「全裸監督」

一条真也です。
今日で1月も終わり。なんという時の過ぎる速さよ!
さて、大きな話題となったネットフリックスのオリジナル・ドラマ「全裸監督」のシーズン1&シーズン2を遅まきながら鑑賞。ドラマの主人公である村西とおるの前口上のように、「お待たせいたしました。お待たせしすぎたのかもしれません」という心境であります。面白かった!


ブログ「ノイズ」で紹介した映画に出演していた渡辺大知、ブログ「さがす」に出演していた森田望智という2人の有望俳優が「全裸監督」で共演していたことを知り、「いまの日本映画を知るためには、このドラマを観ないと!」と思ったのが鑑賞の動機です。面白かったのはもちろんですが、80年代やバブルの時代をなつかしく思い出し、仕事や人生についても考えさせられました。

 

 

「全裸監督」は、第39回講談社ノンフィクション賞最終候補作となった『全裸監督 村西とおる伝』本橋信宏著(太田出版新潮文庫)が原作です。前科8犯、借金50億という波乱万丈な人生を歩み、「アダルトビデオの帝王」と名を馳せた「村西とおる」の半生を、彼の近くにいた本橋信宏(ドラマ「全裸監督」で玉山鉄二が演じた川田研二のモデル)自身が過去に執筆した村西の評伝やAV業界のルポルタージュなどをベースに、村西へ過去30年間に行ったインタビュー取材を加えて執筆されました。

 

 

原作をもとに、「全裸監督」(英題:The  Naked  Director)と題してネットフリックス により製作され、シーズン1が2019年8月8日より、2021年6月24日よりシーズン2の配信が開始されました。両シーズンともに全8話から構成され、総監督は武正晴、主演は山田孝之。数ある動画配信サービスがある中でも、ネットフリックスの最大の強みはオリジナル作品にあります。ネットフリックスジャパンの代表作と言えるのが、この「全裸監督」です。世界190ヵ国で配信され、日本はもちろん、アジア全域で人気を博しました。


シーズン1では、バブル景気にわいた1980年代の日本を舞台に、村西とおるがまずポルノ雑誌販売、そしてアダルトビデオ業界に巨大な変化をもたらすまでの村西の半生が描かれます。ディスコとかレンタルビデオ店といった、わたしが学生時代によく通った場所がたくさん登場して、なつかしかったです。伝説のAV女優・黒木香をはじめ、村西と共に黎明期のアダルトビデオ業界を駆け抜けた人物や実際のできごとを追いながら、エロティシズムとユーモアを交えた壮絶な人生ドラマが展開されます。



見どころは多岐にわたりますが、中でも、これまでオタク、闇金業者、勇者など、ありとあらゆるキャラクターを演じてきた俳優・山田孝之が、前科8犯、借金50億円、米国司法当局から懲役37年を求刑されたAV監督・村西になりきる姿は必見で、憑依型の凄い演技を観ることができます。山田の他にも、石橋凌國村隼リリー・フランキーピエール瀧といったクセ者俳優たちが怪演で競い合っており、さながら異形のカーニバルのようでした。満島真之介柄本時生伊藤沙莉といった“実力派”の呼び声が高い若手俳優たちも素晴らしい存在感を放っています。さらには玉山鉄二小雪吉田栄作といった本来は正統派な役者たちも、ちょっとアブノーマルな人物を演じているのですから、まったく飽きさせないドラマです!

 

シーズン1開始時の制作期間は2年半。1本あたりの制作予算は1億円超ともいわれました。平均1000~2000万円で作られるとされる日本のドラマではきわめて異例の高額な製作費です。そうした手厚い体制と潤沢な予算に支えられて、ドラマの舞台となる新宿・歌舞伎町が巨大セットで再現され、またハリウッドで大作を手がける制作スタッフらとも緊密に連携して制作が進められたといいます。これでは日本の名優たちがみんなネットフリックスのドラマや映画に出演したがるのもわかりますね。シーズン1では、新しい業界の風雲児を目指して常識に挑み続ける村西と、その仲間たちとの絆が描かれます。


