江戸川乱歩の美女シリーズ

一条真也です。
わたしは、いま、放心状態です。
ここ数ヶ月の間、観賞し続けてきたDVD−BOXのせいです。
それは、テレビ朝日系列の「土曜ワイド劇場」で1977年から放映されていた「江戸川乱歩の美女」シリーズのDVD−BOXです。
江戸川乱歩の諸作品を現代版アレンジしたドラマ・シリーズですね。


DVD−BOXの1〜4



第1話から第25話までは、名優・天知茂明智小五郎を演じました。8日の夜に第25話を観て、天知茂版をコンプリート観賞したのです。その後の明智は、北大路欣也西郷輝彦が演じています。なぜ、天知茂が25話までだったかというと、それが放映された直後の1985年(昭和60年)7月27日、クモ膜下出血により急逝したからです。満54歳の若さでした。逝去の直後、テレビ朝日系列ではシリーズ第25作「黒真珠の美女」が追悼放映されました。



わたしは、もともと葬儀の場面が大量に登場する(殺人の後に必ず葬儀が行われるため)ドラマ・シリーズということで、研究のために「江戸川乱歩の美女」シリーズDVD−BOXを購入し、コツコツと深夜に観続けてきました。でも観賞しているうちに、名探偵・明智小五郎を演じる天知茂の魅力に惹かれました。中学生や高校生の頃にもよく観ていたドラマですが、その頃は天知茂のことを「眉間に皺にある顔のくどいオジサン」ぐらいにしか思っていませんでした。でも、自分が50歳を過ぎてから再会した天知茂はあまりにもカッコ良かったのです。



天知茂という俳優は、いわゆる「ニヒル」の代表格でした。
若山富三郎は、後輩を壁際に立たせ、得意の手裏剣を投げつけるということをしていたそうです。しかし、天知は手裏剣を投げつけられても瞬きひとつせず、若山をいたく感心させたというエピソードが残っています。


天知茂は、独特の美貌と眉間の皺で「マダムキラー」の異名を持ちました。
しかしながら、私生活では浮ついたところがなく、よき家庭人だったとか。葬儀の際には、純代夫人(元・女優の森悠子)が「夫婦喧嘩など一回もしたことがなかった」と証言しています。また、彼の付き人は宮口二郎、奥田瑛二宅麻伸らが務めました。宮口を「非情のライセンス」のレギュラーに起用したり、天知の弟子や後輩の面倒見は非常に良かったようです。



わたしが敬愛してやまない作家の澁澤龍彦は、天知茂のファンでした。
澁澤は、名作映画「地獄」(中川信夫監督)などにおける彼の存在感と演技力を高く評価していました。かの三島由紀夫も、「東海道四谷怪談」(中川信夫監督)における天知を高く評価していました。また、元角川書店社長の角川春樹氏は、テレビドラマ「孤独の賭け」で天知が演じた六本木のバーの経営者に憧れました。そのため、大学卒業後に角川氏は新宿でバーを経営したそうです。


さて、天知茂明智小五郎は25の難事件に挑みました。
それぞれの事件には必ず美女が登場し、明智に恋心を抱きました。
以下、各話のタイトルおよび主演女優の名前を列記します。



第1作(1977年) 「氷柱の美女」・・・三ツ矢歌子
第2作(1978年) 「浴室の美女」・・・夏樹陽子
第3作(1978年) 「死刑台の美女」・・・松原智恵子
第4作(1978年) 「白い人魚の美女」・・・夏純子
第5作(1978年) 「黒水仙の美女」・・・ジュディ・オング
第6作(1978年) 「妖精の美女」・・・由美かおる
第7作(1979年) 「宝石の美女」・・・金沢碧
第8作(1979年) 「悪魔のような美女」・・・小川真由美
第9作(1979年) 「赤いさそりの美女」・・・宇津宮雅代
第10作(1979年)「大時計の美女」・・・結城しのぶ
第11作(1980年)「桜の国の美女」・・・古手川祐子
第12作(1980年)「エマニエルの美女」・・・夏樹陽子
第13作(1980年)「魅せられた美女」・・・岡田奈々
第14作(1981年)「五重塔の美女」・・・片平なぎさ
第15作(1981年)「鏡地獄の美女」・・・金沢碧
第16作(1981年)「白い乳房の美女」・・・片桐夕子
第17作(1982年)「天国と地獄の美女」・・・叶和貴子
第18作(1982年)「化粧台の美女」・・・萩尾みどり
第19作(1982年)「湖底の美女」・・・松原千明
第20作(1983年)「天使と悪魔の美女」・・・高田美和
第21作(1984年)「白い素肌の美女」・・・叶和貴子
第22作(1984年 )「禁断の実の美女」・・・萬田久子
第23作(1984年)「炎の中の美女」・・・早乙女愛
第24作(1985年)「妖しい傷あとの美女」・・・佳那晃子
第25作(1985年)「黒真珠の美女」・・・岡江久美子


