一条真也です。11月3日は「文化の日」ですね。
ところで、文化とは何でしょうか? 「日本文化」の代表的なものに茶道があります。昨年の9月20日に逝去した父の佐久間進が小笠原家茶道古流の会長を務めていた関係で、わたしも少しだけ茶道をたしなみます。茶道といえば、茶器が大切ですね。茶器とは、何よりも「かたち」そのものです。

茶道といえば、茶器が大切!
その「かたち」には別名があります。「儀式」です。茶道とはまさに儀式文化であり、「かたち」の文化です。「こころ」という言葉の語源は「ころころ」だという説があります。「こころ」が動揺していて矛盾を抱えているとき、この「こころ」に儀式のようなきちんとまとまった「かたち」を与えないと、人間の内部にはいつまでたっても不安や執着が残るのです。 人間の「こころ」は、どこの国でも、いつの時代でも不安定です。だから、冠婚葬祭、年中行事、そして祭り安定するための「かたち」すなわち儀式が必要です。

日本人の「こころ」の「かたち」を知る
そこで大切なことは先に「かたち」があって、そこに後から「こころ」が入るということ。逆ではダメです。「かたち」があるから、そこに「こころ」が収まるのです。
人間の「こころ」が不安に揺れ動く時とはいつかを考えてみると、子供が生まれたとき、子どもが成長するとき、子どもが大人になるとき、結婚するとき、老いてゆくとき、そして死ぬとき、愛する人を亡くすときなどがあります。それらの不安を安定させるために、初宮祝、七五三、成人式、長寿祝い、葬儀といった一連の人生儀礼があるのです。
わたしは、2024年8月に一般財団法人 冠婚葬祭文化振興財団の理事長に就任しました。その記念に『冠婚葬祭文化論』(産経新聞出版)を本名で書きました。「冠婚葬祭文化」といいますが、冠婚葬祭は文化そのもの。日本には、茶の湯・生け花・能・歌舞伎・相撲・武道といった、さまざまな伝統文化があります。そして、それらの伝統文化の根幹にはいずれも「儀式」というものが厳然として存在します。たとえば、武道は「礼に始まり、礼に終わる」ものです。すなわち、儀式なくして文化はありえません。その意味において、儀式とは「文化の核」と言えます。
そして、「冠婚葬祭は日本文化の集大成」です。茶道・華道・香道といえば日本文化を代表する「三大芸道」ですが、仏式葬儀の中には、お茶・お花・お香もすべて含まれています。さらに、わたしは、冠婚葬祭業を単なる「サービス業」から「ケア業」への進化を提唱してきましたが、さらには「文化産業」としてとらえる必要があることを訴えています。自動車産業をはじめ、産業界には巨大な業界が多いです。その中で冠婚葬祭業の存在感は小さいです。サービス業に限定しても、大きくないです。


日本郵政も、電通も、リクルートも、楽天も、セコムも、パソナも、オリエンタルランドも、リゾートトラストも、すべてサービス業に属します。冠婚市場は約2兆円、葬祭市場は約1兆7000億円、互助会市場は約8000億円とされていますが、サービス業と同じ第三次産業である卸売業・小売業の約540兆円に敵わないことは言うに及ばず、情報通信業の約83兆円、運輸業・郵便業の約71兆円とも比較にもなりません。「サービス業」としてとらえると小さな存在にすぎない冠婚葬祭業ですが、「文化産業」としてとらえると一気に存在感が大きくなります。

日本伝統文化の市場規模を見ると、茶道が約840億円です。授業料・会費・着付け・交際費・交通費など茶道に関するすべての消費を含むと約1639億円。他の伝統文化の市場規模は、華道が約332億円、書道が約399億円、歌舞伎が約30億円(歌舞伎座の売上)、大相撲が約100億円(日本相撲協会の売上)となっています。冠婚葬祭という日本の伝統文化を継承する文化産業として冠婚葬祭業をとらえれば、一転して最大の存在となるのです。
わたしは、「儀式なくして人生なし」であると考えています。そして、「文化の核」である冠婚葬祭を継承し続けている冠婚葬祭業者は、日本人の「こころ」を守る「かたち」を守っていると考えます。冠婚葬祭業という「礼業」に従事する人々は、「文化の防人」なのです。ブログ『文化防衛論』で紹介した名著を書いた作家・三島由紀夫は、「文化を守る営為は文化そのものでもある」と喝破しました。冠婚葬祭業者という「文化の防人」としてこの営みに参画できることを、わたしは心の底から誇りに思います。
十四代代・今泉今右衛門先生と
日本文化の本質を探る上で「こころ」と「かたち」について考えることは不可欠です。「かたち」の文化といえば、冠婚葬祭だけでなく、工芸などもそうです。工芸界の第一人者に、史上最年少で「人間国宝」になられた十四代・今泉今右衛門先生がおられます。このたび、今右衛門先生と小生との対談が決定いたしました。来年、産経新聞出版より刊行される予定です。テーマは、もちろん「こころ」と「かたち」です。今右衛門先生とわたしは同い年ですが、その人間性と芸術性の素晴らしさを心から尊敬しています。日本文化の本質について大いに語り合うのが楽しみです!

2025年11月3日 一条真也拝
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