シーズン2では、バブル景気の終焉と村西の拡大路線の破綻によって、自らの築き上げたAV帝国をすべて失ってしまう村西の転落が描かれます。大蔵省の総量規制から起こった「バブル崩壊」がリアルに表現されていて、あのときの衝撃を思い出しました。わたし自身もハートピア計画を清算し、夢をあきらめましたが、あのバブル崩壊でいくつの「夢」が消えたことかと改めて思います。また、伊原剛志、宮澤りえ、石橋蓮司らも大物実業家の役で登場しますが、ビジネスドラマとしても興味深かったです。シーズン1では、先行する企業に挑むチャレンジ―としてのベンチャー精神や業界の新しい未来を切り拓くイノベーションが見どころでした。シーズン2では、それなりの成功を収めた村西率いるダイヤモンド映像の社員や女優に対するマネジメント、村西のリーダーシップが見どころでした。あと、サイドストーリーのヤクザの物語も面白かった!


「全裸監督」シーズン1で大ブレークした女優が、森田望智です。2011年にテレビCMで女優としての活動を始めた彼女は、映画では「一週間フレンズ」(2017年)、「世界でいちばん長い写真」(2018年)などに、ドラマは「パパ活」(2017年)、「賭ケグルイ」(2018年)などに出演しています。「全裸監督」で、主人公である村西とおるの運命を大きく変えることになるヒロイン・恵美(のちの黒木香)役に選ばれ、教養のある女子大生から性の開拓者へ変貌を遂げた女性を演じました。黒木香は1986年、横浜国立大学在学中に「SMぽいの好き」で鮮烈デビューした伝説のAV女優です。知的な語り口とお下劣なキャラクター、そして「腋毛」で、一躍マスコミの寵児となりました。


また、「全裸監督」シーズン2で大ブレークした女優が、恒松祐里です。幼稚園児の頃、照れ屋な性格を心配した両親が、アミューズとパルコのオーディションを受けさせ合格。2005年のテレビドラマ「瑠璃の島」で子役としてデビュ。オーディションは7歳の頃から受け続けており、10年間で約240回受けたそうです。明石家さんま篠山紀信から高い評価を受け、2015年のNHK連続テレビ小説「まれ」で、桶作元治(田中泯)、文(田中裕子)夫婦の孫・友美役を演じました(妹・麻美役は浜辺美波)。2022年には、「きさらぎ駅」で映画初主演。


「全裸監督」シーズン2で、恒松祐里が演じたのは、乃木真梨子でした。村西とおるが率いたダイヤモンド映像を代表するAV女優の1人です。「誰にも渡したくない。渡すくらいなら会社を倒産させる」と言わしめるほど村西が入れ込んだ美形のAV女優として知られ、出演作でも村西以外とは一切絡んでいなません。そのため作品の評価には賛否両論があるようです。本橋信宏は「“傾城の美女”というべき容姿端麗な女性」と当時の印象を語っています。AV女優を引退後に村西と結婚、一児をもうけました。村西はかつて黒木香とも恋愛関係にありました。2人の美女から愛されて男冥利に尽きるでしょうが、どうして彼はそんなにモテたのか? もちろん、所属事務所の社長という地位や財力の魅力もあったでしょうが、何よりも村西自身に男性としての魅力があったのでしょうね。それはそうと、英会話教材のセールスマンだった彼のトークが「誰かに似ているな」と思ったら、綾小路きみまろに似ていますね。


しかし、黒木香や乃木真梨子といった自社の専属女優と恋愛したことは、感心できません。というか、完全にタブーです。ドラマの中で彼自身が「女優は商品」と言い切っていますが、ならば経営者が商品に手をつけてはアウトです。多くの専属女優たちの中から特定の1人を寵愛すれば、他の女優たちはやる気を失って当然です。「全裸監督」の中にもそんなシーンがありましたが、自社の女優と恋愛をした時点で彼は経営者として失格だと言えます。そもそも、村西とおるは監督のはずですが、男優として黒木や乃木と絡みました。プレイイング・マネジャーという点では、力道山ジャイアント馬場アントニオ猪木といったプロレス団体のオーナー・レスラーを連想しました。


