一条真也です。
たった一字に深い意味を秘めている文字は、世界でも漢字だけです。そこには、人のこころを豊かにする言霊が宿っています。その意味を知れば、さらに、こころは豊かになるでしょう。今回の「こころの一字」は、「会」です。



わが社は接客サービス業ですが、お客様と接する瞬間の重要性を社員に説くとき、「一期一会」という言葉をよく使います。一期一会とはもともと、茶人としても知られた井伊直弼が好んで行なった茶道の心得です。すなわち、一生涯にただ一度会うことかも知れぬという心情で、風炉の前に主客端座する。そのとき、今生においてこれ限りかも知れぬ、人命というものは朝露の如きものです。



朝会って、夕べは計ることができません。ここで会えばまた会うことは人間として必ずしも期することができないのです。そこで、今生にこれを限りと思う気持ちになります。そこで茶を点てると、人間はふざけた心、雑念というものをことごとく落として、真心が表われます。そして、その真心を重んじたのが「一期一会」の精神なのです。

 

 

わたしの父である、サンレーグループ佐久間進名誉会長は、小笠原家古流という茶道の師範でもありますが、一期一会の精神を接客の精神として何よりも重視し、「一球入魂」を、もじって、「一客入魂」の言葉を常にサービスの現場スタッフに向かって吐いてきました。

 

 

さて、一期一会の思想は、最近になって形を変え、サービス・マネジメントの世界に登場しました。「真実の瞬間」です。これは、自社のサービス品質が、お客様に評価される決定的瞬間のこと。1985年、ヤン・カールセンという人物が、赤字の続くスカンジナビア航空(SAS)の建て直しに社長として入ったとき、サービスの向上がなければ生き残れないことを感じた。そして、すべての従業員に「真実の瞬間」という言葉を説きました。きっかけは、彼がSASで機内食のサービスを受けたとき、汚れた皿が1枚あるのを見つけたことでした。彼は汚れた皿を見ているうちにいやな気分になり、「この飛行機はエンジンの整備もいいかげんではないのか」と思い、そこから「もしかすると、この飛行機は墜落するのでは」と非常に不安な気分になったのです。



予約電話を取ったとき、チケットカウンターで発券する際、廊下ですれ違ったとき、食事を出した時などなど、一日5万回以上も、お客様と航空会社の誰かが接触する瞬間、すなわち真実の瞬間があるといいます。そのとき、その会社のサービス品質がお客様に伝わり、瞬時に評価される決定的な瞬間なのです。たとえ1回でもさえない瞬間があれば、サービスの評価はさえないものとなり、お客様を失うことにさえなります。顧客満足とは、1回1回の真実の瞬間の積み重ねの結果です。ミスは許されません。真実の瞬間の公式は、100−1=0、決して99ではないのです。だからこそ、接客サービスという仕事は、一期一会の茶道にも通じるほど奥が深く、真にプロフェッショナルな仕事なのです。なお、「会」については、『龍馬とカエサル』(三五館)に詳しく書きました。

 

 

2024年3月21日  一条真也