一条真也です。18日の早朝から、松柏園ホテルの神殿で月次祭が行われました。今朝の小倉は曇りで、気温は7度でした。この後、気温は上昇していきました。
ホテルの貴賓室には父の遺影が・・・
松柏園に到着して貴賓室に入ったら、いつものようにデスクの上に父である佐久間進名誉会長の遺影が置かれていました。父は、いつも見守ってくれています。わたしは遺影に向かって「お元気ですか? 今日は、これから月次祭と天道塾ですよ」と話しかけました。
月次祭のようす
厳粛な気分になります!
玉串を受け取りました
山下常務に合わせて柏手を打つ
皇産霊神社の瀬津権宮司によって神事が執り行われました。サンレーを代表して、わたしが玉串奉奠を行いました。会社の発展と社員の健康・幸福、それに能登半島地震の被災者の方々の日常が早く戻ることを祈念しました。
山下常務に合わせて拝礼
神事の最後は一同礼!
この日は、わたしに続いて山下常務が玉串奉奠をしました。山下常務と一緒に参加者たちも二礼二拍手一礼しました。その拝礼は素晴らしく美しいものでした。わが社が「礼の社」であることを実感しました。儀式での拝礼のように「かたち」を合わせると「こころ」が1つになります。神事の後は、恒例の「天道塾」を開講しました。
最初は、もちろん一同礼!
社長講話を行いました
神事後は恒例の「天道塾」です。この日も松柏園のメインバンケット「グランフローラ」で行われました。最初にわたしが登壇し、「みなさん、おはようございます! まだ寒い日が続きますが、どうか、インフルエンザには気をつけて下さい」と言ってから、以下のような話をしました。2月3日には「節分・合同厄除祈願祭」および「合同還暦・厄除け祝い」が行われました。節分は、日本の年中行事を代表する文化です。最近つくづく思うのですが、大相撲や歌舞伎といった日本文化は本当に素晴らしい。でも、力士や歌舞伎役者といった特別な方々だけでなく、わたしたち一般の国民も日本文化を守ることができる。それは、粛々と年中行事や冠婚葬祭を続けていくことです。文化とは、日々の営みの中にあるものではないでしょうか。
『こども冠婚葬祭』の刊行を報告
このたび、わたしは『こども冠婚葬祭』を昭文社から刊行しました。ある意味で、わたしが一番書きたかった本です。「親子で学ぶ日本の伝統行事と儀式の作法」というサブタイトルがついており、イラスト満載で冠婚葬祭の意味と意義を説く児童書です。その「はじめに」を、「いまの時代、人と人とのつながりがうすれつつあると感じることがあります。けれども、わたしたちは本来、たがいに助けあい、支えあいながら生きてきました」と書きだしました。同書を通して、子どもたちが日本の美しい心と命を敬う気持ちを感じてくれたら嬉しいです。

財団創立10周年記念パネルディスカッションについて
佐久間名誉会長の月命日である1月20日、わたしが理事長を務める一般財団法人 冠婚葬祭文化振興財団の創立10周年記念行事が大塚のホテルベルクラシック東京で開催されました。まずは15時から記念パネルディスカッションが行われました。超満員になった記念パネルディスカッションのテーマは「葬儀の力~過去・現在・未来~」です。この分野の研究における第一人者である山田慎也氏(国立民俗博物館 副館長)をファシリテーターにお迎えし、これからのアカデミズムを牽引する女性研究家3人をお招きしました。理事長のわたしも、パネリストの1人として参加しました。
当日の発表を再現しました
各パネリストから研究紹介及び発表が1人15分程度ありました。最後に、わたしが「儀式とグリーフケアの力」について発表しました。わたしは、拙著『儀式論』(弘文堂)とブログ『RITUAL』で紹介した本の内容などを紹介した後、「AIが最新の科学なら、儀式は最古の科学です。儀式には力があります。わたしは、儀式の本質を「魂のコントロール術」であるととらえています。儀式が最大限の力を発揮するときは、人間の魂が不安定に揺れているときです。まずは、この世に生まれたばかりの赤ん坊の魂。次に、成長していく子どもの魂。そして、大人になる新成人者の魂。それらの不安定な魂を安定させるために、初宮参り、七五三、成人式があります。結婚するとき、老いてゆくときにも不安が生まれます。そのために、結婚式や長寿祝いがあります。

儀式が「こころ」を安定させる!

