必ずしも高学歴とは限りません。実績で成功を収めた人々は、学歴止まりで実績のない人より、確実に社会的に評価されます。この現実が、痛いほど身に染みているからこそ、高学歴難民は辛いのです・・・・・・」と述べています。



「おわりに――人を馬鹿にしてはいけない」では、先生と呼ばれる職業の人について、著者は「尊敬に値するか否かは、職業からだけでは判断できません。先生と呼ぶべき人は、職業にかかわらず、社会にたくさん存在します」と述べます。実は高学歴という人が、意外なところで仕事をしているかもしれません。肉体労働の現場にも高学歴の人はいるとして、著者は「あなたが憧れ、受験に失敗した大学を卒業しているかもしれません。あなたを接客したセックスワーカーも、あなたが卒業した大学の教授たちよりレベルの高い大学の出身かもしれないのです。人を侮ることなかれ。馬鹿にした相手から、密かに馬鹿にされているかもしれません」と述べるのでした。最後はなんだか人生訓みたいになってしまいましたが、本書はいろいろと考えさせられる一冊でした。

 

 

2024年5月13日  一条真也