「異端の鳥」

一条真也です。
東京に来ています。21日、一般社団法人 全日本冠婚葬祭互助協会(全互協)の正副会長会議および理事会、一般財団法人 冠婚葬祭文化振興財団の理事会および懇親会に参加しました。夜は、TOHOシネマズシャンテで映画「異端の鳥」のレイトショーを鑑賞。残酷すぎて途中退場者が続出したという問題作です。これでもかというほど人間の心の闇に迫っており、3時間ずっと圧倒され続けました。「とんでもないものを観た!」という思いでいっぱいです。



 ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
ポーランド出身のイェジー・コシンスキの著書を原作にした、ホロコーストを生き抜いた少年を描く問題作。主人公が理不尽な差別や迫害に立ち向かう。少年を新人のペトル・コラールが演じ、『ニンフォマニアック』シリーズなどのステラン・スカルスガルドや『バッド・ルーテナント/刑事とドラッグとキリスト』などのハーヴェイ・カイテルらが共演」

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ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「少年(ペトル・コラール)は東欧のとある場所に疎開し、無事にホロコーストから逃れる。だが、疎開先の一人暮らしの叔母が病気で亡くなり、さらに叔母の家が火事で焼け落ちたため一人で旅に出ることになる。孤児になった彼はあちこちで白い目で見られ、異物として周りの人々にむごい扱いを受けながらも懸命に生きようとする」

 

第2次大戦中、ナチスホロコーストから逃れるために、東欧の大都会から辺鄙な村にたった1人で疎開した少年には差別と迫害が待ち受けていました。貧しく無知で残忍な村人たちは少年を、異質な存在として容赦なく攻撃するのです。この映画、児童虐待シーンのてんこ盛りです。さらには、大人もバンバン殺されます。ヴェネツィア映画祭で上映された際、残虐すぎて途中退場者が続出し、「ヴェネツィア史上最大の問題作」と言われました。しかし、最後まで見届けた者は、感動のあまり10分間のスタンディングオベーションをしたそうです。わたしも最後まで観ましたが、感動というより、ただひたすら3時間ものあいだ、圧倒されっぱなしでした。久々に、未知の映像体験を味わいました。


1人の少年にこれでもか、これでもか、と襲い掛かる災難。少年以外にも、目玉をくりぬかれる男、生きたままネズミに食われる男、吊るされる男、膣を突き刺される女、凌辱される女・・・・・・目を背けたくような残虐シーンのオンパレードです。「アンダルシアの犬」とか「ウイラード」とか、不快指数の高い映画へのオマージュとも思えるようなグロいシーンが次々から次に登場します。わたしも最初は不快かつ不安な気分になりましたが、だんだん慣れてきて、「映画だから大丈夫!」と思えてきました。そう、映画が「作りごと」であることを確認しながらでないと、精神を平静に保っておれないレベルだったのです。この映像がニュース・フィルムでもドキュメンタリーでもなく、フィクションであることに安堵の念を抱いてしまいます。

 

 

 原作は、米国に亡命したポーランド出身のユダヤ人作家、イェジー・コシンスキが1965年に発表した代表作「ペインティッド・バード」(初版邦題「異端の鳥」)。ポーランドでは発禁書となり、コシンスキは後に自殺しています。「異端の鳥」とは何か。映画の中で、黒い鳥の群れから1羽を捕らえて、その翼をペンキで白く塗るシーンが登場します。その後、白く塗られた鳥を黒い鳥たちの群れに返すと、返された異端の鳥は他の鳥たちからの集中攻撃を受けて殺されてしまいます。白い鳥を攻撃する黒い鳥の群れは、黒人をリンチする白人たちの姿にも重なります。そう、「異端の鳥」とは、異なる存在を排除せずにはおれない愚かな人間そのものであり、あらゆる差別と迫害のシンボルなのです!


ハートフル・ソサエティ』(三五館)

 

異邦人を嫌う感覚をネオフォビアといいますが、「異端の鳥」はネオフォビア映画であると言えます。ネオフォビアの反対が、ホスピタリティです。拙著『ハートフル・ソサエティ』(三五館)の「ホスピタリティが世界を動かす」の章に詳しく書いたように、異邦人や旅人を客人としてもてなす習慣もしくは儀式というものは、社会秩序を保つうえで非常に意義深い伝統的通念でした。これは共同体や家族という集団を通じて形成された義務的性格の強いものであり、社会体制によっては儀礼的な宗教的義務の行為を意味したものもありました。ホスピタリティを具現化する異人歓待の風習は、時代・場所・社会体制のいかんを問わず、あらゆる社会において広く普及していたのです。



異人歓待に付帯する共同体における社会原則が、ホスピタリティという概念を伝統的に育んできました。その結果、ホスピタリティという基本的な社会倫理が異なる共同体もしくは個人の間で生じる摩擦や誤解を緩和する役割を果たした。さらに、外部の異人と一緒に飲食したり宿泊したりすることで異文化にふれ、また情報を得る機会が発生し、ホスピタリティ文化を育成してきたのだと言えるでしょう。「異端の鳥」では、孤児である少年を引き取る者たちも登場します。彼らは最初はホスピタリティを発揮しているように見えるのですが、次第に心の奥に隠れていた暗いものが顔を出してきて、雲行きが怪しくなってくるのでした。



とにかく、叔母の家を出た少年は「悪魔の子」「魔王の息子」「呪われた子」などと呼ばれ、迫害され続けます。その受難ぶりは、かのイエス・キリストも真っ青といった感じですが、年端もいかない少年の肉体と精神がそれに耐え続ける姿は感動的です。現在、いじめ・ハラスメントの被害に遭ったりしている人がこの映画を観れば、不思議な勇気というか、生きる力のようなものが湧いてくるのではないでしょうか。



 イエス・キリストユダヤ人でしたが、「異端の鳥」の少年もユダヤ人です。彼は次第に「ユダヤのガキ」と罵られ、ドイツ人たちから酷い差別と暴力を受けます。それでも、彼は地上最大の地獄であった「ホロコースト」からは逃れました。映画では、大量のユダヤ人を乗せたアウシュビッツに向かう列車が登場しますが、何人ものユダヤ人が列車からの逃亡を図り、ナチス兵によって銃殺されるのでした。その多くの死骸に群がる人々の姿も含めて、「人間」の最も暗い部分を見事に描いていると思いました。



ナチスから逃れた少年は、スターリンの配下にあるソ連軍に拾われます。ナチスの総統だったヒトラーも、赤い皇帝スターリンも、ともに「人間」の暗部を最大限に増幅した稀有な存在であると思います。最近読んだ『リーダーの教養書』(幻冬舎文庫)という本で、一橋大学大学院国際企業戦略研究家(ICS)教授の楠木健氏が、「人間と社会を知るための最高の書」として、 『ヒトラー』上下巻、イアン・カーショー著(白水社)、『スターリン――赤い皇帝と廷臣たち』上下巻、サイモン・セバーグ モンテフィオーリ著(白水社)を紹介していました。さらには立命館アジア太平洋大学(IPU)学長の出口治明氏が『第二次世界大戦1939-45』上中下巻、アントニー・ビーヴァ―著(白水社)を紹介し、絶賛していました。

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総計4866ページ!

 

その絶賛ぶりが尋常ではなかったので、早速アマゾンで注文しました。『第二次世界大戦』は3冊で1576ページ、『ヒトラー』は2冊でなんと約1950ページ(!)、『スターリン』も2冊で約1340ページある大冊です。7冊合計で4866ページ(!)ですが、まあ10日もあれば読めるでしょう。「なぜ、人間は人間を憎めるのか」「なぜ、人間が人間を排除できるのか」「なぜ、人間が人間を殺せるのか」といった謎を解き、人間の心の闇を知るためにも読んでみたいと思っています。もちろん、発禁の書であった『異端の鳥』の原作小説も!

 

2020年10月22日 一条真也

新HPができました!

一条真也です。東京に来ています。
20日、新しい一条真也オフィシャルサイト「Heartful Moon」が公開されました。新しいサイトはスマホに対応しており、パソコンでもスマホでも快適に記事を読んでいただけるようになりました。

f:id:shins2m:20201020215616j:plain新サイト のTOP画面

 

以前の一条真也オフィシャルサイトは2005年の12月24日に公開をスタートし、まもなく15年目を迎えるところでしたが、まるで「小宇宙」のように膨大な記事量になってきており、このまま記事を追加していくと不具合が出る可能性がありました。そこで、今回新しくリニューアルしたというわけです。これまでの一条真也オフィシャルサイトは、アーカイブとして残していますので、過去の記事はこれまで通りご覧いただけます。ご安心下さい!

f:id:shins2m:20201020004853j:plain旧サイト のTOP画面

 

新オフィシャルサイトのコンテンツですが、基本的にこれまでのオフィシャルサイトを踏襲しており、読者のみなさまに馴染みやすい形にさせていただいております。わたしが、これまで新聞や雑誌やWEBで連載してきた記事、本の書評や映画レビューなども、すべてお読みいただくことができます。

f:id:shins2m:20201020004948j:plain新サイトのMESSAGE(メッセージ)

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新サイトのLECTURE(講演)

f:id:shins2m:20201020005340j:plain新サイトのTANKA(短歌)

 

冒頭でもお知らせしましたが、スマホにも対応していますので、ちょっとした時間にもお読みいただきやすくなりました。これまで同様、定期的に更新してさまざまな情報をアップしていきますので、ブックマークやお気に入りにご登録下さい!
ということで、新しい一条真也オフィシャルサイト「Heartful Moon」を旧サイトに引き続き、よろしくお願いいたします!

 

2020年10月21日 一条真也

さよなら、カラオケ・スナックDAN

一条真也です。東京に来ています。
20日は全互連の理事会に参加しました。コロナ禍の中、悲しい出来事がありました。わたしが愛してやまなかった「東京の止まり木」こと赤坂見附のカラオケ・スナックDANが今月いっぱいで閉店することになったのです。DANはメトロビルという昭和を連想させるビルの2階にありますが、今回が今月最後の東京出張だったので、万感の思いで駆け付けました。

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赤坂見附のメトロビル

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今夜、メトロビルの前で・・・
 

この日は、常連客でいっぱいで、マスターとママに「お疲れ様でした」「お世話になりました」「ありがとうございました」と伝えて、お店には入りませんでした。後ろ髪引かれる思いでしたが、思い出の多いDANに別れを告げました。ブログ「マスター、お疲れさま!」ブログ「さよなら、マスター!」で紹介した「小倉の止まり木」ことスナック「レパード」、ブログ「さよなら、スナック佐藤」で紹介したレパードの後続店だったスナック「佐藤」に続いて、わたしの止まり木がなくなります。

f:id:shins2m:20201020213103j:plainカラオケ・スナックDANの前で

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ママ、マスターとともに

 

スナック文化に詳しい編集者・写真家の都築響一さんは、「スナックというのはすごくユニークな店舗形態なんです。日本全国どこでも、3千円から5千円くらいで飲める。銀座の一等地でも、地方の過疎地でも変わらない。インテリアや食べもの、置いてある酒も大差ない。特に『売り』がないのに、ママとかマスターの人柄だけで何十年も続いている店がある。人格で売る商売なのがすごい」と語っています。スナックという商売を「人格で売る」と表現したのは名言ですね。たしかに、わたしが通うスナックは、どれもマスターやママの人柄が最大の魅力になっていました。

 

 

都築さんによれば、スナックに3回も行けば立派な常連だそうです。いわばもう1つ「家」が増えるようなものだとして、次のように述べます。
「自分の家では妻も愚痴を聞いてくれないけれど、こっちの『家』では聞いてくれる。会社では上司と部下の板挟みになっていても、こっちでは仕事に関係ない話で盛り上がれる。社会的な肩書を捨てられる場所なんですね。行きつけのスナックを2、3軒もっていると、すごく心の健康にいいと思いますよ」
どの国にも、それぞれそういう居場所があります。フランスならカフェ、イギリスならパブ、アメリカならバー。そして日本では、それがスナックなのです。

 

浅草キッド玉ちゃんのスナック案内

浅草キッド玉ちゃんのスナック案内

 

大のスナック好きで知られる「浅草キッド」の玉袋筋太郎さんは、以下のように語っています。
「スナックではママの虫の居どころが悪い時だってある。変な客と同席する時もあるんだ。そこで、どう臨機応変にコミュニケーションを取るか。全国どこへ行っても同じメニュー、接客じゃつまんない。かび臭いトイレ、ママが水道水で洗ったおしぼり。それもまたいいんだ」
「初めての店では、まずカウンターに座って店の潮目を読む。隣で石原裕次郎歌ってるのに、EXILEなんかダメだよ。店の雰囲気に合わせなきゃ。知らないお客さんの聞きたくもない歌だって半身で振り返って拍手すれば『おっ、仲間だな』と、心を開いてくれる。それがコミュニケーションってやつだろ」
カラオケボックスで仲間うちで盛り上がってるから、若い人は知らない人とのコミュニケーションが苦手なんだ。おれは新入社員の研修をスナックでやればいいと思ってる。他人とのコミュニケーションを学ぶ絶好の場だぜ」
いちいち名言です! 玉袋さんは、スナックは今、日本の地域社会のコミュニティーを担っていると断言します。でも、誰も気づいてないというのです。そして最後に、「素晴らしい日本の文化。残しとかなきゃ子どもたちが可哀想だ」と語るのでした。

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マスターの作るハイボールは濃くて旨かった!

