養生について考える

一条真也です。東京に来ています。昨日から関東地方が梅雨入りし、今朝も雨が降っています。
さて、今年の3月から日本経済新聞電子版の「ライフ」で「一条真也の人生の修め方」を連載しています。隔週連載で、月に2本書いています。本日9日、連載第7回目のコラムがアップされました。
タイトルは「養生について考える」です。



日本経済新聞電子版「ライフ」トップページ



TOPの「松坂牛、『特産』先細りに危機感 発祥の地をゆく」に続いて、「健康、長寿に腐心した家康 養生について考える」が紹介されています。
「養生」という言葉があまり使われなくなってきました。しかし、人生をきれいに修める上で大事なキーワードであると思います。そもそも「健康」は現代人の抱くもっとも大きな願望のひとつですが、古代から人々は健康と長命を切に願いつづけてきました。



連載第7回「養生について考える



日本では、好老社会を築いた江戸時代が大いなる健康指向の時代でした。もともと江戸に幕府を開いた徳川家康その人が健康や長命に異常な関心を示しました。織田信長亡き後、天下人となった豊臣秀吉と信長の同盟者であった家康とのあいだには奇妙なパワー・バランスがありました。互いに恐れ、機嫌をとりあい、「いつ、あの男が死ぬか」とひそかに思ってきたに違いありません。



もし家康が先に死んだとすれば秀吉はえたりかしこしと理由を設け、その諸侯としては過大すぎるほどの関東二百五十余万石の大領土を削るか、分割し去ってしまったでしょう。しかし、実際は秀吉のほうが先に死んだ。家康は内心、「勝負はついには寿命じゃ」と思ったに違いありません。天下人を目指した信玄、謙信、信長、そして秀吉がいずれも天寿をまっとうすることなく世を去ったのを見てきたから、勝利をつかむには、何としても長生きしなければと養生に励んだのでしょう。



どうぞ、日本経済新聞電子版の「ライフ」を御覧下さい。
なお、第7回目のアップは6月23日(火)で、「北九州市を老福都市に!」をテーマに書きます。先日、北九州市の民生委員さんの集会で講演し、「人は老いるほどテーマになる」という話をしてきました。そこで、わたしは北九州市の未来についてお話ししました。わたしが住む北九州市の最大の特徴とは、高齢者が多いことです。高齢者比率は全国に20ある政令指定都市の中で最も高く、北九州市はいわば「日本一の高齢化都市」であると言ってよいでしょう。そこで、わたしは日本中の高齢者の方々にも北九州市に来ていただきたいと考えています。長年温めてきた「老福都市」構想について書きます。お楽しみに!



次回も、どうぞお楽しみに!



おかげさまで、この「一条真也の人生の修め方」、大変好評です! 人生を修める活動としての「修活」という言葉もずいぶん認知されてきたようで、先日も大阪発の人気ブログとして知られる「浪花大好き!浪花のズッコケおやじこといけやんのひとりごと」でも紹介されました。
いけやん氏は、「冠婚葬祭会社を経営している一条真也氏は、『終活』ではなく『修活』の方が良いのではないかと提案されています。私もなるほどと思い、今後「修活」が広がっていきそうな気がします。漢字が一字違うだけですが、しっくりいくほうがいいと思い、より良い人生を修めるための活動ですから、人生の集大成として、『修生活動』の略語として定着すればと願います」などと書かれています。ありがたいことです。


おかげさまで読まれています!



いけやん氏以外にも多くの方々が「修活」という考え方に共感して下さっていますが、主に高齢者の方が多いようです。前回の記事がアップ日に日本経済新聞社の電子報道部(ライフ担当)の苅谷直政編集長からメールが届いたのですが、そこには以下のように書かれていました。「連載、回を重ねるごとに固定読者が増えている印象があります。本日の記事を見たところ、パソコンとスマホの比率がほぼ9:1となっています。他のライフの記事は約30%がスマホ読者です。パソコン読者が多いのは時間にゆとりがあって、自宅のPCで読んでいる高齢者と推測されます。高齢者の読者が多いことは望むところですし、嬉しいです。これからも日本人が豊かに老い、美しく人生を修める「修活」のヒントになるコラムを書き続けていきたいです!

*よろしければ、本名ブログ「佐久間庸和の天下布礼日記」もどうぞ。



2015年6月9日 一条真也