
一条真也です。
わたしはこれまで多くの言葉を世に送り出してきましたが、この際もう一度おさらいして、その意味を定義したいと思います。今回は「冠婚葬祭は日本文化の集大成」です。これは、2024年9月20日に逝去した父・佐久間進が生前語っていたことであり、拙著『冠婚葬祭文化論』(産経新聞出版)のメッセージでもあります。同書の帯のキャッチコピーにも使われています。
わたしは、2024年8月に一般財団法人 冠婚葬祭文化振興財団の理事長に就任しました。「冠婚葬祭文化」といいますが、冠婚葬祭は文化そのもの。日本には、茶の湯・生け花・能・歌舞伎・相撲・武道といった、さまざまな伝統文化があります。そして、それらの伝統文化の根幹にはいずれも「儀式」というものが厳然として存在します。たとえば、武道は「礼に始まり、礼に終わる」ものです。すなわち、儀式なくして文化はありえません。その意味において、儀式とは「文化の核」と言えます。そして、冠婚葬祭は「日本文化の集大成」です。茶道・華道・香道といえば日本文化を代表する「三大芸道」ですが、仏式葬儀の中には、お茶・お花・お香もすべて含まれています。

「日本文化の集大成」としての冠婚葬祭を見た場合、まず食文化があります。ハレの席に不可欠なものに食事があり、現代でも冠婚葬祭の諸行事のほとんどには会食が伴います。このような場合の食事として提供されるのは、正月のおせち料理など、和食をはじめとした伝統的な料理である場合も多いです。この中には、葬儀の際の通夜振る舞い・御斎・精進落としなどのように、ただ伝統的な手順で作られるのみならず、提供される品目に条件が定められているものも少なからずあります。つまり、冠婚葬祭は食文化を現代に伝えているものであると理解できます。冠婚葬祭において、今日では食事は「家族」が集まり特別な共食の場が設けられますが、食事が人と人をむすびつけるとする共食文化の理論がここには息づいています。
食文化の次には、服装文化があります。今日の七五三を行う上で盛装することはかなり大きなウェイトを持っています。この場合、男女問わず和装を選択することは現代でも多く、成人式の振り袖や結婚式の白無垢や色打掛など、冠婚葬祭は日本人が人生の中で伝統的な服装である和服(着物)を身につける数少ない機会となっています。この他にも、初宮の産着や還暦に際しての赤い「ちゃんちゃんこ」に代表される長寿祝にあたっての衣裳、社寺の祭事における装束、葬儀の際の死装束といった特殊な服装に至るまで、冠婚葬祭と和装は不可分な関係です。
今や和服をほとんど身につけない日本人にとって、冠婚葬祭はこれを着る限られた機会であり、着物をはじめとした和服にまつわる文化の大部分は冠婚葬祭に内包されていますし、今日ではここに依拠しているといって過言ではありません。また、身体の装飾も挙げられます。葬送儀礼にあたっての片化粧に代表されるように、ハレの場においてケと異なる、その場にふさわしい装飾を身体に施すことは現代でも行われています。服装に関するものもその一例でしょう。化粧はこの最もわかりやすい事例であり、先の片化粧のほか、お稚児行列や地域の祭礼における化粧(鼻筋に白粉を塗るなど)といったものを施すことがあり、冠婚葬祭と化粧は不可分な関係です。
その他にも、「歌」の文化があります。最近は少なくなりましたが、結婚式で歌いもの(日本の伝統的な声楽のなかで地歌・長唄・端唄など)や民謡・郷土歌などの伝統的な歌謡が行われることがあります。他方、葬儀においても神葬祭での誄歌・追慕歌や仏式葬儀での御詠歌など、冠婚葬祭は現代の歌謡曲でない古典的な「歌」に触れる場です。『万葉集』の挽歌に代表されるように、故人に歌を捧げることは古来行われており、現代でも先祖祭祀や故人・先人を偲ぶために献詠歌・献詠句が行われています。これらから冠婚葬祭は、歌の文化とも密接に関係し、これを趣味以外の実用的なものとして現代に継承する装置であるといえるでしょう。
「書」の文化もあります。パソコンなどを用いて容易に文字が印刷できるようになった現代にあって、冠婚葬祭、殊に結婚式や通過儀礼、あるいは葬儀の際に用意する祝儀・不祝儀袋の表書きは毛筆で手書きされることも珍しくありません。この点を踏まえれば、冠婚葬祭は書道の文化を保全すると同時にこれを内包しているといえます。さらに「写真」の文化があります。七五三や結婚式を写真のみで済ませる事例があるなど、現代の冠婚葬祭と写真は不可分です。写真はわが国において文化としての歴史が決して深くはありませんが、近年になって冠婚葬祭が取り込んだ文化の代表例であり、成立した時代を問わず冠婚葬祭が他の文化を包摂しうることを示しています。

以上、今日の冠婚葬祭が内包している日本文化の諸要素について簡単に見てきましたが、もちろんこれら以外にも冠婚葬祭とそれを構成する要素は日本に存在する多くの文化と密接に関連しています。ここに挙げる事例だけを見ても、冠婚葬祭が様々な文化と密接に関連し、あるいはそれを保全する役割を担っているとがわかります。こうした現状はまさに「文化の集大成」であり、冠婚葬祭の存在なくして日本の伝統文化はもちろん、近代になって生まれたものも含めた諸文化を論じることが困難であるとすらいえます。こうした事実から、冠婚葬祭が持つ文化の集大成としての意義は極めて大きいといえるでしょう。
2025年1月5日 一条真也拝
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