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心の中で「また逢う日まで」♪



わたしは、もう15年以上もDANに通ってきました。嬉しいことがあったときも、悲しいことがあったときも、楽しいときも、辛いときも、DANに通って、サブちゃんや永ちゃんやサザンのナンバーなどを歌ってきました♪ ありがとう、DAN! さようなら、DAN! 本当は今夜、尾崎紀世彦の「また逢う日まで」を歌いたかったけど、心の中で歌います♪ 最後に一言、コロナの馬鹿野郎!!

 

2020年10月20日 一条真也

「スパイの妻」

一条真也です。
19日、東京へ。いくつか打ち合わせを済ませた後、TOHOシネマズ日本橋で日本映画「スパイの妻」を観ました。大ファンである黒沢清監督の最新作です。NHKBS8Kで放送されたドラマを、スクリーンサイズや⾊調を新たにした劇場版です。第77回ヴェネチア国際映画祭では銀獅子賞(監督賞)を受賞。全編に不気味な雰囲気が漂う、わたし好みの作品でした。



ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「『トウキョウソナタ』『岸辺の旅』などの黒沢清監督によるドラマの劇場版。太平洋戦争前夜を背景に、運命によってもてあそばれる夫婦の試練を描き出す。蒼井優高橋一生が『ロマンスドール』に続いて夫婦にふんし、『犬鳴村』などの坂東龍汰や、『コンフィデンスマン JP』シリーズなどの東出昌大らが共演。『寝ても覚めても』などの濱口竜介監督と、濱口監督の『ハッピーアワー』などの脚本を担当した野原位が、黒沢監督と共に脚本を手掛ける」

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ヤフー映画の「あらすじ」は、「1940年、神戸で貿易会社を経営する優作(高橋一生)は満州に渡り、偶然恐ろしい国家機密を知る。正義のために一連の出来事を明るみに出そうとした彼は、反逆者とみなされてしまう。優作の妻の聡子(蒼井優)は反逆者と疑いの目で見られる夫を信じ、スパイの妻とそしりを受けても、愛する夫と手に手を取って生きていこうと決意する」となっています。



黒沢清監督といえば、ホラー映画の巨匠!
これまで、わたしが日本映画史上最恐と思っている「降霊」(1999年)、「回路」(2000年)、「叫」(2007年)、「ダゲレオタイプの女」(2016年)などの黒沢作品にはいずれも幽霊が登場し、観客を震え上がらせてきました。「スパイの妻」はホラー映画ではないので、幽霊は登場しません。 



しかしながら、「スパイの妻」には幽霊に負けない怖い存在が登場します。憲兵です。黒沢清以前の日本映画最恐監督であった中川信夫は、「東海道四谷怪談」「地獄」といったカルト的ホラー作品の残していますが、新東宝から「憲兵と幽霊」(1958年)という作品も発表しています。憲兵というのは幽霊に負けないくらい恐ろしい存在なのです!



その憲兵東出昌大がじつに見事に演じていました。例の不倫騒動ですっかり悪役のイメージがついた東出ですが、「スパイの妻」での憲兵役は素晴らしかったです。不気味で、陰湿で、狂気を帯びていて、とにかく「令和の時代に、これほど憲兵が似合う役者がいたとは!」と感動してしまうレベルです。黒沢監督も絶賛していました。ブログ「コンフィデンスマンJP ロマンス編」ブログ「コンフィデンスマンJP プリンセス編」で紹介した映画で見せた繊細な「ボクちゃん」の雰囲気はまったくありません。これだけの存在感が出せるのなら、彼はハリウッドでも「謎の東洋人」のキャラクターで活躍できるのではないでしょうあ。タッパもありますし・・・・・・。



高橋一生も良かったです。存在感ありまくりの東出と違って、彼は存在感を消す演技が抜群にうまいです。どことなく儚げというか、ちょっと目を離したら消えてしまいそうな危うげな感じです。ブログ「嘘を愛する女」で紹介した映画にも彼は出演しています。長澤まさみ演じるOLは、世話好きな研究医の恋人(高橋一生)と5年にわたって同居していますが、ある日、その彼がくも膜下出血で倒れて寝たきりになってしまいます。すると、彼の運転免許証、医師免許証が偽造されたもので、名前も職業もうそだったことが判明するのでした。こんなトンデモない話なのですが、この映画で高橋一生が演じた嘘男と「スパイの妻」の優作のイメージが重なりました。



そして、蒼井優ですが、彼女は ブログ「岸辺の旅」で紹介した黒沢清作品にも主演しています。同作品は、3年間行方不明となっていた夫(浅野忠信)がある日ふいに帰ってきて、妻(深津絵里)を旅に誘うという物語ですが、帰ってきた夫は3年前にすでに死んでいる幽霊でした。つまり「岸辺の旅」はジェントル・ゴースト・ストーリーなのですが、蒼井優は生前の夫と不倫関係にあった女性を演じていました。深津絵里演じる妻と直接対決する場面もあるのですが、完全に開き直って、「これでもか」というくらい堂々とした悪女ぶりでした。正直言って、わたしは、蒼井優があまり好きではありません。あの美空ひばりみたいなダミ声がどうしても苦手なのです。



さて、ホラー映画ではない「スパイの妻」ですが、凡百のホラー映画に負けないくらい、妖しい怪奇幻想のムードを発していました。それというのも、憲兵の存在もありますが、映画そのものの妖しさが横溢していたのです。映画の中で優作が個人的に撮影したフィルムを貿易会社のオフィスや憲兵たちが集まった部屋で上映するシーンがありますが、それはそれは淫靡で恐ろしい空気に満ちています。



黒沢監督の出世作である「CURE」(1997年)にもプライベート・フィルムを上映するシーンが登場しますが、あれも恐ろしかったです。未知のフィルムには何が写っているか、わかりません。昭和の頃のブルーフィルムなら可愛いものですが、そこには地獄が写っているかもしれないのです。これほど、怖いことがあるでしょうか。黒沢監督が書いた『映画はおそろしい』という名著がありますが、そう、映画というものは、その存在自体が恐ろしいもの。なぜなら、映画は、わたしたちの窺い知ることのない非日常の世界、すなわち異界を映し出すからです。

 

映画はおそろしい

映画はおそろしい

  • 作者:黒沢 清
  • 発売日: 2001/02/01
  • メディア: 単行本
 

 

 実際、「CURE」でも「スパイの妻」でも、劇中に登場するフィルムにはとんでもないものが写っていました。観る者の精神を破壊しかねない危険映像です。「CURE」といえば、精神病院を舞台にしたシーンも登場しました。「スパイの妻」にも精神病院が登場します。これは、憲兵が暴走する戦争中の日本そのものが狂っていたというメッセージもあるのでしょうが、やはり精神病院が超弩級の恐怖発生装置だからではないでしょうか。それは死体置き場や墓場よりも恐ろしい場所なのです。なにしろ、正気の人間でも狂人扱いされる場所なのですから・・・・・・。



あと、「スパイの妻」には、もっと怖い空間も出てきました。船の貨物室に置かれた荷箱です。アメリカへの密航者がこの箱の中で2週間隠れるというのですが、狭い空間の苦手なわたしは想像しただけで震え上がってしまいました。小便チビリそう!(笑)
船底の箱に隠れるという設定は、谷崎潤一郎の「人面瘡」という小説を連想しました。この小説には謎のフィルムやアメリカで活躍する日本人の女間諜なども登場し、「スパイの妻」に通じる部分が多いです。もしかすると、「スパイの妻」には谷崎の影響があるのかもしれません。それはともかく、黒沢監督には「怖いけどまた見たいと思うのが映画」という名言がありますが、オドロオドロシイ幽霊が出なくてもじゅうぶん怖い「スパイの妻」はまさにそんな映画でした。



最後に、ネタバレにならないように書くと、この映画が持つ不気味さの根源には、満州関東軍によって行われた恐るべき国家機密があります。その内容が、現在のパンデミックに通じていたので、ちょっとドキッとしました。しかしながら、日本国を貶めるようなドラマが日本人によって作られたばかりか、国営放送であるNHKで放送され、さらには劇場版映画がヴェネツィア国際映画祭に出品されて称賛を受けたというのは、正直言って複雑な気分であります。

 

2020年10月20日 一条真也拝 

『コロナ後に生き残る会社 食える仕事 稼げる働き方』

コロナ後に生き残る会社 食える仕事 稼げる働き方

 

一条真也です。
19日から東京に出張します。
『コロナ後に生き残る会社 食える仕事 稼げる働き方』遠藤功著(東洋経済新報社)を読みました。これまで「コロナ後」に関するさまざまな本を読んできましたが、本書はとても具体的にコロナ後の社会やビジネスを在り方を示し、コロナ後に日本人を襲う「会社・仕事・働き方の大変化」をわかりやすく解説しています。著者の代表作に『見える化ーー強い企業をつくる「見える」仕組み』(東洋経済新報社)という好著がありますが、本書はまさしくコロナ後の世界を「見える化」してくれました。

 

見える化―強い企業をつくる「見える」仕組み
 

 

著者は、株式会社シナ・コーポレーション代表取締役早稲田大学商学部卒業。米国ボストンカレッジ経営学修士(MBA)。三菱電機、複数の外資系戦略コンサルティング会社を経て、現職。2005年から2016年まで早稲田大学ビジネススクール教授を務めた。2020年6月末にローランド・ベルガー日本法人会長を退任。7月より「無所属」の独立コンサルタントとして活動している。多くの企業のアドバイザー、経営顧問を務め、次世代リーダー育成の企業研修にも携わっている。株式会社良品計画社外取締役。SOMPOホールディングス株式会社社外取締役。株式会社ドリーム・アーツ社外取締役。株式会社マザーハウス社外取締役。株式会社NTTデータアドバイザリーボードメンバー。

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本書の帯

 

本書の帯には「緊急出版」として、「【会社】弱肉強食が加速!――世界的『コロナ大恐慌』の衝撃」「*『3つの蒸発』+『牽引役』不在で長期化」「【仕事】あなたの仕事は消失or残る?」「米国では5人に1人が失業」「*『プロ』しか食えない時代に」「【働き方】レスの時代!」「『通勤レス』『対面レス』『出張レス』がいっきに加速」「*『生産性×創造性』を最大化する秘訣」と書かれています。

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本書の帯の裏

 

帯の裏には、以下のように書かれています。
あなたの会社・業種も消えるのか?
 ――経済と企業の見通し
*1000兆円の所得が消え、
 日本でも15兆円の消費が喪失
リーマンショックを超える景気悪化はこれから
*「移動蒸発、需要蒸発」がもたらす、
 深刻な「雇用蒸発」の衝撃
 ――中国では2億人が職を失い、
 日本でも222万人が失職する試算も
*日本企業がとるべき4つの経営戦略
 ――「SPGH戦略」
仕事はどう変わる?
 ――どこでも食える「プロ人材」になれ!
トヨタは5割を中途採用
 「無用な人」と「引く手あまたの人」の二極化へ
*終身雇用は消滅するのか?
 衰退する職業で「生き残る人」の共通点は?
*プロとして勝ち残る5つのパラダイムシフト、
 8つの成功ポイント
働き方はどこまで変わる?
 ――「レスの時代」の仕事術
フェイスブックが掲げる
 「リモートワークが可能な人の4条件」
*「70%ルール」で時間を捻出し、
 「新たな変化・価値を生む仕事」に挑む
*「チームワーク」「育成」「自己管理」のコツ、
 社内コミュニケーションの4原則

 

本書の「目次」は、以下の構成になっています。
はじめに――「コロナ・ショック」を「コロナ・チャンス」に変える
第1章 コロナがもたらす「本質的変化」とは何か
1 「移動蒸発→需要蒸発→雇用蒸発」という 
   コロナ・ショックのインパクトを理解する
2 「弱肉強食の時代」に突入する
3 「低成長×不安定」の時代に、
   生き残る覚悟をもつ
第2章 コロナ後に、日本企業は何を、
    どう変えるべきなのか
1 日本企業が再生のためにとるべき戦略
2 ポストコロナのサバイバル戦略
3 ポストコロナの生産性戦略
4 ポストコロナの成長戦略
5 ポストコロナの人材戦略
第3章 コロナ後に、
    「仕事」はどのように変わるのか
1 「食える仕事」「食えない仕事」とは何か
2 「プロフェッショナルの時代」がやってくる
3 「プロ化するビジネス社会」で
   生き残るための処方箋
4 「プロ」として成功するための8つのポイント
第4章 コロナ後に、
    「働き方」はどのように変わるのか
1 「レスの時代」の幕開け
2 どうすれば「生産性の高い働き方」ができるのか
3 リモート時代における
  社内コミュニケーションの4原則
4 働き方の自由度を高め、真の豊かさを享受する
5 どうすれば「創造性の高い働き方」ができるのか
6 コロナ後の人材評価の4つのポイント
おわりに――元に戻るな、大きく前に進め!



