古希を迎えた飛龍

一条真也です。
28日、「炎の飛龍」ことプロレスラーの藤波辰爾が70歳の古希を迎えました。日本プロレスに入門し1971年5月9日にデビュー。72年に師匠のアントニオ猪木さんが設立した新日本プロレスに旗揚げから参加しジュニアヘビー級王者として空前のドラゴンブームを巻き起こした20代。30代にかけて、宿命のライバルだった長州力との名勝負数え唄で日本中を熱狂させました。

ヤフーニュースより

 

藤波は現在も過酷な練習に励んでいるそうですが、その背景には、あの金曜夜8時にテレビ生中継されていた昭和プロレスで育ったファンへの思いもあるそうで、「スポーツ報知」の福留祟広記者の取材に対して、「昨年、猪木さんが亡くなって、あの昭和時代にプロレスを見ていたファンがプロレスへの思い入れが余計に薄くなっていると思う。だからこそ、自分がリングに立ち、その姿を見てもらうことで、あのいい時代を思い出してもらえる、そんな対象物に自分がなればいいと思っている」と語っています。


藤波といえば、1988年4月22日、沖縄県立奥武山公園体育館での試合終了後に発声した「飛龍革命」が忘れられません。いつまでもメインを張り続け後進に譲ろうとしない猪木に対して現状改革を訴え、決意の表れとして頭を丸めようとしました。しかし、前髪にハサミを入れたところで猪木に制止されました。この行動は前年に天龍源一郎全日本プロレスで起こした天龍革命に対して「飛龍革命」と呼ばれました。直後の5月8日、有明コロシアムでIWGPヘビー級王座をビッグバン・ベイダーとの王座決定戦の末に獲得しました。

 

その3ヵ月後の8月8日、猪木が挑戦者として王者の藤波に挑む形で、横浜文化体育館でIWGPヘビー級の防衛戦を行い、60分フルタイムの名勝負の末引き分けました。猪木vs藤波の闘いは、余計な演出もなく、もちろん乱入もありませんでした。技と技、力と力の真っ向勝負で、これぞ新日本プロレスストロングスタイルという本気のプロレスリングをファンに見せました。試合後、猪木が藤波の腰にIWGPのベルトを巻くという感動的なシーンも見られました。長州に肩車された猪木の涙も印象的でした。

 

ブログ「さらば、燃える闘魂!」で紹介したように、難病「全身性アミロイドーシス」で闘病中だったアントニオ猪木さんが、昨年10月1日に79歳で亡くなりました。ブログ「木戸修、死す!」で紹介したように、今月11日、藤波とともに新日本プロレスの旗上げに参加し、「いぶし銀」と呼ばれた木戸修さんが73歳で亡くなりました。そして、残された藤波は古希を迎えました。



来年は辰年で、まさにドラゴン藤波の出番ですが、3月5日には主宰する「ドラディション」が後楽園ホールで2024年第一弾の大会を開催するそうです。藤波は「ここからは、何歳までリングに立てるのか―この挑戦です。これは自分との闘い。闘う以上は、顔見せでリングに上がるつもりはない。だからこそ、この70歳から本当のプロレスラーとしての強さが試される。レスラーの強さをどこまで見せられるのか。それが自分自身のテーマです」と語りました。藤波辰爾選手の古希を心よりお祝いします!

 

2023年12月28日  一条真也