DVD−BOXの1〜3のタイトル



こうやって一望すると、まことに壮観です。
特に、女優陣の顔ぶれが信じられないくらい素晴らしい!
わたしが観た中では第13作の岡田奈々と第19作の松原千明が特に美しかったです。若い頃の松原千明は、娘の「すみれ」に良く似ていますね。
Wikipediaの「江戸川乱歩の美女シリーズ」には、こう書かれています。
「従来テレビでは子供向け作品の映像化が多かった江戸川乱歩作品を大人向け作品に絞って映像化し、トップ女優の官能的な演技とヌードシーン(主に入浴シーン。主演級の女優のヌードの多くは吹き替えとされる)を盛り込み、現代風にアレンジした。短編原作ものをはじめ、ほとんど原作の影をとどめていないオリジナル脚本同然の作品も少なくない。
物語終半の、変装の名人でもある名探偵・明智小五郎が変装を解くシーン(別俳優との入れ替えによる。ただし第8作目『悪魔のような美女』では天知が変装した人物も元から演じていたため二役だった)が恒例となっている。
ベテラン井上梅次監督が大部分を手がけ、いい意味の古めかしさを湛えた独自のタッチは今なお人気が高い。また、音楽は全作品とも鏑木創が担当しているが、有名なテーマ曲は第6作目の『妖精の美女』より使用されている。製作は松竹だが、初期脚本を担当した宮川一郎をあわせ、監督、主演俳優が新東宝出身者であり、同社末期のモダニズムキッチュ感が混合したような独自の雰囲気も引き継がれている」


わたしは、これを読んで納得しました。なるほど、新東宝
怪談映画の名匠・中川信夫監督の「地獄」や「東海道四谷怪談」をはじめ、多くのカルト映画を生んだ、あの新東宝です。この2作は今でも日本映画史の残る傑作として知られていますが、いずれも主演が天知茂でした。
その演技に、澁澤龍彦三島由紀夫がシビれたわけです。
たしかに、天知茂版「江戸川乱歩の美女」シリーズには新東宝の怪談映画を彷彿とさせるオドロオドロシイ場面が多々ありました。
なによりも、テレビドラマにしては、死体や顔に障害を得た犯罪者の描写がグロ過ぎるのです。こんな番組を幼少期の頃にうっかり観てしまった子どもたちはトラウマを抱いたのではないでしょうか。





変装を解く明智小五郎



さて、Wikipediaにも書かれている明智の変装シーンが凄いです。
彼はいろんな人物に変装して、最後に真犯人を追い詰めるのですが、「おまえは誰だ?」と問われて、変装を解きます。そのとき、薄着を着ていた人物が衣服を脱ぎ捨てると、なんと中からダブルのスーツ姿の明智小五郎が登場するのです。「ダブルなんか着てちゃ、モコモコして変装にならないのでは?」と凡人のわたしは思うのですが、このパターンは最後の第25話まで踏襲されていました。


堂々たる明智の着物姿

着物を脱ぐと・・・・・

なんと、ダブルのスーツが!!



明智小五郎のファッションがまたオシャレで、今観ても古臭さを感じさせません。派手なネクタイにポケットチーフが決まっていて、うっとりします。
じつは、わたしは大のポケットチーフ好きなのですが、もしかすると思春期の頃に観た天知茂のイメージが影響しているのかもしれません。
そして、天知茂明智小五郎は酒もタバコもガンガンやります。
あまりのヘビースモーカーゆえに、最後の方は助手の文代から「節煙」や「禁煙」を約束させられます。「先生、このままじゃ長生きできませんよ」などと言われるのですが、天知茂の寿命を予言していた印象さえあります。


そして、天知の明智小五郎はとにかく女性からモテました。
それをいつも助手の文代が焼きもちを焼いて、「先生ったら、本当に綺麗な女の人が好きなんだから!」とふくれ面になるのが定番でした。
その文代ですが、五十嵐めぐみ(第1話 〜第19話)、高見知佳(第20話 〜第23話)、藤吉久美子(第24話、第25話)の3人が演じました。また、小林少年も大和田獏(第1話)、柏原貴(第6話〜第19話)、小野田真之(第20話〜第25話)の3人が扮しています。やはり、最も時期の長かった五十嵐めぐみの文代と柏原貴の小林少年が一番しっくりきます。
小林少年といっても、ドラマの中では20代の青年でしたが・・・・・。