「はじめに――『コロナ・ショック』を『コロナ・チャンス』に変える」の「『まさかこんなことに・・・・・・』という時代を生きる」では、近年、大企業の経営者たちがよく使う「VUCA」という言葉が紹介されます。「VUCA」とは「Volatility」(不安定性)、「Uncertainty」(不確実性)、「Complexity」(複雑性)、「Ambiguity」(曖昧模糊)という4つの単語の頭文字からとった略語であり、「先がまったく読めない不安定、不透明な環境」を意味します。

 

この「VUCA」について、著者はこう述べます。
「私たちは『VUCA』という新たな混迷する環境を頭では理解し、備えていたつもりだった。しかし私たちの認識は、とんでもなく甘かったと認めざるをえない。『VUCA』とは『まさかこんなことに・・・・・・』という事態が起きることなのだと思い知らされた。中国に端を発する新型コロナウイルスは、わずか半年ほどで世界を震撼させ、経済活動や社会活動をいっきに停滞させ、世界中の人々の生活をどん底に陥れようとしている。『つながる』ことや『ひとつになる』ことの恩恵ばかりを享受していた私たちは、その裏で広がっていた『感染』というリスクの怖さを、日々身をもって体験している」

 

また、「世界的な『コロナ大恐慌』の可能性は高まっている――インパクトはとてつもなく大きく、長くなる」では、たとえ今回のコロナが収束しても、シベリアの永久凍土が溶け出し、新たな感染症が懸念されるなど、ウイルスによるリスクは間違いなく高まっていると指摘し、著者は「パンデミック(感染爆発)のインパクトはとてつもなく大きく、長くなることを私たちは覚悟しなければならない。経済の低迷は、企業の倒産、失業者の急増、自殺者の増大、食糧問題の深刻化など社会不安を高め、世界は混迷を深めている」と述べています。



米国では白人警官が黒人男性の首を圧迫して死亡させた事件をきっかけとした抗議活動が全米に広がり、その一部が暴徒化、放火や略奪まで起きていますが、その背景について、著者は「黒人らマイノリティのコロナによる死亡率の高さや大量失業などによる不安や不満の蓄積があると指摘されている。人種差別を糾弾するデモは世界中に広がっている。ドミノ倒しのようにさまざまな問題が連鎖し、世界的な『コロナ大恐慌』になる可能性は高まっている」と述べます。

 

「『緩慢なる衰退』から脱却する千載一遇のチャンスでもある――コロナ後に確実に起きる変化は、ある程度読み解ける」では、コロナ後の変化を先取りし、先手先手を打たなければ、コロナの大渦に呑み込まれてしまうだろうとして、著者は「世界経済は大きく縮む。当面はコロナ前と比較して『30%エコノミー』『50%エコノミー』を想定せざるをえない。その先においても、『70%エコノミー』が妥当な予測だろう。それぞれの会社は、まずは『縮んだ経済』に合わせて、身を縮めるしかない。生き残るためには、痛みを伴う施策を断行せざるをえない会社も出てくるだろう」と述べています。

 

しかし、コロナ・ショックは日本にとって必ずしもマイナスばかりではないとして、著者は「むしろ、平成の『失われた30年』という『緩慢なる衰退』から脱却し、力強い再生へとシフトする千載一遇のチャンスである。中途半端に沈んだまま、もがきつづけるより、どん底まで沈んだほうが反転力は強くなると私は期待したい。それだけの回復力、潜在力が、この国にはあるはずだ」と述べます。

 

「『プロの時代』『レスの時代』の幕開けになる」では、経済的な側面よりも、日本人の価値観や働き方を大きく変え、日本という国が真に豊かで、幸せな国になるための好機であるとして、著者は「コロナ・ショックは、ビジネス社会における『プロの時代』の幕開けになる。滅私奉公的なサラリーマンは淘汰され、高度専門性と市場性を兼ね備えた『プロ』が活躍する時代へと突入する。競争は厳しくなるが、『個』の活性化なしに、この国の再生はありえない。そして、働き方においては『レスの時代』の幕開けとなるだろう。『ペーパーレス』『ハンコレス』にとどまらず、『通勤レス』『出張レス』『残業レス』『対面レス』、さらには『転勤レス』といった新たな働き方がこれから広がっていく」と述べます。

 

そして、著者は「こうした新たな動きによって、無用なストレスは軽減され、私たちは人間らしさを取り戻していく。その結果、経済的な豊かさだけでなく、精神的な豊かさも手に入れることができるはずだ。コロナという『目に見えない黒船』は、この国を再生させる大きなきっかけになりえる。私たちは『コロナ・ショック』を、自らの手で『コロナ・チャンス』へと変えなければならない」と述べるのでした。

 

第1章「コロナがもたらす『本質的変化』とは何か」の1「『移動蒸発→需要蒸発→雇用蒸発』というコロナ・ショックのインパクトを理解する」では、「1000兆円の所得が消える」として、コロナ不況は2008年のリーマンショックを超え、ウォール街の株価暴落に端を発した1930年代の大恐慌に匹敵すると言われていることが紹介されます。

 

著者は、「コロナの影響を免れる国や産業などない。一部の限られた業界を除けば、ほぼすべての業界が、すでに大きな打撃を受けている。現在は航空、鉄道、タクシーなどの交通関係、ホテル、旅館などの観光業界、飲食業、娯楽産業などを直撃しているが、これからは製造業や不動産業など、きわめて広範囲な産業に甚大な影響を及ぼすのは必至だ」と述べています。「移動蒸発→需要蒸発→雇用蒸発」という「蒸発のドミノ倒し」。わたしたちは「出口の見えないトンネル」に入り込んでしまったというのです。

 

2「『弱肉強食の時代』に突入する」では、「『真面目な茹でガエル』は死滅する」として、著者は「コロナをきっかけに日本企業は大きく生まれ変わろうとするだろう。変わらなければ生き延びていけないのだから、経営者たちは本気だし、必死だ。問題は社員たちだ。会社が生まれ変わろうとしているのに、社員たちの意識や行動が変わらなければ、その社員は間違いなく『お払い箱』になる。いまの日本企業に、それを躊躇している余裕などない」と述べます。コロナによって、わたしたちは「低成長×不安定」という、どん底局面へと追い込まれています。わたしたちは「先の見えないトンネル」の中にいるのではなく、「出口のないトンネル」に追い詰められているのです。

 

「危機的な異常事態は『新たな様式』を生み出す」として、日本の生産性の低さが取り上げられます。ここ何十年も、日本の生産性の低さが指摘され、議論され、対策も講じられてきましたが、著者は「私たちは本気で生産性を高めようとはしてこなかった。しかし、コロナ・ショックですべての活動が止まり、日本のみならず世界経済がいっきに悪化するなかで、私たちはほぼ強制的に変わらざるをえない状況に追い込まれている」と述べます。

 

変革には大きな損失や痛みを伴いますし、抵抗勢力の反発も大きいです。しかし、長い目で見れば、「緩慢なる衰退」が続くよりもはるかにいいとして、著者は「危機的な異常事態は、『新たな仕組み』や『新たな様式』を生み出すトリガーにもなることは歴史が証明している。実際、1929年に始まった世界大恐慌がきっかけとなって、週40時間労働や最低賃金、児童労働禁止、ワークシェアリングなどの現代に続く労働慣行は生まれている」と述べています。

 

そして、「『出口のないトンネル』から脱出する策をさぐる」として、著者は「『出口のないトンネル』から脱出する方法はひとつしかない。それは、自分たちで「出口を掘る」ことである。逆にいえば、いま覚醒できなければ、この国は間違いなく終わるだろう。一流国どころか、三流国へと転落し、消えていく。私たちはそうした歴史的大転換点に立たされているのである。奈落への転落を防ぎ、いま一度輝く国へと再生するために、私たちはどうしたらいいのか」と述べるのでした。

 

第2章「コロナ後に、日本企業は何を、どう変えるべきなのか」の2「ポストコロナのサバイバル戦略」の方策1「人員の適正化(ダウンサイジング)を断行する」では、「本社で働く3割はいらない」として、著者は「90年代のバブル崩壊後、日本企業は『3つの過剰』に苦しめられた。『設備の過剰』『雇用の過剰』『債務の過剰』である。多くの日本企業は、1990年代から2000年代はじめにかけて厳しいリストラを断行し、『3つの過剰』を解消する努力を行った」と述べています。

 

また、コロナ禍が起きる前のことですが、著者がある大企業の経営者と会食をした際、彼は「本社で働く3割はいらない」と語っていたとして、著者は「実際、ここ数年、『働かないおじさん』は社会問題化していた。出勤しているのに、仕事をせずにぷらぷらしている中高年層の社員たちのことだ。人手不足が叫ばれていたにもかかわらず、仕事がない、仕事をしない人たちが一定比率、存在していた。しかも、『働かないおじさん』の給与水準は高い。働かないにもかかわらず、若い人たちよりもはるかに高い報酬が支払われる。若い人たちのモチベーションは下がり、職場の雰囲気も悪くなるのは必然である」

 

方策2「コストの『変動費化』を進める」では、「『身軽』にするのが最大のリスクヘッジ」として、著者は「コロナの影響が最も深刻な業界は、固定費の高いビジネスである。重厚長大な大規模設備投資型の産業や、人を多く抱える労働集約的な産業は、経済活動がストップし、稼働率がいっきに下がると、持ちこたえることができない。航空、鉄道、鉄鋼などは、きわめて厳しい状況に追い込まれている。今回のコロナが収束しても、同様のウイルスがまた世界で猛威をふるうことは間違いなく起こりうる。『需要蒸発』というリスクは、高固定費ビジネスのあり方を根本から変えてしまう可能性がある」

 

3「ポストコロナの生産性戦略」では、「会社は『不要不急』なものだらけだったことが露呈した――止まったからこそ、いろいろなものが見えてきた」として、ひとことでいえば、会社は「不要不急」なものだらけだったことが明かされます。著者は、「行く必要のない『不要な通勤』、結論の出ない『不要な会議』、ただ飲み食いするだけの『不要な出張』、意味や価値のない『不要な業務』、だらだらとオフィスにいつづけるだけの『不要な残業』・・・・・・。すべてが止まったからこそ、会社という組織がいかに『不要不急』なものに汚染されているかという『不都合な真実』があからさまになった」と述べています。

 

また、「コロナによって『必要な人』と『不要な人』が顕在化した」として、いざ会社が本格的に再始動するときに、「本当に必要な人は誰なのか」「本当に役に立つ人は誰なのか」が明白になることが指摘されます。逆にいえば、「不要な人」「役に立たない人」、つまり「いらない人は誰なのか」が白日の下にさらされてしまうのです。著者は、「世界経済や日本経済が堅調であれば、『不要な人』を救う手だてはあるかもしれない。しかし、サバイバル戦略において述べたように、中長期的な経済の低迷が予測されるなか、企業が『いらない人』を抱えている余裕などない」と述べています。まったく同感ですね。

 

ポストコロナの生産性戦略のポイント1「オンライン化、リモートワークを『デフォルト』にする」では、「私たちは『新たな選択肢』を手に入れた」として、著者は「好むと好まざるとにかかわらず、オンライン化やリモートワークに移行せざるをえない状況に追い込まれたのは、この国にとって不幸中の幸いと言える。実際にやってみることによって、オンライン化やリモートワークのメリットやデメリットを実体験することができた」と述べています。

