礼経一致

一条真也です。
9月20日の朝、かねてより病気療養中だった父・佐久間進が満88歳で旅立ちました。最後は、家族に見守られながら、堂々と人生を卒業していきました。

『佐久間進のすべて』より

 

父の肉体は死を迎えましたが、父は生前に多くの言葉を遺してくれました。今回は、「礼経一致――最高の満足 最高の利益」を紹介いたします。父は、昭和10年(1935年)生まれ。北九州市で祖父(父の義父)の経営するホテルを補佐するかたわら、儀礼文化の事業化に取り組み、昭和41年(1966年)、北九州市冠婚葬祭互助会(現在のサンレー)を設立。昭和48年(1973年)、38歳の若さで社団法人・全日本冠婚葬祭互助協会(現在は一般社団法人)の初代会長に就任し、業界の発展に尽力しました。サンレーグループの経営のみならず、日本観光旅館連盟会長、日本儀礼文化協会会長、実践礼道小笠原流宗家、宗教法人世界平和パゴダ代表役員をはじめ、さまざまな公益事業にも積極的に取り組んできました。

若き日の志が書かれた『礼を売る男』(1982年)

 

父は、サンレー(旧社名:北九州市冠婚葬祭互助会)を設立するにあたり、社業の核となる「冠婚葬祭」とは何かを真摯に自問自答し続けました。戦後、経済的余裕がまったくなかった状況で誕生した「冠婚葬祭互助会」は、新生活運動の一環でもあり、いわば時代の要請でした。しかし、父は、経済的側面以上に「冠婚葬祭」を事業として取り組む使命が必要ではないかと問い続けたのでした。

『婚礼の心 葬祭の心』(1977年)

奇しくも、父には小笠原流礼法との出逢いがありました。第32代当主・小笠原忠統公から直伝いただくという僥倖に恵まれ、礼儀作法を通じて品格を高めることが、人々が安心して、平和に、幸せに過ごすために如何に有益か、身をもって体感していたのです。

禮宗として上梓した『思いやりの作法』(1999年)

 

この小笠原流礼法の基本は「慎み、敬い、思いやり」の心。親は子供が大きくなれば「七五三」「成人式」「結婚式」をしてあげたいという気持ち(親心)になる。子供にも両親、祖父母を安心して送ってあげたいという気持ち(子心)がある。祝ってあげたい、安心して送ってあげたいという「思いやり」の心を形にしたものこそ、「冠婚葬祭」だと父は気づいたのです。そして、自ら「佐久間禮宗」と名乗って、実践礼道・小笠原流を立ち上げました。


社内訓示などをまとめた『佐久間塾』(2011年)

 

「思いやり」の心を形にしたものが「冠婚葬祭」であるならば、「礼」を尽くして心のこもったサービス、おもてなしをしなければならない。お客様にご満足していただくことを自分たちの誇り、喜びとしていける事業にしようと佐久間会長は決意しました。お客様へ「最高の満足」を提供することで、その結果として、お客様からご褒美として「最適な利益」がいただける。ここで肝要なことは「利益」については「最高」ではなく「最適」と考えていることです。利益を追うのではなく、利益は後からついてくるという思想。ここにこそ、「礼」を重んじる父の真摯な姿勢が如実に表れていると言えます。

 

 

また、世界最高の経営学者であるピーター・ドラッカーの「利益とは目的ではない」「利益とは未来資産」という考え方にも通じます。さらには、日本資本主義の父である渋沢栄一が唱えた「論語と算盤」という言葉に通じます。この考えをサンレーの基本理念にしていくため、父は「礼経一致」というわかりやすいスローガンを掲げたのでした。「顧客満足」という言葉が普及していなかった当時、父はYMCAホテル専門学校時代に学んだ「ホスピタリティ」という言葉も使いながら、礼を尽くした誠心誠意のサービスを通して「お客様に信頼され、愛され、親しまれ、感謝される」ことを目指して起業したのです。それから、まもなく58年が経過しようとしています。

 

2024年9月24日 一条真也