一条真也です。
たった一字に深い意味を秘めている文字は、世界でも漢字だけです。そこには、人のこころを豊かにする言霊が宿っています。その意味を知れば、さらに、こころは豊かになるでしょう。今回の「こころの一字」は、「贈」です。



異性・同性にかかわらず多くの人の心をつかむ者には、いわゆるプレゼント魔が多いようです。よく知られているのは、かのユリウス・カエサル。彼は多くの愛人がいましたが、借金をしてまで、自ら選んだ高価な品を彼女たちに贈るので、評判でした。名家出身という肩書きも、輝かしいキャリアも、特別な美貌もなかった若き日のカエサルですが、すらりと背は高く均整のとれた肉体と、生き生きとした黒い眼と、立居振舞いの争えない品位は、彼を、同年輩の若者たちの中でもひときわ目立つ存在にしたでしょう。

 

 

それに加えて、アイロニーとユーモアをふくんでの彼の会話も愉しいものでした。高価な物など贈らなくても、女たちにモテたでしょう。しかし、贈物をもらえば、女性は嬉しく思います。カエサルは、モテるために贈物をしたのではなく、純粋に喜んでもらいたいがために贈ったのです。 作家の塩野七生氏は、著書ローマ人の物語 ユリウス・カエサルに、「女とはモテたいがために贈物をする男と、喜んでもらいたいたい一念で贈物をする男のちがいを、敏感に察するものである」と書いています。



日本人に絶大な人気を持つ坂本龍馬も、贈物をするのが好きだったようです。彼はいつもよれよれの紋服を着て、鼻水、鼻くそを袖にこびりつけても平気だった男でしたが、旅が好きで全国各地に赴き、郷里の姉をはじめとした家族や周囲の人々にさまざまな品を送っています。ときには、京で大変高価な品を求め、女性たちにプレゼントしたようです。また贈物ではありませんが、龍馬は旅館や料理屋などで働く下働きの人々にもよくチップを渡しました。これは龍馬と並ぶ維新の人気者・西郷隆盛も同様で、チップをくれるから料理屋などでも大人気で、道行く小さな子どもの手にも小遣いを握らせたといいます。



わたしは、贈物やチップなどは心のあらわれですから、高価なものでなくとも良いし、低額でも構わないから、なるべく心がけるようにしています。金沢や沖縄には毎月出張で出かけますが、空港で金沢名物の餡ころ餅や沖縄名物のチンスコーを山ほど買い、会社に戻ったらみんなに配ります。社員の子どもに会ったら、必ずお小遣いを渡します。別に金品でなくともよいのです。以前は出張先から、よく絵葉書をいろんな人に出しました。誕生日を迎えた社員や仕事で成果をあげた社員などにメッセージを書いて絵葉書を出すと、こちらが恐縮するくらい本当に喜んでくれましたね。なお、「贈」については、拙著『龍馬とカエサル』(三五館)に詳しく書きました。

 

龍馬とカエサル

龍馬とカエサル

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2024年2月28日 一条真也