 

また、慣れないために、生産性が落ちたり、業務品質が下がったり、ミスコミュニケーションが起きるなどの弊害はもちろん発生すると指摘しながらも、「しかし、経験を積めば、使い勝手は必ず改善するし、技術も日進月歩で進化するだろう。また、対面だとなかなか自己主張できなかった人が、オンラインだと堂々と自分の意見を述べることができるなどのオンラインならではのメリットも確認されている。なにより大事なことは、業務を行ううえでの「新たな選択肢」を私たちは手に入れたことである。これは劇的な変化であり、この幸運を私たちは最大限に活かさなくてはならない」と、著者は述べます。

 

ポストコロナの生産性戦略のポイント3「生産性と『幸せ』を両立する『スマートワーク』を実現する」では、「働く人たちが『幸せ』にならなければ意味がない」として、著者は「生産性というと、どうしても経済合理性や効率性の話に終始しがちだが、より重要なのは、働く人たちが『幸せ』かどうかである」と述べます。まったく同感ですが、続けて著者は、「毎朝、通勤ラッシュに痛めつけられ、長時間労働を強いられる。さらに、パワハラやセクハラが横行し、残業後に無理やり飲み会に付き合わされたりしたのでは、とても『幸せな職場』とは言えない。コロナ以前から、多くの企業でメンタルに問題を抱える社員が増えていた」とも述べています。

 

4「ポストコロナの成長戦略」では、「新たな『インキュベーション・プラットフォーム』を確立する」として、近年、多くの経営者が「両利きの経営」という言葉を打ち出していることが紹介されます。これは、「既存事業の深耕」と「新規事業の探索」の両軸を同時並行的に進めるという戦略です。著者は、「多くの日本企業は『既存事業の深耕』には熱心だったが、『新規事業の探索』をうまく進めてきた企業は稀である。その理由のひとつとして、野中郁次郎先生(一橋大学名誉教授)が指摘する『オーバーアナリシス』『オーバープランニング』『オーバーコンプライアンス』があげられる。『過剰な分析』『過剰な計画づくり』『過剰な法律的縛り』という『3つの過剰』が、起業家精神を減退させ、過度にリスクを回避する動きにつながってしまっている」と述べています。

 

5「ポストコロナの人材戦略」では、「不透明な時代に必要なのは『個の突破力』」として、コロナ後の経営戦略において最も重要な柱は人材戦略であることを指摘し、著者は「日本企業は昭和、平成と続いた『人材についての考え方』を根本から変えなくてはならない。日本企業の高度成長を支えた終身雇用や年功序列、新卒一括採用といった考え方は、もはや通用しないばかりか、会社の競争力を削ぐものになってしまっている。コロナ後に日本企業が再生できるかどうかは、すべて人材にかかっている。有能な人材を確保し、活用できる会社だけが生き残る」と述べます。

 

ポストコロナの人材戦略のポイント2「『ミッションありき、結果志向』へシフトする」では、「『ミッション』で組織を動かす」として、著者は「ポストコロナの組織運営においてなにより大事なのは、1人ひとりの社員に与える『ミッション』(使命)を明確にすることである。会社が苦境を乗り越え、新たな成長を実現するためには、どのような『ミッション』を遂行しなければならないのかを、社員全員が自覚し、実践しなければならない」と述べています。

 

ミッショナリー・カンパニー

ミッショナリー・カンパニー

 

 

わが社も、かつての苦境時に社長に就任したばかりのわたしが新たなミッションを掲げて全社一丸となって業績回復に取り組んだ経験があるので、著者の意見に大賛成です。「ミッション」について、著者は「平時のときは、『ミッション』など意識しなくても、会社はなんとか回る。自分に与えられた目の前の『タスク』(任務)だけをやっていれば、それなりにやっていける。しかし、有事はそういうわけにはいかない。組織の上から下までが、自分に与えられた『ミッション』を自覚し、日々実践に努めなければならない」と述べます。

 

ポストコロナの人材戦略のポイント3「現場力を支える『ナレッジワーカー』の評価を高める」では、「現場力の重要性はますます高まる――『ナレッジワーカー』は代替性の低い、会社の財産」として、著者は「平時においては、並の現場力でも、なんとか持ちこたえられる。しかし、有事においては、現場力の高い会社でなければ生き残ることは難しい。現場力を支えるのは、『ナレッジワーカー』(知識労働者)である。現場での仕事に従事しながらも、知恵を出し、創意工夫しながら、粘り強く改善に取り組む」と述べています。

 

こうした泥臭い取り組みがあるからこそ、コストダウンや品質、サービスの改善が実現されるとして、著者は「日本企業の競争力の源泉が現場力であることは、ポストコロナにおいても変わることはない。一方、決められたことしかできない『マニュアルワーカー』の価値は、さらに小さくなるだろう。その多くは、今後ロボットやAIなどによって代替されていく。『ナレッジワーカー』は代替性の低い、会社の財産である。ロボットやAIが代替することができない『ナレッジワーカー』に対する評価を高め、報酬を高めていくことが不可欠である」と述べます。

 

第3章「コロナ後に、『仕事』はどのように変わるのか」の1「『食える仕事』『食えない仕事』とは何か」では、「『食える人』と『食えない人』の差は何か――『代替可能性』と『付加価値の大きさ』の二軸で分類できる」として、著者は、コロナ後において「食える人」と「食えない人」の差を読み解くには、「テクノロジーによる職業の代替可能性」と「人が生み出す付加価値の大きさ」(プロVSアマ)の二軸で整理するとわかりやすいだろうとして、ポストコロナの人材を次の4つに分類しています。

 

(1)「代替可能性」が低い職業で
   「付加価値」が高い(プロ)人材 
      → スター

(2)「代替可能性」が高い職業で
   「付加価値」が高い(プロ)人材 
     → サバイバー

(3)「代替可能性」が低い職業で
   「付加価値」が低い(アマ)人材 
    → コモディティ

(4)「代替可能性」が高い職業で
          「付加価値」が低い(アマ)人材 
              → ユースレス

 

2「『プロフェッショナルの時代』がやってくる」では、「『人が生み出す価値には歴然とした差がある』という現実を認める」として、ポストコロナの大変革に必要なのは、「新たな価値の創造」(Innovation)と「効率性の飛躍的向上」(Efficiency)の両輪であることを指摘し、著者は過去の延長線上にない不連続の『新たな価値の創造』と『効率性の飛躍的向上』の両方を早期に実現できなければ、日本企業はコロナとともに沈むだけである。『プロフェッショナル』とは、新たなレールを敷き、新たな車両を造る人たちのことである。そうした野心とエネルギーと高度専門性をもつ人たちこそが、いま求められているのである。『プロ化するビジネス社会』とは、『人が生み出す価値には歴然とした差がある』という現実を認める社会のことである」と述べています。

 

3「『プロ化するビジネス社会』で生き残るための処方箋」では、「あなたはいったい何の『プロ』なのか?」として、著者は「日本の大企業では、数年ごとに部署を異動し、ひととおりの経験を積む『ジェネラリスト』指向が強かった。こうしたローテーション人事は、いろいろな経験は積むものの、何のスペシャリティもない『中途半端なジェネラリスト』を大量に生み出したきわめて同質的な『中途半端なジェネラリスト』の大集団から、才能と運に恵まれたごく一部の人間が役員として登用された。それが、昭和の時代につくられた典型的な日本の経営モデルだった。しかし、コロナ後の大変革時に、『中途半端なジェネラリスト』が山ほどいても、会社にとっては何の役にも立たない」と述べています。

 

また、「『プロフェッショナル』の定義」として、著者は「自分が得意な分野、自分が興味ある分野、自分が経験を積んできた分野においては、ほかの人たちを凌駕する卓越した知見、スキル、実績をもつ人材こそが『プロフェッショナル』である。これからの経営においては、さまざまな分野、領域で『プロ』が求められる。『戦略のプロ』『マーケティングのプロ』『ITのプロ』『AIのプロ』『デジタルのプロ』『M&Aのプロ』『法務のプロ』『監査のプロ』など、高度専門性を磨かなければ、会社の中で力を発揮し、認められることはない」と述べます。

 

「プロ」として成功するポイント1「『会社』ではなく、『機会』で判断する」では、「『未成熟』『未完成』なものほど、プロにとっては魅力的」として、著者は「ビジネスの世界における『プロ』にとって大事なのは、『どの会社に勤めるか』ではない。『どの機会を選択するか』である。『プロ』は『機会』(opportunity)を求めて動く。自分の力が思う存分発揮でき、貢献できる『機会』こそが、最大のインセンティブなのである。だから、『プロ』は著名な会社、安定した大きな会社を好まない傾向が強い」と述べています。

 

「有名企業だから」「給与がいいから」などの一般的な尺度だけで、自分が身を置く場所を選ぶことはしないとして、著者は「もちろん、新規事業開発や海外展開など新たな分野への挑戦であれば、大企業であっても『機会』にはなりえるが、一般的にいえば、『出来上がった』大きな会社は、『機会』に乏しく魅力に欠ける。逆に、『出来上がっていない』発展途上の会社や事業は、『機会』の宝庫である。『未成熟』『未完成』なものほど、『プロ』にとっては魅力的だ」と述べます。

 

第4章「コロナ後に、『働き方』はどのように変わるのか」の1「『レスの時代』の幕開け」では、「『通勤レス』『出張レス』『残業レス』『対面レス』――私たちは『新たな選択肢』を手に入れた」として、コロナ・ショックは「レスの時代」の幕開けであると指摘し、著者は「デジタル化、オンライン化によって、さまざまな不要なものを『レス』(なくす、減らす)することができる。『ペーパーレス』『ハンコレス』は言うに及ばず、『通勤レス』(会社に行かない)、『出張レス』(意味のない出張はしない)、『残業レス』(不要な残業はしない)、『対面レス』(非対面で仕事をすます)など、『レス』できるものが多いことに私たちは気づいた」と述べています。

 

さらには、ビジネスパーソンにはつきものだった「転勤」のあり方もこれからは変わっていくだろうとして、著者は「これまでは辞令1枚で転勤を強要されるのがサラリーマンにとっては常識だったが、これからは社員が転勤の可否を選択する時代になっていく。そうなれば『転勤レス』も私たちは手に入れることができる。これからは『複数の選択肢』を賢く使い分けていく時代になる。それが『スマートワーク』である」と述べます。

 

2「どうすれば『生産性の高い働き方』ができるのか」では、「リモートワークに向いている人、向いていない人がいる――問題は、『業務』ではなく『人』」として、著者は、「リモートワークに向いている業務、向かない業務」の議論よりも、「リモートワークに向いている人、向かない人」をしっかりと見定めることが重要だと述べます。問題は「業務」ではなく「人」であり、しっかりと自己管理ができ、スーパーバイズ(監督・指導)なしに、自己完結的に業務を進めることができる技量と経験をもつ人であれば、リモートワークの効果はきわめて大きいですが、「自己管理力」が不十分で、スーパーバイズが必要な人は、リモートワークによってかえって生産性が下がるだろうと言います。

 

3「リモート時代における社内コミュニケーションの4原則」では、「『過剰管理』でもなく、『野放し』でもなく――部下が『自己管理』できるように上司が導く」として、著者は「『過剰管理』は部下のモチベーションを下げ、『野放し』は業務品質を著しく低下させるリスクを増大させる。リモートワークが大きな成果を生み出すために大切なのは、管理を強化することではなく、部下が『自己管理』できるように上司が正しく導き、適切な指導を行うことだ。上司が部下を管理するのではなく、部下が自らを『自己管理』できるように仕向ける。部下の『自立』を手助けするのが、ポストコロナにおける有能な管理者である」と述べています。

 

社内コミュニケーション術の原則2「経験値の高い人と低い人を『ペア』で組ませ、アドバイスする『メンタリング』がより重要になる」では、著者は「経験値の高い人と低い人を『ペア』で組ませ、必要に応じてタイムリーにアドバイスできる仕組みが不可欠である。アドバイスはオンライン上でも十分に可能だ。逆に、対面よりも本音を言いやすく、気楽に相談できるというメリットもある。一方、リモートワークを開始した企業の多くで、新たな課題も生まれている」と述べています。

 