熱心に聴く人びと
そして、人生における最大の不安である「死」には葬儀があります。古今東西、人間はどんどん死んでいきます。この危険な時期を乗り越えるためには、動揺して不安を抱え込んでいる「こころ」にひとつの「かたち」を与えることが大事であり、ここに、葬儀の最大の意味があります。宗教などの「物語」によって「かたち」が与えられると、「こころ」はその形に収まっていき、どんな悲しいことでも乗り越えていけます。つまり、「物語」というものがあれば、人間の「こころ」はある程度、安定するものなのです。わたしは、人類が葬儀を発明しなければ、うつ・自死の連鎖が起こって、人類は滅亡していたとさえ考えています。
命をかけて、冠婚葬祭の大切さを伝えたい!

熱心に聴く人びと
パネリストの発表の後は、発表内容についてパネリスト間での討論がありました。想像していた以上に白熱したディスカッションとなりました。わたしも、儀式とは「文化の核」であり、冠婚葬祭は「冠婚葬祭は日本文化の集大成」であるという自説を披露しました。そして、山田氏から「最後に一言お願いします」と言われましたので、わたしは『こども冠婚葬祭』の見本を掲げ、そこに書いた「『冠婚葬祭』とは、人の一生における大切な節目を祝い、見送り、感謝する日本の文化です。行事のかたちが変わっても、人の心のあたたかさは変わりません。むしろいまだからこそ、礼を尽くし、感謝を伝える時間が大切なのです。冠婚葬祭はみなさんの心をゆたかにし、人生を輝かせてくれます。わたしは命をかけて、冠婚葬祭の大切さを伝えていきたいです!」と訴えました。盛大な拍手が起こりました。
財団創立10周年記念祝賀会について

熱心に聴く人びと
パネルディスカッションの後は、記念祝賀会が開催されました。最初に財団の設立から現在までの変遷を紹介するムービーが流されました。そして、理事長挨拶です。わたしは「昨今では『無縁社会』などと呼ばれることがあります。しかし、わたしは、無縁社会という言葉はおかしいと思います。社会とは最初から有縁です。一人で生きていける人はいません。この世は、もともと多くの『縁』で満ちており、ただそれが目に見えないだけです。そして、それを目に見せるものこそ七五三や成人式や結婚式や葬儀、そして法事・法要といった冠婚葬祭ではないでしょうか」と述べました。
太陽のように日本中をあまねく照らしたい!
また、「人間社会にとって冠婚葬祭ほど重要なものはありません。AIが最新の科学なら、儀式は最古の科学です。葬儀をはじめとするさまざまな儀式は、ころころと動いて不安定な人間の『こころ』を安定させる『かたち』です」と述べました。そして最後に、「今年は午年であります。『午』は太陽が最も高く昇る時刻を表すことから、活力、情熱、行動力の象徴とされています。太陽の光を意味する社名の互助会もありますが、財団も太陽のように日本中をあまねく照らしていきたいと願っております!」と述べたのでした。その互助会とは、もちろん「サンレー」のことです。サンレーが燃え盛る太陽の核となって、日本社会を明るく照らすことを、わたしは改めて心に誓ったのでした。

