一条真也です。22日、NETFLIXのドキュメンタリー映画「アメリカン・マーダー: 一家殺害事件の実録」を観ました。2018年、米コロラド州で母親と娘2人が殺害された事件を題材にしたドキュメンタリーです。監督は、ジェニー・ポップルウェル。2020年の作品ですが、当時は世界視聴ランキング1位になっています。
殺害されたのは34歳の母親と、3歳と4歳の娘の計3人。母親は妊娠中で、すでに15週目だったので、被害者は4人と言ってもいいでしょう。母親は深夜友人に自宅まで送ってもらったところまでは足取りがつかめていましたが、それ以降は娘たちとともに行方がわからなくなり、後に遺体で発見。母親は地面に埋められ、2人の幼い娘は近くの石油タンクの中に沈められているという無残な状況でした。

このドキュメンタリー映画をまだ観ていない人のために、映画で明かされた真犯人については書きません。フリージャーナリストの佐々木尚高氏は、映画.comの連載コラム「ドキュメンタリーの時代」の第87回「アメリカン・マーダー:一家殺害事件の実録」で、本作が実に21世紀的な構成で制作されている、きわめて稀有な作品だと評しています。1時間23分の全編にわたって、使われている映像はなんとほとんどが「借り物」です。フェイスブックに被害者が投稿した動画、警察官のボディカメラで撮影された現場の映像、テレビのニュース、友人たちとのメッセンジャーでのやりとり。さらには驚くべきことに、警察署で容疑者を取り調べている映像まで登場してきます。
わたしが、このドキュメンタリー映画の存在を知ったのは、稲田豊史氏の著書『このドキュメンタリーはフィクションです』(光文社)を読んだからです。ドキュメンタリー映画の本質を追求する同書の冒頭にこの映画が紹介されるのですが、著者の稲田氏は、ミステリー作家・翻訳家の仁賀克雄がミステリーの要件として挙げた「発端の不可思議性」「中途のサスペンス」「結末の意外性」の3つを紹介し、「アメリカン・マーダー: 一家殺害事件の実録」はその3つを完全に満たしていると述べています。
まず、「発端の不可思議性」。2018年8月13日、コロラド州の郊外、作り物のごとき典型的なニュータウンの一角で事件は起きました。34歳の母親シャナンと幼い娘2人が行方不明になったのです。シャナンに連絡がつかないことを不審に思った彼女の友人女性が、警察に通報して発覚。駆けつけた夫のクリスにも心当たりがなく、自宅には何の痕跡もありません。並行して、シャナンが過去にFacebookへ投稿した写真や動画が紹介され、幸せな家庭生活を送っていたことが示される。シャナンに一体何が起こったのか?
次に「中途のサスペンス」。隣人による「クリスがソワソワしていて様子がおかしい」という発言を機に、シャナンとクリスの夫婦生活がうまくいっていなかったことが、少しずつ明らかになっていきます。シャナンと子供たちは行方不明になる直前、彼女の両親が住む実家に帰省していました。シャナンがクリスの両親と折り合いが悪いこともここで明らかになります。Facebookによるシャナンの「家庭円満」アピールは嘘だったのでしょうか?
そして「結末の意外性」。警察がさまざまな証拠を挙げ、驚きの真相が明らかになります。と同時に、事件3日前から当日までの状況が、シャナンと友人、あるいはシャナンとクリスとの間で交わされたメッセンジャーのやり取りによって明らかになります。稲田氏は、「事件前夜の状況を終盤で一気に明かす、定番のミステリー構成だ。しかし、それでは終わらない。本作は見事な「二段落ち」をかましてくる。明かされたと思われた『真相』は、本当の『真相』ではなかった。ラスト、あまりに酷い真実が明らかになって終幕。トータル1時間23分、息つく暇もない見事な構成だ」と述べます。
いくら仲が良さそうに見えても、夫婦の真実というのは部外者にはわかりません。わたしはブログ「ゴーン・ガール」で紹介した2014年のアメリカ映画を思い出しました。アメリカの女性作家ギリアン・フリンのベストセラーをベースに、デヴィッド・フィンチャー監督が理想の夫婦が抱える秘密を暴いた作品です。ニック(ベン・アフレック)とエイミー(ロザムンド・パイク)は誰もがうらやむ夫婦のはずでしたが、結婚5周年の記念日に突然エイミーが行方をくらましてしまいます。警察に嫌疑を掛けられ、日々続報を流すため取材を続けるメディアによって、ニックが話す幸せに満ちあふれた結婚生活にほころびが生じていきます。うそをつき理解不能な行動を続けるニックに、次第に世間はエイミー殺害疑惑の目を向けるのでした。
また、「アメリカン・マーダー:一家殺害事件の実録」を観た人の多くは、ブログ「search/サーチ」で紹介した2018年のアメリカ映画を連想しています。「スター・トレック」シリーズなどのジョン・チョーを主演に迎えたサスペンスで、失踪した娘を捜すために彼女のパソコンを操作する父親の姿を描きます。ある日、デビッド(ジョン・チョー)の16歳の娘マーゴットが突然姿を消します。行方不明事件として捜査が行われますが、家出なのか誘拐なのか不明のまま37時間が経過。娘の生存を信じるデビッドは、マーゴットのパソコンでInstagramなどのSNSにログインします。そこで彼が見たのは、自分が知らなかった娘の一面でした。
「search/サーチ」の続編が、 ブログ「search/#サーチ2」で紹介した2023年のアメリカ映画です。旅先で行方不明になった母親を捜すため、デジタルネイティブ世代の娘がSNSなどを駆使して捜索を試みる物語です。ロサンゼルスの女子高生ジューン(ストーム・リード)の母親が、南米コロンビアを旅行中に消息を絶ちます。デジタルネイティブ世代のジューンは、検索サイトやSNSなどを駆使して捜索を試みますが、手掛かりはつかめませんでした。母の失踪はSNSで瞬く間に拡散されて憶測が飛び交い、国境を越えた話題になっていきます。さまざまな情報に翻弄される中、ジューンは真相を追い求めるのでした。
「search/サーチ」シリーズでは、SNSを駆使して真相を突き止めていきますが、「アメリカン・マーダー一家殺害事件の実録」ではFacebookというSNSでの投稿が事件の真相をミスリードする結果となりました。まさにSNSとは諸刃の剣といった要素がありますが、正しく活用すれば、これほど情報の宝庫はないはずです。わたしの知人で、過去の不倫相手がその知人の名前を検索サイトに打ち込んで常にリサーチしている人物がいます。彼は、わたしのブログにけっして写真を掲載せず、フルネームさえ掲載したがりません。「大変だな」と同情しつつも、不倫ぐらいで刃傷沙汰を起こすのは愚の骨頂だとも思います。この「アメリカン・マーダー」シリーズ、なかなかの人気のようで、続編も2作作られています。可能ならば、「ジャパニーズ・マーダー」として日本の殺人事件のドキュメンタリー映画もNETFLIXに作ってほしいですね!
*よろしければ、佐久間庸和ブログもお読み下さい!
https://tenkafurei.hatenablog.com/
2026年2月23日 一条真也拝