オン・オフの切り替えができず、働きすぎに陥る社員や問題を抱え込んだまま孤立する社員が増えているとして、著者は「年次の近い先輩社員が、在宅勤務のちょっとしたコツや働き方のヒントをタイムリーに伝授することができれば、リモートワークのストレスを軽減できるはずだ。大事なのは、『誰が誰の面倒をみるのか』を明確にすることである。管理者である上司ではなく、気楽に話ができる身近な『メンター』の存在があれば、心強い。リモートワークという分散的な働き方を機能させ、組織全体の生産性を高めるためには、人と人とのつながりをしっかりと確保することが生命線である」と述べます。

 

社内コミュニケーション術の原則3「『ムダ話』や『雑談』をするための、インフォーマル・コミュニケーションの『場』をつくる」では、リモートワークによって失われてしまうものもあるとして、著者は「それはオフィスにおけるインフォーマル・コミュニケーションである。オフィスでの何気ない『雑談』、廊下ですれ違いざまの『立ち話』、タバコ部屋での『噂話』など、ちょっとした情報のやりとりがビジネスのヒントとなったり、人と人との垣根を取っ払う役割を担ってもいる」と述べます。まったく同感ですね。

 

そこで大事なのが、オンラインを活用した、「ムダ話」や「雑談」をするためのインフォーマル・コミュニケーションの「場」づくりであるといいます。著者は、「通常の業務上のやりとりではなく、『ムダ話』や『雑談』をするためだけの『場』をオンラインで設けることによって、人と人とのつながりが濃くなっていく。『オンラインランチ』や『オンラインおやつタイム』など、気楽に参加できるハードルの低いインフォーマル・コミュニケーションの『場』を意図的につくることが必要である」と述べています。

 

社内コミュニケーション術の原則4「定期的にオフライン(対面)で会うから、日常のオンラインが機能する」では、オンラインやリモートでは、人間の「機微情報」というものが見えないし、伝わらないとして、著者は「だから、最低でも月に一度はオンラインでの個人面談の機会を設けるべきだ。これは『自己管理力』の有無とは関係ない。むしろ、『自己管理力』の高い人材ほど、表面的にはうまくいっているように見えても、自分ひとりで問題を抱え込み、悶々とするケースは多い。オフライン(対面)でのやりとりがあるからこそ、日常のオンライン(非対面)は機能すると肝に銘じなければならない」と述べています。これも、まったく同感です。

 

4「働き方の自由度を高め、真の豊かさを享受する」では、「真の豊かさとは『経済的な豊かさ×精神的な豊かさ』――個を尊重し、人間らしく生きる社会に変える」として、著者は「会社にはさまざまなストレスが存在する。とりわけ『通勤』『残業』『人間関係』は、どの会社にも共通する3大ストレスである。ポストコロナの社会においては、これらを解消もしくは大きく軽減できる可能性がある。『デジタル化 → オンライン化 → リモートワーク』の流れが浸透、定着すれば、『通勤レス』『残業レス』『対面レス』は十分に実現可能だ。ポストコロナをきっかけに、私たちは個を尊重し、人間らしく生きる社会に変えなくてはならない」と述べています。

 

心ゆたかな社会 「ハートフル・ソサエティ」とは何か
 

 

いくら会社が利益を上げ、内部留保を貯め込んでも、そこで働く人たちが疲弊し、暗い顔をしていたのでは、とてもいい会社とは言えないとして、著者は「平成の30年は、そんな会社が増えていった時代だった。私たちはコロナ・ショックを機に、その流れに終止符を打たなければならない。真の豊かさとは、『経済的な豊かさ』と『精神的な豊かさ』が共存するものだ。コロナがきっかけとなってこれから起きてくるだろうさまざまな働き方の変革は、私たちの『精神的な豊かさ』を高めてくれる可能性がある。『資本の論理』『会社の論理』ばかりがまかり通った時代から、『人間の論理』『個の論理』が通用する社会に変えていかなければならない」と述べています。このあたりは、拙著『心ゆたかな社会』(現代書林)の内容に大いに通用しています。

 

5「どうすれば『創造性の高い働き方』ができるのか」では、「デジタルの時代だからこそ、リアリズムが大事――大事なのは『誰と会うか』」として、著者は「デジタルの時代だからこそ、リアリズムが大事になる。人と対面で会うからこそわかること、現場に自ら行くからこそ見えることも多い。オンライン化やリモートワークの最大のリスクは、『つながっているつもり』『見えているつもり』『わかっているつもり』に陥ってしまうことである。いくら便利でも、やはり現場に行かなければ感じられないもの、人と対面で会わなければ見えてこないものは確実にある。『三現主義』(現地・現物・現実)など時代遅れと切り捨ててはいけない。五感で感じるリアリズムは、デジタルで代替することはできない」と述べています。

 

コロナ後の人材評価のポイント4「会社に『しがみつかない』人が評価される」では、どんな会社だって潰れる可能性があり、どんな仕事だって突然なくなる可能性があるとして、著者は「正社員だから安泰なんて言っていられない。国だっていつ破綻するかわからない。それが『VUCA』という時代である。本当に力がある人間は、会社にしがみつかない。だから会社も、しがみつかない人を評価し、登用する。会社にしがみついて、人生を棒に振ることが最も不幸なことである。コロナをきっかけに、私たちは会社に縛られない『脱会社』のマインドをもたなければならないのだ」と述べるのでした。

 

「おわりに――元に戻るな、大きく前に進め!」では、「歴史は70~80年サイクルで繰り返す――『コロナ革命』という大変革の真っただ中にいる」として、著者は「『歴史は70~80年サイクルで繰り返す』と多くの歴史学者が指摘する。日本の歴史をさかのぼれば、江戸時代の1787年に『天明の打ちこわし』が起きた。天明の大飢饉に端を発した民衆暴動が、江戸、大坂など主要都市で勃発し、国内は混乱を極めた。その81年後の1868年に、明治新政府が樹立され、日本は開国へと大きく舵を切った。さらにその77年後の1945年、第2次世界大戦は終結し、日本は終戦を迎えた。そして、終戦から75年たった2020年、私たちを襲ったのは未知のウイルスだった」と述べています。

 

この「目に見えない黒船」は、日本という国、日本企業、そして日本人が覚醒するまたとないチャンスでもあるとして、著者は「80年後には『コロナ革命』と呼ばれているかもしれない大変革の真っただ中に、私たちはいるのだ」と述べます。また、「日本人が陥っていた悪弊を一掃するチャンス」として、著者は「コロナ後に、私たちは元に戻ってはいけない」と訴えます。個人の幸せよりも組織が優先される「集団主義」。やってもやらなくても差がつかない「悪平等主義」。常に横と比較する「横並び主義」。責任を明確にしない「総合無責任体質」・・・・・・こうした悪弊を一掃することができず、わたしたちは「緩慢なる衰退」に陥っていたというのです。

 

著者は、「目に見えない黒船」が来襲したにもかかわらず、旧来の意識や常識、価値観を払拭することができなければ、この国が浮上することはないだろうと推測し、「私たちは元に戻るのではなく、大きく前に進まなければならないのだ」と強く訴えます。そして、著者は「『目に見えない黒船』は私たちに『もっと豊かになれ。もっと幸せになれ』いう問いかけをしてくれているように私には思えてならない。すべてが止まったからこそ見えてきたものを、私たちは大切にしなければならない」と述べるのでした。豊富なデータを示し、合理的な思考に貫かれながらも、本書には「ミッション」とか「幸せ」とか「精神的な豊かさ」などのキーワードが多々見られ、著者が人間尊重の経営に価値を置いていることがよくわかりました。もちろん、わたしも同じです。

 

 

2020年10月19日 一条真也

『コロナ時代を生きるヒント』

コロナ時代を生きるヒント

 

 一条真也です。
『コロナ時代を生きるヒント』鎌田實著(潮出版社)を読みました。大変興味深い内容でした。コロナとは関係なく、名著です。実際、コロナ禍の中で書き下ろされた本ではなく、月刊「潮」2019年3月号から20年5月号まで連載された「鎌田實の『輝く人生の終い方』」を加筆、修正、単行本化したものです。著者は1948年生まれ。諏訪中央病院名誉院長。世界の紛争地域等への医療支援を積極的に行っています。地域と一体になった医療や食生活の改善・健康への意識改革を普及させる活動に携わっているとか。

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本書の帯

 

本書のカバー表紙には著者の上半身の写真が使われ、帯には「医師・鎌田實がたどり着いた『死』の実像。ビヨンド・コロナの『死』への向き合い方。カマタ流温かくて柔らかい人生の『終い方』!」と書かれています。 アマゾンの「内容紹介」には、「『どんなにたくさんの「死」に関わっても、死には疑問が残る』――そう語る著者は、医師として多くの人を看取ってきた。人には必ず『死』が訪れる。にもかかわらず現代人は『死』を語ることを忌み嫌い、向き合うことを避けようとする。そして自らの『死』について、自己決定しないがゆえに、望まない延命治療や残酷な最期を迎えてしまう。果たして『死』は怖いものなのか。自ら末期がんを患った緩和ケア医、『あの世』について研究している大学教授、死者と通じ合うユタやノロ、死と隣り合わせだった東北被災地の人々。そしてコロナ禍が突き付けた厳しい現実――。豊かな『死』を取り戻すために奮闘する人々との対話を通じて、著者がたどり着いた『死』の実像とは」とあります。

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本書の帯の裏

 

本書の「目次」は、以下の通りです。
「はじめに」
第1章 豊かな「死」とはなにか
「死」のそばに立つ仕事
「死」は日常のなかにあっていい
医師として、患者として
第2章 此岸と彼岸を分けるもの
亡き人への手紙
魂の存在を信じるか
「生」と「死」の間にあるもの
第3章 「死」の受容
暮らしのなかの看取り
「死」に向き合い、「生」を過ごす
繰り返し思い出し、偲び、語る
被災地の‟幽霊”が教えてくれたこと
第4章 コロナ時代を生きるヒント
免疫の地から
自己決定する「ニューノーマル」が始まった



「はじめに」の冒頭を、著者は「まるごと一冊『死』について書きたいと思った。死のことを書きながら、常に『いのち』の境界線に視線を向け、いまを生きるヒントを探しつづけた。この本の取材のために、新しい看取りの場所とされるホームホスピスを訪ねた。たくさんの人の死を看取ってきた緩和ケアの専門医が末期がんになり、どのように『死』と向き合っているのかを聞きに行った。被災地でなぜ幽霊が出るのか、幽霊が出ることの意味はなんなのか、など『死』の周辺についても取材した。ユタやノロが再注目されていると聞いて、シャーマニズムの存在意義を問うため、沖縄にも行った。ターミナルケアについて研究しているカール・ベッカー教授とも語り合った。日本中を歩いて、たくさんの学びがあった」と書きだしています。



著者自身は、いつか「死」がくることを納得しながら生きているそうですが、「もちろん、どこまでも生きることを諦めていない。最後まで全力で『生』をまっとうするつもりだ。生きている限りは、ピンピンと元気で、好きなことをやっていたい。もっといえば、わずかでもいいから誰かの役に立ちたいと思っている。そしてその時がきたら、ヒラリとあの世に逝けたらいいなと思っている。ピンピンコロリ(PPK)ならぬ、ピンピンヒラリ(PPH)。僕の造語だ。コロリだとなんだかゴキブリコロリみたいでカッコ悪い。痛がったり苦しんだりせずに、家族に手をかけることもなくヒラリと身をかわすように逝く」と述べています。このピンピンヒラリ(PPH)というのは良い言葉ですね。



著者によれば、日本人は自分らしく「生」をまっとうしたいと願いながらも、「死」についてはやみくもに恐れて、なるべく遠ざけようとします。そして、いざ「死」に向き合わなければならなくなった時には、人任せにしてしまいます。「生」と「死」が表裏一体であることに、薄々気づきながら、誰もが「死」だけを直視しないようにしてきてしまいました。いまからでも遅くないと思って「死」の本を書くことに決めたとして、著者は「いま、日本社会は『多死時代』に突入しつつある。高齢化によって死者数は年々増加していて、1995年には約95万人だったのが、現在は約136万人となり、2035年には165万人に達すると言われているのだ」と述べています。



それにもかかわらず、日本人の多くは自分自身の命に対して曖昧な対応をしているとして、著者は「少なくとも、僕にはそう見える。しかし、2020年の人類は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によって、誰もが否応なく「死」を直視せざるを得なくなった。わずか半年前に、新たな感染症のこれほどまでの世界的な流行を、いったい誰が予想したことだろう」と述べます。