波越警部を演じた荒井注



なお、第2話から第25話を通じて、明智の盟友である警視庁の波越警部を荒井注が演じています。この荒井注の波越警部が、天知茂明智小五郎とともに素晴らしい存在感を出しています。元ドリフターズのメンバーとして知られる荒井は、立教大学文学部宗教学科中退後、二松學舍大学文学部国文学科卒業。卒業後は脚本家を目指しながら教師やバンドマンを務めたそうです。
荒井は2000年2月9日、静岡県伊東市の自宅で入浴中に肝不全のため急逝しました。そうです、今日は荒井注の命日なのです。
遺骨はオーストラリアのケアンズで散骨されましたが、葬儀で弔辞を読んだのは、ドリフターズのリーダー・いかりや長介でした。
出棺時、霊柩車のクラクションと同時に参列者全員が、荒井の持ちギャグである「何だバカヤロウ!」と叫んで見送ったそうです。


明智小五郎と波越警部の食事会



天知茂明智小五郎荒井注の波越警部の2人が活躍する25のミステリーを楽しむ日々は本当に幸せでした。その2人はもうこの世の人ではないわけですから、「無常」というものを感じますね。
第23作「炎の中の美女」の冒頭には、明智小五郎が波越警部と料亭で会食するシーンが登場します。2人は差し向かいで料理を食べながら日本酒を飲んでいるのですが、波越が「いやあ、明智君、ボクは月に一度の君との食事会が何よりの楽しみでね」と言います。このセリフから2人が毎月、会食をしていることがわかりますが、波越は「ボクらが引退した後も、いや死ぬまでこの食事会を続けたいものだねぇ」としみじみと言い、それを聞いた明智が微笑みます。
このシーンを見て、わたしは2人の間に男の友情を超えた強い絆を感じてしまい、なんだかジーンとしました。それは、まるで、たった2人の「隣人祭り」のようにも見えました。天知茂荒井注の2人にプライベートでも交流があったかは知りませんが、あの世でも明智と波越の食事会が開かれていればいいですね。


DVD−BOXの3〜4



天知茂の没後、北大路欣也が2代目明智に扮し、1986年から1990年まで6作品、西郷輝彦が3代目明智に扮し、1992年と1994年に2作品が制作されており、作品数は全33作を数えます。
ただし、天知主演25作品と北大路主演の6作品はフィルム撮影のテロップ打ち込み式ですがが、西郷主演の2作品はVTR撮影です。


DVD−BOXの3〜4のタイトル



8日の土曜日、わたしの心の中の「土曜ワイド劇場」で第25話「黒真珠の美女」を観ました。ラストシーンでは、岡江久美子扮する画商の裕子がピストル自殺をします。彼女はゴッホの名画の贋作をオークションにかけていたのでした。明智は彼女の亡骸を抱き上げて、オークション会場を立ち去ろうとしますが、バイヤーたちから囲まれた波越警部が「明智君、本物の絵はどうするかって聞かれて困ってるんだけど、どうすればいいかねぇ?」と声をかけます。


「黒真珠の美女」のラストシーン



しかし、それを聞いた明智は憮然としたまま立ち去っていくのでした。まるで、「そんなことよりも、死者を弔うほうが先だ!」と言っているようでした。
思えば、全25話の中で多くの美女たちが死んでいきました。
その中で、明智はつねに彼女たちの死を悼んでいました。
稀代の名探偵は、大いなる「悼む人」でもあったのです。


永遠の明智小五郎天知茂よ、安らかに眠れ!



いずれにせよ、とうとう、25話全部を観てしまった・・・・・。
いま、天知茂明智小五郎が観れなくなって呆然としています。
というか、心にポッカリ穴が開いた感じですね。
正直言って、今のわたしは完全に「あまロス」です。
あまちゃんロス」ではなくて、「天知茂ロス」です。
いつの日かDVD−BOXの4を観る日が来るかもしれませんが、この心の空白を、北大路欣也西郷輝彦の2人は満たしてくれるのでしょうか?



*よろしければ、本名ブログ「佐久間庸和の天下布礼日記」もどうぞ。



2014年2月9日 一条真也