天皇陛下と慰霊とグリーフケア

一条真也です。
ついに「令和」の時代を迎えましたね。 
6月3日、WEB「ソナエ」に連載している「一条真也の供養論」の第11回目がアップしました。タイトルは、「天皇陛下と慰霊とグリーフケア」です。

 

f:id:shins2m:20190601095908j:plain天皇陛下と慰霊とグリーフケア」 

 

令和の時代も1カ月が経過しました。平成から令和へ向かう中、天皇陛下の一連の退位儀式および即位儀式は内外のメディアで中継されましたが、ここまで、儀式というものに国民の関心が集まったことは過去に例がないように思います。やはり先帝の生前退位によって「お祝い」ムードが強いことも一因でしょう。大正も昭和も平成も、喪中のうちに開始されましたが、上皇陛下は今もご健在です。

 

しかしながら、先帝こと上皇陛下ほど、亡くなった人びと、すなわち死者へのまなざしを忘れなかった方はいらっしゃらないと思います。昭和59年(1984年)4月、結婚25周年の記者会見では、上皇陛下は「政治から離れた立場で国民の苦しみに心を寄せたという過去の天皇の話は、象徴という言葉で表すのに最もふさわしいあり方ではないかと思っています。私も日本の皇室のあり方としては、そのようなものでありたいと思っています」と語られました。上皇陛下と美智子妃は、政治から離れた立場で国民の苦しみに心を寄せることを天皇のもっとも重要な仕事と思われているのです。さらにはその中でも、「声なき人びとの苦しみに寄り添うこと」を最大の責務と考えられておられたようです。

 

そうした上皇陛下の姿勢がいかに徹底したものであるかは、以下の言葉からもよく理解できます。「日本ではどうしても記憶しなければならないことが4つあると思います。(終戦の日と)広島の原爆の日、長崎の原爆の日、そして6月23日の沖縄の戦いの終結の日、この日には黙とうをささげて、いまのようなことを考えています」(昭和56年[1981年]8月)

 

「どうしても腑に落ちないのは、広島の(原爆犠牲者の慰霊式の)時はテレビ中継がありますね。それにあわせて黙とうするというわけですが、長崎は中継がないんですね。(略)それから沖縄戦も県では慰霊祭を行なっていますが、それの実況中継はありません。平和を求める日本人の気もちは非常に強いと思うのに、どうして終戦の時と広島の時だけに中継をするのか」(同前)

 

ちなみに上皇陛下ご自身は、必ずこの4つの日には家族で黙とうをささげ、外出も控えて静かに過ごされてこられました。やむをえず海外を訪問中のときなども、公式日程を少しずらしてもらって、その時間に黙とうされたといいます。まさに天皇陛下こそは日本一の「悼む人」であることがわかります。そして、数々の被災地訪問のご様子から、天皇陛下こそは日本一の「グリーフケア」の実践者であることも理解できます。その想いは世代を超えて、このたび即位された今上陛下にも受け継がれていくことでしょう。

 

2019年6月3日 一条真也