新型コロナが僕たちに突き付けたことは、いつ誰が亡くなってもおかしくないということです。亡くなるのは、自分自身かもしれないし、大切な人かもしれません。感染リスクがいくら低くとも、重症化リスクがどれだけ小さくとも、新型コロナが未知のウイルスである限り、それらはゼロ%とは言い切れないとして、著者は「まさに、僕たちは否応なく『死』を直視せざるを得なくなったのだ。だからこそ、僕たちはいつまでも新型コロナ以前のように『死』を遠ざけていてはいけない。『ビヨンド・コロナ(コロナを越える)』を意識して、『生』をまっとうしたいと願うのと同じように、いまこそ『死』に向き合わなければならないのだ」と述べるのでした。

 

 

第1章「豊かな『死』とはなにか」の「『死』のそばに立つ仕事」の冒頭を、著者はこう書きだします。
「『死』は決して怖いものではない。しかし、最近の日本人は『死』をやみくもに恐れ、遠ざけ、考えないようにしてきた。患者自身が自己決定しない、あるいはできないために、望んでいない延命治療につながってしまうことも多い。考えないがゆえに、残酷な『死』や、悲惨な『死』を増やしてきた可能性がある。そして、残酷で悲惨な『死』を見た人々は、さらに『死』を恐れ、遠ざけ、考えないようになる。いまの日本社会にはそんな悪循環があるように思う」
この著者の考えには、まったく同感です。まさに、拙著『ロマンティック・デス〜月を見よ、死を想え』(幻冬舎文庫)には、同じことを書きました。

 

在宅ホスピスノート

在宅ホスピスノート

  • 作者:徳永 進
  • 発売日: 2015/06/19
  • メディア: 新書
 

 

厚生労働省の「人口動態調査」によると、2017年には病院・診療所・施設で亡くなる人が全体の84.7%であるのに対し、自宅で亡くなる人は13.2%となっています。この数値について、鳥取県の「野の花診療所」の徳永進院長は、「個人的には、『病院・診療所=60%』『施設=10%』『自宅=25%』『その他=5%』くらいが良いと思っています。そう考えると、自宅での『死』はもっと増えた方がいい。というのも、気を遣わざるを得ない病院とは異なるものが自宅にはあります。自分の布団、煮炊きする匂い、孫や子の顔、部屋、壁、屋根、そして屋根の上には空がある。それらはすべて、その人の独特の環境なのです」と述べています。

 

死のリハーサル

死のリハーサル

 

 

また、「『死』という宝の体験」として、徳永院長は「もちろん、病院での『死』が増えた理由もわかります。汚れた土間で死ぬよりも、病院で死んだ方がきれいだし安心だと考えるのは当然のことかもしれない。ただ、自宅にあるその人独特のものを失って、すべてを外に委託するのがあたりまえである社会というのは、もったいない気がするんです。『死』という“宝の体験”をしそびれるのは、あまりにもったいない」と述べます。「死」が“宝の体験”という表現には意表を衝かれましたが、まさにその通りだと思います。

 

儀式論

儀式論

  • 作者:一条 真也
  • 発売日: 2016/11/08
  • メディア: 単行本
 

 

著者によれば、エビデンス(根拠)はないものの、多くの医者が「在宅の方が痛みは少ない」と言っているそうで、「家に帰るとその人にしか担えない何かしらの役割がある。もしかすると、そのことが関係しているのかもしれない」と述べます。著者のこの考え方には、徳永院長も「役割があると、心が脳に働きかけるんでしょうね」と賛同してくれたそうです。徳永院長は著書の中で家が失ったものを挙げています。出産に始まり、結婚式、そして葬式などですが、「昔は、家から墓地まで行列をつくって故人を弔う『野辺送り』という風習がありました。家族には各々の役割があって面倒と言えば面倒な儀礼なんですが、いまになって思えば、それによって『悼む』とか『弔う』といった気持ちを持てていたのかなとも思います。近代化を否定できない社会になりつつありますが、それによって失ったものもあるのだと感じています」と述べています。これには、『儀式論』(弘文堂)の著者であるわたしも100%賛同しますね!

 

死の文化を豊かに (ちくま文庫)

死の文化を豊かに (ちくま文庫)

 

 

徳永院長は、以下のような興味深い話もしています。
「私はよく、縄文人の『死』について考えるんです。つまり、鎮静剤も抗がん剤もない時代の『死』です。たとえば、いままさに亡くなろうとしている人がいたとします。そばにいる人が谷に下りて水を汲んだり、『ここか?』と言って痛む部分をさすったり、きっと縄文人も『死』を前に右往左往していたんじゃないかと。縄文人の身体にも私たちと同じ心臓や肝臓、指や耳がある。身体が普遍なのと同じように、そばにいる人の右往左往する行動も、普遍的なものではないかと思っています」

 

まぁるい死 鳥取・ホスピス診療所の看取り

まぁるい死 鳥取・ホスピス診療所の看取り

  • 作者:徳永 進
  • 発売日: 2019/11/07
  • メディア: 単行本
 

 

また、徳永院長は「制度や構造の発展によって素晴らしい『死』を実現できているかというと、実はそんなこともない気がしますね。確かに生存期間こそ長くなっているとはいえ、もしかすると、縄文時代の方がありのままの『死』を見られたのではないかとも思っています」とも述べます。徳永院長によれば、日本には「死」に対する過緊張があるそうです。医療者は患者や家族の過緊張を取り除いてあげるべきなのですが、これがなかなか難しいわけです。本書を読んで、わたしは徳永進という方を初めて知りましたが、その発言には共感することばかりです。ぜひ、これから著書を読んでいきたいと思います。



「『死』は日常のなかにあっていい」では、2019年の暮れ、著者が京都大学で宗教・生命倫理学者のカール・ベッカー特任教授と「生と死の間にあるもの」について語り合ってきたことが書かれています。わたしはベッカー教授と面識があり、じつは昨年の「フューネラルビジネス・フェア」のトークショーで共演させていただく予定でしたが、お互いのスケジュールが合わなくて企画が流れてしまいました。ターミナルケアや遺族の悲嘆について研究を行っているベッカー教授は、アメリカ・イリノイ州生まれ。1970年代に京都大学の文学部で研究し、ハワイ大学で博士号を取得した後、1983年に再来日。それ以降はずっと日本を拠点に活動されてきました。



著者は、ベッカー教授に死後の世界といった「日本人の他界概念」について質問します。ベッカー教授は、「歴史を振り返ると、日本人は『死』に対する関心が深い民族であることがわかります」と述べた上で、そもそも日本に仏教が定着した1つの要因は、土着の神道が物理的な次元のみで「死」を捉え、死を「穢れ」として避けていたことにあるとして、「その一方で、仏教は目には見えない倫理・心理・輪廻転生まで説いているのです。裏を返せば、目に見えない次元の話は、仏教によって日本に持ち込まれたと言えるでしょう」と述べています。



仏教伝来以前の時代から、日本には「殯(もがり)」という葬送儀礼がありました。「殯」は、本葬までの数日間、遺体を棺で仮安置する慣習です。その中で、ごく稀に死んだはずの人が棺から蘇ってくるといいます。そこで仏教とともに伝わった文字で、その驚くべき経験が記録されるようになります。現代の医学では、臨死体験を仮死状態からの回復という解釈も可能ですが、奈良・平安朝の日本人はそれを文字通りの“蘇生”と捉えたのです。



ベッカー教授の話の中で著者が特に興味深く感じたのは、「死」のイメージは国によって異なることでした。ベッカー教授は、「「臨死体験のイメージは、自分の意識下にある風景を言語化してつくり上げられるものです。たとえばアラビアの人々は燃える砂漠、ポリネシアの人々は荒れる海、スコットランド人は絶壁をイメージする傾向があります。その一方で、どの地域にも共通しているのは、それらを渡ってしまうと、もはやこの世には戻って来られないというイメージです」と語っています。



ベッカー教授の話を興味深く聞いた著者は、「僕は医師だから、魂の存在を否定する立場を取っている。ところが、長年にわたって緩和ケアに携わり、たくさんの『死』に向き合うなかで、こんなことを感じるようになったのだ。すなわち『生』と『死』の間にクッションのようなものがあると考える人のほうが、救われているのではないかと。そう考えている人のほうが、むやみに『死』を恐れていないような気がしている。もしかすると、日本人が見てきた三途の川というのは、まさに僕が考えるクッションのようなものなのかもしれない」と述べています。そんな著者の考えをベッカー教授にそのまま伝えてみると、「なるほど。そういう解釈も悪くないですね」と共感してくれた上で「三途の川を渡る、というイメージから言えるのは、仏教に関して深い知識がないにせよ、多くの日本人は潜在的に仏教的な発想を持って生き、死んでいくということなのでしょう」と語ったそうです。



かつて日本人は「死」を寂しがったり、悲しんだりはしていたとしても、恐れてはいなかったとして、ベッカー教授は「40年前の調査では、先進国のなかで日本人が最も『死』を恐れていなかったという結果が出ました。それは何も切腹や特攻という歴史があったからではありません。そうではなくて、40年前までは多くの人が当たり前のように在宅で家族を看取っていたからです。確かに、私が初めて京都を訪れた1970年代には、まだまだ多くの人が病院や施設ではなく、自宅で亡くなっていました。つまり、『死』が身近にあったのです。恐れというのは、どう応えればいいか、わからないがゆえに生まれるものなのです」と語っています。70年代までは在宅で看取るのが常識でした。それが80年代のバブル期には、多くの人が高齢の親を入院させるようになります。お金を払うことで、看取りの際の手間やトラブルを回避したのです。結果的に、これが「死」に対する恐れを抱く原因となったとベッカー教授は考えるのでした。



WHO(世界保健機関)は、終末期の患者には4つの痛みがあると定義しています。4つというのは、「身体の痛み」「心の痛み」「社会的な痛み」、そして「霊的な痛み」です。この「霊的な痛み」のことをスピリチュアル・ペインといいます。著者は、「個人的には、日本人には最初の3つこそすぐに理解できるが、スピリチュアル・ペインだけがどうもわかりにくいのではないかと思っている」と述べます。そこで、ベッカー教授に、スピリチュアル・ペインについて質問すると、スピリチュアル・ペインというWHOの概念には、イスラム教やキリスト教の「死後の裁き」がベースにあるという答えが返ってきました。「なので、日本人にはスピリチュアル・ペインはないと言われていた時期もありました。しかし、日本人だって終末期には『自分の人生にはどんな意味があったのか』『これで良かったのか』『死んだらどうなるのか』など、いろんなことを考えます。それこそが、日本人にとってのスピリチュアル・ペインではないでしょうか」と、ベッカー教授は語るのでした。

 

 

日本人には、悲嘆は癒やすべきもの、乗り越えるべきものと考える人がいます。ベッカー教授によれば、日本人がそう考えるようになったのは心理学者のジグムント・フロイトの影響だそうです。ブログ『人はなぜ戦争をするのか』で紹介した本に収録されているフロイトが1917年に発表した「喪とメランコリー」という論文の中で、悲嘆については早く忘れたほうが良いといった趣旨を書いています。著者は、「時は第1次世界大戦のただなか。大勢の犠牲者の遺族は半ば諦めの気持ちで、フロイトの主張を受け入れたそうだ。その直後に、欧州に渡った日本人留学生たちが、現地で支持されていたフロイトの心理学を日本に持ち帰り、それが未だに根付いているというのだ」と述べています。

 

しかし、ベッカー教授はこれを否定します。つまり、悲嘆は癒やせるものでも乗り越えるものでもないとして、「1980年代に日本にやって来たデニス・クラス教授は、墓や仏壇を通して先祖と対話をする日本人を見て、故人との絆は続かせていい、忘れなくてもいいんだと思うようになります。これが『続く絆』理論です。この理論は、90年代から欧米心理学の世界でも認められるようになります。ただし、日本人からすればそれは新しい理論でもなんでもなく、当たり前のはずなんです」と言います。

 

葬式は必要! (双葉新書)

葬式は必要! (双葉新書)

  • 作者:一条 真也
  • 発売日: 2010/04/20
  • メディア: 新書
 

 

加えてベッカー教授は、「葬儀は、遺族をサポートし得る仲間が、一堂に会する最後の貴重なチャンスだ」と言います。「葬儀は確かに面倒だと思うかもしれない。どうしようかと迷う人も多いはずです。だけど、面倒臭いことは業者に任せればいいんです。大切なのは、ソーシャルサポートのネットワークを構築することなのです。仲間の支援は予想以上に重要です。日本ではこれからどんどん孤独死が増えると言われています。それを少しでも減らすためにも、法事や葬儀を活用していくことが大事だと思っています」と語るのでした。これは、『葬式は必要!』(双葉新書)の著者であるわたしにとって非常に嬉しい言葉でした。もしベッカー教授と昨年対談していれば、葬儀必要論で盛り上がったのではないかと思います。