プロレス団体のオーナー・レスラーの中でも、村西とおるアントニオ猪木によく似ています。新規事業に異常なロマンを抱いたところも似ており、猪木はアントン・ハイセルという環境事業に入れ込んで、自らが率いていた新日本プロレスに経営危機をもたらしました。同様に、村西も衛星放送事業に入れ込んで、ダイヤモンド映像を傾けます。衛星放送の契約更新の費用のために女優たちのギャラを滞らせたとき、彼女たちは「体を張って稼いだのは自分たちなのに!」と抗議しますが、これは猪木がハイセル事業の運転資金のためにプロレスラーたちのギャラを滞らせたときに彼らが吐いた言葉とまったく同じでした。


村西は衛星事業への夢を語りますが、それはあくまでも彼個人の「夢」であって、AVで世界を幸福にしたいという「志」ではありませんでした。ここに、彼の最大の失敗があったと思います。猪木もしかり。ハイセル事業で世界の食糧難を解決するという「志」ではなく、実業家として成功したいという「夢」しか持てずに、結果は惨敗しました。それでも、彼らには「プロレス」や「アダルトビデオ」といった世間から蔑まれてきた業界の社会の地位を上げるという気概がありました。その気概に惚れた人々が、猪木や村西の周りに集まってきました。猪木軍団も村西軍団も、彼らの業界では「最強」だったのです。


プロレスとの親近性といえば、村西とおるは、アントニオ猪木にも似ていますが、前田日明にも似ていました。従来のショースタイルのプロレスを否定して、「UWF」という格闘技色の濃いプロレスを創った前田のように、村西は「前張り」や「モザイク」を否定して、限りなく「本番」に近いAVを作り続けました。もっとも、完全なシュート(「射精」という意味があります)を追求すれば、UFCのようなバーリ・トゥード(なんでもありの真剣勝負の格闘技)になってしまいますが・・・・・・。


UFCといえばグローバルな成功を収めていますが、この「全裸監督」というネットフリックスのドラマは世界190ヵ国で配信されました。「衛星放送を使って、世界中で空からエロを降らせる」という夢が破れた村西でしたが、その夢が破れた約40年後に、ネットフリックスというグローバル企業の力によって、「全裸監督」という自身の人生を描いたドラマが世界中に流されたとのです。これは、やはり素晴らしいロマンだと思います。彼の夢が時間差で実現したとも言えるでしょう。モハメド・アリと戦ったアントニオ猪木の名は世界格闘技史に燦然と輝いていますが、途方もない夢を追う男たちは最後は伝説となる!


「全裸監督」には、さまざまな人物が登場します。そのほとんどにはモデルがいるようですが、中には架空の人物もいます。うだつの上がらないサラリーマンだった村西が、あることをきっかけにAV業界へと流れ、やがて革命的成功を収めていきます。しかし、監督自身の破天荒な言動によるトラブルも一因ですが、警察による取り締まり、ライバル企業の妨害活動、社員の横領、さらには裏社会のヤクザまでが入り乱れ、成功者となった村西の転落していく様が描かれた、まことに興味深いドラマでした。

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「スコラ」No.226(1991年1月発行)の表紙

f:id:shins2m:20220202150010j:plain「スコラ」No.226より

「全裸監督」は、懐かしい記憶を呼び起こしてくれました。わたしは、27歳のときに東急エージェンシーから独立し、自分でハートピア計画という企画会社を立ち上げました。その頃の奮闘の記憶とか、一緒に働いた仲間たちの思い出などが脳裏に浮かびました。部下に裏切られた思い出も・・・。そのハートピア計画が「スコラ」No.226で紹介された記事があります。1991年(平成3年)1月24日発行ですが、なんとその号に乃木真梨子のヌードグラビアが掲載されていました。のりピー(!)がニッコリと笑っている「スコラ」の表紙にも堂々と掲載されています。記事にあるハートピア計画の会社紹介もダイヤモンド映像に負けない超スケールのハチャメチャさで、「これがバブルだ!!」といった感じですね。(笑)

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死にたくなったら下を見ろ、俺がいる!

 

シーズン2の最後、渋谷のスクランブル交差点をブリーフ1枚の村西が走り回る場面が出てきますが、「これ、どうやって撮ったの?」と仰天しました。ネットフリックスの凄さを最も痛感したシーンだったと言っても過言ではありません。大捕り物の末に、警察に捕まった村西の「死にたくなったらい下を見ろ。俺がいる!」というセリフでドラマは終わりますが、しみじみとナイスな名言ですね!

 

 

2022年1月31日 一条真也