亡き息子に会う映画「安魂」

一条真也です。
2月1日になりました。いつもならサンレー本社で月初の総合朝礼を行いますが、福岡県および北九州市の新規感染者が過去最多を更新しているので、今回は中止としました。この日、産経新聞社の WEB「ソナエ」に連載している「一条真也の供養論」の第43回目がアップされました。今回は、「亡き息子に会う映画『安魂』」です。

f:id:shins2m:20220131120229j:plain「亡き息子に会う映画『安魂』」

 

今夏の閉館が決定した神保町の岩波ホール(東京都千代田区)で日中合作映画「安魂」を観ました。中国の小説を原作に「火垂るの墓」「こどもしょくどう」などの日向寺太郎監督が、中国・河南省開封市で中国人キャストをメインに撮り上げたヒューマンドラマです。ウェイ・ツーやチアン・ユーのほか、日本からAKB48元メンバーの北原里英が出演しています。

 

主人公の唐大道は、高名な作家であう。彼は、息子の英健の恋人が農村出身だということを理由に結婚したいという二人を別れさせます。失意の英健は脳腫瘍に倒れ、大道に「父さんが好きなのは、自分の心の中の僕なんだ」と言い残し、29歳の若さで死去します。大いなる喪失感を抱えながら英健の魂の行方をたどろうとする大道は、英健にそっくりな劉力宏と出会います。

 

地位も名誉も手に入れた有名作家の唐大道は、自らの選ぶ道こそが正しいと信じて疑わない独善的な人間です。しかし、一人息子の急死という突然の悲劇によって、大道の絶対的な信念は脆くも崩れ去ります。彼は、「息子が本当はどんな生き方を望んでいたのか」と思い、息子の魂を探し求めます。このとき、仏教もキリスト教イスラム教もエジプトの『死者の書』も、どれも死者の魂が7日間この世に留まると述べていることが紹介されますが、「初七日」の普遍性が示されて興味深かったです。

 

さて、大道は息子の生き写しとも思える力宏と邂逅しますが、ふつう、死んだはずの自分の息子と同じ姿の青年が目の前に現れたとしたら、悲嘆に囚われた者ほど、愛しい人の生まれ変わりか、蘇生か、幽霊のいずれかだと思うのではないでしょうか。しかし、今回のケースでは生まれ変わりにしては年齢が合わず、蘇生ということはありえず、最後の幽霊という可能性だけが残ります。そして、幽霊の出現というのは、結局は葬儀の失敗ということに帰結します。大道は悲しみのあまり英健の霊魂を彼岸へと送る葬送儀礼がうまくできず、大いに心を迷わせたように思えました。

 

幽霊でもいいから亡き愛する者に会いたいというのはグリーフケアの範疇ですが、それでも残された者は最後には愛する者の死を現実として受け止め、生きていくしかありません。映画の後半で、モーツァルトの「レクイエム」が素晴らしいのは、「悲しみではなく喜びを表している」と大道と力宏が会話するシーンがあります。大切な人の葬儀で、ただ悲しむだけでなく、その大切な人と出会えたこと、かけがえのない縁を得られたことの喜びを感じることができたら素敵だと思います。そのとき、葬儀は「人生の卒業式」という未来への旅立ちのセレモニーとなることでしょう。



2022年2月1日 一条真也