「ほどなく、お別れです」で葬儀の本質を語る
この日は、久々に最近観た映画の話もしました。いま大ヒットしているブログ「ほどなく、お別れです」で紹介した葬儀映画を取り上げました。原作小説は4巻までシリーズ化されていますが、この映画ではシリーズの中でも特に人気の高いエピソードを選び、ショート・ストーリーが次々に連なっていく構成になっています。1つのエピソードは、目黒蓮演じる葬祭プランナー・漆原礼二の「ほどなく、お別れです」の言葉によって終わります。わたしはこの映画が公開されるのを非常に楽しみにしていましたが、じつによく出来ていると思いました。まずは「葬式は必要!」という真っ直ぐなメッセージが伝わってきました。本作を一緒に観た人は「一条真也の影響を多分に受けていると思います」と言っていました。また葬儀を、人生をどう締めくくるかという“思想の仕事”として描いているのが印象的でした。正解を用意するのではなく、遺族が悔いのないところまで伴走しなければなりません。改めて、この仕事は理念というものがないと成立しない仕事だと再認識しました。
「おくりびと」にも言及しました
映画「ほどなく、お別れです」を観て、わたしはブログ「おくりびと」で紹介した日本映画へのオマージュあるいはリスペクトを強く感じました。「おくりびと」の主人公は、楽団の解散でチェロ奏者の夢をあきらめ、故郷の山形に帰ってきた大悟(本木雅弘)です。彼は好条件の求人広告を見つけます。面接に向かうと社長の佐々木(山崎努)に即採用されますが、業務内容は遺体を棺に収める仕事でした。当初は戸惑っていた大悟でしたが、さまざまな境遇の別れと向き合ううちに、納棺師の仕事に誇りを見いだしてゆきます。日本映画として初めてアカデミー外国語映画賞に輝いた名作ですが、本木雅弘が演じる納棺師の所作の美しさが世界中の観客に感動を与えました。特に、彼の指の動きが美しかったのですが、それを「ほどなく、お別れです」では、ジャニーズ事務所(現在はスタート・エンターテインメント)の後輩である目黒蓮が見事に再現していました。
「FRÉWAKA フレワカ」で結婚について考える
ブログ「FRÉWAKA フレワカ」で紹介したアイルランド映画も取り上げました。この映画は、アイルランドという国の歴史の暗部、そしてケルト神話や民間伝承に宿る「土着の畏れ」を現代的に描いています。監督は、「長い間、結婚が女性の唯一の選択肢であるかのように言われてきましたが、今ではそうではありません。特にアイルランドの歴史――ごく最近の歴史において、結婚は女性にとって常に選びたくない選択肢だったと思います。アイルランドの女性は結婚すると全ての権利を奪われ、子供の親権も、婚家における権利も与えられず。その上、1995年までは離婚は違法で、逃げ道のない虐待のような結婚生活に閉じ込められていたんです。私の母の世代もそうでしたし、私の世代もそういう感覚は共有していると思います」と語るのでした。わたしはもちろん「結婚」に肯定的な考えを持っていますが、人類における「結婚」の歴史は苦痛の源泉であったという考えを知って、ちょっと気分が落ち込みました。
「チ。―地球の運動について―」を紹介
「FRÉWAKA フレワカ」では、カトリックが女性たちを抑圧してきた歴史を暴きますが、かつてカトリックは異端尋問を行い、地動説を弾圧しました。映画ではありませんが、ブログ「チ。―地球の運動について―」で紹介したNHKで放送されたアニメも取り上げました。地動説をめぐる天文学の歴史の物語の形式を取っていますが、その本質は前代未聞の哲学アニメです。「チ。」という題名の意味は、「地」「血」「知」のトリプル・ミーイングとなっています。つまり、大地のチ、血のチ、知識のチの3つの意味が重ね合わされているわけです。しかし、わたしは、鎌田東二先生の思想を思い浮かべました。鎌田先生は、日本の古層にある「チ」という言葉に、多層的かつ根源的な意味を見出しています。その思想において、「チ」は単なる音ではなく、神秘的な力、目に見えない霊的なエネルギーとしての「霊(チ)」。身体の中を流れる生命維持の根っこ、血統や生命力としての「血(チ)」。大地、場所の力(地霊/ゲニウス・ロキ)としての「地(チ)」。いのちそのもの、あるいは「イ(息・生)」と結びついた「イノチ」としての「命(チ)」。この4つの「チ」が渾然一体となった生命の根源的なエネルギー(霊力)として捉えられています。魚豊氏は、この鎌田理論を知っていたのでしょうか?

