「ジーザス・クライスト・スーパースター」   

一条真也です。
3月4日の日曜日、「アルモニーサンク 北九州ソレイユホール」でミュージカル「ジーザス・クライスト・スーパースター」を観ました。劇団四季さんから特別招待を受けたのです。市長さんや商工会議所の会頭さんも御一緒でした。初めてこの作品を観ましたが、いろいろと考えさせられました。


会場の前で



ジーザス・クライスト・スーパースター」(Jesus Christ Superstar)は、聖書を題材にイエス・キリストの最後の7日間を描いたロックミュージカルです。ティム・ライスが作詞、アンドリュー・ロイド・ウェバーが作曲をそれぞれ担当し、1971年にブロードウェイで初演されました。



Wikipedia「ジーザス・クライスト・スーパースター」の「概要」には、以下のように書かれています。
「ひとりの人間として神や民衆の狭間で苦悩する『ジーザス・クライスト』と、その使徒の一人でありながら『裏切り者』の名を浴びて歴史にその名を刻むことになるイスカリオテのユダのふたりに、現代的な視点から『教団主導者には必須なはずの計画性に欠け、早すぎた聖者としての名声の上にあぐらをかいて、新しい方策を見いだすことができないジーザス』と『ジーザスに対する期待があまりにも大きすぎたゆえに、やがてそれは大きな失望となり、ジーザスの存在はローマ支配下にあるユダヤ人社会を危険にさらすものになりかねない、という危惧を抱くようになるユダ』という新しい解釈を加え、その愛憎に満ちた両者の関係に、マグダラのマリアとの愛情に満ちたもうひとつの関係を絡めて、鮮やかに描き出した作品である。



Wikipedia「ジーザス・クライスト・スーパースター」の「概要」には、以下のようにも書かれています。
「全編で語りの台詞はなく、音楽と歌曲のみで物語が進行するオペラ型式のロックミュージカルである。斬新な演出と芸術性が高く評価され、興行面でも大成功を収めた。ロイド・ウェバーを大ミュージカル作家に押し上げた出世作で、彼のブロードウェイにおけるデビュー作となった」


また、Wikipedia「ジーザス・クライスト・スーパースター」の「概要」には、以下のようにも書かれています。
「1969年に物語性を有する歌曲作品としてシングル『Superstar』が発表され、翌年に『Jesua Christ Superstar』と題した2枚組LPレコードが発売された。ジーザス役にディープ・パープルでリードボーカルを務めるイアン・ギラン、マグダラのマリア役にエリック・クラプトンのバックアップボーカルを務めていたイヴォンヌ・エリマン、ユダ役にマレー・ヘッドらを起用して製作されると、1971年ビルボード年間アルバム部門で1位を得るなど大好評となり、1971年のブロードウェイの舞台公演に繋がった。ブロードウェイは1973年まで、ロンドンは1980年まで続くロングラン公演となった」


さらに、Wikipedia「ジーザス・クライスト・スーパースター」の「概要」には、以下のように書かれているのでした。
「演劇批評家らから絶賛を得たが、敬虔なキリスト教徒やキリスト教原理主義者らからは『聖書に忠実ではない』『神に対する冒涜だ』など公開当初から道徳的な批判を受けていた。1971年のブロードウェイ公演の初日は、キリスト教ユダヤ教の信者がプラカードを掲げて劇場前でデモを行うなど周辺が騒然とした」


世界をつくった八大聖人』(PHP新書)



じつは、わたしは今年4月から東京にあるカトリックの名門大学の客員教授に就任する予定です。それで現在、キリスト教の文献を読みまくっているのですが、このミュージカルはイエス・キリストの生涯を知る良きエンターテインメントであると思いました。拙著『世界をつくった八大聖人』(PHP新書)に詳しく書きましたが、イエス世界宗教であるキリスト教の開祖です。紀元前4年頃にガリラヤのナザレに生まれ、30歳の頃にヨハネの洗礼を受けました。その後、「神の国は近づいた」と新たな宣教を開始しました。


エスモーセ律法を尊重するとともに、安息日に病人を癒すなどして、律法学者やパリサイ派と対立しました。ペテロをはじめとした十二大弟子を選んだイエスは、ユダヤ教の指導者層を批判しました。その結果、ユダヤ人に捕らえられ、ローマ提督ピラトによって十字架刑に処せられました。しかし、三日後にイエスが復活したとの信仰が弟子たちに生まれ、彼こそメシア(救世主)としての主キリストであると信じられたのです。


本日の出演者は、ジーザス・クライストが清水大星、マグダラのマリアが谷原志音、イスカリオテのユダ芝清道でした。中でもユダを演じた芝さんの歌唱力、声量が圧倒的でした。聖なるイエス・キリストの生涯をミュージカルにしてしまうブロードウエイの覚悟も大したものですが、この作品の主人公はイエスではなく、ユダであることがよくわかりました。
ちょうどベトナム戦争が続いている時期に誕生した「ジーザス・クライスト・スーパースター」にはカウンター・カルチャーというか、権威への抵抗の香りが強く漂っています。まあ、カトリックの保守的な人々には受けないでしょうね。
わたしの席のすぐ近くにいた市長さんが舞台に感動して、何度も大きな声で「ブラボー!」と叫んでいるのが印象的でした。


いろいろと考えさせられました



2018年3月5日 一条真也