 

ベッカー教授の話を聞いて、著者の考え方が少し変わったそうです。仮に業者による葬儀だとしても、遺族のことを考えれば、集まらないよりは集まって支え合ったほうが良いのではと思うようになったといいます。初七日にしても、四十九日にしても、家族や友だちが集まるというのは、思っていたよりも大切なのです。ベッカー教授は、「家族が集まれば、おじいさんの昔話が孫の耳に入ることだってある。おじいさんの生き方がわかれば、終末期に呼吸器をつけるか否か、胃ろう造設をするか否かといった自己決定も、スムーズにいくかもしれない。正月にしても、お盆にしても、家族が集まること自体がみんなの精神的健康を支えていると思うんです」と語ります。

f:id:shins2m:20200910235939j:plain決定版冠婚葬祭入門』と『決定版年中行事入門』 

 

わたしは『決定版 冠婚葬祭入門』と『決定版 年中行事入門』(ともにPHP研究所)を書きましたが、まさに冠婚葬祭や年中行事で集まることが家族の精神的健康を支えていると思います。著者も、「正月やお盆に家族で集まる。僕たち日本人にとっては当たり前のそんな光景も、別の角度から見れば“悲嘆の緩和教育”の場と言えるのかもしれない。そこで『死』について話し合う習慣が生まれれば、なお良いのだろう。ところがそのはずだったのに、新型コロナウイルス感染拡大で、状況が一変してしまった。葬儀で人が集まると感染拡大の恐れがあるため、集まれないのだ」と述べます。まったく、困った事態になってしまいました。日本人の精神的健康が心配です。



第2章「此岸と彼岸を分けるもの」の「亡き人への手紙」の冒頭を、著者はこう書きだしています。
東日本大震災の被災地でも『死』について考えてみたい。岩手県陸前髙田市の広田半島。ここには、震災で大切な人を亡くした人々の思いを静かに受け止めてくれる場所がある。半島の森のなかにひっそりとたたずむ『漂流ポスト3・11』だ。大切な人を失った人々の心は、そう簡単には癒やされない。どれだけ時間が経っても、友人はもちろん家族にさえ胸の内を吐露できないことだってある。『漂流ポスト』には、そんな人々が亡くなった人に対して綴った手紙や葉書が届くのだ」



「書くことが癒やしの第1歩」として、著者は「届くのは亡くなった方宛ての手紙。それらには行き先がないから『漂流ポスト』。僕はこのネーミングが絶妙だと思う。きっと遺された人々は、書くことで少しずつ癒やされていくのだろう。ある時からは、震災で大切な人を亡くした方々以外に、病気や事故で家族や友人を亡くした人からも手紙や葉書が届くようになったそうだ。『誰かに手紙を書こうとすると、ペン先に必ず相手の顔が浮かぶものです。皆さん、気持ちを文字に置き換えることで、気が楽になっているんじゃないでしょうか』届いた手紙は、カフェの裏にある青い外壁の小さな小屋で閲覧できるようになっている」と述べています。



著者はいまも、末期がんの患者の回診を毎週行っているそうです。その時に、患者のこれまでの来し方を、枕元に座ってじっと聞くことがあるとか。静かに、ただ相槌を打ちながらじっと聞くのです。医療の世界で言われる「ナラティブ・セラピー」です。著者は、「自分の人生を物語っていくうちに、多くの人が自分の人生に意味を見出すことができるようになる。つらいこともあったけれど、全体を見ると良い人生だったと。だからこそ、聞いてくれる人、相槌を打ってくれる人が必要なのだ」と述べています。



しかし、実際には医師不足などの問題もあって、なかなか聞いてくれる人はいないのが現状です。その意味では、日本中の人々が胸の内を吐露できる「漂流ポスト」の存在意義はとてつもなく大きいのかもしれません。そして著者は、「新型コロナウイルスによる重症肺炎で人工呼吸器につながれながら亡くなった人の死は残酷だ。家族は立ち会うこともできず、手を握ってあげることもできず、思いを聞いてあげることもできない。遺された家族の想いは複雑だろう。やがてその悲嘆を癒すために漂流ポストに手紙がやってくるのではないかと思う」と述べるのでした。

 

「魂の存在を信じるか。」では、医療の世界にある「死の3兆候」という考え方が紹介されます。すなわち「心臓拍動停止」「呼吸停止」「瞳孔散大・対光反射停止」の3つの兆候が表れた時に、医者は「死」の判定を下すことになっているのです。著者は、「言うまでもなく、医療は科学的な見地を拠り所としている。したがって、魂の存在を認めるわけにはいかないし、『生』と『死』の間には明確に境界線が引かれている。しかし一方で、これまで医者としていろんな患者と接してきて思うのは、魂の存在を信じている人、つまり『人の命は、死んでも終わらない』と考えている人の方が、困難や苦悩、絶望を乗り越えられているのではないかということだ。存在するかしないかではなく、存在を信じるか信じないか。信じない人よりも信じる人の方が、生き方の知恵というか、苦境を乗り越えるパワーみたいなものを持っている気がするのだ」と述べています。

 

 

また、「死者を身近に感じる文化」として、著者は「沖縄ではいまもなおユタが人々の生活のなかに存在し続けている。それはどうしてなのだろう」と疑問に思い、沖縄のシャーマニズムに詳しい跡見学園女子大学の塩月亮子教授を訪ねます。著者の質問を受けた塩月教授は、「決定的な要因を1つだけ挙げるのは難しいですね。ただ、沖縄は日本で唯一、地上戦が行われた地です。終戦から70年以上が経った現在でも、少し地面を掘れば戦没者の遺骨や艦砲射撃の跡が出てくる場所があります。沖縄には、県民の4人に1人が亡くなるほどの凄惨な歴史がある。その意味でも、亡くなった人の供養はもちろん、生き残った人の心のケアも含めて、沖縄にはノロやユタと呼ばれるシャーマンが必要だったと言えるはずです」と語ります。聞くだけで心が痛む話ですが、説得力がありますね。



著者が「ユタに口寄せを頼む人は、どんな問題を抱えているのか」という質問に対し、塩月教授は「さすがに長寿で大往生という場合には、いまは口寄せを依頼する人は多くないはずです。頼む人は、たとえば何らかの原因で若くして亡くなった方や、突然亡くなった方などのご遺族が多いですね。遺された家族は、『まだ心の準備ができていなかった』『何か言い残したことがあるんじゃないか』などと考えがちです。あるいは『自分が死んでいることに気がついていないのではないか』『だとしたら、気づかせてあげなければ』と考える人もいるようです」と答えます。



そうして口寄せをお願いするわけですが、塩月教授によれば、それらの背景には、“魂は死んでもなお続いている”という考えがあるのではないかといいます。著者は、「急逝してしまった人に対して『自分が死んでいることに気がついていないのではないか』と心配してあげるなんて、とんでもなく優しい思いやりだと僕は思う。と同時に、遺された人々は“心配する”という形で死者とコミュニケーションを図り、ユタに口寄せをしてもらうことで、しだいに生きていく力を得ているのではないだろうか。だとすれば、それは立派な“生き方の知恵”のようにも思える」と述べます。

 

塩月教授によれば、あるユタのもとには、自殺願望がある人がたくさん訪ねてくるといいます。そのユタは、相談者の意思を否定せず、いつも「じゃあ、死んでみなさい」と言うそうです。しかし、話はそれでは終わりません。そのユタは続けて、「だけど、あなたは死ぬ前に生前葬をやるべきです。そこまで自殺の覚悟を決めているなら、お世話になった人たちにしっかりとお別れをした方が良いと思います。それと、霊魂は不滅だから、死んでもホッとするどころか、魂の苦しみは続きますよ。それでもいいなら、どうぞお好きにしなさい」と言うのだとか。わたしも、このユタの発言には大賛成です!

 

「生」と「死」を媒介するシャーマニズムが再び注目を集めていますが、塩月教授は「キーワードは“つながり”だと思います。たとえば、インターネットの普及や機械化によって、人々はかつてほど他者と直接的に接触はしなくなりました。もちろんそれには楽な面もありますが、やっぱりどこかで心は寂しさを感じているのです。科学的な思考や合理性、あるいは利便性だけでは割り切れない何かを、いまの人々は切実に感じているように思います。そんな人々が“つながり”を求めるのです。他者との“つながり”はもちろん、自分の先祖や死者とも“つながり”たいと思うようになってきている。それがシャーマニズムの再興を手助けしているのではないでしょうか」と語るのでした。



この塩月教授の話を聞いた著者は、「もしかすると、ひとたび魂の存在を信じるならば、科学的な思考では峻別される『生』と『死』が、緩やかにつながるのかもしれない。そんなことを考えさせられた」と述べます。また、沖縄には「マブイグミ」という儀式があることを紹介します。この「マブイグミ」について、塩月教授は「沖縄では、1人の人間には7つの魂が備わっており、驚いたりすると、そのうちの何個かが落ちてしまうと考えられているんです。それを儀礼によって再び身体のなかに込めてあげることを、マブイグミと呼んでいます」と説明します。著者は、「なんだか、とても長閑で温かな儀礼だと感じた」とか。

 

「『生』と『死』の間にあるもの」では、スピリチュアル・ペインについて、著者はこう述べています。
「スピリチュアル・ペインは、何も『死』に直面している時にだけ感じるのではない。この社会を生きる上で、自分の拠り所になる生き方、あるいは友人や家族など、他者との関係がなく孤独を感じている時に、人は魂の痛みを感じるのだ。僕は緩和ケア病棟で回診するとき、スピリチュアル・ペインを感じているだろう患者には、この他者との関係を考えるようにしてきた。家族のなかでこの人を理解している人が、誰か1人だけでもいないだろうか。この人を支えてくれた人、あるいはこの人が支えた人でもいい。そんな人が現れると、自分の人生の意味が見えてくる。生きる活力が湧いてくるのだ」

 

また、著者は「僕たちはどこかでつながっていないと生きていけない生き物だ。だからこそ、ビヨンド・コロナでは、僕たちは離れてつながっていくことをいままで以上に意識しなければならない。フィジカル・ディスタンスをとりながらも、『ソーシャル・コネクティング(社会的につながる)』が大切なのだ。そのつながりのなかにクッションのようなものがあったら、よりつながりやすくなる。人によってはそれを魂というのかもしれない。僕はまだまだこの魂の存在について悩み続けている。いま僕たちは複雑な時代を生きている。いまほど、つながることの大切さを意識せざるを得ない時はない」と述べるのですが、まったく同感です。「クッション」という表現も見事だと思います。

 

呼び覚まされる 霊性の震災学

呼び覚まされる 霊性の震災学

  • 発売日: 2016/01/31
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

「被災地の‟幽霊”が教えてくれたこと」では、ブログ『呼び覚まされる 霊性の震災学』で紹介した東北学院大学の金菱清教授が登場します。大学のゼミで霊体験を正面から扱ったことで話題を呼んだ人ですが、著者は「幽霊や夢といったクッションがあるからこそ、遺された人々には故人に対して『さようなら』や『ありがとう』を言うチャンスがあるのかもしれない」と述べます。幽霊について、金菱教授はこんなことも教えてくれたそうです。
能楽と歌舞伎では、幽霊のイメージがまったく異なるんです。歌舞伎の幽霊は、四谷怪談のお岩さんや、色彩間苅豆などの累物に代表されるように呪い系です。これは大衆受けします。その一方で、能楽の幽霊はブツブツつぶやいているだけで、全然怖くありません。それはなぜかと思って調べてみると、能楽パトロンが武士だったからなんだそうです。武士は人を殺めるので、呪われたら困る。だから作者がパトロン向けに怖くない幽霊を採用したそうなんです」

 