前日観たばかりの「2001年宇宙の旅」について
鎌田東二先生といえば、ブログ「2001年宇宙の旅」で紹介した1968年に公開されたSF映画の金字塔をこよなく愛しておられました。わたしは前日、劇場で再鑑賞したばかりです。特に、鎌田先生はラストに登場する胎児のような姿の存在「スターチャイルド」に着目し、これを老人と子供を兼備した、つまり「翁」と「童」が合一した神話的イメージとして同作を分析しました。鎌田先生は、著書『翁童論』の中で、人間を単なる直線的な成長過程(子供→大人→老人)としてではなく、生と死が円環状に結びつく存在としてとらえたのです。スターチャイルドはこの「死と再生」「宇宙的な新生」を体現するイメージとされています。わたしは「子どもこそ先祖である!」という柳田國男から鎌田東二に受け継がれた思想を紹介して、「先祖供養とは子孫供養でもある」「冠婚葬祭は、人類を持続させるため究極のSDGsである」という考えを披露しました。
鎌田東二が唱えた「チ」とは?
最後に、アニメ「チ。」を観て、どんな崇高な理念や、疑う余地のない真理であっても、それをわかりやすく説明する難しさについて考えさせられました。修道士のバデーニは天文学をはじめ、あらゆる学問の知識が頭に入っている博覧強記です。そんな彼に修道士仲間が「教会で、子どもたちから『虹はどうしてあんな色なの?』と質問されたが、答えられなかった。あなたなら知っているのではないですか?」と訊ねます。バデーニは、「太陽の白い光が空気中の水滴に入り、屈折と反射を繰り返すことで色ごとに分離して見えるのだ」といった専門的な説明をしますが、それを聞いた者は「なるほど。それで、子どもたちにはどのように説明したらいい?」と言うのでした。このシーンを見たとき、わたしは『こども冠婚葬祭』のことを考えました。

「礼」をわかりやすく伝えたい!

最後は、もちろん一同礼!
孔子の説いた「礼」はわたしが最も大切にしている思想ですが、『こども冠婚葬祭』の「冠婚葬祭の基本は『礼』の精神」というページでは、「相手に対する敬意をもち、それをかたちで示す」として、「結婚式やお葬式などの『儀式』は、人と人とのつながりを深めるためのものでもあります。その基本には『礼』の精神があります。礼とは決まりを守ることではなく、相手に対する敬意を忘れないことです。たとえば、結婚式ではふたりを祝う気持ちを、お葬式では亡くなった人やその家族を思いやる気持ちを表します。お祝いの式で明るい服装をして「おめでとう」と声をかけたり、お葬式のときに黒い服を着て静かにふるまうのが「儀礼」です。どちらも礼をかたちにすることで、相手に気持ちを伝えます」と書きました。本当に大切なことを子どもたちという次の「時代の主役」たちに、可能な限りわかりやすく、心を込めて伝えました。最後に、わたしは「地動説が自然界の法則なら、『礼』は人間界の法則です。『チ。』に登場する地動説を信じる人々は『地球を動かす!』と言いましたが、わたしは『「こころ」を「かたち」に!』と言いたいです」と言ってから降壇しました。
『コンパッショナリー・カンパニー』用の著者写真を撮影
松柏園ホテルの雛人形の前で
天道塾での社長講話を終えた後、わたしはそのまま松柏園ホテルの貴賓室へ。そこにプロのカメラマンの方が待っており、写真撮影をしていただきました。サンレー創立60周年記念出版となる『コンパッショナリー・カンパニー』(講談社)の帯で使う著者写真の撮影です・今日は午後から東京へ出張して、講談社の方々と同書の打ち合わせをする予定です。写真撮影の後、松柏園のロビーに降りると、雛人形が飾られていました。妻が子どもの頃に愛用していた人形ですが、毎年、松柏園のロビーに飾るのです。こういった年中行事を粛々と続けることが日本文化を守ることであり、日本を持続させていくことではないでしょうか。雛人形を見ながら、わたしは「もうすぐ、春だなあ」と思ったのでした。
父の銅像の前で
*よろしければ、佐久間庸和ブログもお読み下さい!
https://tenkafurei.hatenablog.com/
2026年2月18日 一条真也拝