震災と行方不明―曖昧な喪失と受容の物語

震災と行方不明―曖昧な喪失と受容の物語

  • 発売日: 2020/03/11
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

金菱教授は、2020年3月に『震災と行方不明――曖昧な喪失と受容の物語』(新曜社)を出版しました。この本では、大切な誰かが未だに行方不明のままの人々の、どうしようもできない悲痛な思いに迫っているそうで、金菱教授は「行方不明の場合、遺体がないために、どこからが『死』なのかという定点を見出せません。なので、死亡届をいつ出せば良いのか、葬式はいつ挙げれば良いのかといった問題が生じます。私たちの社会における一般的な葬式は、基本的には遺体の腐敗が始まる前に行われます。しかし、行方不明の場合には、そうした指標がまったくない。いつ葬式をやるかは、遺された人がゼロから考えなければならないのです。その時に決め手になるのは、自分自身が納得しているかどうかだけなのです。大切な人が行方不明のままの人々は、『死』の定点が定まっていないために、いわば“緩やかな死”を経験せざるを得ないのです」と語っています。

 

金菱教授によると、同じ津波被災地でも幽霊が出る地域と、出ない地域があるのだとか。同じ宮城県でも石巻市には出ますが、気仙沼市の唐桑という地域には出ないそうです。その違いは、いったいどこにあるのか。金菱教授は、「石巻市以南にとって、東日本大震災による津波は、まさに1000年ぶりの大災害でした。また、同市は、県内では仙台市に次ぐ都市と言われていますが、意外とムラ社会を残しているんです。幽霊現象というのは、人伝に伝播しやすいので、石巻市ムラ社会が残っていたことは、大きな要因だと思います。他方、唐桑は30年に一度くらいの頻度で津波の被害に遭っている地域です。また、ここは昔から遠洋漁業が盛んな地域でした」と言います。

 

遠洋漁業ではしばしば船が座礁し、行方不明者が出ます。行方不明者が出た場合、普通は家族がその後の対応を担いますが、この地域は違うとして、金菱教授は「たとえば、船長などの漁業界で責任ある立場の人が『もう死んだことにしましょう』と判断する。それに対して、家族をはじめとした周囲も『ボスが言うんだから』と受け入れるのです。つまり、唐桑には津波や海の事故によって人が亡くなったり、行方不明者が出たりした際に働く、社会的装置があるわけです。だから対処できる。そんな地域では幽霊は出ようがないんです」と語ります。非常に興味深い内容ですね。

 

東北学院大学の学生を対象に、「心停止や脳死、火葬、納骨などの過程の中で、どこからが『死』だと思うか」というアンケートを実施したそうです。金菱教授は、「調査を企画した時点では、心停止や脳死が圧倒的に多いだろうと予測していたのですが、蓋を開けてみると結果は意外なものだったんです。なんと、心停止や脳死と答えたのは、それぞれわずか7%ほど。それ以外の85%以上が、火葬をされて初めて『死』を迎えると考えていたのです。これには驚きました。つまり大半の学生が、呼吸が止まり、心臓が止まったら『生』が終わるとは考えていない。この結果は、幽霊や夢といった霊性を支えるものとつながっているだろうと私は考えています」と語っています。これまた非常に興味深い内容です。早速、わたしは『震災と行方不明――曖昧な喪失と受容の物語』をアマゾンで注文しました。

 

がんばらない (集英社文庫)

がんばらない (集英社文庫)

 

 

いまから20年前の2000年、著者は『がんばらない』という本を書きました。その本には、人間が生きていく上で大切なつながりが3つあると書かれています。すなわち、「人と人のつながり」「人と自然のつながり」、そして「心と身体のつながり」の3つです。このうちのどれか1つでも絶たれた時に、人は生きづらさを感じる。当時の著者はそう考えていたそうです。ところが現在では、もう1つ大切なつながりがあると感じているといいます。それは「生と死のつながり」です。著者は、「ここがつながっていないと、どうも生きづらいような気がする。しかし、現代の人々は『死』を忌み嫌い、なるべく『生』から遠ざけてきた」と述べています。



金菱教授は、「東日本大震災の際、被災地以外の多くの日本人は、まったく遺体を目にしていません。震災に限らず、いまの日本は徹底的に『死』を排除することで、『生』を成り立たせている気がします。それはどこか異常な感じがしますね」と語ります。著者も、「被災地の人々が見る幽霊や夢は、僕たちに『生』と『死』がつながっていることを教えてくれているのではないだろうか。『死』は怖くもなければ、忌み嫌うものでもないのだ」と述べるのでした。

 

本書の最後にある「自己決定する『ニューノーマル』が始まった」では、近年、医療の分野を中心に使われていたQOL(Quality Of Life=生活や人生の質)という言葉が、世間一般にも浸透するようになったことが指摘されます。ただ命を長らえるのではなく、心身が満たされた豊かな人生を目指す、といった文脈でよく語られています。ところが、最近の国際社会では、QOD(Quality Of Death)という言葉が注目を集めているそうです。つまり“死の質”です。「死」の準備を整え、人生の総仕上げをすることの大切さが見直されている証左だろうとして、著者は「日本はこのQODのランキングで14位と、先進国のなかでも遅れている。僕は日本の順位を上げるために、『死』の質を豊かにしたいと思っている」と述べています。素晴らしい志ですね!

 

新型コロナウイルスの世界的な感染爆発によって、わたしたちが暮らす世界は、あらゆる面で大きな転換期を迎えました。新型コロナは、さまざまな潜在的な課題を顕在化させたのです。コロナ後の世界は、新しい価値観や仕組みによって、コロナ以前の世界とはまったく別の世界になるはずだとして、著者は「その時に、1人ひとりがきちんと『死』に向き合えるようになっているべきだと僕は考えている。もっと言えば、コロナ後の新たな世界は、もう一度『生』と『死』を捉え直すことから始めるべきなのではないだろうか」と述べます。

 

そして最後に、著者は「『死』をやみくもに恐れる必要はない。遠ざける必要もない。『死』は人生にとって大切な一瞬であり、人生の大事業なのだ」と述べるのでした。本書は全篇を通じて、共感したり、賛同することばかりでした。「老い」に関する著者の本は何冊か読みましたが、「死」に関する本書はずっと素晴らしい名著でした。日野原重明先生にはとうとうお会いできなかったわたしですが、著者にはぜひお会いしたいと願っています。そして、グリーフケアについて意見交換をさせていただきたいと思います。

 

コロナ時代を生きるヒント

コロナ時代を生きるヒント

  • 作者:鎌田 實
  • 発売日: 2020/07/04
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

2020年10月18日 一条真也

「浅田家!」

一条真也です。
わが社の新しいシネアド(前川清バージョン!)のチェックをかねて、小倉のシネコンを回りました。最後に、日本映画「浅田家!」を観ました。16日から「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」という話題作が公開で、シネコンには多くの人が訪れていました。「浅田家!」は全10シアター中で9番目の大きさの劇場でしたが、観客はまずまず入っていました。ネットでは高評価ですが、なかなか見応えがありました。



ヤフー映画の「解説」には、「第34回木村伊兵衛写真賞を受賞した浅田政志の著書『浅田家』『アルバムのチカラ』を原案にした人間ドラマ。家族写真を撮りながら成長していく主人公の姿を描く。監督を『湯を沸かすほどの熱い愛』などの中野量太が務め、脚本は『乱反射』などの菅野友恵と中野監督が共同で担当。主人公を『母と暮せば』などの二宮和也、その兄を『悪人』などの妻夫木聡が演じる」とあります。

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ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「家族を被写体にした卒業制作が高評価を得た浅田政志(二宮和也)は、専門学校卒業後、さまざまな状況を設定して両親、兄と共にコスプレした姿を収めた家族写真を撮影した写真集『浅田家』を出版し、脚光を浴びる。やがてプロの写真家として歩み始めるが、写真を撮ることの意味を模索するうちに撮れなくなってしまう。そんなとき、東日本大震災が発生する」



ジャニーズのアイドルが主演する映画というと偏見もありますが、二宮和也なら役者としても定評があります。ブログ「母と暮せば」ブログ「ラストレシピ~麒麟の舌の記憶」ブログ「検察側の罪人」で紹介した映画などでも良い演技を披露していました。「検察側の罪人」で共演した木村拓哉、元SMAPでいえば ブログ「凪待ち」で紹介した映画の香取慎吾ブログ「ミッドナイトスワン」で紹介した映画の草彅剛、他にも ブログ「永遠の0」で紹介した映画で映画賞を総ナメにしたV6の岡田准一など、ジャニーズ・アイドル出身でも名俳優はたくさんいます。



二宮和也が演じた写真家の浅田政志は、1979年、三重県津市出身です。三重県立津工業高等学校卒業後、日本写真映像専門学校に入学し大阪に住みました。同校卒業後は東京を中心に各地で活動を展開しています。家族写真をテーマとしており、代表作「浅田家」では、実際の自身の家族を被写体にして、ラーメン屋や消防団、極道などフィクションの設定での家族写真を撮影しました。ちょっと力が入り過ぎているというか、コテコテで、わたしは浅田家の家族写真は苦手ですが、アイデア自体は面白いと思います。また、浅田家以外の家族を撮影するときの政志のアイデアは素晴らしいと思いました。わたしも写真スタジオの会社を経営しているので、勉強になりました。

のこされた あなたへ』(佼成出版社

 

この映画、前半はコミカルな展開がテンポよく進むのに比べ、後半の東日本大震災後の被災地のシーンの進み具合はゆっくりです。ちょっと間延びする感さえありますが、地震津波のシーンを直接描かず、震災からしばらく経ってからの被災地の風景を描いているところは好感が持てました。わたしも2011年の夏に東北の被災地を訪れ、『のこされた あなたへ』(佼成出版社)を書きましたが、わたしが訪れたときの被災地の風景と同じ印象でした。あのときの巨大な悲嘆を思い出しました。



被災地では、さまざまなボランティアの方々が活動されていましたが、この映画には津波で汚された写真を復元して持ち主に返却するボランティア活動が描かれています。ボランティアの青年を演じた菅田将暉も良かったですが、実際にこの気の遠くなるような作業を我慢強く続けられた方々には、心より敬意を表したいと思います。実際は8万枚以上の写真を復元して、持ち主の元に帰ったのは約6万枚だそうです。失くしたはずの家族の写真を見つけた人々の喜びは、いかばかりだったか。映画では、娘の葬儀を出したいのに遺影が存在せず、途方に暮れている父親が登場しますが、その姿を涙なくしては見れませんでした。政志の思いつきで卒アル(卒業アルバム)に亡き娘の姿を発見し、むせび泣く父親の姿を見て、また涙。わたしにも娘がいますので、このシーンはたまりません。



3・11をはじめとした津波のとき、多くの人は家族写真が貼られたアルバムを持って逃げたといいます。津波からしばらく時間が経過して、被災者の多くは家族写真の復元を希望するそうです。それは、家族写真こそが「家族」という実体のあやふやなものに形を与え、「見える化」してくれるからにほかなりません。逆に言えば、家族写真がなければ、「家族」というものの存在に確信が持てないのではないでしょうか。わたしは家族写真というのは「家族の見える化」であると思いました。ヘーゲルは「家族とは弔う者である」と述べましたが、それに加えて、わたしは「家族とは一緒に写真に写る者である」と言いたいです。



40年以上にわたって富士フィルムの年賀状CMに出演し続けた故樹木希林は、「写真は家族の形を整える」「写真は家族の記憶をとどめるもの」「写真がなかったら、うちの家族って何だったのっていうようなもんですよ」との名言を残しています。つまり、家族写真とは、初宮参り、七五三、成人式、結婚式、長寿祝い、葬儀、法事法要といった冠婚葬祭と同じ役割や機能があります。結局、家族写真も冠婚葬祭も「かたち」です。「ころころ」が語源との説のある人間の「こころ」は不安定ですが、家族という「こころ」の集合体はもっと不安定です。だから、写真や儀式といった「かたち」で安定させる必要があるのでしょう。



冠婚葬祭といえば、映画「浅田家!」のオープニングとエンディングには葬儀のシーンが登場します。「葬儀に始まり、葬儀に終わる家族映画の王道」かと思ったら、最後につまらない小細工をしていました。このラストは、わたしにとっては大いなる減点です。どうして、こんなつまらないオチにするのでしょうか。ドリフの葬式コントじゃあるまいし、本当に信じられないぐらい下らない演出でした。せっかく、それまで感動の連続だったのにガッカリです!


同じ中野監督の作品であるブログ「湯を沸かすほどの熱い愛」で紹介した映画も感動の傑作になりかけたのに、ラストでつまらない小細工をしてガッカリでした。というか、グロかった! どうも、この監督は普通の終わり方をするのを良しとしない主義らしいですね。でも、正直言って、両作品のラストとも大いにスベっていると思います。ネタバレにならないように注意しながら書くと、やはり人間の「死」や「葬」は変化球を投げずに、きちんと直球で描いてほしかった!

 

2020年10月17日 一条真也